―――それは、突然現れた。
「――――――」
一陣の風が吹き、ゲマトリアの会議室に新たな足音が響く。固い、まるでハイヒールでも履いているかのようなその音は、獣の背後から聞こえてくる。
「一体、何者―――」
獣が振り向き、闖入者の姿を確認しようとしたその瞬間、一発の銃声が響き眉間に銃創が生じる。しかしアルファワーム感染体はその一発で致命傷になるものではなく、よろめいたものの姿勢を立て直すと、孔から銃弾が飛び出し、傷は再生していく。獣は同時に自らに傷を付けた相手を睨みつけ、視界に捉えた。
その人物は、黒いドレスに身を包んだ生徒のように見えた。全体的に黒な色調で統一された、少し大人びた雰囲気の人物―――獣の影からその姿を覗き見た黒服は、予想だにしない人物の登場に驚愕し、目のように見える孔が揺らぎ、広がる。
「あれは、まさか……!」
「黒服、どうされたのですか」
「……ゴルコンダ、どうやら我々は何をするにも遅すぎたようです」
ゴルコンダの問に、黒服は観念した様子で肩を落とす。既に場の主導権を喪失している彼らには、もはやただ事の推移を見守ることしか出来ない。そうしている内に獣は黒い生徒と完全に対峙したのだが、飛びかかろうにもアサルトライフルを片手で構えたその生徒は正確無比な射撃で獣を一歩も前へと進ませなかった。
「―――なるほど、
「小癪な……!」
顔への被弾を避けるべく左腕で庇った獣は、その耐久力を使ったゴリ押しで飛び込むと右腕を振るって相手を叩き潰そうとする。しかし、床がひび割れ陥没するほどの一撃を放った所で手応えはなく、血が床に広がることもない。
一体、相手は何処に―――意識が一瞬逸れたその時、獣の右の空間に黒い孔が開くとそこから先程の生徒が飛び出し、手にしたミニガンの斉射を至近距離から浴びせかける。右半身は弾丸のシャワーを受けてボロボロになり、獣の顔が苦痛と怒りに歪む。
「ええいっ!」
右半身を潰されるも、再生は既に始まっている。しかしその間攻撃力は半減するため、防御に使っていた左腕を前へと突き出し、そこから3本の触手を生やして捕らえようとするが、何処から取り出したのかバリスティックシールドを構えた黒い生徒はその全てを捌き切った。さらに盾を構えつつも右手に拳銃を握り、獣の顔面へと銃弾を叩き込むのを忘れない。
「ぐうっ!」
「まだ生きてるんだ、普通ならとっくに死んでるのに」
獣はダメージの蓄積により足元すら覚束ない様子で膝をつき、苦しげな顔のまま黒い生徒を見上げる。見下ろすその瞳には感情の色は見えず、ただ冷酷なまでの殺意だけが透けていた。
「一体、何者なのですか貴女は……!」
「
「おのれぇぇぇ!!」
盾をしまい、再び黒いアサルトライフルを構える生徒に対し、獣は最後の力を振り絞って飛びかかろうとするが、彼女が迎撃の引き金を引くほうが早い。1弾倉分の弾丸は狙いを違えることなく獣の顔面をずたずたに引き裂き、苦悶の声すら上げさせない。
「!!!」
「はああっ!」
もはや肉塊に近い状態になった獣は、飛びかかった勢いのままに生徒に向かうが、それに対し彼女は前転するように飛び込むと、床についた腕をバネのように使い両足で蹴り上げる。浮き上がった獣はもはや血反吐により言葉を発することが出来ぬまま、ただサッカーボールのように宙を舞った。
この好機を逃すことなく、生徒は力を込めて床がひび割れるほどの力で飛び上がると、やけに使い込んだ痕跡のある短刀を取り出し深々と獣の胸へと突き刺す。これぞまさに疾風迅雷の如き止めの一撃。
「がっ……はぁっ……!?」
明らかに致命傷となる一撃を受け、獣はもがくことも出来ぬまま床に叩きつけられた。まさか自分が倒される側になるとは思っていなかった事もあり、その表情は驚愕のままに固まっている。そして着地した生徒はゆっくりと近づくと、刺さったままの短刀に手を伸ばす。
「……な、何をしようともう手遅れです。
「
負け惜しみか、自分1人を倒した所で意味はないと嘯く獣。しかし、黒い生徒は聞く耳を持たずに短刀を引き抜くと、その頭部へと拳銃を撃ち込み、今度こそ獣は二度と動くことは無く、溶けるようにその姿は消えて行った。
「おぉ……ベアトリーチェ、哀れな女だ……憎しみに囚われてこのような最期を迎えるとは」
「……ゲマトリア」
肉体が跡形もなくなくなったのを見て、マエストロが神妙な態度でベアトリーチェの死を悼む。彼とベアトリーチェは性格や思想は合わなかったが、仮にも同じ組織に所属するもので、その死に様に思う所はあるのだ。
それに反応するように黒い生徒は3人へと向き直る。ゴルコンダとデカルコマニーは身構えるが、黒服は是非に及ばずといった様子でじっと見つめて動かない。黒い生徒は3人を一瞥した後、一瞬瞑目すると彼女はアサルトライフルの銃口を向け、マエストロとデカルコマニーが後ずさる中、黒服はまるで悟ったかのように静かに口を開いた。
「なるほど……これが、神秘の裏側だったのですね。命あるものを常世に導く
「………」
「『色彩』の到来、そして
銃口を向けられつつも、黒服は今の状況を分析することをやめない。既に動き始めた流れを止める力はないが、彼には彼の知識がある。死というものは命あるものにとって避けられないが、それは今日では無いはずだ。
「……アルファ・ワームに汚染されたものは浄化しなければならない。それが、あの人から託された私の使命」
しかし、それも虚しく、眼の前の生徒は引き金を引く。会議室に銃声が鳴り響き、そして―――
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騒動でひどく散らかったレセプションルームであったが、戦いが終われば片付けを行う者もいる。しかし、一方で大きなショックを受けて気分を悪くする者もおり、現場はいまだ騒然としたままであった。
”ミネ、彼女の血液検査をしてくれ”
「血液検査……ですか? 勿論、そのつもりではありますが、一体何故……」
”………”
血液検査を行う―――それは当然のことであったが、医師でもない
アルファ・ワームのことを馬鹿正直に話せばパニックを誘発するのは明らかで、ただでさえ混乱している彼女達をさらに不安にさせることになってしまうだろう。地球での事案も、一般市民に混乱を招くという理由で最後までアルファ・ワームのことを一般市民に公開することはしなかった。
しかし、彼女達がこうして当事者となってしまった以上、黙ったままというのは絶対にありえないため、彼は出来る限り声を小さく、ミネにのみ聞こえるようにして話し始めた。
”……私は、寄生虫感染症で
その言葉に、ミネの瞳が見開かれる。
「それは……!? 先生、その情報を詳しく教えてください。もしこれが感染症ならば、対応は正しくせねば、第二第三の犠牲者が生じてしまいます」
”わかった、ただ……相当にショッキングなものになるぞ”
「覚悟の上です」
”……アロナ、メモリーアーカイブのナンバー20090129の内容をミネのスマホに転送しろ”
『わかりました、転送します』
しかし動揺する様子もなく、ミネは医療従事者として覚悟を決めた様子で情報提供を求める。ここで生徒にそんなものを見せるわけにはいかないと日和ってしまうのは、彼女の信念を穢す事になってしまうだろう。彼も覚悟を決めてミネのスマホにメタルウルフのコンピューターに記録されているアルファ・ワームに関するデータを送信した。
「先生、これが本当であればこの場にいる全員は既に感染している可能性があります」
”……ああ、そうだな”
「対応策は……ありますか?」
その問いかけに、
”勿論、ある。特効薬としてワクチンが準備可能だ”
「……わかりました。では先生、これからの方針をどのようにするのか、お聞かせ願えませんか?」
”そうだな、まずは生徒会長組に情報を共有するべきだ。他の生徒達に伝えるのは後、それとこの部屋から人を外に出すべきではない”
「それについては、直ちに」
ワクチンが有る、それだけでどれだけ心強いものだろうか。ミネはその情報に安堵の表情を一瞬見せると、口元をキュッと引き締める。
「セリナ、この方の採血をお願いします。顕微鏡での検査を行いますので、その準備も」
「わかりました」
セリナに対応を引き継いでもらい、ミネは立ち上がると大きく息を吸い込む。
「申し訳ありませんが、皆様この部屋から出ずにしばらくお待ちください!」
「ええっ、帰っちゃダメなの?」
「そんなぁ……」
ミネの呼びかけに多くの生徒は肩を落とし、帰れないことを嘆く。とても恐ろしい目にあったのだから気分転換の一つでもしたいところであったのだが、救護騎士団団長の眼光に射抜かれればワガママを貫くわけにはいかなかった。
その裏で
”……よし、今から話すことは―――かなりショッキングなものになるだろう。それでも、この話をしなければならない、その意味を考えてくれ”
「……先生は、あのバケモノになる現象に心当たりがあるのか?」
彼が話を始めると、直ぐにマコトは前のめりになって食いついてきた。先程はゲヘナの生徒が怪物に成り果てたのを見て取り乱したものの、その生徒の生存を確認して一安心したことで冷静にものを考えられるようになっているようだ。隣では、リオも興味深そうに
”ああ、有る。それもとびきりヤバい話だ”
「うーん……なんだかおいらには良くわからないぞ……」
「チェリノ会長、でしたら私が会長の代わりに話を聞いておきますね。会長もおつかれでしょうし」
「お、おぉ? そ、そうか、それじゃあ頼んだぞトモエ」
ヤバイ―――あのシャーレの先生がそう言うとは、いったいどれほど危険な話だろうか。生徒会長組の中で事情をいまいち良く分かっていないチェリノをトモエが引っ張って連れ出し、自身がその代役として輪の中に入る。今回の話をチェリノに聞かせるわけには行かないと彼女は判断した。
メンバーが入れ替わったのを横目に彼はミネの方にチラリと視線を送れば、顔を青くしたセリナが耳打ちしている様子が確認できた。恐らくだが、血液検査の結果が出たのだろう。セリナから写真を受け取った彼女は顔をしかめながら近づいてくると、他の人には見せぬようにその写真を見せてくる。
「患者の血液から多数のかぎ型せん虫が検出されました。私の知識にも無いタイプで……恐らく、先生の言っていたアルファ・ワームで間違いないかと。ただ、採取された寄生虫は
”なんだって?”
「現状、わかるのはその程度までです。これ以上は専門の設備が必要になりますが、ここではそれは望めませんね」
小声でミネが話してくるのを見て、他の生徒会長達―――特にナギサは不安げな表情を見せる。医療従事者が秘密の話をしているというのは、それだけで不安を煽るに十分だった。
「先生……その、内緒話をされても困るといいますか……」
「キキッ……まさかそんなに
ナギサだけでなく、
”判明した事実を知る前に、君たちにまず聞いてほしい話がある。これは私の故郷……つまりキヴォトスの外の世界で起きた出来事だ。あれは今から20年以上前の出来事で―――”
そして彼は話し始める。アルファ・ワームによって引き起こされた、地球での惨劇の数々。家族を失い、友を失い、それでも根絶まで戦い続けた
”―――以上が、アルファ・ワームに関することだ。”
「な……っ!?」
「そ、そんな……!」
彼が話を終えると、アルファ・ワームの実態と症例を聞かされた生徒達は皆顔を青ざめさせていた。自分があのようなバケモノに変貌する可能性があると知ればそうもなるだろう。こんな話をチェリノに聞かせるわけには行かないと交代したトモエは、自身の判断が間違っていなかったことに安堵した。
しかし、彼が話した内容はミネに教えたものよりも遥かにマイルドなもの。それでもこれほどに動揺が広がっているのだから、話す内容を慎重に選別して正解だと彼は考えた。もしフィルター無しで公開したらなど、考えるだけでうんざりする。
”とりあえず安心してほしいんだが、もし特効薬としてワクチンを今シャーレで量産しているところだ。準備ができ次第、ここに輸送してもらう手筈になっている”
「そ、そうか……」
生徒達に動揺が広がる中、
今までそのような症例はキヴォトスでは無かったはずだが、
「……先生、少しいいかしら」
”どうしたリオ、気になるところでも有るのか?”
「その……先生にこういう言い方をするのは非常に心苦しいのだけれども、
”………”
基本ノンデリであるはずのリオが恐る恐るといった様子で発言すると、皆はハッとしてメタルウルフへと視線を集中させる。今までそれほど気にしたことは無かったのだが、思えばマイケル・ウィルソンという人物はあまりにもこの世界にとって異質過ぎる存在なのだ。
”私は連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問、連邦生徒会長に呼ばれてキヴォトスへと……む?”
リオの問いに答えようとした刹那、彼の思考にノイズが走る。何故自分が
「先生?」
”最近、疲れてるのか……目眩が”
ふらりと足元が覚束ない様子で膝をついた彼は、頭を振って意識を保とうとする。こんな所で倒れるわけにはいかないというのに、どうしてこうも身体の不調を感じてしまうのか。具合が悪そうな彼の所作を見て、先程質問したリオも心配そうに覗き込んだ。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。少々荒かった呼吸も落ち着きを取り戻した所で彼は再び立ち上がり、心配そうに見上げる生徒達の視線を一身に受けて頭を下げた。
”心配をかけたな、申し訳ない”
「いえ……先生こそ、体調には十分気をつけないと」
”今体調を心配すべきはそちらのはずなんだがね”
リオの言葉に苦笑しつつ、彼はシッテムの箱の画面を覗き込む。対アルファ・ワーム用のワクチン、それを一刻も早く生徒達に接種させねば手遅れになる公算が大きいため、時間的猶予はあまりない。
生産ラインそのものは、シャーレの地下にある巨大な3Dプリンターであるクラフトチェンバーを使えば良い。本来生産には色々な制限があるが、彼はメタルウルフの予備部品を製造するのに良く使用しているため使い勝手というのは良く理解していた。どう言う理屈かまでは理解出来ないが、食べ物まで製造できるのならばワクチンセットぐらい製造出来るはずなのだ。
シッテムの箱とクラフトチェンバーは同期しているため、たとえ離れていてもこの場で指示を出せば勝手に製造を始めてくれる。今回、彼はメタルウルフのメモリーに記録されている設計図を基に対アルファ・ワームワクチンの製造を指示し、溜まりに溜まったブースターチケットを一気に消費するようにした。これで1時間もあれば、最低限見積もったとしても地下室を埋め尽くす山のような在庫が出来上がることだろう。
勿論、適時搬出するようにシャーレに残っている生徒に指示を出すことを彼は忘れなかった。
「………」
先程ふらついたばかりだというのに、精力的に働こうとする
それこそ、役者が己の役を演じているような―――そこまで思考が及んだ時、彼女は頭を振って自身を戒める。それはパンデミックの対応に当たっている
「それで……我々は何をすれば良い?」
”まずは生徒達をまとめ、落ち着かせてくれ。ワクチンが到着するまでそう時間はかからないはずだが、それまでにパニックになるのが一番まずい”
「わかりました。それと、他には―――」
”……あの生徒がどこでアルファ・ワームに感染したか、それも問題だ。マコト、何かわからないか?”
まずは直近の対応が定まった所で、次の問題はあの生徒がどこで感染したかという話になる。ゲヘナの生徒ならばマコトがなにか知っているのではないかと話を振った所、彼女は神妙な面持ちでそれに答える。
「……昨晩、ヒノム火山に落ちた流れ星を探しに行かせた。だが、ヒノム火山にはこんな寄生虫が居たという話を聞いたことがない」
「だとすると、アルファ・ワームはその流れ星に乗ってきたと? なら、他の流れ星が落ちたところももしかしたら……」
”当面の間立ち入りを禁止するべきだな、これ以上感染者が出てくると手の施しようがなくなる”
マコトの言うには、あの生徒はヒノム火山に昨晩向かったとのこと。今回会議が招集された原因の一つである流れ星の話を合わせて考えれば、アルファ・ワームが空の向こうからやってきたことでほぼ間違いないだろう。であるならば、感染拡大を防ぐためには汚染されたであろう落下地点への立ち入りを禁止しする必要がある。
”落下したのはアリウス自治区、アビドス砂漠、ミレニアム廃墟、廃園となった遊園地、ヒノム火山、それと―――”
「……ここ、サンクトゥムタワーになりますね」
”……連邦生徒会の全員にもワクチンが必要だな。それに、ここを
「立ち入り規制に関してはヴァルキューレ経由で通告するように手配します。サンクトゥムタワーの一時放棄は……可能な限りは避けたいところですが、そうも言っては居られませんね」
流星の落着地点の一つにサンクトゥムタワーが含まれているというのは、キヴォトス行政のことを考えればかなり悪い話である。汚染されている可能性が否定できないため避難する必要があり、さらに行政システムもサンクトゥムタワーありきで設計されているので混乱が避けられないからだ。
だが、生徒達がバケモノになるリスクを考えれば致し方ないと言えるだろう。ゲヘナの生徒は奇跡的に元の姿に戻れたが、その原因が不明な以上はそれを前提に置くべきではない。
とにかく、現状では汚染地域への立ち入り規制と、規制前に侵入した人物へのワクチン接種、その二つが重要で、それを実施するためには行政に強い力が必要。故に、連邦生徒会が基幹システムの中核であるサンクトゥムタワーを失うというのは非常に手痛いダメージであるといえた。
ただ、幸いというべきかヴァルキューレは今回の事態に巻き込まれていない。連邦生徒会が使える武力の一つとして、ヴァルキューレの役割は大きい。連邦生徒会長捜索を先日大規模に縮小したこともあり、使える人材にも余裕があるのは不幸中の幸いといえるだろう。
”リオ、ミレニアムの廃墟にはどういう対応をしている?”
「元々あそこは立入禁止区域よ、それに以前のこともあるからドローンで警備網を作っている。密かに侵入するのは恐らく不可能」
”ナギサ、廃遊園地はトリニティに近いはずだが……”
「一応、ユートピア跡は立ち入り禁止区域です。ただ、警備はそれほど厳重ではないのでもしかしたら……昨晩、侵入した方がいるかも知れません。後で正義実現委員会に完全封鎖するように連絡を入れます」
”マコト、ゲヘナの方はどうにかできるか?”
「……ゲヘナの生徒は基本誰の言うことも聞かん。だが、ヒナに連絡して風紀委員会を動かせば大体の生徒は火山に立ち入ることはしないだろう」
”アツコ、アリウス自治区はどうだ?”
「流星が落ちたのは山中だったっていうし、一応みんなにも近づかないように言い聞かせておいたから大丈夫だとは思う」
”シロコ……”
「ん……落ちたのが
流星が落ちた自治区の現状、そして取れる対応を確認してみれば、ゲヘナとトリニティの両自治区は感染が広まる可能性を否定できない状態であったことが判明する。これは封じ込め政策を取るに当たって最大の不安材料であり、
一方、ミレニアム、アリウス、アビドスは初期対応が適切か、あるいはそもそも人が居ないなどの理由で感染が広まる可能性は低い。つまり、現状即応すべきはサンクトゥムタワー近辺、ゲヘナ自治区、トリニティ自治区となるだろう。
”……何にせよ、一秒でも早く対応をしないといけないな。皆、頼むぞ”
短中期的な対応も決まった所で、
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今週のシャーレ駐在当番であるHOUND小隊の面々は
それらは全てクラフトチェンバーから排出されたもので、箱には『Abaddon』と恐らく中に入っている薬の名前がでかでかと表示されている。中身はバイアルのようで、注射で使うものだということだけはわかった。注意書きには常温保存出来るとあるので冷凍庫を別途用意する必要はとりあえずなさそうだ。
「それで、これらを全部ヘリに搭載してサンクトゥムタワーへ運ぶ必要があると」
「一体急に、なんなんだろうねぇ」
「しかもサンクトゥムタワーに行くときは対化学戦装備と指定されるとは、あちらでは何が起きているのやら」
「
箱の山を前にし、とりあえず入口に近いところから手を付け始めるHOUND小隊の4人。
クラフトチェンバーはその最中でも稼働を続け、次々にバイアルの入った箱を生み出しては排出を続けている。一体全体どこから材料を供給しているのか彼女達にはわからなかったが、とにかく早く搬出しなければこの部屋が箱一杯になるのは時間の問題だろう。
「もっと人手が必要だな……RABBIT小隊とFOX小隊も呼ぶか」
「居住区に住んでる人たちにも手伝ってもらいましょう、SRTからここに来るまで時間はかかりますし」
「そうだね、そうしようか」
4人では到底手が足りないと見た彼女達は早々に応援を呼ぶことにし、居住区から何名かの生徒達がやってくる。
その中に狐坂ワカモの姿があるのも、ある意味当然ではあった。彼女は
「あー、狐坂ワカモ、装備の都合お前をサンクトゥムタワーへ連れて行くわけには―――」
「ええ、存じています。ですから、私はあのお方の家であるここを守るべく動くつもりですので」
「………」
「なんですか、その信じられないものを見たという感じの目は」
「い、いや……お前のことだから有無を言わさず連れて行けと言うと思ったんだが」
ワカモが自分を
「あのお方が呼んだのが貴女達ならば、その判断に私が口を挟むわけにはまいりません。それに、百鬼夜行には内助の功という言葉がありますから。帰る場所を守ることで先生の力となりましょう」
「……はいはい、それじゃあおたくも頑張ってね」
正妻面をワカモがするのはここ最近のシャーレではよくあること。タエコは付き合ってられないといった様子で手を振りながらエレベーターを作動させる。
「いやぁ……ほんとたまんないね、ああいうの。恋は盲目っていうけどさぁ」
「思い込みって怖いですね……」
「先生もはっきり断ってやればいいのだが、どうしてこうも面倒なことに」
「まあ、先生も思う所があると思っておこう」
シャッターが締まり、上昇すること数分。HOUND小隊は少々愚痴を吐き出しながらも屋上ヘリポートへと到達する。こちらにも何名かの生徒が配置についており、エレベーター到着と同時にアイドリング状態で駐機しているヘリへの積み込み作業を行っていく。
積み込み自体にはそれほど時間はかかること無く、HOUND小隊は言われた通りに化学防護服を着込むのだが―――真夏の日差しが照りつける中、通気性の欠片もない防護服に袖を通せば、途端に汗が噴き出し始める。
「うへぇ……防毒面もやらなきゃいけないんでしょ? これじゃ到着前に熱中症でヘリが墜落しちゃうよ」
「そうなる前に到着させるしかないだろう。HOUND2、発進だ」
「了解、シートベルトを忘れるな」
暑さで倒れるのが先か、エアコンが効いているはずのサンクトゥムタワーに滑り込むのが先か。嫌なチキンレースが始まる中、XAH-12の重厚なボディがヘリポートを離れていく。1秒でも早くたどり着くよう、カズミは操縦桿を前に倒した。
******************************************************************
各生徒会長による現状の説明は一先ず功を奏したようで、大した混乱もなくレセプションルームに居たほぼ全員は落ち着いてワクチンの到着を待っていた。救護騎士団と連邦生徒会の医官は到着次第直ちに注射を行えるように待機していたのだが―――
「嫌よ! 注射なんて絶対に嫌!」
「サツキ先輩、今回は絶対にやらないとまずいってマコト先輩の話を聞いていなかったんですか!?」
「そうですよー! 今回のは本当にまずいんですから!」
ゲヘナ組の中から聞こえてくる注射を拒絶する声。ゲヘナ組のみならず、他校の生徒も声の方向へと顔を向けると、1人の生徒が駄々をこねながら暴れ―――るのではなく、柱にしがみついているのが見えた。
ゲヘナ学園の3年生、京極サツキ。彼女は大人びた外見に反して注射が大嫌いであり、それはこの緊急事態であっても飲み込めるものではない。イロハとチアキに引っ張られても尚しがみついているあたり筋金入りと言えるだろう。
ここに至り、マコトもサツキを引き剥がしにかかった。これ以上
「イヤーッ!!」
「落ち着いてください、あまり動くとかえって痛いことになりますよ」
ミネの剛腕で固定され、サツキはまったく身動きが取れなくなる。このままの姿勢で待機を―――と思った所でレセプションルームの扉が開き、化学防護服に身を包み、ガスマスクで完全防備のHOUND小隊の4名が台車に一杯の箱を乗せて入ってきた。
それを見て救護騎士団と医官達は直ちに箱を回収し、中身のバイアルを確認する。使用量などの細かいデータはメタルウルフのメモリーアーカイブに存在したのを印刷したものでチェックしているため、彼女達は手慣れた様子で注射の準備を整えていく。
「では、早速」
「やめてーっ! 誰か、助けてぇーっ!」
本来は医療従事者を優先するところだが、既に拘束している都合ワクチン接種第一号はサツキに決まり、ミネは渡された注射器を手にするとささっとアルコール消毒を行い、流れるように針が突き刺さる。ぎゃあぎゃあと泣き喚くサツキであったが、そこに至り彼女は気づく。全然痛みが襲ってこない。
「あ、あれ……?」
「……ふう、完了です」
「え? 今注射した……のよね? え、え?」
注射された腕を何度もさするように確認し、手をぐーぱーと握り、開く。まったく違和感はなく、まるで注射をしたという事実だけをすっ飛ばしたかのような感覚に、サツキは目を見開いたまま硬直していた。
「流石は団長、見事な注射でした」
「あのサツキ先輩に痛みを感じさせないなんて……トリニティの救護騎士団団長、ただ壊すだけの人物ではないんですね」
その様子を見て、セリナとイロハはそれぞれ異なる視点からの感想を口にする。いまだに硬直下ままのサツキをささっとゲヘナ集団側へと戻すと、当初の予定通りに医療従事者への接種を開始した。
順番待ちこそいくらかあったが、連邦生徒会がヴァルキューレの医官や周辺の病院から医者をかき集めたことで想定よりスムーズに集団接種は進んでいく。怪物化のリスクと未知の薬品を注射するという恐怖こそあれど、
「しかし……先生、これは一体どういう状況なんだ?」
接種が進む中、化学防護服のままの4人は手持ち無沙汰といった様子で集団接種会場の場となったレセプションルームを見ながら、
状況がとりあえず落ち着いたこともあり、
「あー、つまりここで防護服脱ぐのはヤバイと?」
”危険性は排除できないな。一応、ワクチン接種を勧める……というか、するべきだろう。この外気温でその服装は辛いだろうしな”
「それは確かに……そうなのですが」
シャーレからここに来るまでの短時間であるにも関わらず防護服の中が汗に沈み、そのまま溺れるのではないかと思ったことを思い出しアリアはげっそりとして肩を落とす。他の3名も同様で、化学防護服を着たまま再び外に出るのは真っ平御免といった様子。
注射一本でこれを脱げるというのならば、その魅力には抗えるものではなかった。正体不明の薬を注射される恐怖というものはなく、シャーレの先生が用意したものならば大丈夫だろうという全幅の信頼を彼女達も寄せていた。
結局彼女達も列の最後尾へと並び、ワクチンの接種を行うこととなった。これでほっと一息つけるといいたいところだが、まだD.U.市街地の汚染地域の特定とゲヘナ・トリニティ両自治区での感染者の捜索という仕事が残っている。それに、キヴォトス上空に出現した高エネルギー体の正体も不明なままで、やるべきことは山積していた。
「先生、連邦生徒会は
接種を終え、ノースリーブ姿のリンが注射した場所を押さえながら
”ということはシャーレが連邦生徒会の仮中枢になるのか?”
「はい、シャーレはサンクトゥムタワーの行政システムに外部からアクセス出来る唯一の場所ですので、業務の効率を出来る限り落とさないようにするにはこうするのが一番手っ取り早いのです」
”会議の続きもシャーレでするべきか、あるいは各自治区のアルファ・ワーム対策のために一旦は帰ってもらうか、悩ましいところだ”
既に事態は切迫している。アルファ・ワーム封じ込めのためのタイムリミットは僅かしかないかもしれないが、それでも手を打たねばキヴォトス最悪の
「既にヴァルキューレは交通規制や封鎖に取り掛かっています。我々もまずは眼の前の問題から取り掛かるべきでしょう」
”わかった、二兎を追う者は一兎をも得ずだな”
「それと……これからのことを鑑みるにキヴォトス全土に戒厳令を発する必要もありますね。本当ならば市民生活を制限したくはありませんが、この状況ではやむを得ません」
”……そうだな”
リンは強い決意をもって戒厳令の布告を口にする。情報封鎖をする段階はとうに過ぎ、もはや直接的な対応を取らなければならない。そこには改革派も保守派もなく、キヴォトスを守るために一致団結して取り掛からねばならない現実があった。
”私もここで出来ることが終わり次第一旦シャーレに戻る。
彼はそう言い、ここで初めてメタルウルフから降りた。鋼の腕に注射針など通らないし、しても意味がない―――つまり、彼も予防接種を受ける必要がある人間だったのだ。
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連邦生徒会によるサンクトゥムタワー放棄が実行に移されていた頃、生命の存在など認めんと言わんばかりに凶悪な太陽の光が降り注ぐアビドスの砂漠をハイランダーの特別列車が1編成、砂をかき分けながら進んでいた。
先頭車両は自衛用の武装が施されたこの列車の目的地は、かつて建設中に放棄された砂漠横断鉄道の現状での終着駅。ハイランダー鉄道学園のスポンサーであるネスティフグループの依頼でアビドス砂漠の調査のために向かっているが、その目的は車両を運転する少女たちにはいまいち理解できぬものだった。
「ねーヒカリ、どうして私達が砂漠に落ちた流れ星を探さなきゃいけないのかなー」
「あいどんのー、大人の考えることはわかんなーい」
運転席に座るのは、ハイランダー
現状使われているアビドス線から放棄された横断鉄道のレールに乗り換えて久しいが、砂に埋れた線路はそれを感じさせぬほどにまっすぐなままだった。かつて建設を手掛けた先人たちは出来る限り最高の技術でこの路線を作り上げようとしたのだろう、ノゾミはレバー越しに伝わる振動を感じながらそんなことを考えていた。
「ノゾミー、そろそろカイザーの巡回エリアが近いよー」
「パヒャヒャ! 哨戒部隊程度ならこの装甲列車で一発だし!」
アビドス自治区は現状、その殆どをカイザーコンストラクションが保有している。だからこそ砂漠にPMCの駐屯地があり、まるで我が庭のように―――実際庭だ―――闊歩している現状がある。ハイランダーのバックにいるネスティフは反カイザー企業グループの中でも大物で、そういうこともありハイランダーとカイザーの関係は非常によろしくない。
そんな中、勢力圏を武装列車が通行するなどカイザーPMCからすれば黙って見ているわけには行かないだろう。妨害、あるいは拿捕を目的に武力攻撃してくるかもしれない。しかしノゾミは自分と姉が乗るこの装甲列車の性能を心から信用していた。
「あ、あのぅ……この列車、エンジンが繊細だからあんまりぶん回されると困るんですけど……」
これから派手な祭りが始まるとワクワクしている双子に冷水をぶっかけるように、背後からおどおどとした態度で1人の生徒が声をかける。この列車の機関士を任された2年生の内海アオバは、下級生ながらもエリート街道を走る双子におっかなびっくりとしった様子。
「パヒャ! なーにビクビクしてるのさ。ただ目標について、積み荷を下ろす。そして再回収して帰るだけ、簡単なお仕事じゃん」
「い、いえ……でも、アビドス砂漠って色々と危険なところだって聞いてて」
「のーぷろぶれーむ、問題なーし」
「うぅ……どうしてこんな脳天気なのがエリートなんですか」
緊張感の欠片もない双子に毒を吐きつつ、アオバは列車のエンジンの状態をモニターし続ける。そしてふと外の景色を見て―――彼女の目は極限まで見開かれた。
「み、右、右方向丘陵、何かが沢山こっちにきてるんですけど!?」
「えー? 何々?」
「るっくるっくこんにちわー」
その言葉に双子も視線を移せば、砂漠の丘陵から何かが猛烈な勢いで駆け下りてくるのが吹き上がる砂塵によって遠くからでも確認できた。まずノゾミが双眼鏡で目標を確認しようと覗き込み―――数秒後、表情が固まった彼女は双眼鏡を取り落とす。
「―――全砲塔戦闘配置、交戦自由!」
「ノゾミ、どうしたの?」
何とか我に返ったノゾミは直ちに装甲列車のターレットをアクティブに切り替える。妹の態度の急変に動揺しながらヒカリが聞けば、彼女は顔をひきつらせながらそれに答えた。
「なんかヤバイ感じの連中が近づいてくる! ヒカリも確認すればいいよ!」
渡された双眼鏡でヒカリがその光景を確認すると―――
肉腫にまみれてゾンビのような姿となったカイザーPMCの兵士たちが多数、まるで飢えた獣のように列車目掛けて真っ直ぐに突き進んでいるのが見えた。
To be Continued in Episode3 ”
アルファ・ワームのワクチンなんてニンジャブレイドでも出てこないオリジナルですが、そういうのがないと生徒が感染してしまうので仕方がありません。生産もクラフトチェンバーという便利な物があるため有効利用しましょう。
解説
ファースト・ビースト
正式名称はミュータント・ベアトリーチェ。
アルファ・ワームの王幼虫に寄生されたことで本人の知性を維持したまま人格を乗っ取られ、変貌したもの。その冒涜的な外見は黙示録の獣を思わせる。
ゲマトリアを取り込もうとしたが、乱入してきた謎の生徒によって討滅された。
アバドン
地球で開発された対アルファ・ワーム用の特効薬。開発の主導者はマイケル・ウィルソン(父)で、高い予防能力とアルファ・ワームを駆除する能力を両立した夢の薬品。
開発はケン・オガワの血に含まれた抗体を解析して行われており、成分の量産そのものは3Dプリンターで可能だが、容器や箱ごと製造できたのはクラフトチェンバーの性能に依存している。
開発が終わった時点でアルファ・ワームは根絶されたと言われているが、名前の「