トリントン基地演習場の赤い大地に、激動の予選3日目の幕が静かに下りた。
各グループの命運を懸けた第三試合の顛末は、観戦に来た観客だけでなく、明日の決勝リーグを見据える精鋭たちをも大いに沸かせていた。
予選Cグループ第三試合では、北米代表の「ウィッチハント隊」が中東代表の「スコーピオン隊」と激突。
ウィッチハント隊はその圧倒的な練度を遺憾なく発揮し、終始試合の主導権を握ったまま危なげなく勝利を収めた。
一方、予選Dグループの最終戦は、ある種の悲壮感と圧倒的な実力差を見せつける結果となった。
対戦カードは、特別枠の「ファントム・スイープ隊」対太平洋方面代表「オセアニア混成隊」。
オセアニア混成隊は、沿岸基地警備の職務に就くモビルスーツパイロットの中から特に操縦技術が高い精鋭を選抜し、臨時編成された実力派の部隊だった。
しかし、不運にも強豪のファントム・スイープ隊とSRT-ユニット1と同じグループに割り当てられてしまった。
彼らは展示用のアクア・ジムを急遽持ち出すという奇策に出たが、エキスパートであるファントム・スイープ隊の波状攻撃の前に、文字通り瞬殺される憂き目に遭った。
こうして、地獄の予選リーグを勝ち抜き、明日の決勝リーグへと駒を進めた栄えある4部隊が出揃った。
Aグループ代表は東南アジア方面代表「コジマ大隊第4小隊」。
Bグループ代表はジャブロー直轄「チーム・シリウス」。
Cグループ代表は北米代表「ウィッチハント隊」。
Dグループ代表は特別枠「ファントム・スイープ隊」。
いずれ劣らぬ怪物級の部隊ばかりが集う、まさに頂上決戦の布陣である。
トリントン基地の巨大な格納庫は、夜を迎えてもなお、真昼のような熱気と喧騒に包まれていた。予選を戦い抜き、明日の撤収に向けて荷造りと機体整備を急ぐ地方部隊のメカニックたち。
そして、栄光の決勝リーグに挑むため、傷ついた装甲の換装や駆動系の最終調整に追われる選ばれし部隊の整備班。
無数の火花と油の臭い、インパクトレンチの駆動音が、広い格納庫の天井に反響している。
その喧庫から少し離れたピットエリアでは、第4小隊の面々が明日の対戦相手であるジャブロー直轄「チーム・シリウス」の対策を巡り、深刻な表情で机を囲んでいた。
「――以上が、今日の戦闘データの解析結果です。」
補佐官のエミリア・ドットナー准尉が、手元の情報端末からホログラムモニターへ鮮やかなグラフを投影する。
そこには、ルナツー教導隊を破ったチーム・シリウスの3機の三次元的な機動データが克明に刻まれていた。
「ジャブローの最新鋭機ジム・カスタムとジム・キャノンⅡ。その全てに『マグネット・コーティング』が施されている。……エミリアのデータを見る限り、反応速度の数値がうちのスライフレイルや陸戦型ガンダムとは文字通り次元が違うな。」
隊長のソウヤが、腕を組んだまま険しい表情でモニターを見つめる。
「ええ。前衛のヴァルター大尉の突撃も脅威ですが、それ以上に恐ろしいのが、後方からの砲撃です。ジョシュ、これを見てくれ。」
サンダースが重みのある声でモニターを指差すと、ノア・ヴェルナー伍長がコンソールを叩き、エイガー中尉のジム・キャノンⅡの射撃ログをクローズアップした。
サンダースは険しい表情のまま、言葉を重ねる。
「このエイガー中尉って男、ロックオンシステムの射程外から、ルナツーの量産型ガンキャノンⅡを完全にマニュアルの偏差射撃で仕留めてる。元戦車乗りの前評判は伊達じゃない。俺たちのホバートラックのソナー索敵で敵の位置を先回りして割り出しても、射線上に一瞬でも姿を晒せば、一撃で撃ち抜かれるぞ。」
サンダースのシビアな警告に、ピット内の空気がピリッと張り詰める。
しかし、その重圧を跳ね飛ばすように、後方支援を担うジョシュア・ウィルソン軍曹が、腕の火傷痕を擦りながら不敵な笑みを浮かべた。
「元戦車乗り、か。上等じゃないですか。同じ中距離支援機で元戦車乗りとしちゃ、負けられませんね。こっちにはエミリアさんのホバー・トラックからの射撃修正がありますから、なんとかなるかもしれないです。」
ジョシュアの頼もしい言葉に、ソウヤも小さく頷いた。
そのジョシュアに話を振られたエミリアは、作戦卓の前に立ったまま、静かに大型モニターのジム・カスタム――クリスチーナ・マッケンジー中尉の機体挙動を凝視していた。
その瞳には、知的なオペレーターとしての鋭い警戒の光が宿っている。
「……前衛のヴァルター大尉の執念に満ちた動きも怖いですが、私が本当に警戒すべきだと思うのは、このマッケンジー中尉のジム・カスタムです。ボカタ少佐の限界の突撃を、驚くほど冷静に、まるで赤子の手をひねるようにいなして撃破判定を奪っています。元ガンダムのテストパイロットという肩書は伊達じゃないです。彼女が戦線の隙間を完璧に埋めているからこそ、シリウスの連携には一瞬の隙も生まれないと思います。」
エミリアの的確な指摘に、一同の間に深い沈黙が落ちる。
圧倒的な機体性能。そして、それを最高レベルで乗りこなす、元ガンダムパイロットという怪物たち。
「技術の進歩を誇示し、俺たち実戦部隊を見下すジャブローの先駆者か……。」
ソウヤはゆっくりと立ち上がり、ピットの奥で整備班の手によって調整されている自らの愛機――「スライフレイル」を見上げた。
過酷な東南アジアの戦いを共に戦い抜いてきた最高の相棒だ。
ソウヤはその鋭い金属の双眸を見つめた後、振り返って作戦卓の前に立つエミリアを見つめた。
「エミリア、一つ聞いていいか。……スライフレイルの『マックスモード』を解放した場合、あのジム・カスタムの機動に追従することは可能か?」
マックスモード。
ジェネレーターのリミッターを一時的に強制解除し、機体のポテンシャルを限界以上に引き上げる切り札だ。
その問いに対し、エミリアは複雑な数値を羅列するデータ端末を抱きしめるようにして、心苦しそうな表情で首を横に振った。
「……隊長、非常に厳しいと言わざるを得ません。マックスモードを解放すれば、瞬間的なパワーとスラスターの絶対的なスピードだけなら、最新鋭機相手でも互角近くまで持ち込めます。ですが……あの『マグネット・コーティング』がもたらす、関節駆動の摩擦抵抗ゼロによる『超・反応速度』だけは、どれだけ出力を上げても物理的に追従できません。」
エミリアはさらに画面のタイムリミット警告を指し示し、シビアな技術的限界を口にした。
「それに、マックスモードの稼働限界は『5分』が絶対のタイムリミットです。5分を過ぎればシステム保護のセーフティが作動し、強制的に元の性能へと引き戻されます。それだけならまだしも、強烈な過負荷の反動によってジェネレーター出力は著しく低下、駆動系への深刻な負担によって、解除後は機動性も反応速度も通常時以下まで落ち込んでしまいます。まさに諸刃の剣なのです。」
「稼働時間は5分……。しかも、解除後は完全なデッドウェイトになるか。」
ソウヤは深く眉をひそめ、コンソールに表示された最悪のシミュレーション結果を前にして頭を悩ませた。
「……流石に厳しいな。最新鋭機のスペックをただでさえ引き出してくる元ガンダムパイロットが相手だ。こっちのスライフレイルと陸戦型ガンダムの基本フレームじゃ、あのマグネット・コーティングの異常な反射速度にまともに付き合ったら、一瞬で撃破ログを叩き込まれるぞ。」
サンダースもまた、その絶望的な性能差を肌で理解しているのだろう、痛ましげに頭を抱えて唸り声を漏らした。
技術の世代交代という名の理不尽な壁が、決戦前夜の第4小隊の前に、あまりにも冷酷に立ち塞がっていた。
「ジム・キャノンⅡのあの堅牢な装甲も厄介ですよ。」
コンソールを覗き込んでいたノアが、困ったように眉を下げて発言した。
「ルナツーのヒタチ中尉の量産型ガンキャノンⅡ……。あの凄まじい一斉射を正面から喰らっても、決定的な撃破判定にはならなかったすよ。文字通り力づくで耐えて、逆にカウンターを叩き込んできたんです。あれをまともに相手にするのは自殺行為ですよ。」
「……その堅牢な装甲の正体、おそらく『チョバム・アーマー』の一種だと思います。」
エミリアがホログラムモニターに映るジム・キャノンⅡの装甲厚データを指差しながら、補足した。
「チョバム・アーマー……。大戦末期に一部のガンダムタイプに試験搭載されていたという、あの複合装甲のことか?」
サンダースがかつての戦場で耳にした噂を思い出すように尋ねる。
「はい。装甲の内部に強固な積層構造や空間を持たせることで、敵の砲撃やビームの熱エネルギーを物理的に外側へ爆発・減衰させて相殺する特殊な追加装甲です。機体にダメージを通さないため、模擬戦のダメージログ判定でも圧倒的に有利に働いてしまいます。」
エミリアの論理的な説明を聞いた瞬間、同じく中距離支援を担当するジョシュアが頭を抱えて工具を机に投げ出した。
「おいおい、冗談だろ……。それじゃ俺のジム・キャノンの大砲じゃ、逆立ちしたって太刀打ちできねえってことじゃないですか。正面から撃ち合ったら、こっちの弾だけ弾かれておしまいですよ。」
「つまり、俺たちのジム・キャノンの砲撃を遥かに超える、規格外のダメージを一撃で与えなきゃあのアーマーは剥がせないってことか……。無理難題にもほどがあるよ。」
ノアもため息混じりにボヤいた。
マグネット・コーティングによる驚異の反応速度。
元ガンダムパイロットたちの冷徹な技量。
そして、砲撃を無効化するチョバム・アーマー。完璧すぎるジャブローの壁を前に、第4小隊の面々は完全に言葉を失い、揃って頭を抱え込んでしまった。その時だった。
「あら……? どなたか、こちらのピットへ向かってきます。」
格納庫の通路に視線を向けたエミリアが、真っ先に不審な足音に気づいて声を上げた。ソウヤたちが顔を上げると、薄暗い通路から現れたのは、先ほどまで演習場で死闘を繰り広げていたルナツー教導隊の面々――ボカタ少佐、ヒタチ中尉、ミコト少尉の3人だった。
だが、彼らはただ陣中見舞いに来たわけではなかった。
ボカタの後ろには、頭にタオルを巻き、油汚れのついた作業服を着た1人の大柄な男性が、にやにやと笑いながら付いてきていたのだ。
エミリアに続いて来訪者に気づいた小隊のメンバーが怪訝な顔をする中、その男性の顔を真っ向から捉えたソウヤの全身が、激しい衝撃に震えた。
ソウヤの目が驚きに見開かれ、次の瞬間には歓喜の叫びとなって格納庫に響き渡る。
「ケンさん……っ!?」
「よお、ソウヤ。久しぶりだな。見ないうちにずいぶんと逞しくなって、いい男になりやがったじゃねえか。」
作業服の男性――ケンジ・ナガト中尉は、豪快に白い歯を見せて笑った。
今はペガサス級4番艦「バイアリーターク」のモビルスーツ整備班長を務めているが、一年戦争時らソウヤが所属していた「オリオン小隊」のすべての機体を命がけで支え続けた、あの『ケンさん』その人であった。
ソウヤはナガト中尉の元へと駆け寄り、そのぶ厚い胸板に力強くハグを交わす。
大戦を生き抜いた戦友との、嘘偽りのない再会の儀式だった。
「うおっと……! よお、ソウヤ。相変わらず熱い野郎だな。俺としちゃ、あっちの可愛いオペレーターちゃんあたりにハグしてもらった方が何倍も嬉しいんだが、まあ、お前からのハグなら大歓迎してやるよ。」
ナガトはソウヤの背中を大きな手でバシバシと叩きながら、豪快に冗談を飛ばした。
「はは、ケンさん……相変わらずですね。」
ソウヤは離れ際、呆れたように、しかし本当に嬉しそうに笑った。
一年戦争の地獄を潜り抜けた絆は、どれだけ時が流れても一瞬で当時の距離感を取り戻させてくれる。
2人は互いの無事を喜び合い、固い握手を交わした。
ひとしきり再会を噛み締めた後、ソウヤは表情を引き締め、ナガトとその後ろに佇むルナツー教導隊の面々を見据えた。
「ケンさん。それにボカタ少佐……。皆さんが俺たちの格納庫へ揃ってやって来たのには、単なる挨拶以上の理由があるんですよね?」
ソウヤの問いかけに、先ほどまで気丈に戦っていたミコト少尉が、小さく唇を噛んでうつむいた。
その表情には、まだ抜けない悔しさと、それ以上の複雑な感情が滲んでいる。
「……ま、そういうことさね。」
ボカタ少佐が小さく咳払いをし、手にしていた軍用情報端末の画面をタップした。
「ウチの可愛い部下が、ジャブローのお坊ちゃんからえらい『ご高説』を賜ってね。身内の愚痴で終わらせるにはあまりに業腹だから、明日の決勝で奴らの鼻柱をへし折る権利を持つあんたたちに、これを共有しておこうと思ってさ。……聴きな。」
ボカタが端末を再生すると、格納庫のスピーカーから、演習用の音声ログが流れ始めた。
それは、ミコトのガルバルディとヴァルターのジム・カスタムが刃を交えた際、装甲同士の接触回線を通じて記録された、生々しい戦闘会話のやり取りだった。
『地球連邦軍の最高技術と兵の練度を競う、この神聖な競技会において! あろうことか、かつて我が連邦を脅かしたジオン公国軍のモビルスーツを持ち込むとは、一体どういう神経をしている! 配慮というものがまるでない、無神経極まる行いだ!』
『ジオンの残光どもが未だ各地で燻るこのご時世に、そんな忌まわしい呪縛の遺産を乗り回すなど、連邦軍の威光を冒涜する行為だ! その悪趣味な機体ごと、ここで徹底的に叩き潰してやる!』
『ジオンの、負け犬どもの機体がァ! その歪んだ装甲を見るだけで反吐が出る! あいつのように名声欲しさの愚か者も、泥にまみれた貴様ら前線の荒くれどもも、どいつもこいつも技術の進歩の何たるかがまるで分かっていない!』
『見ていろイーサン! 前線の兵など、このジム・カスタムと私の操縦をもってすればいくらでも駆逐できる! 最新鋭の先駆者たる私が、貴様を惑わせた『精鋭部隊』という名の幻想を、ここで完膚なきまでに叩き潰して証明して見せるッ!』
ヴァルターの歪んだエリート意識、ジオン系機体への激しい嫌悪。
そして、実戦部隊を「泥まみれの荒くれ」「消耗品」と切り捨て、死者の幽霊に縋るように吐き散らされた傲慢な呪詛の数々。
音声が途切れた瞬間、第4小隊のピットエリアは、凍りつくような静寂の後に、ふつふつと湧き上がる怒りの空気へと包まれた。
「……なんだって……?」
ノアが信じられないといった様子で絶句し、いつもは穏和なジョシュアも、持っていた工具を強く握り締めながら目つきを獣のように鋭く尖らせた。
ガルバルディを愛したミコトの誇り、そして自分たち前線の兵士へのあまりに理不尽な侮蔑。
ベテランのサンダース軍曹の顔からも完全に笑みが消え、静かな、しかし深い怒りがピット内を満たしていく。
だが、その侮蔑の嵐の中で、ソウヤだけは別の言葉に強烈に耳を奪われていた。
「イーサン……? ケンさん、あいつ、今……『イーサン』って言ったんですか……?」
ソウヤは顔をこわばらせ、ゆっくりとナガトの方へと振り向いた。
ナガトは深く、重いため息を一つ吐き出すと、頭のタオルを掴み直して静かに言った。
「ああ。ソウヤ、ヴァルターの言っている『イーサン』ってのはな……お前の隊長だった、『イーサン・ミチェル・オルグレン』少佐のことだ。」
「――ッ!?」
ソウヤの全身に激しい衝撃が走った。
自分にモビルスーツ操縦のイロハを徹底的に教え込み、共にオリオン小隊として一年戦争の地獄を駆け抜け、そして最終決戦のア・バオア・クーで戦死した男。
自分にとって師であり、隊長であり、心から敬愛していたあのオルグレン隊長の名前が、なぜジャブローのエリートの口から飛び出してきたのか。
「オルグレン隊長が……あいつと、関係しているっていうのか……!?」
驚愕に目を見開くソウヤの前に、過去の戦友たちの顔と、明日の敵であるヴァルターの歪んだ執念が、一本の不気味な因縁の糸となって繋がり始めていた。
「ケンさん……オルグレン隊長と、あのヴァルター大尉は、どんな関係だったんですか?」
ソウヤは拳を握りしめたまま、祈るような、しかし張り詰めた声でナガトへ問いかけた。
ナガトは視線を少し落とし、かつてジャブローの地下深くで無数の油と新型機に囲まれていた大戦中の日々を思い起こすように、静かに語り始めた。
「……イーサンはな、まだ連邦軍が本格的なモビルスーツ開発に着手したばかりの頃、ジャブローでテストパイロットをやってたんだよ。あのV作戦や、先行量産型のジムを組み上げていた過渡期の話だ。そこでな、イーサンとヴァルターは、同じ開発チームのテストパイロットとして机を並べていたのさ。……まあ、特権意識の塊だったあいつは、当時の一技術者に過ぎなかった俺の顔なんて、これっぽっちも覚えちゃいなかったがな。」
ナガトは自嘲気味に鼻で笑い、それからイーサンを懐かしむように目を細めた。
「イーサンはテストパイロットとして、本当に優秀だった。ただ操縦が上手いだけじゃない。与えられた過酷なシミュレーションでも、無理な限界実験テストでも、開発陣が求める正確な機体データを必ず取ってくる。技術者にとっては、これ以上ない最高の発案者であり理解者だった。……だがな、そんな天才の横で、ヴァルターはいつも、どうしても勝てない2番手に甘んじていたんだよ。」
「2番手……。」
「ああ。スコアも、技術者からの信頼も、常にイーサンの後ろ。そんな中、モビルスーツの量産化が軌道に乗って、兵器として安定し始めた頃だった。イーサンは突然、テストパイロットの地位を捨てて、前線部隊への転属を願い出たんだ。それを知った時のヴァルターの慌てようといったらなかったぜ。そりゃあ、必死になって止めていたよ。プライドがエベレストより高いあいつにしてみれば、自分を負かし続けた相手に『勝ち逃げ』されるようなもんだからな。あいつにとっては、何よりも耐え難い屈辱だったのさ。」
ナガトはそこで一度言葉を切り、ヴァルターの吐き捨てたログの残響を睨みつけるように、語気を強めた。
「だがな、イーサンの目的は、ヴァルターのようなちっぽけな私怨やプライドじゃない。ただ『一日でも早く、この戦争を終結させること』。それだけだった。あいつとは最初から戦う目的が全然違うんだよ。軍上層部だって前線に喉から手が出るほど優秀なパイロットを欲しがっていた時期だ。イーサンの配属願いはすぐに受理され、お前が知っての通り、あいつはオデッサ作戦の北部戦線へ配属された。」
ナガトは大きなため息を吐き、首を振った。
「戦死したイーサンの背中を、あいつは今でも追い続けてる。だが……まさかあいつが、イーサンのことで、戦後になってもあそこまで拗らせて前線の兵士を逆恨みしているとはな。思ってもみなかったぜ。」
ケンさんの語るイーサンの真実に、ソウヤは深く静かに目を閉じた。
目の前のスライフレイルに宿る、師から受け継いだモビルスーツ操縦のイロハ。その全てを、明日はあの過去の幽霊に囚われた先駆者にぶつけることになる。ソウヤの胸の中で、静かな闘志が、青く冷たい炎となって燃え上がり始めていた。
「本来なら、俺がお前に会いに来るのは、この競技会がすべて終わってからにするって決めていたんだ。」
ナガトは腕を組み、スライフレイルの無骨な装甲を見上げながら、どこか申し訳なさそうに、しかし技術者としての厳しい横顔を見せて言葉を続けた。
「技術者の哀しい性分でな、大体のモビルスーツってのは一目見ちまえば、その機体の癖も限界も、大半のことは分かっちまうのさ。特にそのスライフレイルは、俺も改修の段階で少なからず関わりがある。フェアーじゃねえと思ってたんだよ。」
ナガトはそこで言葉を切ると、少しだけ表情を和らげて、自分の後ろに立つミコト少尉の方へと視線を向けた。
「だがな……あのヴァルターの野郎がやらかしたことを知っちまって、黙って引き下がるほど、俺はできた大人じゃねえんだよ。……ソウヤ、このミコト少尉はな、ジオン製だからってガルバルディを嫌悪したりしねえ。機体の持つ長所も短所もちゃんと理解して、兵器に命を吹き込もうとした開発者やパイロットの情熱を、ちゃんと評価するために真摯に乗ってくれてる。メカマンとしては、これ以上ねえほど好ましい、最高のパイロットなんだよ。」
ナガトの目が、一転して猛烈な怒りを孕んで鋭く細められた。その拳が、油の染み込んだ作業服のポケットの中でギリリと音を立てる。
「なのに、あのヴァルターはジャブローが寄越した新型のジム・カスタムの性能に胡座をかき、ミコト少尉のガルバルディを侮辱した。それだけじゃねえ。前線で命を懸けて戦うパイロットや、それを油まみれになって送り出す俺たち整備兵の存在そのものを、否定する言葉で吐き捨てやがったんだ。」
格納庫の空気が、ナガトの圧倒的な気迫によって微かに震える。
「そして何より……俺の戦死した最高の親友である、イーサンの名前まで、自分の歪んだプライドのために汚しやがった。……その上で、イーサンの教え子であるお前が、明日の決勝リーグであの野郎の相手をするってんだ。これだけの条件が揃っちまって、このナガト・ケンジが黙って指をくわえて見てられるわけがねえだろう。だから、俺はお前に会いに来たんだよ。」
ナガトはソウヤの肩をガシッと力強く掴み、その濁りのない職人の眼光を真っ直ぐに突き刺した。
「イーサンの魂を、そして前線に生きる俺たちの意地を、あの馬鹿野郎に骨の髄まで思い知らせてやるぞ、ソウヤ。そのために……俺の知恵と腕を、お前たち第4小隊に貸してやる。」
ケンさんの魂の叫びに、格納庫にいた全員の胸に、熱く、けっして消えない決戦の炎が灯った。
「……分かりました。ケンさん、力を貸してください。」
ソウヤは力強く、まっすぐにナガトの目を見返して頷いた。
その熱い決意に冷水を浴びせるように、ノアが困り果てた声を上げる。
「……確かにヴァルターのやったことは絶対に許せねえし、ぶちのめしてやりたいですけど、現実問題としてあの機体性能の差はどうするんですか?」
ノアは困惑した表情でホログラムのデータを指差した。
「ジム・カスタムにはマグネット・コーティングが施されていて、こっちの攻撃は簡単には当たらない。おまけにジム・キャノンⅡはチョバム・アーマー持ちだ。生半可な攻撃じゃ、掠り傷一つ付けられずに撃破判定の外で耐えられちまいますよ。」
「だったらよぉ。」
ナガトは腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「奴らの反応が追いつかねえほどの超高速度で、その自慢の装甲ごと消し飛ばす最大火力を真正面からぶち込んでやりゃあいいだろうが。」
その豪快すぎる言葉に、第4小隊の面々は一斉に首を傾げた。
エミリアもノアも、ジョシュアすらも、ナガトの言っている物理的な意味が分からず、ただ呆然と職人の顔を見つめるしかない。
「おいおい、何ボケっとした顔してやがる。」
ナガトは呆然とするソウヤの額を、油のついた指先で軽く小突いた。
「お前の十八番だろうが、ソウヤ。スライフレイルに乗りすぎて、一年戦争の時の事を忘れちまったか?」
ソウヤはなおも意味が分からず、眉の間に皺を寄せてナガトの意図を探ろうとする。
ナガトはわざとらしく大きなため息を吐くと、自身のコンソールにオーストラリアの演習場の立体マップを映し出した。
「お前は一年戦争の時、キャリフォルニア・ベースの奪還作戦であのエイガー中尉と共同戦線を張ったんだろ? ――さらにだ、ソウヤ。お前、前のホワイト・ディンゴ隊との試合の時、あのバカみたいに派手な超機動アクションをヴァルターの前に晒しただろう?」
「え、ええ……まあ。」
「プライドがエベレストより高くて、お前ら実戦部隊を見下してるヴァルターの野郎だ。目の前であんな芸当を見せつけられたら、最新鋭機の性能を誇示するためにも、絶対に同じような派手な機動でマウンティングを仕掛けてくる。間違いなくな。」
ナガトの言葉が引き金となり、ソウヤの脳裏で点と点が一つの鮮烈な戦術の線へと繋がった。
ヴァルターの傲慢な心理、エイガーとの共同戦線、それら全てを逆手に取る、ある「絶対的なハメ技」の構図が浮かび上がる。
納得したソウヤの表情が、すっと鋭い猟犬のそれに変わった。
「理解できたようだな。」
ナガトは満足げに頷き、トリントン基地の滑走路に停泊しているバイアリータークを親指で指し示した。
「本来は、ボカタのジム・スナイパーⅡの遠距離火力を底上げするために用意していた装備だ。だが、お前のスライフレイルの腰のアタッチメントは、ペイルライダー系の取り付けアタッチメントを流用して組んであるだろ。構造上、そのまま換装して使えるはずだ。……仕込むか?」
「……最高です、ケンさん。」
ソウヤは不敵に笑うと、すぐに振り返って背後に控えるサンダース軍曹とジョシュア軍曹の二人を真っ直ぐに見つめた。
「サンダース軍曹、ジョシュア軍曹。……2人に、負担がかかる作戦を実行します。ですが、これしかジャブローの最新鋭に確実に勝つ方法はありません。俺に力を貸してくれますか?」
サンダースとジョシュアは一瞬だけ顔を見合わせ、それから同時に、フッと信頼に満ちた笑みを浮かべて力強く頷いた。
「何を今更言っているんですか、中尉。俺たちはあんたを信じて、ここまで来たんです。隊長の作戦なら、地獄の底までお供しますよ。」
「そうですよ、隊長。ヴァルターの勘違い野郎に前線の意地を見せてやれるなら、キャノンの銃身が焼き切れるまでお付き合いしますよ。」
二人の迷いのない言葉に、ソウヤは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……ありがとう。」
ソウヤが二人に感謝を伝える傍らで、ナガトはソウヤの背中を見つめながら、他の誰にも聞こえないような小さな声で、ポツリと呟いた。
「……本当に、イーサンみたいにいい隊長になりやがって……。」
ソウヤは最後に、いまだ拳を握りしめたまま佇んでいたミコト少尉の方へとゆっくりと振り向いた。
その真摯な瞳に、託されたルナツー教導隊の意地を全て宿すようにして、静かに、しかし絶対の確信を込めて告げる。
「ミコト少尉。あなたの、そして教導隊のガルバルディが受けた屈辱は、明日俺たちが必ず晴らします。あのヴァルター大尉は、俺のスライフレイルが必ず撃ち落とします。」
その瞬間、うつむいていたミコトが、パッと救われたような、光を取り戻した表情で顔を上げた。歪んだヴァルターの思想を打ち破るための、第4小隊とルナツー教導隊の反撃の牙が、決戦前夜の格納庫で静かに研ぎ澄まされていくのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
久しぶりのケンジ・ナガト中尉の登場です!
ケンジ・ナガト中尉のモデルは「パトレイバー」の「榊清太郎」になっております。
セリフや立ち振舞いなども、榊さんを意識しております。
打倒、チーム・シリウスの作戦とはなんなのか?
楽しみにしてください。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン