ミレニアムでの戦いが終わり、ついに多くの生徒達の前に姿を見せた
しかし、コユキのハッキングによってミレニアムの通信システムはおおよそダウンしており、SNSが開けないなど声があちこちから聞こえ始めた。そうなってくると、状況の解決を求めるべく
「おい、先生は私達と話があるんだ。お前たちは早く帰るか、仕事に戻らんかい!」
「うわーっ! 副会長がキレた!」
まるで砂糖に群がる蟻のように
負傷した市民や生徒の救助活動、破壊された建造物の瓦礫撤去、そして消火活動が背景で行われている中、ミレニアム自治区のトップたるリオとリツコ、そして最大武力であるC&Cが集まっているというのはかなり緊迫した状況といえるだろう。とはいえ、襲撃犯は撃退したので危機的状況から脱してはいるのだが。
「……SRTとワカモの方はどうしたのかしら」
「さあな、ただあの連中なら大丈夫だろうよ」
”……噂をすれば、だ”
ミレニアムのトップ2人がまだ合流していない
最初は5人であったはずだが、その数が倍以上に増えている事など些事だろう。ミレニアムにあと2個小隊が潜伏していること自体は知っていたため、別に何もおかしいことではない。
「やあ先生、久しぶり」
「……タエコ、しっかり持っていろ」
「そう言わないでよカズミ、というか普通に
「あんなミサイルだらけのUGVを市街地に持ってきてどうするHOUND3!」
それに対しタエコは自分の所有するUGVを持ち込んでいれば楽が出来たと主張するが、ミサイル満載の無人戦闘車両を先の発電所における戦闘で用いればどうなっていたか、それは語るまでもないだろう。少なくとも莫大な賠償金をミレニアムから請求されるのは間違いない。
「それで、その袋はなんなんだ?」
「
「??」
ワカモがそこに居るにも関わらず、袋の中身が
「これは……」
「襲撃犯の1人だ、調月会長。月雪小隊長が逮捕した」
「そう……逮捕したのはSRT、ね」
ユキノが補足した情報を元に、リオはこれからどうすべきかを考える。犯人の身柄の引き渡しを要求することはできるが、SRTに逮捕された以上ヴァルキューレに拘束されることになるだろう。そうすると、ミレニアムは蚊帳の外に置かれるのではないか? リオの懸念点はそれだ。
今回の件でミレニアム自治区は結構な損害を被った。その補償はまずはセミナーがするものではあるのだが、襲撃犯には当然その額を請求したい気持ちがリオにはあった。エリドゥの一件でユウカにこっぴどく叱られた彼女としては、そういう金銭的な面も気にしなければならない。
”こっちは逃げられたよユキノ、残念ながらな。私の偽物は少しばかり厄介なようだ”
「いえ……ご無事で何よりです先生。それと、ようやく無実を証明できましたね」
”逮捕状の撤回がされなきゃ安心できんがな……というか、今の言い方だとユキノは私が無実だと思ってたのか? まったく、人が悪いな……あの時手加減してくれたってよかっただろう?”
「逮捕状が出ている以上、手は抜けませんでしたから」
”やれやれ、それでどうするんだ?”
「そうですね……ヴァルキューレに引き渡すことになるかと思います」
”ヴァルキューレか……”
一方、襲撃犯の生徒の身柄をヴァルキューレに引き渡すというユキノの言葉に、
では、どうすべきかであろうか? 彼は少しばかり顎に手を当てて考え込む。ヴァルキューレがどの程度この事態を把握しているのかは不明であるが、分校舎を使っているのであればかなり上の方が関与している疑念が生じる。公安局長であるカンナですら怪しい。
あまり生徒を疑うような真似をしたくは無いのだが、直接的な被害を受けた上に証拠も揃っているのではやむを得ない。それに、この事件はあまりにも多くのものが被害を受けており、それ故に何としてもその全容を明らかにする必要があった。最悪、ミレニアムと連邦生徒会の全面衝突すら起こりうるのだ、今の情勢では。
”……ヒマリから情報提供があった。ハッキングの発信源はD.U.にあるヴァルキューレの第三分校だそうだ”
「!!」
「!?」
「どういうことなのかしら……連邦生徒会はミレニアムを潰すつもりなの?」
「まさか、流石にそれは早計が過ぎると思うぞ調月会長。連邦生徒会にそんな政治的決断を下せる人材は居ない」
「言ってて悲しくなるけどねぇ……SRTが今こうして活動できるのが奇跡みたいなものだし」
リオは連邦生徒会の狙いを推測しようとするが、そんなことは無駄だとユキノは言う。実際、現在の連邦生徒会にそのような意思と能力を持つ人材などおらず、生徒会長代行であるリンは保守派として連邦生徒会長体制の維持に腐心しており、そんな事など考える時間的余裕はない。
そして連邦生徒会の役員達の殆どは大局観を持つものではなく、唯一有しているであろう防衛室長のカヤにしてもミレニアム相手に戦争を仕掛けるビジョンなど持ち合わせていない。オトギがやや呆れながら補足するが、そんなビジョンの無い役員達にとって本来SRTは持て余すものであり、使いこなせるはずもなかった。
だが、結局SRTはその武力を維持したまま権限は多少縮小されたが、活動可能な状況下にある。そのきっかけがシャーレに対する危機感からくるものだとしても、そういう形を作り上げたリンやカヤの努力は素直に称賛に値する。
”……さて、偽物の攻撃を退けることに成功し、その拠点を突き止めるところまで行けたが、ここで足踏みをして相手に再起の目を与えるのはナンセンスな話だ。私としては一気に畳み掛けるのが正解だと思うのだが、問題はヴァルキューレの分校がD.U.にあることだな”
「あ~……なるほど、確かにな」
「ここでミレニアムの戦力がD.U.へと向かえば、それはキヴォトス大戦の火蓋を切る事になりかねない……厄介ね」
キヴォトスでは自治区内での活動は学園の自由だが、これが外に出るとなると話は変わってくる。学園として他自治区での活動を行う場合は、当該自治区を支配する学園との校章が必要なのだ。例えば、ゲヘナの風紀委員が指名手配犯を追ってアビドス自治区に行くのであれば、アビドスの生徒会と合意を結ばねばならないというように。
これは連邦生徒会直轄地であるD.U.といえど例外ではなく、基本的にD.U.には他学園の兵力の展開は殆ど認められる事はない。もしそれを無視して展開すれば、両校だけでなく連邦生徒会の武力そのものと衝突することになるだろう。そうなればキヴォトス全土を巻き込む武力衝突に発展しかねない。
”だからだ、リオ。ここは私に任せてくれないだろうか? キヴォトスで戦争を起こすのは望むところではないだろう”
「それは確かに……そうなのだけれども、私はミレニアムの生徒会長よ? ミレニアムを守るためにあらゆる手段を取らねばならない立場にあるわ」
リオは合理主義者である。戦いが基本的に利益を産まぬ、非合理的なものであるということを良く理解していた。だが、こうして騒動の当事者になってみるとまた別の視点が見えてくる。
戦いを忌避することが悪いわけではないのだが、やはり先手を取られて泣き寝入りというのは気分が悪い。まさか自分にこんな一面があったなんてとリオは内心驚きつつも表面上冷静さを失わないように務めていたが、周囲から見るとただでさえ鋭い目つきがさらに鋭さを増して恐ろしいものであった。
「リ、リオ、落ち着け……どうせすぐに兵力を動かせるわけがないんだ、ここは先生に任せたらどうだ?」
幼馴染であるリツコもこれには顔を引き攣らせ、リオが暴発しないように誘導を試みる。何時も真面目なやつほどキレると怖いというのは彼女が一番良く分かっていた。
「……そうね、正直犯人をこの手で叩けないのは残念だけれども、誰よりもその権利がある人物がいる以上、贅沢は言えないわね」
”すまんなリオ、吉報を期待してくれ”
「ええ……でも、どういうプランで行くつもりなのかしら?」
眼の前に最大の被害者がいる以上、無理難題を言い続けるわけにはいかない。そういう訳でミレニアムによるD.U.軍事侵攻という危機は脱したものの、リオは
そんな彼女に対し、
”今からエリドゥに取りに戻る時間もないが、問題ない。D.U.にはメタルウルフの武器が有る建物があるからな。それに、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eはいまだ健在だ”
「それってまさか―――」
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防衛室長である不知火カヤは深夜であるにも関わらず、非常に上機嫌のまま連邦生徒会の車に乗り、シャーレビルへと向かうべくD.U.の大通りを走っていた。隣にはカンナが座っており、鼻歌交じりの彼女に胡乱げな視線を向けている。
運転している防衛室の役員はそんな上役の奇行を気に留めることもなく、眠気覚ましのガムを噛みながら事故を起こさぬようにハンドルを握っていた。ちなみにだが、彼女は2徹していた。睡眠不足の人間に運転をさせてはいけないのだが、連邦生徒会に現在徹夜していない生徒などいない。
(確か今朝の運勢占いでは大凶でしたが、やはり所詮はテレビの言う事、信憑性なんてなにもありませんね!)
彼女が上機嫌な理由、それはミレニアムで活動を開始したばかりのFOX小隊からかかってきたとある連絡によるものであった。
『ミレニアムでワカモを発見、これを逮捕した』
まさか1日も経たずにワカモを見つけ、捕まえるとは。流石はFOX小隊と言うべきか、カヤはツキが回ってきたと感じた。
続けてユキノは、ワカモの身柄をヴァルキューレに引き渡したいのでカンナ局長を連れてシャーレに来てほしいと伝えてきた。無論、カヤに断るという選択肢はない。立て続けに起きた襲撃事件の後処理で徹夜続きである彼女は異常なテンションのもと、カンナを呼び出し今に至るというわけである。
(私の念願、連邦生徒会のトップに立つ日は近い!)
シャーレビルの前に到着した2人は車から降りると、ユキノに指定されている合流地点へと向かう。地下にある格納庫にワカモを捕らえているという話だ。
夜のシャーレビルは駐留しているヴァルキューレの生徒の数も少なく、受付でぼんやりとしていて注意された1名を除けば5人程度で見回りをしているらしい。居住区はロックしているため住んでいる元不良たちが反乱を起こすといったことはないようだが、それにしたって気が緩み過ぎではないかとカンナは思った。
エレベーターで地下に向かった2人は、薄暗い廊下を非常灯の明かりを頼りに歩いていく。あまり人の出入りもないためか、少々埃っぽいのが嫌だなとカヤはハンカチで口元を押さえる。
「ここですね」
「はい、ここのはずです」
そして地下格納庫の扉の前に立った2人は、ゲートの開閉ボタンを押した。モーターの力で重厚な扉がゆっくりと開いていき、広い空間が目の前に広がる。その奥、上階の格納庫へと通じるエレベーターの前にセーラー服を来た
「夜分遅い時間に申し訳ありません不知火室長」
「いえいえ、まったく気にしていませんよ」
開口一番頭を下げるユキノに、カヤはいかにもご機嫌と言った様子で応える。
「マイケル先生の方はどうでしたか?」
「そちらは残念ながら、発見には至っていません」
「そうでしたか……そういえば、今ミレニアムでネットワーク障害が発生しているようですが、もしかして何かしましたか?」
ぐったりとして動かない
「……いえ、
「そうですか、あちらのトラブルですかね? まあ、お陰ですんなりと―――!?」
実際、ユキノ達は何もしていない。ミレニアムでのネットワーク障害はコユキのハッキングによるものであり、彼女達に介入できるものではないのだ。そして同時に、ユキノは他のFOX小隊の隊員に目配せし、
次の瞬間、のほほんとしていたカヤの目が見開かれ、翡翠色その瞳には銃口を向けるユキノを除く
「貴様ら、何のつもりだ!?」
「大人しくしといたほうが良いよ―カンナ公安局長。いくら君でも、SRT選抜チームに勝てるわけないでしょ?」
突然のSRTの裏切りにカンナは怒気を撒き散らしながら懐に手を入れるが、拳銃に指が届いた所でオトギが警告を出す。並大抵のキヴォトス人なら一撃で昏倒するであろう.50口径の銃口を向けられては流石の狂犬も何も出来ず、観念してゆっくりと手を抜くと両手を頭の上に掲げた。
一方のカヤはと言えば、戦闘力など下から数えたほうがいいレベルであるため最初から抵抗するという選択肢はない。いくらなんでも13人のSRT生徒を相手に戦いなど―――
(13人? SRTの小隊定数は4人では?)
彼女が疑問に思ったその瞬間、
「!?」
「ま、まさか……!?」
「うふふ……お久しぶりですね、ヴァルキューレの狂犬?」
「狐坂ワカモ……!」
SRTの制服に着替えたワカモの姿にカンナは歯噛みする。単純に仮面を外して着替えただけでここまで潜入するとは、こんな変装に気づけなかった己の不明を恥じるかのようだ。
「ふふ、私だけではありません。
「何……っ!?」
制圧され、腕を縛られ拘束されていく中、ワカモの言葉にカンナが反応する。あのワカモが”あのお方”と呼ぶ人物など、このキヴォトスにはたった1人しか存在しない。それに呼応するように、物陰から1人の男性が姿を見せた。
”やあ、久しぶりだな”
「せ、先生!?」
「そんな……!?」
現れたのは、我らが連邦捜査部シャーレの顧問、マイケル・ウィルソン。誰から見ても完璧なサプライズ出演にカンナは目を見開き、カヤに至っては事態を飲み込めていない様子でぽかんと口を開けたまま。
そんな2人を尻目に彼はゆっくりと近づくと、適当にパイプ椅子を置いた後、座ってまずはぐったりとしているワカモの姿をした生徒をチラリと横目で見た後、カンナの顔を正面から見つめた。
”簡単に説明しよう、この子はワカモに扮してミレニアムで破壊活動を行っていた。私の偽物もミレニアムに出てきたよ、逃げられたがね”
「これは一体……」
”私の偽物との戦闘記録だ。見ての通り、メタルウルフとそっくりな奴が破壊活動をしているということだが、分かってもらえたかな?”
ここに至り、ようやくカンナも事態を把握する。
「こ、これではそもそも逮捕状を請求する前提が崩壊する!」
「そういうことだ尾刀公安局長、先生は無実の罪で追われていたことになる。今からでも遅くはないから撤回するべきではないか?」
頭を抱えるカンナにユキノは提案を持ちかける。逮捕状を撤回すれば
しかし、一度言ってしまった、あるいは出してしまった手前、そう簡単に撤回できないのが組織というもの。カンナは考え込みつつ、カヤをちらりと横目で見る。そもそも逮捕状を出すのは防衛室の仕事であり、そのトップは彼女なのだから話を通すべきならそちらであろう。
そして当の本人だが、彼女はあんぐりと口を開けたまま呆けたように映像を見ていた。画面の中では偽物の顔面が今にも引き剥がされんとしており、その隙間から微かに見えるのはオートマタ兵士の怯えるカメラアイ。その瞬間、カヤの表情が憤怒に歪む。何をしてくれてんだこの野郎という言葉が口から出かけるが、それはなんとか飲み込んだ。
「ぼ、防衛室長?」
「……こほん、失礼。確かにこれでは見た目で先生が襲撃犯であると判断するわけにはいかなくなりましたね、となれば確かに逮捕状を取り下げるべきなのですが―――」
”待て、カヤ”
恐る恐るカンナが声をかけると、カヤは咳払いをして表情を一変させる。先程までの般若のような顔をしてたとは思えぬ変わり身の早さであった。
そのまま
”君は……この件について、どの程度関わっている?”
「な、何のことでしょうか……?」
そんな彼女の内心を知ってか、彼の表情はわずかに柔らかくなる。まるで今話せばある程度は配慮するという誘惑のようにも見え、カヤは一瞬躊躇する。このままカイザーとの関係を隠し通すか、それとも全てを白状して
「…………」
それでもなんとかメリットデメリットを計算し、どちらにつくべきかを考える事ができるのは流石というべきか、普通の連邦生徒会の役員程度であれば彼の目力に気圧されて何も言えずに首を縦に振っていただろう、防衛室長という立場にいるのは伊達ではない。
しかし、実際のところ
ミレニアムからここに来るまでの短い時間にハッキングを仕掛けて防衛室の不祥事の証拠を探っていたが、真に大事なものはオフラインで保管してあるのかそれっぽいものは無かった。だからこそ、自分は知っているというように見せかけて自白を引き出す―――正直な所かなり悪どい手法だが、時間的制約が有る以上これ以外の手が無いのだ。以前人質司法を批判した口で何をいうかというが、それはそれ、これはこれ。大人というのはそういうものである。
「……わかりました、私の知る限りを話します」
そしてプレッシャーに負けたカヤは狙い通りに陥落し、事の真相を話始める。
「この事件の首謀者はジェネラル……カイザーPMCの高位指揮官です」
”やれやれ、しつこい連中だな。動機は怨恨といったところか……まあ、アビドス事件でグループを半壊させたから無理もないが”
「その、驚かないんですね?」
”前の仕事の都合、人の恨みを買いやすくてね”
「は、はぁ……」
恨みを買い、社会的に抹殺されかけたという事実を前にしても彼は飄々とした態度を崩さず、小さく肩をすくめる。そして今度はカンナへと顔を向けた。
”……さて、次だ。カンナ、ヴァルキューレ第三分校について聞きたい”
「第三分校ですか? あそこは予算の都合、新入生合宿にしか使われていない場所ですが……」
”あそこの建築を入札したのはカイザーコンストラクションだった、それは合ってるな?”
「……ええ、そうですね。確かにカイザーの入札で作られたものだと記憶していますが」
突然ヴァルキューレの校舎について聞かれ、訳がわからないながらもカンナは記憶を頼りに答えていく。防衛室とカイザーの癒着というものの歴史は古く、その全容を把握しているわけではないが、少なくとも第三分校の建設に関しては記録を見た覚えがあった。
その話を聞き、
”ミレニアムでの異常は基幹ネットワークをハッキングされたことによるものだ。その発信源は特定され、ヴァルキューレ第三分校がその場所にある”
「そんな、あそこは今は使われていないはずです!」
”だが、今回の件はカイザーが絡んでいる。そしてカイザーによって建設された、いつもは使われていない分校……怪しいとは思わないか?”
「そ、それは……」
正直、怪しい。これ以上に無いほどに怪しいのだが、カンナとしてはヴァルキューレの設備が他学園への攻撃に使われたということのショックのほうが大きい。
”そして、もう一つ。ミレニアムで行方不明になっている生徒が居てだな、ミレニアムへのハッキングを行ったハッカーの手癖はその生徒のものらしい。リオが激怒していたよ”
「!!」
さらに
ここまでコケにされて黙っていられるカヤではない。嫌な相手でも時として笑顔で握手をしなければならないということは知っているが、それはあくまで互いに利益が有る場合話。一方的に利用され、何も知らされぬまま振り回され続ければもう我慢の限界であった。
やはりカイザーと手を切るべきだという確信を一層強めたが、問題はあちらが関係を暴露すること。そうすれば責任者としてこの室長の座を追われるのは間違いなく、それが一番彼女が恐れるものである。何せ彼女には夢があるのだ、その実現のためには防衛室長という肩書を捨てることは出来ない。
「先生、今回の件で防衛室が関与したのはあなたの逮捕状を発行した事についてのみです。交通室からあのような映像を提供されれば仕方がないことだと―――」
「それでキヴォトス全体を混乱させてたら世話がないわね、カイザーにいくらお金を積まれたんだか」
言い訳じみた―――実際言い訳なのだが、防衛室はシャーレをハメようとして動いていないと説明するカヤに対し、クルミが皮肉をぶつける。防衛室なんてカイザーの子飼いではないかという思いが2年前にカイザーと防衛室の癒着を暴いた彼女にはあった。
「……言わせておけば」
だが、それに対し反論をするのはカヤではなく、その隣りにいるカンナ。予想外の反応に、最初に文句をつけたクルミだけでなく他のSRT隊員も目を丸くする。唯一
「お前たちが特権を貪り、最新鋭の武器や装備を手にしている間にヴァルキューレでは訓練に使用する弾丸すら事欠いていた! 予算は常に足りず、現場がどれだけ苦労を重ねていたか、無菌室育ちで正義を論じる貴様らにわかるか!?」
彼女が訴えるのはヴァルキューレが長年抱える問題、予算不足。キヴォトス全体の治安に関わる組織としてはあまりにも少ない金額は、その活動を不活発なものにする上に所属している人心を蝕んでいく。古くから汚職とは生活苦と理想とのギャップからくる挫折感から起こるものだ。たとえ入学当初は理想に燃えていたとしても、突きつけられた現実の前に心が折れて妥協するということは決して珍しいことではない。
そのあまりにも痛切な訴えにユキノの他、SRTの隊員は次の言葉を発することが出来ない。カンナが批判していたように、SRTは潤沢な予算によって装備を整え、訓練を行い、連邦生徒会長の指揮の下華々しく活動していたが、その影でヴァルキューレがどれほど割りを食っていたかというのを知る機会は無かったし、知ろうとも思わなかった。その事実を突きつけられたことで動揺が生じる。
「予算を切り詰めるために、本来あるべきものを削ったことなど1度や2度ではない。結果、動けなかった案件はそれ以上にあった! 我々がそれに何も思わなかったと、お前たちは思うのか!?」
予算とは無限ではない。限り有る資源を配分し、必要な所に分け与えるもの。ただ、有限である以上当然足りない場所は出てくる。そうすればどうなるのか? その部署は機能を失うか、あるいは動けるために独自の金策に走ることになる。ヴァルキューレは前者を恐れ、後者を選んだ。
無論、規則から見ればそんなことは許されない。しかし、そうしなければヴァルキューレが維持できないとなれば、それは上部組織である連邦生徒会の責任問題だ。ユキノ達は癒着をした防衛室とヴァルキューレに憤りを感じていたが、それは本来もっと上位のものに向けられるべきものだった。監査を入れ、不正を正し、組織を正常化させる。それが出来ていないからここまでの事態に陥ったのだ。
組織が正義を実行するためには、上から下までそのための努力を惜しまないで実行する意思が必要だった。どこかで止まれば、その時点で正義は歪む。そういう点では今のSRTも歪んでいるだろう、ミヤコはそれを自覚したからこそ組織の正義ではなく、自分の理想とする正義を貫こうと決めた。
”苦労しているんだな、カンナ……だが、きちんと予算折衝はしていたか? 財務が値切るのはどこの世でも何時ものことだが、それに負けぬように主張するのは官僚の仕事だぞ?”
「せ、先生!?」
だからこそ、カンナの主張に
しかし、それに手をこまねいているようでは困る。自らの価値を示し、そのために必要なコストを正しく計算し、要求が出来なければ駄目だ。鳥の雛のように
”まあ、次からはもう少し色がつくと思うが”
「?」
罪悪感を感じているのかは知らないが、目をそらしたカヤの姿に呆れながらも、彼はそう締めくくった。今ので釘を差された以上、これから彼女は
”……さて、カンナの主張は理解した。だが、今なすべきは議論ではなく、ヴァルキューレの分校に居る諸悪の根源を叩くことだ。それを間違えてはいけない”
「は、はい」
”私達はこれから第三分校へと向かうが、君達はどうするつもりだ?”
「私は……」
夜明けまでの時間は短く、逃げ出した偽物が分校に戻り襲撃失敗のことを伝えて次に動き出す時間のことを考えれば、これ以上シャーレで時間を浪費する事はできない。既に武器は確保してあるため今すぐにでも向かう事ができたが、それでも彼がこの2人との対話を望んだのは真実を伝えるためだ。
もしカイザーに忠誠を誓っているのであればその時はその時だったが、今の反応を見るに二人とも現状に思う所があることがわかる。そうとなれば、あとは味方に引き込むだけ。
「……現場には行きません。ただ、付近のヴァルキューレの警邏を遠ざけます」
カンナは少なくとも、第三分校で何が起きようともヴァルキューレを介入させるつもりはないようだ。元々彼女自身、ヴァルキューレ入学当初は理想に燃えていた故に、これ以上悪事の片棒を担ぎたくないという気持ちが強かった。
「私の方は逮捕状の取り下げの手続きに入りますが、即時には無理でしょう。少なくとも今から手続きを始めてから半日……いえ、3時間ほどはかかります。今、連邦生徒会の部署はどこもパンパンですから」
カヤも
”わかった、それでいい。では諸君、連邦捜査部S.C.H.A.L.E……出動だ!”
防衛室とヴァルキューレ、双方を味方につけたことで背後を心配する必要がなくなった彼は直ちにSRTの生徒達とワカモに出撃の号令かける。まだ公的には追われる身であるが故にシャーレビルに住む元不良達に帰ってきたと伝えられないことは残念だが、この戦いが終われば無事に平和が取り戻せるだろう。
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D.U.の中心部から離れた場所に位置するヴァルキューレ第三分校は本来人気が無い場所なのだが、今は正門の前にヴァルキューレの制服に身を包んだ生徒が2人、門番として立っていた。しかし彼女達はヴァルキューレの生徒ではなく、シャドウ・カンパニーに属する傭兵。偽装は完璧で、生徒手帳もしっかりと持っているため彼女達が偽物と気づくことは普通は無理である。
「……後どのくらいかかるんだろうね」
「さあ……荷物は多いからね、夜が明けるくらいかな」
彼女達がこうして門番をしている理由は簡単で、分校内で今現在撤収作業が行われている最中であり、その邪魔になるような浮浪者等がこの分校に入りこまないようにするためだ。
「まさか本物と鉢合わせるなんて運がないよね、あのオッサンも」
「言えてる。でも、あの子のほうは帰ってきてないし、大丈夫かなぁ……」
何故シャドウ・カンパニーが撤収作業をしているのか、その理由は1時間ほど前に這々の体で帰還したフェイクウルフの兵士が息も絶え絶えに本物と遭遇したと報告したことに始まる。ハッキングで奪ったはずのミレニアムのシステムが既に取り返されているという話に、ジェネラルは即時に撤収を決めた。
ミレニアムのハッカー集団の手にかかれば逆探知されるのも時間の問題だという彼の考えは正しい。もう場所が割れているという想定なら、踏み込まれるよりも早く撤収すれば良い。ミレニアムの事後処理にどうせ引っ張り出されているだろう、ならば夜明けまでに完了すれば間に合うはず。そんな彼の考えは、
「そういえばさ、あの白兎はどうすんのかな」
「なんでもシラトリの海に沈めるらしいよ、足がついた以上は荷物になるからって」
周囲に人気がないことから警備の生徒は少々気が抜けたのか、白兎―――黒崎コユキの処遇について口にする。元よりジェネラルはコユキの能力に関して目をつけていたのだが、ミレニアム自治区の闇カジノで大負けして莫大な負債を抱えた彼女をこれ幸いと言わんばかりに身柄を確保、借金返済を名目にその能力を手中に収める事に成功する。
これによって
「……?」
「なんだ、これ」
そんな彼女達の前に1台のロボット車両が近づいてくる。円筒形の胴体に、てっぺんにはアンテナと思しき突起物、履帯で稼働する、全高1.5m程度の無人車両、後部には何やら貨物を運搬するためのアルミバンのようなコンテナが取り付けられていた。そして、車体の正面には”FOX EATS”のペイントがなされていた。
「近頃流行りのロボットデリバリーか?」
「誰が頼んだんだ? 私じゃないぞ」
「私も違う」
「じゃあ、中の連中?」
「何も連絡は来てないんだけどなぁ」
門番の2人は眼の前で止まったこのロボットを訝しみ、一体これが何なのかと調べようとする。まさかこんな時間にデリバリーを頼むような非常識な輩はいないだろうと思いつつも、本当に頼んでいたらここで追い返せば自分達の責任になってしまうため、できるならそれは回避したい。
『こちらはFOX EATSの配送ロボット、ヴァルキューレ第三分校にいなり寿司セットを届けに来た』
「おっ、喋った!?」
「人工知能を搭載してるのか、対話型なのか?」
『その通り、既に支払いは終わっているので商品を受け取ってほしい』
「うわー、こういうAIは結構高いはずなんだけどなぁ……」
ロボットに話しかけられ、互いに顔を見合わせた2人はこれが最新のデリバリーサービスなのかと興味深そうにロボット車体を眺めていく。そして背部のコンテナが開き、中にはいっているはずのいなり寿司セットを取り出そうとした彼女達は―――
「なっ、これは……うぎっ!?」
「えっ……がっ!」
突如として飛来してきた銃弾に頭を射抜かれ、その場で昏倒する。少し遅れて到達する2つの銃声が狙撃手が二人いるということと、そこそこ離れた距離から射撃しているということを示していた。
「距離700、
「は、はい……」
そこから700m離れたビルの上、狙撃銃を構えながら寝そべる2人。狙撃に専従するミユとオトギの2人は倒れて動かなくなった生徒2人をスコープで眺めた後、次のターゲットの出現に備える。
既に東の空が白み始める時間帯、ナイトビジョンがなくとも周囲を見ることは出来るため、2人は正面入口に狙いを定めた。今の銃声は間違いなく聞かれた以上、相手は飛び出してくるはずだ。
『こちらHOUND3、茶柱号にミサイル使わせていいかい?』
『まだだ、まだ……今だ、撃て!』
『よーしチャイテ、やってやりな!』
『了解した、ボス』
スコープの向こうで分校の正面玄関が開き、中から複数のオートマタ兵士が押取り刀で飛び出してくるのを確認したその瞬間、正門前に停止しているロボット車両―――タエコの装備、茶柱号のコンテナが割れ、複数の対戦車ミサイルが現れると同時に発射され、正面玄関を吹き飛ばして大穴を開ける。デリバリーに偽装して近づき、射点を確保するという奇策は完璧な成功を収めた。
『総員突入』
『了解、RABBIT1及び2は先行します!』
同時に、先程までいた見張りにばれぬように物陰から近づいてきた総勢7人のSRT生徒達が一斉に突入を始める。狙うはカイザーPMC高位指揮官であるジェネラルの身柄と、囚われているであろうコードネーム白兎、黒崎コユキの保護。
To be Continued in Episode10 ”
多分、次回とエピローグの2話でこの章は終わります。そしたらついに最終編が始まりますが、色々と前提が違うこのキヴォトスでは果たして何が起きるのでしょうかね?
解説
茶柱号
HOUND3 美路タエコがジャンクパーツから作り上げたハンドメイドの無人車両。全高1.5mで対戦車ミサイルや小型ミサイルなどの重火器を運搬、使用することができる。
ツルッとした円筒形の本体の上に申し訳程度に出ているアンテナというデザインから茶柱号と名付けられた。一応装甲も持ち合わせているため、盾としても使用可能。タエコが作成したAIユニット「チャイテ」によって制御されている。