機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第103話 猟犬の系譜を受け継ぐ者【4】

レオンの悲鳴に近い怒号が無線を叩き割った。

 

「全員、回避しろッ! 今の位置から離脱しろ!」

 

だが、頭上から降り注ぐ狩人の光条は、それよりも遥かに速かった。

上空の不安定な残骸を跳躍しながら、ソウヤ・タカバ中尉のスライフレイルがビーム・ライフルを躊躇なく連射する。

赤茶けた大地へ、鋭いメガ粒子の光束が垂直に突き刺さる。

カイルのジムが咄嗟にバックステップを踏んだ。

しかし、追随する一条が、岩陰から飛び出そうとしていたヴァイのジム・キャノンを正確に捉えた。

 

ピキィィィッ――!

 

「ファング3! 直撃か!?」

 

レオンが叫ぶ。

爆煙の向こうで、ジム・キャノンの火器管制システムがけたたましい警告音を鳴り響かせていた。

コックピットのモニター画面に、直撃判定を受けた右腕と携行火器のグラフィックが赤く明滅し、「主兵装機能停止」の非情な文字が点滅する。

 

「くっ……! ロケット・ランチャー破損判定! 火線が維持できません!」

 

ヴァイは生真面目な口調の裏に悔しさを滲ませながら、シミュレーターの規定に従って、もはやただのデッドウェイトとなったロケット・ランチャーを荒野へとパージした。

連邦規格の重金属が地面に落ち、鈍い音を立てて砂塵が舞う。

その爆煙を切り裂くようにして、深い緑の巨躯――スライフレイルが、ドスンと重々しい音を立てて地表へと着地した。

 

「奴が降りてきた! 集中砲火で叩くぞ!」

 

位置が露呈したホワイト・ディンゴ隊の3機は、即座に着地直後のスライフレイルへ向けて一斉に銃口を向けようとした。

カイルが100mmマシンガンを構え、ヴァイが肩のキャノン砲を照準し、レオンがスナイパーⅡの銃身を跳ね上げる。

しかし――奴らの連携は、その一瞬の反撃すら想定の範囲内だった。

 

ズババババババッ!! ドンッ! ドンッ!

 

「――なっ!?」

 

遮蔽物の影から、サンダースの陸戦型ガンダムとジョシュアのジム・キャノンが、猛烈な勢いで弾幕を浴びせてきたのだ。

上空からの奇襲によってレオンたちの潜伏位置は完全に暴かれ、鉄壁の隠密性は崩壊していた。

敵の2機は流れるような動作で射線を構成し、激しい牽制射撃をホワイト・ディンゴ隊へと叩き込んでくる。

カイルたちの周囲で赤土が激しく爆ぜ、弾幕に視界を遮られた3機は、着地したスライフレイルへの射線を完全に防がれてしまった。

 

(くそっ……! 完全に奴らの手の平の上で躍らされたか!)

 

ジム・スナイパーⅡのコックピットで、レオンの背中に冷たい汗が伝わった。

ジャブローの諜報部でも、一年戦争の戦場でも、常に冷静に最良のプロットを模索してきたレオンの脳裏に、初めて「敗北」の二文字が色濃く浮かび上がる。

胃を灼くような焦燥感が彼を襲う。

位置は完全に露呈し、敵の2機は距離を詰めながら火線を狭めてきている。

ヴァイは貴重な手持ち火力を失い、何より最悪なのは――。

あの「殺さずの狩人」の乗るスライフレイルを、完全に近接戦闘の間合いへと入れてしまったことだ。

前夜の分析通り、新生ホワイト・ディンゴ隊にはガンダムのパワーと変則的な近接兵装に正面から対抗できる機体など、1機も存在しない。

硝煙なき初陣において、オーストラリアの猟犬たちは、かつてない絶望の包囲網の中へと叩き落とされようとしていた。

 

ズバババババババババッ!!

 

その絶望の包囲網を切り裂くように、激しい金属音が轟いた。

カイルのジムが、手にした100mmマシンガンを狂ったように連射しながら、サンダースの陸戦型ガンダムとジム・キャノンへ向かって猛然と突頭していったのだ。

 

「――カイル!? 何をしている、下がれ!」

 

レオンは操縦桿を握り直しながら、カイルのあまりに突飛な暴挙に目を見張った。

昨夜あれほど独断専行を戒めたというのに、また感情で突撃したのか――そう思った瞬間、通信回線にカイルの、驚くほど澄んだ声が飛び込んできた。

 

「隊長! ヴァイの主兵装が潰された今、まともに3対3で撃ち合ってもすり潰されるだけです! だったら、俺が身を挺してあのガンダムとジム・キャノンの2機を足止めします!」

 

画面の中で、カイルのジムはペイント弾を浴びながらも、激しくステップを踏んで敵の注意を惹きつけている。

 

「その隙に、隊長とヴァイで、スライフレイルを止めてください!」

 

「カイル、お前……」

 

レオンは困惑に唇を噛んだ。

あまりにも無茶な作戦だ。

だが――諜報部で培った冷徹な戦術脳が、瞬時に弾き出した。

この壊滅的な戦況において、カイルが敵の連携を分断し、数的優位を無力化することこそが、新生ホワイト・ディンゴ隊に残された唯一の『最適解』だと。

 

「……カイル。相手はあのシャンシー独立重機化小隊をねじ伏せた精鋭だぞ。本当に足止めができるか?」

 

「できます!……いや、やってみせます! 俺は、あの伝説のホワイト・ディンゴの名前を引き継いだ男です! だったら、こんな理不尽な状況くらいで、諦めて尻尾を巻くなんて死んでも御免です! 最後まで、ディンゴらしく噛み付いてやりますよ!」

 

新米の魂の咆哮だった。

名前に圧し潰されそうになっていた若者が、今、本物のディンゴの牙になろうとしていた。

それを聞いたレオンの胸の奥で、熱い塊が爆発した。

もう、彼らを未熟な雛鳥と疑う理由はどこにもなかった。

 

「分かった。カイル、お前を信用する。……敵の前衛2機、足止めを頼む!」

 

「了解!!」

 

カイルのジムが吠えた。

彼はオーストラリアの赤土を激しく蹴り、コロニーの残骸を巧みに遮蔽物として使いながら、素早く陣地を転換。

サンダースのガンダムの射線を100mmマシンガンの弾幕で強引に引き剥がし、完全に2機を自身のエリアへと孤立させてみせた。

見事な、プロフェッショナルな囮の立ち回りだった。

 

「ヴァイ、行くぞ! 奴をここで仕留める!」

 

「ファング3、了解! キャノン砲の残弾、問題ありません!」

 

カイルが作ってくれた1対2の好機。

ヴァイのジム・キャノンが前へ出、レオンのジム・スナイパーⅡが長大なロングレンジ・ビーム・ライフルを構え直し、地表に着地したソウヤのスライフレイルへと真っ直ぐに対峙した。

ガシャ、とジム・スナイパーⅡの光学センサーが、不気味に佇む緑のガンダムの姿を捉える。

その瞬間、レオンの背筋に、凍りつくような強烈な既視感が走った。

 

(……このプレッシャー、何だ……!?)

 

日中の強烈な太陽を背に受け、ただ静かに佇んでいるだけで、演習場全体の空気を支配してしまうかのような圧倒的な存在感。

それはかつて一年戦争の終盤、このオーストラリア大陸で自分たちの前に立ち塞がった、ジオン公国軍のエースパイロット――『荒野の迅雷』ヴィッシュ・ドナヒュー少佐の駆る、あのゲルググが放っていた凄絶な覇気と、完全に重なっていた。

勝てるイメージが湧かないほどの、圧倒的な格の差。

レオンはジム・スナイパーⅡのレティクルを緑の頭部に重ね合わせながら、冷たい汗を流し、痛感していた。

 

(……レイヤー隊長。あなたは、いつもこんな理不尽な強敵を相手に、笑いながら『ベストを尽くす』と言って戦っていたのですか……!)

 

かつて背中を追い続けた、偉大な隊長の孤独と、その背負っていたものの重さを、レオンは今、同じ「隊長」の座に立つことで初めて理解した。

だが、恐怖はなかった。

レオンのバイザーの奥の双眸が、獰猛な猟犬のように細められる。

 

「だがな、タカバ中尉。俺たちも、あの地獄を生き残ってきたディンゴの生き残りだ。……簡単に噛み千切れると思うなよ!」

 

スライフレイルは右手に持ったビームライフルを2匹のディンゴに構えるのだった。

 

 

 

 

 

カイルは全身から噴き出す汗を拭う暇もなく、操縦桿を激しく引き絞り、フットペダルを交互に踏みちぎるようにしてジムをコントロールしていた。

 

「――おおおおおっ!!」

 

100mmマシンガンの銃口が火を噴き、激しい金属音を立てて空の薬莢を吐き出していく。

対するテリー・サンダースJr.軍曹の陸戦型ガンダムは、レオンの一撃によって左腕が駆動ロックされ、完全にぶらりと垂れ下がった状態だった。

しかし、その致命的なハンデを背負っているとは到底思えないほど、ベテランの立ち回りは洗練されていた。

機体の右側に重心をずらし、損傷した左半身を徹底的に死角へと隠すようなステップ。

一歩間違えればバランスを崩す片腕の機体を、サンダースは機体制御と卓越したレバー捌きだけで完璧にねじ伏せ、カイトに決定打を一切与えさせない。

さらに、その後方からはジョシュア軍曹の駆るジム・キャノンが、寸分の狂いもない的確さで射線を被せてカバーしてくる。

カイルがガンダムの隙を突こうと一歩踏み込むたびに、240mmキャノン砲の痛烈な模擬弾が放たれ、前進を拒まれていた。

 

(……強い! 強すぎる……っ! 片腕のガンダムと、たった1機のキャノンに、ここまで手も足も出ないなんて!)

 

カイルの脳内は、今や未体験の興奮と、張り詰めた緊張、そして剥き出しの恐怖が激しく入り交じり、沸騰しかけていた。

ここで自分がこの2機を意地でも足止めするか、あるいは奇跡的に撃破しなければ、スライフレイルと対峙しているレオン隊長たちに勝ちの目は万に一つも出てこない。

経験豊富な第4小隊という巨大な壁に、新米の自分が、文字通り死に物狂いで食いつき続けるしかなかった。

これまで、戦後の平和なオーストラリアで経験してきた戦闘と言えば、逃げ遅れたジオン残党のザク1機を、圧倒的な数的優位である「3機」で取り囲んで安全に掃討するような、物足りない任務ばかりだった。

実戦の硝煙の匂いも、命のやり取りの本当の重さも、何一つ知らなかったのだ。

だが――。

カイルは操縦桿を握る手の震えが、恐怖ではなく別の何かに変わっていくのを肌で感じていた。

アラートが五月蝿く鳴り響き、モニターの死角から次々とビームとキャノンが襲いかかる、この極限の戦場。

不思議と、カイルはその地獄のような状況を、心の底から『心地がよい』と感じ始めている自分に気づいていた。

五感が過剰なほどに研ぎ澄まされ、敵の銃口の向きや、赤土を蹴るガンダムの足元の砂塵の挙動が、スローモーションのように脳に直接流れ込んでくる。

かつてマイクが「戦場はきつい」と笑い、アニタが過去の悲劇に胸を痛めた、その同じ戦場。

しかしカイルの血脈には、ホワイト・ディンゴの名前を引き継いだ瞬間に目覚めるべきだった、本物の『猟犬(ディンゴ)』の野生が、この極限状態によって今、確かに呼び覚まされようとしていた。

 

「まだだ……! まだ終わらせねえ……! 俺は、ホワイト・ディンゴの『ファング2』だッ!!」  

 

カイルは吠えた。

ジムのメインジェネレーターの咆哮が、若きパイロットの叫びと完全に同調し、赤茶けた荒野を激しく震わせた。

カイルが必死に回避行動を続けていると、モニターを掠めていたメガ粒子の光条が、目に見えて数を減らし始めた。

代わりに、陸戦型ガンダムの胸部から小口径のバルカン砲が激しいマズルフラッシュを上げ、赤土の砂塵を跳ね上げる。

 

(……なぜだ? なぜビーム・ライフルの射撃を控えた?)

 

激しい戦闘の最中、カイルの脳は驚くほど冷徹に思考を巡らせていた。 

そして、その理由をすぐに理解した。

先ほどまでの凄絶な中距離射撃戦。

いくら陸戦型ガンダムの携行するビーム・ライフルが高出力とはいえ、あれだけの弾幕を張り続ければ、エネルギーの残量はもう残り僅かのはずだ。

だからこそ、ベテランのサンダースは残弾を温存するために、弾数の多い実弾のバルカン砲へ切り替えたのだ。

 

(弾が切れるのか……!)

 

その確信を得た瞬間、カイルの脳裏に、ホワイト・ディンゴ隊の門を叩いたあの日の記憶が鮮烈に蘇った。

始まりは、純粋な憧れだった。

一年戦争の最中、この荒れ果てたオーストラリア大陸で不可能を可能にし続けた伝説の部隊、ホワイト・ディンゴ。

そのメンバーであるレオン隊長が新しい小隊を立ち上げると知った時、カイルは士官学校を卒業してすぐに、迷わず志願書を出した。

生真面目な同期のヴァイを「俺たちで伝説を継ぐんだ」と半ば強引に巻き込んで。

しかし、入隊してからの現実は、理想とは程遠いものだった。

任される任務は、軍縮の煽りもあって難易度の低い掃討戦ばかり。

過去の戦記にあるような派手な大活躍をしようとして無茶な機動を見せるたび、隊長のレオンからはいつも冷徹に、厳しく叱責された。

 

「お前は戦場を分かっていない」と。

 

そんな地味な日々が続くうち、カイルは「自分が憧れたホワイト・ディンゴは、本当にこの場所にあるのだろうか」と、自嘲気味に疑ったことすらあった。

だが、この競技会への出場が決まった時は、心の底から飛び上がるほど嬉しかった。

例えそれが、軍の政治的な思惑や、過去の英雄たちの名前を広告塔として使いたいだけの理由だったとしても、自分たちが『ホワイト・ディンゴ』だから呼ばれたという事実が、何よりも誇らしかったのだ。

そして、今――。

カイルはまさに、自分が求めていた極限状態の戦場の中にいた。

最強の壁を相手に、スライフレイルに対峙するレオン隊長たちのために、自分は身を挺して戦線を支えている。

今なら、胸を張って自負できる。

自分は今、あの偉大な名に恥じない戦いをしている、と。

何よりも、自分が歩んできた道は間違っていなかったと確信できた。

一年戦争のニュース映像を見て、ホワイト・ディンゴの『白いディンゴのエンブレム』に胸を躍らせた青年の憧れは、決して色褪せることのない本物の真実だったのだ。

 

「――やってやるよ。」

 

カイルは、操縦桿を握る手の震えを完全にねじ伏せた。

恐怖はもうない。

あるのは、五感を灼くような凄絶な覚悟だけだ。何が何でも、あの片腕の陸戦型ガンダムをここで撃破する。

そして、自分を信頼してくれたレオン隊長たちの勝利のために、バトンを繋いでみせる。

 

「ファング2、これより突撃する! 隊長、後は頼みました!」

 

カイルはジムのスラスターを最大出力まで引き絞った。

 

ズバババババババババッ!!

 

カイトの駆るジムは、100mmマシンガンを狂ったように連射しながら、一直線にガンダムの喉元へと突頭していった。

 

「――往生際が悪いぞ!」

 

サンダースの陸戦型ガンダムが、迎撃のために胸部バルカン砲を斉射する。

激しい模擬実弾の嵐がカイルの視界を埋め尽くしたが、カイルは操縦桿を断固として押し込み、推力ペダルを踏みちぎった。

 

ピキピキピキィッ――!

 

ジムの胸部装甲に無数のペイント弾が着地し、コックピット内に被弾を告げる黄色のアラートが明滅する。

だが、どれも直撃判定ではない。

 

「これしき、かすり傷だァァッ!!」

 

カイルは吠え、さらに前進した。

その狂気的な突撃に気圧されたか、サンダースは残弾わずかとなった右手のビーム・ライフルを再び掲げる。

銃口が赤白く発光した、その一瞬。

 

(――今だッ!)

 

カイルは機体を強引に右へと傾け、ガンダムの「左側」へと滑り込んだ。

サンダースの陸戦型ガンダムは、レオンの一撃によって左腕が完全に使用不能となっている。

手薄な左半身側に回り込まれれば、ガンダムは右腕のライフルを限界まで内側に引き絞らねば射線が通らない。

 

ズキューンッ!!

 

ガンダムの放ったビームが、カイルのジムの残像を掠めて背後の赤土を灼く。

間合いを極限まで縮めたカイルは、頭部バルカン砲をガンダムのカメラアイへ向けて連射し、視界を強引に奪った。

弾の切れたマシンガンを荒野へと投げ捨てる。

空いた右マニピュレーターが、バックパックのホルダーからビーム・サーベルの基部を滑らかに引き抜き――抜刀する。

だが、戦場は甘くなかった。

カイルの完全に死角となっていた左側から、ジョシュア少尉のジム・キャノンが放った240mmキャノン砲が、空気を切り裂いて肉薄してきた。

 

ドゴォォォンッ!!

 

「――がはっ!?」

 

凄まじい衝撃。

しかし、カイルの左腕に装備されていたショートシールドが、間一髪でその直撃を防いでいた。 

 

ピキィィィッ!

 

コックピットのインジケーターが瞬時に赤転し、システムが非情な判定を下す。

 

『――判定。左腕部、およびショートシールド損壊(ロスト)。駆動ロック』

 

電磁ロックが解放され、ペイントに汚れたシールドがパージされる。

左腕の駆動油圧が完全に遮断され、カイルのジムの機体が衝撃で一瞬大きくふらついた。

だが、カイルの右手のサーベルは、すでにガンダムの胸元にまで届こうとしていた。

サンダースは咄嗟に右手のビーム・ライフルを手放し、右足ふくらはぎに格納されているビーム・サーベルのラックを展開しようとした。

だが、ふくらはぎに内蔵されているがゆえに、抜刀のモーションはどうしてもワンテンポ遅れる。

左腕が健在なら胸のショートシールドで受け流せたはずのその一瞬が、サンダースの命取りとなった。

 

「落ちろぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

カイルは魂の底から雄叫びを上げ、突撃。

ジムが右手に掲げたビーム・サーベルが、サンダースの陸戦型ガンダムのコックピット・ハッチ中央へと、深く、正確に突き刺さった。

 

ピィィィィィィ――ッ!!!

 

演習場全域のデータリンクに、強烈な電子ブザー音が鳴り響く。

 

『――判定。陸戦型ガンダム、完全撃破。システムダウン』

 

「……やった……ッ!」

 

モニターの向こう、陸戦型ガンダムが全てのシステムを強制停止され、砂塵の中に膝を突く。

あの『コジマの第4小隊』のベテランを、自分の力で撃破してみせた。

その計り知れないカタルシスと満足感が、カイルの胸を満たした――。

しかし、次の瞬間だった。

 

ドンッッ!!!!

 

「――なっ!?」

 

カイルの視界が、天地を覆すような激しい衝撃と共に真っ白に染まった。

操縦桿から伝わる強烈なGに、カイルの身体がシートのベルトに強く締め付けられる。

モニターの全面に、非情な赤文字が大きく点滅を始めた。

 

『――判定。ファング2、直撃。完全撃破(ドロップ)』

 

「……チッ、ここまで、か……」

 

カイルはシートに背を預け、苦く笑った。

モニターの端が捉えていたのは、ガンダムを撃破した歓喜の瞬間、完全に足を止めてしまったカイルの隙を逃さなかった、ジョシュアのジム・キャノンだった。

敵の執念の大口径砲が、カイルのジムのボディを正確に撃ち抜いていたのだ。

システムをシャットダウンされ、完全に暗転していくコックピットの闇の中で。

カイルは、そっと通信の送信スイッチを入れた。

その声には、敗北の悔しさではなく、やりきった男の晴れやかな信頼が宿っていた。

 

「ファング2、ロスト……。隊長、ヴァイ。……ガンダムは、俺が道連れにしました。……あとは、頼みます……っ!」

 

オーストラリアの空に響いた新米の最後の通信は、確実に、あの白と青のジム・スナイパーⅡへと届けられていた。

 

 

 

 

 

ジム・キャノンの肩部240mmキャノン砲が赤土の地表を爆ぜさせ、レオンのロングレンジ・ビーム・ライフルが逃げ道を完璧に塞ぐ射線を描いた。

新生ホワイト・ディンゴ隊の、2機による完璧な時間差集中砲火。

しかし、ソウヤ・タカバ中尉のスライフレイルは、まるでその光条の軌道が最初から見えているかのように、滑らかなスラスターワークでその一撃を紙一重で回避してみせた。

 

「――ッ! なんていう機動力だ!」

 

ヴァイの悲鳴に近い通信が回線に飛び込む。

現地改修された緑の増加装甲がオーストラリアの砂塵を切り裂き、次の瞬間には、右手に構えたビーム・ライフルの銃口が、回避運動の終わり際のレオンたちへと正確に向けられる。

 

ズバァァンッ!!

 

「ファング3、突っ立つな! 遮蔽物へ滑り込め!」

 

レオンはジム・スナイパーⅡのレバーを乱暴に引き絞り、強引に機体を岩陰へとロールさせた。

直後、彼らがいた座標を凄絶なメガ粒子の閃光が貫き、赤土が弾け飛ぶ。

2人がかりで包囲し、手数を頼りに追い詰めているはずだった。

だが、戦況の実態は真逆だ。

スライフレイルは圧倒的なスラスター出力を背景に、こちらの弾幕を全て機動力で無力化し、一発一発が致命傷となる正確無比なカウンターで、逆にレオンとヴァイの2機を完全に手玉に取っていた。

 

(……くそっ! まともに捉えられん! これが、東南アジアの激戦を戦い抜いたエースの技量か……!)

 

レオンの額から、冷たい汗が目元へと流れ落ちる。

どうすればいい。

この化け物の足を止め、こちらの狙撃を叩き込むための戦術の選択肢を、レオンの脳細胞が限界まで加速して貪欲に模索しようとした、その時だった。

 

「――た、隊長! カイル少尉のファング2より入電!」

 

後方のコマンド車両から、ソフィアの今にも泣き出しそうな、しかし興奮に震える声が割り込んできた。

 

「カイル少尉、至近距離での格闘戦により、相手の第4小隊前衛――陸戦型ガンダムを撃破しました!……ですが直後、ジョシュア軍曹のジム・キャノンによる砲撃を受け、ファング2も機能停止判定です!」

 

「何だと……!?」

 

レオンはモニターの端に表示された、カイルのジムの機体グラフィックが完全に『ロスト』の赤色に染まるのを確認した。

あの新米のカイルが、左腕をロックされていたとはいえ、あの歴戦のテリー・サンダースJr.軍曹を単機で道連れにしたのだ。

かつてザク1機を3機で囲む掃討戦しか知らなかった若者が、ホワイト・ディンゴの名を背負い、文字通り命を懸けて敵の鉄壁の包囲網を内側から食い破ってみせた。

 

「……よくやった、カイル。最高の健闘だ。」

 

レオンは通信の向こうの暗闇にいる部下へ向けて、低く、熱い称賛の言葉を呟いた。

カイルが残してくれた戦果により、敵の数はジョシュアのジム・キャノンと、目の前のスライフレイルの2機にまで半減した。

戦況は「2対2」の同等。

数的優位による圧殺の危機は去った。

だが――レオンの冷徹な戦術眼は、カイルが作ってくれたこの絶好の好機を前にしてもなお、未だ勝利への糸口が一本も見えていない現実を、残酷なまでに突きつけられていた。

 

(状況はイーブンになった。……だが、こちらのヴァイはロケット・ランチャーを失い、肩のキャノン砲しか残っていない。何より、この2人がかりで攻めてなお、かすり傷一つ負わせられないスライフレイルが、五体満足で俺たちの目の前に立っている……!)

 

カイルの作った奇跡を、無駄にするわけにはいかない。

しかし、これほどの化け物を前にして、自分たち新生ホワイト・ディンゴ隊に、残された『牙』はまだあるのだろうか。

レオンのバイザーの奥の双眸が、激しい焦燥と、それを抑え込もうとするリアリストの冷徹さの狭間で、深く、鋭く細められた。

スライフレイルは、残弾が僅かとなった右手のビーム・ライフルを無造作に手放した。

重金属が赤土を叩く音と同時に、緑の巨躯の両マニピュレーターが、左右の腰部ラックにマウントされた2本のビーム・ジャベリンへと滑らかに伸びる。

 

「……来るぞ、ヴァイ! 懐に入れるな!」

 

レオンとヴァイは、敵のエースが放つ凄絶な闘気に身構えた。

だが、第4小隊の真の戦術は、その先、より狡猾で冷徹なものだった。

後方のホバートラックから、ソフィアの引き裂かれたような警告が割り込んでくる。

 

「――破裂音を感知! スモーク・ディスチャージャーの発射音です!」

 

「何だとッ!?」

 

プシュゥゥゥゥッ!!

 

激しい高圧ガスの噴射音が演習場全域に木霊した。

次の瞬間、スライフレイルの周囲から遮蔽物だらけの迷路に向けて、濃密な白い煙幕が爆発的に拡散し始める。

それはバニング大尉のチームすら一瞬で闇に葬り去った、第4小隊の必勝のハイド・アンド・シークの領域だった。

 

「ヴァイ、この煙の中に留まるな! 視界を失えば奴に狩られる、全力で離脱しろ!」

 

レオンは操縦桿を限界まで倒し、ジム・スナイパーⅡの背部スラスターを激しく吹かした。

優れた機動性を活かし、レオンの機体は押し寄せる白い濁流から辛うじて外側へと飛び出すことに成功する。

しかし――。

 

「ヴァイッ!!」

 

レオンが振り返ったモニターの向こう、灰色と黒のジム・キャノンは、その重装甲ゆえの鈍重さから、完全に白い煙の渦の中へと呑み込まれていくところだった。

 

「――隊長、構わないでください!」

 

濃霧の向こうから、ヴァイの驚くほど静かで、理路整然とした通信が届いた。

 

「ヴァイ、まだ通信は生きている! 俺の狙撃で道を――」

 

「いえ、私ではこの煙から脱出する前に、あのスライフレイルに解体されます。……ですから、私がここで囮をします。隊長は、その隙に外側に潜むジョシュア軍曹のジム・キャノンを確実に撃破してください。」

 

「お前を捨て石にできるか!」

 

「捨て石ではありません。戦術的な選択肢です。……私は、カイルに半ば強引に巻き込まれる形で、あなたのホワイト・ディンゴ隊に入りました。軍の宣伝文句に躍らされたカイルと違い、私はただ、規律とセオリーを学ぶための場所としてここを選んだ。……ですが、この極限の戦場で、彼が命を懸けて繋いだ牙を見て、理解したんです。」

 

通信の向こう、生真面目だった若者の声に、不敵な猟犬の響きが混じる。

 

「俺もまた、この白いディンゴのエンブレムを背負う、ホワイト・ディンゴ隊の一員だという誇りがある。……隊長。不可能を可能にするのがこの隊の精神のはずです。最後まで、ホワイト・ディンゴらしく戦わせてください!」

 

新米たちの、魂の連鎖だった。

レオンは奥歯が軋むほど強く噛み締め、そして、操縦桿を握り直した。

部下を信じ、そして同時に冷徹な最善を選択する――それが、レイヤー中尉から受け継いだ「隊長」の責務だった。

 

「……分かった、約束する。ヴァイ、お前が作った隙は、俺が最高の形で完遂してみせる。」 

 

「感謝します、隊長――! ファング3、エンゲージ!」

 

霧の中で、ヴァイのジム・キャノンが牙を剥いた。

頭部バルカン砲と肩部240mmキャノン砲を全弾乱射し、濃霧に向けて凄絶な弾幕を張り巡らせる。

スライフレイルの隠密アプローチを強引に阻み、秒単位の時間を稼ぐための、命を燃やす咆哮だった。

 

「ソフィア! 霧の外側、ジョシュアのジム・キャノンの座標を割り出せ! 狙撃の射撃修正と、俺の観測手を頼む!」

 

レオンはジム・スナイパーⅡのロングレンジ・ビーム・ライフルを再び展開し、砂塵の地平線へと銃身を据え付けた。

 

「え……!? あ、あの、隊長! 私なんかが、狙撃の観測手をやってもいいんですか……!?」

 

ソフィアの声が、その重大な責任に激しく震える。

レオンはコックピットの中で、マイクやおやっさんが見せてくれたような、本当に温かい笑みを浮かべた。

 

「何を言っている、ソフィア。――君だって、このディンゴの群れを支える、ホワイト・ディンゴの一員だろう?」

 

「――ッ! はい! はい、レオン隊長!」

 

ソフィアの声から、迷いが完全に消え去った。

彼女は地中ソナーの音響波形と、大気の微かな歪みをマルチ・センシングで複合解析し、一瞬でジョシュアのジム・キャノンが潜むグリッドを弾き出した。

 

「ターゲット、時計の1時方向、距離千九百五十! 砂岩の亀裂に砲身を固定しています! 風向、右から左へ1.2! 大気の歪み、補正データ、送ります!」

 

「最高の観測だ、ソフィア!」

 

データリンクを介して、レオンのジム・スナイパーⅡのFCSに、極めて正確な射撃修正情報がリアルタイムで流れ込んでくる。

レオンは呼吸を止め、ソフィアの声に従ってライフルの電子照準レティクルをミリ単位で微調整していく。

霧の中では、ヴァイが必死に時間を稼いでいる。新米たちのすべての想いを乗せて、レオンの右人差し指が静かに、引き金を絞り込んだ。

 

ズキュゥゥゥンッ!!

 

凄絶な風切り音と共に、ロングレンジ・ビーム・ライフルから目も眩むような大出力のビームが放たれた。

それは、演習場を覆い尽くしていた白い煙幕の濁流を真っ直ぐに穿ち、巨大な風穴を開けながら突き進む。

その一筋の赤い閃光は、霧の向こう側に潜んでいたジョシュア少尉のジム・キャノンの胴体中央へ、寸分の狂いもなく吸い込まれていった。

 

ピィィィィィィ――ッ!!!

 

シミュレーターの完全撃破を告げる電子ブザー音が、広域通信回線に響き渡る。

ジョシュアのジム・キャノンは全てのシステムを強制停止され、力なくその場へダウンした。

 

「ターゲット、ドロップ! ジム・キャノン、完全撃破判定です! 隊長、やりました!」

 

後方のコマンド車両から、ソフィアの歓喜の叫びが響く。

レオンもまた、バイザーの奥で小さく息を吐き出した。

カイルが命を懸け、ヴァイが自ら退路を断ってまで作ってくれた、

新生ホワイト・ディンゴ隊のラストチャンス。

その部下たちの尊い想いに、隊長としての最低限の義務を果たせたことに、確かな安堵が胸を満たしていた。

しかし――戦場は、その余韻に浸る時間すら与えてはくれない。

 

「――すいません、隊長。やられました……!」

 

ノイズ混じりの、だがどこか満足げなヴァイの通信が回線に飛び込んできた。

直後、レオンのメインモニターの端で、ヴァイのジム・キャノンの機体グラフィックが『ロスト』の赤色へと明滅する。

 

(ヴァイも落とされたか……! だが、これで完全に1対1だ!)

 

これで敵の第4小隊も、残るはただ1機。

レオンは、冷却ガスを噴き出すロングレンジ・ビーム・ライフルを無造作に地面へと置いた。

もはやこれほどの至近距離、しかも遮蔽物だらけの煙幕の境界において、長大な狙撃ライフルはただのデッドウェイトでしかない。

ジム・スナイパーⅡの右マニピュレーターが、腰部のホルダーへと滑らかに伸び、ビーム・サーベルの基部をがっちりと握りしめて抜刀する。

 

ガシィィィンッ!

 

激しい電子音と共に、鮮烈な赤白い光刃が起動した。

その光に呼応するかのように、目の前を塞ぐ白い煙の向こう側から、ゆらりと「影」が現れた。

オーストラリアの強烈な太陽光を浴びて浮かび上がったのは、不気味なまでに五体満足な、深い緑色の機体。

ソウヤ・タカバ中尉が駆る、あの『スライフレイル』だった。

その両手には、左右の腰部ラックから引き抜かれ、空中で完全に一本へと連結された、あの巨大な『ロング・ビーム・ジャベリン』が、禍々しい駆動音を立てて握られていた。

硝煙なきトリントンの赤土の上。

かつてのレジェンドたちが観客席から息を詰めて見つめる中、新生ホワイト・ディンゴ隊の隊長レオン・リーフェイと、「殺さずの狩人」ソウヤ・タカバによる、すべてを賭けた最後の一騎打ちが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

レオンはジム・スナイパーⅡのスラスターを限界まで吹かし、赤土の荒野を滑るように地を這った。

 

「――仕掛けるぞ、タカバ中尉ッ!」

 

右手のビーム・サーベルが、太陽の光を浴びてピンク色の尾を引く。

対するソウヤ・タカバ中尉のスライフレイルは、まるで微動だにしない大樹のようにその場に佇んでいた。

間合いまで、あとわずか。

レオンがサーベルを突き出そうとした、その瞬間――緑の機体の両マニピュレーターが信じられない速度でしなり、連結されたロング・ビーム・ジャベリンが、予想を遥かに超えるリーチで突き出された。

 

(――速いッ! 間合いが狂う!)

 

レオンは本能的な戦術眼で身を捩った。

ビームの先端がジム・スナイパーⅡの胸部装甲をかすめ、センサーが黄色い警告を発する。

しかし、スライフレイルの真の恐ろしさは、そのリーチの長さだけではなかった。

 

「ぬうっ!?」

 

突き出されたはずのジャベリンの長柄が、空中で突如として『折れ曲がった』のだ。

三節棍を模した現地改修の特殊ギミック。

障害物を避けるために仕込まれたその関節が、レオンの予測した回避軌道をあざ笑うように折れ曲がり、ジム・スナイパーⅡの右側頭部を容赦なく叩きつけた。

 

ピキィィィッ!

 

コックピットのメインモニターの右半分が、直撃判定を受けて激しく砂嵐を遮る。

 

『――判定。頭部高倍率カメラ、機能停止』

 

「隊長! メインカメラが!」

 

ソフィアの悲鳴が無線に響く。

レオンはサブ・カメラの視界へ瞬時に切り替えながら、操縦桿を乱暴に叩きつけた。

 

(実戦では極力、人を殺さないために四肢を狙うと聞いていたが……模擬戦では話が別か!最短でコックピットを潰しに来る!)

 

頭部カメラを潰され、一瞬の隙が生じたレオンの機体へ、スライフレイルは容赦なく肉薄した。

深い緑の装甲が眼前に迫り、今度は上段からジャベリンの鋭い光刃が狂いなく突き出される。

狙いはジム・スナイパーⅡのコックピットハッチ――レオンの身を収めた胸部そのものだ。

 

「だが、俺は新米じゃないッ! ディンゴの背中を見てきた男だ!」

 

レオンはフットペダルを力任せに踏み込み、機体のスラスターを逆噴射させた。

あえて後ろへ飛ぶのではない。

 

ガシャン

 

重々しい機械音を立ててジム・スナイパーⅡの膝を折り、その巨躯を赤土の地表へと「滑り込ませた」のだ。

重心を極限まで下げ、相手の死角から効率的に機能を奪うための急制動。

スライフレイルの放ったジャベリンの刃が、ジムのバックパックを掠めて空を切る。

ソウヤのセンサーが一瞬、完全にレオンの機体を見失った。

 

(そこだ――ッ!!)

 

地を這う姿勢のまま、レオンのジム・スナイパーⅡは、右手のビーム・サーベルを突き出した。

狙いはスライフレイルの右足首の関節部だ。

 

ズバァァァンッ!!

 

激しい電子警告音が、今度はスライフレイルのコックピットに鳴り響いた。

 

『――判定。スライフレイル、右脚部駆動ロック。機動性50%低下』

 

「……装甲が堅い!だが、右足はもらった!」

 

レオンは機体を跳ね起き上がらせながら、唇を噛んだ。

敵のエースは駆動ロックの判定を受けながらも、瞬時に左脚だけでバランスを保った。

赤土の砂塵が舞う中、白と青のジム・スナイパーⅡと、右脚を失って片膝を突きかけた緑のスライフレイルが、至近距離で静かに睨み合う。

息詰まる一瞬の静寂の中、スライフレイルは損壊判定を受けた右脚を引きずりながらも、残された左脚だけで不気味なほど完璧なバランスを保ち、静かに佇んでいた。

 

(……化け物め。あの状態から即座に重心を最適化したか。)

 

レオンはジム・スナイパーⅡのコックピットで、奥歯を強く噛み締めた。

時間が長引けば長引くほど、敵のエースは片脚だけの戦闘バランスをシステムごと完全に『学習』してしまう。

そうなれば、機動力が半分に落ちていようとも、あの変則的なロング・ビーム・ジャベリンの餌食にされるのは火を見るより明らかだった。

 

(今しか、勝機はない!)

 

レオンは操縦桿を一気に押し込み、再び赤土を蹴った。

狙うは、駆動をロックされた敵の右側。

旋回半径が大きくなる死角を徹底的に突く立ち回りだ。

白と青のジム・スナイパーⅡが、砂塵の突風となってスライフレイルの右側面へと滑り込む。

 

「ぬうっ!」

 

ソウヤのスライフレイルが、迎撃のために機体を旋回させようとする。

しかし、片脚を封じられた緑の巨躯は、レオンの鋭い回り込みに対して、ほんのコンマ数秒だけ回頭が遅れた。

ジム・スナイパーⅡのサブ・カメラが、完全に無防備に晒されたスライフレイルの胴体を正面に捉える。

 

(勝った――ッ!!)

 

レオンは勝利を確信し、右腕のビーム・サーベルを真っ直ぐに突き出した。

光刃の先端が、緑の装甲を捉えるまで、あと僅か数センチ。

だが、これほどの窮地においてなお、東南アジアのエースは本物の「奇策」を隠し持っていた。

ソウヤは通常の旋回をあきらめ、残された左脚を軸にして、バックパックのスラスターを瞬間的に最大出力で爆発させた。

左脚一本を支点に、機体を独楽のように超高速で『横回転』させたのだ。

 

「――なっ!?」

 

レオンの突き出したサーベルは、猛烈な横回転によって滑り込んできたスライフレイルの増加装甲に弾かれた。

そして、その回転運動の凄絶な遠心力を乗せて、ソウヤの両手が動いた。

連結されたロング・ビーム・ジャベリンの長柄が、再び三節棍のようにしなり、レオンのジム・スナイパーⅡの胸部へと、死神の鎌のように横一線に振り抜かれる――。

すれ違う、二筋の光条。

赤茶けた演習場に、金属が激しく擦れ合う凄絶な電子音が轟いた。

数秒の後。

砂塵がゆっくりと晴れていく中、2機のモビルスーツは、互いに背を向け合った状態でピタリと動きを止めていた。

 

ピィィィィィィ――ッ!!!

 

静寂を切り裂くように、演習場全域に強烈な電子ブザー音が鳴り響いた。

データリンクを介して、レオンのモニターの全面に、非情な赤文字が大きく明滅を始める。

 

『――判定。ファング1、胸部直撃。完全撃破。システムダウン』

 

「……くっ、ふ……。紙一重、だったな……。」

 

レオンは操縦桿からそっと両手を離し、シートの背もたれに深く身体を預けた。

最後の瞬間、敵のジャベリンの光刃は、ジム・スナイパーⅡのコックピットハッチを僅か数ミリの差で正確に捉えていた。

もし実戦であれば、レオンの身体ごとコア・ブロックが消滅していただろう、文字通りの致命傷。

ほんの僅かな、しかし決して埋まることのない「経験の差」がもたらした、僅差の敗北だった。

ゆっくりと暗転していくコックピットの闇の中で、レオンの唇には、しかし不思議と悔しさはなかった。

負けはした。だが、かつて一人で巨大な名前に押し潰されそうになっていた男の胸には、カイルが繋ぎ、ヴァイが支え、ソフィアが導いてくれた、新生ホワイト・ディンゴ隊の確かな『牙』の感触が、熱く、誇らしく残り続けていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂に決着しました。
ホワイト・ディンゴの話を書いていると、熱が入ってしまい、思った以上の文の量になりました。
いやー、ホワイト・ディンゴは本当に泥臭い戦闘させると輝きますね。
私も書いていて、涙が出ました。
ではでは、次は遂に再会の時です。
お楽しみ~♪

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
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