機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第114話 レガシーを受け継ぐ者【2】

オーストラリアの空を焼き尽くすかのような烈日が、トリントン基地の赤い大地を鮮烈に照らし出している。

決勝トーナメント準決勝の当日の朝、基地一帯は文字通り、足の踏み場もないほどの大盛況に包まれていた。

スタジアムの観客席や敷地内に特別に設置された巨大な大型モニター群の周辺は、尋常ならざる熱気と喧騒に支配されている。

日々の過酷な任務を忘れ、一戦ごとに歓声を挙げるトリントン基地の一般兵士たち。

厳格な視線で選手たちの挙動を凝視する軍の競技会関係者。

昨日の予選で敗れながらも、世界最高峰の結末をその目に焼き付けるために基地に居残った地方部隊のパイロットたち。

さらに、戦後の最新兵器運用データや戦術思想の動向を記録せんと目を光らせる数多くの軍事・ミリタリー関係の情報筋、そして狭き門の抽選を見事に勝ち抜いて基地へと招かれた民間人の観客たち。

人種も立場も異なる彼ら全員の視線が、今、モニターに映し出された2つの部隊へと釘付けになっていた。

東南アジア方面代表、密林の戦場を戦い抜いた精鋭、コジマ大隊第4小隊。

対するはジャブロー直轄、最新鋭の技術と無敗のスペックを誇る絶対王者、チーム・シリウス。

 

「いよいよ始まるな。ジャブローの最新鋭が勝つか、それとも前線の部隊が意地を見せるか……。」

 

観客の誰かが息を呑んで呟いたその瞬間、スタジアムのスピーカーから、準決勝の開幕を告げる軍楽隊のファンファーレが鳴り響いた。

誰もが固唾を呑んでモニターを見つめる中、オーストラリアの赤い砂塵を巻き上げて、2つの信念のモビルスーツ群が、ゆっくりとトリントンの戦場へと姿を現す。

 

 

 

 

オーストラリアの赤い大地を見下ろす上空には、その陽炎を切り裂くようにして、一隻の巨大な強襲揚陸艦が浮遊していた。

全体を漆黒に染め上げたその艦姿は、まさに空を往く軍馬。

一年戦争の終局、ア・バオア・クーの地獄を生き抜いた栄光の殊勲艦であり、現在はルナツー教導隊の母艦を務めるペガサス級4番艦「バイアリーターク」だ。

巨体を静かに滞空させるその威容は、まるでこの競技会の行く末を、そしてかつての戦友たちの意地が激突するこの準決勝を、特等席で見届けんがために鎮座しているかのようだった。

そのバイアリータークの広々とした艦橋。

特殊遮光ガラスの向こうに広がる演習場を腕組みしながら見下ろしていたのは、この競技会の主催者であり、地球連邦軍の最高責任者の1人、ジョン・コーウェン中将だった。

しかし、世紀の決戦の開幕を迎えたというのに、その厳格な顔付きは隠しきれない不機嫌さに満ちていた。

眉の間の深い皺が、彼の抱える政治的・軍事的な頭痛のタネの大きさを物語っている。

 

「おや、どうされましたコーウェン中将。いよいよ決勝リーグだというのに、随分と景気の悪いお顔をされている。何か腹の虫の居所でも悪いのですかな?」

 

その横から、どこか意地悪そうな笑みを浮かべて声をかけたのは、バイアリータークの主――クリフトフ・ハーツクライ艦長だった。

常にマイペースで一癖あるこの男は、上官である中将の前だというのに、まるで緊張感のない声音でその不機嫌さの理由を突きにいく。

コーウェン中将は、目の前の男が「大体の事情」を裏で把握した上で、あえて白々しく尋ねてきていることに気づいていた。

中将はハーツクライを鋭く睨みつけた後、諦めたように首を振って、深く、重いため息を一つ吐き出した。

 

「……知っているのだろう、ハーツクライ艦長。昨日、ルナツー教導隊のボカタ少佐から、ジャブロー直轄部隊のヴァルター大尉に対する正式な陳情が私の元へ提出されてな。」

 

中将の口から漏れ出たのは、昨日の予選Bグループ第三試合の裏で起きた、看過できない「スキャンダル」の存在だった。

 

「ええ、知っていますよ。何しろ私はルナツー教導隊の母艦の艦長をしておりますので、自分の部下たちがどんなに業腹な目に遭ったかくらいは、筒抜けでしてね。」

 

ハーツクライ艦長は肩をすくめ、白々しい態度を崩さないまま、どこか楽しげにさえ見える口調で応じた。

 

「まったく。飼い主であるゴップ議員に似て、つくづく食えない艦長だ。」

 

コーウェン中将は忌々しげに吐き捨て、視線を再び眼下の赤い大地へと戻した。

彼の不機嫌の理由は、単に一前線部隊から抗議があったという事実だけではない。

ジャブロー本部の歪んだ特権意識をそのまま体現したような、ヴァルター大尉の身勝手な振る舞いそのものに向けられていた。

 

「競技会の場で、ジオン系機体の出自を理由に味方のパイロットを公然と侮辱し、挙げ句の果てには前線で命を懸ける実戦部隊の存在そのものを否定する発言をするとは。ジャブロー直轄という肩書に胡座をかいた傲慢さにも程がある。大戦の悲惨を知らん温室育ちの内勤どもが、軍の威光をどれだけ失墜させているか分かっていないのだ。」

 

中将の愚痴とも言える辛辣な言葉を聞きながら、ハーツクライは顎に手を当て、意地悪そうな笑みを深めて尋ねた。

 

「それで、中将。最高責任者であるあなたは、結局その厄介な陳情に対してどう対応されたのです?」

 

「……今は競技会の真っ只中だ。ジャブローの最先端部隊が起こしたスキャンダルを表面化させ、軍上層部との摩擦をこれ以上荒げるような真似はしたくない。」

 

コーウェン中将は苦虫を噛み潰したような顔になり、忌々しげに言葉を絞り出した。

 

「だから……私個人が、ボカタ少佐に対して頭を下げて収めてもらった。恥ずべき妥協だが、今はこれしか手がなかったのだよ。」

 

軍の最高幹部の1人である中将が、一少佐に対して頭を下げざるを得なかったという冷徹な政治的現実。

ジャブローの理不尽な壁は、地上だけでなく、この虚空の監視者の上でも重くのしかかっていた。

 

「なるほど、そういうことですか。」

 

ハーツクライは深く納得したように頷いた。しかし、その直後、彼の口元は抑えきれない笑みによって歪み、意味深げにニヤニヤとした表情を浮かべ始めた。

遮光ガラスに映る艦長の顔は、何か極上の愉悦でも見つけたかのように酷く不気味だった。

 

「……何がおかしい、ハーツクライ艦長。最高責任者の苦悩がそんなに愉快か?」

 

コーウェン中将が眉を跳ね上げ、怒気を含んだ声で尋ねる。

ハーツクライはなおもニヤついたまま、淡々と言葉を返した。

 

「いえいえ。つまり中将、あなたはヴァルター大尉を表立って叱咤も、処分もしなかった。そういうことですね?」

 

「ああ、そうだ。言ったはずだ、こんな軍の威信を揺るがすスキャンダルを、今この場でおおぴっらに出来るわけがないだろうが。」

 

コーウェンが苦々しく吐き捨てたその瞬間、ハーツクライはついに堪えきれなくなったように、クツクツと肩を震わせて笑い出した。

その無礼極まる態度に、中将の顔が怒りで引きつる。

 

「ハーツクライ! なぜそこまで笑う! 私を愚弄しているのか!」

 

「おっと、失礼、失礼! これは大変申し訳ない、中将。どうかお怒りをお静めください。」

 

ハーツクライは手をひらひらと振って平謝りした。

だが、その瞳の奥にある狡猾な光は、微塵も消えてはいなかった。

彼はわざとらしくコホンと一つ咳払いを挟んで喉を鳴らすと、演習場のスタート位置についた緑のモビルスーツ――スライフレイルを見下ろしながら、確信に満ちた声でこう告げたのだ。

 

「――なら、ヴァルター大尉たちは、ここで負けますね。」

 

「……何だと?」

 

ハーツクライの、あまりにも自信満々で突拍子のない敗北宣言。

ジャブローの最新鋭技術と元ガンダムパイロットを揃えた絶対王者が、地方の実戦部隊に敗れるなどという不条理な予測に、コーウェン中将は怒りをも忘れて、ただ驚愕に目を見開くしかなかった。

 

「確かに、コジマ大隊第4小隊は東南アジア方面の精鋭部隊だ。現地のジオン残党を無駄に殺生せず、生かして拿捕するという高度な戦果を上げ、東南アジアの各地で起きた激戦を潜り抜けてきた男たちだ。その練度については私も高く評価している。」

 

コーウェン中将はハーツクライの自信に満ちた言葉を遮るように、現実的な軍事スペックの違いを冷徹に突きつけた。

 

「しかし、どれだけ練度が高かろうと、彼らは地方部隊なのだ。与えられている装備も、一年戦争時に生産された陸戦型ガンダムやジム・キャノンだ。対するチーム・シリウスは、ジャブロー本部の最新鋭技術が詰め込まれたジム・カスタムとジム・キャノンⅡ。マグネット・コーティングまで施されいる。一年戦争の機体で戦う、地方部隊が勝てるわけがないだろう。」

 

物量と技術の絶対的な差を説く中将に対し、ハーツクライ艦長は不敵な笑みを崩さず、まるで退屈な講義でも聞くかのように肩をすくめて見せた。

 

「地方出身の格下が、中央のエリートに勝てない……? そんなことはありませんよ、コーウェン中将。」

 

ハーツクライは遮光ガラスの向こうの赤い大地を見下ろしたまま、歌うような声音で言葉を紡ぐ。

 

「かつて、ハイセイコー、メイセイオペラ、イナリワン、そしてオグリキャップといった地方の競馬場で泥にまみれて育った馬たちが、中央の華やかなエリート馬たちに真っ向から挑み、歴史に名を刻んだ。……勝負事に絶対なんてものは存在しないのですよ。」

 

ハーツクライの口から飛び出した、軍事とはおよそかけ離れた突拍子もない例え話。

コーウェン中将はついに呆れたように額に手を当て、怒りを通り越して冷ややかな声を返した。

 

「ハーツクライ艦長。それは君が個人的に大好きな、競馬の話だろう。今、私が話しているのは、地球連邦軍の威信を懸けたMS競技会の話だ。」

 

政治的な冷徹さと、前線の戦術を見抜く不敵な洞察が、漆黒のバイアリータークの艦橋で静かに火花を散らしていた。

 

「違いませんよ。彼らには、過酷な環境から這い上がり、最後に最高の結果を出すために戦う『意志』があります。そこに競馬も競技会も、何の違いもありませんよ。……まあ、私なりのユーモアを交えた例え話ですがね。」

 

ハーツクライは飄々と言ってのけ、コンソールに肘をついた。

 

「はぁ……。君という男は、いつもそうだ。」

 

コーウェン中将は諦めたように深いため息を吐く。

この男のマイペースさに付き合っていては、いくら堪忍袋があっても足りない。

 

「中将。そこまで中央の最新鋭機に絶対の自信がおありなら……どうです、ここで一つ賭けをしませんか?」

 

「賭けだと?」

 

ハーツクライはニヤニヤとした不敵な笑みをさらに深め、己のすべてを賭金として差し出すように、冷徹な声で言い放った。

 

「ええ。もし私の見立てが外れ、あのコジマ大隊第4小隊が無様に負けるようなことがあれば、私はこのペガサス級バイアリータークの艦長の座を、今すぐ喜んで辞して見せましょう。」

 

その破天荒な提案に、コーウェン中将は驚きに目を見張った。

一介の地方部隊の勝敗に、殊勲艦の艦長という極めて重い軍歴と地位を賭けるという狂気。

しかし、だからこそ中将の軍人としての、そして政治家としての冷徹な好奇心が、その言葉に強く刺激された。

 

「……艦長の座を捨てる、か。よかろう、面白い。その大博打、私が乗ってやろう。」

 

コーウェン中将の口元に、初めて不敵な笑みが浮かぶ。

 

「では、もし君の言う通りに第4小隊が勝ち、ジャブローの最高傑作が泥をなめるような奇跡が起きた場合、私は勝者である君に何を対価として出せばいい?」

 

ハーツクライは待っていましたとばかりに、その細い目を怪しくギラリと輝かせた。

 

「そうですね。私が勝った暁には……私の『ワガママ』を、一つだけ何でも聞いていただきたい。」

 

「……よかろう。私の権限の及ぶ限り、君のワガママを一つだけ呑んでやる。約束しよう。」

 

コーウェン中将は力強く頷き、2人の間で極秘の密約が成立した。

だがその直後、コーウェンは眼下の演習場に再び視線を戻しかけて、ふと奇妙な違和感に捉えられた。

ハーツクライは今、殊勲艦の艦長という極めて重い自らの地位を賭け金として差し出したはずだ。

地方部隊が敗北すれば、この男は即座に失脚する。

それほどの破天荒な大博打を目の前で宣言されたというのに、ブリッジクルーの誰1人として、慌てふためいている者がいなかった。

 

(……どういうことだ?)

 

コーウェンは怪訝に思い、もう一度ブリッジ全体を鋭い眼光で見渡した。

しかし、そこにいたクルーたちは動揺するどころか、平然といつもの職務を淡々とこなす者、上官の無茶振りに「またか」と言わんばかりにクスクスと笑いを殺す者、あるいは諦めたように頭を抱える者しかいなかった。

この艦の乗組員全員が、ハーツクライという男の狂言回しと、それを裏付ける「ある絶対の確信」をとうに共有している――その異様な空気を察知したコーウェンが背筋に冷や汗を覚えた、その時だった。

 

――ビーーーー、ビーーーー。

 

スタジアム全体、そしてバイアリータークの艦橋に、決勝リーグ準決勝の「開始5分前」を告げる長大な予報合図が鳴り響いた。

地上の赤い大地で、2つの信念のモビルスーツ群が最終起動のハミングを上げ始める。大博打の針が、ついに動き出そうとしていた。

 

 

 

チーム・シリウスの隊長、ヴァルター・フォン・アイゼンハルト大尉の高圧的な声が、部隊専用の通信回線に響く。

 

「全機、最終確認だ。システムのエラーログは吐き出していないな?」

 

 

ジム・カスタムのコックピットで、彼は不機嫌そうに戦術マップを睨みつけていた。

 

「こちらオペレーターのノエルです。ヴァルター大尉、全機システムオールグリーン。駆動系、火器管制、ともに異常ありません。」

 

ホバートラックのコンソールからノエル・アンダソーンが的確に報告を入れる。

 

「ふん……。」

 

ヴァルターは無愛想に鼻を鳴らすと、モニターに表示された対戦相手――コジマ大隊第4小隊の登録データを指先で忌々しげに叩いた。

 

「決勝リーグの初戦だというのに、拍子抜けもいいところだな。相手がジオン残党の『水天の涙作戦』を完璧に阻止してみせた特別枠のファントム・スイープ隊でもなく、あの『ガンダム・ピクシー』を保有している北米代表のウィッチハント隊でもない。よりによって、陸戦型ガンダムの改修機なんかをご大層に乗り回している、東南アジアの地方部隊とはな。我々ジャブロー最先端の引き立て役にするにしても、いささか役不足が過ぎる。」

 

「大尉、相手を甘く見ない方がいい。」

 

ヴァルターの傲慢な蔑みに対し、ジム・キャノンⅡのコックピットからエイガー中尉が低く重みのある声で遮った。

 

「あのコジマ大隊第4小隊の隊長、ソウヤ・タカバ中尉は……大戦末期、俺と一緒にキャリフォルニア・ベースの奪還作戦を戦い抜いて生還した本物の戦士だ。前線の実戦経験を嘗めてかかると、痛い目を見るぞ。」

 

「ハハハ! 痛い目だと? エイガー中尉、冗談が過ぎるぞ。」

 

ヴァルターはスピーカー越しに冷酷な嘲笑を浴びせた。

 

「ガンダムの出来損ないの余剰パーツを集めただけの陸戦型ガンダムと、その現地改修機。そして我がジム・キャノンⅡの前身に過ぎない、ジム・キャノン。カタログスペックの次元が違いすぎる。マグネット・コーティングの反応速度と、チョバム・アーマーの堅牢さを備えた我々に、一体どうやって傷を付けるというのだね? 負ける要素など、どこをどう探しても見当たらんが?」

 

そこまで一気に捲し立てた後、ヴァルターはふと、コンソールに映る緑の機体――スライフレイルの機体データに視線を留めた。

細い目をさらに細め、エイガーへ問いかける。

 

「……だが、君が一年戦争の戦場でそのソウヤとかいう男を直に見ているなら、一つ参考までに聞いておこう。その男、一体どんな戦い方をするのかね?」

 

エイガーは通信の向こうで、少しの間、沈黙した。

かつてのキャリフォルニア・ベースの、燃え盛る激戦の記憶を手繰り寄せるようにして、静かに言葉を紡ぐ。

 

「……あいつは一年戦争の時、量産型ガンキャノンに乗っていた。正確無比な砲撃で、常に俺の背中を、味方を完璧に支援し続ける大砲屋さ。」

 

「……何だと?」

 

エイガーの返答を聞いた瞬間、ヴァルターは驚愕のあまり言葉を失った。

事前データにあるソウヤの現在の戦闘スタイルは、陸戦型ガンダムの改修機であるスライフレイルの変則的な三節棍を操る、完全なる「近接格闘特化」の戦い方だ。

 

「一年戦争時は……真逆の量産型ガンキャノンで、正確な砲撃支援をしていただと? 接近戦の猪武者が、かつては後方の支援機乗りだったというのか……!?」

 

あまりの戦術思想のギャップに、ヴァルターの完璧な論理的思考に微かなノイズが走る。

彼は声を尖らせて確認を求めた。

 

「エイガー中尉、私を混乱させるための出鱈目を言っているわけではないだろうな?」

 

「ああ、本当だ。」

 

「……フン、君は職務に忠実な軍人だ。そんな質の悪い嘘を吐く男ではないことは知っているが……。」

 

遠距離支援のスペシャリストが、戦後に近接白兵のスペシャリストへと生まれ変わる。

その不気味な変貌の裏にある理由が、ヴァルターにはどうしても理解できなかった。

だが、それゆえに、彼の中の傲慢な特権意識がさらに黒く燃え上がる。

 

(戦い方を変えたところで、所詮は田舎部隊だ。この私が完璧に叩き潰してやる……!)

 

ジム・カスタムの操縦桿をきつく握り締めるヴァルター。

試合開始まで、あとわずか。

チーム・シリウスの陣営に、不気味な静寂と嵐の予感が満ち始めていた。

 

(……待てよ。あの男、予選2日目のホワイト・ディンゴ隊との試合の時、どう動いていた?)

 

ヴァルターはコンソールの戦術モニターを見つめたまま、ふと脳裏をよぎった不快な残像に眉をひそめた。

ソウヤの駆るスライフレイルは、コロニー残骸が幾重にも突き刺さる複雑極まる不整地を舞台に、とんでもない荒業をやってのけていた。

モビルスーツの強靭な脚部によるジャンプと背部スラスターの噴射を完璧に同調させた連続跳躍。

そして、次々と飛び移る不安定なコロニー残骸の外壁から、瞬時に安全な着地場所を見極める恐るべき状況判断力。

さらには、着地した瞬間に機体に生じる凄まじい荷重と衝撃を殺し、次の跳躍へと繋げる極限の姿勢制御。

それらすべてが狂いなく噛み合わなければ、コロニー残骸が崩落するかバランスを崩して墜落するだけの、技術的にも狂気の沙汰としか思えない三次元機動だった。

 

(再びあれをやられ、頭上の高所を制圧されるようなことがあれば、地形的に射線を遮られて厄介なことになるな……。いや、それ以上に――)

 

ヴァルターの歪んだプライドが、激しい拒絶反応を起こした。

ガンダムの余り物で組んだ旧式な陸戦型ガンダムの現地改修機ごときに、そんな難度の高いアクロバティック機動を見せつけられてみろ。

ましてや、それを観客やメディア、そして軍上層部の前でまたもや成功させられでもしたら、最新鋭の駆動系とマグネット・コーティングを誇る自分たちチーム・シリウスの、ひいてはジャブローの沽券に関わる。

 

「……ハッ、旧式機にあのような芸当ができて、この最新鋭のジム・カスタムと私の操縦技術にできないわけがない。奴がまた残骸の上を跳び跳ねるむつもりなら、上等だ。同じ機動、いや、それ以上の超反応レスポンスによる跳躍移動で頭上から完璧に見下ろし、技術の世代交代という現実を骨の髄まで思い知らせてやる。」

 

ヴァルターは傲慢に口元を歪め、フットペダルに置いたつま先に微かに力を込めた。

 

「エイガー中尉、マッケンジー中尉。私は奴らのスライフレイルが、あのコロニー残骸の上から仕掛けてくるであろう三次元の奇襲をあらかじめ防ぐ。そのために、私自らがジム・カスタムを駆ってコロニー残骸の頂の上を移動する。」

 

ヴァルターが冷徹に告げた独断の戦術に、ジム・カスタムのコックピットからクリスがすぐさま焦燥の混じった声を上げた。

 

「大尉、それはあまりに危険です! コロニー残骸の上は平坦ではありません。いくらマグネット・コーティングが施されていても、機体がバランスを崩して高所から滑落する危険があります! それに、あの残骸自体がモビルスーツの重量に耐えきれず、足元から崩落するかもしれないのです。せめて平地での集団運用を……!」

 

「黙れ、マッケンジー中尉!」

 

クリスの至極真っ当な具申に対し、ヴァルターは通信回線を震わせるほどの怒声を叩きつけた。

自身のプライドを傷つけられたエリートの目が、コックピットの暗がりのなかで不快げに細められる。

 

「私の操縦技術と、このジム・カスタムの最先端の性能があれば、残骸の足場制御など容易にこなしてみせる! 我々はジャブローの、最新鋭技術の優位性を示すためにここに立っているのだ。それを忘れたか? ……それともマッケンジー中尉、君は私の操縦技術を疑うとでも言うのかね!?」

 

高圧的な恫喝の前に、クリスは悲しげに唇を噛み締め、それ以上言葉を続けることができずに沈黙した。

重苦しい沈黙がシリウスの回線を満たしたその時、ジム・キャノンⅡの座席からエイガーが深く、重いため息を吐き出して割って入った。

 

「……隊長はあなただ、大尉。俺たちはあんたの指示に従うさ。」

 

エイガーの声には、諦念と、それ以上の冷ややかな警告が混ざり合っていた。

 

「だが、隊長。戦場じゃ、自分の判断で起きた結果は絶対に自分自身で受け止めることになる。それだけは忘れないでくれ。」

 

「当然だ! 私の辞書に敗北の文字などない!」

 

ヴァルターは傲慢に言い放ち、スロットルレバーを強く握り直した。

 

――10、9、8……。

 

スタジアムの巨大なデジタルカウンターが、秒読みを始める。

コックピット内の操縦席に強烈な緊張感が走り、ノエルが息を呑む音が通信の片隅でかすかに響いた。

 

――3、2、1、0。ガオォォォォン!!!

 

トリントン基地演習場の全域に、トーナメント準決勝の開幕を告げる地鳴りのような咆哮ブザーが炸裂した。

 

「ジャブローの真価を見せてやる! 前線パイロットにテストパイロットの操縦技術の高さを教えてやる!」

 

ヴァルターの怒声とともに、チーム・シリウスが同時に駆動音を爆発させた。

マグネット・コーティングで摩擦を失ったジム・カスタムの四肢が滑らかに赤い大地を蹴り、最新鋭の白い先駆者たちが、砂塵を巻き上げて一斉に突撃を開始した。

 

――ゴォォォォッ!

 

メインスラスターの爆発的な光を赤い大地へ叩きつけ、ヴァルターのジム・カスタムが宙へと跳ね上がった。

地に深く突き刺さる巨大なコロニーの残骸。

その傾斜した金属の壁面へ向けて、ヴァルターは機体を強引に急上昇させる。

 

(……足場は……あそこか!)

 

視界をよぎる無数の尖った鉄骨と、崩落しかけた外壁の破片。

そのなかから、ヴァルターの眼光が瞬時に『安全に着地できそうな足場』を一点だけ見つけ出した。

 

ドンッ!

 

関節駆動をきしませてジム・カスタムが鉄錆の平地に足をつく。

しかし、重量による残骸の崩落が始まるよりも早く、ヴァルターは即座にフットペダルを踏み込み、次に移動すべき残骸のブロックへ向けて再びスラスターを激しく明滅させた。

 

(チッ……なんて難度の高い曲芸飛行だ。スラスターの細かなレスポンスに、機体の完璧な姿勢制御……少しでもレバーの入力を誤れば、そのまま地面へ滑落しかねん!)

 

実際にその三次元機動の領域へ足を踏み入れたからこそ、ヴァルターは身を以てその異様な難しさを痛感していた。四方からかかる理不尽な重力と慣性。

だが、彼の歪んだ特権意識が、その恐怖を強引に跳ね除ける。

 

(だが、ガンダムの余り物で組んだ旧式の陸戦型ガンダムごときにできたのだ。この私が、マグネット・コーティングを施された最新鋭機でこなせないわけがないだろう!)

 

ヴァルターは操縦桿にしがみつくようにして、必死にレバーとペダルを操作し、次から次へとコロニー残骸の上を渡り歩いていった。

限界の操作に神経をすり減らしながらも、彼はメインモニターの視線を鋭く走らせ、全周囲の索敵を怠らない。

しかし、不思議なことに、目指す残骸の頂の周辺に、あの緑の機影――スライフレイルの姿はどこにもなかった。

 

(……フン、同じように残骸の上を移動してはいないようだな。ただの取り越し苦労だったか?)

 

ヴァルターは内心で鼻で笑った。だが、索敵の手応えのなさは、すぐに極上の優越感へとすり替わる。

 

(まあいい。奴がどこを這い回っていようと、この私がコロニー残骸の上を押さえたのだ。これで地形の利はこちらにある。頭上から一方的に射撃を浴びせ、いたぶってやれば済む話だ。)

 

最新鋭機のスペックを限界まで絞り出し、ついに残骸の尾根を滑走し始めたその時、ヴァルターのコンソールに2つの熱源反応がクローズアップされた。

眼下の平原を移動している2機のモビルスーツ。

コジマ大隊第4小隊所属、テリー・サンダースJr.軍曹の「陸戦型ガンダム」と、ジョシュア・ウィルソン軍曹の「ジム・キャノン」だ。

だが、そこに隊長機であるはずのスライフレイルの姿だけが見当たらない。

 

(スライフレイルの姿がないだと?……ふん、得意の物陰に潜伏してからの不意打ちでも狙っているつもりか。ワンパターンだな!)

 

ヴァルターは敵の戦術思想を完全に読み切ったと確信し、即座に随伴する支援車両へと通信を入れた。

 

「ノエル、状況報告を! こちらはこれより、コロニー残骸の上から眼下の2機に向けて接敵を開始する! スライフレイルの奇襲警戒は任せたぞ!」

 

「ヴァルター大尉、了解しました。 トラックのソナー、最大広域を探知開始します。」

 

「よし……! ジャブローの、本物のテストパイロットの実力、その身に刻め!」

 

ヴァルターのジム・カスタムが、コロニーの残骸の頂を滑るようにして、平原を行く2機への最短ルートを突き進む。

眼下に見えるのは、一年戦争の旧式機ばかり。

東南アジアの泥臭い前線兵どもに、最新鋭の絶対的な性能差と、自らの圧倒的な操縦技術を思い知らせてやる――。その極限の特権意識と歪んだプライドが、ヴァルターの胸の内で暗く、しかし猛烈な高揚感となって燃え上がっていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ハーツクライ艦長がまた、悪巧みをしてますね。
本当にハーツクライ艦長を書いている時は本当に楽しいです。
ちなみに、ハーツクライ艦長のワガママは察しのいい人なら、何を願うかは分かると思います。
では、次の話も楽しみにしてください。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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