機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第117話 仰望【上】

地鳴りのような歓声が観客席全体を揺らし、競技会関係者専用の観客席エリアは立錐の余地もないほどに膨れ上がっていた。

先ほどソウヤたちが演じた大番狂わせの余韻が冷めやらぬなか、観客たちの興奮はすでに、これから始まるもう一つのエースたちの激突へと向けられている。

 

「タカバ中尉、こちらです! こっちに席があります!」

 

通路の雑踏をかき分けるようにして、駆け足で空席を探していたソウヤたちに、聞き覚えのある張りのある声がかけられた。

振り返ると、そこにいたのはトリントン基地所属のパイロット、サウス・バニング大尉の部下であるアレン中尉だった。

 

「バニング大尉が皆さんの分の席をキープしています。案内します、ついてきてください!」

 

「アレン中尉、助かる!」

 

ソウヤは短く応じ、背後に続く第4小隊やルナツー教導隊、そしてクリスたちチーム・シリウスの面々を促してアレンの背を追った。

案内された雛壇の一角には、驚いたことに彼らの人数分がぴったりと収まるだけの座席が整然と確保されており、そこにはサウス・バニング大尉と、その部下のカークス少尉が腰を下ろしていた。

 

「よう、お疲れさん。ここだ。」

 

バニングは無骨な手を軽く上げ、親しみ深い手招きでソウヤたちを迎え入れた。

 

「バニング大尉、ありがとうございます。席を探すだけで一苦労するところでした。」

 

ソウヤが丁重に感謝を伝えると、並んで歩いていたエイガーが、どこか不思議そうに尋ねた。

 

「しかし大尉、なぜ俺たちがここへ来ることが分かったのですか?」

 

「お前さんたちの姿がいつまで経っても格納庫から出てこないからな。何か揉め事でも処理しているんだろうと踏んで、一足先に席を押さえておいたのさ。」

 

バニングは戦い慣れたベテランらしい察しの良さでフッと笑った。

この場にいる一同のなかで最も階級の高いボカタ少佐が、代表して一歩前に出て礼を述べる。

 

「バニング大尉、配慮に感謝致します」

 

「滅相もない、ボカタ少佐。ただの年寄りの気が利いただけの話ですよ。……さあ、座ってください。先のソウヤ中尉の大番狂わせも見事な一戦だったが、これから始まる第二試合は……実質、この競技会の『決勝戦』と言っても過言じゃない。」

 

バニングの言葉に、一同は引き締まった表情で頷き、それぞれ確保された座席へと腰を下ろした。

全員の視線が、スタジアムの中央に鎮座する巨大な大型モニター群へと一斉に注がれる。

その画面に映し出されていたのは、オーストラリアの赤い陽炎の向こう、すでにそれぞれのスタート位置へと配置を完了している2つの恐るべき部隊の威容だった。

一方は、ジオン残党の地球規模の反攻作戦『水天の涙』を阻止した、特別任務部隊「ファントム・スイープ隊」。

そしてもう一方は、北米戦線の過酷な激戦を潜り抜け、『ガンダム・ピクシー』を主力に据える北米代表の精鋭「ウィッチハント隊」。

画面越しに伝わってくる、二大陣営のプレッシャー。

コジマ大隊第4小隊が決勝の舞台で戦うことになる、真の怪物はどちらか。その行く末を見届けるべく、ソウヤたちの瞳が鋭く据えられた。

 

 

 

 

陽炎の立つオーストラリアの赤い大地の向こう、3機のモビルスーツと、1台の重厚なホバートラックが微動だにせず配置についていた。

 

「いやはや、ここからでもわかるくらいトリントン基地が賑わってますね。まるでお祭りだ。」

 

ジム・ストライカーのコックピットで、ロブ・ハートレイ中尉がいつものように飄々とした声を回線に流した。

41歳のベテランであり、生きている今の充実を求める享楽家としての余裕が、その声音には溢れている。

 

「……ああ、そうだな。」

 

隊長のユーグ・クーロ大尉が、ジーライン・ライトアーマーのコンソールを滑らかにチェックしながら短く応じた。

頭部に追加された長距離射撃用センサーユニットが、眼前の広大な演習場を冷徹にスキャニングしていく。

 

「隊長、俺は今回の競技会参加で、かなりの額の特別手当が出るってだけで大助かりですよ。これで少しは借金の返済が進むって実感が湧きますからね。」

 

ジム・スナイパーカスタムの座席から、ハイメ・カルモナ少尉が一匹狼の性分を剥き出しにした、生々しい本音を漏らした。

26歳という若さで多額の借金を背負う彼の、いつもながらの金への執着に、ユーグは「やれやれ」と苦笑するしかなかった。

 

「しかし、どうせなら基地で留守番させられてるヒュー中尉やカマル少尉も連れてきてやりたかったですね。あいつら、今頃はゴドウィン・ダレル准将と一緒だから、退屈してるはずですよ。」

 

ロブが顎を撫でながら、一年前の激戦を共に戦い抜いた戦友たちの名前を挙げた。

 

「ヒューはまだあの戦いでの負傷の、リハビリの真っ最中だ。どっちにしろこの過酷な演習場に連れてくるわけにはいかないさ。カマルもあいつの付き添いだからな。」

 

ユーグは一年前、ジオン残党の地球規模の反攻作戦『水天の涙』を阻止した際、重傷を負った大事な部下の顔を思い浮かべながら遠い目をした。

 

彼らファントム・スイープ隊が今ここに立っているのは、あの戦いの傷跡と、今なお各地で蠢く闇を払い続けるための、連邦軍の『牙』としての存在証明に他ならない。

 

「――全機、私語を慎め。制限時間まで残りわずかだ。」

 

その時、回線に割り込んできたのは、随伴するホバートラックの内部から響く、冷徹で凛とした大人の女性の声だった。

前線指揮官兼オペレーターを務める、マオ・リャン少佐の鋭い叱咤。

その厳格な声一つで、これまでの飄々とした空気が一瞬にして消え去り、過酷な実戦部隊の『殺気』が一気に満ちていく。

 

「相手は北米を生き抜いたウィッチハント隊。ピクシーをはじめとする、近接・中距離のバランスが取れた恐るべき精鋭よ。一瞬の油断が撃破判定を招くわ。各機、最終兵装確認を。」

 

「「「了解!!」」」

 

ユーグ、ロブ、ハイメの三人の声が、鋭く一つに重なる。

ジーライン・ライトアーマーのスラスターが、出力を上げて不気味なハミングを上げ始めた。

 

「ユーグ隊長、今回はどんな作戦でいきます? 相手の出方はどう踏みますか。」

 

ジム・ストライカーのシートで、ロブが楽しげに笑いながら尋ねた。

 

「相手のエースであるリリス・エイデン中尉のピクシーが、真っ先に突貫してくるだろう。あの機体の機動力と格闘能力なら、正面から最短距離でこちらの陣形を切り裂きにくるはずだ。」

 

ユーグが冷静に戦況を予測したその時、ホバートラックの指揮席からマオ・リャン少佐が割り込むように新たな提案を口にした。

 

「ならば作戦を提案するわ。まずロブ中尉とハイメ少尉の2機で、突っ込んできたピクシーの足止めに専念してちょうだい。その間にユーグ大尉が残りの2機を確実に撃破し、先に数的な優位を作ってから、3人でリリス・エイデン中尉を包囲し撃破する。これが一番確実なはずだ。」

 

「いや……その作戦はダメだ、マオ。」

 

ユーグは即座に、しかしどこか重いトーンでマオの提案を却下した。

 

「どうして? 最もセオリー通りの確実な各個撃破のはずよ。」

 

マオが怪訝そうに問い返し、ハイメもまたジム・スナイパーカスタムのコンソールを叩きながら言葉を重ねる。

 

「そうですよ、隊長。ロブのストライカーと俺のスナイパーカスタムの2機で網を張りゃあ、格闘特化機の1機くらい、数分間は確実に釘付けにできるはずですがね」

 

「甘いな。ロブとハイメが2人掛かりで挑んだところで、あのリリス・エイデンのピクシーを足止めすることはできない。それどころか、逆にこちらの前線が一瞬で切り崩され、最悪の状況に陥るだろう。……マオ、君も一年戦争時の北米戦線で、あの『ウィッチハント隊』の勇名は耳にしているはずだ。」

 

「……分かったわ。リリス・エイデン中尉のピクシーは、ユーグ大尉に任せるわ。」

 

マオ・リャン少佐の声から、それまでの冷徹な理性がすっと消え失せ、痛みを堪えるような悲痛な響きが混ざり込んだ。

彼女もまた、知っていたのだ。

一年戦争時、キャリフォルニア・ベース奪還に向けた「41号作戦」。

軍上層部は連邦軍本隊の侵攻を有利に進めるため、ユーグたちの混成部隊を使い捨ての「生贄の囮」として利用され、政治の駒として扱われた部下たちは次々と戦死していった。

誰も救えず、自分だけが生き残ってしまったという、ユーグの胸の奥底に一生消えない傷痕として刻まれているのだ。

 

「すまない、マオ。……だが、あの『魔女狩り』の戦術をデータだけで縛ることはできない。ロブ、ハイメ。残りの2機を頼むぞ。」

 

「了解ですよ、大尉。あの赤い死神がそれほどの化け物だって言うなら、俺たちは大人しく残りのジムを引き受けるとしますかね。」

 

「了解だ。大尉、あんたがピクシーを抑えている間に、俺がストライカーの槍で後ろのジムを残らず串刺しにしてやりますよ。」

 

ハイメとロブの二人が、ユーグの言葉に宿る、彼が負った心の傷を察して応じた。

 

「北米、か……。」

 

回線が一瞬だけ静かになった隙に、ユーグはコックピットの暗がりのなかで、ぽつりと小さく呟いた。

生贄として切り捨てられた部下たちの遺志を背負い、戦後の闇を払い続けてきたファントム・スイープ隊。

その隊長である彼が、かつて遠い存在として戦場で見上げていた「魔女狩りの赤い死神」と、今、このトリントンの大地で真っ向から刃を交えようとしている。

ジーライン・ライトアーマーの頭部センサーが怪しく発光し、陽炎の向こうから迫るピクシーの熱源反応を静かに、しかし鮮烈に捉えようとしていた。

 

 

 

 

ガンダム・ピクシーのコックピット。

薄暗い空間に灯る照明が、リリス・エイデン中尉の横顔を仄白く照らし出していた。

彼女は切れ長の赤みがかった瞳を戦術モニターへと据えたまま、細く白い指先で、額に刻まれた薄い古い傷跡を無意識にそっとなぞる。

かつて北米の激戦地で、復讐の魔女として戦場を狂奔していた頃の傷。

しかし今の彼女の瞳にあるのは、本物のエースだけが持つ冷たい静けさだった。

 

「リリス先輩、調子はどうですか? 私の陸戦型ジム、アドバイス通りに駆動系を完璧に追い込んでおきました! 今日も先輩の背中、絶対に見失いませんから!」

 

通信回線から飛び込んできたのは、ルイザ・ルイス少尉の明るく弾んだ声だった。

ルイザの陸戦型ジムは、今回はビーム・ライフルを装備し、この舞台へと持ち込んできたのだ。

 

「……ありがと、ルイザ。でも、あんまり気負いすぎないで。今日の相手は、コジマ大隊第4小隊と互角以上の実力を持つ部隊よ。」

 

「油断しません! 相手の隊長であるユーグ・クーロ大尉は、あの『北米奪還作戦の英雄』と謳われている人です。予選で戦った、「赤い三巨星」と自称するあの変な人たちとは違いますから。」

 

ルイザは蜂蜜色の瞳をキリッと引き締め、かつて交戦したライバルたちを引き合いに出しながら鋭く言い放った。

その言葉を拾うようにして、装甲強化型ジムの座席からバリー・アボット大尉の重厚な声が通信に割り込んでくる。

 

「ハハハ、ルイザ。お前、あの『赤い三巨星』のことをかなり根に持っているな。」

 

「気にしますよ! だってあいつら、リリス先輩のパーソナルカラーである『赤』を奪おうとしたんですよ!? 私は絶対に許しません!」

 

頬を膨らませるようにして憤慨する後輩の微笑ましい剣幕に、リリスはフッと肩の力を抜き、コックピットの薄暗がりのなかで柔らかく笑い出した。

 

「もう、ルイザ。あれはマロビ曹長なりのこだわりで、それだけ真剣に私と向き合っていたっていう証拠よ。私は全然気にしてないから、もう許してあげて。それに、結果的に私が勝ったんだから、パーソナルカラーも取られなかったじゃない。」

 

「うぅ……リリス先輩がそこまで言うなら、仕方ないですね。今回は水に流してあげます。」

 

ルイザは少しだけ唇を尖らせつつも、憧れのリリスに宥められたことで満足したのか、蜂蜜色の瞳を再び前方のモニターへと向けた。

リリスは穏やかな微笑みを一度引き締めると、機体の最終兵装チェックを終え、ツイン・ビーム・スピアのサイズモードを完全同期させた。

 

『――決勝トーナメント準決勝、第二試合。両チーム、開始1分前』

 

スタジアムのスピーカーからアナウンスが響き、演習場の赤い大地に尋常ならざる気配が満ちていく。

 

「よし、無駄口はここまでだ。ルイザ、作戦はいつも通り、俺たちウィッチハント隊の定番の戦法で行くぞ。」

 

バリー大尉の厳つい顔から笑みが消え、戦場を生き抜いてきたベテラン特有の冷徹な凄みが通信回線に満ちる。

 

「リリスが先陣を切って突撃し、敵の陣形を強引に攪乱する。俺と一歩後ろのルイザで死角を潰し、その背中を徹底的にフォローする。……いいな!」

 

「ルイザ、了解です! 先輩の背後は絶対に護り抜きます!」

 

ルイザは明るい栗色の髪を後ろで一つにまとめ、陸戦型ジムの操縦桿をきつく握り締めた。

 

「バリー大尉、ルイザ。……私のフォロー、2人に預けるわ。――行くわよ!」

 

リリスの言葉とともに、ガンダム・ピクシーの双瞼が鮮烈に輝いた。

 

――10、9、8……。

 

スタジアムの巨大なデジタルカウンターが、1秒ごとに破滅のカウントダウンを赤い大地へと刻んでいく。

観客席で息を呑むソウヤたちの視線の先で、両チームのモビルスーツのジェネレーターが極限の駆動音を轟かせ、オーストラリアの乾いた大気を激しく震わせる。

 

――3、2、1、0。ガオォォォォォン!!!

 

トリントン基地演習場の全域に、重低音の戦闘開始ブザーが炸裂した。

 

「ウィッチハント隊、行くわよ!」

 

リリスの鋭い号令が飛ぶ。

次の瞬間、赤いカラーリングを纏ったガンダム・ピクシーのバックパックと各部スラスターから、凄まじい熱線が爆発的に噴射された。

追加装甲で強化されたその巨躯が、物理限界を超えるような圧倒的な初期加速で、オーストラリアの赤い大地を文字通り一陣の赤い疾風となって駆け抜け始める。

その直後、バリーの装甲強化型ジムがホバー移動で土煙を切り裂き、ルイザの陸戦型ジムがルナ・チタニウム合金の装甲をきしませながらピタリと追従する。

先駆する「赤い死神」と、それを鉄壁の連携で支える魔女狩りの精鋭たち。

一年戦争の北米戦線を潜り抜けたエースパイロットたちが、幻影の掃除屋であるファントム・スイープ隊をハントすべく、猛烈な砂塵の嵐を巻き上げて突撃を開始した。

 

 

 

 

バリーの指示通り、ウィッチハント隊の3機は一糸乱れぬ定番の陣形を展開し、遮蔽物の点在する広大な演習場をまっすぐに突き進んでいく。

先頭を走るリリスのガンダム・ピクシーが赤い尾を引く疾風となって突撃し、そのわずか後方をバリーの装甲強化型ジムがホバー移動で滑走、ルイザの陸戦型ジムがピタリと追従する。

3機が戦域の中央エリアへと差し掛かり、さらに前進を続けた――その刹那だった。

 

ドビューーーン!!!

 

突如として、誰も予期せぬ遠距離から、演習場の陽炎を切り裂く光条が撃ち出された。

ユーグのジーライン・ライトアーマーが放ったヘビー・ライフルの鋭い一撃だ。

頭部に追加された長距離射撃用センサーユニットが、前進してくる一陣の赤い疾風を正確に捕捉し、容赦のない高出力ビームを撃ち抜いたのである。

しかし、リリスの直感はそれを完全に先読みしていた。

ピクシーはバックパックのスラスターを爆発的に明滅させ、真横へとカクンと軌道をスライドさせてビームを完全回避。そのステップの慣性を利用し、リリスは右腕のバルザック式380mmロケット・バズーカを滑らかに構え、カウンターのダミー弾頭を射出した。

 

――ズドォン!!!

 

凄まじい硝煙を吹き上げながら放たれた実弾に対し、ジーラインはバックパックの6基のバーニアを駆動。

爆発的な推力でバズーカの弾道を紙一重で躱しながら、驚異的な突進速度を維持したまま、ピクシーとの距離を強引に詰めにかかった。

 

「――チッ! いきなり隊長自らが、ピクシーの突撃を正面から止めにくるっていうのか!?」

 

ホバー移動で後追いを始めていたバリー大尉が、モニターに映るジーラインのあまりにも無茶な急接近に驚愕の声を漏らす。

セオリーを無視し、エース同士のサシの勝負を仕掛けにきたユーグの覚悟が、そこにはあった。

 

ガガガガガアンッ! ズドォン!

 

赤い大地に突き刺さる無数のコロニー残骸の狭間。

2機は陽炎を切り裂きながら、残骸の割れ目やひしゃげた鉄骨を巧みに遮蔽物として利用し、三次元的な超高速移動を繰り返しながら苛烈な射撃戦を展開していく。

一瞬でも判断を誤れば激突する迷宮のなか、寸分のブレもなくヘビー・ライフルを連射するユーグと、それを最小限の機体制御でいなすリリス。

 

(……このバズーカの弾速じゃ、あの機体には当たらない……!)

 

リリスはモニターに映されるジーラインの超高機動レスポンスを見据え、瞬時に武器の換装を決断した。

彼女は右腕のロケット・バズーカを躊躇なく投げ捨て、バックパック右側面にマウントされた、より取り回しの良いビーム・ガンへと手を伸ばそうとする。

だが、ユーグはその刹那の『隙』を、待ち構えていた。

 

「そこだ……っ!」

 

ユーグは左手でバックパックからビーム・サーベルを引き抜いて起動させると、右手のヘビー・ライフルを猛烈に連射。

ビームの弾幕でピクシーを牽制しながら、サーベルの光刃を突き立てるべく、一気にゼロ距離の接近戦へと持ち込んだ。

 

(ビーム・ガンを抜く前に、やられる……!)

 

リリスの網膜が、迫り来る緑のガンダムタイプの凶刃を捉える。

彼女はビーム・ガンへのタッチを瞬時に諦め、左手をバックパック左側面のマウントラックに装着されたツイン・ビーム・スピアを引き抜く。

リリスはスピアの先端から二本のビーム刃を真っ直ぐに伸長させ、間合いに優れる『ロッド(長槍)モード』で、迫り来るジーラインの胸元に鋭い突きを繰り出して迎撃した。

 

「――っ! 長いか!」

 

突き出された光の槍の圧倒的なリーチを前に、ユーグは強行突破が不可能だと瞬時に判断。

出力をかけていた脚部スラスターを逆噴射させ、機体を斜め後方へと急制動させながら、ピクシーの鋭い刺突を紙一重で回避した。

 

キィィィィン……。

 

激しい砂塵が舞い散るコロニー残骸の狭間で、2機の駆動音が冷たく反響する。

ツイン・ビーム・スピアを構える赤き死神、ガンダム・ピクシー。

そして、左手にビーム・サーベルを握り、右手のライフルを構えるジーライン・ライトアーマー。

2機のガンダムの血統を持つ機体が、互いに睨み合うように対峙した。

その刹那、ユーグの右手のヘビー・ライフルから、残弾ゼロを示す無慈悲なシステムアラートが鳴り響く。

連射のし過ぎで、完全にエネルギーが底を突いたのだ。

ユーグはフッと操縦桿の手を緩めると、空になった長大なライフルをその場へと手放した。

鉄錆の転がる赤い大地に、金属の重い衝突音が響き渡る。

銃を捨て、完全に格闘戦の構えへと移行したユーグのジーライン。

一年戦争の泥沼を生き抜いたエースによる、極限の近接戦の第二ラウンドが、今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

ユーグは右手でもう一振りのビーム・サーベルを引き抜き、二刀流の構えを取った 。

ジーライン・ライトアーマーのバックパックが激しく噴射し、一気にピクシーへと肉薄する。

 

「おおおぉぉぉッ!」

 

2本の光刃が、交差する鋭いハサミのようにリリスの胸元へ襲いかかる。

しかし、リリスはツイン・ビーム・スピアを巧みに操り、ロッドモードの長大な柄でその二刀を受け止めた。

 

――ガギィィィン!!

 

凄まじい火花が2機の装甲を白く焼き焦がす。

物理的な質量とエネルギーが激突する至近距離の状態。

そこからリリスは瞬時にスピアの刃の可動機構を起動させ、敵をなぎ払う『サイズ(大鎌)モード』へと変形させた。

 

「そこを、どきなさい!」

 

大鎌状に変形した光刃が、死神の鎌の如き軌道でジーラインの首元を刈り取りにいく。

ユーグは咄嗟に頭部を下げてその一閃を紙一重で回避。

すれ違いざま、右手のサーベルでピクシーの脚部駆動系を狙って鋭い逆袈裟を放つ。リリスも左腕の簡易小型シールドを滑らせ、火花を散らしながらその斬撃を受け流した。

遮蔽物の入り組んだなか、一瞬の踏み込みミスが障害物への激突と直撃を意味する極限の空間。

そこで2機は、物理法則を無視したかのように超高速のステップを刻み合い、サーベルの二刀流と大鎌の重厚な一撃を狂ったように交錯させ続けていた。

そのエース2機が火花を散らす前線からわずかに後方、赤い平原の上でも、新たな激突が始まろうとしていた。

 

「へっ、隊長がアレを抑え込んでくれてるんだ。俺たちもサボるわけにゃいかねえな!」

 

ロブ・ハートレイ中尉のジム・ストライカーが、ツイン・ビーム・スピアを構え、爆発的な加速で突撃を開始した。

その進路に立ち塞がったのは、バリー・アボット大尉の装甲強化型ジムだ。

ホバー移動で砂煙を巻き上げながら、バリーはヤシマ重工製のミサイル・ランチャーのトリガーを引き絞った。

 

――シュババババッ!

 

ミノフスキー粒子散布下のため、無誘導弾として放たれた無数のミサイルが、ロブのジム・ストライカーへと容赦なく襲いかかる。

 

「おっと、手荒い歓迎だねぇ!」

 

ロブは飄々とした声を上げながらも、ベテランらしい技量で機体を蛇行させ、ミサイルの爆煙を強引に突き抜けた。

しかし、爆煙の向こうで待ち構えていたのは、バリーの掲げる分厚いコマンドシールドと、上半身を覆う強固なリアクティブ・アーマーだった。

 

――ドゴォンッ!!

 

ジム・ストライカーの突き出したスピアが、装甲強化型ジムのシールドを真っ向から捉える。

だが、バリーは抜群の安定感でその刺突をシールドで受け流し、ジム・ストライカーに密着する。

 

 

「フン、俺をそう簡単に抜けると思うなよ!」

 

バリーが90mmブルパップ・マシンガンを至近距離からバラ撒き、ロブがそれをステップでいなす。

炸裂装甲を持つ機体同士による、息詰まるような泥臭い押し合いが始まった。

その膠着した前線へ、さらに一条のまばゆいビームが突き刺さる。ルイザ・ルイス少尉の陸戦型ジムが放った、陸戦型ガンダムと同型のビーム・ライフルの一撃だ。

 

「バリー大尉、今援護します!」

 

ルイザは瞳を鋭く輝かせ、愛機の出力を限界まで引き上げて射撃位置を確保しようとした。

――だが、その精密な射線を、遠距離からの冷徹な弾道が遮った。

 

――ズガァン!

 

「キャッ……!?」

 

ルイザの足元の赤い大地が激しく爆ぜ、強烈な染料の飛沫が視界を遮る。

はるか後方の遮蔽物の物陰。そこには、ジム・スナイパーカスタムをどっしりと据え、スナイパー・ビーム・ライフルを正確無比に構えるハイメ・カルモナ少尉の姿があった。

 

「おいおい、お嬢ちゃん。ロブにちょっかい出そうなんて、いい度胸してんじゃねえか。ボーナスをしっかり稼がせてもらうために、あんたの動きはここで俺が完全に釘付けにしてやるよ。」

 

ハイメの冷徹な声とともに、スナイパーカスタムの銃口が再び怪しく発光する。

前線ではユーグとリリスによる、限界を超えた超至近距離の魔女と掃除屋の死闘。

中衛ではロブのストライカーとバリーの装甲強化型ジムによる、炸裂装甲を装着した機体同士の激突。

後方では、ルイザの陸戦型ジムを仕留めんと狙うハイメのスナイパー。

完璧に分断された3つの戦場が、トリントンの赤い大地で激しく火花を散らし合っていた。

 

 

 

 

バリー・アボットの装甲強化型ジムと、ロブ・ハートレイのジム・ストライカーが、互いの装甲を激しく擦り合わせながら泥臭い戦いを繰り広げていた。

 

「へへっ、いい頑丈さだねぇ、大尉! だが、こいつならどうだい!?」

 

ロブは飄々とした声を回線に響かせながら、巧みなスロットル捌きでジム・ストライカーのツイン・ビーム・スピアを一度引き、即座に先端の光刃を『サイズ(大鎌)モード』へと変形させた。

死神の鎌の如き凶悪な軌道が、バリーのコマンドシールドの裏をすり抜けて首元へと強烈になぎ払われる。

 

「小癪な真似を……! うちのエースがその槍をどう使いこなしているか、嫌というほど見てるんでね! 軌道は分かるよッ!」

 

バリーは灰色の短髪に汗を光らせ、厳つい顔をさらに険しく歪めながらフットペダルを踏み込んだ。

脚部の新型推進システムが爆発的なホバー推力を生み出し、重装甲の機体が赤い大地を滑るようにして大鎌の制圧圏内から紙一重でバックステップ。

それと同時に、バリーは左腕のコマンドシールドを強引に突き出し、スピアの柄を物理的に叩き落としてロブの体勢を崩しにかかった。

 

――ドンッ!!!

 

強烈な金属音が響き、ジム・ストライカーの機体がわずかに浮き上がる。

その刹那の隙を見逃さず、バリーは右手の90mmブルパップ・マシンガンを至近距離からゼロ距離でバラ撒いた。

 

「おっとぉっ!?」

 

――バババババババァンッ!!!

 

激しい硝煙とともに、ジム・ストライカーの全身を覆うブロック状の特殊装甲――『ウェラブル・アーマー』が、着弾の瞬間に次々とカウンターの炸薬を爆発させた。

内部の炸薬が実弾の破壊エネルギーを外側へと激しく拡散し、システム上のダメージ判定を完全に『相殺』していく。

ロブはコックピットを揺らす凄まじい爆風のなか、享楽家らしい狂気的な笑みを浮かべながら、逆にその弾着のノックバックを強引に利用して機体を鋭く反転させた。

 

「たくさん浴びせてくれたお返しだ、おっさん!」

 

ジム・ストライカーは体勢を崩した状態から、今度はリーチに優れる『ロッドモード』の突き出す。

目にも留らぬ刺突が、装甲強化型ジムの胸部へと吸い込まれる。

 

「ぬうっ!?」

 

直撃の瞬間、バリーはギリギリで機体を反らすことに成功する。

ツイン・ビーム・スピアの穂先が胸部装甲に施されていたリアクティブ・アーマーに掠り、爆発を起こした。

演習用のダメージログが『装甲板1枚消失』を告げ、強烈なフラッシュバーストがバリーの視界を真っ白に染め上げる。

しかし、北米戦線を生き抜いたベテランの「壁」は、その程度の衝撃では微塵も揺らがなかった。バリーは爆煙のなかで強引に機体を前進させ、ビーム・サーベルの光刃を引き抜いて敵に構え直す。

 

「……やってくれるな、ファントム・スイープ。だが、リリスとルイザの元には、一歩たりとも通さんぞ!」

 

「ハハッ! 上等だ、ストライカーのスピアで根こそぎ抉じ開けてやるよ!」

 

火花と砂塵が激しく舞い散る平原の上、ホバーによるスライド機動で距離を自在に操るバリーと、変幻自在の槍さばきでその隙を狙うロブ。

互いにこれでもかと炸裂装甲を爆発させ合う、タフファイター同士のどつき合いのような戦いが、赤い大地の上で巻き起こっていた。

 

 

 

 

ルイザの陸戦型ジムが遮蔽物の影から半身を乗り出した刹那、その瞳が強烈なビームのフラッシュを捉えた。

 

「――っ、また来た!?」

 

ハイメのジム・スナイパーカスタムが放ったスナイパー・ビーム・ライフルの一撃。

超高出力のメガ粒子が、ルイザが盾を構えるよりも早く、陸戦型ジムのショート・シールドの端をかすめて背後の岩肌に命中する。

装甲が衝撃で激しく鳴り響き、コックピット内のルイザ奥歯を噛み締めた。

 

(なんて正確な狙撃なの……! 動けない、これじゃ一歩も前に出られない……!)

 

ルイザの視線の先、バリー大尉の装甲強化型ジムが、ロブのジム・ストライカーと互いの炸裂装甲を爆発させ合う凄まじい戦闘を繰り広げている。

リアクティブ・アーマーの1枚を消失し、至近距離で泥臭い肉弾戦を強いられているバリーを、ルイザはなんとしても、一刻も早く援護しに行きたかった。

 

「バリー大尉、今そっちに……っ!」

 

「おっと、余所見する余裕があるのかい、お嬢ちゃん。」

 

ルイザが意を決してスラスターを吹かそうとした瞬間、再び狙い澄まされたスナイパー・ビーム・ライフルの光条が、陸戦型ジムの「次の一歩」の先へと正確に突き刺さった。

 

「くっ……! あのスナイパー、私の動きを完全に先読みしてる……!」

 

はるか後方の遮蔽物の物陰で、ハイメはスナイパーカスタムのレティクルの中心に陸戦型ジムを捉えながら、冷徹にトリガーをコントロールしていた。

 

「ロブ達のどつき合いに気を取られて、俺への注意がブレブレだぜ。お嬢ちゃんがどれだけ陸戦型ジムを乗り回していようが、焦って視野の狭くなったパイロットの機動なんて、俺には丸見えなんだよ。」

 

ハイメは一匹狼らしい冷ややかな笑みを浮かべ、再び銃口を発光させる。

彼にとって、この競技会は多額の借金を返済するための「稼ぎ」の場だ。

確実に成果を挙げるため、ルイザの焦燥を完璧に逆手に取り、一歩たりともバリーの援護へ向かわせない絶対の壁として立ち塞がっていた。

 

「お願い、動いて……! バリー大尉の支援をしないといけないのに……ッ!」

 

リリス先輩のお下がりである陸戦型ジムの操縦桿を、ルイザは血がにじむほどの力で握り締める。

バリー大尉への道を阻む、冷徹なる一匹狼の精密狙撃。

焦りと悔しさに蜂蜜色の瞳を潤ませながらも、ルイザはバリーを救うための射線を必死に探し続けていた。

 

 

 

 

遮蔽物であるコロニー残骸が幾重にも突き刺さる迷宮のなか、ユーグのジーライン・ライトアーマーとリリスのガンダム・ピクシーは、もはや物理的な質量を感じさせないほどの超高機動戦闘へと突入していた。

ユーグは左手のビーム・サーベルでリリスの大鎌を強引に弾くと、バックパックの左右に装備されたライトアーマー専用の「4連装ミサイルランチャー」を連動させた。

一斉射による弾幕ではなく、左右のポッドから一発、また一発と、リリスのステップ位置を先読みした精密な時間差単発信管弾を射出していく。

 

――シュフィィン! シュフィィン!

 

「……くっ!」

 

残弾数は左右合わせてわずか8発。

その限られた手数を、ユーグは頭部の60mmバルカン砲の断続的な牽制射撃と巧みに組み合わせ、ピクシーの超高速ステップの「着地位置」だけをピンポイントで抉りにかかる。

バルカンの細かな火線がリリスの視界の端を削り、時間差で迫るミサイルが彼女の自由な軌道を完全に制限していく。

しかし、赤い死神と化したリリスの空間把握能力は、そのスイーパーの網すらも紙一重で嘲笑った。

 

(……この狭い射線、ミサイルの誘導限界を狙えば……!)

 

リリスはラベンダー色の髪をコックピットの照明に揺らしながら、ピクシーの背部スラスターを激しく噴射させた。

急峻な鉄骨の隙間へと自ら滑り込み、直撃コースだったユーグのミサイルを障害物へと物理的に衝突させる。

その爆煙を完璧な姿勢制御で突き破ると、ツイン・ビーム・スピアをロッドモードへと瞬時に切り替え、ジーラインのコックピットハッチへ向けて超高速の刺突を突き出した。

 

――ギギギギィンッ!!!

 

ユーグは脚部スラスターを噴射させて寸前で直撃を免れたものの、スピアの光刃がジーラインの胸部装甲を激しく削り、強烈なフラッシュバーストが暗闇を真っ白に染め上げる。

 

「さすがは北米を震撼させた魔女狩りだ……! 一瞬の隙すら与えてくれないな!」

 

互いに一歩も引かぬまま、限られた空間、限られた弾数を極限まで削り合う。

息をもつかせぬ高機動戦闘は、赤い大地を焼き尽くさんばかりの熱量を孕み、激しい火花を散らしながら継続されていく。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
前回の話は好評だったので、大変嬉しいです。
今回の話は一年戦争時に北米で活躍したリリスVSユーグの話を書きました。
この2人の関係は私の独自解釈が強いので、寛大な心で受け止めてくれたら嬉しいです。
では、次の話も楽しみにしてください。
いつも、感想ありがとうございます。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

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