METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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Episode6 ”The beginning of the end(終わりの始まり)”

 戦い終わり、静寂を取り戻した坑道の奥に広がる空間。溶けた肉塊による悪臭が鼻をついて顔をしかめたくなるが、メタルウルフを纏っている先生(マイケル)にはどうということ無い情報だが、生身で居るアビドスの4人ともう1人、黒衣の生徒はそうではないだろう。実際シロコとセリカは鼻を摘みながらこの空間から逃げ出している。

 

 ノノミは壁際で動かずに居るホシノのところに駆け寄ると、肩を貸すというよりも抱き上げるようにして搬送し、外へと出ようとしている。とりあえず全員無事なのは一安心だが、勝手に動いて危険な目にあっているのだから後で説教をしなければ。そう彼は思いつつ、視線を黒衣の生徒へと向ける。

 

 シロコに似た、わずかに大人びた女性。先程の動きを見るにかなり高い身体能力をもっているのがわかる。自身の記憶が正しければあのムーヴはニンジャが行うものと酷似していたが、キヴォトスにニンジャは実在しないというのはイズナやミチルといった生徒たちの証言から明らかであり、その存在はあまりにも異質。彼女は一体何者なのか、疑問は尽きない。

 

 

「…………」

 

”……あの時は答えを返してもらえなかったが、もう一度聞こう。君の名前は?”

 

 

 汚物溜まりに倒れ伏すプレジデントを挟み、向き合う2人。改めて名を問う先生(マイケル)に対し、黒衣の生徒はよほど答えたくないのか、あるいは伏せるべき理由があるのか、口をつぐんだまま動こうとしない。しかし、以前と違い今度は逃げる素振りは見せなかった。

 

 

”君が犯罪を犯したわけじゃないから黙秘権云々(ミランダ警告)を問うつもりは無いが、そうもダンマリを決め込まれると私としても困るなァ。君も生徒なら、私は先生として君の悩みを聞く義務がある”

 

「あなたもそういう事を言う……」

 

”ふむ? もしかして、私(・)以(・)外(・)の(・)先(・)生(・)とでも会ったことがあるのか?”

 

「…………」

 

”……はぁ、本当に困るな。私はカウンセラーというわけじゃないんだがね”

 

 

 何とか黒衣の生徒から話をしてもらいたい先生(マイケル)だが、どうにもうまく行かない。ただ、断片的に彼女が漏らす情報からその正体を探ろうとするものの、こちらも決定的な情報を得られてない以上答えにたどり着くことは出来そうにない。

 

 わかるのはマイケル・ウィルソンという名前に心当たりがあるという事と、アルファ・ワームを知っているという事。そして今回新たに判明したのが自分以外の「先生」という存在を知っているようだという事だ。また、その見た目からシロコとの関係が認められるというのもある。

 

 

”S.C.H.A.L.Eで話を聞きたい。この状況だ、少しでも手を貸してくれると助かるが……”

 

「……アビドスの生徒はあの時確かに感染されていた。でも、さっき見たら完治していた。あなたは一体彼女たちに何をしたの?」

 

”……驚いたな、君は見るだけでアルファ・ワームの感染状況を知ることができるのか? やはりぜひS.C.H.A.L.Eに手を貸してほしい”

 

 

 さらに判明する事実。見るだけでアルファ・ワームの感染状況を確認する手段を持つという能力は、現状の対策である感染拡大阻止にぴったりなものであった。ぜひ来てほしいと三顧の礼……ではなく普通に頼み込むものの、やはり彼女は首を縦に振る様子はない。

 

 

「答えて、何をしたの?」

 

”……答えたら私の質問にも答えてくれるか?”

 

「……わかった」

 

 

 回答を求める黒衣の生徒。答えること自体は吝かではないのだが、こちらの質問に答えずに自分の質問には答えろと要求するのはアンフェアだ。些か不満げにその事を伝えると、流石に彼女もバツが悪そうにしていた。それは通らないということは理解していたのだろう。

 

 

”ワクチンがある。アルファ・ワームに対抗するために生み出された唯一の希望、それを接種したから彼女たちは感染状態から脱することが出来た”

 

「ワクチン……あの時それがあれば、あんなことには」

 

 

 ワクチンの話を聞き、彼女はどこか悔しげな表情を見せる。ワクチンを知らずにアルファ・ワームと対峙してきたとすればそれは大変なことであっただろう。2015年の事件のことをある程度知っていた先生(マイケル)はそう思った。

 

 

”それで、君の名前は?”

 

「私の名前は―――シロコ、砂狼シロコ」

 

”シロコだと……!?”

 

『……間違いありません、先生。彼女の反応はアビドス高校の砂狼シロコさんと同一のものです』

 

 

 そして改めて名を問い、返ってきた答えに先生(マイケル)は驚愕する。シロコ、それはつい先程ここから退出したアビドスの生徒の名前。同じ名前、似た容姿、僅かに大人びたその姿、さらにはアロナの発言によって確定した事実に彼は驚愕しながらも、これらの要素から一つの結論にたどり着いた。

 

 

”君はもしや……未来のシロコなのか? 参ったな、ここじゃ1.21ジゴワットのエネルギーは提供出来ないぞ”

 

 

 彼の頭の中に過るのは不慮の事故で過去へとタイムスリップしてしまった主人公が未来へ帰る事を目的とするSF映画。バカバカしいと言われるかも知れないが、自分が地球から異星、あるいは異世界であるキヴォトスに来てしまった以上、未来から誰かが来たとしてもおかしくはない。

 

 そう考えると彼女が何故アルファ・ワームを知っているのかという点について説明がつくが、新たな疑問も浮かぶ。何故ワクチンの事を知らないのか、この時代でアルファ・ワームとの戦いの経験があるならばワクチンを打っていなければおかしいというのに。

 

 表面上軽くジョークを口にしてはいるものの、その矛盾に彼は混乱している。唯一その矛盾を解消する答えはあるにはあるが、果たしてそれが正しいのか。何もわからないまま彼は次に出すべき言葉を見いだせずにいると、不意に大地が鳴動する。

 

 

”何だ……!?”

 

「これは……!」

 

 

 揺れはごく小さいものからだんだんと大きなものへと変わっていく。一応は補強されてはいる天井からパラパラと何かが落ち始め、構造材が軋み始めると流石にこの場にとどまるのはマズいと判断し、彼は緊急に退避を試みる。

 

 まずは倒れているプレジデントやPMCの兵士の頭をもぎ取り、武装コンテナの空いてるスペースへと放り込む。基本的にロボット族は頭部に中枢チップがあるため、最悪頭だけ持って帰れば後々蘇生も可能なので緊急事態においては時としてこういう扱いもなされるのだ。そして黒衣のシロコの方を向き、メタルウルフの手を差し出す。だが、彼女は首を横に振ってそれを拒否した。

 

 

「私は大丈夫、あなたこそ早く逃げて」

 

”流石にそれは―――っ!?”

 

 

 たとえ拒否されようとも無理やり連れ出そうとした先生(マイケル)だったが、二人の間に天井を補強していた鋼材が落下し、連鎖反応的に崩落が始まる。黒衣のシロコの姿は粉塵に消え、立て続けに落下する岩盤の前に流石のメタルウルフも逃げの一手を打つしか無い。

 

 

”クソッタレェ(Shit)!!” 

 

 

 ブーストダッシュで坑道を駆け抜け、途中外へと向けて走っていたホシノ達をすくい上げるように拾い上げ、迫る粉塵に追われながら外へと飛び出す。露天掘りの穴の外縁部に着陸した彼はそこでようやくホシノたちを降ろして穴の底を見た。

 

 

「先生、あの子は……」

 

”すまない、連れ出すことができなかった”

 

「そんな……!?」

 

 

 坑道から噴き出した粉塵が穴の底に溜まり、落ち着くまでは立ち入ることはできないだろう。連れ出すことができなかった黒衣のシロコの事を思うと悔しさが滲み出る。無意識に操縦桿が軋むほどに力が入り、それを周囲に教えるかのようにメタルウルフの手も強く握られる。

 

 

「……あっ、先生、あそこ!」

 

 

 重い空気が漂う中、ふと視線を感じたセリカがそちらに顔を向けると小高く積まれた砂の山の上に黒衣のシロコが立っていた。一同彼女が無事であることに安堵して胸をなでおろすが、よくよく考えれば彼女は空間に開いた孔を通って遠くへと移動することが可能なのだ。あそこで先生(マイケル)の手を取らなかったのは「自分は大丈夫だからそっちこそ早く逃げろ」ということだったのだろう。

 

 先生(マイケル)が口を開こうとしたその時、その代わりとなるようにホシノが前に出て黒衣のシロコを見上げる。互いの視線が交差し、ホシノが何をいいたいのかわかったのだろう、彼女は瞑目して言葉を待つ。

 

 

「……君は、シロコちゃん……でいいのかな?」

 

「んんっ!?」

 

「えっ!?」

 

「えっ、えぇっ!? ど、どういうことなのよ!」

 

 

 ホシノの言葉にシロコ、ノノミ、セリカの順に驚きの声を上げた。特にシロコは自分の名前ということもありひどく混乱しているようで、ホシノの顔と砂山の上に立つ黒衣のシロコの顔を交互に見ている。自分の姉かと思いきやその正体が自分だと言われれば無理もないだろう。

 

 

「まさか未来のシロコちゃんということなんですか!?」

 

「……おっきい」

 

「セリカ、何か言った?」

 

「な、なんでもないわ」

 

 

 隣のシロコと砂山の上の黒衣のシロコ、二人の姿をマジマジと見比べてノノミが至った結論は彼女は未来のシロコであるというもの。成長した肉体を見れば察しはつくわけで、セリカが呟いたように現在のシロコと比べればあちらのシロコは豊満かつ背が高い。どことは言わないが、実質小さいと言われたに等しいシロコは後輩をギロリと睨みつける。

 

 そんな後輩たちのやり取りは置いておいて、ホシノと黒衣のシロコは言葉もなく見つめ合う。アビドス組の言葉に彼女は否定も肯定もしなかったが、それは即ち沈黙は同意を与えるということであった。

 

 彼女の返(・)答(・)を得たホシノは黒衣のシロコの佇まいを改めてまじまじと眺める。砂漠での戦い、先程の戦闘。そこで見せた実力は相当なもので、もしかしたら自分よりも強いのかも知れないと彼女は考えた。だが、その域に至るまでにどれほどの努力を重ねたのか、あるいは何(・)を(・)切(・)り(・)捨(・)て(・)た(・)の(・)か(・)、それを知ることはできない。

 

 唯わかるのは、彼女が自分達を見る目に懐かしさが滲んでいるということ。もしかしたら彼女の時間軸では自分達は、もう―――

 

 

「ホシノ先輩、何をそんなに考え込んでるんですか?」

 

「あっ、いや、なんでもない……なんでもないよ、ノノミちゃん。ただ、あのシロコちゃんはとても強かったなって」

 

「そうですね……もしかしたら先輩よりも強いのかも、とは思いましたけれども」

 

「うへぇ、ノノミちゃんにまでそう思われちゃったかぁ。おじさんも鍛え直さないと駄目かなぁ」

 

 

 考え込むホシノにノノミは声をかけたが、誤魔化すようにホシノは笑う。あの黒衣のシロコのバックボーンがわからない以上、無闇に憶測を口にするほど彼女は無神経ではない。

 

 彼女たちアビドス組が黒衣のシロコについてあれこれ話していると、駐屯地の方から4機のヘリがやってくる。SRTの編隊と、独断専行を先生(マイケル)に怒られてユキノの監視下に置かれた夕立号だ。

 

 

『こちらFOX1、駐屯地の制圧は完了しました。兵士のチップ回収も完了しています』

 

”ああ、わかった。作戦終了を宣言、帰還するぞ”

 

 

 駐屯地の制圧を終え、汚染された兵士のチップを回収したことで今回の浄化作戦は終了したと言える。ヘリの中では疲れ切った隊員たちがぐったりと座席の背もたれに体重を預け、爆音に包まれているにも関わらず眠りにつくものも居るほど。

 

 この状況ではアビドス組への説教は後にしたほうがいいだろう。先生(マイケル)はホシノ達と黒衣のシロコを一瞥すると夕立号のアヤネに通信を入れようとし―――逆に、第三者からの割り込みが発生した。

 

 

『―――生、先生、聞こえていますか? こちらはシャーレ、七神リンです』

 

”リン、どうした? 何かあったのか?”

 

 

 通話してきたのはシャーレに居るはずの七神リン。駐屯地を壊滅させたことで砂漠にかかっていたECM濃度は低下しており、長距離通信が可能になったのだろう。だが、その声には些か焦りが滲んでいるように思える。あちらで何かが起きたのだろうと推測するが―――

 

 

『緊急事態が発生しました。キヴォトス上空のエネルギー反応が上昇、既定値を突破しようとしています』

 

”What!?”

 

『数値は上昇を続けて、これは――――!?』

 

『先生、注意してください!』

 

 

 

 

 リンの言葉が途切れ、かわりにアロナが警告を発した瞬間、世界の色が反転する。ありとあらゆるものがひっくり返るような感覚に襲われ、先生(マイケル)はたまらず膝をついてしまう。すべての音が消え、無音の世界。顔を上げると周囲に生徒たちの姿はなく、自らは生身の状態。そして彼の眼前には1人の人物が立っていた。

 

 首のない、コート姿の男。まるで叫んでいるような不気味な肖像画を掲げているが、その姿には覚えがある。

 

 

”お前は……ゴルコンダではないな?”

 

「そうだ、はじめましてと言うべきだろうか。私の名はフランシス、ゴルコンダに代わり新たにお前を見守るもの」

 

”……なんだと?”

 

 

 掲げられた絵画はゴルコンダではなくフランシスを名乗り、尊大な物言いで言葉を続けた。

 

 

「私は理解した。この世界は本来あるべき姿から歪み、捻じれ、逸脱したものであると。輪郭は霞み、本来は交わることのないものが混ざり合い、しかし奇跡的なバランスをもって物語として成立していた」

 

 

 ゲマトリアらしい独自の考察を交え、フランシスは尚語る。それが正しいという保証はどこにもないものの、ある程度の信憑性はあるような話し方だ。

 

 

「だが、歪みはやがて限界を迎える。この世界はその瀬戸際にあり、存続のためには混沌(CHAOS)から秩序を生み出す標(先生)が必要だった。そのために連邦生徒会長が異なる領域から呼び出した存在があなただ、マイケル・ウィルソン・Jr」

 

”………”

 

「だからこそあなたは無(・)敵(・)だ(・)っ(・)た(・)。何故なら、そういう存在としてあなたは定(・)義(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)からだ。だが、もはやそれは意味をなさなくなる」

 

”何……?”

 

 

 ゴルコンダもそうであったのだが、フランシスという人物も世界を文脈的に読み取る傾向がある。無責任に世界を観測し批評するその物言いは、先生(マイケル)の神経を逆撫でするものであった。

 

 不快感に表情を歪ませる彼の様子を気にすることもなく、なおも語るフランシス。ゲマトリアというものは己の研究こそが第一で、他者の心情など気にしないということだろう。

 

 

「今までこの世界を覆っていた物語は破壊された。青春と学園の世界は消え去り、新たに世界を塗りつぶすのは混乱と崩壊。死と絶望がはびこる黙示録(Apocalypse)が訪れる。さあ先生よ、いやマイケル・ウィルソン・Jrよ、この滅びゆく世界の物語の中でお前はどのように振る舞うのか?」

 

 

 煽りか、それとも素なのか、まるで予言者であるかのように匿名の行人は大仰な物言いをする。対する先生(マイケル)は自らの顔の前で拳を握り、振り払うかのような身振りをしてそれに答えた。

 

 

”そんなものは決まっている。私は不可能を可能にしてきた男だ、たとえ滅びが訪れようとも、私は決して諦めずに最後まで戦い、未来を勝ち取る!”

 

 

 拳を振り上げそう宣言すると、彼の意思に応えるかのように身体は生身のものから鋼の身体―――メタルウルフへと変わっていく。教え導く者(先生)ではなく、戦うための姿。それはシッテムの箱の初回登録の時とはまったくの逆で、変化を見届けたフランシスは予想外であったのか少々驚いているようにも見える。

 

 

「なぜなら私は――――アメリカ合衆国第47代大統領、マイケル・ウィルソンだからだ!」

 

「……なるほど、それがあなたの答えか、先生、いや……主人公(大統領)よ。ならば私はその行く末を見届けるとしよう、この破綻した物語が迎えるエンディングというものを!」

 

 

 彼の覚悟を聞き終えたフランシスがそう言い終えると同時に再び世界の色が反転し、マイケルは自分がメタルウルフの中にいると気づく。周囲を見れば生徒たちの姿があり、フランシスの存在はまるで泡沫の夢のように跡形もない。すべては先程までと同じ状況、何の変わりもなかった。

 

 ―――ただ一つ、血のように赤く染まった空を除いて。

 

 

「これは……」

 

「……!?」

 

「ま、また地震が……!」

 

 

 黒衣のシロコを除く全員が呆けたように空を見上げて今起きた現実を理解しようとするも、そうはさせじと言わんばかりに今度は真下から突き上げるような激しい揺れが襲いかかる。

 

 メタルウルフでさえ立つこともままならぬ状況の中、粉塵漂う露天掘りの穴の底から地鳴りが聞こえてきたかと思った次の瞬間、巨大な何かが地中から現れた。それはあまりにも大きく、そして高い。またたく間に太陽を遮り、長い影を大地に落とす。

 

 

「……キヴォトスの終焉が、終わりが始まる」

 

 

 誰もが今起きている現象を理解できぬ中、ただ1人黒衣のシロコは膝をついて揺れに耐えながらそれを見上げ、呻くように呟いた。

 

 

 

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 同じ頃、シャーレのビル―――ファイトハウスもといホワイトハウスは混乱の最中にあった。上空の高エネルギー体の活性化と同時に空が赤色に染まったのだから無理もないだろう。詰めている生徒たちはその不吉な光景に浮き足立ち、外で警備にあたっているヴァルキューレ生たちもどこか不安げな様子だった。

 

 

「空が……!」

 

「ん、何か……?」

 

「揺れているぞ!?」

 

 

 さらに追い打ちをかけるように、激しく大地が鳴動する。少し前にも地震が起きたものだが、こうも連続で地震が起こるのは普通考えられるものではない。揺れは段々と大きくなり、先程を上回る程に激しくなってほとんどの生徒たちは地面へ、あるいは床へと這いつくばることとなる。

 

 

「きゃーっ!」

 

「だ、誰か助けて!」

 

 

 このような異常事態を迎えて多くの人々は冷静に居られるわけもなく、様々な場所で悲鳴が上がりパニックが起こるが、地震はそういったものに一切配慮することなくある意味平等に襲いかかった。

 

 多くのビルの窓ガラスが割れ、シャワーのように降り注ぐ。揺れが来るまでに止まることが出来なかった車が操縦不能のままその進路上にあるものに激突、他にも各地で様々な被害を地震はもたらしたのだが―――

 

 

「こ、これは一体何が起きているというんですか……!?」

 

「カヤ、あれを……!」

 

 

 連邦生徒会の行政疎開先の一つであるシャーレビル、通称ホワイトハウス。執務室のあるフロアは上層階ではあったものの、免震構造なため揺れそのものは小さい。しかし、ゆっくりとフロアが動く感覚にリンとカヤの2人は思わず机に掴まり腰が引け、落ち着かぬ様子でいた。

 

 さらにリンの視線の先、30km遠方であってもその姿を十分に望むことができる連邦生徒会の本部、サンクトゥムタワー。多少―――否、大地震が起きたとしても傷一つつくことが無いはずのその威容が今は傾いて見える。見間違えかと思い目をこするが、何度やった所で現実は変わらない。

 

 

「そんな!?」

 

「さ、サンクトゥムタワーが!」

 

 

 サンクトゥムタワーは段々と傾きが大きくなり、構造にかかった負荷が限界を越えたのか各所から粉塵が上がる。そしてついに破局は訪れた。

 

 

「ああっ!」

 

「あ、あれは!?」

 

 

 彼女たちが見守る中、サンクトゥムタワーはまるで中から食い破られるかのように、その基礎部分から生えてくる新(・)た(・)な(・)塔(・)によって崩壊していく。キヴォトスの象徴であったサンクトゥムタワーはかくして失われた。その一部始終はクロノスの生徒によって撮影、配信されキヴォトス全土に広まっていった。

 

 

 

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「はぁっ、はぁっ……今しがた、緊急事態が発生しました」

 

「……空が赤く染まり、大地震が起きた。それ以上の事が起きたのですか?」

 

 

 トリニティ総合学園、ティーパーティー専用テラス。アルファ・ワームパンデミックという未曾有の危機を迎えたことで5派閥の長が集い、対策会議を開いているこの場所に一人の生徒が息を切らせながら駆け込んできた。

 

 彼女の名は洲根イルミ。フィリウス派閥のナンバー2にして自警団のパトロンでもある彼女は現場と首脳部を繋ぐ立場にある。つい先程現場に出ている自警団のメンバーから画像付きのメッセージを受け取った彼女は大急ぎでこのテラスまで全力で駆けつけてきた。セットした髪型が崩れ、トレードマークのメガネがずれるのを気にする余裕もなく、ナギサ達が集う長机の前に立つ。

 

 

「ユートピア跡に巨大な塔が出現、同時に正体不明の敵が現れたそうです」

 

 

 ポケットからスマホを取り出し、ナギサ、ミカ、セイア、ミネ、サクラコの5人に画面を見せる。映し出されていたのはユートピアの中心から生(・)え(・)た(・)、悍ましい形をしている塔。

 

 その材質は有機的なものか、まるで血が通った肉のようにも見える。ただの静止画であるにも関わらず正気を失いそうな見た目に思わずサクラコは視線を外した。

 

 

「……何なんですか、これは」

 

「これが塔です。そしてこちらが正体不明の敵」

 

「これは機械……ですか?」

 

 

 イルミはスマホをスワイプして次の画像を表示する。戦闘中に撮影したのかピントや構図は滅茶苦茶だが、見えるのは触手を伸ばす球体と四足のクモのような存在、そしてサソリのようなもの。彼女たちは知らぬが、もしこの場にエリドゥの戦いに参加したものがいればその正体を看破しただろう。

 

 無名の守護者―――あるいはDivi:sionと呼ばれるもの。今彼女たちの眼の前に立ちはだかっているものの正体がそれだ。

 

 

「敵は塔の周辺から次々に出現し、大規模戦闘の準備が出来ていない正義実現委員会の防衛線は下がりつつあります。また、別の種類の敵も出ているという未確認情報もあります。事態は一刻を争いますので、あなた方には早く方針を決めていただきたく」

 

「随分単刀直入に言うね、君は。まあ、それほど事態が切迫しているということだろうが……しかし、あまりにも情報が足りなさ過ぎる」

 

「敵が居るなら、普通に武器庫を全面開放して正義実現委員会の本隊を動かせばいいんじゃないの? この塔もさっさと爆破してさ」

 

「ミカさん……そうは行かないんですよ。ユートピア跡はワクチンを打たなければ立ち入る事はできませんが、正義実現委員会の皆さんにはワクチンが行き届いていないのです」

 

「もー、面倒くさいな~」

 

 

 イルミはティーパーティーに決断を促す。一応セイアはその必要性を認識しているものの情報の不足により足踏みをせざるを得ず、一方のミカは軽く正義実現委員会の主力を動かせばいいと言うが、ナギサがそれをたしなめる。

 

 彼女の言うように、ユートピアのエリアは汚染地域として立ち入りが規制されている場所だ。ワクチンもなしに踏み込めばアルファ・ワームに感染し、怪物へと変貌してしまう可能性が高い。入場チケットとなるワクチンの数はまだ少なく、正義実現委員会の限られた人数しかその接種を終えていないので、あの巨大な塔を破壊するほどの兵力を送ることはできないのだ。

 

 

「怪我人はどの程度出ているか、報告は上がっていますか?」

 

「現在の所重傷者は報告されていません。ですが備えはするべきかと思いますよ、蒼森ミネ」

 

「わかりました、救護騎士団の増援を出しましょう」

 

「シスターフッドも後方支援に動きます。それで、他に問題は……」

 

 

 場当たり的ではあるものの、眼の前の問題一つ一つに手を打とうとするミネとサクラコ。しかしそれが根本的な解決には至らないということは彼女たちもよく理解はしていた。

 

 まず、キヴォトス全体がどのような状況にあるか、そこから把握する必要がある。先程の地震と敵の襲撃で各学園も混乱状態にあるのか、様々なチャンネルを通じて他学園とのコンタクトを試みているものの結果は芳しくない。現状クロノスチャンネルが唯一自治区外の情報を得る手段となっているのはとても健全な状況とは言えないだろう。

 

 

「……まず、ユートピア方面についてはできる限り現状維持とします。前線を維持するための支援、増援は全て許可しますので、敵を自治区市街地へと入れないようにしてください」

 

「私も応援に行ったほうがいいかな?」

 

「君が行くと向こうが混乱するからやめておいたほうがいいよミカ。あちらにはツルギ委員長がでているのだろう? 船頭多くして船山に上るということになりかねない」

 

「むぅ~……」

 

 

 ナギサはひとまず、自治区内での方針を決断し皆へと伝える。本当に場当たり的な対応しかできないが、何もしないよりかはずっとマシだ。

 

 

「それと、シャーレへ連絡を。恐らくこの事態を解決するのは、先生の手を借りなければ不可能でしょう」

 

 

 最後にナギサはシャーレとの連携を指示し、一旦この場は解散となった。先ほど決めた方針に基づき各部署が動いていくが、先の見えぬ不安は決して拭えるものではなく、不穏な空気は静かに、しかし確実に学園全体を覆っていく。

 

 

 

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 ゲヘナ自治区、ヒノム火山。キヴォトスでも最大の火山地帯であるここは過酷な環境で知られるが、同時に様々な恩恵をゲヘナにもたらしている場所である。しかし今やここはアルファ・ワームに汚染され、公式上キヴォトス初の変異体を生み出した場所となっていた。

 

 ゲヘナ万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)のマコト議長はサンクトゥムタワーから帰還して直ちにヒノム火山の封鎖を指示、さらには当日立ち入った人間の追跡を始めた。当該者は有無を言わさず連行され、ワクチンの接種を強制される。

 

 

『ヒノム火山を全面封鎖するのだヒナよ、誰一人入れるな。そして昨晩から火山周辺に立ち入ったものを調べ上げろ、徹底的にな』

 

『どういうつもりなのかは知らないけれども、火山の封鎖をするならば風紀委員のほぼ全戦力を動員することになるわ。それでもいいのかしら?』

 

『足りない物があれば言え、必要なものは全てこのマコト様が用意してやる』

 

『……あなた、本当にマコト? なんだかよくわからないけれども、サンクトゥムタワーで何があったの?』

 

『話せば長いことになるわよ風紀委員長、それでもいいなら私が説明してあげる』

 

 

 自由と混沌を標榜するマコトらしからぬ強権にヒナは訝しんだが、その事情をサツキから聞かされたことで彼女も協力を申し出ることになる。風紀委員会は可能な限り兵力をヒノム火山に送り込み、完全な封鎖を実現。ゲヘナの不良達はそんな事知るかと突破を試みたが、全員ヒナに叩きのめされて病院送りとなった。余談だが、封鎖時に温泉開発部がヒノム火山周辺で活動していたものの、ヒナ率いる風紀委員がやってきたと見るや部長であるカスミはまたたく間に戦意を喪失、本気のヒナの前には温泉開発部も成すすべがなく、カスミの悲鳴が響いたという。

 

 

『中々手間がかかったわね。でも、これでもう火山に人は居ないし、立ち入ることは出来ない』

 

『よくやったヒナ。立ち入った人間のリストアップの方はどうなっている?』

 

『一応、リストアップは完了したわ。あとはそちらの情報部の持っている情報と突き合わせれば、ほぼ完全なリストが作れると思う。でも対象者をどうにかする余力は風紀委員にはないわ』

 

『かまわん、それは我々万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)でなんとかする。我がゲヘナの生徒をこれ以上バケモノにさせるわけにはいかんからな』

 

 

 こうして封鎖が完了し、感染可能性のある人間も特定が完了する。ゲヘナも本気を出せばこのような統制が可能だという事を他の学園に見せつける事となったが、マコトとしては眼の前でゲヘナの生徒が感染体となったことが結構なトラウマで、それが抑止できるのならば何でも良かった。

 

 とにかく、後は封鎖を維持をしながら事態の解決を図るフェーズに以降しようとしたまさにその時、空が赤く染まり、大地震が発生。挙句の果てに謎の塔が地中から現れる。

 

 封鎖を続ける風紀委員の面々は地面に這いつくばりながら呆然とそれを見上げ、眼の前で起きた状況を現実のものと受け止められずに居る。さらに塔の出現と同時に正体不明の敵―――無名の守護者が現れて封鎖部隊を攻撃し始めたことで混乱は加速し、統率が取れぬままに戦闘が始まった。

 

 

「ああもう、何がどうなっているんだ!?」

 

「イオリ、どうしますか? このままでは包囲される恐れもありますが」

 

「くっそぉ、ヒナ委員長が学園に戻った途端にこんなことになるなんて!」

 

 

 統率が取れぬまま戦いを続けるゲヘナ風紀委員の部隊は次第に劣勢を強いられ、次々に戦闘継続不能に陥って逃亡する生徒が出現する。激しい攻撃を受けて封鎖線はすでに機能をしておらず、諸事情により学園に戻ったヒナに代わり封鎖部隊の指揮をとっていたイオリは悔しそうに地団太を踏んだ。

 

 彼女自身、持ち前の射撃の腕を活かした狙撃によって迫る相手を撃ち減らしているものの、敵はまるで湧き出ているかのように次々と押し寄せ、その勢いが収まる様子は見えない。既に封鎖部隊の4割が後退しており、残る部隊も包囲されつつあった。後方支援要員であるチナツは一歩下がっているが故にそのあたりの状況をよく把握しており、イオリに判断を促そうとする。

 

 

「仕方ない、一度後退して再編成を―――」

 

「ちょっと待ってください……この音は?」

 

 

 いかにイオリとて、現状分が悪いということはよく理解できていた。線を後ろに引き直して部隊を再編するべく号令を出そうとしたまさにその時、山の麓から重厚で力強い音が響き、近づいてくる。

 

 その音の正体が何なのか、風紀委員達は戦いながら確認するべく振り返る。次の瞬間、草木をかき分け、あるいは踏み潰し、灰色の戦車がその姿を現した。88mm戦車砲を搭載し、厚い装甲を持つ万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)が誇る重戦車、Pz.Kpfw.VI(Ⅵ号戦車)虎丸だ。

 

 

「主砲、撃ち方始め」

 

 

 砲塔のキューポラから身を乗り出すイロハが号令すると同時に砲塔が僅かに動き、主砲を敵へと向ける。装填された88mmの榴弾は雷鳴の如き砲声と共に解き放たれ、集団のド真ん中に命中(BULLSEYE)した。

 

 この一撃の後、虎丸の後方からさらに3両の戦車が姿を現す。虎丸と同型のPz.Kpfw.VI(Ⅵ号戦車)は出現と同時に榴弾を発射、敵集団の一角が吹き飛び動きが鈍った。まさか万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の重戦車隊が救援に現れるとは、戦車砲の衝撃波を受けながらもイオリは驚きを禁じ得ない。

 

 重戦車隊は万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)きってのエース部隊なのだが、ゲヘナの日常では風紀委員が主だって動いているためその実力を知るものは少ない。戦車バイアスロン競技やゲヘナカップではその片鱗を見せるが、絶対王者たるイロハの影に隠れて目立たないという側面もある。だが、ゲヘナでも貴重なPz.Kpfw.VI(Ⅵ号戦車)を操る彼女たちはゲ(・)ヘ(・)ナ(・)最(・)強(・)の機甲部隊なのだ。

 

 ヒナとは違う意味でゲヘナ最強の名を冠する、よほどの事がなければ動くはずのない集団が今眼の前で活動している。それは即ち、マコトがヒノム火山を重要視しているということに他ならない。何時もは風紀委員会の足を引っ張る彼女が、今や虎の子部隊を救援に差し向けている―――つい昨日までは到底考えられない事だった。

 

 

「やれやれ、何とか間に合いましたね。危ないところでした」

 

「イロハさん!」

 

「お二人も無事で何よりです。敵に追われてきた風紀委員の皆さんは後方で万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の増援と合流していますので、そちらに向かいましょう。今ならあのよくわからない機械も引っ込んでいるようですから離脱は難しくないはずです」

 

「すまない、感謝する」

 

「では……全車、後退しながら自由射撃」

 

「了解!」

 

 

 隊長であるイロハの号令に従い、Pz.Kpfw.VI(Ⅵ号戦車)の集団は主砲、同軸機銃、車体機銃、車長用対空機銃を用いて敵集団への一斉攻撃を始めた。この重戦車隊の火力支援のもと、風紀委員会の残余は直ちに撤退を始める。潰走ではなく、統制された後退。彼女たちはそれから一切の損害を出すことなく、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の増援部隊と合流することに成功した。

 

 たどり着いた万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の集結地点では、先に敗走した風紀委員会のメンバーが喪失した装備の代替を受領し、再び戦列に戻らんと再編を続けている。たとえ敗北したとしても心までは折れていないその精神は称賛に値するだろう。

 

 

「それで、状況はどうなんです?」

 

「見ての通り、よくわからない塔が生えてきたとおもったら妙な機械が襲ってきた。数がやたらと多くて、重火器が無いと戦線を維持できない……戦車の支援が無かったら私たちは全滅していたかも」

 

「ふむ……マコト先輩が何を考えて戦車隊の出動を命じたのかわかりませんが、丁度良いタイミングで到着したというところですか」

 

「はい、お陰様で皆さん無事です」

 

「しかし、あの議長の判断に助けられるなんてなぁ……何時も私たちの足を引っ張るくせに」

 

「それは……まあ、確かにそうなので否定はできませんね。ただ、今回の件は本気でヤバイものだということは理解してください。マコト先輩が風紀委員と協力するレベルだと」

 

「…………」

 

 

 イロハの言葉に、イオリは思わず振り返ってヒノム火山にそり立つ塔を見上げる。赤く染まった空、禍々しい塔。キヴォトスを覆う不吉な予感に、彼女は小さく身震いした。

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

 ミレニアムサイエンススクールはゲヘナ、トリニティと比べれば立地の良さや戦力の充足によって余裕があり、封じ込めも作業も何事もなく完了していた。さらにシャーレから受け取ったワクチンのデータを元に量産ラインを立ち上げ、第1ロットがまさに出荷されようとしている。

 

 そんな順風満帆に見えるミレニアムでも、空が赤くなる現象と続けて起きた地震は少なくない被害をもたらした。インフラに地下トンネルを多用しているため、構造が崩壊した時のダメージは他の自治区よりも大きいのだ。

 

 

「状況を報告して」

 

「自治区内のエリアの半分との通信が途絶、恐らく通信ケーブルの損傷だと思われます」

 

「ドローンで現場の確認を。封鎖部隊とワクチン製造ラインはどうなっているかしら」

 

「現在確認中」

 

 

 ミレニアムタワー、セミナーオペレーションルーム。詰めているセミナー所属の生徒たちはリオの陣頭指揮のもと、被害状況の確認にあたっている。現状わかっているだけでも自治区の半分が情報的に孤立しているわけで、その復旧のことを考えると頭が痛い話であった。

 

 かつてインフラの敷設を行っていたマシンであるハブがいればまだ気持ちが楽だったが、今となってはデカグラマトンの預言者として行方不明なため頼ることは出来ない。性能に劣る代替機で復旧しようとすれば、少なくない時間をとられることだろう。

 

 

『こちらリツコ、封鎖チームだ! この映像は見えているか!?』

 

「見えているわ。あれは……」

 

 

 封鎖チームを率いている副会長、鷹乃リツコはセミナー側からの安否確認を待つことなく自分から通信を入れると、ウェアラブルカメラの映像を転送した。それは一見普通の廃墟の様子に見えたが、かつてデカグラマトンが居たであろう最奥に巨大な塔がそびえ立っていた。

 

 

『あれは突然地中から生えてきた。それと、警備ドローンが次々と破壊されている! 映像で確認したが、エリドゥで襲いかかってきたアレだ!』

 

「あれって……まさか、無名の守護者だというの?」

 

『そうだ! 現在部隊の一部を対応に向かわせているが、相手が相手だから分が悪い。ケイを呼んでくれ、あいつなら何かわかるかもしれん!』

 

 

 リツコが呼ぶのは無名の守護者に深く関与している人物。天童ケイの名でミレニアム生徒登録され、セミナーに属している少女。正しくは少女型のアンドロイド筐体を制御している人工知能なのだが、本人は自らを生徒と定義しているため皆もそのように扱っている。

 

 

「今私を呼びましたか」

 

「ケイ、そこに居たのね」

 

 

 自らの名前を呼ばれたことを知覚し、リオの背後からケイは自らの存在をアピールする。彼女はア(・)リ(・)ス(・)と(・)ほ(・)ぼ(・)同(・)一(・)の(・)見(・)た(・)目(・)をしているが、唯一瞳の色がアリスと違う赤紫色をしているためその判別は容易い。

 

 ケイはリツコから送信されてきた映像を確認すると、解せぬといった表情を浮かべた。本来無名の守護者を制御しているDivi:sionは彼女が停止させて久しく、再起動もありえない。リオやヒマリの監視をすり抜けて何かを成すのは不可能だ。

 

 

「映像を確認しました、間違いなく無名の守護者ですね……Divi:sionの再起動はされていないのに、妙です」

 

『それがわかるだけでも収穫だ。こっちは連中が市街地に流れ込まないように阻止するので手一杯、戦力が足りない! リオ、何でもいいから増援を早くよこせ!』

 

「今、AMASの中隊を向かわせたわ。それ以上を出すには……まず、ユウカと相談しないことには」

 

 

 リツコの映像からは断続的に銃声が聞こえており、戦闘は近い位置で行われていることを伺わせる。援護を求める彼女のためにリオは自らの権限で動かすことができるAMAS(私物)を即座に動かすが、それ以上は以前のエリドゥでの一件で権限を没収されているため、セミナーの役員との相談が必要になる。

 

 人を動かせばコストがかかる。それはどのような状況であっても不変のものであり、それ故に相談相手は財布の紐を握る人物。つまり、会計である早瀬ユウカだ。合理主義を標榜するリオにとって感情を揺さぶる物言いをする彼女のことは苦手ではあったが、それでも今は逃げるわけには行かない。

 

 

『だったら早くしろ! こっちだっていつまで持つか―――』

 

『副会長、Bブロックの防衛線が破られました!』

 

『ええい、私が穴を塞ぐ! お前たちは死守だ、死守! 私はミレニアムラストヒーローだぞ!』

 

『副会長は女だからヒロインじゃないんですか?』

 

『やかましい! お前、後で催涙ガス耐久訓練(ガス室送り)だ!』

 

『ひどい! 今のパワハラですよパワハラ! 鬼! 悪魔! 暴君!』

 

 

 あちらでは状況が悪化したのか、リツコは血相を変えて走り出した。ウェアラブルカメラは放置されたままにただ廃墟と悍ましい塔の映像を流し、ついで激しい銃撃音をオペレーションルームへと届ける。

 

 

「……ケイ、シャーレへ連絡を。無名の守護者が現れたと言えば先生は応じてくれるはずよ」

 

「リオはどうするのですか?」

 

「ユウカと相談して廃墟に送る援軍を編成するわ。防衛線が完全に崩れるまでになんとか説得するつもりよ」

 

 

 そして、ケイとリオの2人も事態を打開するべく動き始めた。共通の友人であるリツコのために、そしてミレニアム、ひいてはキヴォトス全体のために。彼女たちは自らの端末を手にし、それぞれの相手へ向けて通話を試す。

 

 

「……ユウカ、直ぐにオペレーションルームへ来てちょうだい。話したいことがあるわ」

 

 

 リオは直ぐにユウカとつながり、彼女に話をしたい旨とそのためにオペレーションルームへ来てほしいということを伝える。だが、ケイが通話先として選んだ先生の個人用端末はいつまで経っても相手が出る気配がなく、不安そうな表情を浮かべて彼女は呟く。

 

 

「……先生に何かあったのでしょうか?」

 

 

 今、アビドス砂漠で何が起きているのか、彼女は知らない。

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

 遥か昔よりトリニティ自治区の未踏破地域として認識されていた山脈地帯、広く雲が立ち込め、山岳気流も気難しく空から近づくことすら困難であった場所、それが今や連邦生徒会のデータベースにおいてはアリウス自治区として登録されている。

 

 かつては曇天が日常であったこの地もエデン条約の一連の事件の後は雲が晴れ、蒼天を仰ぐことができるようになっていた。内戦やヒエロニムスによって荒れ果てた町並みも再開発が進み、危険度の高い古い建物はその全ての解体が終わっている。地球では考えられぬものだが、キヴォトスでは建築技術が異常発達しているのでこの程度朝飯前といえるだろう。

 

 こうして再建進むアリウスであったのだが、この地に流星が落ちたことで全てが変わった。幸い市街地から遠く離れた山の麓に落ちたこともあり避難の必要性は当初無かったのだが、空が赤く染まり巨大な揺れとともに塔が現れたことで事態は一変する。

 

 

「……これは、結構まずいかな」

 

 

 アリウス高校の校舎の近くの崖の上、双眼鏡で出現していた塔を眺めていたアツコは顔をしかめて呟きながらそれを降ろした。その両隣にはヒヨリとミサキが並び、同様に双眼鏡をもって監視をしている。

 

 塔の出現、それに伴う地震はアリウスに決して少なくない被害をもたらした。危険度の高い建物は解体撤去が済んだとは言え、まだ旧時代の建物が多く残っている市街地にとってこの地震は致命的で、崩壊した建物が何人もの生徒に怪我を負わせた。

 

 幸いにしてそれによる重傷者は出なかったが、これにより仮住まいを失ったものは多い。放り出された彼女たちはやむなく学校周辺に集まり、不安そうに肩を寄せ合っていた。アリウス自治区は再建途中で物資は不足気味で、このままでは内戦時代の暮らしに逆戻りだと皆恐れているのだ。

 

 

「……スバルから連絡があった。塔の周辺に未確認の敵が出現し、風紀委員が応戦中らしい。状況は極めて不利、時間稼ぎが精一杯だそうだ」

 

 

 状況に変化が無いかと警戒監視を続ける3人。少し遅れるようにしてこの場に現れたサオリは、先程まで通話に使っていたであろうスマホを眺めながら彼女たちへの報告を行う。それを聞き、ミサキは首をかしげる。

 

 

「敵?」

 

「こちらを見るなり攻撃してくるようなものは敵としか言えないだろう、とスバルが言っていた」

 

「ようやく平和がやってきて、私たちもキラキラした青春が送れるかと思ったらそんな未来は贅沢だってことなんですね。くるしいですよね、辛いですよね……でもこれが人生で……うわぁん! やっぱりそんなの嫌ですぅ!」

 

「ち、ちょっとヒヨリ……」

 

 

 地震で身一つのまま投げ出されたところに、スバル率いる風紀委員からの敵の襲撃があったという報告。あまりにも辛く厳しい現実の前に、今までは諦観とともに運命を受け入れていたヒヨリは思わず大声で泣いてしまう。ただ落ちるだけならともかく、上げて落とされた精神的ダメージはとても大きい。

 

 ヒヨリが泣きわめき、ミサキとサオリが宥めている中アツコは1人無言で考え込む。どうすればこの状況下でアリウスを生きながらえさせる事ができるのか、生徒会長という立場であるが故にアリウスの未来は彼女の小さな双肩にかかっていたし、アツコ自身その役割を受け入れていた。

 

 

「……みんな、残念だけど私たちの自治区には他の自治区ほどの余裕はない。戦う選択肢が取れない以上、選ぶことができるのは一つだけ」

 

「アツコ、それは……」

 

「残念だけど、一旦はここを捨ててトリニティ自治区まで避難する。年少組や傷病者を優先してカタコンベに送って、できることならトリニティと……先生に支援を要請。スバル先輩たちが持ちこたえている今じゃないと多分もう間に合わない」

 

 

 アツコが選んだのはアリウス自治区からの全面撤退。アリウス高校は他学園や連邦生徒会からの支援を受けていたが、独立からまだ2ヶ月も経っていない状況下で備蓄できる資源などたかが知れる。アリウス高校最大の武装集団である風紀委員が防戦一方であるならば、それ以上を求めることは不可能であった。

 

 だからこそ、スバル達が持ちこたえられている間に自治区から脱出をしなければならない。アツコの決意は固く、サオリ達も風紀委員の実力をよく知っているため現状どれほど不利な状況であるかを理解していた事もあり、アリウス自治区大脱出(Great Escape)は大きな反対もなく実行に移されることとなる。

 

 

 

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 眼の前にそそり立つ壁が巨大な塔の外壁だとマイケルが理解したまさにその時、周囲に突然と無名の守護者が現れて彼とその生徒たちを攻撃し始めた。しかし、メタルウルフは持てる火力をフルに使い集団を一掃、即座に脱出を決断する。

 

 

「全員ヘリに乗り込め、GOGO!」

 

 

 全員を抱えて飛ぶという手もあるにはあったが、それはあまりにもホシノ達にも負荷がかかるもの。そういう事もあり彼はアヤネに指示を出して夕立号を着陸させ、4人の他に黒衣のシロコを乗せると急速反転しながら離陸し発掘現場を後にした。

 

 メタルウルフは最後の最後まで地上に残り、ヘリの脱出を支援する。持ち込んだ武器は全て使い切るつもりで次々と現れる無名の守護者をちぎっては投げ、ちぎっては投げと粉砕していき、彼女たちが安全圏まで退避するまでの時間を稼ぐ。

 

 

「さて……このくらい暴れれば十分だろう」

 

 

 それから一体どれほどの時間を戦い抜いたのか、既に弾切れとなっていたMG200/ENの他にもミサイル、TWBZ、アサルトライフルといった使い勝手の良い武器も残弾を失い、残る武装は火炎放射器のみ。無名の守護者の残骸が積み重なって丘となる中、メタルウルフのコックピット内でマイケルは鼻を鳴らした。

 

 

『生徒さん達は無事に安全圏まで離脱しました! 先生も早く撤退を!』

 

「それじゃあ、こいつは最後のプレゼントだ!」

 

 

 アロナがヘリの脱出が終わったことを知らせると、マイケルは火炎放射器の燃料を使い切るつもりで引き金を引き続ける。あまりの高温に積み重なった無名の守護者の装甲がドロドロに溶け始め、生きている機体も次々に動作不良を起こして擱座していく。そして燃料表示がゼロになったのを確認するや否や、彼は離脱のためにブースターを点火した。

 

 爆発的な勢いで空高く登っていく濃紺色の装甲騎兵。どれほど高度を上げようとも眼の前にそびえ立つ塔の頂上が見えないという事態に、操縦感を握るマイケルの額に汗が浮き出る。果たしてこれは一体何なのか、誰が何のためにこんなものを用意したのか、それが一切わからないままというのは気味が悪い。

 

 しかし、これの調査を行っている余裕など1秒たりとも存在しないのも事実。彼はヘリの後を追うべく機体の向きを変え―――その時、視界の端に塔の中程の出(・)っ(・)張(・)り(・)に人影が立っているのが見えた。不気味な仮面を被ったスーツ姿の男、彼はなんの命綱も付けずに小さな足場に佇み、メタルウルフをじっと見つめる。

 

 

「あれは……!?」

 

「…………」

 

 

 何故かその男に懐かしい思いを抱いたことに驚きながらも、彼は冷静に先に離脱したヘリを追うように地平線の向こうへと飛び去っていくのだった。

 

 

To be Continued in Chapter2 ”Eve of Destruction(未来なき世界)”




 これにて第一章”The beginning of the end(終わりの始まり)”は終わり、第二章”Eve of Destruction(未来なき世界)”が次回から始まります。
 謎の敵による全面侵攻が行われ、予言に基づくキヴォトス終焉のカウントダウンが始まる中、混乱する各学園を纏め上げることができるのはシ(・)ャ(・)ー(・)レ(・)の(・)先(・)生(・)以外に存在しません。果たしてマイケル・ウィルソン率いるシャーレは滅びを回避し、未来を掴み取ることができるのでしょうか。


解説
ミュータント・プレジデント
 アルファ・ワームに寄生されたカイザーコーポレーション最高経営責任者であるプレジデントが変貌した姿。巨大な芋虫のような姿をし、肉の頭部の先端に機械の頭部が見えている。
 知性を持つ王幼虫に寄生されたため知能は高く、巨体を活かした体当たりを多用するため高い戦闘力を持つが、黒衣のシロコの圧倒的な実力を前に殲滅された。尚、ロボット市民はアルファ・ワームに寄生されても機械の体は同化しないため、中枢チップの回収は可能である。

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