日差しが差し込まぬ小さな路地の奥、大通りからは意識して覗き込まねばそこに人が居ることすら判別出来ぬ程の場所。ここならば秘密の話をしてもいいだろうと壁に寄り掛かり、RABBIT小隊とワカモを睨みつけるネル。彼女の視線に晒されて萎縮するRABBIT小隊に対し、ワカモは先程までの殺意丸出しの態度を改め、畏まった様子でネルへと向き合った。
「百鬼夜行連合学院、狐坂ワカモと申します。この度は先生に仇なす子ウサギを始末しに参りました」
「ひいっ……」
これ以上無いほどに「お前達を殺す」と宣言され、ミユが小さく悲鳴を上げる。先のシャーレの戦いで先制で気絶させられていた記憶が蘇り恐怖で身を縮こまらせたが、アスナがそんな彼女の頭を撫でて落ち着かせた。同時に、ネルがため息をつく。
「ミレニアムで騒ぎを起こすんじゃねえよ、いいな?」
「……」
ネルは「余計な仕事を増やすんじゃねえ」と言わんばかりであるが、ワカモにとって何よりも優先すべきは
「それで、そっちは?」
「……ワカモの言う通り、私達はSRT特殊学園の生徒です。目標は、件の襲撃事件の容疑者として指名手配されているシャーレの先生の逮捕になります」
『……やむなし、か』
ワカモが終われば次はRABBIT小隊。ワカモとアスナ、ネルに挟まれて観念したミヤコは真の所属と、その目的を白状した。向こうでモニタリングしている先輩たちも、この状況ではどうしようもないとばかりに嘆息する。ここで意地をはったとしても、既に目的を把握されているのでは意味がない。
「SRTというと……そういやぁ、他の学園自治区でも武力行使が可能な権限を持つ唯一の学校だったな。シャーレに役目を取られて嫉妬でもしたか?」
「そんなことは……!」
SRTの今の立場と、シャーレの関係。それを揶揄するようなネルの発言にミヤコは食ってかかろうとするが、それを完全に否定する事はできなかった。何故なら、彼女自身シャーレに対して複雑な想いを抱いているのを自覚していたからだ。
SRTに揺るがぬ正義があると信じて必死になって入学したミヤコにとって、入学早々その立場をかっさらう形になった連邦捜査部シャーレというのは、同じ連邦生徒会に属する組織であっても敵として認識できる存在。シャーレのせいでSRT本来の活動が出来ないと日々不満を抱いており、逆恨みに似た感情を抱いたのも1度や2度ではない。
だが、それはあくまで月雪ミヤコという個人のこと。SRT特殊学園はシャーレに対して特別に何か敵対的なアクションをしている訳では無いのは、HOUND小隊がシャーレの直属としてエデン条約調印式まで所属していたことから明らか。ネルはそこを理解したうえで、あえてミヤコを挑発するような事を言ったわけである。
「……ふぅん、なるほどな。そう思ってるのは
「……ッ!」
サキやモエ、ミユも他のSRT生同様にシャーレに対して何か特別な感情を持っているわけではない。ミヤコだけがシャーレに執着している―――それが判るだけで十分だ。何かやらかすのは、大抵そういう奴なのだから。
ミヤコとワカモ、要警戒対象はこの2人と見たネルは警戒を緩める事なく壁から背中を離す。表情こそ先程から一切変化が見られないが、
「さて、どうしたもんかね……自治区内で勝手に活動している他学園の連中と、それを狙う保護観察中の矯正局脱獄犯。というかお前、シャーレから逃げる時先生と一緒に居たよな? ってことは、やっぱり先生はミレニアムに居るのか」
「それは……黙秘しますわ」
「いや、今更黙秘したところでな……」
「あはは、リーダーが呆れてる~」
今更慌てて
「ったく、こっちは今日の分の仕事が終わりきってねえのに次から次へと問題ごとばっかり来やがるな。厄介事の特売日か?」
ぼやくネルだが、その時彼女達の眼の前に一機のドローンがやってきた。白いボディにミレニアムの校章が輝くそれは、リオ謹製のAMASのうちの一つ。ネルとアスナ以外の生徒がAMASの突然の登場に困惑していると、その機体の下部からリオ本人のホログラムを投影し始めた。
『私はミレニアムサイエンススクール、生徒会セミナー会長 調月リオよ』
「うっ……」
リオのホログラムはRABBIT小隊、そのリーダーであるミヤコを見据え、己の名前と立場を表明する。一方、まさかいきなり生徒会長がでてくるとは思っていなかったのか、RABBIT小隊の表情は固い。SRTには他の学園自治区でも活動できる権限があるとは言え、実際にそれを受け入れられるかどうかというのは別の問題であった。
かつては連邦生徒会長のカリスマによってSRTの活動が各学園から黙認されている部分があったが、彼女が行方不明である現状―――さらに言えば、
「おいリオ、何のつもりだ? いきなりAMASを送りつけるとは穏やかじゃねえな」
リオが自己紹介して早々、その行動が気に入らないのかネルはその意図を問う。何かを言いたいのなら普通に通信を使えばいいだけなのに、AMASを持ち出すというのは彼女目線些か物騒といえた。そして問われたリオは視線をそらし、何やら口ごもっている。どういう言葉を返そうか悩んでいるようだ。
『……ええ、ネルの言いたいことは判るわ。ただ、一般的な通信手段はもう信用できない状態にあると思ってもらえば、あなたの疑問には答えられると思うのだけれども』
「ということは……通信系に問題が発生したのか?」
『いいえ、
「ややこしい言い回ししやがって、はっきり言えよ!」
「ねえねえ部長、大声出していいの?」
「……あっ」
問題が起きているのか、起きていないのか、どうにも曖昧な言い方をするリオにとうとうネルはキレて声を上げる。が、秘密の話をしようとしていたのに言った張本人が大声を出しては世話ないというもの。アスナのツッコミで我に返った彼女は赤面してリオの立体映像を睨みつけた。
『な、何かしら……』
「うるせえ、勿体ぶらずに一から十まで説明しろ」
結構理不尽なキレられ方をして困惑するリオであるが、ネルの言いたいことは理解はできた。ただ、一から十まで説明するとなると身内の恥を晒す形になるため、事情を知っているワカモはともかくとしてRABBIT小隊にどこまで話すべきか、ミレニアムへの愛校心が強い彼女にとって大いに悩むところである。
とはいえ、話さないという選択肢は流石にないだろう。SRT側の認識とミレニアム側、そしてシャーレ側の持つ情報をすり合わせて
『そうね……まず結論から述べると、シャーレの先生は襲撃事件の犯人ではない。彼に恨みを持つものがその姿を模して事件を起こしているということよ』
故に、彼女は
しかし、だからといってはいそうですかと納得できるミヤコではない。防衛室が正式に逮捕状を発行した以上、証拠を覆さねば彼の無罪は証明できないのだ。
「監視カメラの映像はどうなるんですか? シャーレのビルから事件現場に向かう姿が捉えられているのですが」
『それに関しては、捏造が可能であるというのが私達の考えよ。監視カメラの映像を差し替え、先生がさも襲撃したように見せかける……それが可能な生徒が少なくとも一人いるわ』
「………」
監視カメラの映像、それこそが防衛室が逮捕状を発行するに至った唯一の証拠。それが捏造されているというのであれば、それは重大なセキュリティ上の問題が起きているということである。普通ならばそんな馬鹿なと鼻で笑うだろうが、今のミヤコたちはそれを笑うことが出来ない。
(黒崎コユキ……)
ミレニアムがその行方を追う一人の生徒、アスナが語った通りの能力の持ち主ならば間違いなくそれが可能である人間。ミヤコは、そしてSRTはその存在を知ってしまったのだ。
『その生徒は今何者かの手により軟禁状態にあると私達は見ている。まだその正体の糸口は掴めていないけれども、それは確定事項と見ていいわ』
「証拠を……そういう推論に至った根拠を教えてください」
そして、その事実は連邦生徒会、SRTが持つ前提が全てひっくり返るもの。今までの行いの正当性を失う話であったが、ミヤコは声を震わせながらさらなる説明を求めた。ここで耳をふさぐのは彼女の理想であるSRTの理念に反する。
『黒崎コユキ、行方不明になっている生徒の名前よ。彼女は―――「リオ、コユキちゃんのことは私から話しちゃったから大丈夫!」―――そう……』
まずコユキについて話そうとするリオであったが、アスナが被せるように説明済みであるということを伝えた結果、彼女はわずかに目線を逸らした。彼女なりに不満を表明しているようだが、そんな事を察することが出来るのはこの場ではネルのみ。ただ、慰める義理もないのでそのまま流す。
『コユキが行方不明になった直後、ミレニアムのメインフレームがハッキングの被害を受けたわ。知っての通りミレニアムはキヴォトスでも最先端の場所、セキュリティはサンクトゥムタワーのそれに匹敵するという自負がある……にも関わらず、簡単にセキュリティを抜けられてしまった』
「……やっぱヤバイやつだね、黒崎コユキってのは」
ミレニアムがコユキによる被害を受けたという話を危機、モエはその危険性を再確認するように呟く。とてもではないがそのまま放置していいタイプの存在ではないと、RABBIT小隊の全員が思っていた。
『ただ、本来コユキはこういうタイプの攻撃をしない生徒よ。やるなら……そう、決済システムからお金を抜き取るとか、債権を無制限に発行するとかそういう事をする子だった』
「いやいや、それも十分悪質な攻撃だぞ!?」
『……それはともかくとして、コユキの能力でコユキの性質とは違う攻撃が行わている。であるならば、コユキに指示を出している人間が居ると考えるのは当然でしょう?』
「その、リオ会長が黒崎コユキの本心を知らなかったという可能性は……」
『私は、あらゆるミレニアムの生徒が満足できる学園をつくるために全生徒の癖や傾向を調べ尽くしているわ。その上で言わせてもらうとすれば、コユキにはそういう二面性は存在しない。これは疑いようのない事実よ』
「ひ、ひえぇ……この人、頭良すぎて怖い……」
ミレニアムの全生徒の嗜好を把握しているという、本来であれば頭がおかしいレベルの事を成し遂げたリオの天才的な頭脳に驚愕しながらも、RABBIT小隊はミレニアムがどういう考えをもって対応しているのかを理解する。ただ、やはり問題はコユキの居場所と裏にいるであろう真犯人のこと。
あくまでミレニアムの主張は推論に過ぎず、そこに至る物的証拠は何もないのだが―――ミヤコは此処に至って考えを改め始めていた。この事件は何かがおかしいと。
(今にして思えば、一番最初に逮捕状を取った時点から既におかしかった。昨日の今日で腰の重い防衛室が逮捕状を発行するなんて普通は有りえない……まさか!?)
ミヤコにとってSRTとは憧れの存在であった。正義を体現する、まさしく揺るぎなき存在。連邦生徒会の役員であろうが、他の学園の役員だろうが、あるいは巨大な企業グループの役員だろうが、等しくその罪を裁くもの。かつてFOX小隊が防衛室とカイザーの癒着を告白したように、遍く悪事を許さない。
だが、連邦生徒会長が失踪したことで全ては変わってしまった。出動の可否は連邦生徒会長代行と防衛室長による協議によって決められ、捜査の権限は大きく失われた。これによりSRTという組織は法執行機関というよりも、連邦生徒会の持つ最大武力という形に変質してしまったのはミヤコにとって大いに不満であった。
それだけならばまだ我慢できるが、問題はここから。逮捕状の件もそうだが、
であるならば、SRTはどうするべきか。本来あるべきSRTはこういう時にどう動くのが正しいのか、ミヤコは考え、そして―――
「……わかりました、ミレニアムの主張を受け入れましょう」
「ミヤコ!?」
一か八か、彼女は賭けに出ることにした。ウルフハント作戦における前提条件―――犯人は
サキはミヤコの態度の豹変に驚きの声を上げるが、その一方で彼女の変化を嬉しくも思っていた。ここのところずっと塞ぎ込みがちで心配していたのだが、少なくとも今のミヤコの顔付きは入学当初のものに近い。
「私達は何が正しいのか、きちんと知らなければいけません。命じられるがままに何も考えずに進むのは―――正解とは思えませんから」
『それはつまり、この会話を聞いているあなたの先輩たちも協力してくれるという理解でいいかしら?』
『やはり通信を傍受されていたか……』
「この声……!」
リオの言葉の直後、AMASのスピーカーから聞こえてくるノイズ混じりの声。本来それは、ミヤコ達が耳元に付けているインカムからのみ聞こえてくるはずのもの。それが誰のものであるのか、RABBIT小隊を除くこのメンバーの中で唯一記憶にあるワカモが低く唸る。
『SRT特殊学園所属、FOX小隊の七度ユキノだ。ミレニアムにおける作戦の現場指揮官を担当している……久しぶりだな、狐坂ワカモ。エデン条約の時以来か』
「……やはりFOX小隊でしたか」
「へぇ?」
秘匿され、暗号化されているはずの専用通信が傍受されているという事実に接しながらも、ユキノは焦りを感じさせることなくその場にいる全員に自己紹介を行う。それを聞いたネルは相手がFOX小隊と知り、興味深そうに小さく声を漏らした。SRT特殊学園で最優とされる彼女達の話は、こういう任務についている以上嫌でも耳に入ってくるものだ。
「申し訳有りませんFOX1、相談もせずに勝手に話を進めてしまい……」
『いや、それに関してはそちらの独自の裁量の範疇だ、気にする必要はない。それよりも、さっきの言葉……”命じられるがままに何も考えずに進むのは正しいとは思えない”か、あれは中々に考えさせられた』
「あっ、いえ、あれは……」
ユキノに対し独断で部隊の方針を決めてしまった事を謝罪するミヤコであったが、ユキノが言うようにSRTというのは独自の裁量というものが非常に強い。上から言われた通りのことしか出来ないというのは一兵卒としては最適かもしれないが、特殊部隊の隊員としては不適格というもの。
作戦目標を正しく理解し、その達成のためにあらゆる手段を講ずる―――それこそがSRTの隊員だ。つまり、ミヤコの行いはまさしくSRTの生徒として模範的であった。啖呵を切るように言った言葉も、SRTの先輩たちからすれば高評価ポイントである。
『どうやら、ある程度吹っ切れたようだな月雪小隊長。随分やきもきさせられたが、これなら安心して見ていられる』
そしてなにより、後輩が壁を乗り越え一皮むけたという事実にユキノ達SRT先輩組はホッとしていた。通信から聞こえる声の調子から第三者でもそれを感じ取れるほどだ。
『……それで、私の質問に対する回答はどうなっているのかしら?』
『失礼、調月生徒会長。我々FOX及びHOUND両小隊は月雪小隊長の方針に賛同するものと考えて差し支えない』
『そう……なら、協力関係になれるということね』
『ああ、それでいいと思う』
自分の質問に対する回答がないまま話をしているユキノに対し、リオは回答を催促する。決して質問そのものを忘れていたわけではないのだが、回答が遅れたのは事実なので謝罪を述べながらも彼女は答えた。
ウルフハント作戦に参加していた3小隊が賛同したことにより、ミレニアムとSRTの間に臨時的な協力関係が生じる。ワカモとしても、
「ところで……まだ今日掃除する場所が一つ残ってるんだが、あたし達はどうすりゃいいんだ? このまま大名行列作りながら行くのは御免だぞ」
その一方で、今日のノルマを果たせていないとネルは少々苛立ちを滲ませながらリオに問う。元々はアスナとの2名で闇カジノの関係拠点を潰しまわるという仕事は、初っ端にRABBIT小隊と遭遇したことで当初の予定から大きく逸脱していた。
それでも
『……予定は変わらないわ。目標を掃討し、保安部に引き渡してちょうだい。
「おっ、言ったな? それじゃあ……お前ら、ちいっとばかり手を貸せ。うちのシマで勝手に動いていることはそれでチャラにしてやる」
予定の変更を認めぬリオの言葉であったが、ネルは言質を得たとばかりにニヤリと笑いRABBIT小隊、そしてワカモに顔を向けた。これだけの有力戦力がいるならば、それを使わない手はない。手段は問わないとミレニアムの最高権力者であるリオが言ったのだ、誰も文句は言えないだろう。
「うふふ、少々身体が鈍ってきたところでしたから丁度いいウォーミングアップになりそうですわね」
「わかりました、SRTの実力をお見せしましょう」
ネルの提案は半ば脅迫じみたものではあったが、ワカモは久々に暴れられるとして非常に乗り気であり、またミヤコもSRTの実力を見せる機会とばかりに意気込んだ。これから掃除される拠点にいる関係者の運命はこの時点で決まったと言っていいだろう。
―――それから最後の拠点がどうなったのか、その全てを語るまでもない。嵐が吹き荒れた後に残されたのは大きく損壊した雑居ビルと、ボコボコにされて簀巻きにされた上にきれいに並べられた関係者。連絡を受けて回収しにやってきたミレニアム保安部の生徒達は、その惨状を前に呆然とするばかりであった。
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闇カジノ関係先の掃除という仕事が終わり、一行はリオの案内でミレニアム自治区の中心部から離れて郊外へと向かった。協力関係になれるという彼女の言葉を信じるならば、リオ本人がこの先で待っているのだろう。
時間は既に午後の7時を回っており、いくら真夏とはいえ既に日没の時間帯。完全に暗くなるにはまだ暫くの猶予があるが、目的地はまだだろうか。そう思っているとAMASが空中で静止した。
『ここよ、ここから地下に降りるわ』
AMASと壁に隠されたスピーカー、両方から同時にリオの声が聞こえ、何の変哲もないように見えた倉庫の壁が動く。その先には階段があり、最低限の照明はあれどその最奥を見ることは叶わなかった。中々に深い場所に潜るらしい。
『ドローンによる中継はここまでのようだ、FOX及びHOUNDは現状のまま待機する。連絡が可能になったら知らせてくれ』
「了解しました、RABBIT1アウト」
結局、FOX小隊とHOUND小隊はRABBIT小隊と合流しないことを選んだ。防衛室やカンナとの連絡役が残る必要があったのもそうだが、1個小隊は何か起きた時の為に残したいとユキノが判断したのがその理由になる。
そしてSRTのドローンを上空に残して、一同は地下へと進んでいく。アスナを先頭に、深く深くへと降りていき―――たどり着いた先には扉が一つ。それを開ければ、巨大なトンネルに繋がっていた。その壁面には様々な通信ケーブルが敷設されており、ミレニアムのコアインフラであろうことが伺えるが、それにしたってトンネルの大きさは半端ない。まるで巨大な機械が通過することを前提としているようであった。
『ここでの発砲はミレニアムに対する宣戦布告と同義よ、気をつけることね』
「うわあ……一体どれだけの光ファイバーケーブル網が敷かれてるんだろうね」
リオの警告を受けつつ、彼女達はトンネルを奥へ奥へと進んでいく。足音を響かせて数百メートルほど進んだ所で再びAMASが止まった。
『この先で待っているわ』
その言葉と同時に、コンクリートの壁にしか見えなかった部分が動いていく。その先には重厚な防爆扉が待ち構えていたが、こちらのロックもひとりでに外れてゆっくりと開いていった。そして、解放された扉の先には―――
「私のセーフハウスへようこそ、RABBIT小隊」
”歓迎しよう、盛大にな!”
この部屋の主であるリオと、その隣では我らが
「あ、ご主人様だ! やっと会えたね!」
「ご主人様ァ!? 一体どういうことだ先生! 事の次第では―――」
「先生がそんな事をするわけ無いでしょうが、この子ウサギがッ!」
”落ち着けアスナ、そしてワカモステイ! まったく、いきなり賑やかになったな!”
彼女が再び怒りのRABBIT殺すモードに入ろうとするのを、こんな所で暴れられてはかなわんと慌てて止めに入る
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顔合わせの騒動が落ち着いた後、既に時間も遅いからと
しかし、普通に料理ができるネルとアスナ、そしてワカモがいるとは言え、食材も無しに何かを作るのは不可能。結局、このセーフハウスに備蓄されていた冷凍食品やレトルトなどを用いることとなり、皆で準備をしているのだが―――
「説明はきちんと読み、アレンジを加えないこと。初心者はまずそれが重要ですわ」
「……そうね」
まさかあれほどまでに多彩な才能を持つ調月リオが、レトルトの調理一つすらできないとは
「あいつ変な所で合理主義を追求するんだよなぁ……少し前までトキが世話してたが、あいつが言うには片付けもしないらしいぜ?」
”Oh...”
「Ohじゃねえよ、そこはよ」
ワカモの指導を受けながら電子レンジを操作するリオを眺めつつ、彼女の生活力の無さを暴露するネル。それを聞いて思わず天を仰ぐ
そういう点ではアスナも同じく、彼女も家事行為全般は得意である。さくっと軽く調理を済ませて盛り付けられた料理の数々は、これが冷凍食品やレトルトであるということを忘れさせるほどの出来栄えであった。RABBIT小隊の面々がそれを見て垂涎しそうになるが、特殊部隊としての矜持で何とか表面上取り繕う。しかし、それはアスナにはお見通しだ。
「我慢しなくていいよ~、みんなの分はちゃんとあるから!」
「うぅ……昼を抜いたからお腹が……」
「ああ、もう我慢できなぁい!」
「おい、モエ!」
視覚、嗅覚を通じて食欲をそそられ、さらには最上の調味料たる空腹も合わさり、もはや我慢の限界。もうどうなってもいいやとばかりにモエはテーブルに乗ったばかりの冷凍ピザに手を伸ばす。サキが声を荒げるが、彼女の腹からも空腹を告げる虫の音が聞こえてくると顔を赤らめた。
”やれやれ、こういう時に我慢は良くないぞ”
「あっ」
そんな彼女達を見かねてか、
サキとミヤコ、そしてミユは呆気にとられながらむしゃむしゃと咀嚼する彼の姿を眺めた後、互いの顔を見合い、そして―――並んだ料理に手を付け始める。一度タガが外れてしまえば、もう止まることはない。
”うんうん、若い子はよく食べるのが正しい”
その姿を眺め、満足そうに頷く
しかしワカモはそれに呆れるでもなく、丁寧に丁寧にやり方を教えている。これもまた意外な一面と言えるだろう。こうして生徒達の新たな一面に触れる度に彼は決意を新たにする。彼女達の自由と青春を必ずや守らねばならぬと。
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食事が終わり、アスナとネルの2人が片付けに勤しむ中、
”……さて、どういう心境の変化か聞かせてもらおうか?”
1週間前のシャーレにておいてあれほどの啖呵を切ってきたにもかかわらず、事件の真相を知りたいとして突然とミレニアムとの合流を決めたミヤコ。果たしてどういうつもりなのかを改めて問いかける
SRT特殊学園はその性質上、方針を転換するには上位命令者の裁可が必要になるはずである。そうでなくてはあのレベルの武力を保有することは許されないだろう、あるいは以前議論されていたようにSRTの廃校だって視野に入るものだ。強大な暴力装置とは、常に
それを捻じ曲げた以上、どういう意図や信念が彼女にあるのか知ることは大事な事だ。
「はい……私は、今回の事件で連邦生徒会内に恣意的な権力の行使があったと感じました。逮捕状の請求、そしてSRTの出動命令、その両方で正規の手続きがなされていないと」
”ふむ……”
「確かに襲撃そのものは起こっています。ですが、私達は捜査の過程で様々な情報を入手した結果、あなたが犯人とは思えなくなった。むしろ、連邦生徒会内部での不正を疑わせる事となり……私は、何が正しいのかわからなくなったんです」
そう語るミヤコの目は伏せられている。彼女にとって今の状況はとても看過できる状況にはないということは、詳しい事情を知らぬ彼の目にも明らかであった。
「SRTには揺るぎない正義がある……以前はそう思っていたのですが、今となっては連邦生徒会の都合で使われるただの尖兵に過ぎない。先生、私は……私は何を信じればいいんでしょうか」
「ミヤコ……」
顔を上げた彼女の目には困惑と不安、様々な感情が混ざっているのが感じられた。若いなという感想を
”……正義というものは常に移り変わるものだ。時代、人、組織、立場によってそれは異なる”
「……」
”本当に揺るがない正義があるとするならば、それは己の信念だ。
「己の……信念……」
だが、それこそが今のミヤコの原点。そう願ったという事実は決して否定できないし、されるものでもなかった。
「私は……」
結局、どうするのが正解なのか。その答えはまだ出せないが、
彼女の瞳に決意の光が宿り、それを見た
「な、なんだ……!?」
「明らかまずいよね、これ!」
突然の事態に困惑するRABBIT小隊の4人。しかしミレニアムの面々はその表情を一変させ、リオが手元のスイッチを押す。すると、隠されていたスピーカーから僅かなノイズ、遅れてヒマリの声が部屋の空気を震わせた。
『リオ、聞こえますか!? 現在、ミレニアム自治区のネットワークに大規模な攻撃が行われています! セキュリティが次々に突破されています!』
『通信システムエラー! 送電システムに攻撃が……!』
「ヒマリ、何が起きたか教えてちょうだい!」
『ちーちゃんと対応中ですが、正面からでは受け止めきれませんね……! ですが、キヴォトスのあらゆる情報を観測できるこの天才美少女ハッカーの腕前を舐めないでいただきたい!』
『……よしっ! 何とかダミーに追い込んだ! これで時間は稼げるよ、ヒマリ!』
『では、今のうちに何処からアクセスしているか探知してみましょう!』
突然、何の前触れもなく始まったミレニアムのネットワークへの大規模攻撃。備えていたヒマリとチヒロが対応するものの、用意されていた様々な防壁は次々と突破されていく。この速度での突破は間違いなくコユキの手によるものと判断し、彼女達は初期の水際防衛を諦めて次の防衛ラインへと引き下がった。それまでに陥落してしまったシステムの奪還はまだ不可能で、今は何としてでも完全にハッキングされるのを防がねばならない。
コユキはその能力故に突破能力こそ高いが、ハッカーとしての専門的な教育を受けていない。故に搦め手―――一見して重要そうなファイルを用意し、食いついたと同時に無限に増殖させる迷宮へと誘う―――には弱いだろうと彼女達は考えていた。実際、コユキは無限に増え続ける偽データにアクセスし続けており、一旦は攻撃の勢いが止まる。
しかし、その能力があれば力技でダミーファイルを突破することも不可能ではないことは十分に可能性としてはありうるもの。監視を行いつつ、同時に2人はアクセス経路を逆探知しようとした。
『こちらはリツコ、市街地の複数個所で爆発が発生したらしい! 保安部に出動を命じたが、通信回線が不調だ。外回りしている連中と連絡が取れない』
「電子的な攻撃だけでなく物理的に攻撃してくるなんて……リツコ、そちらは大丈夫なの?」
『エリドゥは問題ない、保安部へ合流するためにこれから移動を始める。先生のメタルウルフの整備は―――機体自体は動くが、火器管制がまだだ』
ハッキングと同時に、ミレニアム各地での爆発が発生したというリツコからの連絡が割り込み、事態はより深刻さを増す。電子攻撃だけでなく物理的な襲撃があるとすれば、それは即ち―――
”どうやら、偽物が現れたのかもしれんな”
「ついに来たのね……」
証拠はまだないが、これは偽者による攻撃に間違いないと
”リツコ、メタルウルフをこちらによこしてくれ”
『何を言ってるんだ先生、火器管制の再設定が済んでいないから銃火器は使えないんだぞ! まさか素手で戦うつもりなのか!?』
”ふっ……ぶん殴ることができればそれで十分だ!”
『チッ……わかった、ドローンで輸送する。非武装状態だということを忘れるなよ、先生!』
整備中であるメタルウルフを急遽出撃させるという選択は、整備を担当していたリツコからすれば出来る限りは止めておきたいものである。しかし、彼の意思は固く、説得した所で決して引き下がることはなかった。こうなれば何を言っても無駄だと理解した彼女は、釘を差しながらもメタルウルフの空中配送を手配し始めた。
重輸送ドローン4機に吊り下げられ、エリドゥの格納庫から発進するメタルウルフ。到着までの時間を無駄にするつもりはなく、セーフハウスに居る全員は武器を握りしめる。
「なんか、アスナの言った通りというか、なんというか……」
「さあ、楽しいパーティーの始まりだよ!」
アスナとネルが真っ先に部屋を飛び出し、続けてリオと
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ミレニアム自治区、中心部に近い市街地の一角は炎に包まれていた。爆発で電力供給が途絶えたのか、半径数百メートルの範囲で停電が発生し、悲鳴を上げて逃げ惑う市民や生徒達は周囲の状況をよく確認することも出来ずに無我夢中に火の手の反対方向へと走っていく。
無論、そんな状況下で人々が無事で居られるはずもなく、転倒して群衆に踏み潰される者もいる。一人の悲鳴は人々の悲鳴に塗りつぶされ、重傷を負うのも1人や2人ではない。しかし、そういう人に手を差し伸べられるような余裕は、逃げ回っている人々には無かった。
「こちらへ! 落ち着いて、押しのけないでください!」
「くそっ、このエリアに居るのは私達だけか!?」
そんな中、パトロールを実施していた保安部の部隊は僅かな手勢の中人々の避難を助けるべく、大声を上げながら誘導を行っていた。ドローンパトロールが行えない現状、有人での巡回を行っていたのが功を奏した形となる。
彼女達はフラッシュライトで人々を照らしつつ、爆発の原因を探ろうと闇を見渡す。高層ビルの多い中心部はそう遠くまで見ることは出来なかったのだが、しかし―――
「居た、1時方向ビルの上!」
「あのシルエットは……!」
その視線の先、高層ビルの上に立つ人型のシルエット。月明かりと地上で燃え盛る炎に照らされて浮かび上がったそれは、彼女達にとって見覚えのあるもの。
大きく背中に張り出したコンテナに、赤く光る単眼。炎の色に染まって正確には確認できないが、その装甲は恐らく濃紺色。スコープで確認していた生徒が信じられぬと言わんばかりに震えながら銃を下げた。
「で、出た……あれはシャーレの先生の……!」
「冗談じゃない! 保安部長を呼ばないと!」
「駄目、繋がらない! 無線機はずっと不調だよ!」
まさかメタルウルフが襲ってくるとは、かつて廃墟でそれに助けられた経験がある彼女達はその実力を良く知っていた。だからこそ、自分達が相手できるものではないとも理解している。真っ向から戦えるのは、パワードスーツを使用している自分達の上役、リツコだけだ。
だが、彼女を呼ぼうにも先程からずっと無線機から聞こえるのはノイズばかり。絶望的な状況の中、彼女達は辛うじて群衆の多くをこの路地から逃がすことに成功する。通りに残るのは転倒し、人々に踏み潰されて重傷を負った十数人、それらを救出するべく前に進んだ途端、ビルの上のシルエットは顔を彼女達に向けた。
「ひっ!?」
恐怖に顔を引き攣らせて腰を抜かす生徒が出る中、
”Let's partyyyyyyyyy!!”
ビルの上から蹴り落とされ、アスファルトの路面に叩きつけられる
”ずいぶん楽しそうな事をしてるじゃないか、私とも遊んでくれよ?”
バス停に手を伸ばし、コンクリートの重り部分を引きずりながら近づいてくる、
To be Continued in Episode8 ”
なんと、今回の話で総文字数100万に到達してしまいました。よくもまあここまで書いたものだと自分でも驚いています。