アビドス砂漠の一角、砂丘の陰となっているところに1機のヘリが傾きながら着地している。そのテールローター近辺はいくつもの被弾痕が見え、ローターブレードは途中で引き裂かれたのか長さは均一ではなく、その断面はまるで千切れたかのようだ。
機内は無人で、キャビンから降りたであろう乗員のものらしい足跡が複数、砂の上に残っている。風にかき消されていないということは、それが出来てあまり時間が経っていないということ。足跡を辿っていけば、機体から1kmほど離れた地点を7つの人影が身を寄せ合って歩いているのが見えた。
「はぁ……はぁ……も、もう少しペースを落としてほしいんですけど」
「これ以上ペースを落とすと日没までに市街地に戻れませんよ? ほら、肩を貸してあげますから」
「……だって。諦めて歩くしかないねぇ~」
「すたんど・ばい・みー」
痛みと疲労でもう限界といった様子のアオバに、ノノミは肩を貸しつつ激励する。その横では橘姉妹が茶化すように笑いながらしっかりと砂を踏みしめたが、それが空元気であるのが傍から見てわかる。謎の敵集団の攻撃と、それを切り抜けた後で砂漠のド真ん中で不時着してからの脱出行、疲れていないわけがない。
「ごめんなさい、あのミサイルを避けれてればこんなことには……」
「大丈夫大丈夫、あれは不可抗力だっていうのは理解してるから」
「悪いのはあの連中ー」
申し訳なさそうにアヤネが頭を下げるが、橘姉妹はそれを気にしないと言って笑う。あのミサイルはどうあがいても回避不能で、寧ろその場で火の玉にならなかった幸運を感謝するべきだろう。ドロシータイプの主砲を見事に回避した彼女の操縦の腕前は、ハイランダーでもトップクラスの運転技術を持つ橘姉妹から見ても見事なものだった。そんな彼女が回避できなかったのだから、それは仕方のないものだと2人は考えていた。
ミサイル攻撃を受けて雨雲号が被ったダメージは当初の予想よりも大きく、いくらか飛行を続けた後に被弾で脆くなっていたテールローターが遠心力で破断、飛散した破片がメインローターやドライブシャフトを傷つけ、ついには飛行不能に陥ったのだ。そんな状態であるにも関わらず砂漠に無事に不時着できたのも、アヤネの操縦技術が優れていた証左と言える。
それから彼女達はサバイバルキットを手に、遥かアビドスの市街地を目指して行軍を行っていた。一応、30km程度歩けばアビドスの市街地の端には到達できるはずで、その程度ならば言うほど時間はかからない―――というのが当初の見通しだったが、ハイランダー組はアビドス組ほど逞しくなかったのは想定外。その行軍速度は想定の6割程度にとどまっていた。
「一応、水がなくなるまでにはたどり着けると思うけど……大丈夫?」
「大丈夫よホシノ先輩、けが人もなしで砂嵐も起こらず、コンパスもあるんだから」
「そっか、そうだよね……」
随分と後輩たちやハイランダー組の様子を気にしながら、ホシノは先行したり後方からの追撃が来ないかの警戒を繰り返している。心配性を越え、もはや神経質になっていると表現できるほどだ。セリカは笑い飛ばすが、ホシノの表情に笑いはない。
「とにかく、市街地につかないことにはどうしようもありませんね。水にしろ、連絡にしろ……携帯も今はつながりませんし、どうにかして救助要請を出さないと」
墜落直後からスマホは繋がらず、雨雲号の無線機は故障。だからこそ彼女達は強い日差しがあろうとその場に留まるという選択肢は取れなかった。それに、かなり距離を離したとは言えあの獣の群れが追ってこないとも限らない。ホシノが後方を気にするのはそういう理由もあった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「頑張ってくださいアオバさん、あそこの丘陵の先で休憩しましょう」
「も、もう厳しいんですけど……」
さらに歩くこと1時間、アオバはもう限界が近いと言った様子で足を引きずるように歩いている。日差しは強く、砂漠の気温は極めて高い。慣れてない人間はあっという間に体力を消費してしまうのも仕方がないことと言えるが、それにしたって消耗し過ぎである。
アビドス組としても救助しにきたという建前がある以上置いていくわけには行かず、なんとか彼女を落伍させることなく前進を続けるのだが、ただでさえ遅い行軍速度がさらに下がるというのはよろしくない。その一方後方を警戒するホシノだが、陽炎揺らめく丘陵の上に何か動くようなものが見えた気がして、目を細めて集中すると―――丘陵の上、空と交差するあたりに動くものが見えた。
「待って、後方から何か来る! 数は10、みんな構えて!」
「まさか追ってきたの!?」
「あまり予備弾はありませんよ……!」
迫ってきたのは、四つん這いになって猛烈な勢いで這い寄ってくるカイザーPMCの兵士。肉腫塗れの、列車を襲った集団と同じタイプ。ホシノの号令のもとセリカとノノミが銃を構えるが、あの敵に銃弾が禄に通らないというのは先程実証済みで、果たしてまともに戦えるのかという不安が過る。
だが、相手は待ってくれない。砂をかき分け、敵は直ぐそこまで迫っている。もっとも有効射程が長いセリカが先制射撃を仕掛けるが、頭部に命中した所で敵は足を止めなかった。続けてノノミの掃射が始まるものの、足止めが可能なのは僅かな時間。
「ホシノ先輩!」
「ああ、もう!」
飛びかかってくる兵士にシールドを展開し、シールドバッシュで対抗するホシノ。弾き飛ばされたその土手っ腹にAPスラグ弾を叩き込むが、それでひっくり返ったとして数秒後には復帰するだろう。しかし、続けて別の兵士が飛び込んでくる。
「ガアアアッ!」
「だああっ!」
「ギャアッ!?」
シールドの縁でその顔面を勢い良く殴打するが、これも致命打には至らない。物理的に吹き飛ばして距離を離すしか手段がない中、絶望的な遅滞戦をアビドスの生徒達は繰り広げていた。
たったの10体、何時もであれば瞬きする間に全滅させることだって出来る。しかし、この敵はそういうものではない。セリカの狙撃も、ノノミの弾幕も、ホシノの格闘も、全てが致命打にならない以上、延々と戦いを続けることになる。そして最後にはスタミナ切れからの全滅という未来が待っているのは明らかだ。
「これが最後のマガジン!」
「こっちも、予備弾はもう……!」
(ここまでかな……シロコちゃん、先生、ごめん……)
もはや打つ手がない中、ホシノは心の内でシャーレの当番として不在のシロコと、
―――そんな彼女の願いは、思いもよらぬ形で叶うことになる。
「グギャッ!?」
「……!?」
「誰……!?」
自分たち以外の誰かの介入、それを成した人物が誰なのか確認するために顔を向けるホシノの表情が凍りつく。続けて、ノノミ、セリカ、アヤネとアビドスの生徒達は信じられぬといった様子で目を見開いた。
「――――――」
そこに居たのは、黒いドレスに身を包んだ一人の生徒。腰まで届くほどの長い銀髪と、狼の耳をしたその特徴にはどこか見覚えのあるもの。手にした黒いアサルトライフルの装飾も、その色以外は彼女達にとって馴染みのあるものだった。
「シロコちゃん……?」
無意識に漏らしたホシノの声に、その生徒は僅かに視線を向ける。どこか懐かしさを感じているような表情が見えた気がしたが、次の瞬間にはその生徒は兵士たちの中へと飛び込んでいった。
「あっ……」
危ない。そう言おうとしたホシノだが、それよりも早くシロコに似た生徒は次々に兵士を撃ち倒していく。先程まで自分達の攻撃は通用しなかったはずなのだが、どういうわけか彼女の攻撃は通るらしい。
喉元に食らいつこうとした敵の顎を蹴り上げ、剥き出しとなった胴体に銃口を押し当て一発。打ち上げられた敵が地面に落ちるまでの僅かな時間に、左右から飛び込んでくる敵にそれぞれ狙いを振って引き金を引き、空中で被弾した怪物は力なく地面に顔面から飛び込んでいく。そのまま動かなくなった敵を飛び越え、向こう側で腕を振り上げる敵がそれを振り下ろすよりも前にヒールを顔面に叩きつける。
流れるように5体を処理し、それでいて無傷。汗の一つもかいていないという圧倒的な結果に、ホシノは呆然と立ち尽くす。
(―――あれが、本当にシロコちゃん?)
ホシノの記憶にあるシロコは、これほどまでに圧倒的な強さを持っていない。彼女は身軽なフットワークと足癖の悪さを合わせたインファイトが得意ではあったが、まだまだ荒削りで隙も大きいはずだった。だというのに、眼の前の生徒は
「……レベル1の感染変異体、この程度ならまだ抑え込める」
シロコらしき生徒はそう呟くと、さらに飛びかかってきた敵感染体に回し蹴りを一発。兵士の首が飛び、残された胴体はその場に倒れ込むが、こびり付いた肉腫が蠢き身体がまだ動けると言わんばかりに手を伸ばす。だが、そうはさせぬと言わんばかりにハイヒールで肉腫を踏み抜き、蠢く肉塊が弾け飛ぶ。
あまりにもバイオレンスな戦い方に、セリカは顔をひきつらせてノノミは顔を青くする。橘姉妹は突然の事態に理解が追いつかず、アオバはそもそもグロッキー状態のため状況を把握できていない。そしてアヤネは―――
「し、シロコ先輩……?」
怯えた様子で、感染体を駆逐していくシロコらしき姿を目で追う。アビドス生の中でもっとも直接戦闘に慣れていない彼女にとっては、あのシロコらしき人物の戦い方はあまりにも刺激が強すぎた。
「これで最後」
アヤネの視線の先で、最後の一体の顔面に拳銃を用いて弾丸を叩き込むシロコ。彼女が手にする拳銃にアヤネは驚愕する。シルバーのフレームのP229、それは自らの愛銃「コモンセンス」と同一のモデルのように見えたのだ。
「先輩……その銃、一体……どこで手に入れたんですか……!?」
疑問を思わず声に出してしまったアヤネは咄嗟に自らの口をふさぐが、一度口から出たものは覆らない。ゆっくりとこちらへと顔を向けるシロコの視線に、彼女達は凍りつく。
そこに宿っているのは、まるでぐつぐつと滾るマグマのような怒りの色。一体何にそこまで怒っているのか、皆目検討がつかない。そのまま見つめ合うこと数秒、シロコは僅かに目を伏せる。その表情には、悲しみが滲んでいるように見えた。
「ね、ねえねえ、あの人が助けてくれたんだからお礼の一つでも言うべきなんじゃ……?」
この場に漂う重苦しい空気を変えようと、ノゾミがあえて口を開く。アビドス組とは違いあの生徒をシロコとして認識していないハイランダー組にとって、彼女はまさに窮地を救ってくれた人物である。お礼をしたいというのは一応、本心からのものといえるだろう。
それにつられるようにホシノ達は一瞬チラリとノゾミ達のほうへと視線を向ける。確かに助けられたのは事実とはいえ、彼女は一体何なのだろうか。本当にアビドス高校の2年生である砂狼シロコなのか、それがわからない。
「え、えぇっと、シロコちゃん……だよね?」
その確認を含め、ホシノが意を決して声をかける。とはいえ、警戒は続けているためやたらと恐る恐るといった感じで、あまり褒められるような挨拶の仕方ではない。対して相手側は顔を上げると、すっと目を細めてホシノを見つめた。
「……ここでも、こういう運命なんだ」
「えっ、今なんて……?」
シロコが小さく呟くが、その内容までは聞き取れない。思わず聞き返そうとするホシノであったが、顔を上げた彼女の返答は―――
「ちょ、な、なんなの!? シロコ先輩、冗談にしては―――」
「―――なら、ここで終わらせるのが救いになる」
「セリカちゃんッ!」
突然銃口を向けられ、セリカはたまらず声を上げる。しかしシロコはそれに答えることなく、引き金に指をかけ―――同時に、ホシノが間に割り込んで盾を展開させた。直後、銃声が砂漠に鳴り響き、弾丸は鈍い音と共に盾によって弾かれる。
「ちょっとおいたが過ぎるね、シロコちゃんさぁ……!」
何とか受け止めたものの、その衝撃の強さにホシノは僅かに顔をしかめる。だが、セリカを撃とうとした、実際に引き金を引いたという事実を前に、シロコに対する彼女の怒りが爆発。アドレナリンが大量に分泌されて身体能力にブーストがかかり、上がった身体能力に引きずられるように好戦的な笑みを浮かべながら彼女は眼の前のシロコへと飛びかかった。
残弾は残り少ない。ならば、肉弾戦での制圧がこの場での最適解。ホシノは自身の戦闘能力に対する絶対の自信のもと、シールドバッシュと見せかけてミドルキックを放つ。何度もシロコとは模擬戦をしているが、基本的に近接戦闘はシールドを起点として行っていた以上
「ん……それは見え透いている」
「嘘ッ!?」
しかし、完全に決まるはずの蹴りは振り切る前に
「抵抗しないで、自分を失う前に楽にしてあげるから。それがせめてもの慈悲」
「何言ってるのかわからないけど……!」
「ホシノ先輩ッ!」
ホシノの脚を掴んだまま銃口を向けるシロコだが、そこへ残り僅かな弾丸を使いセリカが割り込む。顔面狙いの狙撃で狙いは完璧であったが、ほんの少し身体を後ろに下げることで回避されてしまう。しかし、それで注意が逸れた隙をノノミは逃さなかった。
「シロコちゃん……!」
「ノノミ……無駄な抵抗はしないほうがいい」
流石に7.62mmのシャワーを浴びたくは無いのか、ノノミの掃射を回避するためにシロコはバック転で飛び退く。その身のこなしは鮮やかで、着地もまったくブレがない。トリガーを引き続けるノノミだが、突然彼女のミニガンは銃声がしなくなり、銃身だけが虚しく回る。弾切れだ。
続けてセリカも引き金を引くものの、カチリという音がするのみで銃口からは何も出ない。ここまでやったというのに彼女にかすり傷の一つも与えられなかった事に2人は歯噛みする。
そして残弾を使い果たした状態でシロコと対峙する3人。こうなってはもはや一方的な状況になるばかりなのだが、シロコはどういうわけか動こうとしない。彼女はその頭についている狼の耳がぴくりと動いた後、遥か空の上を見上げた。
「………」
「え、何? 何なの?」
「何か、空に黒い点が……」
こちらに残弾が無いとはいえ、それはあまりにも無防備が過ぎる。一体全体何があるのかと気になり、アビドス組やハイランダー組もつられてそちらに顔を向けた。目を細め、何か変なものが見えないか―――そう思っていると、空の青色の向こうに黒点があることに気づく。
それは段々と近づき―――人の形をしていると気づいた時には、もうそれは目と鼻の先まで迫っていた。そして、その正体もはっきりとする。
”Yeahhhhhhhhhh!!”
「うわあっ!?」
「きゃあっ!」
遥か空の向こうから、猛烈な勢いで自由落下―――否、全力でダイブしてきた人型。その正体とは、
―――数分前、現場から数十キロは離れた先の空を進む1機のヘリ。機体直下にメタルウルフをマウントしたまま飛ぶHOUND小隊のXAH-12は、上空1000メートルの高さから砂漠を見下ろしている。
搭載された高度な各種センサー及びレーダーは通常であれば、砂漠のような遮蔽の無い環境で活動している人間をかなり広い範囲で捕捉することが出来る。しかし、どうにも強力なECMが砂漠を覆っているようで、レーダー画面は先程から不鮮明な反応しか示さなかった。
そのため、パイロットであるカズミは高倍率のサーマルカメラを使って砂漠に人の反応がないか確認をしているのだが―――アビドス砂漠は広大で、正直な所目視確認だけで調べ上げるのは不可能に近い。
「……くそ、確認できない」
「このあたりの筈なんだが―――待て、ヘリの墜落地点を見つけたぞ」
カズミの隣、副操縦士席に座るトミはカズミが見ているのとは別のカメラを使って捜索を続けていると、砂漠に不時着している雨雲号をついに発見した。機体形状は原型を保っており、ほぼ着陸に近い形で砂漠に降りたのだろうと推測できる。
「先生、アビドスのヘリを見つけた。座標データを送る」
『”了解した、こちらでも確認する”』
メタルウルフの中にいる
『”BINGO! 一行を見つけたぞ! だが、どうやら襲われているらしい……こうなれば私が先行する他無い。切り離してくれ、このまま行くよりは早く到着する筈だ”』
「わかった、頼むぞ先生」
一刻を争う状況では僅かな時間も惜しい。そのため、彼女達が
「みんな……無事で居て」
その光景を窓から見ていたシロコは、彼が向かう先の砂の大地をじっと見つめる。仲間たちが無事であることを祈るしかない現状は、彼女にとって辛いものであった。
砂塵が収まった後、その場には巨大なクレーターが残されていた。中心に鎮座するメタルウルフ以外の姿は見えず、皆砂の下に埋もれてしまったらしい。何箇所かでもぞもぞと砂が動き、しばらくしてからまずはホシノが砂の下から顔を出す。彼女は口の中に大量の砂が入ってしまったようで、顔を出すなりぺっぺと砂を吐き出す。
「ぺっぺっ! ああもう、なにすんのさ先生!?」
”
「それで済む話じゃないでしょ!」
「アオバ、どこー?」
「あ、ここに手応えあるよヒカリ」
「おっけい、よいしょー!」
2人に掘り起こされ、砂の中から引っ張り出されるアオバ。すっかり目が回っているようで、ぐったりとしたまま頭を垂れてその頭上にはヘイローの輝きは見えない。
とりあえず全員の無事が確認されたことでアヤネはホッとするが、よくよく見てみれば1人足りない。首を振って周囲を確認してみるものの、それは気の所為ではなく実際にそうだということが分かった。
「シロコ先輩は……」
「あっ、そうだ! ねえ先生、シロコ先輩が突然私達に襲いかかってきたの、信じられる!?」
”シロコが? 何を言っているんだセリカ”
アヤネの言葉で先程までの戦いを思い出したセリカは
しかし、
”どういう事だ?”
思わず
”……!?”
「………」
驚きと共に彼女を視界の正面に捉えると、確かに彼女の容姿はシロコを思わせるには十分な説得力があると彼も感じた。ただ、シロコと比べると少々年上のようにも見えることもあり、もしかしたら彼女はシロコの姉ではないかという考えが過る。
とはいえ、彼女がアビドス組に襲いかかったという話を考えると、やはりその正体は謎という他あるまい。この状態でとれる対応はいくつかあるが、いかに
「先生、何考えてるの!?」
「危険すぎます!」
”まあまあ、私にいい考えがある”
生徒側からしてみれば、突然生身の体をさらけ出すという暴挙を行う
しかし当人からしてみればアロナの絶対防御もあるため、全く危険というわけではない。気を取り直してシロコに似た生徒と向き合うと、彼女はぽかんと口を開け、目を見開いたまま硬直して動かない。
「……違う、けど似ている」
”Huh?”
彼女が小さく何かを呟いたのを彼は見逃さなかったが、メタルウルフの集音マイクがアクティブになっていない事もありその内容を知ることはできず、一応聞き返すものの当然ながら返答はない。警戒されているなと肩を竦めると、その様子を見たシロコに似た生徒は眉をひそめ、唇を噛む。
「…………」
”だんまりを決め込まれても困るんだがね……私はマイケル・ウィルソン。連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問を務めている。君の名前を聞きたいが、どうだね? 答えてくれないだろうか”
「!!」
「……マイケル・ウィルソン」
”ああ、そうだ”
「マイケル・ウィルソン……シャーレの先生……」
「ど、どうしたんでしょうか……」
「わ、わからないわよ。急に撃ってきたと思ったら、今度は先生の顔を見て何を悩んでいるの?」
その一方、ノノミとセリカは漆黒のシロコの態度の変化に困惑し、互いに顔を見合わせる。もはや戦う手段のない彼女達には
また、気絶しているアオバを覗いたハイランダーの2人も同様で、彼女たちに至っては場の空気に飲まれてしまい言葉を発することも出来ずに居た。幸い、漆黒のシロコに狙われることもなかったので結果としてはオールオッケーというところだろうか。
「私は、私の為すべき事は……!」
そして漆黒のシロコが顔を上げ、
「私の使命はアルファ・ワームの駆逐……シャーレの先生と戦うことじゃない」
”待て、君は何故それを知って……!?”
背を向け語る漆黒のシロコ。だが、出て来た名前に
詳しい話を聞きたい
「……彼女たちはもう感染している。先生、あなたはどうするの?」
”あ、おい……!”
次の瞬間、漆黒のシロコは空間に開いた裂け目に飛び込み、皆の眼の前で姿を消した。果たしてあのシロコは誰なのか、そして何故アルファ・ワームの事を知っているのか。謎が謎を呼ぶ中、ヘリのローターが風を切る音が聞こえ始めて皆がそちらの方へと顔を向けると、HOUND小隊のヘリが段々と近づいてきていた。
待ちに待った救助が来たことに橘姉妹はほっと一息つくが、アビドス組は深刻な表情を崩さずにいる。そんな彼女たちをよそに、ヘリは砂を巻き上げながら近くの平地へと無事に着陸するのであった。
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HOUND小隊のヘリが着陸して直ぐ、アリアとタエコの2人は水と医療品を手に遭難組へと駆け寄る。不時着の際に身体のあちこちを強打しており、頑丈なアビドス組はともかくハイランダー組はかなりの箇所に打撲傷を負っていた。
彼女たちを優先してヘリに乗せると、入れ違いに出てくるのはトミともう1人。先程までの黒いドレスではなく、見覚えのあるアビドスの制服を身にまとって首にマフラーをかけているアビドス高校2年の砂狼シロコだ。その姿を目にするなりアビドス組は目を剥き、自分が見ているのが幻ではないかと何度も目をこすって確認する。
「あ、あれ? シロコちゃん……?」
「シロコちゃん……ですよね?」
「えっ、どういうことなの……」
「????」
眼の前の人物が本当のものかを調べるべく、眼の前でまじまじと見たり匂いをかいだり触ったり、ありとあらゆる手段を取られてシロコは鬱陶しそうにそれらを振り払う。
「んっ! 一体みんなどうしたの、私が何かおかしいことした?」
ぷりぷりと怒るシロコの姿に、ようやく彼女が自分達の仲間のシロコであると認めたアビドス組は平謝りし、同時に先程のシロコに似た女性が誰なのかという疑問にたどり着く。見た目はそっくり、年齢は少し上程度。そうなれば当然浮かんでくる可能性というのは、シロコの姉というものである。
だが、ホシノとノノミは知っている。砂狼シロコはある日突然アビドス高校に現れた記憶喪失の少女であるということを。もしあの人物が姉ならばシロコの過去がわかるかも知れない―――そんな期待を抱いてしまうのも、ある意味当然と言えた。
「シロコちゃん、ついさっきまで私達はシロコちゃんと似た人と戦っていたんだよ」
「私と似ている……?」
「見た感じ少し年上くらいで、オッドアイといった特徴もシロコちゃんと同じ。もしかしたらシロコちゃんの家族かも?」
「……私の、家族?」
ホシノの言葉にシロコは考え込む。あの日以前の記憶がない彼女にとって突然家族の可能性を示されても現実として飲み込み難い。しかし、家族というものについての憧れというのは正直な所、彼女も持ってはいた。
もしその人物が本当に姉ならば、会って話をしてみたい。何故自分がアビドスに1人でいたのか、その理由だって知りたい。色々な欲求が頭をよぎるが、肝心の張本人は空間に開いた孔に消えてしまったという。残念だとがっくり肩を落とすが、ホシノは慰めるようにぽんと肩に手を乗せる。
「まあ、多分まだチャンスはあると思うからさ、シロコちゃんもそんなに落ち込まないでよ。それに、私達だって協力するよ?」
「そうそう、シロコちゃんのためなんですから!」
ホシノだけではなくノノミも、そしてセリカとアヤネもシロコと先程の女性を引き合わせようという決意を固める。アビドス高校という
「久しぶりだなアビドス高校、いつぞやぶりだ。再会を祝いたいところだが、まずは一度安全なところへ引っ込むぞ。いいな?」
「久しぶりだねートミちゃん。オッケー、それじゃあアビドス高校までお願いできる?」
「よし、ではさっさと乗り込んで席に座れ! 特別に安全運転で行ってやろう」
「はーい」
「よろしくおねがいしますー」
トミの指示に従い、ヘリへと乗り込むアビドスの面々。その姿が見えなくなると、彼女は少し離れた位置で砂の中から何かを探っているタエコとアリアへと顔を向けた。その近くには
彼女たちは先程の戦闘の余波で埋もれたカイザー兵士を掘り出し、中枢チップの回収を行っていた。ロボット族ならば中枢チップさえ無事ならば後で復活することもできるし、最悪チップの状態で記憶を覗くことだってできる。この砂漠で何が起きたのか、それを知るためにもここで兵士のチップを回収できたことは大きい。10人分を回収し、2人もヘリへと乗り込む。
「先生、これから私達はアビドス高校へ一旦下がる。先生はどうする?」
”私はこのあたりを少し
「了解」
最後にトミが乗り込み、ヘリが離陸して段々と遠ざかっていく。それを見送った彼は背面コンテナを開き、特殊武装である火炎放射器を取り出した。
”汚物は消毒しないとな”
狙うは中枢チップを取り除かれ、ただの置物となった兵士のボディ。肉腫がこびりつき、はっきり言って不衛生極まりない代物である。こんなものは焼き払って浄化するに限るというもの。
地獄の業火のような炎が纏められた兵士の身体を覆い尽くし、こびり付いた肉片は全て炭へと変わっていく。その周囲を焼き払った後、彼は火炎放射器をコンテナへと格納した。
”……よし、こんなものか”
消毒作業が終わり、周囲をスキャン。汚染反応が検出されないことを確認するとアビドス市街地の方向へと向き直り、数歩進んだ後に背部ブースターを展開、白い煙を引きながら空の彼方へと消えていく。残されたのは黒焦げになった兵士の身体と、メタルウルフが突っ込んできた時に生じた大きなクレーター。
いずれも長い時間をかければ砂漠の砂に埋もれてしまうが、果たしてそれを見届けるものは居るのだろうか。
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アビドス高校の校庭に溜まった砂をヘリのダウンウォッシュが吹き飛ばし、ヤギの校章を付けた巨大なヘリがその着陸脚をしっかりとした地面へとつける。ガスタービンエンジンが放つ甲高い音は少しずつ小さくなっていき、ローターの回転速度も徐々に低下していく。
最後に後部カードゴアが開き、ここでようやくアビドスの面々は母校への帰還を果たした。とはいえ、まず降りるのは負傷者を抱えるハイランダー組で、アリアとタエコの補助を受けながらヘリから離れる。そして校舎近くまで連れていき、彼女たちはそこで腰を下ろした。
「つかれたー」
「ほんとにねー、二度とこういう事に巻き込まれたくないね」
「はいはい、チョコレートでも食べてリラックスしてな」
「いえーす、わかってるぅー」
くたびれた様子の橘姉妹に対し、タエコは懐からシュガーコーティングされたチョコレートの袋を2つ取り出し渡す。「口でとろけて、手に溶けない」というその謳い文句は間違いはなく、砂漠の高温環境下であってもその形状を保っているようだ。ヒカリは喜びを隠すことなく早速封を破り、チョコレートを口に放り込む。
「さて、とりあえずは休憩していてくれ。今回の件については先生から直々に伝える事があるし、我々にも他にも色々とやることがあるんでね」
「それと―――アルコール消毒でかぶれる人は、きちんと自己申告してくださいね」
「??」
「あっ……そっか、そうだよね」
ホシノ達も降りて校舎の正面入口近くまで移動すると、トミはこれからの活動についてのおおまかな流れを示す。どうしてアビドスの事なのにSRTに指図されなきゃいかんのかという思いはあるが、恐らくは先生の指示によるものだろうと思えば腹は立たない。
しかし、続けてアリアにアルコール消毒についての事を言われると頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。シロコはその先に待つ
そんな事はさておき、休憩をすること15分程度。そろそろ気持ちも落ち着いてきた頃、自分達がやってきた方角―――つまり、アビドス砂漠―――の方から何かが飛来してくる事にホシノは気づく。十中八九
「せーんせー」
「なんだか嫌な予感がするんだけど」
だんだんと近づいてくるその影に、セリカは僅かに顔をひきつらせる。砂漠での大激突を思い出せば無理もないだろうが、彼女の心配は杞憂に終わる。大まかな形状がわかる距離に至った段階でメタルウルフは減速を始め、砂漠の時とは打って変わってソフトなライディングを見せた。砂漠でも最初からそれをやれと言いたくなるが、あの時は一秒たりとも無駄にできない状況であったため、仕方ないと言えるだろう。
”華麗に着地!”
「きれいな着地ですね~」
パチパチとノノミが手を叩いて迎える中、
そして彼女が持っている鞄を見て、ほんの少しだけ嫌な予感を抱く。まさかそんなと思いつつも、ホシノの予感は的中することとなった。
”よーし、全員聞いてくれ。連邦生徒会の緊急放送で伝えたように、アビドス砂漠で感染症が広まっている恐れがある。極めて致死率の高い危険なもので、君たちも足を踏み入れた以上、感染したものと認定せざるをえない”
「えっ、それってまさか……」
セリカが顔を青くする。それは死刑宣告を受けたことと同義であり、自分たちの命が長く居ないと言われれば当然の反応だろう。しかし、
”問題ない。君たちには今からその発症を予防するためのワクチンを接種してもらう。言っておくがこれは君たちに拒否権はないぞ”
「うあーっ! やっぱり注射だったかー!」
「あれ、もしかしてホシノ先輩って注射苦手だったりします? うふふ、意外ですね」
「笑わないでよノノミちゃーん……」
まさか本当に注射をされるとは。たまらず頭を抱えるホシノの姿にノノミは思わず笑みを漏らす。立場が無いといった様子で情けない声を出すホシノだが、彼女がふとハイランダー組へと視線を移すと、その先ではヒカリが完全に固まってまるで石像のように身じろぎ一つしていない。
隣でノゾミが顔の前に手をかざすなどしているが、全く反応を示さない。どうやら彼女にとって注射とはそれほどショックを受けるものなのだろう。だがそんな事などアルファ・ワーム感染拡大抑止という明確な方針の前には意味をなさなかった。
「接種はハイランダーの3人から始める。HOUND1、HOUND4、手伝ってくれ」
「はい、わかりましたHOUND2」
「つまり、暴れないように押さえろということだな!」
「のー、のーっ! へるぷみー!」
注射を手に迫りくるHOUND小隊を前に、ヒカリは再起動して逃れようとするもののSRTの2人から逃げられるはずもなく、その後彼女の悲鳴がアビドスの校庭に響き渡る事となる。またアビドス組も既に接種しているシロコを除き全員が打たれたが、ホシノは最後まで注射を視界に入れないように必死の抵抗を示していたという。
******************************************************************
注射を終え、落ち着きを取り戻した一同は
一方ハイランダー組はというと、そんな状況下であるにも関わらず自分達を危険地域に向かわせたハイランダー上層部、そしてセイント・ネフティスに対する怒りを感じているらしい。ぷりぷりと怒るその表情はどこか可愛らしくもあったが、その感想を口にするのは彼女たちにとって不本意だろう。
「あの変な兵士はその、アルファ・ワームに感染して変異したの? 私達も感染したまま放置してたらあんな風になっちゃうわけ?」
ただ、ワクチンを接種した以上はその可能性はなくなったはずである。それだけが唯一慰めになるが、
当然と言えば当然だ。アビドスにとってカイザーは怨敵で、特にPMCは先代理事がカイザーローン役員として違法に借金を取り立てていたこともあり、敵以外の何者でもない。それなのに何故助けようとするのか、それに不満を抱くのも無理はない話だ。
”感染して変異してるにしても、それを放置するわけにはいかない。キヴォトスに感染が広まれば先程の比ではない被害が生じるからな、可能な限り手を尽くす必要がある”
「……そうね、あんなのがキヴォトス中に現れたらもう世界が終わるわ」
「理屈はわかりますが……すみません、気持ちの整理がまだ」
”ま、仕方ないさ。先日までバチバチにやりあってた相手と握手して抱擁しろなんてことは私も言うつもりはない。ただ、そうしないとキヴォトスがまずいということだけは憶えていてほしい”
カイザーのことは気に入らないが、手を付けなければキヴォトス全土の危機。それを理解さえしてもらえれば
「……ねえ、砂漠で出会ったシロコちゃんのお姉さんってさ、次何処に行くと思う?」
「えっ?」
「ワープみたいな感じで消えちゃったけど、アルファ・ワームを駆逐するのが目的だって言っていた以上、また何処かに現れるはずじゃない?」
「そういえば……そうですね」
そのためには、彼女の目的というのを明らかにすることが前提となる。幸い、目的はアルファ・ワームの駆逐だと自分自身で口にしていたのでそれはいいとして、問題は次に何処に向かうかだ。
「……まだ、感染者が他に出たという話はシャーレでは出ていなかった」
「つまり、お姉さんはまたアビドスに現れる……ということでしょうか」
「察しが良いねノノミちゃん、つまりそういうこと。カイザーPMCの駐屯地……そこに行けばまた会えるはず。私達はワクチンを受けたから感染する心配はないし、先生に頼み込んでみたらどうかなと私は思うんだけど」
「うーん……でも、私達の攻撃が通用しないんじゃただの足手まといになるんじゃないの?」
場所の予想は出来た。しかし問題は現場は感染者まみれである公算が高いということ。感染変異者に銃撃を仕掛けた所で一切通用しないというのは少し前に散々思い知らされたもので、セリカが不安がるのも無理はないだろう。
これを解決するにはどうにかして相手に通用する攻撃手段を探さなければ行けないのだが、貧乏なアビドスにそんな予算はないし、何より時間も足りない。ああでもないこうでもないと悩んでいると、ふいにヘリのローターが風を切る重低音が響いてくる。何事かと顔を上げると、D.U.の方向から2機のヘリが近づいてくるのが見えた。
「あれは……」
「先生が呼んだ増援、でしょうか」
アビドス高校上空に到達したヘリが着陸態勢に入ると、描かれたエンブレムでそれが何処の所属かわかる。HOUND小隊はSRTのエンブレム以外を入れていないが、いま来た2機はSRTのエンブレムのの他に小隊名をマーキングしており、それぞれRABBIT小隊とFOX小隊の機体であるということが見て取れた。
その2機が着陸し、乗員は何やら大量の弾薬箱を手に降りてくる。非常に大事なもののように扱われているが、何故たかが弾薬をそんなに大事に抱えているのだろうか。そんな疑問をアビドス組が抱いていると、増援SRT組の最先任である七度ユキノが
「対アルファ・ワーム用弾薬の試験ロット生産が完了しました。内訳はこちらに」
”よし、ナイスタイミングだ。これでカイザーPMCの基地に突っ込む準備が整ったな”
「………」
「……何といいますか、凄いタイミングがいいですよね」
「そうだね、でも都合がいい」
「……よし、行こう!」
それを聞いたアビドス組は互いに顔を見合わせ、ほんの少しの間をおいて
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アビドス高校での準備が進んでいるのと時を同じくして、砂漠の一角に存在するカイザーPMCのアビドス駐屯地は今やアルファ・ワームの巣窟と化し、兵士であった者たちは全てがここ数時間の内に感染変異者へと変貌していた。肉腫にまみれ、飢えた異形の怪物達はもはや新たな餌のないアビドス砂漠を出て、新天地を目指すべく集結している。
そんな状況下、駐屯地を望む事ができる砂に埋れた高層ビルの屋上に人影が一つ。黒衣に身を包んだその人物は砂狼シロコに似た女性。今やアビドス組がシロコの姉と誤認している彼女は感染体達の動きを見逃すことはなく、まさに砂漠からの大脱出を図ろうとする怪物たちに対して単身挑もうとしていた。
普通に考えれば無謀もいいところだが、彼女はそうは思っていない。
もしこれがアビドスの外に出て感染が広がれば取り返しのつかないことになるだろう。その果てにあるのは、キヴォトスの全てが焼き払われる未来だ。それを阻止するべく、彼女は決意のもと廃ビルから飛び降りる。
「これが私の使命……!」
そして、空中にぽっかりと開いた孔へと飛び込み―――直後、彼女は感染体の群れの進路上に現れると、この先には進ませんと言わんばかりに立ちはだかった。
To be Continued in Episode5 ”
最終編に入ってからまだメタルウルフが本格的に戦闘していません。多分次から本格的に暴れることになりますが、果たしてマイケル・ウィルソンは感染の拡大を食い止めることはできるのでしょうか。