セリカ誘拐事件が解決した翌日の早朝、アビドス旧市街地郊外の砂漠の外れ、先の戦闘でヘルメット団の戦闘部隊が壊滅した場所に複数の人影があった。
その人影は砂漠に埋もれた重戦車『ドロシー』の周囲に集まり、車体を覆う砂を掘り返しているようであった。
「うーん、ちょっと派手にやりすぎたねぇ先生」
”あの時は仕方がないだろう。それに、全部掘り返す必要もない”
その人影の正体は対策委員会のホシノとシロコ、そして顧問であるマイケルである。
この場に居ないノノミとアヤネは何かあったときのために校舎に残し、セリカはまだ休養が必要だとして家で休ませていた。
『メタルウルフ』が適当に廃材ででっち上げた大型のスコップを使い大まかに砂を掻き出し、それからホシノとシロコが細かいところを掘り返すということを繰り返していき、30分も経てば車体の半分は砂の中から露わになっていた。
この程度で十分だなと一息ついたところで、マイケルのスマホからモモトークの通知音がなる。
”っと、連絡が来たか。あと数分でやってくるらしい”
「ん、予定通りだね」
そして待つこと数分、太陽が僅かに地平線から離れた頃にアビドスの乾いた空気をジェットの噴射音が引き裂いた。
視線を上げてみれば箱型のVTOL輸送機が上空に姿を表し、ゆっくりと高度を下げて大量の砂を巻き上げながら着陸すると、ハッチを開けて複数の人影がタラップを降りて整列する。
先頭に立つのは薄紫のロングヘアーを持つ少女、その人物とマイケルは面識があった。
”やあウタハにユウカ、よく来てくれた”
「先日ぶりだね先生。さて、アビドス高校の生徒だね? 私はミレニアムサイエンススクールの3年、エンジニア部部長の白石ウタハだ。
この戦車の調査を担当させてもらうが、そのためにこの戦車を買い取りたい。細かい数字はまだ出せないが、そのためにセミナーから会計を連れてきた」
「ミレニアムサイエンススクール2年、生徒会セミナー会計早瀬ユウカです。これが例の戦車ですか……普通の戦車よりもずっと大きいですね」
「うへぇ~、アビドス高等学校3年の小鳥遊ホシノだよ、よろしく~」
「2年の砂狼シロコ。さすが三大校、いい装備してる」
「こーらシロコちゃん、変な目で見ないように」
互いに挨拶を交わし、『ドロシー』の前に立つ。
巨大戦車は後ろ半分を砂に埋もれさせながらも、ほとんど目立つ損傷もなく、強いて言えばミサイルポッドが脱落し、右履帯が破断しているぐらいだろう。
外観を見終わったウタハは砲塔に上ると破壊されたハッチから中に潜り込み、各種機器のチェックを始めた。
ちなみにだが、『ドロシー』の所有権は本来アビドス高校側にはなく、かといってヘルメット団が所有権を主張すれば物理的に黙らされ、クライアントは身を隠す必要から主張することすらできないので実質アビドスの所有物となっている。捨てるやつが悪い。
「いいね、とても状態が良い。見たところトラップも無さそうだし、動力を用意すれば動きそうだが……燃料は無し。おっと、この隙間に……これは、マニュアルか?
……すごい、5倍以上の電力キャパシタがある! この形式は……今まで見たことがないタイプだぞ! ユウカ、こいつはお宝だ!
エンジニア部の残りの予算だけじゃとても価値に見合わない……済まないが来年の部の予算に手を付けていいから特別予算を出してくれないか!?」
「ウタハ先輩、正気ですか!?」
「正気さ! 私自身が作れていないのは残念だが、このエネルギー砲とそれに付随する各種回路は解析するに値するものがある!」
興奮しながらウタハが砲塔から顔を出す。
目を輝かせ、手に入れたマニュアルを愛おしそうに抱きかかえながら降りてきた彼女はユウカにVサインを出してみせた。
それを見て仰天するのはユウカである。それはVサインでないことを理解したからだ。
「2億!? ちょ、ちょっと待って先輩、これは会計一人で決められるものじゃありませんよ!」
「リオやリツコに相談しても全然いい。ヘルメット団がこれを壊しに来る前に確保しておきたい!」
「な、なんだか凄いことになってるねぇシロコちゃん」
「2億円の価値があるなら、一気にアビドスの借金を減らせるよ先輩」
ウタハの熱量に圧倒されているアビドスの二人であったが、それでもわずかに理解できる部分でことの大きさを実感し、揃ってミレニアムの二人を見ながらホシノは顔を引き攣らせ、シロコは目を輝かせた。
まるで宝くじの一等があったようなものであり、思いがけない幸運であったと言えるだろう。
「……はい、はい。ウタハ先輩、許可が降りました。セミナーは特別予算を出すそうです」
セミナーの会長、副会長と通話をしていたユウカが顔を上げ、OKのサインを出すとウタハは満面の笑みを浮かべた。
「そうか! それは良かった……これでエンジニア部の目標、宇宙戦艦の開発に弾みがつく!
さて、小鳥遊さん……2億でこれを買い取り、そちらの要望通りに調査する。どうだろう?」
話を振られたホシノは一瞬ぎょっとしたものの、すぐに表情を整え顎に手を添えながら考え込んだ。
2億円はとても魅力的で、解析もしてくれるというのならば言うことはない、がしかし彼女の根底には他の学園に対する不信感があった。
ちゃんと支払われるのか、要望通りに調査できるのか、疑ってしまえばきりが無いのだが、彼女は疑ってしまう。
「本当に支払ってくれるんだよね?」
「もちろんだ! 光学兵器はロマンだからね。これを譲ってくれるなら、このくらい安いものさ!」
満面の笑顔で『ドロシー』の砲身に頬ずりするウタハに再度顔を引きつらせるホシノであったが、彼女の熱意は本物のようだ。
ちらりとユウカと話をするマイケルを見たホシノは少し瞑目し、決断した。
あの大人をほんの少しだけ信用しよう、それが彼女の答えだ。
「それじゃあ、取引成立ってやつで」
「感謝するよ、早速回収作業にかかろう! 輸送部の皆、頼んだよ」
ウタハが号令を出すと背後に控えていたミレニアムの生徒が一斉に動き出し、『ドロシー』の回りに取り付いた。
そうして『ドロシー』の解体作業が始まり、午後にはミレニアムからやってきた回収用のトレーラーに積載され、日が沈む頃になるとアビドス自治区から去っていった。
振込は後日ということであったが、大金を入手したという事実は大きく、ホシノとシロコは終日機嫌が良さそうであったという。
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更にその翌日、ようやくセリカも復帰して対策委員会の全員が揃ったことを祝うために柴関ラーメンに揃って快気祝いの食事会を行おうとしていた。
前日の出来事は既に共有されており、2億の臨時収入があると知らされたときのノノミ、アヤネの喜びようは凄まじく、セリカに至っては完全に魂が抜けたかのように数分間反応が無かったという。
ともあれ、そういう余裕からか派手にパーッとやろうという流れになり、顧問であるマイケルを巻き込んでの食事会ということで、全員でアビドス高校から柴関ラーメンへと向かう途中、セリカが盛大にため息をついた。
「はぁ……こんなにあっけなくお金が手に入るとか今までの苦労は何だったの……」
「まぁまぁ、これは宝くじがあたったみたいなものですから……」
必死に苦労してバイトをしても到底手に入らぬ大金がただの1日で手に入ったという事実に打ちひしがれているセリカをアヤネは慰めるが、返ってくるのは長いため息。
若干顔を引き攣らせて苦笑いし、先輩たちに助けを求める視線を送るが、上級生3人は処置なしと言わんばかりに首を横に振った。
ただマイケルは肩をすくめながらも、セリカへの慰めとも取れる言葉を掛けた。彼女の努力は無駄ではないと伝えるためだ。
”とはいえだ、これで借金がなくなるというわけでもない。まだまだ先は長いぞ”
「分かってはいるんだけど、はぁ……」
再びため息、足取りも重そうなセリカを一通り励ましながら彼女たちは柴関ラーメンにたどり着き、暖簾をくぐった。
入ってきた対策委員会の面々を見た柴大将は目を丸くし、仕込みをキリよく終わらせるとセリカに駆け寄り、手を掴んで喜びを表す。
救出直後にセリカの無事を知らされていた大将であったが、直接見るまでは心配でたまらなかったのだ。
「セリカちゃん! 大怪我をしたって聞いた時は心配したけど、元気そうでよかったよ」
「大将、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫なので、バイトのシフト入れますよ」
「本当に大丈夫かい? なら、今日のシフトは無いから入ってもらおうかな。今日は誰もいなくてね、セリカちゃんが居てくれると助かるよ」
いつものクセか、あるいは義務感からか、即座にバイトの態勢になるセリカを制止するようにホシノは軽く肘でつついた。
「ちょっとセリカちゃん? 今日はセリカちゃんの快気祝いでしょ、バイトのシフト入るのはそれが終わってからにしてほしいかな~」
「うっ」
「はっはっは、そういうことだったか。だったら席についてくれ、腕を振るおうじゃないか」
笑いながら大将が厨房へと引っ込み、対策委員会とマイケルは以前と同じように席につくとラーメンが出来上がるまで談笑しながら過ごすことにした。
少なくとも、この時はまだこの先に起こる事件のことなど、誰も予想できるものではなかったのだ。
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「いや~、やっぱりお金の余裕は心の余裕、月々の支払いのことをとりあえず気にする必要がなくなったのは大きいよ~」
以前注文したのと同じ特製味噌の炙りチャーシュートッピングを食べながら、表情を崩したホシノが言う。
数日前と違い、今の彼女たちにはピリピリとした空気が感じられないのは事実だ。
ホシノの言葉を聞いたシロコは塩ラーメンのスープを一口飲んだ後、いかにもいい案があるという顔をして口を開いた。
「こういう調子で大金をバンバン手に入れられたら、1年以内に借金を返済できる。継続的に大金を手に入れるためのプランは、ある」
「え、何々シロコ先輩、どういうプランなの?」
興味を引かれたセリカが期待に目を輝かせながら問う一方、マイケルとホシノは嫌な予感がして、僅かに身構えた。
マイケルは直感から、そしてホシノは今までの暮らしの中で知ったシロコの性格から計算してのものであった。
「ん、銀行を襲うの」
”やめないか” 「駄目だよ~」
同時にダメ出しされ、シロコの獣耳が垂れ下がりシュンとした様子を見せるが、二人は容赦はしない。
自由を愛すれど
”シロコ、倫理の補習授業が必要だな。『汝、盗む勿れ』という言葉の意味を後でじっくり教えよう”
「今回は擁護のしようがないからねぇ、シロコちゃん……大人しく先生の補習を受けようか」
「折角色々準備したのに……」
しょげるシロコの足元には紙袋があり、隣りにいたアヤネが気になって広げてみると中にあったのはなんと目出し帽。
額の部分にナンバーが縫い付けられており、枚数も5枚と対策委員会の人数分ある。
どうやらシロコのプランでは5人で銀行強盗をし、大金を手に入れるというものであったらしい。
あまりの倫理観にマイケルは天を仰いだ。丁度その時―――
「あ、あのぅ……」
「いらっしゃい! セリカちゃんちょっと今手が離せないんだ、対応してくれないか」
「あっ、はい」
オドオドとした様子の、グラデーションのかかった紫色の髪をし、濃紺色の制服を来た生徒が暖簾をくぐり、顔を見せた。
柴大将は対応したかったのだが、丁度今手が離せぬ状況でありやむなくセリカに対応を求める。
セリカもそれに応じ、席を立つと急いで入口へと向かった。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「その、この店で一番安いメニューは、お、おいくらでしょうか……」
「一番安いのは……看板メニューの柴関ラーメンですね。580円で、美味しいですよ!」
「あ、ありがとうございます」
礼を言った後に引っ込んだ生徒であったが、数秒後には3人を引き連れて戻ってきた。
ピンク色の長髪をし、側頭部から角が生えている生徒と、白黒ツートンカラーの髪を後ろでまとめ、後頭部に角が生えている生徒、そして銀髪をサイドでまとめた小柄な生徒の3人だ。
マイケルは4人をちらりと見て、先日ゲヘナの風紀委員からもらった指名手配書の人相書きに確かあったなと記憶をたどる。
「やっと見つかったね、600円以内のメニュー」
「社長が食事代のことを覚えていればここまで探し回る羽目にならなかったんだけどね」
「う、うるさいわね。こうして食事にありつけたんだから問題ないでしょ」
「4名様ですね。席にご案内します」
「あ、いいよいいよ~、どうせ1杯しか頼まないし。あ、それとできれば箸は四膳はほしいかなぁ?」
セリカが4人を丁寧に案内しようとし、小柄な生徒はそんなに丁寧にしなくてもいいと断ったが、一人前を4人で分け合うつもりであることにセリカは目を丸くする。
そんなこと、借金まみれの対策委員会ですらやらないことだ。
「えっ、一杯を4人で分け合うの!? う、うーん……とりあえず今は人も少ないので、ごゆっくりお席にどうぞ」
「すいませんすいません貧乏ですみません生きていてすみません」
「ハルカ、あっちのお客の迷惑になるからやめなさい」
それでもアルバイターの矜持があるのでセリカは4人を席へと案内すると、流石にそこまでされたら断れないのか、大人しく彼女たちはボックス席へと向かっていく。
マイケルが彼女たちに関する記憶を思い出している間に彼女たちは席についたようだが、セリカが少し困った顔をしていることに気付いた彼は近づき、耳打ちした。
”どうしたんだ?”
「あ、先生……あの人達、ラーメン一杯を4人で分け合うとか言っててちょっと、ね」
セリカの言葉に少し思案した彼は、彼女たちがゲヘナの指名手配犯であったことを完全に思い出した。
『便利屋68』、起業という校則違反を犯したために風紀委員から追われている集団だ。
”……私が残り3人分支払うよ、だから4人前でいい”
「先生も本当にお人好しね。でもまあ、それでいいって言うならそうさせてもらうわ」
しかしいくらゲヘナで指名手配と言っても、連邦生徒会によるものではない以上アビドス自治区でその効力は発揮し得ない。
彼は眼の前で空腹に悩まされる子供を捕まえて突き出すという選択を取ることはできなかった。
だから彼は身銭を切って彼女たちにラーメンを奢ることにした。ラーメン3杯程度など安いものだ。
セリカが厨房へ向かうのを見送り、席に戻って残りの料理に手を付ける。
そして数分、前掛けとバンダナで簡易的に柴関でのバイト姿になったセリカが便利屋のテーブルに4杯のラーメン、そして餃子を2皿置いた。
予想外の量を前に目を白黒させる4人に対し、セリカと柴大将は笑顔を見せる。
「えっ、こ、これ、オーダーミスではないんですか? 私達、注文したのはラーメン一杯だけで……」
「今ラーメン2杯を注文すると餃子を1皿追加するキャンペーンをやっててねぇ、遠慮しないで食べてくれ」
「ラーメンに関してはあちらの先せ……じゃなくてお客様からです」
便利屋の4人がセリカが指し示す方向に一斉に視線を向けると、マイケルが笑顔で手を振ってそれに応えた。
気にせず食べなさいという意思表明であったが、それでも戸惑っているようで仕方ないとばかりに立ち上がり、彼女たちの元へと歩んでいく。
”私の奢りだ、君たちも苦労しているようだからね”
「で、ですが……」
「どうするアルちゃん?」
アルと呼ばれた生徒は突然話を振られて戸惑ったが、辛うじて体裁を整えて対応する。
もっとも、整えられたのはあくまで表面だけであって内心は困惑したままであったのだが。
「こ、これは想定外だけど折角の厚意を無下にするのも良くないわ。ありがとう大人の人、お名前だけでも教えてくれないかしら」
(な、なんなのこの大人の人!? 見ず知らずの私達に食事を奢るなんて……か、かっこいい大人……!)
”マイケル、マイケル・ウィルソンだ。”
名を問われれば応えねばならないということで、彼は懐から名刺を取り出し、名乗りとともにそれを渡す。
受け取ったアルも名乗りとともに名刺を取り出し、マイケルはそれを受け取った。
見事なまでのジャパニーズビジネスマンスタイルである。
「これはどうもご丁寧に……私達は便利屋68、社長の陸八魔アルよ。
金を貰えば何でもするがモットーの会社、今はビジネスでアビドスに来ているの。先客があるから今は無理だけども、貴方ももし私達に興味があれば連絡して頂戴」
「アルちゃーん、カッコつけるのはいいけど早く食べないとラーメン伸びちゃうかもね?」
「ちょ、ちょっとムツキ室長! 折角いい感じにビジネスライクな会話ができたのに台無しじゃない!」
”ハッハッハ、邪魔して悪かったね。これで失礼させてもらうがぜひゆっくり味わってくれ、ここのラーメンは美味しいんだ”
手を振り、席に戻ったマイケルは懐にしまった名刺を取り出して眺める。
ⅥⅧと山羊頭をモチーフとしたエンブレムが大きく描かれ、連絡先と事務所所在地、そして社長として陸八魔アルの名前が記されたそれは、見栄えは立派だと言えた。
とはいえ、事務所の住所がアビドス自治区内にあるというのは正直なところ彼女たちがクロであることを示している。
このタイミング、そしてこの衰退したアビドスでの『ビジネス』などと……関係がないという方が無理があるのだ。
少し眉間にシワを寄せていると、後ろからホシノが近づいてきてひょいと名刺を取り上げた。
「んもー、先生難しい顔してどうしたのさ」
”ホシノか、もう食べ終わったのか? いや何、あの生徒たちについてさ”
いつものへにゃっとした顔でホシノは名刺を眺める。
しかしその内心は穏やかではない。他校の生徒、会社としての部活、それらはホシノにとって警戒すべきワードであった。
「ゲヘナの生徒みたいだけども何するつもりなんだろうねぇ……うへぇ、アビドス自治区に事務所置いてるの? それはちょっと困るかも」
”彼女たちは少なくともゲヘナ学園の手のものというわけじゃない。とはいえ、問題児には変わりがないか……”
「……ふぅん」
奥歯に物が挟まったようなマイケルの言葉に目を細め、ホシノは名刺をそっとマイケルの胸ポケットに入れて便利屋へと再び視線を向ける。
対策委員会のメンバーが親しげに声をかけている様子を見たホシノは、軽くため息を付いた後にその輪に加わるために向かっていった。
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「それじゃ、お仕事頑張ってくださいね~」
「あはははっ! そっちも学校の復興、頑張ってね! 私も応援してるわ」
食事を済ませ、対策委員会の面々と和気あいあいな雰囲気で会話をしていたアルであったが、楽しい時間もいつかは終わりを迎えるもの。
互いに手を振り、柴関を後にした彼女は腹をさすってこなしながらニコニコ顔であったが、その隣のツートンカラーの髪の生徒、鬼方カヨコは苦い顔をしていた。
何故かと言われれば、便利屋68が受けた仕事の内容が原因である。
―――アビドス高等学校の生徒を排除せよ。
彼女たちが先日受けた、名も知らぬクライアントからの依頼……だというのに、社長であるアルがアビドスの生徒と仲良くしているというのは非常によろしく無かった。
カヨコはアルの性格をよく理解していた。彼女は非常に情に厚い人間であり、アウトローを気どってはいるがその本質だけは変わらない。
「社長、気付いた?」
「え? 気づいたって何を?」
「くふふ、アルちゃん……あいつらアビドスだよ」
カヨコとムツキの指摘を聞いたアルは固まり、数秒の後に再起動したかと思えば白目を剥く勢いで驚愕した。
「な、ななな、何ですってぇーッ!?」
人気のないアビドスの路地にアルの絶叫がこだまし、ムツキの笑い声がそれに続く。
やっぱり気づいてなかったのかとカヨコはため息をついた。
「な、なんて運命のいたずら……あの子達と戦わないといけないなんて」
相当ショックを受けたのか、ブロック塀にもたれかかりながらアルは運命を嘆くが、だからといって立場が変わるわけでもない。
ハルカがそれを心配そうに眺めるが、追い打ちをかけるようにカヨコは言葉を続けた。
「それに、あの大人……マイケル・ウィルソンは連邦捜査部シャーレの先生だよ。社長、名刺もらったのにちゃんと見なかったの?」
「シャーレの先生って……一人で数十人の生徒と戦車を何両も撃破したという、あの!?」
慌てて名刺を取り出すアル。
対策委員会やヘルメット団に渡したものと同じデザインのそれを見た彼女は、マイケルの顔を思い出し再び白目を剥く。
とんでもない相手がアビドスにいるということは、彼女たちの仕事が非常に困難になるということである。
「あ、アル様ならきっと、いえ……絶対勝てます!」
「ん~、どうするアルちゃん? 正直なところ、今回雇った傭兵の数だとちょっと怪しいと思うんだよね」
励ますハルカをよそに、現実的な問題に直面したムツキは作戦への不安点を遠慮なく指摘した。
確かに彼女たち便利屋68はほぼ全財産をはたいて今回の作戦のために傭兵を雇ったのだが、それはあくまで対策委員会5人を相手にしたときの勘定である。
彼女たちが知るマイケル・ウィルソンとそのパワードスーツの情報は噂話と、SNSで時折上げられる動画から得られたものしかないのだが、それでも彼がかなりの強者であることは伺えた。
であるならば、アビドスの戦力を再計算する必要があったのだが……
「だけど、もう傭兵を雇ってしまって残金は無し。これでやるしかないよ、社長」
そう、何にせよお金がないのだ。
既に雇った傭兵20名程度で彼女たちの財布はスッカラカンであり、しかも既に雇った傭兵も今日の定時までしか働いてくれない。
つまり、日をおいて襲撃など不可能であり、もしそうなった場合は便利屋だけで挑まねばならないのだ。
「そ、そうね……既に依頼を受けた以上は、やるしかないわ……!」
覚悟を決めたアルは仲間たちのほうを向き、高らかと宣言した。
「行くわよ! バイトを集めなさい!」
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集めた日雇いの傭兵バイトの集団20名を引き連れ、便利屋たちはアビドス高校へと向かっていた。
値段を値切りに値切ったためバイトたちの士気は低いが、それでもキヴォトスにおける正規の傭兵は腕前がある程度保証されている。
当然ではあるのだが、銃で武装した生徒があふれるこの地において、武力を商売にする以上は強さが一定の値を超える必要があるのだ。
弱い傭兵など、誰も必要としていない。
「そろそろ目的地よ、戦闘配置につきなさい!」
アビドス高校の校門まであと500mといったところで、彼女たちは行軍から戦闘のための陣形に移っていく。
傭兵たちが前に出て横に広がり、ゆっくりと銃を構えながら進んでいくと、先頭の傭兵が足を止めて前方の十字路を指さした。
砂嵐で堆積した砂の重量で崩れた家屋が直線の道路を塞ぎ、迂回する他ないようだ。
二人の傭兵が前に出て左右をクリアリングし、問題がないことを確認して本隊を進めようとした時―――銃声が鳴り響き、前に出ていた傭兵二人が頭を撃ち抜かれて昏倒する。
「敵襲!」
「待ち伏せだ!」
慌てて遮蔽に身を隠し、襲撃者の姿を探る―――が、その必要もなく襲撃者はあっけなくその姿を見せる。
対策委員会の前線担当であるホシノ、シロコ、ノノミ、セリカが崩落した家屋の近くの家の屋根から現れると、彼女たちは一斉に屋根から飛び降りて十字路の中心に集まった。
場の空気が一気に張り詰める中、シロコが一歩前にでて便利屋たちを眺め、小さく息を吐くとやや同情する視線を向け、口を開いた。
「やっぱり、そっちのクライアントはヘルメット団を切り捨てたみたいだね」
「あ、アビドスの……どうして襲撃がバレたの!?」
「そりゃあ、先生の指示通りに空から監視してたからだよ~」
待ち伏せされたことに動揺を隠せないアルに対し、ホシノはいつもの調子を崩さずに答える。
マイケルはアビドス高校に戻った後に便利屋による襲撃を予想し、便利屋の事務所住所近辺へアヤネのドローンを偵察に出して便利屋の動向を探知していたのだ。
空から見られていると知らない便利屋達は傭兵と合流する所からずっと対策委員会に動向を把握されていたということであり、そのような状況ではこのように待ち伏せを受けるのは何もおかしくはない。
「その先生はどこにいる?」
「今日は先生は指揮に専念してもらってますー」
カヨコの問いにノノミが答え、その内容に表情にこそ出ないが、一瞬彼女は安堵していた。
一番危険度の高いシャーレの先生は今前線にいないとなれば、現状の戦力で突破する可能性は決して低くはないはずだ。
対策委員会の面々に気づかれぬようにムツキにアイコンタクトを送り、場のイニシアチブを取り戻すべく動こうとするが―――それを見咎めたのはセリカだった。
彼女は目を吊り上げて便利屋たちを強く指差し、その横でシロコはリモコンスイッチを懐から取り出してこれ見よがしにスイッチに指をかけた。
「何かしようとしても無駄よ! あなた達は今電子レンジの中のダイナマイトみたいなもの、こっちがその気になれば一気に吹っ飛ぶわ!」
「な、なんですってぇー!?」
「社長、きっとハッタリだよ。いくら廃墟みたいなものだといっても自分たちの自治区を破壊するわけがない」
「ん、ハッタリかどうかはやってみればわかる。それで、便利屋68……だったっけ?
大人しく引き下がればそれで良し、まだやるのなら―――痛い目にあってもらう」
自分たちが圧倒的有利な立場にある―――そう言わんばかりの対策委員会の態度に、カヨコはなにか引っかかるものを感じていた。
そもそも、先生が指揮に専念しているという状況、よくよく考えればおかしい話だ。
僅か5名のアビドスの在校生からすれば、先生のパワードスーツの戦力は決して手放せるものではない。
彼女はかき集めた情報で、シャーレの先生は戦闘と指揮を同時にこなせるハイスペックな大人であるということを知っていた。
「まさか―――社長! こいつら時間稼ぎが目的で……ッ!」
「うへー気づかれちゃったか、でももう遅いよ」
ホシノが笑う―――その瞬間、便利屋の後ろに飛び込む濃紺色の影。
地響きと轟音、同時に砂が巻き上げられ、周囲の視界を奪っていく。
「ごほっ、けほっ、何なの! ……あだっ!?」
砂に巻かれて咳き込む便利屋と傭兵たち。視界もゼロで、数が多いと同士討ちの可能性もあり発砲も不可能だ。
なんとかこの場から逃れようとしたアルであったが、数歩進んだ段階で何か硬いものに正面からぶつかってしまい、眼の前に軽く火花が散る。
目に砂が入るリスクを犯して僅かに目を開けた彼女は、それがパワードスーツの脚であることに気づき、驚愕した。
「う、うそーっ!?」
「ッ……ムツキ!
「カヨコちゃんそれマジ? しょーがないなぁ!」
カヨコの叫びにも近い指示に、ムツキは目を丸くしながらも即座に持ってたボストンバッグを放り投げた。
内部に詰まっているのはいっぱいのC4爆弾、それも二段階の起爆装置を持ち、空中で第一弾が炸裂し周囲に爆弾をばらまき、広範囲を爆破するものだ。
とはいえ一発あたりの威力は下がるので完全に目眩まし、それによる撤退のためのものであったのだが、既に襲撃のプランは破綻しており使用もやむを得ない。
第1段階の起爆装置が空中で炸裂し、多数のC4爆弾が周辺に飛び散り、爆風で舞っていた砂が飛ばされて視界はクリアになった。
「うわっ!?」
「な、なんだっ!?」
当然ではあるがばら撒かれたC4爆弾は敵味方の区別なく起爆し、しかし雇われの傭兵たちは驚きながらも咄嗟に身を翻して損害少なく爆発に紛れてライン一つ後退することに成功した。
無論、便利屋のハルカ、カヨコ、ムツキも同様に対策委員会から大きく距離を取ることができたのだが―――
”話し合いをしようじゃあないか、アル社長?”
「ちょっ! は、離しなさいよ!」
直接狙われていたこともあり『メタルウルフ』の眼の前に居たアルは離脱する暇もなく襟首を掴まれて持ち上げられていた。
羽織っていただけのコートは地面に落ち、彼女はジタバタと手足を振り回して抵抗するが全く『メタルウルフ』に届かず空を切るばかりで、銃を撃とうにも姿勢が悪く銃口を向けることができずにいる。
「あちゃー、アルちゃん運がないね」
「作戦成功、便利屋の頭を抑えられた」
「流石先生、見事な采配ですー」
アルの間の悪さにムツキが呆れる中、下がったラインを押し上げる対策委員の面々。
『メタルウルフ』を中心に左右に広がる彼女たちと対峙する形になった便利屋と傭兵であったが、リーダーを人質にとられた形となっているため銃撃もできずにいた。
―――マイケルの作戦は極めてシンプルなものであった。
対策委員会の4人で便利屋の足を止め、陣形が固定されたところを『メタルウルフ』で空から奇襲し、リーダーである陸八魔アルを捕縛する。*1
その後に”話し合い”でクライアントの情報などを聞き出す―――という内容で、現在その作戦は最終フェーズに進んでいた。
これから行われるのは、人質交渉だ。
「うへへ、ここまで上手く行くのってちょっと怖くなるよね。
さぁて、便利屋69…「68!」…68、社長が痛い目にあってほしくなければ、誰の指示でアビドスを襲うのか、答えてもらえるかなぁ?」
アルの背中に『Eye of Horus』を突きつけ、ホシノが言う。
銃口の感触にアルが顔を引き攣らせ、より強く手足をばたつかせるが全くの無駄な抵抗であり、カヨコはそれを見て苦虫を噛み潰したような顔をした。
正直なところ、誰の指示なのかということに関していえば、彼女たち便利屋も全く知らないのだ。
クライアントは巧妙にその立場を秘匿し、ただただ闇社会の大物としか伝えられておらず、アルは『闇社会の大物』というワードに飛びついて仕事を引き受けただけだった。
「……クライアントが誰なのかなんて、私達も知らない。ただアビドスを襲って追い出せとしか言われてないよ」
「そう言われて信じると思う? そっちの社長が気絶するまで撃ち込んでも良いんだよ、私達は」
今度は『WHITE FANG 465』の銃口を押し当てられ、アルはもういっぱいいっぱいだった。
白目を剥いて気絶寸前な精神状態であった彼女がなんとか持ちこたえているのは、単純に見栄のためだ。
これから悪名を轟かせる*2便利屋68の社長が間抜けにも人質とされ、銃を突きつけられて失神などあまりにも情けないではないか。
ここにいるのが便利屋と対策委員会だけならまだ気絶できたかもしれないが、雇った傭兵も見ている状況で気絶なんて恥ずかしくてできない。
膠着状態のままいくらかの時間が過ぎ、便利屋達は無い袖は振れないのでただただアルが銃口を押し付けられるたびに白目を剥くという事が繰り返されていく。
”やれやれ、強情だな……ん?”
便利屋側の事情など知らぬ対策委員会側としてはより強硬な手段に出ようか、などとヒソヒソと話し合っている中、マイケルは視界の隅にある戦術マップで動く生体反応に気づいた。
アルを怪我させないように注意していた彼は少し周辺警戒が疎かになっており、対策委員会の皆に任せきりになっていたのだが、よくよく便利屋の方を見ると一人足りない。
紫髪の生徒、ハルカの姿が見えない。そのことに気付いた彼はマップの示す方へ顔を向けたその時。
「よくもアル様を……!」
「うへっ!?」
「手榴弾ッ!?」
「先輩! シロコちゃん!」
「む、無茶苦茶!!」
マイケル、ホシノ、シロコ、そしてアルを巻き込むように手榴弾が雪崩のごとく投げ込まれ、各々が回避のためにてんでばらばらに動いた瞬間、側面の家の影からハルカが飛び出して手榴弾の起爆にも構わずに『メタルウルフ』へと走り込んだ。
咄嗟の跳躍をしたこと、アルを拘束していたために無手だったことが災いし、彼は突っ込んでくるハルカに手を出すことができなかった。
手榴弾のダメージを受けながらも彼女はマイケルの懐に飛び込むと、アルを掴んでいる右腕を狙って手にした『ブローアウェイ』の全弾を叩き込む。
「許さない許さない許さない許さない許さない!」
”おおっと!?”
「ちょ、ハルカぁっ!?」
放たれたのは対装甲用の徹甲スラグ弾、装填されていた8発全てが『メタルウルフ』の右腕に集中し、衝撃で右手が微かに緩んだ。
それによってアルの体は自由になったが、代わりに重力に引かれて地面に大きなお尻を叩きつける羽目になり、痛みで思わず涙が浮かぶがなんとか立ち上がる。
すかさずムツキがカバーするようにM18スモークグレネードを複数放り投げ、噴き出した煙が視界を塞ぎ、それを見逃すはずもなく二人は走った。
「ハルカちゃんやるぅ~」
「社長、ハルカ、走って!」
「お、お尻がぁ~」
辛うじてアルとハルカは逃げ戻り、戦況は仕切り直しという形になったというところであったが、その時アビドスの校舎からチャイムが鳴り響いた。
すると傭兵たちは時計やスマホを確認し、一斉に帰り支度を始めてアルが何事かと問えば、帰ってきたのは定時だという答え。
さほど時間が経ってないように思えたが、対峙している間に時間は相当進んでいたらしく太陽は大きく傾き、街をオレンジ色に染めていた。
「どうするのアルちゃん? 正直勝機は見えないかなーって思うけど」
「う、うぅ……」
お尻をさすりながらアルは涙目で考える。
こんなはずではなかったという思いが頭をよぎるが、現実逃避の結果全滅を選ぶような彼女ではない。
「退却よ! 覚えてなさい!」
「あっ、逃げられた」
「逃げ足早いねぇ~」
身を翻し、お尻を抑えながらアルと、それに続いて便利屋の3人が走り去っていく。
折角の黒幕に迫るチャンスを逃したことにシロコは肩を落としたが、ホシノはあまり期待はしていなかったのかいつもの調子であった。
『すみません先生、私が回り込んでいるのを見逃さなければ……』
”いや……気にするなアヤネ、とりあえず便利屋はこれで攻めてくることはないだろう”
『何故そう思うんですか?』
”手札がないからさ。彼女たちがラーメンを1杯しか注文できなかった理由は傭兵を雇うため……
それにほぼ全財産を掛けてたのなら、次はない”
撃たれた右腕を動かしながらマイケルは足元に落ちたアルのコートを見る。
手榴弾の爆発でボロボロになったそれは今の便利屋の現状を表しているように見えた。
To be Continued in ChapterⅠ-Ⅴ ”Go to the Black Market”
アルちゃんは嫌いではないんですが反応が面白いんでついつい意地悪な扱いをしてしまいます。