機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第102話 猟犬の系譜を受け継ぐ者【3】

電子ブザーの残響が荒野に消え去ると同時に、演習場は一転して、静寂と陽炎が支配する不気味な空間へと戻った。

 

「ファング2、予定通り指定ポイント『デルタ3』へ急行。そこで出力を抑え、待機しろ。」

 

白と青のジム・スナイパーⅡのコックピットで、レオンは操縦桿を握る手に微かに力を込めながら、冷徹な指示を飛ばした。

 

「ファング2、了解!……ポイントへ向かいます!」

 

カイルのジムが、砂塵を激しく巻き上げ、滑るような移動で赤土を駆ける。

彼はレオンに厳しく叩き込まれた通り、直線的な突撃をグッと堪え、地形の起伏を巧みに利用しながら、巨大なコロニーの隔壁残骸の影へと滑り込んだ。

機体のメインジェネレーターをアイドリング状態まで落とし、完全に気配を殺して、敵を誘い出すための『囮(ベイト)』として息を潜める。

 

「ファング3、俺に続け。カイルの視界を遮らない位置に潜むぞ。」

 

「了解。ファング3、追従します。」

 

レオンのジム・スナイパーⅡとヴァイのジム・キャノンもまた、カイルの潜むポイントから大きく斜線を開けた、別のコロニー残骸の陰へと身を隠した。

これにより、もし敵の前衛がカイルに食い付いた瞬間、側面から完全に十字砲火を浴びせられる陣形が整う。

ガシャン、と重々しい機械音がコックピットの頭上で響いた。

レオンがコンソールのスイッチを入れると、ジム・スナイパーⅡの額部にマウントされた大型スコープバインダーが、電磁ロックを解除されてカメラアイの前へと静かにスライドダウンする。

視界が超高倍率の狙撃モードへと切り替わり、全天周モニターの端に、各種環境データと風向、そしてロングレンジ・ビーム・ライフルのエネルギー充填率を示すインジケーターが青く並んだ。

レオンは巨大な銃身をコロニーの亀裂から突き出し、銃床を機体の右肩へとしっかりと固定する。バイザーの奥の鋭い双眸を細め、レオンは陽炎の揺らめく敵陣側の索敵を開始した。

それと同時に、後方の岩陰ではソフィアのホバートラックが停車した。

 

「――ソナー・プローブ、射出! システム起動!」

 

ソフィアの引き締まった声と共に、車体後部から地中へと極太の音響突針が突き立てられる。

ドスッ、という鈍い振動が大地を伝わり、アンダーグラウンド・ソナーが起動した。

彼女はヘッドセットを両手で強く押さえ、砂岩の層を伝わってくる微かな地殻振動――第4小隊のホバートラックの駆動音や、モビルスーツの足音を拾い集めるために、全神経をその並外れた耳へと集中させ始める。

 

「ヴァイ、ソフィアが敵の動向を掴むまで、周辺の警戒を怠るな。レーダーのノイズに騙されるなよ。」

 

「ファング3、了解。180度警戒を維持。……センサーに反応はありません。静かすぎますね。」

 

ヴァイのジム・キャノンが、手にしたロケット・ランチャーの銃口を周囲の遮蔽物へと向けながら、油断なくセンサーを回す。赤茶けた荒野。コロニーの残骸が牙のように突き刺さる迷路の中で、新生ホワイト・ディンゴ隊は完全に息を潜めていた。

敵はあの「殺さずの狩人」率いる第4小隊。

一瞬の索敵の遅れがそのまま敗北に直結する静かなる情報戦が、ついに始まった。

 

「――レオン隊長、感知しました!」

 

後方の岩陰から、ソフィアの緊張に満ちた、しかし確かな声が回線に飛び込んできた。

ヘッドセットを両手で耳に押し当て、ソナーの波形モニターを凝視する彼女の瞳は真剣そのものだ。

 

「この地殻振動……モビルスーツの歩行音を2機探知! 音紋照合……間違ありません、相手のジム・キャノンと、陸戦型ガンダムです!」

 

「よし。」

 

レオンはジム・スナイパーⅡの操縦桿を握り直し、モニターのグリッドを確認した。

 

「……ホバートラックと、あの緑のガンダム(スライフレイル)の音は拾えるか?」

 

「え……?」

 

レオンの問いかけに、ソフィアはアンダーグラウンド・ソナーの受信感度を最大まで引き上げ、さらに深く地中の音へと耳を澄ませた。

砂岩の層を伝わってくるのは、先ほどの2機の単調な足音だけ。

砂塵を疾走するホバートラックのホバー音も、スライフレイルの不気味な駆動音も、どこを探しても見当たらない。

 

「う、嘘……ジム・キャノンと陸戦型ガンダムの音以外、何も聞こえません……。ご、ごめんなさい隊長! 私、見落として――」

 

「焦るな、ソフィア。君の耳が悪いわけじゃない。」 

自身の不甲斐なさに声を震わせる新米オペレーターを、レオンの冷静な声が遮った。

その双眸は、バイザーの奥で獲物の出方を見切った猟犬のように鋭く細められている。

 

「音が聞こえないということ自体が、明確な情報だ。あちらのホバートラックもエンジン音がしないのは同じように、アンダーグラウンド・ソナーを起動させているからだろう。そしてスライフレイルの音がしないなら、まだこちらへ向けて接近していない。……足音を立てずに、どこかの残骸に隠れてこちらの動向を窺っているはずだ。」

 

実戦経験は浅くとも、戦術のセオリーは昨夜叩き込んだ。レオンは淡々と、しかし確実に戦況をチェス盤のように整理していく。

 

「ソフィア、探知したジム・キャノンと陸戦型ガンダムだ。どちらの方向から、どれだけの距離で来ている?」

 

「は、はい! 方角、時計の11時方向、コロニーの第2隔壁残骸のルートを進んでいます! 距離、およそ2400!」

 

「11時、距離2400……。了解した。」

 

レオンは右肩に固定した試作型ロングレンジ・ビーム・ライフルの銃身を、ミリ単位の精度で11時方向へと回頭させた。

ガシャン、と火器管制システムが連動し、額の大型スコープバインダーが捉えた2400メートル先の映像が、モニターへ拡大表示される。

揺らめく陽炎の向こう、赤土の砂塵を巻き上げてこちらへ近づいてくる、連邦規格のモビルスーツの輪郭が、超高倍率カメラの十字レティクルの中心へと収まり始めた。

 

(……見えたぞ。誘いの足音だ。)

 

敵は2機を前座として歩かせ、こちらの先制射撃、あるいは囮のカイルの牙をあえて誘い出そうとしている。

その裏で、深い緑の『スライフレイル』がどこで爪を研いでいるのか――息詰まる射線(ライン)の探り合いが、静かに火花を散らし始めていた。

レオンは、高倍率スコープが捉えた2400メートル先の映像をじっと凝視した。ゆらゆらと揺らめく陽炎の向こう、コロニーの巨大な隔壁残骸の隙間から、うっすらと赤土の土煙が舞い上がっているのが見える。ソフィアの報告通り、2機のモビルスーツがこちらへ向けて確実に行軍してきていた。

 

(……だが、まだ遠いな。)

 

レオンは操縦桿を握る手の感触を確かめながら、冷徹に判断を下した。

どれほどロングレンジ・ビーム・ライフルが射程に優れていようとも、ここは地球の地上。

ミノフスキー粒子による磁場変化に加え、オーストラリアの大気が生み出す熱による歪みは、超長距離からの射撃精度を無慈悲に狂わせる。

今の距離では、必中させられる確率は決して高くない。一度引き金を引けば、こちらの位置が露呈し、第4小隊の完璧な連携に先手を打たれることになる。

最大の利点である『初弾の奇襲効果』を、不確実な長距離砲撃でドブに捨てるわけにはいかなかった。

 

「ファング2、ファング3、そのまま待機だ。奴らはまだこちらの陣形に気づいていない。引きつけるぞ。」

 

レオンは通信回線に、低く、微塵の揺らぎもない声を入れた。

 

「ファング2、了解!……視界クリア、いつでも飛び出せます!」

 

「ファング3、了解。火線構成のシミュレーション、完了しています。」

 

新米2機のステータスは、依然としてグリーンの安定値を保っている。

レオンは続けて、後方のコマンド車両へと呼びかけた。

 

「ソフィア。敵の歩行速度から動線を逆算しろ。随時、こちらとの距離を報告するんだ」

 

「了解です、レオン隊長!……データリンクの更新速度を上げます。敵、ポイント『エリア5』を通過、距離2200……現在も同速度でこちらへ接近中です!」

 

ソフィアの声からは、先ほどの焦りが完全に消えていた。

レオンの的確なナビゲートが、新米オペレーターのポテンシャルを確実に引き出し始めている。

 

「よし。そのまま測定を続けろ。」

 

レオンはジム・スナイパーⅡの右肩をさらにホワイトボードの戦術図のように固定し、ライフルの銃身をミリ単位で微調整した。

カイルのジムが潜むコロニーの残骸。

ヴァイのジム・キャノンが砲撃準備を整えている岩陰。

そして、レオンが十字レティクルを重ねている11時方向の射線。

すべては、この一撃で戦局をひっくり返す『必殺の距離』になるその瞬間のため。

かつてオーストラリアの地獄を生き抜いた猟犬の系譜を受け継ぎ、新生ホワイト・ディンゴ隊は、獲物が罠の真上へと足を踏み入れるその時まで、ただ深く、深く、赤土の荒野に息を潜め続けた。

相手の陸戦型ガンダムとジム・キャノンは、遮蔽物のない開けた場所を徹底的に避け、幾重にも突き刺さるコロニーの残骸を巧みに利用しながら距離を詰めてきていた。

残骸から残骸へと移動するその一瞬のスピード。そして移動直後にすぐさま周囲への警戒姿勢へと移る、無駄のない一連のルーティン。

ただ足音を立てて歩いているだけではない。こちらの狙撃兵がどこに潜んでいるかをあらかじめ想定し、常に死角を計算しながら機体を滑り込ませているのだ。

レオンはジム・スナイパーⅡの高倍率スコープを覗き込んだまま、バイザーの奥の双眸を微かに細めた。

 

(……流石は、東南アジア方面の地獄をくぐり抜けてきた精鋭部隊だな。)

 

内心で、敵のプロフェッショナルな操縦技術に対する感心の念が湧き上がる。

熱帯雨林や湿地帯という、モビルスーツにとっては最悪の悪路でジオンの残党と2年間も戦い続けてきた彼らにとって、この遮蔽物だらけの演習場は、ジャングルと何ら変わらない馴染み深い猟場なのだろう。

彼らの機体捌きには、マニュアル通りの訓練では決して身につかない、戦場で磨き上げられた泥臭い生存術が染みついていた。

 

「敵、さらに接近……! コロニーの主砲塔残骸の影を通過、距離1900! 依然として歩行音は2機です!」

 

ソフィアの張りのある声が、データリンクの更新音と共にコックピットに響く。

敵との距離、1900メートル。

通常のモビルスーツであれば戦闘の間合いの外だが、レオンが構えるロングレンジ・ビーム・ライフルと、ヴァイのジム・キャノンにとっては、すでに有効射程圏の入り口だった。

 

だが、敵の鉄壁の連携は崩れていない。

まだ引きつける。

狙うは、この見事な機動を見せる2機の『出鼻』だ。

レオンはライフルのトリガーにかけた指の感触を確かめながら、息を止めた。陽炎の向こうで、緑のガンダムの影がどこかに潜んでいる気配を肌で感じながら、猟犬はさらにその牙を深く、静かに研ぎ澄ませていく。

 

「敵、さらに接近……! コロニーの残骸の影を通過、距離1800! 依然として歩行音は2機です!」

 

ソフィアの張りのある声が、データリンクの更新音と共にコックピットに響く。

敵との距離、1800メートル。まさにレオンたちが仕掛けた「必殺の間合い」の入り口へと、敵が足を踏み入れようとした、その瞬間だった。

――フッ、と画面の向こうの2機が、示し合わせたようにその動きを完全に止めた。

あれほど滑らかに駆動していた陸戦型ガンダムとジム・キャノンが、コロニーの巨大な残骸の影に定位したまま、ピタリと彫像のように静止したのだ。

赤茶けた荒野に、奇妙な静寂が滑り込んでくる。

 

(……なぜだ? 前進をやめた?)

 

レオンの脳内で、戦術家としての直感が不穏なアラートを鳴らし始める。

自分達は完全に息を潜めている。

カイルのジムも、ヴァイのジム・キャノンも、そしてレオンのジム・スナイパーⅡも、ジェネレーターを出力最小(アイドリング)に落とし、機体の熱も電磁波も極限まで遮蔽しているはずだった。こちらの有効射程を警戒しての停止にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。

しかし次の瞬間、スコープが捉えた光景にレオンは息を呑んだ。

停止した第4小隊のジム・キャノンが、その巨大な240口径キャノン砲を、ゆっくりと回頭させ始めたのだ。

その砲口が油圧の不気味な音を立てて、真っ直ぐに向いている先は――。

カイルのジムが潜伏している、コロニーの巨大な隔壁残骸だった。

 

「隊長! 相手のジム・キャノン、カイル少尉の座標へ砲身を向けつつあります! でも、ソナーにパルス反応はありません! 奴ら、どうやって――」

 

ソフィアの悲鳴に近い声。

レオンは瞬時にその謎の正体へと、天才的な状況判断力で辿り着いていた。

 

(……しまった、『熱』か……!)

 

今、演習場は日中の強烈な直射日光に晒されている。

周囲に突き刺さるコロニーの残骸――数千、数万トンという巨大な鉄屑は、熱を吸収し、悲鳴を上げるような超高温の赤外線を全方位に放射していた。

そこにカイルのジムが隠れた。どれだけ出力を抑えているとはいえ、数十トンの質量を持つモビルスーツは、アイドリング状態でも独自の稼働熱を常に発し続けている。

オーストラリアの太陽が熱した鉄屑の熱量と、カイルのジムが発する微かな稼働熱。

この二つの異なる熱源が重なり合って干渉した結果、赤外線センサーの画面上で、隔壁の残骸に『不自然な熱の歪み(サーマル・シャドウ)』が生じてしまったのだ。

東南アジアの泥沼で、赤外線とソナーの複合解析を徹底的に叩き込まれてきたエミリア准尉のホバートラック、そしてサンダース軍曹の陸戦型ガンダムの高性能サーモ・センサーが、そのわずかな熱変化の違和感を見逃すはずがなかった。

 

「ファング2、そこを動け! 奴らにお前の位置が割れた!」

 

レオンが叫ぶのと、地平線の彼方でジム・キャノンの砲口が激しいマズルフラッシュを上げるのは、ほぼ同時だった。

 

ズドォンッ!!

 

凄まじい衝撃音と共に、ジム・キャノンの放った大口径の模擬実弾が、カイルの潜伏するコロニー残骸に直撃した。

炸裂した赤色の特殊ペイントが、装甲板の亀裂から滝のように流れ落ちる。

 

「う、わあああっ!?」

 

「カイル、動け! 早くそこから離脱しろ!」

 

レオンの鋭い警告が通信回線を叩く。

しかし、カイルのジムは、爆風の衝撃と至近距離での炸裂音に気圧され、操縦桿を握ったまま硬直していた。

昨夜の誓いも、マイクの激励も、一瞬で頭から吹き飛ぶほどのプレッシャー。

新米パイロットにとって、姿の見えない敵からの正確な長距離砲撃は、それほどまでに恐怖そのものだった。

第4小隊の追撃は容赦がなかった。

間髪入れず、テリー・サンダースJr.軍曹の駆る陸戦型ガンダムが、右手に携えたビーム・ライフルを掲げる。

放たれたビームが、カイルの隠れる残骸の右側を激しく貫いた。

 

ドォン! ドォン!

 

立て続けに浴びせられるキャノン砲とビームの集中攻撃。

カイルの視界は、砕け散る赤土の破片と光条で埋め尽くされ、警告アラートが激しく鳴り響く。

 

「た、隊長……! 動けません! 助けてください、隊長……ッ!」

 

通信回線に、カイルの悲鳴に似た救難信号が混じる。

 

(――チッ、足が竦んだか!)

 

レオンはバイザーの奥で歯噛みし、一瞬だけ頭を痛めた。

昨夜あれほど「孤立するな、動け」と叩き込んだというのに、実戦経験の乏しさがここ一番での初動の遅れに繋がってしまった。

だが、レオンはただ絶望する男ではない。

一年戦争を生き抜いた彼の冷徹な戦術眼は、カイルの最悪の窮地の中に、唯一無二の勝機を見出していた。

 

(……だが、相手の意識は完全にカイルに集中している。こちらの存在には、まだ気づいていない!)

 

敵の陸戦型ガンダムとジム・キャノンは、動けないカイルを確実に仕留めるため、遮蔽物の影からわずかに機体を露出させ、砲撃姿勢を固定している。

狙撃手にとって、これ以上のお膳立てはなかった。

レオンはジム・スナイパーⅡの長大な銃身をミリ単位で微調整し、十字レティクルを『緑のガンダム』ではなく、前衛を務める陸戦型ガンダムへと重ね合わせた。

 

(まずは、あの陸戦型ガンダムだ。昨日の試合でも臨機応変に戦線をコントロールしていた……パイロットはテリー・サンダースJr.軍曹。あのベテランを最初に排除しなければ、数の優位は作れない!)

 

レオンは深く息を吸い込み、完全に肺の動きを止めた。

心臓の鼓動すらトリガーへ伝わらないよう、全身の神経を右人差し指の感触だけに集中させる。

超高倍率スコープの中心、サンダースの陸戦型ガンダムの胴体が、十字線と完全に重なった。

パッシブ・センサーが、敵機が次弾を発射する瞬間の、微かなエネルギーの集束を捉える。

 

(――そこだ!)

 

レオンは静かに、引き金を絞り込んだ。

 

ズキュゥゥゥンッ!!

 

激しい駆動音と共に、ロングレンジ・ビーム・ライフルから、眩いばかりの光軸が放たれた。

オーストラリアの熱い大気を切り裂き、2000メートル近い距離を瞬時に踏み越えたビームが、陸戦型ガンダムの左胸へと肉薄する。

 

「――ぬうっ!?」

 

サンダースの直感が危険を察知したのか、ガンダムは寸前で身を翻し、左腕のショートシールドを胸前へと滑り込ませた。

次の瞬間、直撃した模擬ビームの莫大な熱量がシミュレーターのセンサーを焼き、激しい警告音がガンダムのコックピットに鳴り響く。

 

『――判定。左腕部、およびショートシールド損壊』

 

「チッ、左腕を失ったか……! だが、いい腕だ!」

 

センサーの判定に従って、機体はショートシールドをパージ。

と同時に、破損判定を受けた左腕の駆動油圧が完全にロックされる。

陸戦型ガンダムの左腕が、神経を失った死体のように、ぶらりと力なく垂れ下がった。

 

「……狙いが僅かに逸れたか。敵の前衛、左腕を大破!」

 

レオンはライフルの強制冷却ガスが噴き出す音を聴きながら、即座に次の一手を通信へと叩き込んだ。

 

「ファング3! 敵のジム・キャノンへ向けて砲撃開始! 奴らの火線を分断しろ!」

 

「ファング3、了解! カイル少尉を援護します!」

 

岩陰に潜んでいたヴァイのジム・キャノンが、一歩前へと踏み出した。

そのマニピュレーターに握られたロケット・ランチャーの砲口が、激しい火花を散らして火を噴く。

新生ホワイト・ディンゴ隊の、猛烈な反撃の砲撃がトリントンの赤土を揺るがし始めた。

 

ヴァイが放ったロケット・ランチャーの砲弾が、陸戦型ガンダムとジム・キャノンの足元で激しく炸裂した。

赤土の爆煙が舞い上がり、敵2機はたまらず射線を遮るようにコロニー残骸の陰へと身を隠す。

 

「ファング2、今のうちに後退しろ! 別の遮蔽物へ滑り込め!」

 

レオンの容赦ない指示が飛ぶ。

ヴァイの弾幕に救われたカイルは、今度こそ我に返ってジムのスラスターをふかした。

機体を大きく後退させ、数キロ先にある別の巨大なコロニーの残骸へと滑り込み、辛うじて窮地を脱する。

そこからは、遮蔽物の迷路を挟んだ両雄の、凄絶な中距離射撃戦へと突入した。

新生ホワイト・ディンゴ隊の3機は、互いに斜線をカバーし合える位置を維持しながら、コロニーの鉄屑に身を隠して的確に弾丸を撃ち込んでいく。カイルの100mmマシンガンが荒々しい金属音を響かせ、ヴァイのジム・キャノンがロケット弾を正確に送り込み、レオンのジム・スナイパーⅡがロングレンジ・ビーム・ライフルで敵の逃げ道を正確に潰す。

しかし、対する第4小隊の立ち回りは、それを上回るほどに老獪だった。

サンダースの陸戦型ガンダムとジョシュアのジム・キャノンは、ある程度激しい射撃を交わすと、こちらの火線が集中する前に、まるで見えない糸で繋がっているかのような完璧なタイミングで別の残骸へと高速移動していく。

一箇所に留まらず、常にポジションを流動させることで、レオンたちの必殺の十字砲火を巧みにいなしていた。

もし、ソフィアのホバートラックによる、アンダーグラウンド・ソナー探知がなければ、その目まぐるしい位置転換の前に、とっくに相手の座標を見失って戦線を崩されていただろう。

 

(チッ……これが、実戦で磨き上げられた本物の戦術か!)

 

レオンはジム・スナイパーⅡのレティクル越しに敵の機動を追いながら、内心で激しく舌を巻いた。

 

左腕を失っているはずの陸戦型ガンダムは、そんなハンデを微塵も感じさせない精密さでジム・キャノンをリードし、的確なカバーを見せている。こちらの新米たちがどれほど意気込もうとも、この「立ち回りの練度の高さ」だけは、一朝一夕の訓練や2年間のぬるま湯では到底届かない、圧倒的な壁だった。

だが、この一進一退の激しい銃撃戦の最中、レオンの冷徹な観察眼は、ある決定的な「違和感」を捉えていた。

 

(緑のガンダムはどこだ?)

 

目の前で激しく動き回っているのは、サンダースの陸戦型ガンダムとジョシュアのジム・キャノンの2機だけ。

エミリア准尉のホバートラックの動向もさることながら、あの「殺さずの狩人」と呼ばれたソウヤ・タカバ中尉の駆る、深い緑の『スライフレイル』の姿が、この射撃戦のどこにも見当たらなかった。

その頃、後方の岩陰に潜むコマンド車両の車内では、ソフィアが全身から大汗を流しながら、必死にヘッドセットを両手で耳に押し当てていた。

目まぐるしく位置転換を繰り返す第4小隊の2機。

その振動の軌跡を一瞬でも見失えば、前線のレオンたちの命が危ない。

ソフィアはアンダーグラウンド・ソナーの波形モニターに視線を血走らせ、猛烈なスピードで動く敵の影に死に物狂いで食らいついていた。

 

(……負けない。ここで私が聞き落としたら、ホワイト・ディンゴの名前が泣いちゃう……!)

 

彼女が奥歯を噛み締め、さらにソナーの受信感度を絞り込んだ、その時だった。

ノイズの向こう側から、これまでの振動とは明らかに質の異なる、奇妙な音が鼓膜を震わせ始めた。

シュウゥゥゥ、という、細く鋭い高圧ガスの噴射音。

4基の独立したスラスターが、断続的に位置を細かく変えながら吹かれている音。

これは間違いなく、事前データにあった『スライフレイル』の軽量バックパックが発する特徴的な金属音だった。

だが、おかしい。

音の伝わり方がわずかに軽すぎる。

地中を伝わってくる振動としては、距離の割にあまりにも「遠い」ような違和感があった。

 

(……どうして? 音紋は確かにあのガンダムなのに、どうして足音が地面を揺らさないの?)

 

ソフィアの脳裏に、かつてアニタが残した音響解析の教本の一節が過った。

次の瞬間、ヘッドセットから、カン、という、鉄骨を強く踏みつけるような乾いた金属音と、鉄板を激しく蹴り飛ばす風切り音が時折混じるのが聞こえた。

その瞬間、新米オペレーターの鋭い閃きが、敵のエースの恐るべき意図を完全に看破した。

 

「――っ! レオン隊長、大変です!!」

 

ソフィアは喉が裂けんばかりの声で通信回線に飛び込んだ。

 

「スライフレイルが来ます! 地面じゃありません、コロニーの残骸の上を飛び跳ねながら、上空からこちらの死角へ接近中です!」

 

「何だと……!?」

 

レオンは息を呑んだ。

即座にジム・スナイパーⅡの操縦桿を引き絞り、額の超高倍率スコープバインダーを電磁ロック解除して上方へ跳ね上げる。

通常の広角全天周モニターへと視界を戻し、レオンは頭上の暗がりの空を見上げた。

そこに、いた。

オーストラリアの強烈な太陽を背に受け、コロニーの巨大な鉄屑の上を、まるで重力を無視した獣のように跳び回る、深い緑の悪魔の姿が。

数千、数万トンというコロニーの破片は、赤土に突き刺さっているとはいえ、足場としては不安定極まりない。

数十トンもの重量があるモビルスーツが乗れば、重心が僅かにズレただけで残骸ごと崩落するか、バランスを崩して真っ逆さまに墜落するのがオチだ。

だが、ソウヤ・タカバ中尉の駆るスライフレイルは、軽量化されたスラスターを4基同時にミリ秒単位で吹かし、機体の姿勢制御を完璧に同調させていた。

崩れかける鉄骨の頭を的確に蹴り、次の残骸へと踊るように跳躍する。

それはさながら、日本の古戦場における『八艘飛び』をモビルスーツで再現しているかのような、常軌を逸したアクロバットだった。

 

(……残骸の上を移動する難しさを、こいつは完全に無視しているのか……!)

 

レオンは、メインモニターに映る緑の影の動きに、戦慄を覚えていた。

この演習場をジャングルに見立てているという推測は合っていた。

だが、奴は密林の『地表』を歩くのではなく、生い茂る巨木の『枝の上』を伝って、こちらの頭上から奇襲を仕掛けることを選んだのだ。

 

「カイル、ヴァイ! 上だ! 散開しろッ!」

 

レオンの怒号が通信回線を震わせる。

それと同時に、緑の狩人が滑らかに右腕を構えた。

そのマニピュレーターに握られているのは、銃口を鈍く光らせる陸戦型ガンダム専用のビーム・ライフル。

死角である上空。

完全に射線を通されたレオンたちの頭上から、狩人の銃口が冷徹に突きつけられ、猟犬たちの陣形はあまりにも無防備に晒されていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
新生ホワイト・ディンゴVS第4小隊の戦いが開始しました。
いやー、コロニーの残骸の上を八艘飛びのように移動するソウヤは化け物ですね(笑)
でも、サンダース軍曹も左腕を破壊判定されたので、どうなるか分かりませんね。
あと、書いていたら、意外と文の厚みが出てしまったので、3部構成をやめます。
申し訳ない(汗)
ではでは、次の話も楽しみにしてください。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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総合評価:3238/評価:8.27/短編:22話/更新日時:2026年07月04日(土) 21:20 小説情報

妹に撃たれない方法(作者:Brooks)(原作:ガンダム)

ア・バオア・クーでキシリアに射殺されたギレン・ザビは、目を覚ますとジオン・ダイクン逝去の当日に戻っていた。次は絶対に妹に殺されたくない。その一点だけを現実的な目標に定めた彼は、戦争より先に家族会議を整え、暗殺より先に議事録を作り、歴史より先に妹の機嫌を取りにかかる。しかし未来を知るのは彼だけではなかった。動乱へ傾くサイド3で、兄妹は奇妙な休戦に踏み込む。笑え…


総合評価:547/評価:6.25/完結:226話/更新日時:2026年05月06日(水) 19:56 小説情報

偽書・ガンダム機動戦記(作者:雑草弁士)(原作:ガンダム)

宇宙世紀0079、サイド7ノアの1バンチコロニーグリーンノア在住のアルバイター、エグザベ・オリベは難民である。故郷であるサイド5ルウムを地球連邦とジオンの戦争で破壊しつくされた彼は、どうにかサイド7に流れ着き、ジャンク屋で働きつつ生活を立て直そうとしていた。しかし0079の9月18日、ジオン軍の英雄シャア・アズナブル少佐率いる特殊部隊がサイド7を急襲。エグザ…


総合評価:1862/評価:8.67/連載:54話/更新日時:2026年03月11日(水) 05:39 小説情報


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