機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第97話 星屑の前に蠢くもの

漆黒の強襲揚陸艦『バイアリーターク』の艦橋。

メインコンソールの前に立つナタリア・アルスター中尉が、眼鏡の奥の冷静な瞳を動かし、綺麗に整った声で本日のリザルトを報告した。

 

「――艦長、コーウェン中将。これにて、本日予定されていた予選グループ戦、全四試合の全行程が終了いたしました」

 

大型メインスクリーンには、赤い砂塵がようやく収まりつつある地上の演習場と、各グループの勝敗を告げる電光掲示板が静かに映し出されている。

 

「……うむ。実に見事な戦いぶりだった。」

 

主催者であるジョン・コーウェン中将は、深く腕を組んだまま、満足そうな笑みをその重厚な面おもてに浮かべた。

各方面軍から集まった叩き上げのエースたちが、それぞれの意地と最新の改修技術をぶつけ合った激闘の数々。

軍上層部として次世代の新型ガンダム開発計画のデータを集める立場としても、これ以上ないほどに濃密な、極めて価値のある一日となったからだ。

 

「ええ、本当に。実に見応えのある、素晴らしいレースばかりでしたよ、中将。」

 

艦長席に長身をゆったりと預けたクリフトフ・ハーツクライ中佐が、いつもの穏やかな微笑みを浮かべながら深く頷いた。

中佐の知性的な瞳には、単なる演習の評価を超えた、純粋な勝負事への感動の余韻が未だに色濃く残っている。

ハーツクライは手元のデータを閉じると、演習場の巨大なコロニー残骸群を見下ろすように視線を向け、渋い声を響かせた。

 

「どの試合も甲乙つけがたい名勝負でしたが……特に最後に行われたDグループ第一試合。ファントム・スイープ隊と、ユニット1の激突は実に白熱しましたね。互いの特性を活かしたハイスピードな三次元戦闘、そして土壇場でのあの奇策の応酬……まさに、競走馬がハナ差を競い合うような、歴史に残る名勝負でしたよ。」

 

戦後処理の雑用に回されながらも次世代の牙を研ぎ続けるユーグたちの意地と、政治の泥沼から身を引いてなお圧倒的な組織力を見せつけたアランたちの底力。

ハーツクライ中佐は二つの特殊部隊の健闘を称えるように、メインスクリーンの奥で静かに佇む白きジーラインの残像を、深く、そして満足そうに見つめ直す。

 

「……うむ。あれは両隊長の、機体の特性を限界まで引き出した意地のぶつかり合いだったな。君の言う通り、実に見事な名勝負だった。」

 

コーウェン中将はハーツクライの意見に同意し、深く頷いた。

しかし、地上の熱狂を見つめていたその鋭い眼光を、中将はゆっくりと艦長席の中佐へと向けた。

その瞳の奥には、軍上層部としての冷徹な政治的疑惑が宿っている。

 

「ところで、ハーツクライ艦長。一つかねてからの疑問を訊かせてもらいたい。」

 

「おや、僕にですか? 何でしょう、中将。」

 

ハーツクライ中佐は、相変わらず穏やかな微笑みを崩さずに問い返した。

 

「君は一年戦争後、巨大複合企業ヤシマグループをバックに政界へと進出し、今や地球連邦政府の有力議員となったゴップ元大将のお気に入りのはずだが?」

 

コーウェン中将は一歩、ハーツクライの席へと歩み寄った。

 

「そのゴップ議員の腹心たる君が、私が主導するこの次世代競技会に、自身の艦まで浮遊させて参加している? 君がここにいる本当の意図は、一体どこにあるのだ?」

 

軍の未来を占う最高機密の演習場に、政界の巨頭の影がちらつく。その明確な牽制に対し、ハーツクライは気負う風でもなく、淡々と答えた。

 

「確かに、私はゴップ議員の配下です。それは否定しませんよ。ですが、ここへ参加した理由なら先ほど申し上げた通りです。純粋に、この競技会という極上の勝負事に、私自身が強い興味があったからですよ。」

 

「ふん……。君のような喰えない男が、そんな純粋な好奇心だけで動くとは思えんがね。」

 

コーウェン中将は、未だにその言葉を怪しむように細い目を向け続けた。

その底の知れない視線を受け、ハーツクライ中佐は困ったように小さくため息を吐き、ようやく肩をすくめて白状するように口を開いた。

 

「まあ……確かに、私の上司であるゴップ議員から、この競技会の動向をしっかりと『観てくるように』と直接頼まれてはいます。彼が私にそれを命じた理由は、大きく分けて2つあるのですがね。」

 

ハーツクライは艦長席からゆっくりと立ち上がり、メインスクリーンの赤い大地を見据えた。

 

「1つは、宇宙世紀0080年の終戦直後、ルナツーのオクスナー・クリフ大佐が委員長を勤める組織が設立されました。連邦軍が、卓越したジオン公国軍の技術を接収することを目的に設立された『兵器群調査委員会』。……中将もよくご存知のはずです。」

 

コーウェン中将の眉が、僅かにピクリと跳ね上がる。ハーツクライは言葉を続けた。

 

「今年、その調査規模が当初の想定を大幅に上回ったため、組織の大規模な拡充が行われました。名称を『Federation Survey Service』――通称『FSS』と改称されました。」

 

ハーツクライは振り返り、コーウェン中将の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「そのFSSから、今回の競技会で得られた全ての戦闘データ、および各部隊の現地改修機の機体データを提出するよう、正式な依頼が来ているはずです。……ゴップ議員はそのデータの『質』を、非常に気にしておられましてね。私はその当事者としての目線で、競技会の内容を正確に把握し、報告するように頼まれたのですよ。」

 

それは、戦後の連邦軍の裏側でうごめく、ジオンの遺産を巡る巨大な利権の奪い合いの構図。

ハーツクライの口から明かされた、連邦政府のフィクサーたるゴップ議員の真の狙いに、艦橋の空気はより一層の重厚な沈黙へと包まれる。

 

「中将、貴方が今まさに進めているあの『ガンダム開発計画(GP計画)』も、少なからず、その『FSS』のデータや技術提起を受けているはず……。違いますか?」

 

ハーツクライ中佐の鋭い指摘に、コーウェン中将は僅かに目を細めたが、隠す必要はないと判断したのか静かに首を縦に振った。

 

「……否定はせんよ。アナハイム・エレクトロニクス社を巻き込んだあの計画には、あらゆる方面からの技術的なアプローチが不可欠だからな。」

 

「ええ、分かっていますよ。そしてゴップ議員が気にしている『1つ目の理由』が、まさにそのガンダム開発計画の現状についてなのです。」

 

ハーツクライ中佐は、薄い笑みを浮かべたまま淡々と言葉を紡ぎ始めた。

 

「ガンダム試作0号機――コードネーム『ブロッサム』。月面での狙撃テロが頻発する中で、自社の施設に大きな被害を受けたアナハイム社が、大慌てで地球連邦軍へ提供した万能試作機だ。ですが……提供される寸前までまともな組み立てすらされておらず、満足なテスト運用もされていない状態の、いわば未完成品だった。」

 

「……っ」

 

 

「連邦軍へ提供された後、本機は僚機を2機伴って月面での哨戒任務に就いていた。だが、運悪くその最中にテロの実行犯であるジオン軍残党と遭遇・交戦。……結果、機体は戦場となったムサイ級軽巡洋艦の残骸が崩落する際の下敷きとなり、無残にも大破した。まぁ、敵部隊もろとも相打ちで壊滅させたそうですがね。」

 

コーウェン中将の顔から、完全に余裕が消え失せた。

軍の最重要機密に属する事件の顛末を、なぜ眼前の男がここまで詳細に、まるでその目で見てきたかのように語れるのか。中将の背中に冷たい汗が流れる。

 

「君は……なぜ、その事実を……!」

 

「驚くのはまだ早いですよ、中将」ハーツクライ中佐は穏やかな口調を崩さず、さらに言葉を重ねた。

 

「その大破した0号機から、あなたたちは戦闘データの回収に辛うじて成功した。そして、そのデータ解析を元にして、全く異なるコンセプトを持つ新しい4機のガンダムを極秘裏に開発していますよね……?」

 

コーウェン中将が絶句する中、ハーツクライはメインスクリーンの赤い大地を指差した。

 

 

「試作0号機は、1機であらゆる局面に対応する高性能の万能機というコンセプトを有していた。だけど、それに対する要求値が、あまりにも高すぎた。だから、その開発のフォローを目的として、様々なオプションプランを安全に試すための『もう1機の0の数字を持つ機体』を……同時並行で作らせていますよね。」

 

そこまで語り終えると、ハーツクライは艦長席へゆっくりと戻り、静かに腰を沈めた。

静まり返ったバイアリータークの艦橋で、コーウェン中将は深くため息を吐き、白旗を上げるように首を振るしかなかった。

 

 

「……軍を離れて政治の世界へ鞍替えしてなお、こちらの最高機密の情報を完全に掌握しているとはな。ゴップ元大将の情報網と先の手を読む手腕……全く、恐れ入るよ。」

 

ジャブローの上層部でさえ一部の人間しか知り得ないGP計画の秘密。

それすらも、政界の巨頭の掌の上で完全に踊らされていたのだという冷酷な現実に、コーウェン中将は畏怖に似た重い沈黙を漏らすのだった。

 

「ははは。あの人は、ただ自分の仕事に熱心なだけですよ。本質的に、とても職人気質な方ですから。」

 

緊張感の漂う艦橋に、ハーツクライ中佐の屈託のない笑い声が響いた。

連邦政府のフィクサーとして軍の最高機密を裏で操る怪物を「職人気質」と表現した部下に、コーウェン中将は呆れたように肩をすくめるしかなかった。

しかし、中将はすぐに表情を真剣なものへと戻し、かねてより胸に抱いていた最大の疑問を口にした。

 

「……ハーツクライ中佐、一つ聞いてもいいかね。一年戦争の終盤、レビル将軍が亡き後、私はあのゴップ元大将がそのまま軍のトップに居座り、すべての権力を握るものと誰もが思っていた。だが、あの人はヤシマグループの全面支援を受けて、あっさりと服を脱ぎ政界へと進出した。あれには本当に驚かされたよ。」

 

コーウェン中将は、メインスクリーンに映る赤い大地からハーツクライへと視線を移す。

 

「あのまま軍の最高権力者に居座り続ければ、戦後の連邦軍などあの人の思い通りに動かせただろうに。なぜ、あの人はあえて茨の道である政界へと進出したのだね?」

 

軍人としての純粋な疑問。

それに対し、ハーツクライ中佐は笑みを収め、静かに、しかし深い確信を込めて答えた。

 

「軍ですべき仕事が、すべて終わったからですよ。だから、まだやり残している外の仕事をするために、あの人は政界へ行ったんです」

 

「やり残した、仕事……?」

 

「ええ。――クラウディア・オルグレン議員の、仕事を継ぐために。」

 

ハーツクライの口から厳かに告げられたその名を聞いた瞬間、コーウェン中将は息を呑み、すべてに合点がいったように深く納得した。

 

クラウディア・オルグレン。

 

それはゴップの最愛の妹であり、一年戦争が勃発する以前から、地球連邦政府内で誰よりも熱心に『宇宙移民(コロニー)との融和政策』を推進し、戦い続けていた高潔な女性議員だった。

しかし、宇宙世紀0079年1月3日。

ジオン公国軍が敢行したあの悪魔の作戦――ブリッシュ作戦におけるコロニーへの毒ガス注入によって、その尊い命を無残に奪われたのだ。

ゴップが一年戦争の間、頑なに前線へ出ず、ジャブローの奥底で冷徹に兵站と物資の管理に徹し、戦争という巨大なシステムを効率よく回すことに狂奔していた理由。

それは、「戦争を早く終わらせるため」だった。

 

「……そうか。クラウディア議員の、ためか。」

 

コーウェン中将は、戦後のどろどろとした権力闘争の裏にある、ゴップという男の狂おしいほどの執念と、哀しいまでの家族への愛の本質を理解し、ただ静かに、敬畏の念を込めて頷いた。

 

「まあ、ゴップ閣下はクラウディア議員のように器用に熱心に立ち回れないから、自分なりのやり方で仕事を引き継ぐ……と、そんなふうに溢らされていましたがね。」

 

ハーツクライ中佐が再び少しだけ笑いを含んだ声で付け加えると、コーウェン中将は張り詰めていた顔を緩め、思わずといった風に苦笑した。

 

「……確かに、そうだな。」

 

中将は小さく肩をすくめ、かつてジャブローの奥底で冷徹に軍の巨大なシステムを回し続けていた土竜の姿を思い浮かべる。

 

「あのゴップに、クラウディア議員のような『熱心に話し合い、互いに分かり合うスタイル』は、逆立ちしたって出来んはずだ。あの人は冷徹なシステムで物事をねじ伏せる男だからな。」

 

理想を高く掲げ、対話による真の融和を信じて戦い抜いた最愛の妹、クラウディア。

対してその兄であるゴップは、妹のような清廉な光の政治はできない。

彼は泥をすすり、裏の利権を握り、連邦政府という巨大な権力構造そのものを裏から冷酷に支配することで、力づくで妹の遺志に寄り添おうとしているのだ。

それは決して美しい方法ではないかもしれない。だが、それこそが「職人気質」とまで言われたゴップという男の、狂おしいほどに実直な誠実さの形なのだと、2人の将官はよく分かっていた。

 

「……不器用な男だな。だが、だからこそあの男の『切れ味』は恐ろしい。」

 

コーウェン中将はそう呟き、深く深く納得するように静かに頷いた。

返った艦橋には、地上の陽炎にも負けない、どっしりとした重厚な沈黙の余韻が心地よく満ちていた。

 

「ふむ……事情はよく分かった。だがハーツクライ中佐、君は先ほど、ゴップ議員から頼まれた理由は『2つ』あると言ったな?……2つ目の理由は何かね?」

 

中将の鋭い問いかけに、ハーツクライ中佐は口元にいたずらっぽい、しかしどこか温かい微笑みを浮かべて答えた。

 

「ええ、私があの人の名代としてこのトリントン基地へ派遣された、最も私的な理由があるのです。――この競技会に、ゴップ議員の『大事な忘れ形見』が参加していましてね。その様子を、オーナーの代わりに特等席からしっかりと見届けてくるようにと、そう頼まれたのですよ。」

 

「何……?」

 

コーウェン中将は一瞬、本当に面食らったように目を見開いた。

 

あの冷徹なシステムで物事をねじ伏せる男、戦時中はジャブローの奥底から一歩も動かずに兵站を冷酷に管理し続けたあのゴップが、特定の個人に肩入れし、身内を心配するような私情を剥き出しにする。

軍のトップにいた頃の姿からは、逆立ちしても想像がつかないほど意外な事実だった。

 

だが――。

 

(……いや、そうか。あの男はそういう人物だったか。)

 

コーウェン中将の脳裏に、先ほど語られた、妹のクラウディアを誰よりも深く溺愛し、その死に狂おしいほどの執念を燃やして政界へ殴り込みをかけた兄としての姿が重なった。

身内への愛が、彼のすべての冷徹な行動の原動力なのだ。

そう理解した瞬間、中将の顔に、今日一番の人間味のある温かい笑みが浮かんだ。

 

「ははは、なるほどな!あの徹底した合理主義者が、そこまで個人に入れ込むとは。確かに、クラウディア議員の件を聞いた後なら、大いに納得がいく。」

 

中将は声を立てて笑い、深く頷いた。

 

「それほどまでに……あの男にとって、大事な人物なのだな、その者は。」

 

ハーツクライ中佐は、預けていた長身を静かに起こすと、メインスクリーンの奥で静かに明日の出番を待つ、グループのリストを見つめた。

 

「ええ。私のような喰えない男をわざわざお目付け役に派遣するほどに……あの人にとっては、何よりも代えがたい、本当に大事な忘れ形見なんですよ」

 

政治の利権、次世代機のデータ、そして一人の男の不器用な情愛。

あらゆる思惑を飲み込みながら、バイアリータークの艦橋には、地上の陽炎よりも熱く、そしてどこか優しい余韻が静かに満ちていくのだった。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回の話はコーウェン中将のガンダム開発計画、「ジョニー・ライデンの帰還」のFSS、UCエンゲージの例のプロジェクトをリンクさせた話でした。
いや、流石はガンダム界隈の政争最強枠のゴップですね(笑)
こんなことはゴップじゃないと、絶対に出来ないと文を書いてました。
ではでは、次の話も楽しみにしてください。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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