かつて巨大MAアプサラスを生み出し、一年戦争末期に激戦の舞台となった、東南アジアの深い山奥——チベット寄りのラサ近郊。
緑の蔓と苔に飲み込まれつつある、廃鉱山のゴーストタウンだ。
その一角にある、錆びつき歪んだ巨大シャッターが、ルオ商会の極秘アクセスコードを受けて重々しく跳ね上がった。
外見は単なる崩落した坑道に過ぎない。
しかしその奥には、ルオ商会が買い取り、最新の近代設備を密かに運び込んで再生させた極秘ハンガーが広がっていた。
地球連邦軍の正規兵ですら、一瞥すれば青ざめるほどの規模と設備だ。
すでに、ルオ商会が派遣した作業員たちが黙々と動いている。
彼らは表向き「環境再生プロジェクトの技術者」として雇われていたが、その動きに無駄はなく、軍事施設の整備に慣れた手つきが垣間見える。
作業用ザクタンクが重機を唸らせて大規模な瓦礫撤去を行う傍ら、人力による入念な補強作業も並行して進められていた。
「ふむ……予想以上に使えそうだな。」
カルロス・ボドリゲス少佐は、仕立ての良いダークスーツの上から作業用ベストを羽織り、腕を組んで地下施設を見渡した。
佩いた日本刀の柄を軽く叩きながら、満足げに頷く。
天井の崩落部分はルオ商会が急造した鉄骨と強化コンクリートで補強され、壁面には最新のステルス遮蔽材が張り巡らされていた。
かつてギニアス・サハリンが狂気の沙汰でアプサラスⅢを組み立てた巨大ドックは、今やカルロス隊の主力機を隠すための完全秘匿区画へと生まれ変わっている。
「少佐、こちらの第3区画です。イフリート・スプリガンとドム・キャノン、ザクⅠ・スナイパーはすでに搬入を完了。表のハンガーにはザクⅡと、新規納入のジム3機を配置してあります。」
ヤゴ・チエ中尉がデータパッドを片手に報告する。
眼鏡の奥の切れ長の瞳は相変わらず冷静だが、そこにはわずかに疲労の色が浮かんでいた。
「ジムはアナハイム経由の『型落ち中古品』として、すでに処理を終えています。表向きは『演習場警備と環境再生を担う民間警備会社』。主な業務は演習場の維持管理と、アナハイム社から委託されたMSの武装および稼働データの採集……。この名目であれば、連邦軍の監査もスムーズに通るはずです。」
カルロスは低く笑った。
「よくやった、チエ。表は『アナハイム傘下のPMC』、裏は『ジオンの牙』……これで我々は本当に『消えない』存在になれそうだ。」
施設の奥では、ルオ商会から派遣された作業員とカルロス隊の隊員たちが、協力して復旧作業を続けていた。
ボルク・クライはイフリート・スプリガンの整備プラットフォームに立ち、脚部のミサイルポッドを調整しながら、元連邦軍人らしい鋭い視線を周囲に配っている。
「皮肉なものだな。連邦が忌み嫌う化け物の巣を、今度は俺達が使うとはね。」
ボルクの隣で、サン・シータ伍長がいつもの口の悪さで笑う。
「へへっ、三下の俺でもわかりますよ。ここなら連邦の目が届かねえ。ルオ商会様様ですね。」
ロニン・スーウェル軍曹はドム・キャノンの複砲を固定したまま、無言で頷いた。
寡黙な彼の視線は、地下深くに隠された真の戦力——イフリート・スプリガンとドム・キャノン、ザクⅠ・スナイパーに向けられている。
一方、キャノコ・ホワイト軍曹はピンクの下着が覗くラフな姿で作業服を着込み、ザクⅡの脚部アクチュエーターを調整しながら、生き生きとした声を上げた。
「ここなら潜伏活動に最適ですね!市街地になった廃鉱山エリアも、ルオ商会が『環境再生プロジェクト』って名目で囲い込んでくれるんですよね? 完璧じゃないですか!」
カルロスは両手を腰に当て、地下ハンガーの天井を見上げた。
かつてギニアス・サハリンが狂った夢を追いかけたこの場所は、今、カルロス隊が「消えない抑止力」の牙を研ぐための本拠地へと生まれ変わろうとしていた。
ルオ商会の莫大な資金とアナハイムの裏ルート、そして何よりカルロスたちの冷徹な知略。
表向きは「民間PMC管轄の訓練施設兼環境再生拠点」だ。
しかしその地下深くには、連邦の公式記録から完全に抹消された彼らが、確実に息を潜めている。
「これで我々は、連邦の喉元に永遠に刺さった『見えない棘』になれる……。」
作業員たちの金属音と重機のうなりが響く地下ハンガーで、カルロスが満足げに腕を組んでいた、その時だった。
巨大シャッターの脇にある人員用通路から、ヒールの軽やかな音が響いてきた。
「随分と楽しそうね、カルロス。」
豊かな金髪をポニーテールにまとめ、サングラスを頭の上に上げたアエロ・ハルピーが、余裕たっぷりの笑みを浮かべて姿を現した。
その少し後ろには、ワインレッドのロングヘアを揺らしたドルセ・ブセアールが、いつものクールな表情で続いている。
2人ともルオ商会のエージェントらしいビジネススーツ姿だが、身内だけの基地内ということもあり、いつもの張り詰めた「エージェントモード」は完全にオフになっていた。
「アエロか。……よく来てくれた。」
カルロスは日本刀の柄から手を離し、満面の笑みで2人を迎えた。チエも隣で軽く会釈する。
一方、ドルセは地下に広がる広大な施設を見回し、珍しく目を丸くしていた。
「……本気でここを手に入れたの? ジオン残党のくせに、旧アプサラス開発基地を堂々と買い取るなんて……正気? 私、感心を通り越して呆れてるんだけど。」
彼女は壁面に張られた最新のステルス遮蔽材を指先で軽く叩きながら、呆れたような半笑いになった。
「表向きはアナハイム管理の訓練施設兼環境再生プロジェクトですって? 笑わせるわ。連邦の監査が本気で調べたら、即座に目が飛び出る規模じゃない、これ。」
アエロがくすくすと笑いながら、カルロスの隣に並ぶ。
「ドリスったら、褒め言葉は素直に言いなさいよ。カルロス、買収おめでとう。予想以上に綺麗に再生できてるわね。」
カルロスは少し照れ臭そうに頭を掻き、それから真摯な表情で深く頭を下げた。
「アエロ……本当に礼を言う。まさかここを本拠地にできるとは思わなかった。お前が動いてくれたおかげだ。」
アエロは肩をすくめ、ため息混じりに答えた。
「骨が折れたわよ、本当に。相手が相手だけにね。」
彼女は近くの鉄骨に背を預け、腕を組んだ。
「特にブレックス准将が粘ったの。あの人はただの軍人じゃないわ。ラサ周辺の旧施設すべてに目を通していて、『なぜこの廃墟を?』って何度も突っ込まれたわ。」
ドルセが横から補足する。
「結局、アナハイム・エレクトロニクスの『次世代市街地戦訓練施設』としての共同利用計画と、ルオ商会の『地域経済活性化プロジェクト』を前面に押し出して、なんとか契約に漕ぎ着けたの。表向きは連邦軍も使用可能な演習場として登録してるから、監査が入っても言い訳が立つはずよ。」
カルロスは低く笑った。
「なるほどな。アナハイムの後ろ盾とルオ商会のコネ……完璧だ。」
アエロはカルロスを真っ直ぐに見つめ、珍しく柔らかな笑みを浮かべた。
「それに、アナハイムが整備と運営を肩代わりして、低コストで大規模な演習場が使えるなら、連邦にとっては渡りに船でしょう?『連邦軍も使用可能な共同訓練施設』として位置づければ、表向きは『軍事力強化に寄与する民間プロジェクト』になる。ルオ・ウーミン会長の官僚ネットワークもフル稼働させて、事前に根回しを済ませたわ。」
ひとしきり業務報告を終えたアエロは、ふっとカルロスへの距離を詰めた。
「……正直、今回はかなり無理を言ったと思っているわ。でも、あなたたちの『消えない抑止力』のためなら、って思ったから動いたのよ。」
カルロスは真剣な眼差しでアエロを見つめ返し、静かに頷く。
「……すまないな、アエロ。いつも無理をさせて。だが、お前のおかげで俺達は本当に『見えない棘』になれる。ここを拠点に、連邦の喉元に永遠に刺さっていられる。」
アエロは軽く手を振って笑った。
「いいのよ。元々、私も同じ船に乗ってるんだから。……それにね、カルロス。あなたがそんな風に戦ってくれて、私は本当に安心しているのよ。」
そう言った後、アエロは腕を組み直し、ふっと表情を曇らせてため息をついた。
その瞳には、商会の利益だけではなく、ジオン残党という不安定な存在そのものをコントロールしなければならないエージェントとしての、本音の疲弊が滲んでいた。
「他の連中は、どいつもこいつもエリクみたいに過激な行動をしたがるから……本当に手を焼くわ。ただ暴れて連邦に『殲滅の口実』を与えるだけだって、どうして分からないのかしら。特にアフリカ方面の残党なんかは本当に過激でね、怖くて下手に物資を渡せないのよ。……その点、ただ生き残ることで圧力をかけるっていうあなたの『消えない抑止力』は、私にとっても一番投資し甲斐があるわ。」
カルロスは日本刀の柄にそっと手を置き、親指で僅かにハバキを押し上げ、漆黒の隙間を覗かせながらその言葉を重く受け止めた。
「フッ、アフリカの連中か。あいつらの殉じる精神は美学としては理解できんでもない。だが、死んでしまえば歴史の足枷にはなれん。勝てないからこそ、私たちは絶対に『消えない』ことだ。生きて連邦の喉元に永遠に刺さるシミになる。アエロ、お前の投資を、決して無駄死にという形で裏切りはせんよ。」
アエロはカルロスの言葉に、心底から安堵したように深く頷いた。
「本当にそうね。……でも、だからこそ感謝しているのよ、カルロス。あなたが去年、あの『水天の涙作戦』の裏で成功させたデリー基地強襲――あれがあったからこそ、今のアジア圏の均衡が保たれているんだもの。」
彼女は腕を組み直し、ハンガーの奥で静かに佇むイフリート・スプリガンやドム・キャノンに視線を向けた。
「あの狂気じみた奇襲を完璧に成功させたことで、あなたはアジア、ヨーロッパ、そして太平洋圏内のジオン残党たちの間で一躍『生ける伝説』になったわ。あの連邦を震撼させた手腕があるからこそ、彼等はあなたには一目置かざるを得ないし、強い発言権を持つことができている。……おかげで、誰も派手なテロを起こさず息を潜めているから、無駄な火の手が上がらないのは本当に助かるの。」
カルロスは鯉口を切っていた親指を戻し、誇らしげに胸を張った。
「ガハハ! あれこそまさに『一罰百戒』だ。力を見せつけつつ、無駄な玉砕を戒める。これもまた『武士道』の真髄よ。残党の連中も、ただ死に場所を探すより、生き残って連邦に睨みを利かせる方が理に叶うと気付き始めたのだろう。」
アエロはカルロスの大真面目な武士道講釈に、思わず楽しげな笑い声を上げた。
「相変わらずね、カルロス。でも、あなたのその奇妙な信念が、今の東南アジアの平穏を支えているのは事実だわ。」
アエロはクスクスと笑いながらハンガーを見渡していたが、ふと、ザクⅡの脚部アクチュエーターを調整していた一人の少女に目を留めた。
二本の金髪の三つ編みを揺らし、真剣な面持ちで工具を握るその横顔には、まだあどけなさが残っている。
アエロは驚いたように眉を上げ、カルロスに声を潜めて尋ねた。
「……ねえ、カルロス。あそこにいるのって、確か東南アジアの補給基地にいた学徒兵じゃない? あの生真面目で頑なだった彼女が、あなたの元で忠実に働いて、おまけにPMCになることまで受け入れているなんて……一体どんな魔法を使ったの?」
「魔法など使わんよ。彼女もまた、真の戦士だったということだ。……キャノコ! ちょっとこっちへ来い!」
カルロスの豪快な呼び声に、キャノコはビクリと肩を揺らした。工具を置くと、ピンクの下着の上に羽織った作業服の襟元を慌てて正し、緊張で顔を強張らせながらアエロたちの元へと歩み寄る。
ルオ商会のエージェントにして、かつてジオン公国軍で名を馳せた伝説的な女性パイロット。
そのオーラに圧倒されながらも、キャノコは直立不動の姿勢を取って深く頭を下げた。
「お、お会いできて光栄です! 少佐の御活躍は、学徒兵の時から拝聴しておりました。まさか、あの『キラー——」
「——今はルオ商会のエージェントよ、キャノコ軍曹。」
アエロはキャノコがその二つ名を口にする前に、流れるような手際で言葉を挟んだ。
サングラスを指先で弄びながら、少女の緊張を解きほぐすように、どこか慈愛に満ちた柔らかい笑みを浮かべる。
「あなたみたいな可愛らしいパイロットを見るとね、一年戦争の時に私の下で戦ってくれた、昔の部下たちのことを思い出すわ。」
「……っ!」
伝説の女性エースから掛けられたあまりにも優しい言葉に、キャノコは胸が熱くなるのを抑えきれなかった。
自分のような無名の学徒兵を一人の「パイロット」として対等に見てくれている。
その事実に激しく感激し、大きな瞳を潤ませながら深く頷いた。
アエロはそんなキャノコの純粋な瞳を真っ直ぐに見つめ、少しだけトーンを落として問いかけた。
「でも、少し不思議ね。あなたのように忠誠心の強い子が、どうしてカルロスのあの『消えない抑止力』なんていう、一見すれば逃げ腰に見える思想に賛同したの? PMCになることを受け入れた理由を、私に教えてくれないかしら?」
キャノコは拳を握りしめ、かつて自身の内にあった葛藤を吐露するように言葉を紡いだ。
「最初は、納得できませんでした。」
その生真面目な瞳には、当時の困惑がまざまざと蘇っている。
「少佐たちがデリー基地襲撃を成し遂げた時、私は興奮しました。このままの勢いで、もっと連邦の基地を襲撃し、ジオンの意気を示すのだと信じて疑わなかったです。それなのに、次に出された方針が『民間のPMCになる』だなんて……。正直、耳を疑いました。これでは、連邦の支配に怯えて逃げ回る臆病者と同じではないかと、裏切られたような気持ちにさえなりました…。」
アエロはサングラスの奥の瞳を僅かに細め、キャノコの言葉を遮ることなく、静かに先を促した。
「……なるほどね。一年戦争の最中に戦場へ出られなかったあなたからすれば、物足りなくて当然だわ。」
「はい。私は学徒動員で入隊しながら、女性だからという理由で後方に回されました。だからこそ、今度こそはあの一年戦争の時に戦えなかった分を取り戻すため、ジオンの誇りをかけて、最前線で命を燃やす覚悟をしていたのです。死んで英雄になることすら、恐れていませんでした。」
熱く、純粋すぎるキャノコの言葉。
だが、その「死」を肯定する青臭い理想に対し、アエロは柔らかく、しかしどこか冷徹な現実を孕んだ笑みを浮かべて首を振った。
「英雄、ね。……キャノコ、さっきも言ったけれど、あの一年戦争で散っていった若者たちはみんなそう言って命を燃やしたわ。……でもね、死んでしまったら、そこですべてが終わりなのよ。あとに残るのは、連邦が都合よく書き換えた『哀れな敗残兵の歴史』だけ。」
アエロは一歩前に出ると、緊張で強張るキャノコの肩にそっと手を置いた。
彼女の脳裏には、かつて泥沼の地上戦を共に戦い抜き、激戦の果てに誰一人欠けることなくサイド3へと送り届けることができた、愛しい部下の少女たちの笑顔があった。
「生き残ること」の価値を誰よりも知る彼女だからこそ、その言葉には、ただの敗戦の弁ではない絶対的な重みがあった。
「過激に暴れて死ぬのは簡単よ。でも、この部隊が選んだのはそのどちらでもない。……ねえ、あなたはどうしてその気持ちを変えたの? 命を捨てようとしていたあなたが、どうして『生き続ける』という選択を受け入れたのかしら。」
キャノコはアエロの手の温もりに一瞬だけ目を見張り、それから、ハンガーの片隅で静かにこちらの様子を窺っている一人の男――ボルク・クライへと視線を巡らせた。
「……ボルクさんの姿を、何度も見ているうちに、考えが変わっていったんです。」
キャノコは胸元に手を当て、ボルクへの至高の敬意を込めて言葉を続けた。
「ボルクさんは元連邦軍の軍人です。本来なら、私たちが憎むべき敵だったはずの人。それなのに、上官に裏切られ、すべてを失っても、私たちと共に歩む道を選んでくれた。……デリー基地の時も、あの人は一番危険な位置に立ちながら、決して無駄な殺生はしませんでした。的確に、冷静に、ただ最善の結果だけを求めて戦っていた。あの背中を見ているうちに……ただ死んで英雄になりたがっていた自分が、すごく小さく、恥ずかしく思えてきたんです。」
二本の金髪の三つ編みを揺らしながら、キャノコは確固たる決意をアエロにぶつけた。
「あの人は、連邦を憎みながらも、ただ『憎しみ』だけで戦っていない。私は……あんな戦い方を知りませんでした。死んで消えるのではなく、生きて連邦の喉元に牙を突き立て続けることこそが、本当の抵抗なんだって……ようやく理解できたんです。」
少女の熱く、真っ直ぐな言葉が薄暗い地下ハンガーに響き渡る。その言葉を真後ろで聞いていたドルセは、呆れ顔を引っ込め、感心したように小さく口笛を吹いた。
「へえ……大したものね。元連邦の大尉殿が、ジオンのひよっこをここまで立派な『戦士』に育て上げるなんて。」
アエロはふっと目元を和らげ、キャノコの肩から手を離すと、遠くのボルクに向かって満足げに微笑んだ。
「聞いた、ボルク先生? 本当にいいお嬢さんに惚れ込まれたものね。キャノコを、絶対に無駄死にさせないであげてね。」
ボルクはアエロからのからかい混じりの視線に、気まずそうに頭を掻いた。
工具を握る右手の油汚れをウエスで拭いながら、どこか不器用な面持ちでキャノコを見やる。
「……買い被りすぎだ。俺はただ、引き際を誤りたくないだけさ。……おい、キャノコ。お前にそれだけ言われちゃ、次の戦いで無様には退けなくなっただろうが。」
「当然です! 先生は私たちの誇りですから!」
生真面目に胸を張るキャノコを見て、カルロスはガハハと豪快に笑い、日本刀の柄をポンと叩いた。
「ガハハハ! 実にいい『武士道』だ! ジオンの魂、スペースノイドの独立、その大義をこの胸に抱いたまま、俺達は絶対に『消えない』! アエロたちが用意してくれたこの最高の舞台、そしてボルクとキャノコの牙……すべては揃った。ここを我ら、カルロス隊の新たな本陣とする!」
ひとしきり笑った後、カルロスはふっと表情を引き締め、尋ねるような視線をアエロに向けた。
「――時に、アエロ。この地下基地の完成も間近だが、外の様子はどうなっている? 我々が潜伏を続ける上で、地上の情勢がどう動いているかは知っておきたい。」
アエロはサングラスのフレームを指先で軽く叩きながら、現在の世界情勢を語り始めた。
「そうね……今の地上は、嵐の前の静けさといったところかしら。地上のジオン残党たちのほとんどは、去年の『水天の涙作戦』で戦力や物資を限界まで出し尽くしてしまったわ。今はどこも、連邦の目を盗んで傷を癒やし、戦力の回復に努めている状態ね。派手に動ける組織はまずないわ。」
「フン、やはりな……。物資の補給もままならん状態で大博打を打てば、そうなるのは必然か。」
カルロスが納得したように頷くと、アエロはフッと皮肉めいた笑みを浮かべて言葉を続けた。
「皮肉なのは連邦軍のほうよ。彼ら、来年の11月頃にソロモン要塞宙域で大規模な『艦隊観閲式』を計画しているの。その前座……つまり、自分たちの健在ぶりを誇示するデモンストレーションとして、オーストラリア大陸のトリントン基地に地上の精鋭部隊を集めて、大規模な競技会を開催しているわ。おかげで今、コジマ大隊の『第4小隊』も、その競技会に参加するためにオーストラリアへ派遣されているわよ。」
その言葉に、ハンガーにいた一同の空気が一瞬で変わった。
「コジマの第4小隊、ですか……。」
ヤゴ・チエ中尉が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせれば、ボルク・クライは苦虫を噛み潰したような顔で「チッ、アイツの部隊か」と低く毒突く。
キャノコは「緑のガンダムを駆る部隊が……」と拳を握りしめ、ドルセはただ呆れたように肩をすくめた。
カルロスはフンと鼻を鳴らし、呆れたように首を振る。
「ハッ、連邦の連中め。去年の『水天の涙作戦』であれだけの冷や汗をかかされたというのに、もう喉元を過ぎて熱さを忘れたのか。この時期に観艦式の前座で競技会とは、呑気なものだな。」
しかし、すぐにカルロスの唇の端が不敵に吊り上がった。
「だが……我々にとってはこれ以上ない好都合だ。あのコジマの第4小隊という『目の上の癌』がアジアを離れているのなら、これほど動きやすい時期もない。奴らの不在は天の配剤よ。」
アエロはそんなカルロスの顔を覗き込み、楽しげにくすくすと笑った。
「ふふ、そう言うと思ったわ。連邦としては、ジオン残党の息の根を止めたと確信しているからこそ、力を誇示したいんでしょうね。」
すると、ドルセが手元のデータパッドを軽く叩きながら、冷ややかな声をあげる。
「いかにも連邦らしい、形式を重んじる傲慢なやり方ね。……でも、油断は禁物よ。彼らが呑気に身内でお祭り騒ぎをしている隙に、私たちはこの拠点を一日も早く機能させなければならないわ。」
「ガハハ! その通りだな、ドルセ。しばらくは表の『民間警備会社』としての立ち上げ作業で多忙を極めることになるが、牙を研ぐには十分な時間だ。」
カルロスは豪快に笑い、それからふと思い出したように声を落としてアエロに尋ねた。
「……ところで、アエロ。先ほど地上の残党は回復に努めていると言ったが、エリクたちの部隊……『インビジブル・ナイツ』の生き残りどもは、その後どうなった?」
エリク・ブランケが率いた、地上のジオン残党を巻き込むほどの大博打を打った過激派。
カルロスはその動きを冷徹に利用してデリー基地を強襲した経緯がある。
作戦が失敗に終わった今、インビジブル・ナイツの行方は、これからの地上の勢力図を占う上でも無視できない要素だった。
アエロはサングラスを頭の上に上げ、少しだけ声を潜めて答えた。
「大半のメンバーは、連邦の執拗な追撃をかわして地上に再度潜伏したようよ。……ただね、一人だけ、どうしても足取りが掴めない行方不明者がいるの。」
「行方不明だと?」
カルロスは怪訝そうに眉を寄せた。
ルオ商会の情報網から完全に消えるなど、ただの敗残兵にできることではない。
「誰だ?」
「インビジブル・ナイツの副官的な立場だった男よ。――アイロス・バーデ少尉。」
「……バーデ少尉か。」
カルロスは日本刀の柄にそっと手を置いた。
エリクの腹心であり、冷静沈着に作戦を支えていたあの男の名を聞き、武人としての直感が微かに動く。
「奴が最後に目撃された場所はどこだ?」
「地上のどこか、としか言いようがないわね。宇宙へ上がるシャトルの搭乗名簿にもなかったし、連邦の捕虜収容所の記録にも名前はなかった。地上で完全に消息を絶ったのよ。生きているのか、それともどこかに埋もれたのか……その後がまったく分からないの。」
アエロは肩をすくめ、困ったように首を振った。
「そうか。あの男がただ野垂れ死ぬとも思えんが……。」
カルロスは低く呟き、顎をさすった。
公式記録から消えた自分たちと同じように、アイロス・バーデもまた、戦後の混沌たる闇へと溶け込んでいったのかもしれない。
それが新たな火種になるのか、それとも別の「消えない棘」になるのかは、まだ誰にも分からなかった。
ドルセが横から、手元のデータパッドを軽く叩きながら口を挟む。
「生きているにせよ死んでいるにせよ、今の私たちにできるのは、この拠点を一日も早く機能させることよ。少佐、行方不明の副官探しはルオ商会の情報部に任せて、あなたはあなたの『武士道』とやらで、このPMCの立ち上げを急いでちょうだい。」
「ガハハ、その通りだな、ドルセ!」
カルロスは豪快に笑い、刀の柄から手を離した。不穏な空気は地上の随所に燻っている。
だからこそ、自分たちはここで牙を研ぎ、絶対に消えない刺として存在し続けなければならないのだ。
カルロスは一通りの情報を頭の中で整理し、満足げに頷いた。
地上の残党が牙を潜め、厄介なコジマの第4小隊はオーストラリアへ去っている。
「フム……当面の間は、連邦の目を気にすることなく、このPMCの立ち上げに全力を注げそうだな。」
「確かに状況は悪くありません。ですが少佐、同感であると同時に、私たちは1つ大きな問題を解決せねばなりません。」
隣に控えていたヤゴ・チエ中尉が、眼鏡の位置を直しながら冷静に口を挟んだ。
彼女はデータパッドを脇に抱えると、右手の手のひらの上で、まるで何かを弾くかのように、長い指先をリズミカルに小さく動かした。
彼女がすでに部隊の未来を冷酷な数字として弾き出していることを示唆していた。
「表向きとはいえ、我々は『民間警備会社』になったのです。組織である以上、何かしらの商売をし、確実に利益を出さなければ、ただここに隠れているだけでは干上がります。」
アエロもそれに同意するように、深くため息をついて肩をすくめた。
「チエの言う通りよ、カルロス。ただアナハイムから委託されたPMCの定型業務をこなしているだけじゃ、この大所帯の部隊を維持することも、ましてや戦力を強化することなんてできやしないわ。ルオ商会だって、ボランティアであなたたちを囲っているわけじゃないもの。継続的な『投資価値』を示してもらわないとね。」
ボルクはイフリートの足場から2人を見下ろし、腕を組んでカルロスに問いかけた。
「おいおい、物入りな話だな。おいカルロス、どうするんだ? アナハイムの払い下げ品以外に、まともな稼ぎ口の当てでもあるのか?」
隊員たちの視線が集まる中、カルロスは日本刀の柄を軽く叩き、不敵にニヤリと笑った。
その悪辣とも言える武人の笑みに、ヤゴ中尉の指の動きがピタリと止まる。
カルロスはアエロとドルセの2人を真っ直ぐに見据え、声を一段と落として切り出した。
「アエロ、ドルセ。お前たちのコネと情報網を頼りたい。……一年戦争時に、戦乱の混沌の中で『行方不明』扱いになった地球連邦軍兵士の、詳細な名簿、リスト、そして個人情報を裏から入手することは可能か?」
アエロはサングラスの奥の目を丸くし、カルロスの予想外の要求に小首を傾げた。
「……連邦軍の、行方不明者の個人情報? 一体、そんなものを何に使うつもり? 死体も確認されていない兵士のデータなんて、ただの紙屑でしょう?」
その時、真後ろで黙って聞いていたドルセが、はっと息を呑んだ。
ハッカーである彼女の脳裏に、連邦軍という巨大な組織が抱える『ある決定的な闇』と、カルロスの狙いが一瞬で結びついたのだ。
ドルセの顔からいつもの冷ややかな余裕が消え、カルロスの企みに気づいた驚愕の色が浮かぶ。
カルロスはドルセのその反応を見て、満足げに口元を歪めた。
「紙屑なものか。……その、行方不明になっている『地球連邦軍兵士の個人情報』を、裏市場で売るのさ。買い手なら、いくらでもいるだろう?」
カルロスが不敵に笑うと、ドルセの顔からいつもの余裕な表情が完全に消え失せた。
彼女はデータパッドを握る指を震わせ、カルロスを凝視する。
「……まさか少佐、連邦の籍をジオン残党に買い取らせて、合法的に連邦の社会へ潜り込ませる気!?」
その緊迫した声に、アエロが驚いたようにドルセを振り返った。
「どういうこと? 詳しく説明してちょうだい。連邦軍の行方不明者のデータに、それほどの価値があるの?」
ドルセはごくりと息を呑み、元連邦軍人としての知識を絞り出すように早口で説明を始めた。
「一年戦争が開戦する前まで、地球連邦軍は高度にネットワーク化された中央集権型の軍隊だったわ。兵士の個人情報から作戦行動まで、すべてが巨大なホストコンピューターで一元管理されていた。……でも、ジオンが実戦投入した『ミノフスキー粒子』が、そのすべてを文字通り破壊したのよ。」
ドルセはハンガーの壁面に張られたステルス遮蔽材に視線を向け、言葉を紡ぐ。
「広範囲に散布されたミノフスキー粒子によって、連邦軍自慢の超長距離データ通信ネットワークは一切が使い物にならなくなった。前線と司令部の通信が完全に遮断された状況下で、多くの部隊が次々と壊滅していったわ。誰がどこで、どうやって死んだのか、詳細な状況がまったく不明瞭なまま現場が消滅していったのよ。その結果、何が起きたと思う? 膨大な数の兵士たちが、戦死を確認されないまま、書類上はただの『行方不明』や『未帰還』として処理されるしかなかったのよ!」
カルロスはドルセの完璧な解説に、深く、そして満足げに頷いた。
日本刀の柄を軽く叩く音が、薄暗いハンガーに重く響く。
「その通りだ、ドルセ。さらに言えば、大戦初期のコロニー落としや、我が公国軍による度重なる地球侵攻作戦のおかげで、連邦の地方基地や役所のデータセンターは物理的にも徹底的に破壊し尽くされた。個人の戸籍も、兵籍のバックアップも、今やあらゆる公的資料があやふやな霧の彼方さ。」
カルロスはアエロの前に一歩踏み出し、声を一段と潜めて、獣のような鋭い眼光を放った。
「その中から、身寄りがなく、かつ追及の手が及びにくい『使えそうな個人情報』だけを精密に抽出し、真っ新な身分証として再生して裏市場へ流す。これをお前なら、いくらで買い取る、アエロ?」
「……っ!」
アエロは言葉を失い、息を呑んだ。ルオ商会のトップエージェントとして、あらゆる裏取引や経済の闇を見てきたはずの彼女でさえ、カルロスが提示したビジネスの「凶悪なまでの合理性」と「計り知れない利権の規模」に、ただただ驚愕するしかなかった。
激しい戦闘で連邦を打倒するのではない。連邦自身が犯した戦後の制度の不備と闇を利用し、合法的にジオンの『牙』を連邦社会の深部へと送り込む。その場にいたヤゴ中尉も、工具を握ったまま硬直しているボルクとキャノコも、カルロスという男の底知れない知略の恐ろしさに、静まり返ったハンガーの中で深く戦慄していた。
ひとしきりの沈黙の後、アエロは深く、震えるようなため息をついた。
サングラスを頭の上に戻し、その底知れない怪物を見るような目でカルロスを真っ直ぐに見つめる。
「……カルロス。あなたを敵に回さなくて、本当に良かったわ。もしルオ商会があなたと敵対していたら、今頃私たちは、すべてを毟り取られていたかもしれないわね。」
カルロスはアエロの最大の賛辞を、不敵な笑みを崩さぬまま受け止めた。
日本刀の柄から手を離し、腕を組んで2人に問いかける。
「フッ、最高の褒め言葉として受け取っておこう。……アエロ、ドルセ。早速だが実務の話だ。お前たちの融通できるルートを使って、その『行方不明者のリスト』、どれくらいの期間で用意できそうだ?」
問いかけられたドルセは、即座に元連邦兵としての頭脳と、ルオ商会の情報網のスペックを頭の中で弾き出した。
いつもの冷徹なエージェントの顔に戻り、データパッドに素早く指を走らせる。
「……そうね。大戦初期の混乱が一番激しかった『ブリティッシュ作戦』直後のデータや、地方基地の遺失記録から身寄りのない個体を精査するとなると……。ルオ商会の極秘サーバーをフル稼働させて、まずは使い勝手のいい第一弾のリストをまとめるのに、最低でも一ヶ月。完全に偽造身分証として機能するレベルにまで裏付けを偽装するなら、3ヶ月といったところよ。」
「3ヶ月か。上出来だ。よし、その条件で頼む。」
カルロスは満足げに頷き、ハンガーの奥へと視線を巡らせた。
「用意された個人情報のうち、前線部隊の身分や、使い勝手のいい上級兵のデータは、こちらの方で選別してジオンの優秀な残党たちや、我がPMCの方で使わせてもらう。そして――」
カルロスはそこで言葉を区切り、眼鏡の位置を直していたチエを振り返った。
「チエ。残りの『一般兵』の個人情報は、すべて裏市場へ流して資金源にする。お前は早速、その情報を売るための安全な販売経路の選定と、市場での最適な値段設定を考えておけ。」
「了解いたしました、少佐。……お任せください。」
チエは静かに一礼した。
その右手は、再び手のひらの上でパチパチと、今度は先ほどよりも遥かに速い速度で、弾くようにリズミカルに動き始めていた。
巨万の富と、連邦の裏をかく悪魔的な方程式が、彼女の脳内で完全に完成した瞬間だった。
アエロとドルセは、そんなカルロスとチエの姿を見つめながら、改めてその背筋に走る冷たい戦慄を隠せなかった。
「本当に恐ろしい男ね。……いいわ、その行方不明者のリスト、私たちが責任を持って精査し、必ず手に入れてみせるわ。」
アエロはふっと表情を戻すと、何かを企むような艶然とした笑みを浮かべてカルロスを見つめた。
「それとね、カルロス。そのリストの収集をドルセたちに任せる間、私はちょっと旅に出てこようと思うの。」
「旅だと? どこへ行く」カルロスが怪訝そうに尋ねると、アエロは悪戯っぽくウインクをして見せた。
「オーストラリア大陸よ。連邦軍がやってるその競技会とやらに、『ジャーナリスト』として取材にね。表向きは競技会の取材、裏向きは――参加している精鋭部隊のデータ収集よ。」
カルロスはアエロの抜かりのない提案に、深く、満足げに頷いた。
「フッ、それは心強いな。あいつらのデータはあればあるほどいい。……頼んだぞ、アエロ。」
「ええ、任せてちょうだい。……それじゃあドルセ、行きましょうか。」
「了解。少佐、あまり武士道に傾倒しすぎて、立ち上げの書類仕事をおろそかにしないで頂戴ね。」
ドルセが最後にチクリと釘を刺すと、カルロスは苦笑いしながら手を振った。
2人はビジネススーツの襟を正し、いつもの冷徹な「エージェントモード」の仮面を被り直すと、軽やかなヒールの音を響かせて人員用通路の奥へと消えていった。
薄暗い地下ハンガーに残されたカルロスたちは、その去り行く背中を静かに見送っていた。
再びハンガーに響き渡る、作業員たちの金属音と重機の低いうなり。
ルオ商会の莫大な資金。
アナハイム・エレクトロニクスの裏ルート。
そして、連邦の闇を喰らう悪魔的な情報ビジネス。
地球連邦軍がオーストラリアの突き抜けるような青空の下、呑気に精鋭たちのお祭り騒ぎに興じているその裏で。
チベット・ラサの深い深い闇の奥底から、確実に連邦の喉元を掻き切るための「見えない牙」が、静かに、しかし確実に研ぎ澄まされようとしていた。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
まさかのアプサラス開発基地がカルロス達の手に渡り、市街地演習場に整備され、カルロス達の基地になりましたね。
これで、カルロス達の今後の活躍が楽しみになります!
今回の個人情報売買ネタは「Ζガンダム」のクワトロ・バジーナと、「ジョニー・ライデンの帰還」を参考にしました。
ではでは、次の話も楽しみにしてください。
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