機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第115話 レガシーを受け継ぐ者【3】

赤い大地を這うように進軍していた2機のモビルスーツ。

その頭上、地に突き刺さる巨大なコロニー残骸の頂から、滑らかにこちらへと急接近してくる機影を、彼らの光学センサーは確かに捉えていた。

 

「……本当に、あの整備班長と隊長の読み通りに、コロニーの上を陣取ってますね、サンダースさん。」

 

ジム・キャノンのコックピットで、ジョシュアが呆れたような、しかし同時に不敵な笑みを噛み殺したような声で通信を入れた。

ジャブローの最新鋭機を駆るヴァルター大尉は、戦術的な優位とプライドの誇示を最優先するあまり、第4小隊が仕掛けた見えないレールの上を、驚くほど正確にトレースしていたのだ。

 

「ああ、本当にあの難度の機動をやってのけるとはな……。」

 

サンダースは陸戦型ガンダムの操縦桿を握り直し、重厚な声を返した。

ヴァルターの傲慢さは、あの過酷な不整地を踏破してみせるだけの、確かな最新鋭のスペックと技術に支えられている。

だからこそ、そのプライドは最高の『撒き餌』になった。

サンダースは即座に、後方に潜むホバートラックの指揮席へ向けて回線を繋いだ。

 

「エミリア、サンダースだ。予定通り、コロニー残骸上のジム・カスタムを確認。これより作戦通り、目標が『目標ライン』に到達するまで、誘導を開始する。」

 

「作戦開始ですね。――了解しました、サンダース軍曹。」

 

ホバートラックの車内で、エミリアが緊張に声を震わせながらも、オペレーターとしての的確な指先で索敵マップのデータを更新した。

 

「ノア、トラックの走行出力を微調整。サンダース軍曹たちの軌道に合わせて、シリウスのオペレーターにこちらの動きを悟られないようにしながら、チーム・シリウスの全機体の位置把握を行うわ。ターゲットが目標ラインに到達するまで、なんとしても誤魔化すわよ。」

 

「了解、お安い御用だ!」

 

ジョシュアのジム・キャノンが、その巨躯をきしませながら右肩のロケット・キャノン砲を激しく爆発させた。

 

――ズドォン!!!

 

放たれた演習用実弾が、コロニー残骸のジム・カスタムへと一直線に突き進む。

しかし、急峻な鉄骨の隙間を縫うようにして、頭上のターゲットを真下から仰ぎ見る形での砲撃だ。

ただでさえ不安定な不整地の上、射線が制限された状態での狙撃は、いかにジョシュアの腕が立とうとも狂いが生じざるを得ない。

ペイント弾頭はヴァルターのジム・カスタムの数メートル手前でコロニーの外壁に激突し、鮮やかな模擬染料の飛沫を弾けさせるに留まった。

 

「チッ……! 流石にキャノン砲で、あの角度と場所を正確に狙い撃つのは骨が折れるな!」

 

コックピットの中で、ジョシュアが照準器のレティクルを苛立たしげに叩きながらボヤく。

その砲撃の爆煙を切り裂くようにして、ヴァルターのジム・カスタムが滑らかに動き出した。

マグネット・コーティングによって摩擦を無くした駆動系が、高所からの滑落の危険を力ずくでねじ伏せ、頭上から一気に仕掛けんと、その四肢を躍動させる。

 

「ジョシュア、慌てるな! 目標のジム・カスタムが『目標ライン』に到達するまで、ここが踏ん張りどころだ。徹底的に時間稼ぎをするぞ!」

 

サンダースの鋭い怒声とともに、地上の2機は猛烈な迎撃体制へと移行した。

サンダースの陸戦型ガンダムがビーム・ライフルから演習用の減衰フラッシュビームを断続的に放ち、網の目のように射線を編み上げる。

それと呼吸を合わせるように、ジョシュアのジム・キャノンも再び肩のキャノン砲を爆えさせ、右腕の100mmマシンガンを文字通り狂ったように乱射し始めた。

 

――ドゴォン! ガガガガガガッ! ズバァン!

 

平原から頭上へ向けて放たれる、苛烈な弾幕の嵐。

しかし、その必死な抵抗の光景こそが、コロニー残骸の上を滑走するヴァルターの歪んだエリート意識を、これ以上ないほどに満たしていた。

メインモニターに映し出される、旧式機たちの不格好な乱射。

それは彼にとって、最新鋭機の圧倒的な威容と、自らの完璧な操縦技術の前に追い詰められた地方部隊の「断末魔の足掻き」にしか見えなかった。

 

「ハハハハ! 素晴らしいな、東南アジアの荒くれども! どれだけ撃とうが、この最新鋭のジム・カスタムの反応速度には掠りもしないのが分からないのか! 必死に泥をすすりながら、頭上の私を見上げて怯えるがいい!」

 

ヴァルターは至高の愉悦感に浸りながら、完全に勝利を確信して操縦桿を握り締めていた。

 

「愚鈍な骨董品どもが、頭上からの洗礼を受けろ!」

 

ヴァルターは高笑いしながら、ジム・カスタムのフットペダルを鮮やかに踏み分けた。

マグネット・コーティングによって物理限界まで摩擦を無くした四肢が、崩落寸前のコロニー残骸の斜面を驚異的なバランス感覚で滑走する。

彼はけっして地上へ降りようとはせず、高所の絶対的な優位を維持したまま、絶妙な足取りで残骸の上を渡り歩き続けた。

 

――ガガァン! ガガァン! ガガァン!

 

高所の尾根を走りながら、ヴァルターはジム・ライフルから単発射撃モードによる冷酷なペイント弾の追撃を地上の2機へ向けて叩き込んだ。

真上から急角度で降り注ぐ90mm弾の嵐は、サンダースの陸戦型ガンダムが掲げるショートシールドを激しく叩き、ジョシュアのジム・キャノンの足元の赤い大地を鋭く穿つ。

 

「どうした精鋭部隊! 私に触れることすらできんか! 貴様らが謳う『実戦経験』など、ジム・カスタムと私の技量の前には何の役にも立たんのだよ!」

 

ヴァルターは残骸の上を自在に跳ね回り、時に鉄骨の影に身を隠し、時に一瞬だけ姿を現しては、地上の2機の迎撃をあざ笑うように躱していく。頭上から一方的に獲物をなぶり殺しにできるこのポジション。

必死に防戦一方に追い込まれている地上の陸戦型ガンダムとジム・キャノンの不格好な姿。

それらすべてが、ヴァルターの歪んだエリート意識をこれ以上ないほど満たし、彼を極上の狂気的な愉悦へと浸らせていた。

 

――ガガガガガガッ! ズドォン!

 

頭上から急角度で降り注ぐペイント弾の雨が、地上の2機を容赦なく打ち据える。

サンダースの陸戦型ガンダムは、重厚なシールドを斜めに掲げて激しい衝撃を物理的に受け止め、ジョシュアのジム・キャノンもまた、激しく弾ける砂塵と染料の飛沫の中を、巨躯を震わせながら必死にバックステップで駆け抜けていた。

 

「くっ……相変わらず、嫌らしい位置から的確にバラ撒いてきやがる……!」

 

ジョシュアがコックピットの中で激しいGに耐えながら、マシンガンを上空へ撃ち返して牽制の弾幕を張る。

もちろん、本気で当てにいくつもりはない。自分たちが無様に翻弄され、必死に抵抗しているという「絵面」をヴァルターに見せつけ、奴を高所の尾根沿いに引きずり回すための演技だ。

 

「ジョシュア、足を止めるな! 敵の動きは隊長が考えたシミュレーションと完全に同調している。このまま奴を誘い込むぞ!」

 

サンダースはメインモニターの一角に表示された、ホバートラックから転送されてくるリアルタイムの座標データを見据えた。

 

(……あともう少しだ。あともう少しで、ジム・カスタムは完全に『射程』へ入る……!)

 

モニターにペイント弾の衝撃ログが刻まれるたび、サンダースは奥歯を噛み締め、操縦桿を握る手に血がにじむほどの力を込めた。

 

――ガガガガァン!!!

 

頭上から急角度で放たれたヴァルターの冷酷な斉射。

その一発が、ジョシュアのジム・キャノンの右膝関節駆動部へと吸い込まれた。

演習用のペイント弾が激しく弾け、鮮やかな模擬染料が関節の隙間を埋め尽くす。

 

『――ピピピピピピィィィ!!!』

 

無慈悲なシステム警告音がコックピットに鳴り響き、モニターの端に『右膝関節駆動部大破。物理ロック作動。機動不能判定』の赤い警告灯が明滅した。

右脚のアクチュエーター圧がぷつりと抜け、ジム・キャノンはその場に激しくのめり込む。

 

「くっそ、ここまでか……! サンダースさん、右膝をやられました! ロックがかかって、ここから動けません!」

 

ジョシュアは激しいGに耐えながら、すぐに通信を入れた。

それを見たサンダースの陸戦型ガンダムが、すかさず愛機の巨躯を翻し、動けなくなった戦友を庇うようにしてシールドを掲げて援護に入ろうとする。

 

「ジョシュ、今そっちへ行く!」

 

「待ってください、サンダースさん! そのまま先へ行ってください!」

 

ジョシュアは操縦桿を強く握り締め、援護しようとしたサンダースを厳しい声で制止した。

 

「ここであなたまで足を止めたら、隊長の作戦が水の泡だ! 俺がここでこれ以上ない『囮』になって、あのプライドの塊の視線を全部引きつけておきます! だから……先を急いでください!」

 

「……ッ、すまん! ジョシュ、頼むぞ!」

 

サンダースは一瞬だけ躊躇したものの、第4小隊の作戦を完全達成するために渋々了解し、溢れんばかりの怒りとスラスター噴射を赤い大地へ叩きつけ、ターゲットを引き付けるために先を急いだ。

ジョシュアはサンダースの陸戦型ガンダムが自分から十分に離れ、移動したことをモニターで確認した。

 

「よし……ジャブローのエリートさん、俺の最後の悪あがき、じっくり味わっていきな!」

 

ジョシュアは不敵に笑うと、ジム・キャノンの左胸に現地増設してあるスモークディスチャージャーの点火トリガーを引き絞った。

 

シュババババッ!

 

乾いた破裂音とともに、濃厚な白煙が瞬時に機体の周囲へと一播きされ、赤い平原の上に巨大な煙幕の繭を展開していく。

残骸の上からそれを見下ろしていたヴァルターのジム・カスタムは、その白煙を冷徹に見下ろしていた。

 

「ふん、視界を遮って時間を稼ぐつもりか。追い詰められた実戦部隊の、実に哀れで苦し紛れの悪あがきだな。」

 

ヴァルターが冷酷な嘲笑を浮かべた、その刹那だった。

 

「これでも喰らいやがれェッ!!」

 

ジョシュアはコックピットの中で火器管制システムをフルアクティブへと切り替えた。

頭部バルカン砲、肩のロケット・キャノン砲、そして右手の100mmマシンガン――搭載された全兵装を、煙幕のなかから上空へ向けて手当たり次第に斉射したのだ。

 

――ドゴォン! バババババババッ! ガガガガガガッ!

 

真っ白な白煙を突き破り、猛烈な弾幕の嵐と強烈なマズルフラッシュの残光がヴァルターのジム・カスタムへと殺到する。

 

「無駄だと言っているのが分からんのか! 狙いすら定まっていない乱射など、この私に当たるはずがない!」

 

ヴァルターはマグネット・コーティングの超反応でジム・カスタムを軽やかにステップさせ、弾幕を嘲笑うように回避した。

そして、煙幕のなかで激しく明滅するマズルフラッシュの閃光の位置から、ジム・キャノンの正確な現在座標を瞬時に割り出す。

 

「そこだな、骨董品が!」

 

ヴァルターはジム・ライフルを滑らかに据え、人差し指で冷酷に引き金を引いた。

 

――ガガガガアン!!!

 

煙幕を切り裂いて放たれた90mmペイント弾の鋭い弾道が、ジム・キャノンの左胸部へと正確に命中。

コックピット内に再びダメージ判定を警告する強烈なフラッシュバーストが爆発した。

 

ドォン!

 

大きな衝撃ログが走り、ジョシュアは操縦席に叩きつけられる。

しかし、彼はその命中した瞬間、自機の装甲センサーが感知した衝撃ベクトルのログから、霧の向こうにいるジム・カスタムの大体の位置を逆算して特定した。

 

「位置は、そこかァッ!!」

 

ジョシュアは左手に持った標準シールドを真っ直ぐ正面に構え、自らの盾を信じてその特定した方角へ向けて再び残弾のすべてを一斉射した。

だが、悲しいかな、その盲滅法の弾道はマグネット・コーティングの超反応で位置をすでに変えていたヴァルターのジム・カスタムを捉えることはなく、ただ虚空の残骸を穿つだけに終わった。

 

「終わりだ、荒くれ者!」

 

ヴァルターは残骸の上を滑走しながら、ジム・ライフルを無慈悲に連射した。

濃密なペイント弾の雨が煙幕のなかで立ち往生していたジム・キャノンの五体を完全に捉え、機体の装甲センサーを真っ赤に染め上げる。

 

『――ピピピピピピピィィィ!!!』

 

『腹部ジェネレーター直撃。機能停止判定(ロスト)。行動不能』

 

システムが完全にロックされ、ジム・キャノンの全出力がぷつりと切れた。

ジョシュアのメインモニターが完全に暗転し、煙幕のなかでジム・キャノンは静かに赤い大地へと倒れ伏した。

 

「はぁ、はぁ……。すみません、隊長、サンダースさん。あとは……頼み、ます……。」

 

ジョシュアは悔しげに息を吐き出しながら、機能を失った操縦桿からそっと手を離した。

 

「フハハハ! 残りは2機か!」

 

煙幕が風に流され、無様に沈黙したジム・キャノンを見下ろしながら、ヴァルターはコックピットの中で激しい歓喜と愉悦の声を上げた。

 

 

 

ヴァルターは眼下の赤い平原を必死に疾走するサンダースの陸戦型ガンダムをモニターに捉えた。

その先にあるのは、ひときわ巨大な大型コロニーの残骸だ。

陸戦型ガンダムはその割れ目に向けて、滑り込むようにして侵入しようとしていた。

 

「籠城のつもりか、結局は旧式らしく遮蔽物に縋るしか道はないというわけだ。」

 

ヴァルターが冷酷に鼻で笑ったその瞬間、コックピットの戦術レーダーの端に、味方のシグナルが2つ点滅した。

後方から進軍を続けていた、クリスのジム・カスタムとエイガーのジム・キャノンⅡが、ついに前線エリアへと到達したのだ。

 

「エイガー中尉、マッケンジー中尉。ちょうどいいところに来た。こちらはすでに敵の支援機を1機、完璧に仕留めた。残る前衛の陸戦型ガンダムは、目の前の中央大型コロニー残骸へと逃げ込み、籠城を決め込もうとしている。三方から包囲し、一気に追い込むぞ。」

 

「大尉、すでに1機を……! 了解しました、これより包囲陣形へと移行します。」

 

「了解だ。キャノン砲で穴ぐらごと吹き飛ばしてやるさ。」

 

クリスとエイガーの了解の通信が回線を走る。

チーム・シリウスの無敗の包囲網が、完璧な形でサンダースの陸戦型ガンダムへ向けて狭まろうとした――その刹那だった。

後方から進軍を続けていたクリスのジム・カスタムの位置情報が、エミリアのホバートラックのコンソールで、事前に設定された座標データと完全に重なり合った。

 

「隊長! 目標、クリスチーナ・マッケンジー中尉のジム・カスタムが目標ラインに到達!『射程』に完全に入りました! ――今です、撃ってください!」

 

エミリアの緊迫した、しかし確信に満ちた号令が、コロニー残骸に潜む緑の狩人へと飛んだ。

 

ドビューーーーンッ!!!

 

突如として、オーストラリアの烈日すらも掻き消すような、まばゆい『赤い閃光』がコロニーの残骸から撃ち出された。

超高出力で放たれた演習用ビームの奔流。

それは最新鋭機の反応速度や、マグネット・コーティングの追従性などという物理的な次元を遥かに超越した、文字通りの絶速の弾道だった。

 

「――えっ!?」

 

包囲陣形へと移行しようとしていたクリスのジム・カスタム。

マグネット・コーティングのレスポンスすら意味を成さぬまま、赤い閃光は彼女のジム・カスタムの腹部へと寸分の狂いなく突き刺さった。

 

ドォン!!!

 

凄まじいビームのフラッシュバーストがクリスのモニターを盲目にするほど激しく点滅する。

 

『ピピピピピピピピィィィ!!!』

 

『腹部メインジェネレーター直撃。大破判定。行動不能』

 

クリスのコックピット内のシステムが瞬時にロックを起動し、全モニターが一瞬にして暗転した。

あまりにも一瞬、あまりにも一方的な狙撃。

 

「クリス!? ば、馬鹿な、どこから撃たれたんだ!?」

 

「な……に……っ!? マッケンジー中尉が、一撃で落とされただと……っ!?」

 

あまりに突然の出来事に、エイガーが驚愕の声を上げ、残骸の上のヴァルターもまた、信じられないものを見たかのように目を見開いて絶句した。

無敗のテストパイロットチームの誇りが、戦場の歪みが、一瞬にして凍りつく。

硝煙と赤い染料が舞い散るコロニー残骸の巨大な亀裂から、重厚な金属音を響かせて、ゆっくりとその姿を現す『緑色の機影』があった。

東南アジア方面代表、コジマ大隊第4小隊のエース。

現地のジオン残党と東南アジア方面軍から畏怖と敬意を込めてそう呼ばれる、「殺さずの狩人」――ソウヤ・タカバ中尉の「スライフレイル」である。

しかし、その緑のガンダムが携えているのは、いつも装備しているビーム・ライフルでもなければ、変則的なロング・ビーム・ジャベリンでもなかった。

それは、本来ならジム・スナイパーⅡのような遠距離特化機が運用するはずの、長距離兵器――『ロングレンジ・ビーム・ライフル』だった。

 

「クリス!? 嘘だろ、一撃で……っ!」

 

クリス機の無残なロストシグナルを前に、エイガー中尉は戦慄の声を上げた。

百戦錬磨の直感が、ここにいては次の一撃で自分も消されると強烈な警鐘を鳴らす。

エイガーは慌てて操縦桿を押し込み、機体を近くの遮蔽物へと滑り込ませようとした。

 

――だが、あまりにも遅い。

 

その全身を覆う分厚いチョバム・アーマー。

それこそが昨日の試合でヒタチを打ち破った最大の武器であり、そして今、平地を駆けるジム・キャノンⅡの地上の機動性を「鈍足」という名の致命的な呪縛へと変えていた。

スライフレイルのコックピットでは、ソウヤの網膜へリアルタイムの射撃修正データが弾幕のように流れ込んでいた。

 

「ソウヤ隊長、ジム・キャノンⅡの予想移動ベクトルを受信! 大気密度と陽炎の屈折率を計算した最終偏差データをリンクします! ――照合完了、いつでもいけます!」

 

「助かる、エミリア!」

 

随伴するホバートラックの内部から、エミリアが極上の「観測手」としてソウヤを完璧に補佐する。

その完全なデータリンクが、逃げ惑うエイガーの重装甲を完璧にレティクルの中心へと縫い付けた。

ソウヤはロングレンジ・ビーム・ライフルのトリガーを引き絞った。

 

ドビューーーーンッ!!!

 

再びオーストラリアの赤い大地を、赤い光条が貫く。

放たれた高出力ビームは、遮蔽物へたどり着く手前だったエイガーのジム・キャノンⅡの正面装甲へ、吸い込まれるようにして直撃した。

 

「直撃だと……!? だが、甘い! このジム・キャノンⅡのチョバム・アーマーは、生半可な攻撃じゃ傷一つ――」

 

エイガーのコックピットに凄まじいフラッシュバーストが吹き荒れる。

だが、彼は自慢の複合装甲が耐え切ると確信していた。

しかし、その直後。コンソールのインジケーターに、異常な速度で『装甲融解ログ』が次々と赤文字で表示され始めた。

 

「な……に……? ダメージレートが、止まらない……!? チョバム・アーマーが次々と融解、消失している判定だと……っ!?」

 

バチバチと閃光を散らすメインモニターの向こう。

エイガーは、正面から突き刺さる赤い閃光が「一瞬の単発」ではないことを目撃し、その恐るべき攻撃の正体を瞬時に理解した。

ソウヤは、引き金を引きっぱなしにしている。

ロングレンジ・ビーム・ライフルから放たれた超高出力の熱量を、回避運動すら取れない鈍重な自機へ向けて、寸分の狂いなく『照射』し続けているのだ。

いかに最新鋭の積層構造を持たせた複合装甲であろうとも、戦艦並みのメガ粒子砲の熱量を浴びせ続けられて耐えられるはずがなかった。

チョバム・アーマーの防御許容量が一瞬で限界を迎え、物理ログが装甲の「完全貫通」を告げる。

 

『――ピピピピピピピピィィィ!!!』

 

『胸部コックピットフレーム大破。ジェネレーター沈黙。機能停止』

 

「見事、だな……。ここまでのパイロットに、育っていやがったか……。」 

 

エイガーは機能を失った操縦桿からそっと手を離し、暗転したモニターのなかで、かつてキャリフォルニア・ベースで共に戦った戦友の、恐るべき成長への感嘆の笑みを漏らした。

ジム・キャノンⅡの巨躯が、赤い大地へとゆっくりと倒れ伏す。

 

「……う、嘘だ……」

 

コロニー残骸の頂の上で、ヴァルターは完全に呆然と立ち尽くしていた。

ほんの数十秒前まで、自分たちはジョシュアを仕留め、完全な数的不利で相手を追い詰めていたはずだった。

勝利の愉悦の絶頂にいたはずだった。

それなのに――たった2回の閃光で、自慢の元ガンダムパイロットたちの最新鋭機が、一瞬にして2機とも撃破判定にされ、完全に戦況をまくられたのだ。

 

「そんな、有り得ん……! 我々はジャブローのテストパイロットチームなんだぞ!? 地方の荒くれどもに、この私が、一瞬で逆転されるなど……あってたまるかァッ!!」

 

完璧だったはずのヴァルターの論理が、エリートとしてのプライドが、目の前の理不尽な現実の前に音を立てて崩壊し始めていた。

 

 

 

ソウヤのスライフレイルは、役目を終えたロングレンジ・ビーム・ライフルと、右腰に装着していたオプションパーツを躊躇なくパージした。

 

――プシュ、ガシャン!

 

赤い大地に、パージされたパーツが落ちる。

身軽になった緑のガンダムは、サンダースの陸戦型ガンダムが待つ、ひときわ巨大な大型コロニー残骸の内部へと向けて、流れるような滑らかな挙動で移動を開始した。

一方、コロニー残骸の頂に取り残されたヴァルターは、コックピットの中で冷や汗を流しながら、激しく思考を巡らせていた。

 

(初弾の長距離狙撃で、マッケンジー中尉のジム・カスタムを仕留めたのは、まだ分かる。出力を絞った状態でも、ジム・カスタムの装甲を穿ち、一撃で機能停止ログを叩き込むことは技術的に不可能ではない。……だが!)

 

ヴァルターの細い目が、戦術モニターの残像を捉えて不気味に泳ぐ。

 

(……致命的に不自然なのは、その直後のエイガー中尉のジム・キャノンⅡを撃破したプロセスだ!)

 

マッケンジー中尉を撃破した直後、間髪を入れずに次弾を放ち、分厚いチョバム・アーマーが融解して完全貫通するまで、膨大な熱量のビームを『照射』し続けた。

いくらスライフレイルのベースが、RX-78の余剰ジェネレーターを積んだ陸戦型ガンダムだとしても、そんな芸当ができるはずがない。

通常、あれほどのメガ粒子を収束と連射、ましてや持続照射するには、ジェネレーターへの急速なエネルギーチャージが必要不可欠であり、旧式機のキャパシティでは一射した瞬間に回路が焼き切れるか、再チャージに数十秒の空白が生まれるはずなのだ。

 

(まさか奴ら、競技会の計測システムに不正なハッキングでも仕掛けて、システムを改竄したのか!?)

 

最新鋭を自負するヴァルターの論理回路は、目の前の理不尽を「不正」として処理しようとした。

しかし、その推理は、メインモニターの隅に映し出された『ある物体』によって一瞬で粉砕される。

画面の先。

スライフレイルが手放したロングレンジ・ビーム・ライフルの傍らに、無造作に転がっている右腰のパージパーツ。

パージされたパーツはロングレンジ・ビーム・ライフルの銃床に繋がるようにエネルギーケーブルが接続されている。

それを見た瞬間、ヴァルターの顔から完全に血の気が引いた。

 

「……ッ!? あ、あれは……ガンダム4号機用に開発された、外付けの『外部補助ジェネレーター』だとっ!?」

 

ジャブローの開発室にいたヴァルターだからこそ、それが何であるかを嫌というほど理解できた。

一年戦争末期、メガ・ビーム・ランチャーの運用を可能にするために設計された外部エネルギーパック。

 

(そうか……! ライフルの再チャージを待つんじゃない! あのジェネレーターの電力を力ずくで一気にライフルへチャージし、強引にバースト照射のエネルギーを捻り出したというのか!)

 

「――驚きましたか、ヴァルター大尉?」

 

脳裏をかき乱す驚愕のノイズを切り裂くようにして、ジム・カスタムの通信機から、低く、しかし驚くほど澄んだソウヤ・タカバ中尉の声が流れ込んできた。

 

「貴様……! 一体どんなイカサマをした!? ガンダム4号機の外付け補助ジェネレーターなど、地方の部隊がどこで手に入れたというのだ! 答えろ!」

 

回線が繋がった瞬間、ヴァルターのヒステリックな叫びがソウヤのコックピットへ叩きつけられた。

最新鋭の特権意識を内側から破壊されたエリートのプライドが、醜く悲鳴を上げている。

 

「出所は機密なので、教えるわけにはいきません。……だが大尉、あんたが疑問に思っている『狙撃』のことなら教えてやるよ。あれが本来の俺の戦闘スタイルだ。」

 

ソウヤの淡々とした、しかし冷徹な返答に、ヴァルターは息を呑んだ。

 

「……は、っ!? 砲撃でも、近接戦闘でもない……だと!?」

 

ヴァルターの細い目が驚愕に泳ぐ。

エイガー中尉から聞いていた、一年戦争時の「量産型ガンキャノンによる砲撃支援」でもなければ、現在のデータにある「潜伏してからの変則的な近接白兵戦」でもない。

この男の真の骨頂は、全く違う戦闘スタイルだというのか。

 

「モビルスーツは、携行する武器や現地での装備によって、いくらでも特色や役割が変わる。戦況に合わせて化かし合うのが、現場じゃ当たり前のことだ。あんたは開発室に閉じこもり、モビルスーツをカタログスペックのデータでしか見ないから、そうやって現場の工夫に足元を掬われるんだよ。」

 

「黙れ! 泥まみれの前線のパイロットが、私に、技術の進歩を語るなァッ!!」

 

ヴァルターの顔が怒りで真っ赤に染まり、回線を通じて激しい口論が火花を散らす。

 

「あんたは機体のスペックに胡座をかき、泥をすすって必死に生き残ってきた現場の人間を馬鹿にした。何より、あのガルバルディに真摯に向き合っていたミコト少尉の誇りを、汚い言葉で踏みにじった!」

 

ソウヤの声に、静かだが苛烈な怒りの重みが乗る。

 

「……そんな狭い視野でしか世界を見られないから、あんたは俺の隊長である、オルグレン少佐に最後まで勝てなかったんだよ。」

 

『イーサン・ミチェル・オルグレン』――その忌まわしい名をソウヤの口から突きつけられた瞬間、ヴァルターの脳細胞が強烈な憎悪で沸騰した。

 

「貴様ァッ!! なぜイーサンの名前を知っている!? お前……お前は、あの男の何なのだ!?」

 

「俺は、イーサン・ミチェル・オルグレン少佐の部下だ。同じ部隊で、隊長から直々にモビルスーツ操縦のイロハを教え込まれた。」

 

ソウヤは躊躇なく、誇らしげに肯定した。

 

「あの人は、あんたのような、つまらない特権意識やプライドなんてものは何一つ教えなかった。あの人が命を懸けて遺してくれたのは――モビルスーツ乗りの『誇りと矜持』、そして、どんなに泥にまみれても『戦場から必ず生きて帰る方法』だけだ!」

 

「おのれ……おのれ、イーサン! 死んでなお、私の邪魔するかァァァッ!!」

 

ヴァルターは激情のままに咆哮し、ジム・カスタムの操縦桿を激しく揺さぶった。

イーサンの意思を受け継いだ教え子が、今、目の前で自分の論理を嘲笑っている。

その事実に、彼の精神は完全に狂気の領域へと踏み込んでいた。

そんなヴァルターの哀れな姿を見据えながら、ソウヤは冷徹に、最後の一撃となる言葉を叩きつけた。

 

「死んだ隊長の幻影に囚われ、最新鋭機のコックピットの中でしか吼えられない。……だからあんたは――永遠の2番手なんだよ、ヴァルター大尉。」

 

「貴様ァァァッ!! 泥にまみれた前線の荒くれが! イーサンも、その教え子である貴様も、揃いも揃ってこの私を愚弄しおって! 許さん、絶対に許さんぞ! その旧式機ごと、五体をバラバラに引き裂いて、どちらが真の先駆者であるか分からせてやるッ!!」

 

ヴァルターは理性を完全に失い、泡を飛ばしながら通信機へ向けて狂気的な呪詛の言葉を吐き散らした。

だが、そんな狂乱の咆哮を受けながらも、ソウヤの声はどこまでも冷徹で、静かだった。

 

「……大尉、そんなつまらない口論で頭に血を上らせていて、本当に良いのか?」

 

「何だと……っ!?」

 

「仮にもジャブローが誇る最高峰のテストパイロットチームの隊長だろう?それなのに、今の『戦況の把握』がまるで出来ていない。時間を見てみろ。」

 

ソウヤの淡々とした、しかし冷酷な指摘に、ヴァルターの血の気の引いた視線が、コンソールの片隅へと向かう。

 

「競技会の制限時間は30分。……そして、残り時間はすでに10分を切っている。気づかなかったか? この口論も、すべては『時間稼ぎ』さ。」

 

「な、にい……っ!?」

 

「あんたが怒りに任せて時間を浪費してくれたお陰で、もう試合の大部分は消化された。このままタイムアップを迎えれば、競技会のルール上、残存機数が2機の我々と、1機のあんた……勝つのはどちらか、言うまでもないよな?」

 

ソウヤはそこで一度言葉を切り、コンソールの向こうの歪んだプライドを完全に見透かすように、フッと冷ややかな笑みを漏らした。

 

「ジャブロー直轄の最新鋭技術を引っ提げ、元ガンダムパイロットのエースを揃えておきながら……。地方の部隊を相手に、手も足も出ないままタイムアウトで判定負け。そうなれば、あんたが何より恐れているジャブローの上層部や開発陣の間で、あんたは一生消えない『いい笑い者』になるな、ヴァルター大尉。」

 

「――ッ!!!」

 

ソウヤの冷酷な宣告は、ヴァルターが最も恐れていた最悪の破滅のシナリオそのものだった。

彼は全身に氷水を浴びせられたような激しい戦慄に襲われ、頭に昇っていた血が一瞬で引いていくのを感じながら、慌てて周囲の状況把握を開始した。

ジム・カスタムのコックピットに、無慈悲なタイムリミットのカウントダウンが虚しく点滅していた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
相手の反応速度が速いなら、反応出来ない速度の攻撃をしたらいい。
相手の装甲が頑強なら、それを穿てる威力の攻撃を繰り出したらいい。
久しぶりのソウヤ本来の戦闘スタイルである、射撃の腕前が炸裂です(笑)
東南アジア方面に異動になってからは仲間を守るために前衛をしてましたが、今回はヴァルターに勝つためにサンダースとジョシュアに囮をしてもらい、ソウヤは狙撃に専念してもらいました。
外部ジェネレーターはペイルライダー・マスケッティアの物です。
ロングレンジ・ビーム・ライフルはアプサラスⅢの装甲も貫通する威力があるので、チョバム・アーマーも貫通できる威力がありそうですからね。
Ez-8もドロドロに装甲を溶かされたし…。
伏線としましては、エイガーはキャリフォルニア・ベースで量産型ガンキャノンを、競技会ではスライフレイルのことを知ってましたが。
宇宙で使っていた、ペイルライダー・マスケッティアのことは知らなかったので、ソウヤが狙撃が出来ることを知らなかったのが敗因ですね。
ではでは、次の話も楽しみにしてください。 
感想など、気軽にどうぞー。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

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  • グフ・ノクターン
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