キヴォトス全土を揺るがした偽メタルウルフ事件から1週間が過ぎ、連邦捜査部シャーレの本部ビルは居住区に住んでいる元不良達の万雷の拍手の元、
駐留していたヴァルキューレも撤退し、全ては事件前と同じ―――とはいかず、再びSRTの小隊がシャーレへと駐留することになっていた。それもHOUND小隊だけではなく、FOXとRABBITも週替りでの駐留である。なんでもSRT指揮権限の見直しに伴う措置らしく、後に正式な書面が防衛室から送られてきた。
”それで、君も当番に志願したと?”
「ええ、まあ……私の信じる正義を実現するには、先生と共にいる方が近道になるのではないかと思いまして」
”なるほど、わかりやすくて結構”
執務室、デスクで書類仕事をする
さて、事件の後始末と言えば、連邦生徒会防衛室が
勿論だが、このような形を提案したのは
「結局、防衛室の癒着のことは公表しないんですね」
”それを言えば責任は防衛室にとどまらず、財務室や連邦生徒会長の責任問題まで波及するだろう? 流石にそれは大事すぎるんじゃないかね”
「……まあ、言わんとすることはわかります」
防衛室とカイザーの癒着に関しては、
果たして癒着をしていたからヴァルキューレの予算を切り詰めていたのか、それとも予算が切り詰められていたから癒着が発生したのか今となっては分からない。それを見逃していた財務室と連邦生徒会長の責任論に波及するという
ここで連邦生徒会が機能不全になるのは避けたい。為政者としての経験を持つ彼としては、キヴォトス全体の事を考えればそういう選択しか取れないのだ。悲しいかな、正しさだけでは世の中回らないのである。不正に対し厳しいミヤコは些か不満そうにしていたものの、争いが起きれば犠牲になるのは一般市民であるため、最終的には仕方がないと彼女は折れたのだった。
「ところで、連邦生徒会の方はともかく先生の方はどうだったんですか?」
”……そうだな、それについて話すとすれば長くなるが―――”
ミヤコが聞くのは、この1週間で彼が各学園をなだめるべく東奔西走したことについて。途中、情報を共有したことで事情を知ったミレニアムを除き、他の学園は最後の最後まで彼が何をしようとしていたのかという事を知ることは出来ず、ただ事態の推移を見守ることしか出来なかった。
最終的に冤罪は晴れ、連邦捜査部シャーレは以前と同じ状態に戻ったが、他学園は何が起きたのか知るべく
そういう経緯もあり、先日彼は少々D.U.を離れ、いくつかの自治区を回っていた。彼女が聞きたいのはその時何が起きたのかということだろう。その時の事を思い出しながら、彼はゆっくりと話し始めた。
まず、一番最初に向かったのはレッドウィンター連邦学園。以前
今は夏も盛りだというのに、この自治区は相変わらず冷涼―――というよりも寒冷で、雪が多くの地域で残っているのは驚くに値するだろう。
「カムラッドがそういうのならば問題ないのだろう!」
まあ、それはいいとして、次に彼が向かったのはアビドス高校。万年降雪の自治区から灼熱の砂漠という気温変化は中々に体に来るものだが、そういうのは無視して彼はアビドス生徒会たる対策委員会との会談に臨んだ。臨んだのだが―――現れたのは
”おいおい、一張羅にしちゃ派手な格好だな?”
「うへ~……本物の先生だね、よかったよかった」
「うん、本物。連邦生徒会が影武者用意してたらそれこそ本気で襲撃仕掛けるところだった」
”本当にどれだけ連邦生徒会に対する信用がないんだよ、君たちは”
アビドスの面々の連邦生徒会に対する敵意が強すぎる事に彼は呆れるが、シロコ曰く、あと1日事態解決が遅ければ連邦生徒会に対し襲撃を仕掛けるところであったという。危ないところだったと
砂に沈んだ市街地、時折襲ってくる砂嵐、それは以前と変わってはいないが、それでも対策委員会の皆の表情は明るい。まるで明るい未来が待っているかのようだ。
「ねえ先生、あれからさらに借金の返済は進んだんだ。もしかしたら、私が卒業するまでに完済できるかもしれないんだよ」
あれから借金も目減りしていき、最早残りは6000万程度になったと彼女達は笑顔で語る。借金返済が目前に迫り、俄然やる気になっているのは彼としては喜ばしい事だ。とはいえ、借金返済の後は土地の買い戻しという新たなフェーズに入るわけだが、それに関してはまだノープランであるらしい。”卵がかえる前にひよこの数を数えるな”という言葉が有るように、うまくいくことを前提にして考えるのは危険なので仕方がないのだが。
「先生はさ、アビドスにとって救世主みたいな人なんだよね」
視察が終わり、アビドス高校への帰り道、ホシノは振り向くこと無く呟いた。その表情をうかがうことは出来なかったが、どこか懐かしいものを思い出しているかのような声色だ。
「……だから、そんな先生が誰かに陥れられたっていうのが我慢できなかった。連邦生徒会の連中が恩知らずにもそういう事をするなら、いっその事ぶん殴ってやろうって思ったんだ。先生みたいにね」
”……やれやれ、どうやら悪い見本を見せてしまったようだな”
自分を心配してくれたのはいいが、それはそれとして出力の仕方があまりよろしく無い。とはいえ、彼女達との連絡を意図して断っていた結果がこれなので彼としても強く叱ることは出来ない。敵を欺くにはまず味方からとはいうが、された側のケアはきちんとしておこうねという案件だろう。
「そう思うならさぁ、ちゃんと最初から説明してほしかったなぁ」
”そのことに関しては本当に申し訳ない”
「すごい、流石先輩。先生が謝るしかできない」
「ふふふ、流石はホシノ先輩ですね」
「もう、先生が困ってるでしょ!」
振り返っていたずらっぽく笑いながらホシノがそう言えば、
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その翌日、彼はゲヘナへと向かう。当然、目的は
そのまま真っすぐに
”今回は君たちに心配をかけてしまい、本当に申し訳ない”
「キキッ……いきなり謝罪から始められるとは思わなかったが、まあこの寛大なマコト様はそれを受け入れてやろう」
「そんなこと言って、マコトちゃんったらずっと先生の安否を気にしてたじゃない?」
「いやー、先生が消息を断ってから1週間、本当に落ち着かない様子でウロウロウロウロしてましたよねー、まるで檻の中のクマかなにかかと」
「おい、サツキ、チアキ!」
「事実だから仕方ないじゃないですか」
「イロハまで……!」
まあ、つまりはいつも通りの
やいのやいのと騒ぐ
「おつかれ先生、マコトに何か変なこと言われなかった? 一先ず元気そうで安心した」
”やあヒナ、特に何もなかったよ。そしてアコは―――”
「先生が身を隠されてから一体どれほど我々が苦労したか、お分かりいただけますか?」
”君も変わらずで安心だ”
例の事件の最中、シャーレの先生が行方不明となっていた1週間、ゲヘナでの犯罪発生率はというと、急激に―――上がったわけでもなく、風紀委員は何時もと対して変わらぬ業務量であった。
つまり、一々
”どうやら君たちにも苦労をかけてしまったようだ、申し訳ないな”
「分かっているなら、今度私の―――」
「アコ、あまり先生を困らせないで」
「い、委員長……」
まず頭を下げる
「先生だって、好き好んで情報を遮断していたわけじゃないでしょう? やむを得ない事情があったっていうのは理解している」
”そう思ってもらえると助かるな”
ヒナとしても、ヴァルキューレやSRTに追われている状況では迂闊に情報発信できないというのは理解できるものであった。寧ろ、その状況下で最低限の情報発信ができたという事に驚いているというのが正しいだろう。一体どのような手段を用いたのか、流石は先生という思いが強い。
ともあれ、こうしてゲヘナも
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その日の午後、トリニティの敷地へと足を踏み入れた彼は、早々に正義実現委員会の面々に包囲されることとなった。やむを得ず両手を上げてメタルウルフの機体から顔を出せば、周囲の面々はホッとした様子で銃を下ろす。そして彼の前へとやってくるのは副委員長たる羽川ハスミ。
「本当に先生でしたか……申し訳ありません、我々は一度偽物と交戦しているので、どうにも一度確認しないことには安心できませんでした」
”そりゃ……まあ、仕方ないか。私だってそうするしな”
「ご理解いただき感謝します……本日お越しになった理由は、先の事件についてナギサ様に説明をするためでしょうか?」
”ああ、その通りだ”
「では、私が案内します」
メタルウルフを片隅に置き、そのままハスミに案内される形で彼はティーパーティーの校舎へと向かう。エデン条約の前後で何度も行き来した場所であり、目を瞑ったままでもたどり着ける自信はあったのだが、案内してくれるというのだからその好意は素直に受け取るのが彼である。
そしてたどり着いた先、ティーパーティーのテラスには何時もの3人が長机に並んでいた。目を丸くしているミカ、瞑目しているセイア、そしてじっと顔を見つめてくるナギサ。全員の顔を見た後、彼は頭を深く下げた。
”この度心配をかけて申し訳ないことをした。この通りだ”
「……頭を上げてください、先生」
腰を深く曲げた彼に、重苦しい雰囲気をまとわせながらもナギサは口を開く。言葉のとおりに顔を上げると、彼女はそっと微笑んだ。謝罪の儀式はこれでおしまいと告げるその笑みに、彼はふっと力を抜く。思ったよりもあっさりと終わり、拍子抜けといったところだ。
「ほんと、先生が元気そうでよかったよ先生! 大丈夫だった? ご飯、ちゃんと食べれてた?」
「ミカ、先生だっていい年した大人なんだから一々聞くまでもないだろう?」
「……お二方?」
謝罪の時間が終わり、おしゃべりタイムが始まると見るや早速ミカは潜伏期間中の彼の様子を知るべく話し始めるが、セイアは呆れながら茶々を入れる。先程まで厳粛な雰囲気であったにも関わらず、早速トンチキな空気になりつつ有ることにナギサは青筋を浮かべながら2人を見た。
そんな3人の様子に思わず彼も笑みをこぼす。何時もと変わらぬ日々がこうして訪れていることに感謝しつつ、
「先生、少しいいかい?」
”……?”
「先日……そう、先生が逮捕される少し前のことだ。最後の予知について話しただろう? あの時は憶えていなかったが、今ははっきり思い出せるようになった。ただ、そうだな……やはり、少しばかりショッキングな内容でね、少々あの2人には聞かせられないんだ」
彼女が耳元で囁くように続ける言葉に、彼は思わず小さく顔をしかめる。ナギサとミカには聞かせられないような話とは何なのか。
「それに関してはまた後日、シャーレで話そう。それでは先生、どうか今度はヴァルキューレの世話にはならないように」
”おっと、それは私に言われても困るな”
「……セイアちゃん、先生と何の話をしてたの?」
「ふふっ、秘密だよ」
セイアとしてもナギサとミカの眼前でそれを口にするつもりは無いようで、最後にジョークを交えながら話を打ち切り、
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トリニティでの用事も終わり、いざシャーレに帰るべくメタルウルフの元へと向かう
「先生」
”何だ、アツコか……”
現れたのはアリウス高校の生徒会長、秤アツコ。アリウス高校の制服はまだ決まっていないので今までと同じ白い外套姿であったが、しかし1人とはどういうことだろうか。アリウスとトリニティは最早公的にも別の学園として登録されており、そんなに気軽に来れるものではない筈である。
そんな疑問に首を傾げる彼の懐に手早く潜り込んだ彼女は、手早く抱きつくように腰に手を回した。突然のことに驚く
”ぐおおおおっ!”
キヴォトス人の膂力で締め上げられれば、流石の
「……ふぅ、とりあえず気が済んだからここまでにしておくね」
”こ、腰が……”
締め付けること十数秒、気が済んだのかアツコは手を離したが、ベアハッグを食らった
それでようやくアツコもやりすぎた事を悟り、手を差し出して彼を引き起こす。なんとか立ち上がった
「先生」
”な、何かなアツコ……”
「どうして連絡一つもよこしてくれなかったの? アリウスにはまだ先生の助けが必要なのに、1週間以上放置するなんでひどいよ?」
”うっ……”
上目遣いで詰めてくるアツコの言葉に、
「うふふ、先生の以外な一面を見れましたね♪」
”アツコに入れ知恵したのは君か……”
「先生が逮捕されてからハナコちゃんと色々相談したんだよね、アリウスのみんなって血の気が多いから、先生が逮捕されたと聞けば連邦生徒会に殴り込むかもしれなかったし」
アツコが言うには、相談を受けたハナコはアリウス自治区はその構造上情報到達にタイムラグが生じることに着目し、アリウスを一時的に鎖国状態にすることで
そのおかげか、アリウスはこの1週間で大した混乱もなく無事平穏に過ごせたとアツコは語ったが、その分彼女の仕事は鬼のように増えてしまい、その鬱憤を晴らすべく
「やっぱり先生は少し押し気味でやると良い反応してくれますね♪」
”私はおもちゃじゃないんだぞ……”
ハナコの悪戯心に苦言を呈す
「ねえ先生、今度アリウスに来てほしいかな? 色々とお願いしたいことがあるんだよね」
”わかった、わかった、最優先でスケジュールに入れさせてもらうよ……”
結局、彼はアツコの
”―――とまあ、このような具合で”
「……分かっていましたが、先生は生徒に甘いですよね」
”まあ、そうだな……自覚は有る”
話を聞き終え、特に最後のアリウスにいいようにされてしまったエピソードに対する感想をポツリと漏らすミヤコに対し、
では書類の続きを―――と思い
「何なんですかこれは、悪戯でしょうか?」
むっとしながらミヤコが席を立ち、チャイムに備えられているカメラの映像を確認する。そこに映っていたのは、濃紺色の制服を身に纏った若草色の髪をした2人の生徒。顔付きは似ているが、良く見れば目つきやら細かい所に違いが見られるこの2人は、ボタンを連打しながら何かを言っているようだが、こちら側のスピーカーは無反応。良く見ればチャイムに備え付けられているマイクがオフになっていることに気づき、ミヤコはスイッチを切り替える。
『もしもーし、ハイランダーのほうから来たんだけど、ちょっと聞こえてるー?』
『ヒカリ選手の必殺、ピンポンダッシュ秒間16連打~』
「ハイランダー? 鉄道学園が何をしに……」
”……あっ”
ハイランダーから来たという2人の生徒、その目的がわからず首を傾げるミヤコの横で、
”すまない、今ロックを開ける。私は執務室にいるから、案内表示に従って来てほしい”
『なんだ、やっぱり居るじゃーん』
『しゅっぱつしんこー』
このビルの主からの許可を受け、ハイランダーの2人は意気揚々とエレベーターに乗り込んでいく。到着するまで5分もかからないだろうか、それまでの間に
すべての準備が終わった所で、執務室の扉に2人分の人影が映る。なんとか間に合ったとほっとしながらドアを開ければ、先程の生徒がそこに居た。
「パヒャヒャ! 私はハイランダー
「同じく、橘ヒカリー」
「今日はシャーレに無賃乗車の分の料金を請求しにやってきたわけだけど―――はい、これが請求書ね」
「……無賃乗車?」
ハイランダーの2人が言うところの無賃乗車とは何なのか、ミヤコは理由がわからず首を傾げるが、一方の
”SRTに追われる形でD.U.から脱出した日、ハイランダーの貨物列車に便乗させてもらってね……”
「先生が飛び込んだ時の衝撃で貨物がずれて大変だったんだからね、あれ!」
「幸い、列車のダメージはなーし」
「というわけで、先生には貨物列車に乗車した分の特別料金を支払ってもらいまーす」
”わかった、わかった……ほら、支払いの手続きは済ませておくからコーヒーでも飲んで、茶菓子を食べていきなさい”
「おっ、気が利くじゃーん?」
「シロップにミルクたっぷりー」
見る限り背が低く、さらに片方はどうにも子供っぽい言動のため自分よりも年上には見えない。つまり推定1年生であるにもかかわらずそのような立場にいるという事実に、ミヤコは内心驚いていた。
”……手続きは済ませた、入金はそちらで確認しておいてくれ”
「はいはーい……オッケー、確認取れたよ。それでは先生、ハイランダーの事をこれからもどうぞご贔屓にね、パヒャ♪」
「コーヒーとクッキーもおいしかったよー」
支払いが終わったことを告げられたノゾミは手元のタブレットで入金の履歴を確認し、請求額通りの金額が入金されたことを確認すると、ニコニコ笑顔でOKサインを見せる。一方ヒカリの方はというと、あま~いコーヒーとクッキーを食べ終わった後に満足した様子で席を立ち、2人揃って帰路へとついた。
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時計は昼休みが終わる午後の1時を差した丁度その時、シャーレの執務室のドアを叩く音が聞こえて二人の生徒が入ってくる。午後の業務に入ろうとしたミヤコが顔を上げると、そこに居たのはミレニアムサイエンススクールの制服に身を包んだ二人の生徒。そしてそのうちの1人と彼女は面識があった。
「黒崎コユキ……さん、ですね?」
「にはは、お久しぶりです!」
ターゲットではなく、1人の生徒としてミヤコが名前を呼べば、コユキは何とも気楽そうな笑顔を浮かべて手を振る。その隣では、付き添いとしてやってきたユウカが今のやり取りから何が二人の間にあったのかを推測し、ミヤコの前に立つ。
「あなたがコユキを助けてくれたのね、私は早瀬ユウカ。セミナーを代表して礼を言わせてもらうわ」
「いえ……SRTとして当然のことをしたまでです。そんな、特別に礼を言われることなんて」
「いいえ、手間がかかる問題児とはいえ、後輩の命を救ってもらったんだもの。このくらい当然のことよ」
「は、はぁ……」
手を握られ、感謝の言葉を面と向かって言われる―――そんな事に慣れていなかったミヤコは何とも照れくさそうにユウカからの礼を受け取った。
「先生も大変でしたでしょうが、ご無事で何よりです」
”ああ、少しばかり面倒な敵だったがね”
そして彼女は
「ご、ごめんなさい! 何だか私のせいで、先生が大変なことになっちゃったみたいで……」
”……あぁ、そうか、確か君が監視カメラの映像の差し替えをやってたんだったな、そういえば”
一方コユキはと言うと、まさか自分がやった事が
”まあ、それ自体は脅されてやっていたことなんだろう? だったら私がそれを責め立てるものではないが―――そもそも、なぜ君は連中に捕まっていたんだ”
「うっ」
「……そういえば、理由を聞いてなかったわね」
コユキが監禁され、脅迫されていたという事実を知っていればその事を怒る気にはなれないが、彼が気にするのは
ユウカもその事実は知らないようで、彼の指摘にハッとした表情を見せるとコユキへと顔を向ける。急にじっと見られ、小さく肩を震わせた彼女は少々怯えたような態度を見せつつ、視線を横にずらしながら口を開く。
「……寂しかったんです」
「えっ?」
「だから、寂しかったんです! 先輩たちはセミナーに入った新人にかまってばかりで、私はずっと反省室の中……みんなから忘れられたんじゃないかって思って、だったらミレニアムから出てやろうって……」
「あっ……」
コユキの、まさに絞り出すような主張にユウカは愕然とした。確かに数ヶ月前にセミナーに入ってきたケイはとても優秀かつ素直で、コユキと比べてなんていい子だろうかと思ったことは事実だ。教え甲斐のある娘だと彼女にかまってばかりで、反省室に閉じ込められていたコユキの事をおざなりにしていたと言われれば、そうであったという他無い。
まさかそれでコユキが思い詰めて家出を図ろうとしただなんてと、ユウカは思わず自分の責任を感じてしまうが、彼女が口を開く前に
”そういうのはまず、ちゃんと口で言うべきだったな。人間というのはきちんと言葉で気持ちを伝えなければ、全く伝わらないものだ。それでコユキ、謝るのは私にだけじゃないだろう? 君を探すために色々と手間をかけたミレニアムの皆にもごめんなさいと謝るんだ”
「う、うっ……で、でも、ネル先輩とか絶対ぶってくるし……」
コユキ自身、悪いことをしたという自覚はあるらしく、
”あー、じゃあ私と一緒に行こう。流石に今日は無理だが、近いうちにな”
「ほ、本当ですか! にはは! 絶対、約束ですよ!」
「……ごめんなさい、先生。コユキのことを放ってしまった私達にも責任があります」
”気はしてはいないさ、人は失敗をするものだ”
一緒にネルの所に行くという彼の言葉に、コユキは素直に首を縦に振る。その様子を見たユウカは申し訳なさそうに頭を下げるが、
「……ミレニアムも大変なんですね」
そして少し蚊帳の外に置かれているミヤコは、どうやら話が丸く収まったようだと安堵しながら手元の書類の整理を続けていた。
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さらに時間は進み、午後の4時を回った所。大きく息を吐いた
ミヤコが対応に出てドアを開けると、入ってきたのはなんと連邦生徒会長代行たる七神リンと、防衛室長 不知火カヤ、財務室長 扇喜アオイの3人。スケジュールで訪問することは知っていたが、流石に重役3人が勢揃いというのは少々驚くというもの。
「お疲れ様です、先生。本日は……連邦生徒会の改革について、お話を伺いに来ました」
”ミヤコ、コーヒーを出しておいてくれ”
「あっ……はい、わかりました」
リンはそう言い、残る2人とともに来客用のソファーに座る。ミヤコにコーヒーを淹れるように指示を出すと、
「これは……」
”以前、アオイと一緒にまとめた改革案だ。その後色々あってまともに議論も出来なかった奴だが……まあ、今の状況でもたたき台としては使えるだろう”
「どうぞ、代行、防衛室長、財務室長」
「どうも、ありがとうございます」
書類を手にするリンと、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを差し出すミヤコ、そしてそれを受け取るカヤ。各々行動していく中、連邦生徒会の3人は書類に書かれている各種提案を読み取っていく。
”それで、どんな心境の変化なんだ? リンは変更に乗り気でなかったと思ったが”
「先の事件で……我々は何も有効な手立てを打つことが出来ず、結局は先生に全てを任せることになってしまいました。その反省から、何をどうすればよいのか、先生の話を聞くべきだという結論に達したのです」
「いざという時、先生が居なければ何も出来ない……そんな組織では到底、キヴォトスの行政の中心として成り立たないわ。リン行政官とはその認識で一致できたの」
「防衛室としては……ええ、まあ、体制の再構築は必要不可欠ということですので」
どうやら先の事件で連邦生徒会が機能不全に陥った事で、リンも旧体制に固執するのは危険だと判断したらしい。超人であった連邦生徒会長ありきの体制のままではもはや現状維持すら難しい、その認識をアオイと共有できたことは、連邦生徒会の改革を踏み出す第一歩といえるだろう。
しかし、カヤはどうにも厳しい表情。改革の必要性は認めつつも、
”どうやら不満があるようだな?”
「あー、ええ、まぁ……この素案ではかなり連邦生徒会長の権限を縮小しすぎていて、これでは強い組織と呼べるのかどうかどうにも不安でして」
「防衛室長の懸念も尤もだけれども、これはあくまでたたき台よ。細かいことはおいおい詰めればいいんじゃないかしら?」
「むぅ……確かに、そうですね」
カヤとしては強いトップのもと纏め上げた組織のほうが好ましいが、素案は連邦生徒会長の権限がかなり室長に移されたもので、連邦生徒会長を目指す彼女としては好ましいものではなかった。だが、これはあくまでたたき台でしかないというアオイの説得により、一先ずはそれを受け入れることにした。
「この素案は有り難く利用させてもらいます。ただ、それはそれとして細かい所も先生の監修を受けるべきかと思いますが―――」
”いや、まずは君たちが案をまとめてみてくれ。最初の内から口を出したらそれは君たちの案ではなく、私の案にしかならない。此処はキヴォトス、生徒が主体の学園都市……まず君たちが主権者として、その権利を行使するべきだ、私のような外部の人間が口を出す前にね”
「……なるほど、それが先生が私達に出す
リンとしては素案からまとめるまでの間に
”ところで、分校の調査はどうなった?”
「そうですね……崩壊したヴァルキューレの地下にあった地下施設を調査しましたが、自爆装置と動力炉の炉心融解の影響でカイザーとの繋がる物的証拠は発見できませんでした。また、病院に送られた傭兵生徒や兵士は末端で、クモ型兵器のパイロットは廃人状態でとても話を聞ける状態ではありません。偽ワカモもいまだ口をつぐんでいる状況では……」
”チッ、連中も考えなしではなかったということか”
物的証拠は基地とともに消え、証言も得られぬという話に
ワカモはジェネラルを吹き飛ばした事を嬉々として語っていたが、やはり逮捕させるべきだったのだろうか。ほんの少しだけ自分の判断を後悔するも、既に過ぎ去った過去は変わらない。
「結局、カイザーが介入していたという情報はカヤの証言からしか得られなかった……防衛室とカイザーの繋がりを秘匿する以上は、この件でカイザーを追求するのは不可能です」
「申し訳ありません、折角の機会をふいにしてしまい……」
カイザーに対し手が出せず、悔しげな表情を浮かべるリン、そしてカヤ。特にカヤは今回の件で重大な情報を握っていながら、結局それを活かすことができなかったことを大いに悔やんでいるようだ。しかし、彼女の証言を採用した所で物的証拠が無い以上、カイザーは何かと理由を付けてそれを回避するのが目に見えている。その場合、癒着をマスコミに流して民衆の批判の矛先を連邦生徒会に向けることが考えられた。
折角混乱回避のためにカイザーとの癒着を非公開とすることを決めたというのに、そうなってしまっては本末転倒というもの。結局自分がウィークポイントになっているというのは、不知火カヤとしては不本意なものでしかない。
だが、カヤが防衛室長の座に居続けることで、カイザー側に関係が露呈していないと思わせる事もできる。どのみち、彼女と通じていたジェネラルはしばらく病院から出てこれないだろう。奴が復帰するまでの間にどうにか連邦生徒会の体制を盤石なものにすることができれば、カイザー側の工作を跳ね返すことだって不可能ではないはずだ。
”構わんよ、どうせ奴らが再び動くには時間が必要なはずだ。その間に君たちが案をまとめ、連邦生徒会の体制をきちっとすれば、きっと奴らだって手は出せなくなる”
「先生の宿題は本当に……難しいですね」
”君たちの能力に合わせて出してると思ってくれ、期待しているんだ”
「そう言われてしまうと弱いですよね、まったく……」
「人のやる気を引き出す話術……本当に、先生の前職って何かしら」
結局、連邦生徒会はカイザーへの警戒は続けつつも、体制再編を優先することとした。また、先の事件で特に被害の大きかったミレニアムに対しては、その補填のために先の事件でで焼き払われたブラックマーケットを再整備する計画を随意で契約することを決定。最新の建築技術によってそのエリアはビジネス街へと再編される事となる。
「……そう言えば先生、一つ伝え忘れたことがあります」
”うん? 何だ、リン”
宿題を連邦生徒会に持ち帰ろうとした3人であったが、ふと何かを思い出したかのようにリンが足を止め、振り向き口を開く。仕事に戻ろうとしていた
「連邦生徒会の体制を再編するにあたっては、やはりそのトップをきちんと決めなければならない……私はそう思っています。まだ決定事項ではありませんが、連邦生徒会長を選出するための選挙をそう遠くない内に行うつもりです」
「リン行政官、それはつまり……連邦生徒会長の捜索を諦める、ということかしら?」
「……いいえ、まだ私は諦めたわけではありません。ですが、ヴァルキューレが機能不全に陥るほどの人員を抽出して行ったここ数ヶ月の捜索においても、連邦生徒会長の痕跡一つ見つけることが出来ませんでした。それだけのコストの浪費を継続することは流石に認めらない……それだけのことです」
連邦生徒会長の捜索―――連邦生徒会の行政機能を低下させる程の人材を注ぎ込んだその事業は、何の成果を見せること無くただただ無為に時間とコストを消費するのみであった。それが今回の事件の原因の遠因の一つとなったのならば、見直す必要がある。
だが、連邦生徒会長という重要な人物が行方不明のままでは捜索しないという選択も取れない。ならば、どうするか―――そう、新たな象徴、新連邦生徒会長を決めればいい。
「……そうですね、連邦生徒会長は見つからなかった。数ヶ月も行方不明であるならば、職務の放棄、あるいは遂行不可能として罷免することもできるでしょう。ですがリン、あなたがその決定をするとは……本当にいいので?」
「……ええ、これ以上は無理だと、流石に判断せざるを得ません」
連邦生徒会長捜索はリンのたっての願いによって行われていたもの。その背景を知るカヤとしては、彼女が捜索を中断するとはと驚きを隠せない。
「ですが、捜索そのものは続けます。ヴァルキューレの人材を使うでなく、キヴォトス全体を捜索するなら丁度いい組織がありますから」
「あー……なるほど、そういうことですか」
そう言い、カヤは
何故捜査を完全に打ち切ること無くシャーレに移管するのか、それは先程も述べたように連邦生徒会長の捜索はリンの強い意向で行われていたということと大いに関係がある。会長と親友であったリンは、友人が消えたという事実を認めたくなかったのだ。彼女が自分達を置いて行方不明になるはずなんてないという思いが、捜索を惰性で続けさせていた。
だが、ここに至ってもう認める他ない。連邦生徒会長は何処かに消え、その所在は一切が不明。連邦生徒会は機能不全に陥り、キヴォトスの統治にも問題が生じている。首席行政官であるならば、まずはその解決に当たるべき―――それが彼女の最終的な決定だった。
”Hmm...私に連邦生徒会長を探せということか、まあいいだろう”
「忙しい中、また一つ仕事を増やしてしまうことは大変心苦しく思っています。ですが、そう……あくまで
リンは最後にそう言い、他の2人と共に執務室を後にする。彼女達が宿題をどういう形で提出してくるか、楽しみに思いながら彼はサイン用のペンに手を伸ばした。
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「それでは先生、本日はありがとうございました」
”ああ、帰りは気をつけてな”
そして日は沈み、当番の生徒は帰宅する時間となったことでミヤコは業務を終え、SRT特殊学園の学園寮へと帰っていく。地下格納庫の横に作られたSRT詰所に向かうことも出来たが、残念ながら今週の駐留当番はFOX小隊なのだ。1年生である彼女からすれば、先輩たちの邪魔をするのは気が引けるという思いもあった。
そしてミヤコと入れ違うように、1台の車がシャーレの駐車場へと止まる。トリニティの校章が刻まれた立派なリムジンから降りるのは大きな狐耳が特徴の生徒、生徒会ティーパーティーの頂点の1人である百合園セイア。彼女は付き人たる運転手をその場に留め、1人でビルへと入っていった。
正面入口の受付は明かりこそ灯っているが、居住区に住んでいる生徒は基本裏口から出入りするため、基本業務時間を過ぎているこの時間帯では人気はない。しかし基本開放されているため、彼女は気にすること無く入館手続きを終えると、エレベーターに乗り込み執務室がある階へと向かう。
執務室のあるオフィスフロアは広いが、この時間帯では基本殆ど利用者はおらず、部屋の多くは明かりが灯っていない。空調のファンの音と自身の足音が響く廊下を歩いていき、彼女は執務室の前へとたどり着く。磨りガラスごしに光が漏れ、人の気配もあるということは
「あなた様、はい、あーん♡」
”勘弁してくれ……”
彼女は、
「……!!」
「やれやれ、夕食の時間だったとは少し間が悪かったようだ。ここは一旦退散させて―――」
狐坂ワカモは冤罪が確定したことで再びシャーレ預かりの保護観察処分となり、シャーレ居住区に今も暮らしている。パトロールの付き添いや当番等、積極的に奉仕活動を行っており、ヴァルキューレやSRTの生徒からすれば信じられないといった様子。余談だが、1週間の同棲生活があったためか、やたらと正妻面をするようになったらしい。
”いや、待て……待ってくれセイア。大丈夫だ、話をして問題ない”
そのまま立ち去ろうとするセイアをなんとか引き止め、慌てて机の上を整理する
「ふむ……とはいえ、一応秘密の話だから2人きりになりたいものだがね」
「………」
「こうも睨まれると、そういうわけにはいかないようだ」
”ワカモ……”
「うっ……そ、そういう目で見ないでくださいまし……」
セイアが冗談めいて2人きりになりたいと言えば、ワカモが物凄い形相で睨みつけてくる。そんな彼女に
セイアとしてはこれから話すことは出来る限り広めたくはないので、聞く人間は少なくしたい。
「さて、これで本題に入ろうか……私が見た最後の未来視のビジョン、その内容を今こそ語ろう」
2人きりとなり、腰を落ち着けたセイアは呼吸を整え、
「……赤い空の下、キヴォトスは化物で溢れ、浄化の星々が降り注ぎ、全ては無に帰す。それがキヴォトスの終焉だ」
短いながらもその言葉は、最悪を感じさせるのに十分であった。
To be Continued in Vol.Final-1 ”
これにてVol.4.1正義の証明篇は完結となります。
当初はSRTとシャーレの対立から話を始めるプロットだったんですが、気づけばカイザーの陰謀で濡れ衣を着せられたマイケル・ウィルソンがそれを打ち砕くという話になっていました。つまり、全変更です。
ミヤコはSRTが閉校にならなかったために原作のような考えに至らず、組織としてのSRTを盲信したままでしたが、今回の事件を通じて自分自身の正義を見つめ直したことでしょう。カヤもカイザーに対して一方的な信頼を寄せなくなったため、うまい具合に保身に成功しました。
一方カイザーは陰謀は途中までうまく行っていたんですが、途中欲をかきすぎたのが失敗の原因ですね。キヴォトスでも屈指の勢力として一方的に物事を進めていれば、ギリギリのラインを見極める事ができなくなったということでしょうか。ミレニアム自治区襲撃は流石にライン超えです。
さて、次から最終編が始まります。果たしてキヴォトスの終焉とは何か、お楽しみください。