マイケル・ウィルソンのメタルウルフはシャーレの最上階から飛び出すと、何度もビルの屋上に着地して息継ぎをしながらD.U.の赤く染まった空を舞う。あちこちで銃声や爆発音が鳴り響き、火災も起きているが消火に当たるべきヴァルキューレの消防局はこの状況下では出撃できず、ただ自然と延焼が止まるか、あるいは火災そのものが吹き飛ばされて鎮火するのを待つ他無い。
大通りを使って避難してくる避難民の上空を通ったマイケルは、その最後尾から数百メートルのラインまで敵集団が侵攻しているのを確認する。敵の種類はミレニアム、エリドゥで交戦した経験のあるタイプ、ケイが教えてくれた通りの無名の守護者だ。さらに良く見ると、青白い影もその列に加わっているのが見える。
「あれが新しいタイプの敵か」
『はい、以前に遭遇した記録はありません。ただ、反応はエデン条約の時のユスティナ聖徒会のミメシスに酷似しています』
アロナにデータを照会するが、彼女はそれが未知の存在だという。しかしカメラをズームさせ、その姿が明らかになるとマイケルは驚きを隠せなかった。
「……おいおい、あれは我がアメリカのM1エイブラムス!? 一体全体どういうことなんだ!」
『わ、わかりません』
それは、アメリカ陸軍が誇る
カイザーの持つドロシー級、あるいはワグナー級の超大型戦車を持ち出さねばこれには対応できまい。
もっとも、ミメシスが何処までそれを再現できているのかというのは不明である。だが、楽観視は出来ない。
(まさか、あんなのまで出てくるとは……これは生徒たちには分が悪すぎるが、今更ここで作戦を変えると救出が間に合わない)
避難民の列の最後尾、ヴァルキューレの小部隊が避難民の盾としてその侵攻を押し留めようとしているが、基本的に多勢に無勢であり僅かな時間稼ぎしか出来そうにない。彼女たちが使用していた装甲車はたちまち無名の守護者の放つレーザーの集中攻撃を受けて炎上、運転手や射手が慌てて飛び出すのをマイケルは見た。
「……このまま通り過ぎるのは私の信条に反するな」
『了解しました。火器管制、オンライン!』
彼はそう独りごちると、武装をコンテナから取り出す。
「OK...Fire!」
彼の意図を察したアロナは直ぐに火器管制システムを同期させ、ターゲットをロックする。32発分のミサイルを個別にマルチロックすると彼はトリガーを引き、その名前の通りにミサイルは隕石の群れとなって大通りに降り注いだ。
その結果をじっくりと観測する時間は無かったが、結果は分かりきってる。地上に咲く爆炎が消えるとヴァルキューレの防衛線に近づいていた敵集団の先鋒は吹き飛び、クレーターだけが残されていた。エイブラムスの集団の先鋒は直撃を受けたのか、その姿は残っていない。
つい先程踏み潰されそうだったヴァルキューレの生徒たちは何が起きたか理解できずに周囲を見回し、しかし上空に居るメタルウルフを見つけると笑顔で手を振る。マイケルは小さく左手を振って応えると、そのまま本校舎へと向けて飛び去った。
「後はFOX、HOUND、RABBIT、そしてホシノたちに任せよう。さっきの戦車のデータも送るんだ、コイツのライブラリに原型のデータが有る」
『はい、直ちに送信します。生徒さん達も後数分で到着するはずです。それとヴァルキューレ本校舎まで残り15km』
「全速力でかっ飛ばせば大体残り3分ってところか」
放物線を描くように短距離の飛行を繰り返しながら目的地へと近づくメタルウルフ。段々と禍々しい赤い塔が近づいてくる中、目標であるヴァルキューレ本校舎がついに視界内に入るが、既に周囲は敵に囲まれていた。これはアロナの情報通りだが、こちらには先程のミメシス戦車はいないらしい。
「もう1斉射いくぞ、ロックオン!」
『敵脅威度判定評価、照準OKです!』
「Fire!」
アロナに敵へのロックオンを任せ、マイケルは機体をヴァルキューレ本校舎の真上に移動させる。ここに来れば撃ち下ろしたとしても、校舎に流れ弾が命中する恐れは殆ど無い。
引き金を引き、再び32発のミサイルが降り注ぐ。一発一発が確実に、敵を効率的に吹き飛ばせる目標へと突き進み、地上に32の爆発が発生した。
「さあ、主役は遅れて登場だ!」
そして地上に猛烈な勢いで降下したメタルウルフは丁度正面入口から内部に侵入しようとする守護者を勢いよく踏みつけて潰し、右肩に担いだ
『Let's partyyyyyyyyy!!!』
トリガーを引けば、青いパルスレーザーが守護者の群れをあっという間に
「先生、一体どうしてここに!?」
「カンナか、こんなパーティーを開いているのに招待状を送ってくれないなんて酷いじゃないか」
「まさか助けに来てくれたのですか? カイザーと手を組んだこともあるこの私を」
「私はただ、パーティーの気配を察知して飛び込み参加しに来ただけさ!」
戦闘の音を聞きつけたカンナが校舎の中から姿を見せ、メタルウルフを見上げると驚きの声を上げる。包囲されて救援要請を出せる状況では無かったのだが、それにもかかわらずこの場に駆けつけてくるとは彼女は思いもよらなかったのだ。
マイケルはそんなカンナを安心させるようにジョークを交えつつ、一旦銃身を冷却するために射撃を止めて振り向いた。カンナの背後には校舎内に居残っていたヴァルキューレの生徒たちが控え、恐る恐るといった様子で外を伺っている。
「私が脱出路を拓くから、君たちは市民を連れてここを離れるんだ」
「し、しかし先生一人であの数は」
「問題ない。この程度、準備体操にもならないさ!」
冷却が終わり、射撃を再開するメタルウルフの前に守護者の群れは手も足も出ない。つい先程までヴァルキューレの生徒たちを追い詰めていたはずが、その立場は今や逆転していた。
生徒の攻撃に対して高い防御力を誇った金属製のボディも、パルスレーザーの直撃を受ければ障子紙のようなものでしか無い。戦闘開始から5分も経っていないというのに、すでに守護者は3桁に登ろうかというほどの被害を出している。
「……ッ、直ちに市民を連れてこの場を離れるぞ!」
「は、はい!」
これほどの損害を相手に与え、まさに血路を拓いてくれているというのに、自分達が呆けて好機を逃したとなればキヴォトス中のもの笑いの種になる。カンナは直ぐに部下たちに檄を飛ばし、市民の脱出を行うように命じた。
それからヴァルキューレの生徒たちは留置所に避難していた市民たちの下へと向かい、本校舎からの脱出という方針を伝えた。敵が包囲していることは既に知られていたこともあり、ここから逃げるということについては文句は無かったようだ。
「でも、包囲されてるのに逃げるなんて大丈夫なのか?」
「そ、それは……」
「……大丈夫です! 外ではシャーレの先生が戦っていますので!」
だが、脱出の時の安全確保はどうなのかと問われると言葉に詰まる。キリノがシャーレの先生が単身戦っているということを市民に伝えると、彼らは互いに顔を見合わせた。
「シャーレの先生?」
「
「一人で? 大丈夫なのか?」
市民たちは不安そうにしている。当然だが、たった独りで敵集団を押し返すというのは非常識なものであり、その不安は妥当なものだ。
この状況下、外に出ることに抵抗がある市民たち。しかし、その中の一人が思い出したように口を開いた。
「俺は前に見たぞ、シャーレの先生がバカでかいメカ相手に戦ってたのを。あれは……ヴァルキューレの第三分校のあたりだった」
「そういえば、カイザーPMC相手に暴れまわったって聞いたことがある」
「もしかして……いけるのか?」
マイケルの活躍、それを覚えていた人々の声が市民たちの不安を氷解させていく。
こういう時に大事なのは背中を預けて大丈夫だという安心感で、彼の暴れっぷりはそれを十分に市民たちに与える事ができていた。
「それでは皆さん、私達についてきてください!」
「キリノ張り切ってるねぇ……」
「お前も頑張るんだよフブキ。生活安全局でライフル持ちは少ないんだ、お前の火力も期待されるぞ」
「いったっ! ……もう、何すんのさ先輩」
脱出を決めた市民たちはキリノの先導のもと、避難していた留置所を後にする。最後尾についていくフブキは誕生日が1日しか違わない同期が張り切っている事に小さく感想を漏らすが、隣にいた先輩にそれを聞かれてしまい、ケツを引っ叩かれて少し涙を浮かべた。
ただ、その先輩が言うように生活安全局の生徒は殆どが拳銃を装備しており、それほど戦闘力は高くない。守護者の装甲を破るには拳銃弾では心もとないため、フブキのようにライフルを持つ生徒の火力は貴重だった。
市民たちがヴァルキューレの生徒の誘導に従い外に出ると、正面入口から通りを過ぎるまで敵の残骸で彩られた脱出路が出来上がっていた。メタルウルフが駆け回り、近づいてくるものを残さず容赦もなく叩き潰した結果、敵はついにその包囲の輪を断ち切られたのだ。
「さあさあ、優先道路はこちらだ!」
「皆さん、走ってください!」
新たに射線に入った敵に対し、グレネードランチャーを放って吹き飛ばしたマイケルは再装填を行いながら市民たちに移動を促す。一瞬呆けてしまった彼等だったが、カンナが即座に先頭を切りながら声を上げたことで我に返り、後を追って走り出した。
「急げ、急ぐんだ!」
「はぁっ、はぁっ」
「あっ! あぁぁ~~ん!」
しかし戦場の真っ只中を走り抜けろというのは一般人には厳しいものがある。舗装された路面は抉れ、大地は掘り返され、クレーターのようになっている場所もある中走れば、躓いて転んでしまうものだって居た。
小さな子供が一人転び痛みに泣き声を上げるが、周囲の大人は逃げるのに精一杯でかまっている暇はない。しかし、そんな子どもが置いてけぼりになることはなかった。最後尾に居たフブキがその子どもを咄嗟に抱え、集団から遅れまいと全力で駆けたのだ。
「フブキ、今のファインプレー!」
「ああもう、無事に終わったらミスドの限定ドーナツ、先生に買ってもらわないと割に合わない!」
先輩にフォローされつつ、避難の列へと追いつくフブキ。こんな命がけの状況になるとはヴァルキューレ入学当初は予想していなかったが、だからといって拾った責任を投げ捨てることが出来ないのが彼女だ。
「よし、一先ずはこれでお開きだな」
市民たちが全員本校舎を離れ、通りへと消えていく。それを見届け、マイケルはトリガーから指を離して射撃を停めた。既に敵集団はほぼ壊滅しており、避難民を追うほどの数はない。高温になった銃身からは陽炎が立ち、周囲の風景を歪ませていた。
攻撃を止めた彼は敵の追撃が無いことを確認した後、先頭を走るカンナの横へと飛ぶ。着地の衝撃でアスファルトが大きく割れるが、彼女はそれを咎めることはなかった。
「
避難民たちの前をを走り、シャーレへの道を切り開くメタルウルフ。その背中は力強く、不思議とついていけば何とかなるという気持ちになる。危機を脱した彼等は安全な場所―――シャーレを目指し、歩みを続けるのだった。
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マイケルが道中避難民を追う敵集団を爆撃した後、ヴァルキューレ本校舎へと飛び去っていった数分後、シャーレの方向から4機のヘリが避難民の列の真上を通過していく。その編隊は立ち並ぶビルの屋上に横付けすると、収容していた生徒たちをそこへと降ろした。
各々別々のビルに降りたSRT特殊学園、FOX小隊、HOUND小隊、RABBIT小隊、そしてアビドス高等学校の面々は各々得意な戦闘レンジで戦うべく配置につく。スナイパーは屋上に、ポイントマンとアタッカーは路上に、ヘリパイロットは近接航空支援のためにビルから離れ、ある程度の距離をおいた。
「FOX4配置完了」
「ら、RABBIT4、配置完了」
専任スナイパーであるオトギとミユの2人はビルの屋上から通りを監視するべくスコープを覗けば、見えるのは通りを埋め尽くす無名の守護者達。四つ足型を先頭に進み、後方にはサソリ型とクラゲ型が控えているのが確認できる。
さらにその奥、無名の守護者の集団の後方には青白い影が続いているのが見えた。キヴォトスで見かける戦車や装甲車よりも重厚で、まるで城塞を思わせるようなその姿、先程マイケルから送られてきたデータで詳細を確認できたが、M1エイブラムスの車列だ。周囲には同じように青白い人影が見えたが、頭上にヘイローの無いその集団は随伴歩兵のように思えた。
「あれって……ヘイローのない人!? あれ撃っちゃっていいの? 先生と同じだとすると死んじゃうんじゃ……」
「あら、アビドス高校の人たちは見るの初めて? あれは生きているものじゃないから別に気にしなくていいわよ」
「へぇ~……おじさんこういうの初めてだよ、不思議なこともあるもんだねぇ」
エデン条約事件の際に
「あ~……やっぱりやばいよあの戦車、大砲が大きい」
『データによれば120mm砲らしいよ。それに、装甲もカチカチだって』
『まず先制して車列を叩く。HOUND2、照準用レーザー照射』
『くひひっ、派手な爆発が起きそう……RABBIT3、同じく照準用レーザー照射!』
『夕立号、攻撃します!』
阻止部隊はまずヘリからの
あのミメシスに果たしてそれがどれほど有効なのかは不明だったが、バルバラのような強力な個体も対戦車手榴弾の攻撃で撃破出来たというデータがあるため、恐らく有効だろうと考えられた。
ヘリから放たれた
『FOX4、爆撃効果判定を要請』
「りょーかい……戦車4、歩兵複数撃破。ただ、敵の脚は止まっていないよ」
『了解、一旦距離を取って再アプローチ』
ユキノの指示により攻撃の効果を確認したオトギは見たままをそのまま口にする。ミサイルは命中したものの、たった4発では敵の脚を止められるわけがなかった。無論、それは想定の通りである。
ミサイルの残数は限られている以上、ここで全弾一気に放つ事のリスクは高い。ヘリ部隊は一旦距離を取り、戦場を俯瞰する位置へと下がっていく。
『……こちらFOX1、航空攻撃は適時継続。地上部隊は敵集団が射程に入り次第撃て!』
『HOUND了解』
『RABBIT、了解』
『りょーかいりょーかい、おじさんも本気を出しちゃうよ~』
だが、敵の先鋒を待ち受けるのはキヴォトスでも選りすぐりの戦闘集団であるSRTと、その土地柄ゆえ強くなければならなかったアビドス。彼女たちの武器の射程に入り次第、たちまち正面からの砲火が無名の守護者を襲う。
蜂の巣になる四つ足、レーザーを撃つ間もなく擱座するサソリ型、それらをリペアしようとするもすかさず狙撃の銃弾により撃破されるサソリ型。次々に無名の守護者達はその残骸を晒し、しかし物量でじわじわと前線を押し上げてくる。
「これは……ちょっと戦い方変えないとまずいかもね」
「戦い方を変える……どういうことだ、小鳥遊ホシノ?」
「あ、トミちゃん聞こえちゃった?」
乗り捨てられた車を遮蔽にして射撃を続けていたホシノは、撃っても撃ってもキリのない状況に少々苛立ちを覚えながら言葉を漏らす。同じ車にいたトミがリロードしながら聞き返すと、彼女はぎこちない笑顔を見せた。
「……正直、銃弾だけで倒すとなると弾が足りないからね。もっと効率的に、一気に沢山倒せるような手段があればいいんだけど」
「そんな方法があれば、とっくにやってる!」
「そりゃそうだよねぇ」
ホシノがいい案が無いか考え込んでいる間にリロードを終え、銃撃を再開するトミ。彼女のツッコミにそれは尤もだと思いながらホシノは同じように射撃を再開する。
「……ホシノ先輩」
「んん? どうしたのかな、あっちのシロコちゃん」
「私にいい考えがある」
「……なーんか嫌な予感がするけど、一応聞こうか」
延々と射撃を続ける中、気配を感じさせずにいつの間にか後ろに居た黒衣のシロコが声をかけたことにホシノは内心驚いたが、それはあまり表面には出さずに応える。
こちらのシロコの言う”いい考え”というのは大抵
「この通りは暫く直線。深く引き込んだところでビルを爆破し、倒壊させて押しつぶせばあの戦車だって一発。敵の追撃も防げる一石二鳥」
「うわーっ、やっぱり碌でもない事を!」
黒衣のシロコが提案したしたのはビルを犠牲に敵を倒すプラン。迫りくる敵集団から避難民を守り、シャーレの保護区域まで無事に送り届けるのは通常の手段では無理だと彼女は判断していた。
ヘリによる近接航空支援は敵の
「……なるほど、良い案だ。それなら確かに直ぐに用意できる!」
「嘘でしょ!?」
「少し待て、FOX1に相談する」
まさかあのお硬そうなトミが黒衣のシロコの案に食いつくとは。ホシノは思わず声を上げるが、それを無視して彼女はユキノの横に駆け出していく。
「FOX1、アビドスから提案があった。ビルを爆破し、敵集団を押しつぶすプランだ」
「ビルを?」
トミから話を持ちかけられ、ユキノは左右に立つオフィスビルを思わず見る。D.U.のオフィスビルは立派で、そう簡単に倒せるとは思えなかった。
「構造計算する余裕はないぞ。ビルの爆破は緻密な計算がなければ――――」
「それはあくまで被害を抑える解体方法だ。今回は雑に崩しても問題ない」
「……」
ユキノは迷っていた。敵を倒すために市民の財産を犠牲にしてもいいものか、その決断を彼女は下せない。かつての任務で市民に被害を出し、糾弾された記憶が蘇ってしまう。
「FOX1、準備の事を考えればあまり時間がない。決断をしてくれ」
「……わ、私は」
決断を迫るトミであったが、ユキノはうまく言葉が続けられない。果たしてどうすれば良いのか、何が正しいのか、頭の中でその問いがぐるぐると巡っていた。
しかし、迷っている間にも時間は1秒1秒と過ぎていく。業を煮やしたトミは無線機のチャンネルを切り替えてシャーレの先生―――マイケルを呼び出す。
彼は生徒の自主性を優先しているため細かい指示を出さないタイプの人間だが、目標を達成するための手段に関しては責任を取ってくれることをトミのみならず、HOUND小隊のメンバー全員が熟知していた。
それに、彼こそが指揮系統の最上位なのだ。彼の意向を確認する必要もある。
「先生、HOUND1だ。少し相談があるが……今、いいだろうか」
『おっと、トミか。こちらは取り込み中でね、できる限り手短に頼むよ』
無線の向こうではマイケルは激しい戦闘を繰り広げているらしく、モーターの回転音や爆発音が時折言葉を遮るように聞こえてくる。それでも生徒の要請に対応するだけの余裕はあるらしい。
「通りの敵が多い。このままでは抜かれてしまうから、食い止めるために思い切った手段を取りたい。具体的にはビルを爆破して敵を巻き添えにする」
『……ビルを? なるほど、確かに
「……了解した。HOUND1、アウト」
マイケルの言葉の意味を正しく理解したトミは通信を切り、ユキノへと顔を向ける。
「先生の許可が降りた。優先するべきは財産ではなく命、だそうだ」
「そうか……わかった、アビドスの案を進めてくれ」
「了解」
自分達以外であればRABBIT3、風倉モエももしかしたら詳しいかも知れないが、ヘリを操縦している彼女をこの場に呼びつけるわけにはいかないし、まず最初に頼るべきは小隊員というのがSRTにおける常識だった。
「HOUND3、ビルを爆破するぞ。お前に爆薬の設置を命ずる」
「マジ? 随分思い切った判断するねぇ……了解、どのビルを吹き飛ばす?」
「あそこだ、あのビルだったら倒れれば道を完全に塞ぐし、横幅も広いから沢山巻き込める」
「わーお、これはまた立派なものを」
トミが指さしたビルはこの通りの中でも立派な方で、前面がガラス張りの鉄筋コンクリート造のもの。これを崩すとなれば結構な量の爆薬が必要そうだが―――
「チャイテ、後方収納扉ロック解除」
『了解』
「……相変わらずだが、お前は任務に不必要な量の爆薬を持ち込んで戦争をおっぱじめるつもりなのか?」
「ふふっ、だがおかげでビルを爆破できる。笑えるだろ?」
「……とりあえず、タエコの抜けた穴は私と茶柱号で何とかします」
「任せたよHOUND4、それにチャイテ」
『任せろ、ボス』
アリアと茶柱号はタエコが戦線離脱する穴を埋めるために火器の使用頻度を上げる。彼女は外骨格を装備した重装版なので火力は一時的に上がるが、引き換えとして継戦能力は下がってしまう。しかし、爆薬の設置の時間を稼げれば勝ちなのでそこは気にするものではない。
トミは再びアビドスの生徒たちの下へと走った。SRT同士は何も言わずとも連携が取れるが、その一方で他の学園との連携を考慮していないため、アビドス高校に特別に合わせる必要があったのだ。
「そっちのデカい方のシロコの案を採用した。今HOUND3が爆弾を仕掛けているから、合図があったら後退するんだ」
「ん」
「ほんとにやるんだ……」
作戦が採用されたという事に黒衣のシロコは自慢げな表情を浮かべ、一方ホシノはマジかよと顔をひきつらせた。とはいえ、決まった以上はそれを前提に動くだろう。ホシノは後輩たちに注意を促すべく叫ぶ。
「皆! トミちゃん達が何かやらかすらしいから、私の合図で後退して!」
「んっ、了解」
「はーい♧」
「……待って、戦車の砲塔がこっち向いてる! 伏せて!」
「!!」
これほど激しい銃撃が行われている中でも、アビドスの一同はホシノの注意喚起を聞き逃さない。振り向き応えるシロコとノノミだったが、セリカはスコープの向こうでエイブラムスの砲口が真円に見えたことで声を上げた。
この場にいる全員は瞬時にその声に反応して伏せると、直後雷鳴の如き砲声が鳴り響き、爆発と共に路上に放置されている車両が何台も吹き飛ぶ。そして、1台の車両が丁度シロコの真上に落ちようとしていたが―――
「あっ―――」
「……させない!」
まさにシロコの頭上に落ちる寸前、黒衣のシロコは空間に穴を開けて勢い良く飛び込むと、鋭い蹴りで自動車の残骸を貫く。側方から力が加わったことで自動車の軌道が変わり、何もないアスファルトの路上に残骸は突き刺さった。
「これは貸し1つ」
「……ん、ありがとう。お礼ぐらいは言える」
すっと着地した黒衣のシロコは少々自慢げな顔をしながら振り向き、一方助けられた方のシロコはちょっとだけムスっとしながらも、助けられたことは事実なので礼を言う。ホシノが苦労して常識を覚えさせた甲斐があったというものだ。
「くそっ……後退しろ、後退!」
「こちらRABBIT1、後退をカバーします!」
『FOX4支援射撃開始。20秒後にはこっちも逃げるよ、RABBIT4も遅れないで!』
『は、はい!』
しかし、今の砲撃で障害物は壊され、身を伏せたために火線が途切れ、敵集団は足止めを受けることなくその歩みを進めることに成功していた。SRTのメンバーは敵との距離が詰まったのを見ると後退を優先し、互いにカバーしながら距離を離そうとする。頭上を対戦車ミサイルが過ぎ去り敵の車列が爆発に飲まれ、また何台かが消えていく。
近接航空支援によって戦車の火力が低下したことで生徒への圧が低下し、後退はスムーズに行われていた。やはり戦車というのは歩兵に対して強力な存在なのだ。
「こっちも下がらないと囲まれるか……みんな、下がって!」
ホシノもそれを横目で見ると、アビドス一同への後退を指示。SRTが訓練されて統率された動きをするのなら、アビドスは個々の実力に基づくもの。自分で自分の後退を援護するというのはかなり異質だが、無事に後退出来た以上はそれが全てだ。
そして彼女たちが後退した先にあるのは爆破予定のビル。ちらりと横目でロビーを見ればタエコが一人で爆薬をあちこちに設定している姿が見えた。
「HOUND3、まだか!?」
「待って待って、後少しだから。1分もあれば終わるよ」
「遅い! 30秒で済ませろ!」
これ以上の後退は爆弾設置が完了しなければ不可能。トミがタエコ急かすが、彼女は柱に付ける爆弾の位置が気に入らないのか何度も直している。
「砲撃、来るぞ!」
「くそっ、近接航空支援が来ても戦車の数が減らない……!」
だが、戦車の集団が再編されて射撃を始めればあっという間に遮蔽は吹き飛び、爆風や破片をやり過ごすために伏せれば射撃が止まる。その隙を突き無名の守護者は前進を続け、ついにはもう目と鼻の先まできていた。
ここに至ってはもはや後退する他無い。先程後退したばかりだが、このまま乱戦状態になればまともに下がることなど不可能であり、背中を撃たれるリスクが上がるばかりだ。ユキノは全員に聞こえるように大声を張り上げた。
「後退、後退しろ!」
「全員後退! 後退!」
それに合わせて抵抗線を下げていくが、ビルの中に居たタエコは脱出する余裕もなく、後退する集団からはマズルフラッシュしか見えなくなっていた。このままでは嬲り殺しになる―――隊長であるトミはしかし、もはや助けられぬことを理解して唇を強く噛んだ。
―――だが、そんな結末など許されない。
「大丈夫、私に任せて」
「何をする気だ……!?」
黒衣のシロコが隣に立ち、トミの肩に手を乗せる。一体何をするつもりなのかと身構えるその眼の前でシロコは空間に穴を開けると即座に飛び込み、3秒も経たぬうちにタエコの襟を襟首を掴む形で戻ってきた。タエコは何が起きたのか理解していないようで、表情は驚愕のままに固まっていた。
黒衣のシロコのワープを知るのはアビドス組とマイケルのみ。初めて見る超常現象に地上に居た全員がポカンと口を開けていたが、そんな隙を見逃すわけもなく敵集団からの砲火が飛んでくる。
「うわっとと……び、ビックリした」
「今の手品は何だ!? お前はマジシャンなのか!」
「ん、そんなことよりそろそろ爆破したほうが良いんじゃない?」
急いで遮蔽に隠れ、先程のワープについてをトミは問いただそうとする。しかし落ち着いた様子の黒衣のシロコがビルを指差し、それに釣られるように顔を向けると、敵の先鋒が丁度ビルの前を通過しようとしている場面だった。ここで爆破すれば後衛の戦車に残骸が降り注ぐことだろう。
「……急いで起爆しろ! 今だ!」
「り、了解」
トミが慌てながら起爆を急かし、タエコが大急ぎで起爆スイッチに指をかける。重めの抵抗を感じながらもスイッチをONにすると、次の瞬間爆発音と共にビルのフロアから大量の粉塵が通りへと向かって噴き出した。
巨大なビルが構造を震わせ、まるで悲鳴の様な音を上げる。
衝撃波で割れたガラス張りの面は全てが粉々に砕け、その破片が路上に降り注ぐ。
「やった! 倒れるぞ!」
「これで何とかなりますね……」
その光景を見て喝采を上げるもの。安堵するもの。様々な視線の先でビルは支えを失い、段々と重力に従い倒れようとし――――
「そんな……!」
「……冗談じゃないぞ」
―――先程まで段々と傾いていたビルはピクリとも動かなくなっていた。
特殊部隊とは無敵の集団ではありません。決して敵主力の正面に展開させて敵を受け止めようとしないでください。
大統領が2人いれば簡単な話ですがそうもいかないもので…