機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第106話 震える山の残響【上】

競技会2日目の全日程が終了し、演習場を包んでいた激しい戦闘の騒乱は嘘のように静まり返っていた。

代わってトリントン基地の巨大な格納庫を満たしたのは、モビルスーツの整備に追われる人々の活気と賑わいだった。

日はすでに沈み、オーストラリア大陸の広大な空は深い群青色から夜の闇へと移り変わろうとしている。

地平線の彼方にわずかに残る残照が、基地の無骨なシルエットを不気味に、しかし美しく浮かび上がらせていた。

キン、キン、と冷え始めた夜気の中で装甲が収縮する金属音が響く。

ハンガー内は一転して、眩いばかりの水銀灯の光に照らされていた。

あちこちで火花を散らす溶接の光、激しいエアーレンチの回転音、そして整備兵たちの怒号にも似た威勢のいい声が飛び交っている。

 

「おい!駆動フレームのダメージログ、まだ消えてないぞ!センサーのキャリブレーションを急げ!」

 

「こっちのペイント弾の洗浄、早く終わらせてくれ!装甲面が固まっちまう!」

 

世界各国の連邦地上軍から集結した精鋭部隊。彼らが駆る多種多様なモビルスーツが、巨体を休めるように並んでいる光景は圧巻の一言だった。

模擬戦仕様のペイントで汚れた装甲を実戦さながらの緊張感で磨き上げる者、今日のデータをモニターで検証しながら激論を交わすパイロットたち。

昼間の敵味方という垣根を越え、技術を競い合った者同士が冷えた缶コーヒーを片手に健闘を称え合う姿も、ハンガーのあちこちで見られた。

熱気に満ちた整備場の片隅で、今日の第ニ試合を戦い抜いた機体たちもまた、明日の決戦に向けて静かにその牙を研ぎ澄ましていた。

第4小隊は割り当てられた格納庫で、機体整備をしていた。

スライフレイル、陸戦型ガンダム、そしてジム・キャノンの3機が、ハンガーに吊るされた状態で、整備班の無駄のない動きに囲まれている。

テリー・サンダースJr.軍曹は、巨体を鉄骨に預けながら、静かにソウヤの背中を見つめていた。

 

(……今日の隊長は、らしくなかった。)

 

今日の試合、ソウヤの動きは明らかにいつもと違っていた。

冷静に敵の隙を突くのではなく、まるで何かに急き立てられるように前へ出ていた。

あの無茶な突撃。

まるで、必死に何かを掴み取ろうとしているかのようだった。

 

(何かあったのか? 俺に言えないような……。)

 

サンダースは心配になり、ソウヤの元に歩み寄った。

格納庫の中央では、ソウヤがエミリア准尉と共にスライフレイルの整備状況を確認していた。

エミリアはクリップボードを胸に抱え、細かい数字を読み上げながら、いつものように丁寧に報告している。

 

「……左脚の駆動系は問題ありませんが、左肩の増加装甲に微細な歪みが出ています。明日までに完全に修復可能ですが、念のため予備パーツを準備しておいた方がいいかと……。」

 

 

「ああ、頼む。予選グループは2勝したおかげで突破できたが、明日は試合がないとはいえ、機体は万全の状態にしておきたい。エミリア、整備班の皆にも無理をさせないよう、ちゃんと休憩を取らせるように伝えておいてくれ。」

 

 

ソウヤが穏やかに頷いたその時、背後から重い足音が近づいてきた。

 

「タカバ隊長。」

 

サンダースの低い、しかしいつもより少しだけ硬い声が響いた。

 

ソウヤは振り返り、わずかに目を細めた。

 

「サンダース軍曹。どうされました?」

 

サンダースは巨体を少し前傾させ、いつもの生真面目な表情でソウヤを見つめた。

その瞳の奥には、隠しきれない心配の色が浮かんでいる。

 

「……今日の試合、隊長の動きがいつもと少し違っていました。冷静に敵の隙を突くのではなく、まるで何かに急き立てられるように前へ出ていた。

あの無茶な突撃……何か、あったんですか?」

 

サンダースの声は低く、しかし真っ直ぐにソウヤの胸を突いた。

ソウヤは少し視線を逸らしてから、穏やかに答えた。

 

「いや、なんでもないです。なにぶんと東南アジア方面軍代表で、ブレックス准将から期待されているから、気負っているかもしれない。心配させたなら、申し訳ない。」

 

そう言って、ソウヤはサンダースに軽く頭を下げた。

エミリアも、クリップボードを抱えたまま、慌てて同調するように口を挟んだ。

 

「え、ええ。隊長も、こんな大舞台ですから……少し気負ってるんですよ。サンダース軍曹、心配かけてしまって、すみません。」

 

サンダースは2人の言葉を聞き、巨体をわずかに動かした。

しかし、その表情は晴れなかった。

彼はエミリアの方へ視線を移し、低く、しかし優しい声で言った。

 

「……准尉も、今日は少し様子が違っていた。いつもなら、音の探知に優れているのに、ジョシュアを狙ったあのロングレンジ・ビーム・ライフルの射撃に気づかないなんて……。何か、あったんですか?」

 

エミリアはハッとして、クリップボードを胸に強く抱きしめた。

彼女はすぐに頭を下げ、申し訳なさそうに声を震わせた。

 

「……申し訳ありません、サンダース軍曹。

私の探知が遅れたせいで、ジョシュアを被弾させてしまいました……。本当に、すみませんでした。」

 

サンダースはエミリアに謝罪され、巨体を少し後ろに引いた。

彼は戸惑ったように片手を軽く上げ、慌てて言った。

 

「……いや、准尉。謝る必要はない。君はいつも以上に集中していたはずだ。俺が……気にしすぎただけかもしれない。」

 

互いに気まずい雰囲気が流れる中、ソウヤは視線を少し逸らし、エミリアはクリップボードを胸に強く抱きしめたままうつむいていた。

サンダースもまた、言葉を探すように口を閉ざしている。

すると、格納庫の奥から慌ただしい足音が近づいてきた。

 

「サンダース軍曹! お客さんだぜ!」

 

鮮やかな赤髪を軍隊式の短いクルーカットのノア・ヴェルナー伍長が、息を切らして駆け寄ってきた。

サンダースは巨体を起こし、わずかに眉を寄せた。

 

「……客? 俺にか?」

 

ノアは息を整えながら、格納庫の出入口を指差した。

 

「ああ。そこの中尉さんが、サンダース軍曹に用があるってよ。」

 

サンダースが視線を向けると、格納庫の出入口に、金髪の童顔の男性が立っていた。

端正な顔立ちに、どこか優しげな雰囲気を纏った青年だ。

その人物を見た瞬間、ソウヤの目が大きく見開かれた。

 

「アラン・アイルワード中尉!」

 

立っていたのは、ヨーロッパ方面代表部隊・広域特殊対応MS部隊第1小隊の小隊長、アラン・アイルワード中尉だった。

 

ソウヤ達はアランの元に歩み寄った。

アラン・アイルワード中尉は、ソウヤが近づくとすぐに背筋を伸ばし、右手を額に当てて敬礼した。

 

「ソウヤ・タカバ中尉、初めまして。ヨーロッパ方面代表、SRTユニット1小隊長のアラン・アイルワード中尉です。急に来てしまい、申し訳ありません。」

 

アランの声は柔らかく、童顔に似合った穏やかな笑みが浮かんでいた。

ソウヤもすぐに敬礼を返し、穏やかに挨拶を返す。

 

「いえいえ、お気になさらずに。こちらこそ、初めまして。アラン中尉。今日のDグループ第二試合、圧勝おめでとうございます。」

 

アランは少し照れくさそうに頭を掻き、謙遜気味に笑った。

 

「ありがとうございます。でも、相手がオセアニア混成隊で、沿岸基地の警備部隊だったから、圧勝できただけですよ。」

 

ソウヤは軽く頷き、ふと視線を隣に立っているサンダースに移した。

 

「それで……アラン中尉がサンダース軍曹に会いに来たとは、どういうことですか?」

 

アランはサンダースの方へ向き直り、柔らかい笑みを浮かべた。

 

「実は、一年戦争の時にサンダース軍曹と一緒に作戦を遂行したことがあったんです。久しぶりに話してみたいと思い、立ち寄らせてもらいました。」

 

サンダースは巨体をわずかに傾け、首を軽く傾げた。

 

「……失礼ですが、心当たりがありません。どの作戦でしょうか?」

 

アランは穏やかに頷き、思い出を掘り起こすように言った。

 

「一年戦争の終盤、アプサラス開発基地攻略戦の時です。量産型ガンタンク部隊の護衛を、一緒にやらせてもらったんですよ。」

 

その言葉を聞いた瞬間、サンダースの目がハッと見開かれた。

 

「……ああ……!」

 

彼はゆっくりと記憶を辿り、深く頷いた。

 

「確かに……あの時、特務部隊と合同でガンタンクの護衛をしていました。あなたが……その時の特務部隊の隊長だったんですね。」

 

「そうです。あの時は本当に激しい戦いでした。まさかこんな場所で、あの時共に戦った第08小隊の方にお会いできるとは思っていませんでしたよ。」

 

アランは人当たりのいい笑みをさらに深めながら、懐かしそうに目を細めた。

サンダースは記憶の引き出しを奥深くまで手繰り寄せ、当時の過酷な戦場を思い返していた。

一年戦争末期、ギニアス・サハリンの秘密基地を巡る攻防戦。

連邦軍は敵拠点の廃鉱山に向けて、量産型ガンタンクによる激しい長距離砲撃を行った。

確かにあの時、上層部から急遽派遣された特務部隊が警備の穴を埋めてくれた。

量産型ガンタンクを守り抜くために背中を預け合ったジム・スナイパーカスタムの姿が、アランの優しげな面影と重なり合っていく。

 

「……あの時のジム・スナイパーカスタムのパイロットが、あなたでしたか。あの時は、本当に助かりました。あなた方がいなければ、砲撃陣地は全滅していた。」

 

サンダースが重みのある声で深く感謝を述べると、アランは小さく首を振った。

 

「お互い様ですよ。僕たちの方こそ、08小隊の粘り強い防衛がなければ持ちこたえられなかった。トリントンでサンダース軍曹の名前を名簿に見つけた時、どうしても当時のことを話したくて、こうして無理を言って立ち寄らせてもらったんです。」

 

そこまで言って、アランはソウヤの方へと視線を戻し、少し申し訳なさそうに、しかし親しみを込めて頭を下げた。

 

「というわけなんだ、タカバ中尉。もしよければ、サンダース軍曹をしばらくお借りしてもいいだろうか? 基地内の売店で、冷たいコーヒーでも飲みながら少し昔話をしたいんだが……。」

 

突然の提案に、ソウヤは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて隣のサンダースを見上げた。

 

「俺は構いませんよ。……どうしますか、サンダース軍曹?」

 

隊長であるソウヤから気遣わしげに尋ねられ、サンダースは巨体をわずかに揺らした。

先ほどまでソウヤやエミリアの異変を心配していた硬い表情が、かつての戦友からの温かい誘いによって、ほんの少しだけ和らぐ。

 

「……ありがとうございます、隊長。お言葉に甘えて、少し席を外させていただきます。」

 

サンダースはソウヤに一礼すると、アランに向き直り、「行きましょうか、中尉」と静かに応じた。

二人の背中が格納庫の喧騒の向こうへと消えていくのを、ソウヤ、エミリア、ノアの三人は静かに見送っていた。

足音が完全に聞こえなくなると、それまで張り詰めていた空気を抜くように、ノアが小さく息を吐き出した。

彼は腕を組み、呆れたような、しかしどこか苦笑を交えた視線をソウヤとエミリアの二人に向けた。

 

「……なぁ、隊長にエミリア。あんたたち二人とも正直すぎて、隠し事はとことん苦手だろ?」

 

ノアの言葉に、ソウヤの肩がわずかに跳ねる。

エミリアは抱えていたクリップボードをさらに強く胸に押し付けた。

 

「あんなあからさまな態度じゃさ、サンダース軍曹じゃなくても何かあるって一発でバレるぜ。軍曹のあの鋭い目でじっと見られたら、俺だって冷や汗が出そうだったんだから。」

 

図星を突かれたソウヤは、きまり悪そうに視線を泳がせた。

エミリアもまた、申し訳なさそうに眉を下げ、うつむいてしまう。

 

「……すまない、ノア。自分ではいつも通りに振る舞っていたつもりだったんだがな。」

 

「無理ですよ、ソウヤ隊長。私たちは嘘が下手すぎます……。」

 

二人が深くため息をついたその時、格納庫の影から、もう一つの足音が近づいてきた。

 

「……で、実際のところ、いつ言うつもりなんですか?」

現れたのは、今日の試合で被弾したジョシュア軍曹だった。

彼はどこか沈んだ、しかし真剣な眼差しをソウヤに向けていた。

 

「サンダース軍曹をラサ基地に送り出したいって話……いつ本人に伝えるんですか?」

 

ジョシュアの真っ直ぐな問いかけに、ソウヤは一瞬だけ口を閉ざした。

格納庫の水銀灯が、スライフレイルの無骨な装甲に反射してソウヤの横顔を照らす。彼は静かに首を振った。

 

「……ある程度、この競技会で結果を出してからにしたい。これからは自分達だけで、戦えることを示したい。そうじゃないと、サンダース軍曹の背中を気持ちよく押すことはできない気がするんだ。」

 

ソウヤの生真面目すぎる言葉を聞いたノアは、大袈裟に両手を広げて深くため息をついた。

 

「おいおい、勘弁してくれよ隊長。予選グループを2勝で突破しただけでも、世界中の精鋭が集まるこの舞台じゃ十分すぎる成果だと思うぜ。どんだけ自分を追い込む気だ? 欲張りすぎだと思うぜ。」

 

ノアの呆れ顔に、ソウヤは少しだけ苦笑いを浮かべた。

だが、その場の空気を再び沈ませたのは、ジョシュアのぽつりとした呟きだった。

 

「……でも、確かに。理由がどうあれ、サンダースさんがウチの小隊から抜けてしまうのは、やっぱり寂しいですね。」

 

ジョシュアの寂しげな声が、格納庫の熱気の中に溶けていく。

その言葉を聞いた瞬間、それまで軽口を叩いていたノアの表情からも、スッと笑みが消えた。彼は赤髪の頭を乱暴に掻き、しんみりとしたトーンで視線を落とした。

 

「……ああ、そうだな。寂しくねぇって言ったら嘘になる。……軍曹はさ、時間がある時はいつも、俺のヘタクソな操縦訓練に付き合ってくれたんだ。陸戦型ガンダムの挙動の癖とか、密林の中での間合いの取り方とかさ、細かいアドバイスをたくさんくれたんだよな……。」

 

ノアはスライフレイルの傍らに佇む陸戦型ガンダムを見上げながら、サンダースの頼もしい姿を重ね合わせていた。

 

「……それでも。」

 

ぽつり、とエミリアが小さく、しかし芯のある声で呟いた。

 

「それでも私は、サンダース軍曹をちゃんとお送りしなきゃいけない気がするんです。」

 

その言葉に、ソウヤ、ジョシュア、ノアの三人の視線が一斉にエミリアへと向けられた。

水銀灯の光を浴びた彼女の瞳は、どこか潤みながらも、真っ直ぐな強い光を宿していた。

エミリアは胸のクリップボードを一度ぎゅっと抱きしめ直すと、溢れ出る想いを言葉に変えて紡ぎ出した。

 

「せっかく……せっかくサンダース軍曹が、連邦軍の上層部からちゃんと評価されたんです。一年戦争の時からあれだけ過酷な戦場を生き抜いて、誰よりも前線で尽くしてきた軍曹が、東南アジア方面の要所であるラサ基地に『栄転』として迎えられる。これは本当に、名誉で凄いことなんです。」

 

一呼吸置き、エミリアは自分たちの足元を見つめるように少し視線を落とした。

 

「……私たちは、それぞれ訳があってコジマ大隊基地に配属されました。色々な事情や、個人の思惑も絡まった、ある種の吹き溜まりのような場所です。でも、サンダース軍曹は違う。軍曹は実力と忠義で、その新しい道を切り開いたんです。だから……寂しいからって、小隊の仲間である私たちが、軍曹の栄転を思いとどまらせるような真似をするのは、絶対に違うと思うんです。」

 

エミリアの言葉は、格納庫の喧騒を突き抜けて、三人の胸の奥深くに重く響いた。

最初に反応したのはノアだった。

組んでいた腕をゆっくりと解き、大きく息を吐き出しながら天井を見上げた。

 

「……チッ、エミリアにそう真っ直ぐ言われちまったら、これ以上何も言えねぇな。全くだ、俺たちの我が儘で軍曹の出世の邪魔をするなんて、それこそサンダース軍曹に合わせる顔がなくなっちまう。」

 

ノアは照れ隠しのように首を振り、切なげな笑みを浮かべた。

ジョシュアもまた、深く、静かに頷いていた。その表情には、寂しさの奥に確かな敬意が混じり合っている。

 

「エミリア准尉の言う通りですね……。サンダースさんほどの人が、その実績を正当に評価されたんだ。むしろ俺たちは、小隊の仲間として、誰よりも誇りに思うべきなんです。……引き留めようなんて考えてしまった自分が恥ずかしい。」

 

そして、ソウヤはエミリアの顔をじっと見つめていた。

彼女の言葉は、小隊長として、そして1人の人間として、ソウヤが抱えていた迷いや気負いを綺麗に洗い流していくようだった。

ソウヤの口元に、どこか吹っ切れたような、穏やかな笑みが戻る。

 

「……君の言う通りだ。俺はどこか勘違いをしていたのかもしれない。結果を出すまで言えないなんて、自分のエゴだな。」

 

ソウヤの言葉に、エミリアはホッとしたように小さく微笑み、ノアとジョシュアもまた、それぞれの覚悟を決めたように力強く頷き返した。

 

 

 

トリントン基地の敷地内、明るい照明が漏れ出す売店の前で、アランは足を止めて振り返った。

 

「何にする? サンダース軍曹。この基地の売店は、意外と品揃えが良くてね。冷たいジュースから、ちょっとした軽食まで置いてあるんだ。」

 

サンダースは一瞬、恐縮したように巨体をすくめたが、かつての戦友の気取らない態度に、わずかに口元を緩めた。

 

「……では、ブラックの缶コーヒーを。夜風が冷えてきましたから、頭をすっきりさせたいので。」

 

「了解。ブラックコーヒーだね。ちょっと待っていてくれ。」

 

アランは親しみやすい笑みを残し、自動ドアの向こうへと軽快な足取りで入っていった。

一人残されたサンダースは、冷え始めたオーストラリアの夜気を肌に感じながら、夜空を見上げた。

水銀灯に照らされた基地の喧騒が遠くに聞こえる。

しばらくすると、自動ドアが開き、アランが両手に冷えたスチール缶を携えて戻ってきた。

 

「はい、お待たせ。ブラックコーヒーだ。」

 

「ありがとうございます、アラン中尉。」

 

サンダースは大きな手で缶を受け取ると、金属の冷たさが心地よく掌に伝わってきた。

 

プシュッ!

 

静かな夜の空気に小気味よい開缶音が二つ重なる。

二人は並んでベンチに腰掛け、夜空に向かって同時に一口、喉を潤した。

冷たい液体が染み渡り、昼間の模擬戦の緊張で火照っていた身体が静かに落ち着いていく。

缶を凝視したまま、アランがふと、穏やかな声で切り出した。

 

「……さっきの君のところの小隊、少し遠目から見ていたんだけど。今の新しい小隊も、すごく良い小隊だね。」

 

アランの言葉に、サンダースは持っていた缶を少しだけ持ち上げ、その無骨な顔に、心からの嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「ええ……本当に、その通りです。若くて不器用な奴らもいますが、皆、真っ直ぐで……。私に対しても、何の偏見もなく、本気で背中を預けてくれる。本当に、もったいないほどに良い仲間たちですよ。」

 

サンダースの低い声には、第4小隊のメンバーに対する深い感謝と愛着、そしてどこか切ないほどの誇らしさが滲み出ていた。

 

アランはそれを聞いて、持っていた缶コーヒーを少しだけ揺らし、夜の闇を見つめた。

 

「あなたに掛けられている嫌疑は……シロー・アマダ少尉のことですね。」

 

その名をアランの口から聞かされた瞬間、サンダースは目を見開き、驚きを隠せずに身を乗り出した。

 

「中尉……! アマダ少尉のことを、ご存知なのですか?」

 

「ああ。僕たち特務部隊にとっても、あの作戦とアマダ少尉の件は深く関係しているからね。」

 

アランは静かに頷き、コーヒーをもう一口含んでから、軍の欺瞞を暴くように声を低くした。

 

「表向きの、一般兵向けに公開されているアプサラス開発基地攻略戦の報告書にはね……こう記載されているんだ。辛うじて生き残っていたジム・スナイパーが、ロングレンジ・ビームライフルによる精密射撃でアプサラスのコックピットを撃ち抜き、機体は出現した偽装火口へと落下。直後に起きたアプサラスの大爆発は、基地全体を崩落させた……とね。」

 

サンダースは拳を固く握りしめた。その報告書の内容は、自分たちがラサの戦場を生き延びた後に聞かされた、都合の良い「公式記録」そのものだった。

 

「ですが、僕たちは軍直属の特務部隊だ。」

 

アランはサンダースを真っ直ぐに見つめ、確信に満ちた声で告げた。

 

「上層部の限られた人間にしか閲覧できない、本当のことが書かれた極秘報告書が存在する。僕はそれを見たんだ。」

 

「本当の……報告書……。」

 

サンダースは息を呑み、アランの次の言葉を待った。

 

「本来の端末に記録されている真実はこうだ。アマダ少尉は、あなたたち08小隊のメンバーに『軍を抜ける』と言い残し、単機でアイナ・サハリンの救援に向かうために、単身アプサラスⅢの元へ向かった。その後、ジム・スナイパーに狙撃され、左腕を破壊されながらもアプサラスⅢへ特攻。Ez8の残された右腕でアプサラスⅢのコックピットを潰すも、同時に放たれたメガ粒子砲を浴び、相討ちの形でもつれ合ったまま両機とも火口に落ちて爆発炎上した……。軍はアマダ少尉を行方不明扱いとし、そのまま軍籍を抹消した、とね。」

 

アランの口から語られる真実の記録は、あのラサの地獄でサンダースたちが目撃し、胸に刻んだシロー・アマダの最後の戦いそのものだった。

 

「僕がこの事実を知ったのは、一年戦争が完全に終わった後のことなんだ。」

 

アランは手元の缶コーヒーを見つめたまま、白煙のようなため息を夜気に交じらせた。

 

「あの激戦を共に戦ったた08小隊のその後が、どうしても気になってね。僕の部隊のオペレーターであるホア・ブランシェット軍曹――彼女は情報処理が抜群に得意でね、軍の最奥にある隠蔽記録を徹底的に洗ってもらったんだ。それでようやく、この真実にたどり着いたのさ。」

 

特務部隊ならではの「独自の裏情報」を前にして、サンダースは深く息を吐き出した。

軍の上層部が隠したがっていた真実を、自分たちを助けてくれた特務部隊の隊長が、個人的な情義からリスクを冒してまで調べてくれていた。

その事実に、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 

「……ホア軍曹、それにアラン中尉。そこまでして自分達の行方を追ってくださっていたとは……。」

 

「いや、当然のことをしたまでさ。」

 

アランは顔を上げ、童顔の横顔にどこか寂しげな、しかし敬意に満ちた笑みを浮かべた。

 

「あのラサの戦場で、量産型ガンタンクの砲撃陣地を死守していた時のアマダ少尉の指揮は見事だった。部下を一人も死なせないという強い意志が、画面越しにも伝わってきたよ。彼のような真っ直ぐな男とは、戦争なんていう理不尽が終わった後に、こうして冷たいコーヒーでも飲みながら、ゆっくりと語り合いたかったんだがね……。」

 

アランは一呼吸置くと、夜空の彼方を見つめるように目を細めた。

 

「軍の公式記録は『行方不明からの軍籍抹消』だ。だけど……僕は、彼が今も世界のどこかで、生きていることを切に願っているよ。」

 

アランのその言葉を聞いた瞬間、サンダースの無骨な顔に、この日一番の、そして心からの温かい笑みが広がった。

 

(少尉……あなたの生き方は、あの戦場にいた誰もが認めていましたよ。)

 

軍の冷酷な隠蔽の中でも、アランのようにシローの人柄を認め、その生存を純粋に願ってくれる人間が、自分たちの他にも確かに存在する。

その事実が、かつて08小隊のメンバーとしてシローの背中を追い続けたサンダースにとって、何よりも嬉しく、誇らしかった。

 

「……ありがとうございます、アラン中尉。そう言っていただけて、隊長も……いえ、私も救われる思いです。」

 

サンダースは深く、深く頭を下げた。

その声からは、先ほどまで彼を縛っていたスパイ嫌疑の重圧が、綺麗に消え去っていた。

 

「アマダ少尉に救われたのは、僕たち特務部隊も同じだからね。」

 

アランは照れくさそうに首を振り、サンダースの深い感謝を優しく受け流した。

それから、手元の缶コーヒーを軽く掲げるようにして、明るいトーンへと声を切り替えた。

 

「それよりも、サンダース軍曹。まずは予選グループ戦の突破、本当におめでとう。世界中の精鋭が集まるこの競技会で、きっちり2勝を挙げて次に進むなんて、さすがは第4小隊だ。」

 

アランの純粋な祝いの言葉に対し、サンダースは再び姿勢を正し、恐縮したように首を振った。

 

「いえ……滅相もありません。自分はただ、タカバ隊長の指示に従い、自分の役割を全うしただけに過ぎません。今回の勝利は、隊長の卓越した戦術と、不慣れな環境でも尽力してくれた仲間たちの頑張りがあったからこそです。」

 

どこまでも生真面目に、自分ではなく小隊の功績を称えるサンダースを見て、アランは感心したように息を吐いた。

そして、少しだけ苦笑いを浮かべながら自身の戦果を口にした。

 

「相変わらず謙虚だなぁ。……僕たちSRTユニットはね、今日の試合こそなんとか1勝をもぎ取れたけれど、前日の初戦で『ファントム・スイープ隊』に完敗してしまってね。残念ながら、僕たちの競技会は予選グループで敗退が決まってしまったよ。」

 

アランの口から出た「ファントム・スイープ隊」という強豪の名に、サンダースの眉がわずかに動く。

 

「あのファントム・スイープ隊に……ですか。」

 

「ああ、本当に強かった。だからこそ、そんな猛者たちがひしめき合う予選を見事に勝ち抜いた君たちの第4小隊は、本当にすごいと思うんだ。誇っていい実績だよ、軍曹。」

 

アランは心からの賞賛を込めて、サンダースの頑強な肩を軽く叩いた。

 

 

 

 

アランは手元の缶を軽く揺らし、すでに空になっているのを確かめると、近くの回収箱へと投げ入れた。

 

「さて……夜風もいよいよ冷え込んできたし、コーヒーも飲み終えた。そろそろ格納庫へ戻ろうか。」

 

「はっ。そうですね、中尉。」

 

サンダースも同じように缶を片付け、その巨体をゆっくりと起こした。

2人は並んで、水銀灯の光が白々と広がるトリントン基地の敷地を、第4小隊の格納庫に向けて歩き出した。

周囲では、まだ明日の競技会に向けて夜を徹した整備作業を続ける兵士たちの声や、重機が軋む音が遠くから響いている。

歩調を合わせながら、アランがふと、前を見据えたまま穏やかな声で語りかけてきた。

 

「さっき、君を呼びに格納庫へ行った時さ。タカバ中尉は、本当に君のことを信頼している目で見ていたよ。……一年戦争で辛い思いをしたかもしれないけれど、またそうやって素晴らしい隊長に巡り合えたんだね。」

 

アランのその言葉は、サンダースの胸の奥に深く、暖かく染み渡った。

彼は歩みを止めることなく、その無骨な顔に心からの笑みを浮かべて頷いた。

 

「はい……本当に。もったいないほどの隊長です。」

 

そんな短い会話を交わしているうちに、2人は第4小隊が割り当てられた格納庫の入り口へとたどり着いた。

一歩、中に足を踏み入ると、そこには先ほどと変わらないスライフレイル、陸戦型ガンダム、ジム・キャノンの雄姿があった。

そして、彼らが戻ってきたことに気づいたソウヤ、エミリア、ノア、ジョシュアの4人が、一斉にこちらを振り返ってサンダースを温かく出迎えた。

 

「おかえりなさい、サンダース軍曹。積もる話はできましたか?」

 

ソウヤがいつも通りの穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくる。

その隣では、エミリアも少しホッとしたような表情で小さく頷いていた。

サンダースは彼らの姿をじっと見つめた。

隊長であるソウヤの引き締まった表情。

クリップボードを抱えたエミリアの、どこか覚悟を決めたような真っ直ぐな瞳。

 

(……やはり、今日の隊長と准尉は何かを隠している。)

 

鋭い観察眼を持つサンダースには、二人の間に流れる微かな「秘密」の気配が確かに感じ取れた。だが、先ほどまでの張り詰めた気まずさは、もうそこにはなかった。

今、彼らが自分に向ける眼差しにあるのは、純粋な信頼と、どこか気恥ずかしそうな温かさだけだ。

 

(だが……悪いことでは、ないのだろうな。)

 

サンダースは胸の中でそう確信し、硬かった表情をふっと和らげた。

理由は分からないが、この仲間たちが自分のために何かを想い、行動してくれている。

それだけで十分だった。

 

「はい。中尉のおかげで、とても良い時間が過ごせました。」

 

サンダースはそう答えると、ソウヤたちに向けて深々と頭を下げた。

アランはソウヤの前に進み出ると、先ほどまでの柔らかな笑みを一度引き締め、特務部隊の隊長としての真剣な眼差しをその瞳に宿した。

 

「タカバ中尉。突然お邪魔して、サンダース軍曹を連れ出してしまいすみませんでした。……最後に、一つだけ。彼は一年戦争の地獄を潜り抜け、誰よりも仲間を想って戦ってきた本物の戦士です。どうか、彼を大切にしてあげてください。」

 

その言葉は、アランからソウヤへの、かつて同じ戦場で背中を預け合った戦友の未来を託す、重みのある願いだった。

ソウヤはアランの目を真っ直ぐに見つめ返し、背筋を伸ばして力強く頷いた。

 

「はい、約束します。サンダース軍曹は、我が第4小隊にとって欠かすことのできない、誇り高き大切な仲間です。必ず、私が責任を持って彼と共に戦い抜きます。」

 

ソウヤの迷いのない、確固たる決意を聞いたアランは、満足そうに目元を和らげた。

 

「いい返事だ。……それでは、お邪魔しました。明後日の決勝トーナメント、君たちの健闘を祈っているよ。」

 

アランはソウヤとサンダース、そして第4小隊の面々に綺麗に敬礼を交わすと、軽快な足取りで格納庫の出入口へと歩き出し、夜の闇の向こうにある自身の部隊へと帰っていった。

残された格納庫には、再び水銀灯の眩い光と、明日の決戦を待つ3機のモビルスーツの無骨なシルエットが広がっていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回の話は「機動戦士ガンダム 0079戦線」のラサ基地のミッションを意識した話にしました。
実際にアランとシローが一緒に量産型ガンタンクを守るミッションなので、トリントン基地で再会したアランとサンダースなら、こんな会話したんじゃないかなと思い、作りました。
ではでは、次の話も楽しみにしてください。
感想、お待ちしております。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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