競技会初日の全日程が終了し、トリントン基地はにわかに夜の静けさと、熱い鉄の匂いに包まれていた。
演習場で激しい火花を散らした各国代表のモビルスーツたちは、それぞれの割り当てられた格納庫や、滑走路に並んだミデア輸送機の広大なカーゴスペースへと引き揚げていた。
あちこちのドックで火花を散らす溶接の光が明滅し、油圧システムを洗浄する音が響く。夜を徹して行われる機体の修理と、明日の予選リーグ2日目に向けた過酷なメンテナンス。
その光景は、ここが華やかな競技会の会場ではなく、紛れもない「前線の野戦ドック」であることを物語っていた。
東南アジア方面軍、コジマ大隊第4小隊に割り振られた格納庫もまた、不夜城のような活気に満ちていた。
「よし、左脚のアクチュエーター、油圧シーリング交換完了だ! 次、右肩の増加装甲の歪みチェック急げ!」
天井から吊り下げられたハンガーに鎮座する、深緑の『スライフレイル』、ガンダニウムの装甲を誇る『陸戦型ガンダム』、そして右肩に巨大な砲身を湛えた『ジム・キャノン』。
その鉄の巨体たちの足元で、ソウヤ・タカバ中尉とテリー・サンダースJr.軍曹は、タオルで汗を拭いながら整備班の無駄のない動きをじっと見つめていた。
ラサ基地司令であるブレックス・フォーラ准将が事前に手配していた優秀な現地メカニックたちは、驚くべきことに、完全な「3班交代体制」で行き届いたメンテナンスを維持していた。
通常の前線部隊であれば、一人のチーフメカニックが過労で倒れるまで作業を続けるのが常だ。
しかしここでは、疲弊した第1班が工具を置いた瞬間、完全に休息を取った第2班が寸分の狂いもなく作業を引き継ぎ、スライフレイルのマックスモードによるジェネレーターの過負荷や、装甲の微細な金属疲労を細やか、かつ圧倒的なスピードで解消していく。
「……素晴らしいな、考えられないほどのスピーディーな整備だ。」
ソウヤは心からの感心を込めて呟いた。
隣に立つ大柄なサンダース軍曹も、ジム・キャノンの砲身のメンテナンス具合を見上げながら、深く同意するように頷く。
「ええ、本当に大したものです、中尉。このスピードと丁寧さなら、3機とも文字通りの『完全な状態』で明日の予選2日目の試合に臨めますよ。我々のためにここまで完璧な裏方を用意してくださるなんて、ブレックス准将の手配の良さには、ただ頭が下がる思いですね。」
「ああ。ミデア輸送機を3機も手配して、腕利きの整備班をまるごと3班用意してくれただけでなく、武装や予備のパーツも山ほど持たせてくれたからな。ブレックス准将の手腕には、本当に感謝してもしきれない。」
ソウヤは天井のハンガーを見上げながら、ブレックス准将の手厚すぎるバックアップを改めて噛み締めるように言った。
すると、サンダース軍曹は深く納得したように幾度も頷き、格納庫の奥に厳重に保管されている予備兵装のラックへと視線を向けた。
「ええ、本当に納得ですよ、中尉。何しろ、ビーム・スプレーガン2丁にビーム・ライフル2丁、マシンガン3丁にロケット・ランチャー3丁……極めつけには、あの貴重なロングレンジ・ビーム・ライフルまで1丁、予備として僕たちに持たせてくれるなんて、普通の前線部隊じゃあり得ないですからね。」
サンダースは少しだけ苦笑いを交えながら、その破格の待遇に感嘆の声を漏らした。
これだけの物資と武装があれば、万が一明日の予選2日目で機体が激しく損傷しようとも、あるいは戦術を急遽変更して重火力戦や超長距離狙撃戦へ移行しようとも、ドックの資材不足で立ち往生することなど絶対にあり得ない。
「……これだけのものを用意してもらっているてことは、それだけ期待されているってことだ。明日の試合も、無様な姿は見せられないな。」
「ええ。ブレックス准将の期待に応えるためにも、明日も自分達の実力を見せつけてやりましょう。」
ソウヤが静かにそう告げると、サンダースは小さく微笑んだ。
だが、その表情はどこか晴れず、視線を落とした横顔には微かな翳りが差していた。
ソウヤはいつもと違う彼の様子に気づき、生真面目な蒼い瞳に心配の色を浮かべた。
「どうしたんです、サンダース軍曹。何か気になることでも?」
「……いえ。少し、疲れが溜まっているだけかもしれません。気にしないでください、中尉。」
サンダースは無理に笑みを作ろうとしたが、その声にはいつも以上の重みが混ざっていた。
「そうか。無理はしないでください。」
ソウヤが短く労った、まさにその時だった。
「隊長、サンダース軍曹。こちらにいらしたんですね。」
格納庫の通路から、クリップボードを抱えた補佐官のエミリア・ドットナー准尉が、2人の元へと早歩きで近づいてきた。
「どうした、エミリア?」
ソウヤが振り返ると、エミリアは少しだけ声を潜め、しかし明瞭に報告を述べた。
「はい。たった今、月のフォン・ブラウンに視察中のブレックス准将から、直接連絡が入りました。隊長に繋ぐように、とのことです。」
「准将からか。ふ、噂をすれば影、だな。」
ソウヤは思わず口元を緩めた。
つい先ほどまで、その破格の手配ぶりに感謝していた本尊からの、絶妙すぎるタイミングでの入電だった。
すると、隣で聞いていたサンダースが、自らの表情を押し隠すように一歩後ろへと下がった。
「中尉、准将をお待たせするわけにはいきません。格納庫の整備班と、ジョシュアやノアの面倒は俺が責任を持って見ておきますので、さあ、早く通信室へ行ってください。」
「すまない、軍曹。頼みました。」
「ありがとうございます、サンダース軍曹。助かります。」
ソウヤとエミリアは心からの感謝を伝えると、慌ただしく背を向けて格納庫に併設された専用の通信室へと向かって走り出した。
見送るサンダースは、暗がりの中に佇む陸戦型ガンダムの鈍い鉄の光を見上げながら、深く、重い吐息を荒野の夜気へと漏らすのだった。
通信室の扉を開けると、暗がりの壁面に設置された大型の液晶モニターが静かな電子音とともに起動した。画面に映し出されたのは、独特の薄緑色の軍用ジャケットを羽織り、綺麗な金髪と、口元に蓄えた立派な顎髭がトレードマークのラサ基地司令――ブレックス・フォーラ准将の姿だった。
月のフォン・ブラウンからの超長距離回線にもかかわらず、その知的で鋭い眼光は鮮明に液晶の向こうからソウヤたちを捉えている。
「――やあ、タカバ中尉、それにエミリア准尉も。元気そうで何よりだ。」
ブレックス准将は画面の向こうで、温かい笑みを浮かべて語りかけてきた。
「まずはトリントンでの競技会初日、見事な白星発進、本当におめでとう。こちらの月面でも、第4小隊がユーラシアの部隊を完璧に圧倒した映像を見届けて、みんなで大いに喜んでいたよ。」
准将からのストレートな祝辞に、ソウヤは恐縮しながらも頭を掻き、いつもの生真面目な口調で答えた。
「わざわざ月から回線を開いていただくなんて……。准将、まだ予選リーグの、それもたったの1勝ですよ。少し大裟裟に祝いすぎではありませんか?」
「ははは、大袈裟なものか。」
ブレックス准将は楽しげに声を立てて笑うと、立派な顎髭を誇らしげにしごきながら、すぐにその表情を少しだけ引き締め、熱い眼差しで液晶の向こうからソウヤたちを見つめ直した。
「たとえ予選リーグのたった1勝だったとしてもね、タカバ中尉。これまでのジャブローの官僚達に見下されてきた東南アジア方面軍にとって、あの『ガンダム』の皮を被った機体を完封してみせた君たちの勝利は、何よりも価値のある、最高の名誉回復になったんだ。私は我が方面軍の代表として、第4小隊のその素晴らしい活躍を心から誇りに思っているよ。」
前線の誇りと意地を誰よりも大切にする、ブレックス准将ならではの最大級の称賛の言葉。
その熱い本音を叩きつけられ、ソウヤとエミリアは思わずお互いの顔を見合わせ、耳の裏まで真っ赤にしながら、照れくさそうに不器用な苦笑いを浮かべる。
ブレックス准将は立派な顎髭をそっとなぞり、液晶画面の向こうから真剣な眼差しを向けてきた。
「さて、お祝いはここまでにしておこう。ソウヤ中尉、明日の予選リーグ2日目、次の対戦相手はどこだったかね?」
「はい。地元オーストラリア代表の『ホワイト・ディンゴ』隊です。」
ソウヤが淀みなく答えると、エミリアが手元の資料をめくりながら会話に加わった。
「ホワイト・ディンゴといえば、一年戦争のときにオーストラリアの地上戦線で大活躍した伝説の部隊ですね。このトリントン基地でも、大活躍したと記録されています。」
「うむ。あの戦線は過酷を極めていたが、彼らは連邦軍の最高峰の量産機である『ジム・スナイパーⅡ』を大戦末期に支給され、それを見事に使いこなしてオーストラリアの奪還に貢献した。間違いなく地上屈指の精鋭だ。」
ブレックス准将は深く頷き、画面越しに腕を組んだ。
「ただ、当時のオリジナルメンバーは今、ほとんど残っていないはずだ。終戦後にバラバラになってな。……だが確か、元々はジャブローの諜報部にいた男が、わざわざモビルスーツ部隊への転属願いを出してまで、そのホワイト・ディンゴの名前と部隊を存続させていると聞いている。」
「諜報部から、前線のモビルスーツ部隊へ……ですか。」
ソウヤは液晶モニターを見つめ、静かに、しかし熱い闘志を瞳に宿して言葉を返した。
「たとえ当時のメンバーがその一人だけだったとしても、一年戦争の激戦の歴史を背負い、その名前を繋ごうとしている人物です。生半可な覚悟で競技会に出場しているはずがありません。……舐めるわけにはいきませんね。」
その生真面目で油断のないソウヤの言葉を聞き、ブレックス准将は満足そうに口元を大きく歪めた。
「ハハハ!素晴らしいよ、タカバ中尉。私は君のそういう実直な態度が本当に気に入っているんだ。その慢心しない強い心構えがあるならば、明日の試合、どんな罠があろうとも大敗を喫することなど絶対にあり得ないだろう。」
准将の豪快な太鼓判に、通信室の空気は心地よい緊張感へと引き締まっていく。
「ともかく、君たちがこの過酷な競技会に出場したという、その事実だけでも十分に名誉なことなのだ。……これでサンダース軍曹の経歴にも、いよいよ大きな箔が付くというものだからね。」
ブレックス准将が満足そうに頷きながら、ふと、そんな言葉を漏らした。
その何気ない一言に、ソウヤとエミリアは同時に、怪訝そうに眉をひそめて液晶モニターを見つめ返した。
「……准将。サンダース軍曹の経歴に『箔が付く』とは、一体どういう意味でしょうか?」
ソウヤが真面目な顔で尋ね、エミリアも小隊の記録簿を思い浮かべながら小首を傾げた。
今回の競技会は、東南アジア方面軍の名誉回復だったはずだ。
一人の下士官の経歴がどうこうという話は、事前の説明には一切含まれていなかった。
「あ、いや……それは……。」
2人の真っ直ぐな視線を浴びた瞬間、ブレックス准将はハッとしたように目を見開くと、自分の迂闊な発言に気づいて思わず立派な顎髭の上の口元を手で覆った。
画面の向こうの将官の、明らかに「しまった、しゃべりすぎた」という気まずそうな狼狽ぶりが、液晶のドット越しにもありありと伝わってくる。
「……准将?」
「准将、何か隠していらっしゃいますね?」
ソウヤとエミリアの2人は一歩モニターへと歩み寄り、液晶の向こうのブレックス准将を無言のままじっと見つめた。
その生真面目な鋭い視線のプレッシャーは、さすがの基地司令であっても耐えがたいものがあった。
数秒の沈黙の後、ブレックス准将はがっくりと肩を落とし、諦めたように両手を上げて観念してみせた。
「……すまない。完全に私の口が滑った。君たちに黙っているのは本当に心苦しかったのだが、これ以上隠し通すのはフェアじゃないな。……白白とすべてを打ち明けよう。」
准将は真剣な表情に戻ると、液晶の向こうからソウヤの目を真っ直ぐに見据えて告白した。
「実はね、ソウヤ中尉。私は裏で密かに、サンダース軍曹に対して……我がラサ基地への異動を、直接打診しているのだよ。」
「ラサ基地への、異動……!?」
ソウヤは驚愕のあまり、思わず息を呑んだ。ハノイの泥沼から一緒にトリントンまでやってきた、大切な小隊の副官であり、実戦派のベテラン。
そのサンダースが、自分たちの元から離れてチベットの総司令部へと引き抜かれようとしているという、衝撃の事実に、通信室の空気は一瞬で凍りつく。
「ラサ基地へ、異動……? 准将、それはどういう経緯なのですか?」
ソウヤは衝撃を抑えきれない声で液晶モニターに問いかけた。ブレックス准将は立派な顎髭を深くしごき、自身の苦渋の決断の裏にある、東南アジア方面軍が抱える過酷な現状を静かに語り始めた。
「……すべては、去年のあの悪夢が発端なのだよ。東南アジアの最重要拠点であったデリー基地が、ジオン軍残党の卑劣な急襲を受け、壊滅的な大損害を被っただろう。」
准将の言葉に、ソウヤとエミリアの表情が重く引き締まる。
残党の襲撃によって、デリー基地は今なお復旧の目処すら立っていない。
そのため連邦軍上層部は、未完成のまま建設途中だったチベットのラサ基地に、急遽、東南アジア方面の全司令系統を移転させるという強硬策を取ったのだ。
「だが、急な指揮系統の移動は、現場に深刻な歪みをもたらした。何より最悪だったのは、本来ラサ基地に配属されるはずだった多くの優秀なパイロットたちが、デリー基地の襲撃によって戦死、あるいは激しい精神的ショックによって、二度とモビルスーツに乗れない身体になってしまったことだ。」
それが、方面軍がひた隠しにするボロボロの舞台裏だった。
ラサ基地の安全を守るため、東南アジアを熟知するベテランに白羽の矢が立ったのだ。
「もちろん、私は軍の命令で彼を強制移動させるような卑劣な真似は絶対にせんし、そんな資格もない。今回の物資や整備班は、純粋に君たちに競技会で最高の結果を残してほしいという、私からの全力の応援だ。サンダース軍曹への打診も、あくまで彼の意思を100%尊重すると約束してある。……だが、ラサの現状がボロボロなのも事実でね。一人の指揮官として、彼に頼らざるを得ない現状に、いま猛烈に苦心しているところなんだよ。」
液晶の向こうで、ブレックス准将はどこまでもフェアーで、誠実な苦悩の表情を浮かべていた。
そのまっすぐな告白を聞かされたソウヤは、はっと息を呑み、先ほど格納庫で見せていたサンダースの姿を思い返していた。
(……だから、あんな顔をしていたのか。)
「疲れが溜まっているだけかもしれません」と視線を落とした、サンダースのあのうつむいた横顔。
ブレックス准将から誠実な打診を受け、自分の意思を尊重すると言われながらも、方面軍のボロボロの危機的状況を前にして、責任感の強いサンダースはソウヤたちに心配をかけまいと一人で抱え込み、激しく葛藤していたに違いない。
「准将、一つ教えてください。……サンダース軍曹は、その誠実な打診に対して何と答えたのですか?」
ソウヤは液晶モニターを見つめ、静かに問いかけた。
ブレックス准将は立派な顎髭を優しく一度撫でると、どこか温かい、それでいて深い敬意の籠もった笑みを浮かべた。
「彼はね、『今の私の隊長である、ソウヤ中尉のことを、これからも現場で支え続けたい。』と……即座に断ってきたよ。ラサ基地への異動が、大きな栄転であることを重々承知の上でね。」
ブレックス准将は画面の向こうで、深く感銘を受けたように首を振った。
「本当に、どこまでも忠誠心の高い、誇り高き本物の軍人だ。あそこまで部隊と仲間に命を懸けられる男を、私は他に知らんよ。」
「……そうですか。サンダース軍曹は、そう言ってくれたんですね。」
ソウヤの口元に、自然と嬉しそうな笑みがこぼれた。
あらゆる部隊をたらい回しにされたサンダース軍曹が、今や自分たちの第4小隊をそこまで「大切な場所」として信頼してくれている。
その事実が、ソウヤの胸をこの上なく温かいもので満たしていた。
しかし――その隣で、補佐官のエミリア・ドットナー准尉だけは、先ほどからずっと液晶の光の下でうつむいたまま、酷く浮かない表情をしていた。
クリップボードを握りしめる彼女の指先が、微かに震えている。
画面の向こうのブレックス准将が、すぐにその異変に気づき、心配そうに声をかけた。
「どうしたね、エミリア准尉。何か気になることでも?」
エミリアはゆっくりと顔を上げた。
「……准将。そして、隊長。」
その瞳には、いつもの冷静な補佐官としての光ではなく、一人の人間としての激しい葛藤の炎が宿っていた。
彼女は震える声をなんとか絞り出すようにして、2人に告げた。
「サンダース軍曹は……本当に、このまま第4小隊に残ったままで、いいのでしょうか?」
「え……?」
「何だって……?」
エミリアの口から飛び出した、あまりにも意外な発言に、ソウヤとブレックス准将は同時に息を呑んで驚愕に目を見開いた。
小隊の絆を誰よりも大切にしていたはずの彼女が、サンダースの残留を否定するような言葉を口にしたからだ。
エミリアは唇を噛み、堰を切ったように言葉を続けた。
「私は……ただ正しい進言をしただけで『下士官風情』と罵られ、仲間たちの死と民間人の犠牲のすべてを押し付けられて、左遷された……あの理不尽を、私は誰よりもよく知っています。軍曹も、同じです。一年戦争を生き抜いたベテランでありながら、冷遇され続け、正当な評価をされず……それでも軍曹は、誰よりも忠実に、第4小隊のために戦ってくれました。なのに……。」
エミリアの声が、わずかに詰まる。
「今、ようやくラサ基地という、軍人として当然に与えられるべき『正しい居場所』と『栄誉』が目の前にあるというのに……私たちへの義理だけで、それを蹴り捨てさせてしまうなんて……私は、それでいいとは思えないんです…。」
彼女はソウヤを真っ直ぐに見つめ、涙を堪えながら、はっきりと言った。
「私は、軍曹にちゃんと報われてほしいんです。第4小隊も大切ですが。でも……それは、本当にサンダース軍曹の『幸せ』になるのでしょうか?」
狭い通信室の中で、エミリアの声が悲痛に響き渡った。
「な……。」
ソウヤは言葉を失い、喉の奥が完全に強張るのを感じていた。
サンダースが残ってくれることを、ただ純粋に喜んでしまっていた自分。
だが、エミリアの言う通り、それはサンダース軍曹の「優しさと忠誠心」に甘え、彼の未来と幸福を自分たちが搾取しているだけではないのか。
液晶の向こうのブレックス准将もまた、呆然とエミリアを見つめていた。
ソウヤは拳を固く握りしめ、液晶モニターの下へと視線を落とした。
「俺は……サンダースの優しさに甘えていただけだったかもしれないな。」
自身の未熟さを自覚したその声は、苦い悔恨に震えている。
液晶の向こうで、ブレックス准将もまた、深く溜め息を吐く。
「タカバ中尉。……私はね、東南アジアの危機という軍の事情もさることながら、一人の指揮官として、サンダース軍曹のような男にこそ、これからの連邦軍で真っ当な栄誉を掴んで欲しいと心から願っているのだよ。」
准将はそう語ると、画面の向こうからソウヤたちを諭すように、その真剣な眼差しを真っ直ぐに液晶へと向けた。
『彼は一年戦争の東南アジア戦線の激戦を潜り抜け、決して軍人としての誇りを失わなかった。その深い経験の数々は、これからの時代、ラサ基地のような要衝で次世代の若いパイロットたちを育てるために、どうしても必要なのだ。そんな男が……不当な疑惑の影を背負わされたままなのが、私は我慢ならん。これまでの渾身に見合うだけの正当な報いを与えられるべきだと、私は思っているんだ。」
准将の口から漏れた『不当な疑惑の影』という言葉。
ラサ基地司令であるブレックス准将だけは、その不条理な内情を正確に把握していた。
サンダースが背負わされ続けてきたその不条理な呪いの正体を知るからこそ、ブレックスは義憤に駆られていたのだ。
「……エミリアの言う通りです。」
ソウヤはゆっくりと顔を上げ、液晶の向こうの准将、そして涙を浮かべるエミリアの瞳を順番に見つめ返した。
蒼い瞳の奥に、かつてないほどに深く、隊長としての『覚悟』が宿っていく。
「サンダース軍曹を、ここで引き留めるわけにはいきません。あの人には、ラサ基地という真っ当な栄誉の舞台へ進んでもらうべきです。……ですが、准将。勝手なお願いなのは百も承知ですが、サンダース軍曹を説得するための時間を、この競技会が終わるまで自分にいただけないでしょうか。」
「……時間を、かね?」
「はい。」
ソウヤは真っ直ぐに頷いた。
「軍曹の性格です。今ここで俺たちがラサ行きを勧めても、自分を気遣っていることを察して、頑なに拒むはずです。だから、この競技会が終わるまでに、俺たちの第4小隊がサンダース軍曹の手を借りずとも一人前になって、自分達だけで戦えることを見せつけたいのです。軍曹が、何の憂いもなく笑って旅立てるように……自分自身の戦いで、安心させてみせます。」
部下の優しさに甘える日々は、もう終わりだ。
これからは一人の隊長として、大切な戦友の背中を、最高の勝利と笑顔でラサへの栄転へと押し出してみせる。
ソウヤが放ったそのあまりにも実直で、どこまでも戦友の幸福を想う熱い決意に、通信室の空気は再び心地よい緊迫感を取り戻していった。
ブレックス准将は満足そうに大きく頷き、力強い声で言葉を発した。
「私はエゴや組織の都合で、前線の兵士の人生をねじ曲げるつもりは毛頭ない。サンダース軍曹のラサへの異動は、あくまでも『本人の自由意思』を最優先に尊重する。彼が君たちの成長を見て、心から納得してラサへ行くと言うなら喜んで迎え入れる。もしこの競技会が終わっても、彼が第4小隊に居ることを望むなら、私は笑顔でその背中を押し戻してやるさ。それが、私のやり方だ。」
組織のトップでありながら、どこまでも一人の人間の意思と誇りを尊重する。それこそが、ブレックス・フォーラという将官の、本物の器の大きさだった。
「ソウヤ中尉、そしてエミリア准尉。君たちがサンダース軍曹にどんな「答え」を見せつけるのか……、楽しみに待たせてもらうよ。明日のホワイト・ディンゴ戦、期待しているぞ。」
「はい! ありがとうございます、准将!」
ソウヤは背筋をピンと伸ばし、液晶の向こうの指揮官に向けて、これまでで最も深い敬礼を捧げた。
エミリアもまた、涙を拭い、いつもの凛とした補佐官の顔に戻って深く一礼する。
パツン、と液晶モニターの電源が静かに落とされ、通信室には再び、夜の心地よい静寂が戻ってきた。
しかし、ソウヤの胸の奥で燃え盛る闘志は、さっきまでとは全く違う性質のものへと変わっていた。
明日の予選リーグ2日目、ホワイト・ディンゴ戦。
それは東南アジア方面軍の名誉のためだけでなく、何よりも大切な戦友の未来を笑って肯定するための、隊長としての試練となった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
すいません、土日に夏風邪をひいたので、話が全然作れませんでした。
申し訳ないです。
今回の話はエミリアがメインですね。
エミリアは過去に不遇な扱いを受けているので、サンダース軍曹のことを自分のことのように思えて、ブレックス准将とソウヤに意見したんですよね。
では、次の話も頑張って書くので、よろしくお願いいたします。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
-
陸戦型ジム改
-
バイアリーターク
-
ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン