Episode1 ”
キヴォトスの何処か、地上の光届かぬ密室。非常灯の赤い光で照らされたその場所の中心には光輪が鎮座し、4つの人影がそれを挟んで向かい合うように並んでいる。この場にいるのは、人の形をした影である黒服、木偶人形の芸術家マエストロ、虚像と非実在の評論家ゴルコンダ、そして元アリウスの支配者ベアトリーチェ。
ここはゲマトリアを自称する集団の拠点の一つで、本来はそれぞれが好き勝手に己の研究をする中、互いの研究成果を発表するフォーラムのような場所だ。だが、今この4人が集まっているのはどうやら研究の発表などではないようで、今回他の3人を呼び出した黒服を除き、どこか落ち着かぬ様子を見せている。
「さて、全員がこうして無事に集まれたことをまずは喜びましょう。ベアトリーチェも怪我が回復したようで何よりです」
「……そのような社交辞令などこの場では不要でしょう」
「ああ、そうだな。こちらとしても、新しく制作している人工天使の調整が佳境に入ったところだ、話があるなら手早く済ませてもらいたい」
「二人とも、黒服が呼び出すということはそれなりの理由があるということは理解しているでしょう。そうカリカリなさらず、話を聞くぐらいはしましょう」
「そういうこったぁ!」
マエストロとベアトリーチェはどうやら呼び出されたことに不満そうだが、ゴルコンダがそれを宥める。確かにそのとおりだとマエストロは納得し、一方ベアトリーチェはなにか言いたげだが、それを無視して黒服は話を続けた。
「では早速本題に入りますが……この度の議題は、シャーレの先生に関することです。彼がキヴォトスに訪れてから数ヶ月経ちますが、アビドスでの一連の事件、ミレニアムにおける無名の司祭の遺産の起動、そしてデカグラマトンとの接触、トリニティにおけるエデン条約の締結、アリウス自治区の解放……ここ最近の出来事は、全て彼を中心としています」
「ふむ……」
「………」
アリウス自治区解放という単語を聞き、ベアトリーチェの表情が怒りに歪む。黒服はちらりとそれを一瞥するが、気に留める様子はない。
「彼との契約に基づき、その行動を観測し続けていましたが……得られた成果はここ10年かけて得られたものより大きい。キヴォトス最高の神秘を手に入れられなかったのは残念ですが、それを補って余りある成果です」
「だから見守るべきだと? 私は反対です。あれは全てをひっくり返して台無しにする破壊者、一刻も早く抹殺するべきです」
「……ベアトリーチェ、それはそなたの私怨によるものではないか? 私はかの者とは敵対するべきではないと考えている。あの美しい大剣、是非ともこの手で調べ尽くしたいものだが……」
「黙りなさいマエストロ、芸術家を気取るのであれば模倣ばかりするのではなく、自身のオリジナルを作ってこそでしょう。それも出来ない内に私のやり方に文句をつけるなど―――」
「落ち着いてくださいマダム、内輪で揉めても仕方がないことです。マエストロも煽るような言動は慎んでください」
黒服切り出した議題、
「ふむ、なるほど……綺麗に割れましたね」
「仕方無かろう、そもそも我々の中で見解が一致することなど稀だ」
「ええ、わたくし共はそれぞれに干渉しないという前提があって成り立っている集団ですから」
「そのような建前など、今の事態の前には無意味でしょう!」
落ち着いた様子の3人に対し、声を荒げるベアトリーチェ。苛立っているのが目に見えているが、黒服は動じない。
「マダム、この学園都市においてシャーレの先生という存在は常に我々を凌駕するものです。それこそがこの世界のルール、それに逆らっては我々の存在は―――」
「黙りなさいゴルコンダ、そのようなルールなど―――破壊してしまえばいい」
「……!?」
「何をするつもりだ、ベアトリーチェ……!」
その瞬間、ベアトリーチェの纏う空気が一変する。黒服たちは身構えるが、その動きは些か緩慢だ。彼女1人で何が出来るのかと見くびっていたと言われれば、恐らくそれは肯定されるだろう。
「この世界のルールなど、それを上回る力で塗り替えてしまえばいい。それこそが私が得た結論です。学園都市などという安っぽい
「まさか、貴様……『色彩』にこの場所を教えたというのか……!」
「ふふ、ええ……そのとおりですよマエストロ。解釈されず、理解されず、疎通されず―――ただ到来するだけの不吉な光。そして私は、儀式を通じてこの世界への道を開いた」
「……そうすれば、『色彩』はキヴォトスを消し去るでしょう。我々の探求もそこで終わることになりますね」
「勿論、結果としてキヴォトスは消えますが、それがどうしたというのです? これは必要な儀式、私という存在が真の絶対者となるための、破壊と創造の儀……!」
『色彩』を呼び寄せキヴォトスを滅ぼすというその暴挙に、マエストロや黒服は絶句した。ここに至って3人はベアトリーチェがもはや正気ではないという事に気づくが、それはあまりにも遅すぎる。
「私は既に力を手に入れたのですよ、『色彩』から与えられた世界を滅ぼす力を……!」
「な、なんとっ……!?」
「ぐぐっ、ぎっ、ぐぅぅっ……」
次の瞬間、ベアトリーチェがうめき声を上げると共に豊満な女性を思わせる肉体が蠢き、人ならざる形へとその姿を変えていく。紅い皮膚は爛れ、筋肉は肥大化し、頭部の翼による蕾を思わせる部位は硬質化していき、
「な、なんたる醜さ……このような冒涜的なものが存在していいはずがない! 貴様、自分が一体何をしたのか分かっているのか……!?」
マエストロが呻く通り、ベアトリーチェの姿はもはや知性を感じられぬ怪物と化している。彼女が『色彩』と接触したと知った時からもしものときに備えて
「……ッ! ゴルコンダ!」
なんとか我に返った黒服は
「まさか、そんな―――」
「そのような玩具でこの私をどうにかしようなど、片腹痛いですねゴルコンダ」
渾身の仕掛けが作動せずに慌てふためく様がよほど滑稽なのか、これほどの異形となっても尚、以前と同様の女性的な声を発してベアトリーチェは嗤う。ゴルコンダが創り出した対抗手段を無効化した以上、ゲマトリアはこの怪物を止める手段を持たないのだ。
「―――信じられません、まさかわたくしが彼女を見誤ったと? いえ、違いますね……姿が変われど、本来その人の本質はそう簡単に変わるはずがない……」
「どういうことですか、ゴルコンダ」
「詳しい説明をする時間はありません、ですから結論を言いましょう」
勝ち誇るベアトリーチェを前にゴルコンダは何故
「あれは最早ベアトリーチェではありません。今や見た目からして怪物ですが―――その自意識すら別のものに成り果てているのです」
「なんと……!?」
「そんな事が……」
ゴルコンダの出した結論に2人は驚きを隠せない。彼が言うには、ベアトリーチェは既にベアトリーチェという人格を失っているのだという。しかし、それにしては眼の前の存在の今までの話しぶりはベアトリーチェのものと比べて違和感はない。どういうことかと思った所、怪物は声を上げて笑い出した。
「ふふ、ふふふ……ハハハハ! まさかこの程度の情報で正解にたどり着くとは、流石はゴルコンダといったところでしょうか。ええ、そうですとも、
ベアトリーチェの声で、己はベアトリーチェではないと主張する怪物。悍ましい姿に睨まれ、黒服は背筋に冷たいものを感じる。
「簡単でしたよ、あの女は復讐のための力を求めていた……ほんの少し眼の前に餌をたらせば、あっという間に飛びついてきたものです。まあ、その御蔭でこのような身体を手に入れられたのだから、そこには
「……!」
「さて、改めて自己紹介を。この場ではあなたがたの流儀に習い、私は”
為すすべ無く立ち尽くすゲマトリアを前にし、
「―――
キヴォトスの終わりの始まりを。
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立秋が過ぎ、残暑厳しくも新たな学期がもうすぐ始まろうとしていた頃、シャーレの執務室で
この空が赤く染まる時、キヴォトスが滅ぶ―――それを知ってしまえば、空の様子が気になるのも仕方がないだろう。とはいえ、悩んだ所でどうにかなるものではなく、彼はその話を連邦生徒会にそれとなく持ち込んでいた。
『”―――という訳なので、少し警戒してもらえないか? 何かが起きた時にそれを知らないままだと手遅れになりかねない”』
『……こちらもかなり業務が手一杯なのは先生も理解していると思いますが』
『”それは申し訳なく思っているが、本当に滅んでしまったら宿題どころじゃないだろう”』
持ち込まれた側としてはそちらが出した宿題で大変なのだと言いたかっただろうが、しかし
『一応、監視は行います。何か異常が起きた場合、先生から各校に呼びかけてもらえれば集まってもらえるとは思いますが……何分、我々は少々信頼されていないので』
リンはそのように述べ、異常を検知次第、各校を呼んでの対策会議を行うということで合意した。連邦生徒会長失踪以来、各校からの視線が厳しくなっていることを自覚していた彼女は、自分達が呼んでも他の学校は来ないだろう自嘲する。
それは実際にその通りで、当時連邦生徒会の権威というものは地の底まで落ちていた。それを立て直すための
『”わかった、その時になったら教えてくれ”』
そしてつい先日、とうとう観測機器が異常を捉えた。キヴォトスの遥か上空にて未確認の高エネルギー体を6つ検知し、同時に流星がキヴォトスの各地へと降り注いだ。その数はエネルギー体と同じく6で、天文台からは事前の通報がなかったものである。
推定落着地点はアビドス砂漠、ミレニアム廃墟地帯、旧ユートピア遊園地跡、アリウス自治区、ゲヘナヒノム火山、そして最後にD.U.サンクトゥムタワー……なのだが、不思議なことに推定流星はその痕跡を一切残すこと無く消滅し、何の被害をもたらすことはなかった。
『先生、御存知の通りセンサーが異常を観測しました。空にある不可視の高エネルギー体、恐らくそこから現れたであろう実体のない流星……先生の言っていたキヴォトスの滅びと関係があるのかは不明ですが、他の学園との協議が必要になると思います』
『”ああ、こちらで呼びかけを行う。サンクトゥムタワーで話し合おう”』
『はい、よろしくお願いします』
リンからの報告に応え、彼は交流頻度が高い学校に対策会議を行うことを通達。参加するのはゲヘナ、トリニティ、ミレニアムといった
「ん……先生、手が止まってる」
そしてもう1校というべきか、あるいは1人というべきか、今日の当番であるアビドスの砂狼シロコも会議に参加する予定である。アビドスの名代として意気込んでいるのか、今日の彼女は少々手厳しいようで、少しぼんやりしていた
”
「会議まであと2時間だけど、大丈夫?」
”まあ、あと30分あれば終わる仕事だ。そちらこそ、大丈夫か?”
「何も問題はないよ、先生」
2人は会議までの時間を気にしつつ、直近で処理しなければならない書類を流していく。世界の終わりが近かろうが、あるいは大事な会議がすぐそこに迫ろうが、人や組織が動くにはこのように書類での決裁を行わなければならないのである。
”さあて、これで最後だ。忘れ物はないな?”
「大丈夫、問題ない」
仕事にキリが付き、終わった書類を鞄へとしまい込み、時計を見れば会議まで残り1時間。30km先のサンクトゥムタワーまでの移動時間を考えれば、これ以上シャーレを出るのが遅くなるのは良くないだろう。彼は急いで地下格納庫へと向かうと、既にアイドリング状態で停まっている一台のトラックの前に立つ。
「お待ちしておりました先生、どうぞお乗りください」
連邦生徒会の制服を着た生徒が1人、運転席の前で
「ん、
”おいおい、レザーならいいって話でもないだろう? あれは手入れが大変だからな。見ろよこのキャビン、天井が高くて仮眠スペースも広い。なんと自動運転機能付き! さらにエンジンの音、聞けばわかるが余裕の音だ馬力が違う”
「あはは……その、お褒めいただきありがとうございます」
助手席に乗り込んで早々、座席について文句のような言葉を吐いたシロコに対し、
「先生、トラックのセールスでもやってるの? もしかしてシャーレのお給料って少ない? だったら私にいい考えがある」
”それ以上はだめだシロコ、ホシノに言いつけるぞ?”
「む、むぅ……」
「え、ええと……シートベルトをお締めください、本車は出発いたしまーす」
ツッコミからの銀行強盗提案を先んじて潰され、ホシノというカードを切られたシロコは不機嫌そうに頬をふくらませる。運転手はこの空気に苦笑する他無く、無難に注意喚起をしたのち、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
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連邦生徒会の中枢、サンクトゥムタワー。先の事件においてはその始まりの場所となったレセプションルームは今や多くの学園の責任者が集まっており、いささか物々しい雰囲気に包まれていた。
ゲヘナからは
レッドウィンターからはチェリノ他、事務局のトモエとマリナという何時もの面子。百鬼夜行からはカホとニヤというトップ2名が参加し、アリウスからはアツコとサオリが出席している。アリウスを除いて全学校、付き人として一般役員が後ろに控えているが、会議に参加するのは主要メンバーのみだ。
「……本日は大変忙しい中お集まりいただき、連邦生徒会長代行として感謝の言葉を申し上げます」
「キシシッ、先生から重大な話があると聞いたから参加してやっただけだ。別にお前達連邦生徒会のためではない! とはいえ、随分としおらしくなったなようだな七神首席行政官? やはりキヴォトスの王にふさわしいのはこの私、羽沼マコトだということが理解できたようだな!」
「うわー……見てよあれ、すっごい偉そうだよねセイアちゃん?」
「ミカ、マコト議長ならばきっとこう返すだろう。”私は偉そうなのではない、実際に偉いのだ!”……とね」
「キキキッ、聞こえているぞトリニティ。分かってないようだが私は偉そうなのではない。実際に偉いのだ! ……ハッ!?」
「うわー、本当に言うんだ。思ったより単純なんだね」
だが、実際の所まだ会議は始まっておらず、女三人寄れば
「………」
「サッちゃん、あんまりソワソワしてるとお上りさんって思われちゃうよ」
「す、すまない姫……じゃなくて、アツコ」
「早く本題に入ってもらえないかしら。時間は無限じゃないわ、変な所で時間を食うのは非合理的よ」
「とはいえ、先生が居ないんじゃ話も何もないだろ。今回の会議は先生が呼びかけて行うのだからなぁ……」
「そんなことよりも、おいらがカムラッドに呼ばれたとは言え、折角連邦生徒会まで足を運んだというのに労いのプリンの一つも出さないのか連邦生徒会は!」
「にゃはは、いやあ賑やかですねぇ……それにしても先生は一体どんな話をするんでしょうかね?」
こちらは落ち着かぬ様子でキョロキョロと周囲を見るサオリを窘めるアツコ、待ち時間が不経済だと文句をつけるリオを宥めるリツコ、プリンがないことに不満を口にするチェリノ、この盤面で唯一冷静に周囲の様子から情報を得ようとしているニヤで、
いい加減リンのこめかみに青筋が浮かんでくる頃合いだが、丁度その時彼女のスマホにメッセージが着信した音が流れ、すかさず手に取る。内容を読み込んだ後、リンは大きくため息をついてマイクを手にする。
「皆さん、たった今先生からのメッセージが入りました。どうやら先生はサンクトゥムタワーに向かう途中に事故渋滞に巻き込まれたようです。10分から30分程度遅れるそうなので、それまでの間手元の資料を確認しておいてください」
「なーんだ、ただの渋滞か。誰かに捕まったとかじゃなくて安心」
「その通りだ、1ヶ月前の事件のように誰かにハメられたとかではないのなら問題は無いだろう」
それはまあ、仕方のないものだとリン自身受け入れている。アユムなどの他の役員としては受け入れがたいかもしれないが、結局の所は結果が全て。見返すのならば、この対策会議は成功させねばならないが―――
「ごほっ、ゴホゴホッ……」
「ええっと、資料にあるように本日の議題は先日観測された高エネルギー体に関することでして……」
「ヒノム火山に落ちた流れ星と関係が有るかもしれない……そんな話ね」
「あの流れ星、ですか……でも、結局落ちた痕跡は無かったんですよね? マコト先輩が調査の人員を派遣して確認したそうですが」
「うむ、イブキに見せれば喜ぶかと思って探しに行かせたのだが……何も無かったそうだ」
「ごほ、ごふっ……」
アユムが渡した資料を読んだサツキは、今回の会議の内容である高エネルギー体、その付随物と推測される流れ星について小さく言葉を漏らすと、それを聞いたイロハは確認するようにマコトに問う。昨日、ヒノム火山に流れ星が落ちて爆発のような光を発したのは多くの住人が目撃していた。
それを見たマコトは、即座に流れ星をイブキのプレゼントにするために調査の人員を派遣するように命じた。しかし、現地調査の結果流れ星が落ちたという痕跡は見つからず、ヒノム火山そのものにも異常は見られなかったという。クレーターや破片の一つもないというのは不思議なものだ。
「マコトちゃん、調査に送ったのって誰? 話を聞いておきたいのだけれども」
「ああ、それなら―――」
「ハッ……はっ……ごほっ」
気になるところがあるのか、サツキは調査した人員から直接話を聞きたいという。ゲヘナ全校生徒の名前と顔を憶えているマコトからすれば、その程度の要望に応えるのは造作もない。彼女が顔を向けた先に居たのは―――先程から咳き込み、何やら苦しげに呻いている
「そちらのお方、先程から随分と具合が悪そうですが、休ませるべきではないでしょうか? それとも、
「ミ、ミネ団長……相手はゲヘナ、
「む、むうぅ……」
彼女が何度も咳込んでいるのを見た対面のミネは、もう辛抱ならんと言わんばかりに席を立つとマコトを睨みつけるように言い放つ。控えていたセリナが政治問題化するのではないかと慌てて制止しようとするが、実際顔色が悪そうなのを見たマコトとしては、ここで相手がトリニティだからと突っぱねるのは体面が悪い。
「ねえねえ先輩、もしかして具合が悪いの?」
「あ、ぐっ……」
「……これ以上は見ていられません」
今のやり取りで先輩の具合が悪そうだと気づいたイブキが心配そうに声をかけるが、その生徒は先程からうめき声を上げるばかり。ミネはアイコンタクトで救護騎士団の後輩に救護の準備を促し、差し出された救護箱を受け取ると即座に駆けつけようとするが―――
「た……た、す……け、て……」
「!?」
顔を上げたその生徒の目が赤く輝き、次の瞬間彼女の姿が変貌していく。皮膚は爛れ、肉体は肥大化し、着ていた制服が弾け飛ぶ。口は大きく裂け、まるで醜い獣のような見た目となる先輩を目の当たりにし、イブキは状況の把握も出来ずに立ち尽くすばかり。
いや、この状況に即座に対応できる人物がどれほどいるだろうか。マコトやナギサ、リオやニヤといった生徒会長の面々も、あまりにも突然のこと言葉を失う以上のことは出来なかった。
怪物と化した生徒はその口をもってイブキに食らいつかんとするが、その刹那乾いた銃声が複数発鳴り響き、弾丸を受けた怪物は僅かに怯む。一瞬生まれた隙に対し、我に返るのが一番早かったミネは救護箱を抱えたままイブキの腕を掴むと、目一杯床を蹴って一気に距離を取る。
一旦は危機を脱したと見た彼女は銃声がした方向へと顔を向けると、銃口から硝煙立ち上る拳銃を握りしめたアリウスの二人の姿があった。
「アツコさん、サオリさん……!」
ミネがその名を呼ぶと同時に、周囲の生徒達もフリーズ状態だった思考が回復し、途端に悲鳴と怒号が会議室を埋め尽くす。突然生徒の一人が怪物へと変貌したのだから無理もないが、多くの学園の生徒が一堂に会するこの状況は混乱を鎮めるのではなく、より広がる方向へと作用してしまう。
「ゲヘナの生徒が化物になったぞ!?」
「――――」
「ああっ! サツキ先輩が泡吹いて気絶しちゃいましたよ!?」
「お、おいらを食べても美味しくないぞ!!」
気絶するもの、恐怖に慄き部屋の隅に逃げるもの、腰を抜かして命乞いを始めるもの。混乱は混乱を呼び、会議室はもはや制御不能の状況にある。隙を見て我先にと逃げ出そうとするものも居るが、逃さんとばかりに獣は舌を伸ばしてその生徒を絡め取った。
「ああっ!? た、助けて! いやだ、食べられたくない!」
「ああ、くそっ!」
引きずられながら悲鳴を上げる生徒にすかさず飛び込むのは、ミレニアムの副会長たるリツコ。銃を撃つのではなく、咄嗟に長机を掴んで舌へと叩きつけると、一瞬拘束が緩んで生徒は自由を取り戻す。
「こうなったら……!」
事態を収拾するにはあのバケモノを何とかするしか無い、そう判断したミカは控えていたパテルの側近から愛銃を受け取ると、暴れ散らかす怪物へと照準をつける。怪物は変貌した段階でヘイローが見えなくなっているため、銃弾はかなり効果的だろうと彼女は考えていた。長机を振り回して怪物を足止めし、被害の拡大を抑止しようとしているリツコが正直な所銃を撃つには邪魔だが、外して狙うことぐらいはミカにとっては造作もない。
しっかりと射撃タイミングを見据えて引き金を引こうとする彼女だったが、まさにその刹那射線に割り込む一人の生徒。ゲヘナの生徒会長たる羽沼マコトが、両腕を広げながらまるで怪物を庇うように立ちはだかった。
「やめろ! あれは……あれは我が
「そんな事言ってる場合!? あれの何処が生徒だって言うの、もうただのバケモノじゃん!」
「駄目だ! このマコト様の目が黒いうちはゲヘナの生徒を殺すことなど許さん!」
怪物を討とうとするミカと、あくまでゲヘナの生徒として庇おうとするマコト。互いに主張を譲る事無く平行線のまま、その背景として近接戦で足止めを続けていたリツコはとうとう堪えきれずに長机を怪物の剛腕に粉砕され、続けざまの一撃をかわしきれずに吹き飛ばされてマコトの背中に突っ込んだ。
「うわあっ!」
「ぐあああっ!?」
「……あっ、まずい!」
足止めがなくなり、怪物は隅でガタガタと震えている生徒へと進んでいく。目に見える死に彼女達は声を上げることも出来ず、ただその時を待つばかり。だが、そうはさせじと新たに立ちはだかる生徒もいる。
アリウスのアツコ、サオリ。レッドウィンターのマリナにミレニアムのリオ*1。彼女達は最後の砦としてバケモノと化した生徒に銃を向けた。
「一体どうしてこんな事になったのか、原因を知りたいけれどもそれどころではないわね……」
「どうにかしてここから脱出しないと……でも、そのためには向こう側に行かなきゃならない」
「そういう時に取るべき戦法はただ一つ、突撃だ!」
怯える生徒達が集まっているのは出入り口とは真反対の場所。ゲヘナが陣取っていたのが出入り口に一番近い場所であったため自然とこうなったわけであるが、それは即ちここから脱出するためには怪物を突破しなければならないということでもある。
怪物を正面から見て研究者としての考えが過ぎるリオに対し、アツコはどうやって1人も欠けること無く突破するかアリウス流に則って考えるが、その答えが出るよりも早く動くのはレッドウィンターの池倉マリナ。
愛銃を乱射しながら怪物に突撃していく彼女であったが、その動きはかなり単調である。元々身体能力などは高いのだが、
「うわああっ!?」
伸びた舌に脚を絡め取られ、宙吊り状態になるマリナ。怪物はそのまま捕食しようとするのではなく、確実に排除するべく窓へと向けて放り投げようとする。ここは地上から数十階は上の高層エリア、外に放り出されれば確実に死亡するレベルである。
他の面々は銃撃で何とか引き剥がそうとするものの、よほど力のある一撃を加えない限りは舌を引き剥がす事はできないようで、何度か振り子のように振り回されたマリナはそのまま放り投げられ、窓を突き破って外へと飛び出し、宙を舞う。眼下はD.U.の町並み、こうなっては最早戻る術はない。
「ちぇ、チェリノ会長ーーーーっ!!」
「ま、マリナーっ!!」
身体が重力に引かれて急速に遠ざかっていく会議室、マリナの耳に最後に届いたのは自らの名前を呼ぶチェリノの声であった。
時を遡る事、会議室で事件が起こるほんの少し前。事故渋滞にハマってじわりじわりとしか進めなくなったトラックのキャビンの中、
この調子ではあと20分くらいかかるだろうなと思いつつ、雑談しながらタブレットで出来る仕事を処理していると、メッセージが1つ入ってくる。さて誰だと思いながらメッセージアプリを開いた彼は、急に険しい顔をする。何だとシロコが覗き込んだ所、そこには一言「助けて」の文字。送信者の名前は今対策会議に参加しているトリニティの生徒だ。
一体何が起きたのか、説明を求めるべくメッセージを送るが既読はつかない。これは何か会議室で起きたのかと判断するには十分、しかしトラックはいまだゆっくりとしか前進できない以上、到着がいつになるのかは不明のまま。これではまずいと見た彼は、シートベルトを外すとキャビン後部のドアに手をかけた。
”メタルウルフを出す。ハッチを開けてくれ”
「あっ、は、はい!」
キャビンから後部の格納スペースに移動すると、メタルウルフが搭乗可能な状態で待機状態に有る。すっと
”アロナ、サンクトゥムタワーで何が起きている? 状況を報告しろ”
『監視カメラとの接続がオフライン状態です、状況不明!』
”くそっ、それは良くないな”
機体が起動状態となり、赤い単眼に光が灯る。トラックの荷台上面がスライドして空が見え、彼はゆっくりとメタルウルフを立ち上がらせると、上半身をハッチから出す。アロナでもサンクトゥムタワーで何が起きたのか判明しないのならば、1秒でも早くたどり着かねばならない。
「先生、私も一緒に」
”シロコ……わかった、しっかり捕まれ。
「うん」
飛び出そうとしたまさにその時、シロコが後を追ってきて肩に乗る。覚悟の決まった彼女の目に、
”行くぞ!”
そしてメタルウルフはブースターから青白い炎を引きながら、サンクトゥムタワーへと向かってまっすぐに飛翔していく。地上では大渋滞だが、一度空に上ってしまえばそんなことなど関係ない。
いくつもの信号を越え、トラックが横転している事故現場が過ぎ、後数秒でサンクトゥムタワーの根本へと到達しようとしたその時、メタルウルフのモニターに警告表示が現れる。上方、何かが接近中というその知らせに顔を向ければ、そこにあったのは―――いや、居たのは一人の生徒。バタバタと手足を動かしているものの、あれではそのまま地面に真っ逆さまだろう。
”
「うぅっ!?」
その姿に
”3……2……1……
「げふっ!?」
”……マリナだと!?”
上昇するメタルウルフは生徒と接触する寸前に制動をかけ、可能な限り相対速度を合わせながら差し出した両手でキャッチすると、生徒はまるで自動車とぶつかったかのような声を上げた。実際、相対速度を合わせてこそいたが完全に0には出来ていなかったので、自動車とぶつかるだけの衝撃を彼女は受けていた。
”タッチダウン! ……何だあれは!?”
「何あれ……怪物?」
窓ガラスを大きくぶち破り、レセプションルームへと飛び込んだ
「カムラッド、マリナを助けてくれたんだな! これはレッドウィンター功労勲章ものだぞ!」
”何が起きたのか説明……してもらう時間はなさそうだな”
気絶したマリナをそっと降ろすと、チェリノが駆け寄ってきて安堵と喜びを顕にするが、しかし怪物との戦闘を続けている生徒達の状況は明らに旗色が悪いようだ。それを放置するわけにも行かず、彼は左のコンテナに収納していた.50口径のアサルトライフル
「ま、待ってくれ先生! あれは、あれはゲヘナの生徒なんだ、撃たないでくれ!」
「まだそういうことを言う! ってなにこれ、ちょっと馬鹿みたいに力が強いんだけど!?」
銃にしがみつき、今までにないほどに必死な形相で攻撃をやめろと懇願するマコトの言葉に、彼の引き金を引く指が止まる。ミカが後ろから羽交い締めにして引き剥がそうとするものの、まるで地面に大きく埋まった岩のようにびくともしない。
”……どういう事だ?”
「あれは……あの怪物は、ゲヘナの生徒が何故かあんな姿に変わってしまったものなんだ、だから先生……お願いだ、何とかしてくれ!」
(”人が怪物に変わる……まさか、アルファ・ワームなのか……!?”)
かつて地球、アフリカで発見された寄生虫アルファ・ワーム。潜伏期間は短く、感染力は極めて高い上に、感染した生物の遺伝子を変異させて怪物に作り変えるというその凶悪な生態故に多くの犠牲を出したもの。人類はその被害を極限に留めるために、核ミサイルによる地域の滅菌を行わなければならなかったほどだ。
最終的に2015年の8月に東京で起きた集団感染事件を最後に根絶に成功したとは非公式な記録にあるが、それがまさかこのキヴォトスに同種のものがいたのだろうか。しかし、だとすれば事態は最悪である。そして同時に、セイアの予言が頭をよぎった。
―――赤い空の下、キヴォトスは化物で溢れ、浄化の星々が降り注ぎ、全ては無に帰す。
まさか、これがそうなのだろうか。彼が動けずにいる中、怪物は生徒からの銃弾を受けつつも堪える様子を見せずに腕を振るい、何人も弾き飛ばす。もはやこれ以上は持ちこたえられそうにない。
「私が行く」
「貴様……何をする!?」
しかしその時、
そして、姿勢が崩れた怪物めがけてシロコは銃を構えると、間髪入れずにその引き金を引く。刹那、彼女のヘイローが昏くなったように
「ガアアアアアアッ! アッ……ガアアァッ……」
「あっ、あああっ……!」
致命的な一撃を受けた怪物はうめき声を上げながらもがき、しばらくした後に痙攣するようにビクンと跳ねると、とうとう動かなくなった。それを見たマコトは膝をつき、慟哭する。しかし涙を流すことなく彼女はシロコを睨みつけると、一気に詰め寄ってその胸ぐらを掴んだ。
「貴様……何をしたのか分かっているのか!」
「ちょっと、あの子は助けてくれたのに何考えてるの!」
ミカがその行動に抗議の声を上げるが、そんな事などマコトにとっては知ったことではない。怪物に変貌したとは言え、ゲヘナの生徒が他校の生徒に射殺されたという事実は彼女にとって認められるものではない。
一方、撃ったシロコは信じられないといった様子で、その瞳はマコトを映すことなく倒れたまま動かない怪物をじっと見つめている。すると、突然怪物の身体が光に包まれ、肥大化した肉体は完全に見えなくなり―――少しの後に光が収まると、そこには一糸纏わぬ生徒が横たわっていた。
「これは!?」
「ど、どういうことなんだ……!?」
怪物が元の姿に戻ったという事態に周囲はどよめき、マコトも呆然としてシロコの胸ぐらを掴んだまま動かない。しかし、そんな中いの一番に動くのが蒼森ミネという生徒である。彼女は恐る恐るではあるがその生徒の元へと近づき、膝をつきながら首筋に手を当て―――直後、顔を上げて周囲に聞こえるように叫んだ。
「……脈があります!!」
「ほ、本当か? 本当なんだな?」
「マコト議長……信じられないというのならばご自身で確認してはいかがでしょうか」
シロコの胸ぐらから手を離し、マコトはミネに促されるように倒れた生徒へと駆け寄る。そして触れれば、その温もりと鼓動を確かに感じることができた。しかし同時に彼女の脳裏に疑問が生じる。何故銃撃を受けてもケロリとしていた怪物がシロコの銃撃は通り、しかも元の姿に戻せたのか。
大きな謎が残ったままではあるが、それよりもこのような状況でこれからどうすべきなのか。本来の目的である対策会議など出来るはずもなく、かといってこのまま学園に戻るということも出来ないまま、彼女達は荒れ果てたレセプションルームで立ち尽くすばかりであった。
To be Continued in Episode2 ”
最終編が始まりましたが、これはやってることはメタルウルフカオスではなくニンジャブレイドですね。アルファ・ワームと『色彩』という二つの災厄を前に、果たしてキヴォトスを守り切る事ができるのでしょうか。ちなみにアルファ・ワームの細かい所は色々オリ設定が入りますのでご了承ください。