ガラス片を踏み、ジャリと狭い路地裏に音が響く。眼の前に居る人物は笑顔を見せながら近づいてくるが、その背後には先程ビルから叩き出された不良が見るも無惨な姿を晒しており、かえって恐怖心が煽られる。
「ねえ、大丈夫?」
SRT特殊学園で厳しい訓練を積んだRABBIT小隊の4人は当然のことながら単体でも高い戦闘能力を有し、そんじょそこらの不良では太刀打ちできないレベルである。さらに言えば、各学園の治安維持部隊の平均練度を大きく上回っており、1個小隊で中隊規模を打倒することができるほど。しかし、そんな彼女達であっても、眼の前に居る人物―――コールサイン01、一之瀬アスナと相対すれば、果たして勝てるかどうか。
心臓が早鐘を打ち、額にじわりと汗が滲む。それは決して暑さによるものではない。自分達は今、ただ一人を前に怖気づいているのだと気づくのにそれほど時間はかからなかった。*1
「うーん、もしかして元気がない? 今日は暑いからバテちゃってるのかな?」
「おいアスナ、何やってんだ?」
RABBIT小隊の反応が鈍いことに首を傾げ、ミヤコの顔を覗き込むアスナ。その背後から別の声が聞こえ、ビルからもう一人のメイドが出てくる。背は低く、まるで小学生のような大きさだが、スカジャンを羽織りまるでヤンキーと見紛う凶悪な顔付きをしており、鎖に繋がれたサブマシンガンを2丁、少々気怠げに握っていた。同時に、インカムから緊迫したトミとカズミの声が聞こえてくる。
『美甘ネルだと……なんでこんな時に出てくるんだ、こいつらが!』
『相手はコールサイン00、美甘ネル。ミレニアムの誇る最強戦力、戦闘力だけならこの2人だけでFOX小隊をも上回っているぞ、下手な真似をするな!』
「……!」
まさか、こんな路地裏でいきなりミレニアムの最強戦力2人と遭遇してしまうとは。運がないというか、ある意味運が良いというべきなのか……兎に角、出会ってしまったものは仕方がない。彼女達に出来ることは己の所属がバレぬようにすることだけ。しかし、緊張からかうまく口がまわらない。
「えぇっと、その……」
もごもごと口ごもっていると、それが癇に障ったのかネルはメンチを切りながら近づいていくる。かなり気が立っているのか、殺気のようなものが肌に突き刺さるのを感じた。
「あぁ? こんな所に来るだなんて、お前らもしかしてコイツらの仲間か?」
「ひいっ」
どう対応するべきか、それが定まらぬまま既にネルは眼の前に。このまま逃げ出せば背中を撃たれるという確信にミユが思わず悲鳴を上げてミヤコの後ろに隠れると、アスナが頬を膨らませながら振り向く。
「リーダー、この子怖がってるよ」
「このあたりで見ない顔だし、こんな所に態々くるなんて怪しいにもほどがあるだろ。そういう時は一発ぶちかまして大人しくさせるに限る」
「そうかなぁ、
先程叩きのめした不良の仲間かと疑ってかかるネルに対し、どういうわけかアスナはRABBIT小隊の事を庇う姿勢を見せた。いまだ事情が飲み込めぬ4人は不安げな表情を浮かべながらネルとアスナ、双方を交互に見る事しか出来ない。
そんな小動物みたいな態度を示していたからか、暫く睨みつけた後にネルは大きく息を吐いて左手で頭をかきむしる。面倒事は御免と言いたいのだが、こういう時のアスナの発言というのは大体的中するものというのが経験則にあるため、
「……ったく、お前ら何処の学園から来たんだよ」
「え、ええっと……私達、私立ヒヤシンス学園の生徒で、夏休みだから友達と一緒に旅行に……」
「ふぅん? 旅行でこんな寂れた路地に用事なのか?」
「そ、それは……」
武力行使が出来ないため、やや面倒そうに質問を始めるネルに対しミヤコは偽装した学籍を元に答えるが、早速ツッコまれているように旅行者はこんな辺鄙な所に普通はこない。反論しようにも言葉に詰まる中、後ろに居たモエが口を開く。
「いやー、ミレニアムの路地裏に掘り出し物の電子部品売ってる商店があると聞いてたんだよね。ただ私達土地勘ないからさ、ちょっと道に迷って手当たり次第って感じ?」
「…………」
どうしてこうもそれっぽい理由を並び立てられるのか、僅かに緊張した様子ながらもモエはネルに堂々と弁明をする。普通に考えれば、特殊部隊としてはそれが正解なのだろう。それを黙って聞いていた後、彼女は呆れた様子で肩をすくめた。
「だったらそいつは3つ先の路地だ。ったく、あたしは観光案内所の職員じゃねえってのに」
「あはは! ごめんね、うちのリーダー口が悪くってさ」
「何でメイドが不良をしばいてるんだよ……」
ぶつぶつと文句を述べながらも、モエの言うところの商店の場所を教えるネル。そんな彼女の様子を見てアスナは笑うが、メイド服を来た生徒がビルにたむろしていた不良を
「お掃除はメイドの基本じゃないの?」
「お掃除って……そっちの意味なのか!?」
「ミレニアムのメイドは武闘派で、学園の依頼で色んな集団を掃除しているとか聞いたことあるけど、本当だったんだねぇ」
「なんで他の自治区に噂が広がってんだよ……」
秘密のエージェント集団であるはずのC&Cの噂が学外に広がっているということに頭を抱えるネル。実際の所は彼女達がその情報を得られる立場にあるというだけなのだが、今の彼女にそれを知る術はない。
「……チッ、どうするよアスナ。実際の活動を見られたからには、ただじゃ帰せねえ」
「……ッ」
『馬鹿な真似をするな、とにかく無害な観光客を装え』
アスナに話しかけつつ、ちらりと横目でRABBIT小隊を見るネルの視線にミヤコは背筋が寒くなる思いであった。コールサイン00はミレニアム勝利の象徴、その戦いに負けはないと言われるほどの実力者。ただでさえアスナ相手でも勝てるかどうか分からないというのに、そこにネルが入ってこられては無理もいいところ。それを分かっている故に先輩たちもRABBIT小隊に無理はさせない。
「うーん……そうだ! この子たちと一緒に行くっていうのはどう?」
「はぁっ!? 何言ってんだよ、他の学園の生徒を連れ回すって……その意味分かってんのか!?」
RABBIT小隊をどうするかと問われたアスナは、少しだけ考えたような仕草をした後に何とも突拍子のない提案を口にする。それを聞いたネルは仰天し、掴みかかる勢いで詰め寄った。
普通に考えて他の学園の生徒を拘束して連れ回すなど、このキヴォトスでは極めて重大な外交問題に至る案件である。重大な違反行為をしているのならともかく、今の彼女達はまだ無害な状態であるためアスナの提案には何の正当性もないのだが―――
「ねえ、あなた達って
「!?」
続けてアスナの口から出て来た言葉に、4人は驚きを隠すことが出来なかった。確かに人を探しているのは事実だが、それは決して表に出してはいないはずの情報。それをさも当然のように口にするなど、出任せにしては出来すぎている。
「私達もね、人を探しているの! この子……コユキっていうんだけどね、9日くらい前から行方不明になっちゃったんだ」
動揺収まらぬRABBIT小隊に対し、畳み掛けるように胸元から1枚のチラシを出すアスナ。古めかしくWANTEDと書かれたそれには、桃色の髪をツインテールにした一人の生徒が小憎たらしい顔でピースをしている写真が掲載されていた。
「これが……?」
「なんか、脳天気な面してるな……」
「いかにもトラブルメーカーって顔してるねぇ」
「凄い自信が強そう、正直うらやましい……」
食い入るようにそのチラシを見て思い思いの感想を述べる4人。その視界に入らぬように立ち位置を調整したネルは、まるで品定めをするかのように彼女達を見る。その立ち振舞や筋肉のつき方等、目に見える部分だけでも得られる情報は多い。
(こいつら、ただの学生を装っているが戦闘訓練を受けているな。それもかなり高度な……ヒヤシンス学園とかそんな聞いたことのねえところでこれほどの訓練を受けられるのか? 正直怪しいが……アスナの勘を信じるしかねえか)
そして、見える範囲で得られた情報からネルはRABBIT小隊への警戒レベルを僅かに引き上げることにした。見るからに不自然なほどに鍛えられた肉体を持つ上、先程名乗った学籍が本当のこととは限らない以上、彼女の対応は当然のことと言えるだろう。同時に、密かに撮影した写真をリオのモモトークに送って照会を求める事も忘れない。彼女ならばこの4人の学籍を調べる事など造作もないはずであった。
そんな風に思われているとは知らぬ4人はチラシを受け取り、じっと見つめる。人を探していると先程アスナは言っていたが、それとここの不良掃除と関連はあるのだろうか? そんな疑問を抱き、ミヤコは恐る恐る口を開く。
「えぇと、もしかしてこのビルって、もしかしてこのコユキさんと何かしら関係が……?」
「コユキはね、賭け事が大好きだって。だからここみたいな闇カジノとか、そういう関係先を虱潰しにしてるんだよ」
「闇カジノ!?」
「おいアスナ、それ以上は喋りすぎだ」
「大丈夫だってリーダー、きっと、たぶんね!」
まさか、最初の目標地点が闇カジノだったとは。もしこの2人に出会うことなくここに訪れていたら、ここを拠点としている不良集団とかち合うことになったとは想像に難くない。そうなれば派手な戦闘になり、保安部に嗅ぎつけられる恐れもあると考えれば、こうなったのはある意味幸運だろうか。
「先輩、どうしますか……?」
『出来ることなら離れたいが、あちら次第だな……無理に振り切ろうとすれば角が立つ。そのあたりは現場で判断してほしい』
この2人と同行すべきかどうか、判断に迷うミヤコは先輩たちに助けを求めるが、相手が相手であるためユキノも対応に苦慮しているのだろう。インカムから聞こえる彼女の声には、苦悩の色が大いに滲んでいるのがミヤコにもわかるほどであった。
だが、特殊部隊たるもの作戦遂行のためには時として上からの指示を待たずに独断専行する必要に迫られることもある。流動的な状況下では現場から離れれば離れるだけその実態を感じにくくなるというもの。結局、有効な助言を受けられぬままのミヤコは答えを出ずに黙っていると、アスナが再び顔を覗き込むようにしながら話を続けてきた。
「ねえ、どうかな。せっかくだから私達と一緒にこない? 次行くのは……えーっと、東区の第21雑居ビルだっけかな?」
「なんであたしに聞くんだよ!」
(東区の第21雑居ビル……指定目標B-2ですね。まさかC&Cと目指す場所が同じとは……ですが、これならば下手に離れるとまたかち合った時に問題になる。とすれば、今はついていくのは正解でしょうか……?)
アスナ達が次に目指す場所は、どういう因果か自分達が次に目指す場所と同じビル。このレベルで一致するならば、今暫くの間行動を共にしていたほうが問題ごとを回避できるかもしれない。ミヤコは覚悟を決めてそう判断した。
「……わかりました、旅行中に痛い目にあいたくはないので、一先ずそちらの指示に従います」
「やったー! これから楽しくなるね!」
「マジかよ……信じらんねえ」
そして同行するとの意志表明を行えば、アスナはニコニコ顔で歓びを表し、ネルは頭を抱えてうずくまる。確かに本人同意という形なら外交問題にはならないのだが、あまりにもアスナの話の持っていき方が強引すぎる。短気な傾向があるネルであるが、こういうのは後々問題を引き起こすということは十分に理解はしていた。
「それじゃあ、もう少しこの周りを綺麗にしたらみんなで次に行こっか!」
「何でお前が仕切ってんだよ、ったく」
RABBIT小隊の同行が決まるなり、アスナは意気揚々としながら気絶した不良達や闇カジノの従業員であるロボット市民の後処理へと取り掛かっていく。後処理と言ってもハンドカフで拘束して並べた後、保安部へと引き継ぎの連絡をするだけなので大して時間もかからない。
そうして後処理が終わると、アスナに引っ張られるように4人とネルは大通りへと戻っていく。陽の差し込まぬ路地裏から一転、突き刺さるような日差しにRABBIT小隊一同は顔を歪める。過酷な環境に耐えるように訓練はしているのだが、だからといって辛いものは辛いのだ。
「あ、喉乾いたら言ってね、私達が飲み物用意してあげるからさ」
「え、いえ……そんな、悪いですよ」
「そんなに遠慮しないでいいよ、えーっと……あ、そう言えば名前聞いてなかったね! わたしは一之瀬アスナ、ミレニアムの3年生だよ!」
「お前なぁ……」
歩き始めて数分、炎天下の中歩く4人に配慮を見せる形で提案をするアスナ。一方で施しを受けるつもりはないミヤコはやんわりと断ろうとするが、アスナも一歩も引くつもりはなさそうであった。そうしている内に彼女は4人の名前を聞いていなかったことに気づき、改めて自己紹介を行いながら挨拶する。ネルはそんな彼女の無計画性、あるいは突拍子のなさに呆れているが、まあいつもの事でもあるので軽く流した。
「ミヤコ、月雪ミヤコです」
「空井サキだ」
「風倉モエだよ」
「か、霞沢ミユ……です」
「なるほどなるほど、ミヤコちゃんにサキちゃんにモエちゃんにミユちゃんだね。そうだ、リーダーも自己紹介しないと、ほらほら!」
RABBIT小隊一同の自己紹介を聞いた後、ネルにも自己紹介を促すべくアスナはまるでぬいぐるみを抱くかのように彼女に引っ付いた。当然、現在の気温状況でそれは非常に不快であるため、ネルは引き剥がしにかかる。
「だーっ! 引っ付くなクッソあちいのに! ああ、くそ、美甘ネル、以上だ」
「もー、リーダーったら短気なんだから」
「誰だってそんな事されたら怒るわ!」
そんな漫才みたいなやり取りの後、さらに歩き続けて数分。再びアスナが前方への歩行を続けながら振り返る。後ろ向きに進んでいるにも関わらず、まるで後ろに目がついているかのようにスイスイと進むその様子はSRT基準から見ても異常であった。
「何か聞きたいことがあれば遠慮なく言ってね、答えられる範囲なら答えるからさ!」
「はぁ……もう何も言う気にもならねえ」
よほど会話をしたいのか、アスナは質問を受け付け始める。あまりにも無防備がすぎるその態度にミヤコ達は内心警戒するが、隣で呆れているネルの様子からしてよくあることのようだ。ならばあわよくば情報を得ようという助平心をモエが抱いたとしても無理はない。
「ねえねえ、コユキって子だけど、どうしてそんなに必死になって探してるのさ。何かヤバいことでもやらかしたりしたの?」
「モエ……」
他の3人に相談することなく独断で発言したモエに対し、サキは咎めるような、ミヤコとミユは戸惑いを滲ませる視線を向ける。しかしRABBIT小隊きっての問題児である彼女はそんなことを気にする事はなく、質問を受けたアスナは満面の笑みを浮かべながら口を開いた。
「えーっとね、この子すっごい特別な才能があるんだよね! 悪用されるとキヴォトス全体を混乱に陥れることができるくらいに!」
「特別な才能? それって、どんなものなの?」
「私は良く知らないんだけど、なんでも暗号という暗号をあっという間に解読できるらしいよ!」
「なっ……」
コユキについてのざっくりとした説明を聞き、モエは言葉を失う。暗号解読ならモエにだって出来るが、それはツールを使い時間をかけて行ってのこと。あっという間に解読するなど普通の人間に出来ることではない。
そして、それが出来るということはあらゆるセキュリティが無意味になることと同義である。銀行のシステムから好き勝手に現金を引き落としたり、極めて秘密性の高い情報だって接続さえできれば見放題。羨ま……もとい、なんと危険な能力だろうか。
「それ、めっちゃヤバいじゃん! そんな生徒が行方不明なら確かに血相変えて探し回るか……」
「でしょでしょ? 何時もならあっという間に見つかるのに、今回はまったく見つからないの。おかげでセミナーは大混乱、本当にどこに居るんだろうね?」
RABBIT小隊でコンピューターシステムに精通しているモエはコユキの危険性を認識し、思わず声を上げる。これはミレニアムだけの問題にとどまらず、キヴォトス全体に影響を及ぼすのが容易に想像できた。
そして、この会話を聞いていたHOUND、FOX両小隊のメンバーも拠点で顔を青くしていた。まさか
『コユキについての情報はSRTのデーターベースにはない。ミレニアムが情報を外に漏らしていなかったということだが……』
『秘密主義が極まるとこういう時に困るな、ミレニアム!』
『話通りの能力があるなら、SRTのネットワークどころかサンクトゥムタワーのセントラルネットワークにも侵入できるんじゃないか?』
『……それ、かなりヤバい話ですよね』
『ヤバいどころの話じゃないわよ、これはキヴォトス全体のコンピューターシステムが危険に晒されているってことよ!』
向こうもコユキのヤバさというのが理解できたようで、両小隊がざわついているのがインカム越しでもわかるほど。雑音を処理してくれるはずのインカムからキーボードを叩く音すら聞こえてくるあたり、あちらは相当にドタバタとしているらしい。
この状態ではあちらからの支援は暫く望めそうにないが、次の目標地点への移動の間は恐らく必要はないだろう。しかし、この情報は防衛室に上げておく必要があるのではないだろうか。ミヤコは周囲に聞かれぬようボリュームを下げて話す。
「カヤ室長への連絡もお願いします。この件はキヴォトスの脅威となりうるものではないかと」
『分かっている。この件に関してはこちらで処理しておくので、月雪小隊長は気を散らさずに集中しろ』
「……了解」
通信が途切れ、ミヤコは顔を上げる。作戦本来の目的からは逸脱しているが、キヴォトスの危機となれば見過ごすわけにはいかない。しかし、二兎を追うものは一兎をも得ずという言葉があるように身体は一つしかなく、二つの出来事を同時に解決することなど出来はしないだろう。彼女はもどかしさを感じながらも、ミレニアムの大通りを歩いていくのであった。
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無機質な打ちっぱなしのコンクリートの壁に周囲を囲まれ、照明は蛍光灯が一つ、広さにして8畳間程度の小さな部屋。出入り口は一つだけ、まるで金庫のように分厚く頑丈そうな扉があり、外と繋がる窓はない。密閉されているが、換気システムは作動しており空気は循環しているようだ。
部屋の片隅にはPC用デスクが鎮座し、パソコンが一台
「うああぁあーっ、ノルマがきつすぎるぅー!」
「うるさい、黙って手を動かせ」
「ひいっ」
涙目になって叫ぶコユキの後ろでオートマタの男が銃口を背中に突きつけると、彼女は小さく悲鳴を上げた。コユキ自身の身体能力は中学生程度でしかなく、この状況からのなにかする事など出来はしない。ここから逆転できるのはキヴォトスでも上位の戦闘能力を持つ生徒に限られる。
(うぅ、どうして私がこんな目に……私はただ自由になりたかっただけなのに……)
自らの境遇を嘆きながら、コユキは指示された通りの作業を続ける。
しかし、彼女自身は気づいてないが、コユキが侵入しているのは連邦生徒会のセントラルネットワーク。極めて強力なファイアウォール等の防壁がしかれており、外部からの侵入はシッテムの箱のようなオーパーツを用いるほか無い―――のだが、彼女の能力にかかればそんなものは田舎の家の玄関のようなものでしかないのだ。
だが見ての通り、このハッキングは決してコユキの望むものではない。狭い部屋に閉じ込められ、食事や睡眠、果ては入浴や排泄でさえ監視されているという人権を無視した扱いを受けている以上、これは強制されているという事である。
「どれだけ文句を言おうが、こうなったのは全てお前がこさえた負債のせいだ。呪うのなら自分自身の迂闊さを呪いな」
オートマタの男はそう言い、向けた銃口を決して逸らさない。必要な分の暴力だけを見せるその姿は、それは決して彼がチンピラやヤクザの手合ではなく、正規の訓練を受けた存在であるということを示していた。所属を示すものは一切身につけていないが、連絡を常に取り合っているのを見る限り何かしらの組織に属しているのは明らかだ。
そして、彼が言うようにコユキがこんな事になっているのは彼女が闇カジノで大負けして素寒貧になったからであった。だがしかし、偶然カジノで負けた相手にさせる仕事としてはあまりにも準備が良すぎるのではないだろうか。その答えは、この部屋を監視している者にある。
「……ふふ、たとえ暗号を解読できようとも結局の所は非力な子供。物理鍵と見張りで24時間拘束していればこちらに牙を剥くこともない」
部屋に存在する独立した監視カメラからの映像を見るのは、カイザーPMC高級指揮官であるジェネラル。そう、ここはカイザーの保有する極秘の施設。その存在を知るものはわずかしか居ない、まさに秘密基地と言うべき場所。
「さて、シャーレの先生が行方不明になってから既に2回襲撃を起こしたが、奴のアクションはまだ確認されていないのか?」
椅子に座ったままくるりと周り、後ろに控えている部下へと向くジェネラル。兵士タイプのオートマタの男の胸元には、コユキ監視役の男とは違いカイザーPMCのエンブレムが刻まれていた。
「はい、いずれかの自治区に潜伏していると推測されますが、どこに居るのかまでは現在の所不明です。SNSの書き込みもあの1点だけで、全く音沙汰はありません。完全に息を潜めている感じですね」
「ふん……防衛室やヴァルキューレでは捉えられないか、所詮は子供だな」
部下からの報告を面白くなさそうに聞いた彼は、
実際の所はカイザーとの関係を切りたいと思っているカヤが情報を遮断しているだけなのだが、そのような事情を知らぬ彼にはわかるはずもない。カイザーと防衛室の間にもはや連携というものは無かった。
「……それで、4度目は何時になる?」
「はっ、準備は既に整っています。命令さえあれば、キヴォトスのどこでも攻撃をすることが可能です」
部下の言葉に顔を上げ、彼はこの部屋の奥に鎮座している巨人を見る。濃紺色に染められ、赤い差し色が入った機械の巨人―――もし遠目に見れば、それは
これこそが、カイザーインダストリーが開発した新兵器。今は失われた
「そうか……そうだな、やるならば今夜だ」
「了解しました、では何処を襲わせましょうか?」
ジェネラルは頭の中に地図を広げ、襲撃を起こす場所を選定する。今までの襲撃事件はカイザーに対し舐めた態度を取るか、あるいは敵対的な集団への懲罰的な意味合いが強かった。
第一の事件、狙われたカルパッチョ・ファミリーはカイザーローンに対し借金をしていたのだが、カイザーローンが経営破綻した際にうまいこと債務を免れたという背景がある。貸した金はアビドスほど多いものではないのだが、逃げ得は許されないという理由からファミリーの財産が収められている倉庫群を襲った。
第二の事件、ブラックマーケットの一つが壊滅したことについては、このブラックマーケットを仕切っている企業がカイザーと対立を深めているという理由からである。敵対組織を攻撃し、その罪をシャーレの先生に擦り付けるという完璧なムーヴが決まった時は胸がすく思いであった。
第三の事件、スケバンとヘルメット団の抗争への介入。これはヘルメット団が敵対企業と契約し、オクトパスバンクへの襲撃を計画しているという情報を元に先制的に仕掛けたもの。トリニティ側に被害を及ぼすように大規模に攻撃を仕掛けることで、シャーレの先生の罪状をさらに増やすという目的も裏には存在していた。
こうして三度の襲撃を起こした結果、D.U.で狙えそうな目標はほぼ消滅しており、残るは周辺の学園自治体のターゲットのみ。この件に関してプレジデントから全権を委任されているジェネラルとしては、ここで勝負に出るべきか大いに悩む所といえる。ヴァルキューレが機能不全を起こしているD.U.ならともかく、他の自治区での活動はリスクが高いためだ。
だが、カイザーからの認識からすると最優先目標であるシャーレの先生は潜伏を続けており、その所在は現在の所一切が不明。D.U.には恐らくは居ないであろうが、それに故に更に罪状を被せる余地が生まれるのだ。そのチャンスは出来ることなら逃したくない。
「……ミレニアム自治区を攻撃する。白兎に監視システムを攻撃させろ、ミレニアムに
「はっ!」
ジェネラルは決定を下すが―――その目論みは成功することはない。何故なら、既に狙うべきミレニアムは
もし、カイザーと防衛室との連携がきちんとしていたのならば、ジェネラルはもっと別の目標を狙ったことだろう。結局、己の野望のために他人を蹴落とすような輩は相応の報いがあるということだろうか。
―――「ただのカカシだな」と。
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マナーモードにしていた自身のスマホが震えたことで、誰かが自分に連絡を入れたことに気づいたネルは他の5人に見られぬようにポケットから取り出し、通知を確認した。発信者は―――調月リオ、完璧主義者である彼女のことだからきっと照会をしてくれたのだろうと期待し、ネルはロック画面を解除する。
「……へぇ?」
モモトークを開いた瞬間、ネルはわずかに目を細めた。まず伝えられたのは私立ヒヤシンス学園という学校は去年閉校しており、今は存在しないということ。この時点であの4人が身分を偽っているというのが確定したわけだが、問題はその次。
『あの4人はSRT特殊学園の1年生よ、こちらで
リオは要望通りに隠し撮りの写真から4人の正体を突き止めたわけだが、
実際、リオは写真を
「ふーん……」
何であれ、この4人は連邦生徒会が派遣したエージェントということが確定した。どう処すかは返信には無かったが、これはつまり
(SRTが居るってことは、連中は先生の居場所について情報を持ってるってことか? とするとアスナがああ言っていたのは……なるほど、そういうことか)
アスナの言葉を思い出し、ネルは一人納得する。彼女達が探しているのは
巷では
「それにしても……お二方、とても強いですね。あの数の不良やマフィアを一方的に倒すなんて」
一緒に闇カジノ等の関係先を回ること既に4件目、到着する度に10倍を超える数の関係者を叩き伏せ続けたことでRABBIT小隊の面々は彼女達の実力というものをこれ以上無いほどに見せつけられていた。ミヤコは何故先輩たちが戦うなと念押しするように言っていたのか、それを理解してしまったのだ。
「見てて呆気にとられるというか、なんというか……」
「ミレニアムのメイドに喧嘩を売るなって同級生に教えとかないと」
「な、何が起きたのかよくわかりませんでした」
同じくサキやモエ、そしてミユもその実力を知ったことで下手に手を出すべきではないという思いを強くし、出来る限り大人しくしていようと決意するほど。SRTの小隊は確かに優秀な戦闘集団であるのだが、C&Cの強さはそれとはジャンルが違う。
「今日回れるのはあと1件だけだな」
「そうだねー、もしかしたらそろそろかも?」
そんなRABBIT小隊からの畏怖される2人は、まるでショッピングをするかのように次の目標について話をする。既に今日叩きのめした人数は軽く50人を超え、それでいて何一つ疲労した様子すら見せないというのはやはりこの2人はおかしいといえるだろう。
既に連れ歩きが始まってから6時間程が過ぎ、太陽は西側に傾いていた。真夏の今は日の入りにはまだ数時間ほどの余裕があるが、このまま徒歩で探索が出来るのはあと1地点のみ。あとは移動手段を見つけなければ到底日中にたどり着けぬ場所にある。
本日最後の目標地点を捜索して関係者を確保したとしよう、しかしそれでも望みの結果が出なかったとしたらこの4人をどうすればいいのだろうか。連絡先を交換して彼女達を解放するか、あるいはこちらで確保したままにするか―――さてどうしたものかとネルが考え込んだその時、彼女の視界の端に一人の姿が映り込む。
腰に届く程長い黒髪の、狐耳をした女性。百鬼夜行風の
「アスナ」
「何かな、リーダー?」
小声でアスナを呼び、察した彼女も小声で応じる。RABBIT小隊の面々はそんな彼女達の変化に気づくことなく道なりに進んでいるが、このまま行くと数分で人気のないエリアにたどり着くだろう。その時にあの生徒がどういう動きをするか、それは予想するまでもない。
「右、黒髪の狐耳。あの4人を狙っている」
「あ~……なるほど?」
ネルの指し示した方向をちらりと見て、アスナも察した様子を見せた。殺気を消しては居るが、消しているからこそ違和感を覚えるというものもある。アスナはそういうのを感じ取ることにかけてはC&Cでもピカイチであった。
他に怪しい気配はなく、賊はあの一人だけだとネルは予測を立てる。しかし、あれは誰なのだろうか? 闇カジノの関係者であれば自分達を狙うはずだが、狙いはSRTの4人のみ。何ともしっくりこない中、彼女達は人気のない路地へと踏み込む。そのままある程度進むと、背中から底冷えするような殺気を振りまきながら先程の生徒が立ちはだかる。その顔には、いつの間にか狐面が被さっていた。
「……!?」
「あれは、狐坂ワカモ!」
ここに至りようやくその存在を認知した4人は、自分達が正体を隠して潜入していることを忘れて身構える。モエを除く3人は先の敗北の記憶が脳裏に蘇り、それによって呼び起こされる恐怖を無理やり抑え込んでバッグから銃を取り出す―――が、それをネルとアスナの2人はそっと制した。
「待ちな、こいつらは
「そうそう、だから邪魔はしないでもらいたいかな?」
2人はRABBIT小隊と謎の生徒―――狐坂ワカモとの間に割り込み、悠然と構えた。一見自然体に見えるが、そこには一切の隙が見えない。
ワカモとしては、今回リオ経由でRABBIT小隊がミレニアムでコソコソ嗅ぎ回っている事を知ったので後顧の憂いを断つために排除に乗り出したのだが、まさか邪魔されるとは思っておらず現在の状況に困惑していた。ミレニアムは先生の味方ではなかったのか? そんな疑問が彼女の頭をよぎる。
「……あなた方は知らないかもしれませんが、その4人は連邦生徒会の手先です。先生に仇なすような輩を―――「そんなの、当然知ってるぜ」―――は?」
「えっ……!?」
「んなっ!?」
『……!』
事情を知らぬのだろうと説明をするワカモの言葉を遮り、全て知ってのことだと言い切るネル。これにはワカモは勿論、自分達の正体を隠せていると思っていたRABBIT小隊の面々、そしてその会話を聞いているSRTの先輩達も言葉を失った。
「あはは、みんなビックリしてるね! でもリーダー、もう少し詳しく説明してあげたほうがいいんじゃないかな?」
「ちっ、めんどくせえなぁ……おい、お前もそんな所にいないでこっちにこい、そんな所にいたら話せるものも話せねえだろ」
そんな皆の様子がおかしいのか、アスナは笑う。笑いつつもネルに対して詳しく説明することを促す。アスナは今回勘で動いているため、細かい事情を説明できるのはこの場ではネル一人しか居ないのだ。
それを彼女は良く理解しているのだが、ネル本人は面倒事を嫌う気質である。正直口を動かすよりも手を動かしたほうが好きであり、それ故にC&Cの活動において多くの被害をもたらす行動に繋がっていた。しかし、任務に必要とあればそれを我慢するくらいの節度はきちんと持ち合わせているのがコールサイン00、美甘ネルという人物であった。
「さて、あたしから説明をする前に……お前ら、全員きちんと自己紹介しやがれ。所属から目的まで、何一つ包み隠さずにな」
RABBIT、ワカモ、そしてアスナと円陣を組み、ネルは全員を見渡しながら口を開く。その圧を前にしては、さしもの災厄の狐や特殊部隊もその言葉に従う他無かった。
To be Continued in Episode7 ”
メカニック名鑑
名前:C09N-FW
通称:フェイクウルフ
分類:戦闘用サイボーグ
製造:カイザーインダストリー
カイザーインダストリーが開発したオートマタ兵士用強化サイボーグC09Nを元に、メタルウルフに似せる改造を施した機体。
武装はメタルウルフの武装コンテナに似せたミサイルポッドと、専用アサルトライフル及びM61A2バルカン。