METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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Epilogue ”Premonition(予感)

 キヴォトス全土を揺るがした偽メタルウルフ事件から1週間が過ぎ、連邦捜査部シャーレの本部ビルは居住区に住んでいる元不良達の万雷の拍手の元、先生(マイケル)を主として再び迎え入れた。”I'm back(帰ってきたぞ)”とその時彼はつぶやいたそうだが、それを知るのはその時一緒に居た生徒のみ。

 

 駐留していたヴァルキューレも撤退し、全ては事件前と同じ―――とはいかず、再びSRTの小隊がシャーレへと駐留することになっていた。それもHOUND小隊だけではなく、FOXとRABBITも週替りでの駐留である。なんでもSRT指揮権限の見直しに伴う措置らしく、後に正式な書面が防衛室から送られてきた。

 

 

”それで、君も当番に志願したと?”

 

「ええ、まあ……私の信じる正義を実現するには、先生と共にいる方が近道になるのではないかと思いまして」

 

”なるほど、わかりやすくて結構”

 

 

 執務室、デスクで書類仕事をする先生(マイケル)の横の机ではミヤコが書類の整理を行っている。出会いこそ最悪なものであったが、結局は彼女もまた先生(マイケル)の指導によって己の道を歩み始めた生徒と言えるだろう。

 

 さて、事件の後始末と言えば、連邦生徒会防衛室がシャーレの先生(マイケル・ウィルソン)の逮捕状を取り下げ、正式に謝罪をしたことがあげられる。正式な会見の場において先生(マイケル)に対し、防衛室長たる不知火カヤが頭を下げたというのは中々にインパクトの有る絵面で、謝罪を受ける側である先生(マイケル)がそれを受け入れ、最終的に握手を交わしたのが映像に流れた以上、他の学園が連邦生徒会の対応を非難することは先生(マイケル)のメンツを潰すことになるため出来ない。

 

 勿論だが、このような形を提案したのは先生(マイケル)であった。民衆というのは熱しやすく冷めやすいわけで、手続き上問題はなくとも頭を下げることで騒ぎが収まるのならば、時として頭を下げる事が必要である―――その言葉をカヤは受け入れた。彼女にとってそれで防衛室長の椅子にとどまれるのならば頭の一つや二つは安いものということらしい。

 

 

「結局、防衛室の癒着のことは公表しないんですね」

 

”それを言えば責任は防衛室にとどまらず、財務室や連邦生徒会長の責任問題まで波及するだろう? 流石にそれは大事すぎるんじゃないかね”

 

「……まあ、言わんとすることはわかります」

 

 

 防衛室とカイザーの癒着に関しては、先生(マイケル)とリンとカヤの協議の末、一般には公表しないこととした。監査の結果ヴァルキューレの予算が大幅に不足しているのが判明し、一般的な活動にも支障をきたすのが判明したからだ。

 

 果たして癒着をしていたからヴァルキューレの予算を切り詰めていたのか、それとも予算が切り詰められていたから癒着が発生したのか今となっては分からない。それを見逃していた財務室と連邦生徒会長の責任論に波及するという先生(マイケル)の懸念は正しいだろう。そうなればただでさえ今回の騒動で地に落ちている連邦生徒会に対する信頼は底が抜け、新たな争いの火種になることも考えられた。

 

 ここで連邦生徒会が機能不全になるのは避けたい。為政者としての経験を持つ彼としては、キヴォトス全体の事を考えればそういう選択しか取れないのだ。悲しいかな、正しさだけでは世の中回らないのである。不正に対し厳しいミヤコは些か不満そうにしていたものの、争いが起きれば犠牲になるのは一般市民であるため、最終的には仕方がないと彼女は折れたのだった。

 

 

「ところで、連邦生徒会の方はともかく先生の方はどうだったんですか?」

 

”……そうだな、それについて話すとすれば長くなるが―――”

 

 

 ミヤコが聞くのは、この1週間で彼が各学園をなだめるべく東奔西走したことについて。途中、情報を共有したことで事情を知ったミレニアムを除き、他の学園は最後の最後まで彼が何をしようとしていたのかという事を知ることは出来ず、ただ事態の推移を見守ることしか出来なかった。

 

 最終的に冤罪は晴れ、連邦捜査部シャーレは以前と同じ状態に戻ったが、他学園は何が起きたのか知るべく先生(マイケル)に対し情報の開示を要求してきた。故に、彼は帰還後まずシャーレ公式アカウントを使い全体に事件の経緯を説明したが、彼と付き合いがある程度存在する学園はそれで納得せず、直接口頭での説明を要求。アビドス、ゲヘナ、トリニティ、レッドウィンターがそれに当たる。他の学園はおおよそ書面上での説明で納得したらしい。

 

 そういう経緯もあり、先日彼は少々D.U.を離れ、いくつかの自治区を回っていた。彼女が聞きたいのはその時何が起きたのかということだろう。その時の事を思い出しながら、彼はゆっくりと話し始めた。

 

 

 


 

 

 

 まず、一番最初に向かったのはレッドウィンター連邦学園。以前夏至祭(イワン・クパーラ)の準備のために訪れ、クーデター騒ぎに巻き込まれた事でそこの生徒会長たる連河チェリノ書記長に気に入られた経緯がある。

 

 今は夏も盛りだというのに、この自治区は相変わらず冷涼―――というよりも寒冷で、雪が多くの地域で残っているのは驚くに値するだろう。先生(マイケル)は手土産にレッドウィンターでは誰もが好む高級なプリンを手土産としたのだが、これが大正解。

 

 

「カムラッドがそういうのならば問題ないのだろう!」

 

 

 先生(マイケル)の説明を聞いた後、チェリノはそう言い連邦生徒会に対する抗議を取り下げることを指示。彼女としてもクーデター*1で書記長の座を追われた経験が(何度も)あり、今回の件に関しては他人事ではなかったというところだろうか。そして本人が許すと言えばOKなのは、この学園の校風からして容認されるものであったということだ。

 

 まあ、それはいいとして、次に彼が向かったのはアビドス高校。万年降雪の自治区から灼熱の砂漠という気温変化は中々に体に来るものだが、そういうのは無視して彼はアビドス生徒会たる対策委員会との会談に臨んだ。臨んだのだが―――現れたのは完全武装(臨戦状態)のホシノ他、アビドス全校生徒(5人)。流石にこれは先生(マイケル)も目を丸くする。

 

 

”おいおい、一張羅にしちゃ派手な格好だな?”

 

「うへ~……本物の先生だね、よかったよかった」

 

「うん、本物。連邦生徒会が影武者用意してたらそれこそ本気で襲撃仕掛けるところだった」

 

”本当にどれだけ連邦生徒会に対する信用がないんだよ、君たちは”

 

 

 アビドスの面々の連邦生徒会に対する敵意が強すぎる事に彼は呆れるが、シロコ曰く、あと1日事態解決が遅ければ連邦生徒会に対し襲撃を仕掛けるところであったという。危ないところだったと先生(マイケル)は背筋に冷たいものが走ったが、その後対策委員会が久々に訪れた先生(マイケル)に自治区の現状を教えるべく、全員で視察という名目でアビドス散歩を始めることとなった。

 

 砂に沈んだ市街地、時折襲ってくる砂嵐、それは以前と変わってはいないが、それでも対策委員会の皆の表情は明るい。まるで明るい未来が待っているかのようだ。

 

 

「ねえ先生、あれからさらに借金の返済は進んだんだ。もしかしたら、私が卒業するまでに完済できるかもしれないんだよ」

 

 

 あれから借金も目減りしていき、最早残りは6000万程度になったと彼女達は笑顔で語る。借金返済が目前に迫り、俄然やる気になっているのは彼としては喜ばしい事だ。とはいえ、借金返済の後は土地の買い戻しという新たなフェーズに入るわけだが、それに関してはまだノープランであるらしい。”卵がかえる前にひよこの数を数えるな”という言葉が有るように、うまくいくことを前提にして考えるのは危険なので仕方がないのだが。

 

 

「先生はさ、アビドスにとって救世主みたいな人なんだよね」

 

 

 視察が終わり、アビドス高校への帰り道、ホシノは振り向くこと無く呟いた。その表情をうかがうことは出来なかったが、どこか懐かしいものを思い出しているかのような声色だ。

 

 

「……だから、そんな先生が誰かに陥れられたっていうのが我慢できなかった。連邦生徒会の連中が恩知らずにもそういう事をするなら、いっその事ぶん殴ってやろうって思ったんだ。先生みたいにね」

 

”……やれやれ、どうやら悪い見本を見せてしまったようだな”

 

 

 自分を心配してくれたのはいいが、それはそれとして出力の仕方があまりよろしく無い。とはいえ、彼女達との連絡を意図して断っていた結果がこれなので彼としても強く叱ることは出来ない。敵を欺くにはまず味方からとはいうが、された側のケアはきちんとしておこうねという案件だろう。

 

 

「そう思うならさぁ、ちゃんと最初から説明してほしかったなぁ」

 

”そのことに関しては本当に申し訳ない”

 

「すごい、流石先輩。先生が謝るしかできない」

 

「ふふふ、流石はホシノ先輩ですね」

 

「もう、先生が困ってるでしょ!」

 

 

 振り返っていたずらっぽく笑いながらホシノがそう言えば、先生(マイケル)としては平謝りする他無かった。何時もは頼りになる大人がひたすら頭を下げるしか無い状況に、シロコ他アビドスの面々は感心するなり、笑うなり、あるいはやりすぎだと怒るなど様々な反応を示す。彼女達はそれをもって今回の件を不問とし、先生(マイケル)には以降きちんと情報を提供するように釘を刺した。

 

 

******************************************************************

 

 

 その翌日、彼はゲヘナへと向かう。当然、目的は万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)と風紀委員に事情を説明するためだが、さて油断ならぬ万魔殿の議長殿(羽沼マコト)はどんな事を言ってくるのやらと身構えつつゲヘナの門をくぐった。

 

 そのまま真っすぐに万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議事堂へと向かい、先生(マイケル)は応接室へと通される。何時もの万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)幹部組が揃う中、彼は早々に頭を下げる。

 

 

”今回は君たちに心配をかけてしまい、本当に申し訳ない”

 

「キキッ……いきなり謝罪から始められるとは思わなかったが、まあこの寛大なマコト様はそれを受け入れてやろう」

 

「そんなこと言って、マコトちゃんったらずっと先生の安否を気にしてたじゃない?」

 

「いやー、先生が消息を断ってから1週間、本当に落ち着かない様子でウロウロウロウロしてましたよねー、まるで檻の中のクマかなにかかと」

 

「おい、サツキ、チアキ!」

 

「事実だから仕方ないじゃないですか」

 

「イロハまで……!」

 

 

 先生(マイケル)の謝罪に対し、仰々しくまるで自分が上だと言わんばかりの対応を取るマコトだが、直後サツキとチアキに実態を暴露されてしまい、折角格好をつけていたのにと怒るものの、すかさずイロハにダメ押しを食らってしまって感情の行き場を見失っている。

 

 まあ、つまりはいつも通りの万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)といった様子であり、先の事件を特段と深刻に捉えていないのは幸いというべきか。元々マコトはキヴォトス征服という夢を持っている以上連邦生徒会には辛辣ではあったし、行った抗議もこれ幸いにといったレベルのものだったのだろう。

 

 やいのやいのと騒ぐ万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の皆に苦笑しながらイブキに再び高級なプリンをプレゼントしてお茶を濁しつつ、議事堂の次に彼が訪れたのはゲヘナ風紀委員の本部棟。入って早々、ヒナとアコが迎え入れてくれた。

 

 

「おつかれ先生、マコトに何か変なこと言われなかった? 一先ず元気そうで安心した」

 

”やあヒナ、特に何もなかったよ。そしてアコは―――”

 

「先生が身を隠されてから一体どれほど我々が苦労したか、お分かりいただけますか?」

 

”君も変わらずで安心だ”

 

 

 例の事件の最中、シャーレの先生が行方不明となっていた1週間、ゲヘナでの犯罪発生率はというと、急激に―――上がったわけでもなく、風紀委員は何時もと対して変わらぬ業務量であった。

 

 つまり、一々先生(マイケル)の存在を気にするようなゲヘナの問題児は居ないというわけだが、一方で風紀委員側としては彼の存在は大きく、常にオーバーワーク気味であったヒナの負担軽減のためにアコは気軽に助力を求めていたわけだが、それが出来なくなったために他風紀委員の負担は大いに増加したのである。結果、業務をやりくりしていたアコや実働部隊であるイオリ、それにチナツは何時も以上に過労気味だ。

 

 

”どうやら君たちにも苦労をかけてしまったようだ、申し訳ないな”

 

「分かっているなら、今度私の―――」

 

「アコ、あまり先生を困らせないで」

 

「い、委員長……」

 

 

 まず頭を下げる先生(マイケル)に対し、アコは徹夜続きのテンションのままのノリで()()を仕掛けようとするものの、ヒナに睨まれるように釘を刺されてしまい、たじろぐ。

 

 

「先生だって、好き好んで情報を遮断していたわけじゃないでしょう? やむを得ない事情があったっていうのは理解している」

 

”そう思ってもらえると助かるな”

 

 

 ヒナとしても、ヴァルキューレやSRTに追われている状況では迂闊に情報発信できないというのは理解できるものであった。寧ろ、その状況下で最低限の情報発信ができたという事に驚いているというのが正しいだろう。一体どのような手段を用いたのか、流石は先生という思いが強い。

 

 ともあれ、こうしてゲヘナも先生(マイケル)による説明を受け入れ、残るはトリニティのみ。果たしてナギサ他ティーパーティーの面々に何を言われるのか、ほんの少しだけ足取りが重くなるような気がしながら彼はゲヘナを後にした。

 

 

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 その日の午後、トリニティの敷地へと足を踏み入れた彼は、早々に正義実現委員会の面々に包囲されることとなった。やむを得ず両手を上げてメタルウルフの機体から顔を出せば、周囲の面々はホッとした様子で銃を下ろす。そして彼の前へとやってくるのは副委員長たる羽川ハスミ。

 

 

「本当に先生でしたか……申し訳ありません、我々は一度偽物と交戦しているので、どうにも一度確認しないことには安心できませんでした」

 

”そりゃ……まあ、仕方ないか。私だってそうするしな”

 

「ご理解いただき感謝します……本日お越しになった理由は、先の事件についてナギサ様に説明をするためでしょうか?」

 

”ああ、その通りだ”

 

「では、私が案内します」

 

 

 メタルウルフを片隅に置き、そのままハスミに案内される形で彼はティーパーティーの校舎へと向かう。エデン条約の前後で何度も行き来した場所であり、目を瞑ったままでもたどり着ける自信はあったのだが、案内してくれるというのだからその好意は素直に受け取るのが彼である。

 

 そしてたどり着いた先、ティーパーティーのテラスには何時もの3人が長机に並んでいた。目を丸くしているミカ、瞑目しているセイア、そしてじっと顔を見つめてくるナギサ。全員の顔を見た後、彼は頭を深く下げた。

 

 

”この度心配をかけて申し訳ないことをした。この通りだ”

 

「……頭を上げてください、先生」

 

 

 腰を深く曲げた彼に、重苦しい雰囲気をまとわせながらもナギサは口を開く。言葉のとおりに顔を上げると、彼女はそっと微笑んだ。謝罪の儀式はこれでおしまいと告げるその笑みに、彼はふっと力を抜く。思ったよりもあっさりと終わり、拍子抜けといったところだ。

 

 

「ほんと、先生が元気そうでよかったよ先生! 大丈夫だった? ご飯、ちゃんと食べれてた?」

 

「ミカ、先生だっていい年した大人なんだから一々聞くまでもないだろう?」

 

「……お二方?」

 

 

 謝罪の時間が終わり、おしゃべりタイムが始まると見るや早速ミカは潜伏期間中の彼の様子を知るべく話し始めるが、セイアは呆れながら茶々を入れる。先程まで厳粛な雰囲気であったにも関わらず、早速トンチキな空気になりつつ有ることにナギサは青筋を浮かべながら2人を見た。

 

 そんな3人の様子に思わず彼も笑みをこぼす。何時もと変わらぬ日々がこうして訪れていることに感謝しつつ、先生(マイケル)は差し出された紅茶に口をつければ鼻に抜ける豊かな香りを感じ、ほっと肩の力を抜く。ようやく直接の謝罪行脚が終わって溜まり溜まった業務を行えるなと思った直後、セイアが席を立って彼の元へと近づいてくる。

 

 

「先生、少しいいかい?」

 

”……?”

 

「先日……そう、先生が逮捕される少し前のことだ。最後の予知について話しただろう? あの時は憶えていなかったが、今ははっきり思い出せるようになった。ただ、そうだな……やはり、少しばかりショッキングな内容でね、少々あの2人には聞かせられないんだ」

 

 

 彼女が耳元で囁くように続ける言葉に、彼は思わず小さく顔をしかめる。ナギサとミカには聞かせられないような話とは何なのか。

 

 

「それに関してはまた後日、シャーレで話そう。それでは先生、どうか今度はヴァルキューレの世話にはならないように」

 

”おっと、それは私に言われても困るな”

 

「……セイアちゃん、先生と何の話をしてたの?」

 

「ふふっ、秘密だよ」

 

 

 セイアとしてもナギサとミカの眼前でそれを口にするつもりは無いようで、最後にジョークを交えながら話を打ち切り、先生(マイケル)にウィンクをしながら友人2人の方へと振り返る。一体何の話をしていたのかと訝しむミカに対し、彼女は悪戯っぽく笑いながらお茶を濁した。

 

 

 

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 トリニティでの用事も終わり、いざシャーレに帰るべくメタルウルフの元へと向かう先生(マイケル)であったが、途中謎に視線を感じて足を止めて周囲を見渡す。ここはトリニティ総合学園の一角、そうそう不審者など入り込めるはずなど無いのだが―――

 

 

「先生」

 

”何だ、アツコか……”

 

 

 現れたのはアリウス高校の生徒会長、秤アツコ。アリウス高校の制服はまだ決まっていないので今までと同じ白い外套姿であったが、しかし1人とはどういうことだろうか。アリウスとトリニティは最早公的にも別の学園として登録されており、そんなに気軽に来れるものではない筈である。

 

 そんな疑問に首を傾げる彼の懐に手早く潜り込んだ彼女は、手早く抱きつくように腰に手を回した。突然のことに驚く先生(マイケル)だが、次の瞬間アツコはギリギリと腕に力を入れ、がっしりとホールドする。これはまずいと思った直後、アツコのベアハッグは完全に決まった。

 

 

”ぐおおおおっ!”

 

 

 キヴォトス人の膂力で締め上げられれば、流石のシャーレの先生(マイケル・ウィルソン)といえど苦悶の声を上げざるを得ない。地球人とキヴォトス人ではやはりパワーが違いすぎるのだ。

 

 

「……ふぅ、とりあえず気が済んだからここまでにしておくね」

 

”こ、腰が……”

 

 

 締め付けること十数秒、気が済んだのかアツコは手を離したが、ベアハッグを食らった先生(マイケル)はたまらず這いつくばって腰をさする。40超えの中年男性にこの一撃は中々にきつく、何時ものような凛々しさは何処かに消えて情けない声を上げることしか出来ない。

 

 それでようやくアツコもやりすぎた事を悟り、手を差し出して彼を引き起こす。なんとか立ち上がった先生(マイケル)は腰を抑えつつ、引き攣った笑顔で彼女の顔を見た。何処かむくれているような、そんな表情をしているように感じられる。

 

 

「先生」

 

”な、何かなアツコ……”

 

「どうして連絡一つもよこしてくれなかったの? アリウスにはまだ先生の助けが必要なのに、1週間以上放置するなんでひどいよ?」

 

”うっ……”

 

 

 上目遣いで詰めてくるアツコの言葉に、先生(マイケル)は反論一つ出来ずに詰まってしまう。なんとかならないのかと周囲を見回した彼だが、その時物陰から顔を半分だけ出してるハナコと視線が合う。そのまま見つめ合うこと数秒、彼女の仕業だと気づいた先生(マイケル)は悟ったように瞑目すると、両手を上げて降参の意を示した。

 

 

「うふふ、先生の以外な一面を見れましたね♪」

 

”アツコに入れ知恵したのは君か……”

 

「先生が逮捕されてからハナコちゃんと色々相談したんだよね、アリウスのみんなって血の気が多いから、先生が逮捕されたと聞けば連邦生徒会に殴り込むかもしれなかったし」

 

 

 アツコが言うには、相談を受けたハナコはアリウス自治区はその構造上情報到達にタイムラグが生じることに着目し、アリウスを一時的に鎖国状態にすることで先生(マイケル)が逮捕されたという情報をアリウスに到達させないようにするという案を提案したという。

 

 そのおかげか、アリウスはこの1週間で大した混乱もなく無事平穏に過ごせたとアツコは語ったが、その分彼女の仕事は鬼のように増えてしまい、その鬱憤を晴らすべく先生(マイケル)がトリニティに来るということをミカから聞いた彼女は、彼に悪戯を仕掛しかけるべくトリニティへと訪問し、先程のベアハッグを仕掛けたというのが真相であった。

 

 

「やっぱり先生は少し押し気味でやると良い反応してくれますね♪」

 

”私はおもちゃじゃないんだぞ……”

 

 

 ハナコの悪戯心に苦言を呈す先生(マイケル)であるが、元は言えば彼がアリウスのことを放置したのが原因である。アツコがジト目で睨めば何も言い返す事はできず、はぁと大きく息をはいた。

 

 

「ねえ先生、今度アリウスに来てほしいかな? 色々とお願いしたいことがあるんだよね」

 

”わかった、わかった、最優先でスケジュールに入れさせてもらうよ……”

 

 

 結局、彼はアツコの()()()に屈する形となり、それに満足した彼女は終始ニコニコ顔であったという。

 

 


 

 

 

”―――とまあ、このような具合で”

 

「……分かっていましたが、先生は生徒に甘いですよね」

 

”まあ、そうだな……自覚は有る”

 

 

 話を聞き終え、特に最後のアリウスにいいようにされてしまったエピソードに対する感想をポツリと漏らすミヤコに対し、先生(マイケル)は苦笑いを浮かべる他無い。実際その通りであったし、自覚は十分にあった。しかし、だからといってこれを変えて厳格に対応するのは違うだろう。

 

 では書類の続きを―――と思い先生(マイケル)がペンへと手を伸ばしたまさにその時、入館ゲートに設置されているチャイムが鳴った。それも1度ではなく、2度、3度……それどころか秒間16連打する勢いで。

 

 

「何なんですかこれは、悪戯でしょうか?」

 

 

 むっとしながらミヤコが席を立ち、チャイムに備えられているカメラの映像を確認する。そこに映っていたのは、濃紺色の制服を身に纏った若草色の髪をした2人の生徒。顔付きは似ているが、良く見れば目つきやら細かい所に違いが見られるこの2人は、ボタンを連打しながら何かを言っているようだが、こちら側のスピーカーは無反応。良く見ればチャイムに備え付けられているマイクがオフになっていることに気づき、ミヤコはスイッチを切り替える。

 

 

『もしもーし、ハイランダーのほうから来たんだけど、ちょっと聞こえてるー?』

 

『ヒカリ選手の必殺、ピンポンダッシュ秒間16連打~』

 

「ハイランダー? 鉄道学園が何をしに……」

 

”……あっ”

 

 

 ハイランダーから来たという2人の生徒、その目的がわからず首を傾げるミヤコの横で、先生(マイケル)は小さく声を漏らす。そして少し慌てた様子で()()()()のマイクのスイッチを入れた。

 

 

”すまない、今ロックを開ける。私は執務室にいるから、案内表示に従って来てほしい”

 

『なんだ、やっぱり居るじゃーん』

 

『しゅっぱつしんこー』

 

 

 このビルの主からの許可を受け、ハイランダーの2人は意気揚々とエレベーターに乗り込んでいく。到着するまで5分もかからないだろうか、それまでの間に先生(マイケル)は戸棚を開けて来客用の菓子を用意し、コーヒーも淹れる。生徒用にガムシロップとミルクも忘れない。先生たるもの、突然の来客だろうともてなさなければならないのだ。

 

 すべての準備が終わった所で、執務室の扉に2人分の人影が映る。なんとか間に合ったとほっとしながらドアを開ければ、先程の生徒がそこに居た。

 

 

「パヒャヒャ! 私はハイランダー中央管制センター(CentralControlCenter)から来た橘ノゾミと―――」

 

「同じく、橘ヒカリー」

 

「今日はシャーレに無賃乗車の分の料金を請求しにやってきたわけだけど―――はい、これが請求書ね」

 

「……無賃乗車?」

 

 

 ハイランダーの2人が言うところの無賃乗車とは何なのか、ミヤコは理由がわからず首を傾げるが、一方の先生(マイケル)はばつが悪そうに頭を掻きながらそれを受け取り、そしてミヤコに顔を向け、説明を始める。

 

 

”SRTに追われる形でD.U.から脱出した日、ハイランダーの貨物列車に便乗させてもらってね……”

 

「先生が飛び込んだ時の衝撃で貨物がずれて大変だったんだからね、あれ!」

 

「幸い、列車のダメージはなーし」

 

「というわけで、先生には貨物列車に乗車した分の特別料金を支払ってもらいまーす」

 

”わかった、わかった……ほら、支払いの手続きは済ませておくからコーヒーでも飲んで、茶菓子を食べていきなさい”

 

「おっ、気が利くじゃーん?」

 

「シロップにミルクたっぷりー」

 

 

 先生(マイケル)の話を聞き、そういえばウルフハント作戦の会議の時にカンナがそんな感じの話をしていたなということを思い出したミヤコは、シロップとミルクたっぷりのお子様用コーヒーを飲みながらクッキーを齧る二人を見る。ハイランダー中央管制センター(CentralControlCenter)、それはいわばハイランダーの行政を司る生徒会のようなものであり、所属しているものは学園幹部と呼べるものだ。

 

 見る限り背が低く、さらに片方はどうにも子供っぽい言動のため自分よりも年上には見えない。つまり推定1年生であるにもかかわらずそのような立場にいるという事実に、ミヤコは内心驚いていた。

 

 

”……手続きは済ませた、入金はそちらで確認しておいてくれ”

 

「はいはーい……オッケー、確認取れたよ。それでは先生、ハイランダーの事をこれからもどうぞご贔屓にね、パヒャ♪」

 

「コーヒーとクッキーもおいしかったよー」

 

 

 支払いが終わったことを告げられたノゾミは手元のタブレットで入金の履歴を確認し、請求額通りの金額が入金されたことを確認すると、ニコニコ笑顔でOKサインを見せる。一方ヒカリの方はというと、あま~いコーヒーとクッキーを食べ終わった後に満足した様子で席を立ち、2人揃って帰路へとついた。

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

 時計は昼休みが終わる午後の1時を差した丁度その時、シャーレの執務室のドアを叩く音が聞こえて二人の生徒が入ってくる。午後の業務に入ろうとしたミヤコが顔を上げると、そこに居たのはミレニアムサイエンススクールの制服に身を包んだ二人の生徒。そしてそのうちの1人と彼女は面識があった。

 

 

「黒崎コユキ……さん、ですね?」

 

「にはは、お久しぶりです!」

 

 

 ターゲットではなく、1人の生徒としてミヤコが名前を呼べば、コユキは何とも気楽そうな笑顔を浮かべて手を振る。その隣では、付き添いとしてやってきたユウカが今のやり取りから何が二人の間にあったのかを推測し、ミヤコの前に立つ。

 

 

「あなたがコユキを助けてくれたのね、私は早瀬ユウカ。セミナーを代表して礼を言わせてもらうわ」

 

「いえ……SRTとして当然のことをしたまでです。そんな、特別に礼を言われることなんて」

 

「いいえ、手間がかかる問題児とはいえ、後輩の命を救ってもらったんだもの。このくらい当然のことよ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 手を握られ、感謝の言葉を面と向かって言われる―――そんな事に慣れていなかったミヤコは何とも照れくさそうにユウカからの礼を受け取った。

 

 

「先生も大変でしたでしょうが、ご無事で何よりです」

 

”ああ、少しばかり面倒な敵だったがね”

 

 

 そして彼女は先生(マイケル)の無事を喜びつつ、目線をちらりとコユキに向ける。それに少しだけ肩を震わせたコユキは、おずおずといった様子で先生(マイケル)の顔を見上げると、僅かな間をおいて深く頭を下げる。

 

 

「ご、ごめんなさい! 何だか私のせいで、先生が大変なことになっちゃったみたいで……」

 

”……あぁ、そうか、確か君が監視カメラの映像の差し替えをやってたんだったな、そういえば”

 

 

 先生(マイケル)に多大な迷惑をかけたと謝罪するコユキに、彼が考えたのは何故彼女が謝罪したのかと考えた後、ハッキングで監視カメラの情報を書き換えられた結果自分が指名手配を食らったということを思い出した。自分のことなのに忘れるなんてどういうことかという人も居るだろうが、人間そういうものだ。

 

 一方コユキはと言うと、まさか自分がやった事が先生(マイケル)にこれほどの迷惑をかけたとは予想もできず、生まれて初めて自分の能力はもしやヤバいのではと思い始めていた。

 

 

”まあ、それ自体は脅されてやっていたことなんだろう? だったら私がそれを責め立てるものではないが―――そもそも、なぜ君は連中に捕まっていたんだ”

 

「うっ」

 

「……そういえば、理由を聞いてなかったわね」

 

 

 コユキが監禁され、脅迫されていたという事実を知っていればその事を怒る気にはなれないが、彼が気にするのは()()()()()()()()()()()()()()()。ミレニアム自治区内で指名手配の如き状態となっていたその理由は、いまだに不明のままだった。

 

 ユウカもその事実は知らないようで、彼の指摘にハッとした表情を見せるとコユキへと顔を向ける。急にじっと見られ、小さく肩を震わせた彼女は少々怯えたような態度を見せつつ、視線を横にずらしながら口を開く。

 

 

「……寂しかったんです」

 

「えっ?」

 

「だから、寂しかったんです! 先輩たちはセミナーに入った新人にかまってばかりで、私はずっと反省室の中……みんなから忘れられたんじゃないかって思って、だったらミレニアムから出てやろうって……」

 

「あっ……」

 

 

 コユキの、まさに絞り出すような主張にユウカは愕然とした。確かに数ヶ月前にセミナーに入ってきたケイはとても優秀かつ素直で、コユキと比べてなんていい子だろうかと思ったことは事実だ。教え甲斐のある娘だと彼女にかまってばかりで、反省室に閉じ込められていたコユキの事をおざなりにしていたと言われれば、そうであったという他無い。

 

 まさかそれでコユキが思い詰めて家出を図ろうとしただなんてと、ユウカは思わず自分の責任を感じてしまうが、彼女が口を開く前に先生(マイケル)がコユキの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 

 

”そういうのはまず、ちゃんと口で言うべきだったな。人間というのはきちんと言葉で気持ちを伝えなければ、全く伝わらないものだ。それでコユキ、謝るのは私にだけじゃないだろう? 君を探すために色々と手間をかけたミレニアムの皆にもごめんなさいと謝るんだ”

 

「う、うっ……で、でも、ネル先輩とか絶対ぶってくるし……」

 

 

 コユキ自身、悪いことをしたという自覚はあるらしく、先生(マイケル)の皆に謝るべきだという言葉に思うところはあるようだが、以前から問題児である彼女は特にネルを恐れているらしい。仕方がない奴だと肩を竦めた彼は、腰をかがめて視線を合わせた。

 

 

”あー、じゃあ私と一緒に行こう。流石に今日は無理だが、近いうちにな”

 

「ほ、本当ですか! にはは! 絶対、約束ですよ!」

 

「……ごめんなさい、先生。コユキのことを放ってしまった私達にも責任があります」

 

”気はしてはいないさ、人は失敗をするものだ”

 

 

 一緒にネルの所に行くという彼の言葉に、コユキは素直に首を縦に振る。その様子を見たユウカは申し訳なさそうに頭を下げるが、先生(マイケル)はそれを笑い飛ばす。

 

 

「……ミレニアムも大変なんですね」

 

 

 そして少し蚊帳の外に置かれているミヤコは、どうやら話が丸く収まったようだと安堵しながら手元の書類の整理を続けていた。 

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

 さらに時間は進み、午後の4時を回った所。大きく息を吐いた先生(マイケル)は凝り固まった肩を解すべく、左手で右肩を抑えながら右腕を大きく回す。死ぬほど山積みになっていた書類は数を大きく減じてはいるものの、まだまだ旧WTCビルを思わせるような2つの山が残っている。これは今日終わるのかなと内心げんなりしながら、次の書類を手にしたその時、執務室のドアをノックする音が響く。

 

 ミヤコが対応に出てドアを開けると、入ってきたのはなんと連邦生徒会長代行たる七神リンと、防衛室長 不知火カヤ、財務室長 扇喜アオイの3人。スケジュールで訪問することは知っていたが、流石に重役3人が勢揃いというのは少々驚くというもの。

 

 

「お疲れ様です、先生。本日は……連邦生徒会の改革について、お話を伺いに来ました」

 

”ミヤコ、コーヒーを出しておいてくれ”

 

「あっ……はい、わかりました」

 

 

 リンはそう言い、残る2人とともに来客用のソファーに座る。ミヤコにコーヒーを淹れるように指示を出すと、先生(マイケル)は数枚の書類を手にリン達の対面に座り、テーブルの上にそれを並べる。

 

 

「これは……」

 

”以前、アオイと一緒にまとめた改革案だ。その後色々あってまともに議論も出来なかった奴だが……まあ、今の状況でもたたき台としては使えるだろう”

 

「どうぞ、代行、防衛室長、財務室長」

 

「どうも、ありがとうございます」

 

 

 書類を手にするリンと、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを差し出すミヤコ、そしてそれを受け取るカヤ。各々行動していく中、連邦生徒会の3人は書類に書かれている各種提案を読み取っていく。

 

 

”それで、どんな心境の変化なんだ? リンは変更に乗り気でなかったと思ったが”

 

「先の事件で……我々は何も有効な手立てを打つことが出来ず、結局は先生に全てを任せることになってしまいました。その反省から、何をどうすればよいのか、先生の話を聞くべきだという結論に達したのです」

 

「いざという時、先生が居なければ何も出来ない……そんな組織では到底、キヴォトスの行政の中心として成り立たないわ。リン行政官とはその認識で一致できたの」

 

「防衛室としては……ええ、まあ、体制の再構築は必要不可欠ということですので」

 

 

 どうやら先の事件で連邦生徒会が機能不全に陥った事で、リンも旧体制に固執するのは危険だと判断したらしい。超人であった連邦生徒会長ありきの体制のままではもはや現状維持すら難しい、その認識をアオイと共有できたことは、連邦生徒会の改革を踏み出す第一歩といえるだろう。

 

 しかし、カヤはどうにも厳しい表情。改革の必要性は認めつつも、先生(マイケル)とアオイのまとめた草案には不満があるらしい。彼はそんなカヤの気持ちを見逃すことはなかった。

 

 

”どうやら不満があるようだな?”

 

「あー、ええ、まぁ……この素案ではかなり連邦生徒会長の権限を縮小しすぎていて、これでは強い組織と呼べるのかどうかどうにも不安でして」

 

「防衛室長の懸念も尤もだけれども、これはあくまでたたき台よ。細かいことはおいおい詰めればいいんじゃないかしら?」

 

「むぅ……確かに、そうですね」

 

 

 カヤとしては強いトップのもと纏め上げた組織のほうが好ましいが、素案は連邦生徒会長の権限がかなり室長に移されたもので、連邦生徒会長を目指す彼女としては好ましいものではなかった。だが、これはあくまでたたき台でしかないというアオイの説得により、一先ずはそれを受け入れることにした。

 

 

「この素案は有り難く利用させてもらいます。ただ、それはそれとして細かい所も先生の監修を受けるべきかと思いますが―――」

 

”いや、まずは君たちが案をまとめてみてくれ。最初の内から口を出したらそれは君たちの案ではなく、私の案にしかならない。此処はキヴォトス、生徒が主体の学園都市……まず君たちが主権者として、その権利を行使するべきだ、私のような外部の人間が口を出す前にね”

 

「……なるほど、それが先生が私達に出す宿()()、ということですか」

 

 

 リンとしては素案からまとめるまでの間に先生(マイケル)の監修を入れてもらいたかったが、彼の「まずは生徒で作るべし」という主張は一理あるもの。あくまでシャーレの先生という存在は外部の人間であり、それにおんぶだっこになるのはよろしく無い。

 

 

”ところで、分校の調査はどうなった?”

 

 

 ()()()()()宿()()を受け取った連邦生徒会の3人に対し、先生(マイケル)は話を変えるべく先の事件の調査についてリンとカヤに聞く。ヴァルキューレ第三分校地下にあった秘密基地は自爆装置の起爆と炉心融解が同時に起こり、土地全体が崩壊する事態に陥っていたため調査は難航が予想されていたのだが―――

 

 

「そうですね……崩壊したヴァルキューレの地下にあった地下施設を調査しましたが、自爆装置と動力炉の炉心融解の影響でカイザーとの繋がる物的証拠は発見できませんでした。また、病院に送られた傭兵生徒や兵士は末端で、クモ型兵器のパイロットは廃人状態でとても話を聞ける状態ではありません。偽ワカモもいまだ口をつぐんでいる状況では……」

 

”チッ、連中も考えなしではなかったということか”

 

 

 物的証拠は基地とともに消え、証言も得られぬという話に先生(マイケル)は顔をしかめる。パイロットは廃人、傭兵生徒や兵士は詳しい事情を知らぬ末端、唯一話を聞けそうな偽ワカモにしても、ヴァルキューレの尋問に口を割らないというのは優秀な工作員というわけで、ここから黒幕であるカイザーにたどり着くのは困難だろう。ジェネラルという男、かなり念入りに準備をしていたということだ。

 

 ワカモはジェネラルを吹き飛ばした事を嬉々として語っていたが、やはり逮捕させるべきだったのだろうか。ほんの少しだけ自分の判断を後悔するも、既に過ぎ去った過去は変わらない。

 

 

「結局、カイザーが介入していたという情報はカヤの証言からしか得られなかった……防衛室とカイザーの繋がりを秘匿する以上は、この件でカイザーを追求するのは不可能です」

 

「申し訳ありません、折角の機会をふいにしてしまい……」

 

 

 カイザーに対し手が出せず、悔しげな表情を浮かべるリン、そしてカヤ。特にカヤは今回の件で重大な情報を握っていながら、結局それを活かすことができなかったことを大いに悔やんでいるようだ。しかし、彼女の証言を採用した所で物的証拠が無い以上、カイザーは何かと理由を付けてそれを回避するのが目に見えている。その場合、癒着をマスコミに流して民衆の批判の矛先を連邦生徒会に向けることが考えられた。

 

 折角混乱回避のためにカイザーとの癒着を非公開とすることを決めたというのに、そうなってしまっては本末転倒というもの。結局自分がウィークポイントになっているというのは、不知火カヤとしては不本意なものでしかない。

 

 だが、カヤが防衛室長の座に居続けることで、カイザー側に関係が露呈していないと思わせる事もできる。どのみち、彼女と通じていたジェネラルはしばらく病院から出てこれないだろう。奴が復帰するまでの間にどうにか連邦生徒会の体制を盤石なものにすることができれば、カイザー側の工作を跳ね返すことだって不可能ではないはずだ。

 

 

”構わんよ、どうせ奴らが再び動くには時間が必要なはずだ。その間に君たちが案をまとめ、連邦生徒会の体制をきちっとすれば、きっと奴らだって手は出せなくなる”

 

「先生の宿題は本当に……難しいですね」

 

”君たちの能力に合わせて出してると思ってくれ、期待しているんだ”

 

「そう言われてしまうと弱いですよね、まったく……」

 

「人のやる気を引き出す話術……本当に、先生の前職って何かしら」

 

 

 結局、連邦生徒会はカイザーへの警戒は続けつつも、体制再編を優先することとした。また、先の事件で特に被害の大きかったミレニアムに対しては、その補填のために先の事件でで焼き払われたブラックマーケットを再整備する計画を随意で契約することを決定。最新の建築技術によってそのエリアはビジネス街へと再編される事となる。

 

 

「……そう言えば先生、一つ伝え忘れたことがあります」

 

”うん? 何だ、リン”

 

 

 宿題を連邦生徒会に持ち帰ろうとした3人であったが、ふと何かを思い出したかのようにリンが足を止め、振り向き口を開く。仕事に戻ろうとしていた先生(マイケル)は、急な話に足を止めて顔を動かした。

 

 

「連邦生徒会の体制を再編するにあたっては、やはりそのトップをきちんと決めなければならない……私はそう思っています。まだ決定事項ではありませんが、連邦生徒会長を選出するための選挙をそう遠くない内に行うつもりです」

 

「リン行政官、それはつまり……連邦生徒会長の捜索を諦める、ということかしら?」

 

「……いいえ、まだ私は諦めたわけではありません。ですが、ヴァルキューレが機能不全に陥るほどの人員を抽出して行ったここ数ヶ月の捜索においても、連邦生徒会長の痕跡一つ見つけることが出来ませんでした。それだけのコストの浪費を継続することは流石に認めらない……それだけのことです」

 

 

 連邦生徒会長の捜索―――連邦生徒会の行政機能を低下させる程の人材を注ぎ込んだその事業は、何の成果を見せること無くただただ無為に時間とコストを消費するのみであった。それが今回の事件の原因の遠因の一つとなったのならば、見直す必要がある。

 

 だが、連邦生徒会長という重要な人物が行方不明のままでは捜索しないという選択も取れない。ならば、どうするか―――そう、新たな象徴、新連邦生徒会長を決めればいい。

 

 

「……そうですね、連邦生徒会長は見つからなかった。数ヶ月も行方不明であるならば、職務の放棄、あるいは遂行不可能として罷免することもできるでしょう。ですがリン、あなたがその決定をするとは……本当にいいので?」

 

「……ええ、これ以上は無理だと、流石に判断せざるを得ません」

 

 

 連邦生徒会長捜索はリンのたっての願いによって行われていたもの。その背景を知るカヤとしては、彼女が捜索を中断するとはと驚きを隠せない。

 

 

「ですが、捜索そのものは続けます。ヴァルキューレの人材を使うでなく、キヴォトス全体を捜索するなら丁度いい組織がありますから」

 

「あー……なるほど、そういうことですか」

 

 

 そう言い、カヤは先生(マイケル)へと顔を向ける。キヴォトス全体、各学園を見て回る事ができ、かつ武力介入が可能な組織、それは連邦捜査部シャーレをおいて他にはない。つまりリンはヴァルキューレからシャーレにその権限を移すつもりということだ。

 

 何故捜査を完全に打ち切ること無くシャーレに移管するのか、それは先程も述べたように連邦生徒会長の捜索はリンの強い意向で行われていたということと大いに関係がある。会長と親友であったリンは、友人が消えたという事実を認めたくなかったのだ。彼女が自分達を置いて行方不明になるはずなんてないという思いが、捜索を惰性で続けさせていた。

 

 だが、ここに至ってもう認める他ない。連邦生徒会長は何処かに消え、その所在は一切が不明。連邦生徒会は機能不全に陥り、キヴォトスの統治にも問題が生じている。首席行政官であるならば、まずはその解決に当たるべき―――それが彼女の最終的な決定だった。

 

 

”Hmm...私に連邦生徒会長を探せということか、まあいいだろう”

 

「忙しい中、また一つ仕事を増やしてしまうことは大変心苦しく思っています。ですが、そう……あくまで()()()で構いませんので、どうか会長のことをよろしくお願いします」

 

 

 リンは最後にそう言い、他の2人と共に執務室を後にする。彼女達が宿題をどういう形で提出してくるか、楽しみに思いながら彼はサイン用のペンに手を伸ばした。

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

「それでは先生、本日はありがとうございました」

 

”ああ、帰りは気をつけてな”

 

 

 そして日は沈み、当番の生徒は帰宅する時間となったことでミヤコは業務を終え、SRT特殊学園の学園寮へと帰っていく。地下格納庫の横に作られたSRT詰所に向かうことも出来たが、残念ながら今週の駐留当番はFOX小隊なのだ。1年生である彼女からすれば、先輩たちの邪魔をするのは気が引けるという思いもあった。

 

 そしてミヤコと入れ違うように、1台の車がシャーレの駐車場へと止まる。トリニティの校章が刻まれた立派なリムジンから降りるのは大きな狐耳が特徴の生徒、生徒会ティーパーティーの頂点の1人である百合園セイア。彼女は付き人たる運転手をその場に留め、1人でビルへと入っていった。

 

 正面入口の受付は明かりこそ灯っているが、居住区に住んでいる生徒は基本裏口から出入りするため、基本業務時間を過ぎているこの時間帯では人気はない。しかし基本開放されているため、彼女は気にすること無く入館手続きを終えると、エレベーターに乗り込み執務室がある階へと向かう。

 

 執務室のあるオフィスフロアは広いが、この時間帯では基本殆ど利用者はおらず、部屋の多くは明かりが灯っていない。空調のファンの音と自身の足音が響く廊下を歩いていき、彼女は執務室の前へとたどり着く。磨りガラスごしに光が漏れ、人の気配もあるということは先生(マイケル)はこの中にいるだろう。今ここを訪れる生徒など自分しか居ない―――そういう考えのもと、彼女はドアを開け―――

 

 

「あなた様、はい、あーん♡」

 

”勘弁してくれ……”

 

 

 彼女は、先生(マイケル)に夕食を食べさせようと強引にグイグイ迫る狐耳の生徒の後ろ姿を目撃する。ポカンとすること数秒、彼と目が合い助けてくれというアイサインを送られるが、だからといってセイアになにか出来るわけでもない。何故なら相手は七囚人たる狐坂ワカモ、病み上がりの身では到底立ち向かえるはずもない相手だ。

 

 

「……!!」

 

「やれやれ、夕食の時間だったとは少し間が悪かったようだ。ここは一旦退散させて―――」

 

 

 先生(マイケル)の視線から誰か居ることに気づいたワカモは、振り向くと同時に目を見開けば、その先には呆れたと言わんばかりに肩をすくめるセイアの姿。思わず顔面を紅潮させるが、これは怒りというよりも、恥ずかしいという感情が優先されたものである。

 

 狐坂ワカモは冤罪が確定したことで再びシャーレ預かりの保護観察処分となり、シャーレ居住区に今も暮らしている。パトロールの付き添いや当番等、積極的に奉仕活動を行っており、ヴァルキューレやSRTの生徒からすれば信じられないといった様子。余談だが、1週間の同棲生活があったためか、やたらと正妻面をするようになったらしい。

 

 

”いや、待て……待ってくれセイア。大丈夫だ、話をして問題ない”

 

 

 そのまま立ち去ろうとするセイアをなんとか引き止め、慌てて机の上を整理する先生(マイケル)の姿に彼女は小さく笑みを漏らす。正妻面するワカモには思うところはあるが、対応に苦慮する彼の姿は人間らしさを感じられ、彼女としては好ましいものであった。

 

 

「ふむ……とはいえ、一応秘密の話だから2人きりになりたいものだがね」

 

「………」

 

「こうも睨まれると、そういうわけにはいかないようだ」

 

”ワカモ……”

 

「うっ……そ、そういう目で見ないでくださいまし……」

 

 

 セイアが冗談めいて2人きりになりたいと言えば、ワカモが物凄い形相で睨みつけてくる。そんな彼女に先生(マイケル)は困った様子で眉を八の字にすると、罪悪感に襲われたワカモは一気にしゅんと神妙な態度を見せた。

 

 セイアとしてはこれから話すことは出来る限り広めたくはないので、聞く人間は少なくしたい。先生(マイケル)としては、無関係な生徒に面倒事を押し付けたくない。そんな2人の視線に挟まれた結果、ワカモはすごすごと執務室を後にする。ただ、部屋の直ぐ外で待機するということだけは最低限譲らなかった。

 

 

「さて、これで本題に入ろうか……私が見た最後の未来視のビジョン、その内容を今こそ語ろう」

 

 

 2人きりとなり、腰を落ち着けたセイアは呼吸を整え、先生(マイケル)の目を正面からじっと見つめる。そしてしばしの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

「……赤い空の下、キヴォトスは化物で溢れ、浄化の星々が降り注ぎ、全ては無に帰す。それがキヴォトスの終焉だ」

 

 

 

 

 短いながらもその言葉は、最悪を感じさせるのに十分であった。

 

 

To be Continued in Vol.Final-1 ”The beginning of the end(終わりの始まり)

*1
レッドウィンターではチャメシ・インシデント




 これにてVol.4.1正義の証明篇は完結となります。
 当初はSRTとシャーレの対立から話を始めるプロットだったんですが、気づけばカイザーの陰謀で濡れ衣を着せられたマイケル・ウィルソンがそれを打ち砕くという話になっていました。つまり、全変更です。

 ミヤコはSRTが閉校にならなかったために原作のような考えに至らず、組織としてのSRTを盲信したままでしたが、今回の事件を通じて自分自身の正義を見つめ直したことでしょう。カヤもカイザーに対して一方的な信頼を寄せなくなったため、うまい具合に保身に成功しました。

 一方カイザーは陰謀は途中までうまく行っていたんですが、途中欲をかきすぎたのが失敗の原因ですね。キヴォトスでも屈指の勢力として一方的に物事を進めていれば、ギリギリのラインを見極める事ができなくなったということでしょうか。ミレニアム自治区襲撃は流石にライン超えです。

 さて、次から最終編が始まります。果たしてキヴォトスの終焉とは何か、お楽しみください。
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