いまだ東寄りの空に位置する太陽が燦々と輝きその光を地上へと降り注いでいる中、街行く人々のスマホから突然アラームが鳴り響き、何だなんだと己のスマホを確認する。表示されていたのは緊急速報のエリアメールで、その内容は短くテレビをつけろというもの。
人々は近くのテレビか、あるいは街頭の大型モニターか、それともスマホから動画サイトの連邦生徒会公式アカウントにアクセスして放送を待つ。
「一体何だって言うんだ、連邦生徒会がさ」
「まさか連邦生徒会長が帰ってきたとか、そういう話なのかな」
「嫌な予感がするな……」
生徒、獣人、ロボット、キヴォトスに住まう文字通り全ての人々は、連邦生徒会からの公式声明が始まるのを待つ。そして数分の後、何処の拠点かは不明だが、連邦生徒会の紋章が大きく刻まれた広報室が映し出されていた。
『……全キヴォトスの皆様、連邦生徒会長代行の七神リンです。本日はこのような放送を行わなければならない事態に陥ったことをまずは謝罪いたします』
最初に現れたのは艷やかな黒髪を持つ連邦生徒会の現在のトップ、七神リン。彼女はカメラの正面に立ち、まずは頭を深々と下げた。今回の事態に至っては彼女の責任など無いのだが、それでもキヴォトス全体を統括する連邦生徒会の長ともなれば時として頭を下げねばならぬこともある。
また同時に、彼女の背後に二人の人物が立つ。防衛室長たる不知火カヤと、もう1人はスーツ姿の男性、即ち連邦捜査部シャーレの顧問であるマイケル・ウィルソン・Jrだ。しかし2人は口を開くことなく、リンの傍に控えるのみ。
『本日、キヴォトスにて今まで確認されたことのない極めて致死率の高い感染症の患者が確認されたため、先程、私こと連邦生徒会長代行七神リンはその職責において、キヴォトス全土に戒厳令を発令しました。皆様外出を控え、テレビやラジオ等から最新情報を確認してください』
「戒厳令!?」
「マジか、一体何が起きてるんだ」
「家に帰れるかなぁ……」
民衆は突然の戒厳令に戸惑いを隠せておらず、近くの友人に声をかけたり電話で知人と連絡を取り合うなど、この放送の内容について意見をかわすなど、何とか現実を飲み込もうとしていた。
そうしている内にリンが下がり、かわってカヤが前に出る。
『感染症の拡大を抑えるため、以下の場所への立ち入りを規制します。アビドス自治区:アビドス砂漠、ミレニアム自治区:廃墟、ゲヘナ自治区:ヒノム火山、アリウス自治区、ユートピア遊園地跡、そしてサンクトゥムタワーになります。この放送以降、先程指定したエリアに立ち入ろうとした場合、実力を以て排除するようにヴァルキューレ及びSRTへ指示を出しました』
「感染症……致死率高いって、それやばいじゃん」
「SRTも出動するって、本気?」
「というか、サンクトゥムタワーも立ち入り規制されているってどういうこと?」
群衆がざわめく中、最後に前に出るのは
『”諸君、突然のことで困惑していることだろう。この感染症について説明させてもらうが、私の故郷で根絶された感染症に非常に酷似している。潜伏期間は短く、症状は劇症的で致命的な結果に至る……が、安心してほしい。この感染症には特効薬としてワクチンが存在している。高い予防効果を発揮し、かつ感染後でも回復可能なものだ。もし、昨晩以降先程挙げられた場所に足を踏み入れたのなら直ちにシャーレ、あるいは連邦生徒会保健室へと連絡を入れてくれ”』
「なーんだ、薬があるなら一安心」
「でも、その薬がないとヤバイんでしょ? 潜伏期間短いって大変だよ」
「連邦生徒会はもうワクチン打ってるのかな」
「……そりゃあ、そうでしょうよ」
キヴォトスの住人全員にワクチンを打てるだけの量があれば話は早いのだが、現状クラフトチェンバーで量産しているだけなので数はあまり多くない。構造式をミレニアムに開示し、あちらでも生産を始めるとのことだが果たして量産が始まるのはいつになることやら。
緊急放送が終わり、民衆はいまだ困惑の色を残したままだが、感染症が広まっているという事実だけはほぼ全員が共有することが出来た。そして、外に出ている人々は帰宅がてらにマスクや手指消毒用のアルコールを買い漁っていく。それに効果がないなど、誰も想像出来てはいなかった。
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緊急放送が行われて程なく、相変わらず砂に覆われたアビドス自治区。その中核たるアビドス高校の校舎ではシロコを除いた全員がスマホを手に対策委員会の教室へと集まり、今後のことを話し合っていた。
アビドス砂漠への立ち入りが連邦生徒会に規制されたことは、正直なところ彼女達にとってどうでもいい話と言えた。あそこには金になるような資源もなにもありはしないし、それにカイザーの所有地でPMCの駐屯地もある。以前、アビドス事件の時にボッコボコにされた駐屯地は今ではすっかり回復し、1個大隊が常駐しているそうだ。
「シロコちゃん、大丈夫でしょうか」
「シロコちゃんのことだし、大丈夫だと思うよ~ノノミちゃんは心配性だねぇ」
シロコに向けてメッセージを送りつつ、心配そうにつぶやくノノミに対してホシノはいつものようなのんびりとした態度で応じた。実際シロコからの返信は早く、スタンプ爆撃が画面を埋め尽くしている。
「もう最悪! バイトのシフトが全部キャンセルになるじゃない!」
「セリカちゃん……パンデミックじゃ仕方が無いですよ、先生たちも大変そうですし」
セリカは戒厳令によってバイトが出来なくなったことが我慢ならない様子で地団駄を踏む。アヤネはそれを宥めつつ、遠くアビドス砂漠の方向へと顔を向ける。連邦生徒会の緊急放送で立ち入りが規制された場所……正直、嫌な予感がするのだ。
そんな彼女の予感を裏付けるかのように、対策委員会の教室の片隅で誇りを被っている無線機が突然反応を示す。場の全員が一斉に振り向き、恐る恐る近づいていくと、どこかからの電波を受信しているようだということがわかった。
アヤネが調整していくと、最初はノイズだけが流れていたがそれから数秒して人の声らしきものが聞こえてくる。かなり切羽詰まっているようで、声には焦りが滲んでいるのがノイズ混じりであってもわかるほどだ。
『―――ちら、ハイランダー第21号装甲列車、現在アビドス砂漠で―――』
『でんじゃー、でんじゃー、大――――ち――――』
『エンジン油温がレッドゾーンなんですけど!? このままだと1時間……それどころか30分も経たずに大爆発しちゃうんですけどーっ!!!』
「……なにこれ」
「ハイランダーがアビドス砂漠で……?」
ホシノが首を傾げ、ノノミは途切れつつも聞こえたハイランダーという単語に胡乱な表情を浮かべる。アビドス自治区にハイランダー鉄道学園が何をしにきたのだろうか。そんな事をふと考えてしまうが、聞こえてくる無線の音声には悲鳴のような声も入っていた。どうやら状況は相当に悪いらしい。
事情はなんであれ、このまま放って置くのも目覚めが悪い。ホシノがアヤネに顔を向けると、彼女は先輩が何を言いたいのかを察して頷く。そのまま全員で教室を飛び出し、向かうのは校舎裏の駐機スペース、アビドス高校虎の子のMH-60雨雲号。
「ハイランダーの装甲列車、どんなもんかわかんないけど救助すれば謝礼金ぐらいは貰えるんじゃないかな、それで借金の返済に充てれば万々歳。アビドス砂漠に立ち入るなって連邦生徒会や先生は言ってるけど、ヘリでさっといくだけなら大丈夫でしょ」
「このイライラを発散させてもらうわよ!」
「準備完了! アヤネちゃん、発進どうぞ!」
「了解、雨雲号発進します!」
砂塵を巻き上げ、アビドス高校から雨雲号は離陸していく。彼女達が目指すはアビドスの砂漠の果て。救難信号を発するハイランダーの装甲列車は何処にあるのか、目視で確認しながら砂の海の上を飛んでいった。
―――その先に、何が待っているのかも知らずに。
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砂漠を爆走するハイランダーの装甲列車は、その全ての銃座がまるで火山のように火を噴きながらも止まることなく全速で砂をかき分けながら進んでいく。放たれた銃弾は砂の海を穿つものの、迫りくる大量のカイザーPMCの兵士のようなナニカを止めることは叶わず、運転席の3人は顔を青くしていた。
「ちょっと、これマジでヤバイやつじゃん! もう残弾もほとんどないよ!?」
「うぉーにん、うぉーにん、めにーえねみーいずあぷろーちんぐふぁすと」
「ああーっ! オーバーヒートでエンジンが溶ける、溶けちゃうんですけどぉー!?」
火器管制及び運転担当のノゾミ、警戒監視及び通信担当のヒカリ、そして機関担当のアオバ、3人とも自らの役割を最大限に果たしているが、それでも物理的な限界というのは訪れるもの。先程から撃ち続けた各砲塔は残弾が乏しくなりこれ以上の交戦は厳しく、地上レーダーで表示される敵の数は増え続ける一方、そして全力走行を続けていたエンジンはもはや耐熱限界に到達しようとしている。
つまり、わかりやすく現状を述べればこの装甲列車はもはやお陀仏ということであった。限界を超え、急激に速度を落とし始める車両。最後尾は敵の群れに追いつかれるも、迎撃のための弾薬ももはや存在せず、砲塔は突然沈黙してしまう。
「ああもう、もっと弾薬積んでおけば良かった!」
「いんかみんえねみー!」
そして、敵の集団が最後尾車両へとたどり着き、まるで象を狩るライオンのように群がり始める。その数は車両を覆い隠して余りあるほどだ。
「こうなったら最後の手段! 最後尾車両、切り離すよ!」
「りょーかい、いじぇーくと!」
敵が最後尾車両にまとわりついた見るや、ノゾミは即座に編成を解除し最後尾車両を切り離す。ゆっくりと、しかし確実に最後尾車両との距離が開いていくが、敵たちは切り離した車両が無人なのを察してか、即座に車両を捨てて追撃を始める。エンジンが半ばブローしているこの装甲列車には、それを振り切るだけの速力を出すことが出来なかった。
さらに取り付かれたら切り離す。トカゲの尻尾切りさながらに段々と編成を短くしながら装甲列車は前へと突き進む。しかし、その先に待っているのは砂漠横断鉄道の終端、即ち
「も、もう嫌なんですけどーっ!」
残るは先頭の動力戦闘車だけとなれば、彼女達にはもはや手持ちの銃しか対応するものがなく、アオバは窓から身を乗り出して手当たり次第に引き金を引く。ここに至り、彼女はようやく敵の姿を見ることになるのだが―――視界に飛び込んできたのは、まるで何かに侵食されたかのように肉腫が身体の全体に纏わりつく、醜悪なロボット種族の姿。既に自我は無いようで、両手を突き出しながら自分達を喰らわんとする勢いで迫るその勢いに彼女の顔が引きつる。
「ひぃっ、わ、私を食べても美味しくなんて―――」
生命の危機を感じてたまらず命乞いをしてしまうアオバであったが、それを言い切るよりも前に低く唸るような動作音と共に吐き出された弾丸のシャワーが兵士たちを叩きのめす。曳光弾を追うように視線を向けると、そこには空中で並走するアビドス高校の校章をつけたヘリが居た。
「あれ、アビドス高校じゃん。もしかして、救援要請通信聞いてたのかな?」
「お助けはいつでも大歓迎~」
「た、助かったんですけど……」
橘姉妹が手を振ってアビドス高校の介入を歓迎する中、救援の到着に安心したのかアオバはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。途端、温かい液体が床に広がっていく。
「あれー? もしかしてアオバ……」
「のーのー、気付かないフリをするのが淑女の嗜みだよノゾミー」
「あ、あぅ、あぅあぅあぅ」
アオバの様子に気づいたノゾミは思わず口を開くが、すかさずヒカリがその口をジャストガード。一応アオバの尊厳は守られたが、それよりも問題はアビドスの救援も一時しのぎに過ぎないということである。
ノノミの弾幕で列車から弾き飛ばされた異形の兵士たちだが、撃たれた所で大したダメージは無いようで、砂漠に転がった後しばらくすると再び動き始めて列車を追うのが雨雲号からも確認することが出来た。そのあまりにも気持ち悪い動きに、スコープを覗いいるセリカは顔を青くして叫ぶ。
「あいつら何なの!? めっちゃ気持ち悪いんだけど!」
「撃った時の手応えが全然感じられません! ホシノ先輩、このままじゃハイランダーの人たちが……」
「んー……アヤネちゃん、雨雲号をもっと列車に近づけて。10m位なら、人1人抱えて飛び移る位はできるよ」
「わかりました! ノノミ先輩、迎撃お願いします!」
「りょーかい☆」
ここに至り、通常の攻撃で兵士たちを打ち倒すことは不可能だと判断した対策委員会は、ハイランダーの生徒の救出へと思考を切り替える。ヘリを寄せ、ホシノが乗り込んで3人を順々にヘリへと乗せるというプランだが、誰もホシノが人を抱えて10mジャンプするということにツッコミは入れない。
そして、雨雲号は装甲列車の上につくとノノミとセリカが射撃を行い、列車に取り付く兵士を引き剥がしていく。その隙を逃さずホシノはキャビンから飛び降り、列車の屋根へと着地すると、運転席の窓を割って上半身を突っ込んだ。
「早く掴まって! もうこの列車は持たないよ!」
手を伸ばすホシノだが、一方ノゾミは操縦席に座ったまま動く素振りを見せずに顔だけをヒカリとアオバの方へと向ける。
「……アオバとヒカリから先に行って、私はまだこの列車を止まらないようにしなきゃいけないから!」
「りょーかい、アオバからお先にどうぞー」
「えっ、私からですか!?」
「それじゃ、まずは君から!」
「ひゃあああああっ!!!?」
アオバが引っ張り出され、ホシノはその身体をしっかりとホールドすると、列車の屋根が凹む勢いで踏み込み10mの高さを一気に跳躍。思わずアオバは悲鳴をあげるが、次の瞬間にはヘリのキャビンに放り込まれている。呆然とする彼女をセリカが座席に座らせ、シートベルトを締めさせるとそれを確認したホシノは再び列車へと飛び降りた。
「ほら、次!」
「ヒカリ、行って!」
「……絶対無茶はしないでね、ノゾミ」
車長として、最後まで列車に残るという決断をする妹の覚悟を尊重し、ヒカリは促されるままにホシノの手を握る。そのまま再び跳躍し、キャビンへとたどり着いたその瞬間、スコープを覗いたままのセリカが大声で叫んだ。
「丘陵、大型戦車!」
「そんな、どうして!?」
砂丘の稜線の向こうから姿を見せるのは、カイザーPMCが保有する大型戦車ドロシータイプ。悍ましい肉塊が取り付き、こちらも一目でまともではないということがわかる。
「アヤネちゃん、あと20秒待ってて!」
「ホシノ先輩!?」
時間がないと見るや、ホシノは3度列車の上へと降り立つ。直ぐに運転席に座るノゾミに手を伸ばすと、彼女は待ってましたと言わんばかりにしっかりとその手を握った。直ぐに運転席から引っ張り出して跳躍しようとするが、ドロシータイプからのレーザー照射を受けた雨雲号は回避しようと機体をバンクさせ、結果として列車から離れてしまう。
「あっ、逃げた!?」
「大丈夫、アヤネちゃんは私達を見捨てるような子じゃないよ」
距離を離していく雨雲号の姿にノゾミが思わず声を上げるが、後輩のことを心の底から信用しているホシノは動じない。直後、稜線上のドロシータイプは主砲の高エネルギー砲を発射し、アビドスの空を一筋の閃光が貫く。
「ここですっ!」
だが、アヤネはそれをギリギリのところで機体を滑らせて回避し、急速反転。2射目が来るよりも早くホシノを拾い上げるべく、高度を下げながら真っ直ぐに列車へと高速で突っ込んできた。そして、列車の上にいるホシノと操縦席のアヤネの視線が交差する。
「君、しっかり掴まっててね」
「あっ、ハイ」
その一瞬、僅かなアイコンタクトで意図を察したホシノは、ノゾミを背負うと列車によじ登ってきた兵士の顔面に流れるように、それこそ顔も向けずに弾丸を叩き込んで吹き飛ばした。その様子にノゾミは「この人に逆らうのはやめよう」と心に決める。
ノゾミがしっかりとしがみつくのを確認すると、彼女はさらに2体の兵士を列車から強制的に下車させ、開けたスペースを使い助走をつける。その瞬間、ホシノが何をしようとしているのか気づいたノゾミは顔を青くしたが―――それを無視し、彼女は力一杯跳躍した。
「そぉれっ!!」
「ひゃあああっ!!」
刹那、雨雲号が列車の上をフライパスし、その着陸脚へとホシノはしがみつく。飛行するヘリに相対速度を合わせるという常人離れしたその行いにノゾミは悲鳴を上げるが、それでも振り落とされることなく最後までホシノの背中にあった。
「ノゾミ!」
両手でしっかりとそのフレームに掴まると、キャビンからヒカリが身体を乗り出して手を伸ばしているのにホシノは気づいた。そして、彼女の手はノゾミをしっかりと掴み、キャビンへと引き上げていく。
「アヤネちゃん、ミサイル!」
「緊急回避をします! 皆さん、掴まってください!」
彼女の姿がキャビンの中にすっぽりと隠れたところで、アヤネは雨雲号の高度を上げてこの場を離脱しようとする。しかし、その瞬間を狙ったかのようにドロシータイプからミサイルが放たれ、雨雲号へと2発が向かってくるのが見えた。
セリカがそれを報告すれば、アヤネは直ちに
「おぇっぷ……は、吐きそうなんですけど……」
「ちょ、ちょっと今はやめてもらえないかな!?」
「駄目、避けきれない……! 皆さん、掴まってください!」
顔面に嘔吐される危機にホシノが慌てる中、迫るミサイルを目視していたノノミが悲鳴を上げた。直後、極限まで接近したミサイルの信管は適切なタイミングで作動し、空中で爆発が一つ起こる。衝撃で一瞬前につんのめるが、誰一人振り落とされることはなく雨雲号は飛行を続けていた。
「っ……! 大丈夫、ダメージは大きくありません! このまま離脱します!」
アヤネはダメージを受けた機体のコンディションを確認するが、一先ずは油圧計等飛行に重要な計器に異常は見られない。何とか窮地を切り抜けたことに安堵しながらも、第2射が来ないように匍匐飛行を続け、丘陵を飛び越えた所で彼女達はようやくほっと一息つき、座席に深く沈む。
「あー……ええっと、その、助けてくれてありがと」
「うへ、まあこっちも下心があってのことだから、そう素直にお礼を言われるとちょっと良心が痛むかなぁ」
ようやく落ち着いたところでノゾミが装甲列車の車長として礼を述べると、ホシノはバツが悪そうに頭を掻きながら応えた。ハイランダーからの謝礼目当てという当初の目論見は予想以上にヤバイ事態の前にすっかり吹き飛んでしまい、今はあの異形の集団をどうするのかということを考えることが精一杯だ。
あれは一見するとカイザーPMCの兵士のように見えるが、肉腫にまみれたその姿は兵士というよりも怪物、獣の類と言える。それに、非常に打たれ強く、普通のオートマタ兵士であれば機能停止するような一撃を受けても数秒もすれば再活動を始めるというのは厄介極まりない。
アルファ・ワームという未知の感染症の事を知らぬままの彼女達にはそれ以上のことは分からず、あれがどれほど危険な存在なのかを理解することは出来なかった。もし知っていたのならばこの時点で
―――それからしばらくの後、雨雲号の信号はアビドス砂漠の一角で途絶える。果たしてそれが撃墜されたものなのか、それとも機体の損傷で不時着を余儀なくされたのか。戒厳令が敷かれる混乱の中、それに気づくものは誰も居なかった。
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緊急放送を終え、リンとカヤ、そして
それでも、かつて地球で流行したときよりかはずっとマシだ。あの時は薬もなく、核で地域一体を焼き払うか、衛星からの高出力マイクロウェーブで地域の全生命体を抹殺するかの2択―――浄化するという前提なら実質1択―――しかなかった。それが、今では予防と一定レベルまでは治療が可能なのだから、技術の進歩とそれを主導した父親には頭が下がる思いである。
話は戻り、シャーレ本部ビル―――通称ホワイトハウス―――は今や連邦生徒会の仮本部として現在のキヴォトスの行政を滞らせぬように機能していた。いくらかの部署は他の拠点に移ってはいるが、ネットワークで接続されているため会議等を行うには不足はない。また、連邦生徒会長代行たるリンと、対抗たる防衛室長のカヤがシャーレで協同して事態に当たっていることからも、ここが対策本部として機能していると他学園等から認知されていた。
「まずはワクチンの数量確保ですが、一体どれほどまで製造できるのでしょうか」
”ミレニアムでの量産開始には時間がかかるが……クラフトチェンバーでの製造なら、おおよそ1万人分は確保できるんじゃないだろうか。資材さえあればもっと作れるが、クラフトチェンバーに使えるのは通常の資材じゃないからな”
「連邦生徒会長が残した遺産がこのような形で役に立つとは、あの人はどこまで事態を想定していたんでしょうかね」
「……それはわかりません。ただ、あの人は我々とは違うものを見ていたのだと改めて実感しますね。あの3Dプリンターがこのように役に立つとは、正直思ってもいませんでした」
休憩室で一服しながらも、これからの方針について話し合う3人はそう言って窓の外を眺める。まだ空は透き通るほどの青さを保ってはいるが、その下ではどれほどの混乱が起こっているだろうか。さらに視線を下げていけば、シャーレビルの周囲を囲むように警護するヴァルキューレの生徒達と、シャーレに住まう元不良達が築いたバリケードが視界に入る。
「あのお方の帰る場所を守るのです」とワカモが主導して作り上げた急造の要塞ではあるが、その完成度は高く隠顕式のターレットも複数存在するため、何かあった時のための最終防衛線としては申し分ない能力を持っていた。サンクトゥムタワーから帰還した
「ゲヘナ自治区とトリニティ自治区でどの程度感染者が確定するのか、それで封じ込めの難易度が変わります。私としてはゼロであることが好ましいですが……それは楽観がすぎるでしょうね。まったく、厄介なものですよこれは」
「それに……あの時、変異した生徒には一切の銃弾が通用していませんでした。唯一、
封じ込めについて考えるカヤに対し、感染変異者を間近で見たリンは
感染変異者がどの程度出現するのかわからない以上、最低でも行動不能に持ち込めるだけの戦力がなければ封じ込めなど机上の空論に過ぎない。
「……ああ、もしかしたらですよ、あの薬を変異者に使えばもしかしたら効果があるかもしれません。寄生虫には駆虫薬を服用するのが一般的ですし、どうでしょうか?」
「………」
”…………”
「あ、あの、私何か変なこと言いましたかね?」
そんな状況でふと何気なく対策手段を提案するカヤに対し、リンと
”その発想は無かった!”
「えっ」
”ワクチンを予防のためではなく攻撃的に使用する……どうして私はその考えに至れなかったんだ。流石だカヤ、君は優秀だな!”
「えっ、あっ、はい」
こうして休憩室において対策の新たなステップへと踏み出したのと時を同じくして、シャーレビル前の防衛線では担当していたヴァルキューレの生徒が突然の来訪者に困惑しながら一斉に銃を構えていた。彼女達の視線の先にあるのはカイザーPMCの旗と白旗を両方掲げた1両の多目的車で、運転席に座る兵士の他に後部座席に高級将校らしきロボット族の姿が見えた。
「私はカイザーPMC指揮官代理のカーネルだ。連邦生徒会及び連邦捜査部シャーレに対し、話し合いの場を求めにきた」
「どうする?」
「勝手に追い返すのも問題だよなぁ……」
ヴァルキューレの生徒達にとってカイザーはムカつく上に面倒な相手である。先の第三分校崩壊の件もカイザーが関与しているというのはヴァルキューレの中でも公然の事実として扱われており、それ以前から様々な違法行為をもみ消させれられた上級生の立場からすれば塩を撒きたいところであったが、この状況では私怨でそういう決定を下すことは出来ない。
「……こちら正面玄関前、
結局、正面を警備している部隊を率いている警備部の3年生は対応を上部たる連邦生徒会及び連邦捜査部シャーレへと投げることにした。この状況では情報を持っている上の人間が判断すべきだというもっともな理屈である。もっとも、突然その話を持ってこられた上層部―――つまり、連邦生徒会長代行及び防衛室長、そして連邦捜査部シャーレの先生の3名は突然の事態に顔を見合わせ、揃ってしかめっ面をする羽目になった。
”一体何を企んでるんだ?”
「しかし……カーネル、ですか。確かあの人物は実働部隊の指揮官として優秀な人物ですが、政治が出来るような器ではありません。つまり、経営には不向きなタイプです。そんな彼が指揮官代理を主張して我々に話し合いを申し入れたということは、カイザーグループそのものに何かが起きたと考えるのが自然でしょう」
「なるほど」
カーネルという男が話し合いを持ちかけてきたことに疑問を抱かざるをえない
少なくともカーネルにはジェネラルのような権謀術数を行うことは不可能であり、彼がPMCを代表して出てきた時点でグループの統制が乱れていると推測するカヤの言葉に、リンと
「私としては話程度は聞いても問題ないと思います。ジェネラルやプレジデント、それに元理事と違い彼は嘘をつけないと思いますので」
”ふむ、わかった。話し合いを受けると伝えてくれ”
カヤの説明を聞いた
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「はじめまして、マイケル・ウィルソン殿。私はカイザーPMC指揮官代理のカーネルと申します」
”こちらこそはじめましてだ、Mr.カーネル”
シャーレの応接室で互いに握手を交わす大人二人。互いに笑顔だが、その目は笑っていない。
「今回、私がこうして貴方方と話をしようとしたのは、先程出された戒厳令が大いに関係しているからです」
「……」
戒厳令が出されたからやってきた。そう主張するカーネルの言葉に、戒厳令を出した張本人であるリンは少々渋い表情を浮かべる。彼は一体どのような主張をするのか、カヤと共に固唾を飲んで見守る他無かった。
「戒厳令で立ち入りを規制されたアビドス砂漠ですが……あそこには我々カイザーPMCの駐屯地が存在し、現在1個大隊の兵力が駐留していました。しかし、今朝からアビドス駐屯地とは一切の応答がなく、彼らの現状は不明なままです」
”!!”
カーネルの発言を受け、
まだ言いたいことがありそうなカーネルを決して遮ることがないように、彼は平静にあろうと務めていたが―――正直な所、動揺はリンとカヤにはバレバレだった。
「また、先日からプレジデントが現地を視察に訪れていて、こちらとも連絡が取れません。我々としても詳細は不明ですが、砂漠で興味深いものが見つかったという話ですので少数の側近と共に向かったと聞いています」
「プレジデントまでも……」
「……それで、あなたは何を望むのでしょうか?」
カーネルの話は衝撃的なものばかりで、
この状況下でカーネル―――カイザーPMCが何を狙っているのか、それがわからないためリンはおずおずといった様子で尋ねるのだが、その回答は彼女達の予想とは真反対のものだった。
「捜索救助のためにアビドス砂漠への立ち入り許可をいただきたい。それが不可能ならば、アビドス駐屯地の現状確認と社員たちの救助をあなた方にお願いしたいのです」
「………」
”………”
あまりにも真っ当な要求に、カイザーの無法に慣れ親しんだ3人は互いの顔を見つめ合う。こいつは本当にカイザーの人間なのかとカヤすら思った程だが、ジェネラルと同型の機体である彼が真剣な眼差してこちらを見ているあたり、マジだと判断せざるをえない。
思わず拍子抜けしてしまうが、何にせよ正面から申請している以上、連邦生徒会はこの事案に当たる必要がある。カヤは顎に手を添えていくらか考え込んだ後、顔を上げてカーネルを見る。
「緊急放送で話したように、アビドス砂漠等は高レベルの汚染地域として立ち入りが制限されています。何の対策もなく踏み込めばまたたく間に感染症に倒れるでしょう。幸い、シャーレの先生が用意したワクチンがあるため接種した人間ならば汚染地域に立ち入る事も可能です」
「つまり、そちらの兵力で捜索救助にあたってくれる……そういうことでよろしいか」
「はい、感染拡大抑止のために何卒ご協力をお願いします」
「……了解した。では、我々からはアビドス駐屯地及び周辺施設の座標を提供しよう。プレジデントは隠しておきたかっただろうが、私からすれば部下の命のほうが大事だ」
カイザーの数々の無法を主導したプレジデントの意向より、自らの部下の安全を尊ぶカーネルの態度は
「私の部下をお願いします、シャーレの先生」
そう言い、深々と頭を下げるカーネル。何とも予想外の事ではあったが、アビドス砂漠の実情を知れたことは大きい。アビドス砂漠の状況確認と感染拡大を抑止するための対策、2つのプランを同時に進めるべく、彼らは協議を重ねるのであった。
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アビドス砂漠へ向かう事が決定したとして、次に問題になるのはどの程度の兵力を誰の指揮で向かわせるかという点である。アビドス砂漠は広く、カーネルからもらった座標があるとは言え駐屯地と周辺施設は決して隣接しているわけではなく、相応の距離が離れているため少数部隊での捜索は時間がかかるのだ。
さらに、アビドスに駐屯している1個大隊との連絡が途絶しているという情報は彼らが変異者となっている可能性を想起させるには十分で、そうなれば現状有効な対抗手段を持たない生徒達を現場に出すのは気が引けるというもの。しかし、結局のところアビドス砂漠の問題を解消しなければキヴォトス中に感染が拡大する以上、何もしないという選択肢は最初から無い。
「それで、我々の力を借りたいというわけですか」
”まあ、有り体に言えばな”
最終的に連邦生徒会防衛室及び連邦捜査部シャーレはSRT特殊学園に支援を要請することとなり、何時もの3個小隊がその任務に就くことになった。特にHOUND小隊のヘリは大型で輸送力にも優れるため、このような任務では重宝される。
そういう訳で呼び出されたFOX、HOUND、RABBITの3小隊はシャーレでブリーフィングを受けるわけだが、何とも納得しがたいといった感じの渋い顔を浮かべている。最年長者のユキノは表面上冷静だが、それ以外の面々は先程から眉間にシワが寄りっぱなしであった。
「アルファ・ワーム感染変異者……銃弾が効かないって、それじゃあ戦いようがないじゃないか! 私達は奴らの餌じゃないんだぞ!」
「サキの言う通りですね、私達は自殺する予定があるわけではないので」
「食べられるなんて真っ平ごめんよ!」
サキ、アリア、クルミと最前線に赴くポイントマン3人が文句を言うが、それは当然のことだろう。銃弾が効かないバケモノと対峙するなど、誰であってもやりたくないものだ。
”現状、ワクチンの攻撃的使用により変異者への効果が得られるのではという発想に基づき装備を開発しているところだ。それと、メタルウルフの武装には対変異体用のものがあるから私も同行するつもりだ”
「うーん……」
「せめて銃弾にワクチン成分が注入できればなんとかなるんだけどねぇ……一々注射を刺して回るなんて、面倒極まりないよ」
「そうそう、タエコの言う通り。注射しかないなら私達みたいなスナイパーなんて役に立たないからね。例えばさ、アロマ弾みたいにコアの中に液体を充填するとかあるじゃん? それみたいに、中に薬液を封入するとか」
”……アロマ弾?”
「あれ? 先生は知らないのかな。えーっとね、アロマ弾っていうのは―――」
聞き覚えのない単語を聞き返す
目標に命中して弾丸が損壊すると、内部に封入されたアロマオイルが周囲に香りを広めていくもので、銃撃戦にほんの少しの変化を与えるもの。弾丸が基本的に貫通することがないキヴォトス人ならではのアイテムと言えるだろう。地球人相手ならホローポイント弾と同程度の殺傷能力を発揮する代物であった。
”……作れるのか?”
「自作キットっていうのがあるからね、自分でアロマオイル調合して弾丸に注入、ハンドロードする奴。私の使う.50BMGも対応してるのがあるよ」
「私の使う散弾銃にも、スラグ弾でそういうのがありましたね」
ワクチンの攻撃的使用について考案していた
”直ぐに制作に取り掛かろう。そうすれば今回の任務に取り掛かれるはずだ”
「それならSRTの設備を使えばいいんじゃないかな、ねえユキノ?」
「……ああ、SRTにはハンドロードするためのラインがある」
こうしてSRT特殊学園で対アルファ・ワーム用弾薬の製造が決まり、そのためにFOX小隊とRABBIT小隊は準備のためにSRT特殊学園の校舎へと一旦移動することとなった。また、対アルファ・ワーム用弾薬の製造に伴いクラフトチェンバーで作ったワクチンの1/3はそちらに移動させる事となったが、もし本格生産することに果たしてどれほどの量が必要になるのか、再計算する時間すら惜しい。
「弾丸が完成するまで待機というのは面白くないな。HOUND2、HOUND3、HOUND4! トレーニングを行うぞ、さっさとパンツを上げて射撃場へ集合!」
「やれやれ、うちの隊長は本当に体育会系だよねぇ」
「そもそも特殊部隊というものが体育会系だろう、タエコ」
「あはは、違いないね」
弾丸完成まで待機という状況に暇を持て余したトミは、チームメイトと共に訓練を行おうと大声を張り上げて立ち上がる。相変わらずの隊長の態度にカズミとタエコの2人は苦笑しながらもアリアと共に立ち上がろうとしたまさにその時、勢い良く引き戸が開いて一人の生徒が駆け込んできた。
その場に居た全員の視線が肩で荒く呼吸する生徒に集中する。セミロングの銀髪、夏だと言うのにマフラーをしたその生徒の名は砂狼シロコ。本日のシャーレの当番だ。
「はぁ……はぁ……先生、大変なことになった」
”何が起きた?”
呼吸を整えながら顔を上げるシロコの姿に、流石の
「アビドスのみんなとの連絡が途絶えた。モモトークも、電話も通じない……アビドスで何かが起きたに違いない」
”
予想通りの碌でもないことが起きたという事実に悪態をつきながらも、彼は冷静な部分でこういう時にどうすればいいのかを考える。こういう時に役に立つのは連邦生徒会のセントラルネットワークで、各人の持つ端末の現在位置を確認するという手法が使えた。これは以前、セリカ誘拐の際にその所在地を明らかにするのに使ったものだ。
”アロナ、頼む”
『お任せください!』
そういうわけで即座にアロナに捜索を依頼すると、彼女はそれを想定していたのか一瞬で地図上に位置情報をマークする。そして、その場所を確認した彼は頭を抱えた。
アビドス砂漠。立ち位置禁止に指定したはずの場所に、
だが、次の問題は彼女達が
”直ちに出動する。HOUND小隊は私と一緒にアビドス砂漠で遭難しているアビドス高校の生徒を救出するぞ。アロナ、関係各所との連絡のサポートを頼む”
「まったく、厄介事ばかりだな!」
『了解しました! それと、今回の作戦は「緊急発進! アビドスからのSOS」作戦と命名しますね!』
”好きにしてくれ。それとシロコ、一緒に来てくれるよな?”
「うん、大丈夫」
かくして、想定よりも早く準備不足のままにアビドス砂漠へと出撃を決める
To be Continued in Episode4 ”
アルファ・ワーム汚染を食い止めようとするシャーレと連邦生徒会ですが、どうにもうまく行かないことばかり。新たにアビドスでの大量感染者が現れる中、彼女達はこのキヴォトスを守り切ることが出来るのでしょうか。