機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第11話 慟哭と青き侍

宇宙世紀0079年12月4日、キャリフォルニア・ベース攻略に向かうミデア輸送機の休憩室。

薄暗い室内で、イーサン・ミッチェル・オールグレン少佐は一人、静かに座っていた。

膝の上には、母クラウディアの古びた本。

擦り切れた背表紙と糊で補修された表紙が、失われた家族の記憶を静かに物語る。

イーサンの指が、そっと本の表紙を撫でる。

ページを丁寧にめくる音が、ミデアのエンジンの低いうなりと重なる。

だが、心は11ヶ月前の悪夢に引き戻されていた――ブリティッシュ作戦、サイド2のコロニーが毒ガスの黄雲に呑まれた日。

 

「ミシェル…母さん…父さん…」呟きは、エンジンの響きにかき消される。

 

第四艦隊セイバーフィッシュ隊スワロー小隊の隊長として、アンティータム級補助空母に乗り地球周回軌道に配備されていたイーサン。

あの時、任務でサイド2を離れていた。

恋人ミシェルは、クラウディアと絆を深めるためコロニーを訪れていた。

 

「クリスマス休暇をあなたの家族と過ごしたいの」と笑った彼女の顔が、脳裏で静かに甦る。

 

「俺が…ミシェルを行かせなければ…そばに居られたら…彼女はまだ…」

 

後悔が胸を締め付ける。

第四艦隊の任務でコロニーを離れたのは避けられなかった。

それでも、ミシェルを守れなかった罪悪感がイーサンを苛む。

母クラウディアのコロニーとの融和の理想、父ジョージの軍人としての誇り、全てがジオンの毒ガスに奪われた。

 

「あの悲劇が無ければな…。」

 

声は静かだが、深い悲しみを帯びる。

イーサンの指が本のページをそっと押さえる。

だが、あの日のサイド2は黄雲に呑まれ、家族の絆もろとも砕かれた。

 

「この馬鹿げた戦争を早く終わらせないとな…。」

 

イーサンの瞳に静かな決意が宿る。

 

そっと本を閉じ、表紙のタイトルを指でなぞる。

ミデアの薄暗い休憩室で、クラウディアの古びた本だけが、失われた家族を繋ぐ最後の絆だった。

 

 

 

 

 

宇宙世紀0079年1月5日、第四艦隊は地球周回軌道をパトロールしていた。

アンティータム級補助空母サントラガのセイバーフィッシュ格納庫は、整備員の叫び声と金属の響き、油の匂いに満ちていた。

イーサン・オールグレン少佐は、スワロー小隊の隊員たちとコックピット脇で会話を交わしている。

 

「隊長、本当にジオンが宣戦布告しましたね。」

 

若い隊員が、整備中のセイバーフィッシュを見上げながら言った。

イーサンの目が一瞬曇る。

 

「ああ…母さんと父さんが危惧していた通りになってしまった。」

 

クラウディアのコロニー融和の理想、ジョージの軍人としての誇り――二人の言葉が脳裏をよぎる。

だが、今はそれよりも、恋人ミシェルの安否がイーサンを苛む。

 

「ミシェルさんは…隊長のご実家に?」

 

別の隊員が、液体レーションを手にためらいがちに尋ねた。

 

「クリスマス休暇を俺の家族と過ごしたいと…そう言ってな。アイランド・イフィッシュに…」

 

イーサンの声は低く、言葉が喉に詰まる。

 

「ただのクリスマス休暇のはずだったのに…」

 

格納庫の喧騒が、イーサンの不安をかき立てる。

ジオンが宣戦布告し、各コロニーの駐屯艦隊との連絡が途絶えた。

サイド2の状況は不明。

ジオンが次にどんな手を打つのか、誰も予測できない現状。

第四艦隊は地球周回軌道で待機し、デブリや隕石を利用した質量兵器での地表攻撃を警戒していた。

 

「無事であってくれ…ミシェル、母さん、父さん…。」

 

イーサンの呟きは、エンジンの振動にかき消される。

ジオンへの憎悪が胸の奥で燻るが、今はただ、家族の安否を願うしかなかった。

その時、格納庫のスピーカーが軋み、第四艦隊司令ティアンム中将の声が響いた。

整備員たちの動きが一瞬止まり、緊迫した空気が場を支配する。

 

「全艦隊に告ぐ。先ほど、ジャブローの司令部から連絡があった。サイド2のコロニーの1つが静止軌道を離れ、地球に落下する軌道に入った。コロニーの落下軌道を計算した結果、ジャブローの総司令部に直撃すると結論が出た。この落下は人為的なものであり、ジオンの攻撃と断定される。もし、コロニーが地上に落ちれば、津波や気象変動により数十億の命が失われるだろう。第4艦隊は直ちに落下軌道上に移動し、このコロニー落としを全力で阻止する!総員、戦闘配置につけ!」

 

イーサンの顔が凍りつく。

 

「なんで、サイド2のコロニーが落ちるんだ…?」

 

ジオンの大義はスペースノイドの独立のはずだ。

独立を掲げるなら、コロニーを制圧し、住民を守るのが筋だろう。

なのに、コロニーを地球に落とす――その矛盾がイーサンの頭を混乱させる。

サイド2、アイランド・イフィッシュにいる母クラウディア、父ジョージ、恋人のミシェルの顔が脳裏を駆け巡る。

 

「父さん…母さん…ミシェル!」

 

イーサンの息が荒くなり、拳が震える。

まだ家族が生きている――その希望が、胸の中で必死にしがみつく。

 

「オルグレン隊長!大丈夫ですか!」

 

若い隊員が駆け寄り、心配そうに声を上げる。

イーサンは答えず、目を閉じる。格納庫の喧騒の中で、戦闘配置のアラームが甲高く響き、戦場への準備が始まる。家族の生存を信じる心だけが、彼の心を支えていた。

 

 

哨戒任務や護衛任務をしていたサラミス級巡洋艦や戦闘機トリアエーズが、コロニー落下を阻止するためコロニー落下軌道上に集まり始めた。

イーサンはセイバーフィッシュのコックピットに滑り込み、ヘルメットを握りしめながら心を落ち着けようとしていた。

モニターのノイズと機体の微かな振動が、緊張を高める。

 

「もしかしたら、制圧中にコロニーの制御装置が故障したんだ。落下軌道に入ったのは事故に違いない。そうだ、そうに決まってる。スペースノイドの独立のために、同じスペースノイドを殺すなんてありえない…。」

 

イーサンは自分に言い聞かせる。

 

母クラウディア、父ジョージ、恋人ミシェルがアイランド・イフィッシュで生きている――その希望が、彼を支える唯一の光だった。

 

その時、損傷したサラミス級3隻とセイバーフィッシュ5機が、第四艦隊に合流しようと接近してきた。

艦体は焦げ、装甲は無残に剥がれ、戦闘の爪痕が生々しい。

マゼラン級トリトンのブリッジでは、ティアンム中将が通信士に命じて連絡を入れる。

 

「こちら第四艦隊。そちらの所属は?」

 

スピーカーから、震える声が返ってきた。

恐怖と疲弊が滲むその声は、聞き手すら凍りつかせる。

 

「こちら…サイド4駐屯艦隊所属のゴトランド。第4艦隊と合流したい…」

 

トリトンのブリッジがざわめく。

コロニーとの連絡が途絶え、状況が不明な中、サイド4からの生存者は初めてだった。

艦隊司令のティアンムは冷静に、だが重い口調で応じる。

 

「分かった。合流を許可する。」

 

「合流…感謝する…」

 

ゴトランドの艦長の声は、かすかに安堵を帯びる。

 

「コロニーに何があった?」

 

ティアンムが尋ねる。

ゴトランドの艦長は一瞬沈黙し、嗚咽を噛み殺す。

震える声で、まるで悪夢を吐き出すように言葉を絞り出した。

「ジオンが…コロニーに対して核攻撃と毒ガス攻撃を…艦隊はほぼ壊滅、コロニーの住民の生存は…」

 

声は途切れ、悲痛な響きだけがブリッジに残る。

トリトンのクルーたちは騒然とし、通信士が手を止める。ティアンムの目が鋭く細まり、ジオンの非道に言葉を失うのだった。

アンティータム級サントラガの格納庫では、イーサンがセイバーフィッシュのコックピットでヘルメットを抱え込み、家族の生存を信じようとしていた。

だが、その静寂を突き破るように、けたたましいサイレンが格納庫に響き渡る。

 

「緊急!緊急!セイバーフィッシュ1機、緊急着艦!格納庫の全人員は直ちに退避せよ!」

 

イーサンはハッと我に返り、コックピットから飛び出して退避する。

整備員たちが慌てて散り、格納庫の後部ハッチが重々しく開く。

戦闘機をキャッチするためのバリケードネットが展開される。

1機のセイバーフィッシュが、よろめくように着艦体勢に入る。

機体は焼け焦げ、装甲は無残にひび割れ、煙を吐きながら格納庫に突入した。

バリケードネットが機体を受け止め、衝撃音が格納庫を揺らす。

整備班が消火器を手に駆けつけ、セイバーフィッシュに消火材を吹き付けた。

白い煙と焦げた金属の匂いが格納庫に充満する。

救護班がコックピットに殺到し、ハッチをこじ開けてパイロットを救出した。

宇宙空間用のストレッチャーに乗せられたパイロットは、顔を覆うヘルメット越しにも極度の疲労が伺える。

イーサンはストレッチャーに近づき、いてもたってもいられず叫んだ。

 

「おい!コロニーで何があった!」

 

ストレッチャーのパイロットは、弱々しい声で、途切れ途切れに答える。

 

「ジオンが…コロニーに…核と…毒ガスを…」

 

言葉はそこで途切れ、パイロットは意識を失う。

 

救護班がイーサンを押し退け、ストレッチャーを救護室へと急ぐ。

イーサンは呆然と立ち尽くし、手に握っていたヘルメットが力なく床に落ちる。

サイド2、アイランド・イフィッシュにいる母クラウディア、父ジョージ、恋人ミシェル――その生存を信じていた希望が、冷たい絶望に塗りつぶされる。

格納庫の整備兵や他のパイロットたちも、パイロットの言葉を聞き、凍りついたように立ちすくむ。

緊急着艦の衝撃音と消火材の煙が、動揺する彼らを包み込む。戦闘配置のアラームが遠く響き、第四艦隊は未だ見えぬコロニーとの戦いへと突き進むのだった。

 

その後、サイド1駐屯艦隊の残存戦力や、サイド2の暗礁宙域を巡回していたサラミス級巡洋艦が次々と第四艦隊に合流した。

マゼラン級トリトンのブリッジでは、ティアンム中将が集結した艦艇と戦闘機の戦力を分析し、指揮系統の再編成を急いだ。

負傷者はルナツーへの搬送が命じられ、艦隊は新たな戦闘態勢を整える。

1月6日、第四艦隊はコロニー落下軌道上で、ついにその巨大な影を捕捉した。

星々の間に浮かぶコロニーのシルエットは、まるで静かな脅威のように迫る。

サイド1、サイド4の残存艦隊から伝えられた情報――ジオンの新型人型兵器「ザク」の脅威を警戒し、ティアンムはマゼラン級とサラミス級の主砲による砲撃とミサイル攻撃を命じた。

だが、ミノフスキー粒子の濃密な散布が戦場を覆い、照準精度は著しく低下する。

主砲のビームは目標を外れ、ミサイルは誘導機能を失い、虚空を彷徨う。

ジオン艦隊の接近を防ぐため、艦隊は後退しながら攻撃を続けるが、成果を上げられなかった。

1月8日、コロニーの落下阻止限界点が刻一刻と迫る。

トリトンのブリッジは緊迫感に包まれ、クルーたちの顔に疲労と焦りが滲む。

ティアンム中将は、モニターに映るコロニーの影を見つめ、決断を下す。

その声は、ブリッジに響き、艦隊全体に伝わる。

 

「これより、コロニーに接近し、護衛するジオン艦隊の排除を行う!落下阻止限界点が近い!各員、奮起せよ!」

 

第4艦隊はコロニーに接近するために鶴翼の陣形から魚鱗の陣形に変え、突撃の陣形を整える。

 

 

「撃ち方!始め――!」

 

ティアンムの号令が轟き、第四艦隊はマゼラン級とサラミス級の艦砲射撃、ミサイルの連射を放ちながら、コロニーへと突き進む。

 

 

 

 

 

星空を切り裂く、ビームの赤い閃光とミサイルの尾が、コロニーの巨大なシルエットを浮かび上がらせる。

だが、コロニーを護衛するジオンのムサイ軽巡洋艦が猛然と応戦し、緑色のビームが第四艦隊を貫く勢いで放たれる。

両軍は互いに艦砲射撃を交わしながら、距離を詰めていく。

ミノフスキー粒子の濃霧が戦場を覆い、モニターにノイズが走り、クルーたちの視界を遮る。

トリトンのブリッジで、ティアンムはモニターに映るコロニーの輪郭を睨みつけ、冷静かつ断固たる口調で命じる。

 

「戦闘機部隊を発進させろ!」

 

コロニーが間近に迫る中、ティアンムはトリアエーズとセイバーフィッシュの戦闘機部隊の発進を号令した。

アンティータム級補助空母サントラガの格納庫に、甲高いアナウンスが響き渡る。

 

「セイバーフィッシュ部隊は全機発進せよ!発進せよ!」

 

サントラガの格納庫は、整備員の叫び声、エンジンの唸りで沸き立っていた。

イーサンはセイバーフィッシュのコックピットに座り、ヘルメットを握りしめ、発進の瞬間を待っていた。

緊急着艦のパイロットの言葉――「ジオンが…コロニーに…核と…毒ガスを…」――が頭の中で反響し、絶望は燃え盛る怒りと憎悪に変わっていた。

ミシェル、クラウディア、ジョージの笑顔が脳裏を駆け巡り、ジオンへの憎しみが血を煮えたぎらせる。

 

「ジオンめ…!絶対に許さん!」

 

イーサンは歯を食いしばり、武者震いする。

サントラガの正面ハッチが轟音とともに開き、発進シークエンスのアラームが格納庫に響き渡る。

イーサンはセイバーフィッシュのシステムを最終チェックし、通信機に声を叩きつける。

 

「スワロー1、イーサン・オルグレン少佐!発進する!」

 

セイバーフィッシュがカタパルトから猛烈な勢いで飛び出し、漆黒の宇宙へ突き進む。

背後でサントラガのハッチが眩い光を放ち、トリアエーズとセイバーフィッシュの部隊が次々と戦場へ飛び立つ。

コロニーの巨大な影とムサイのビームが交錯する戦場で、ジオンのザクの赤いモノアイが閃く。

イーサンの機体は憎悪の炎をまとい、ジオン艦隊へと突進する。

今、人類史上初の大規模宇宙戦闘の幕が上がったのだ。

 

「スワロー2、スワロー3!俺に続け!」

 

イーサンの声が通信機に響き、スワロー小隊のセイバーフィッシュ3機がコロニーに急接近する。

スワロー2とスワロー3のパイロットが即座に応答する。

 

「了解!」

 

戦場は敵味方のビームとミサイルが交錯する混沌の坩堝だ。

赤と緑の閃光が星空を切り裂き、ミノフスキー粒子の濃霧がモニターを乱し、視界を奪う。

コロニーの巨大なシルエットが迫る中、イーサンのスワロー小隊は艦砲戦の隙間を縫い、ジオン艦隊の懐へ飛び込む。

その時、漆黒の宇宙に赤い単眼が閃き、1機のザクⅡがスワロー小隊の行く手を阻む。

ザク・マシンガンを構え、AMBACで機敏に動くその姿は、セイバーフィッシュにとって圧倒的な脅威だ。

イーサンの瞳が鋭く光り、通信機に指示を叩き込む。

 

「手筈通りに行くぞ!」

 

「分かりました!」

 

スワロー3が即座に反応し、セイバーフィッシュのミサイルランチャーから2発のミサイルを発射する。

白い尾を引くミサイルがザクⅡに迫るが、ザクはAMBACを駆使して軽やかに回避し、機体を翻す。

だが、イーサンはその動きを予測していた。

生還した駐屯艦隊のパイロットから得た情報。

ザクⅡのAMBACシステムは、回避後に姿勢制御で一瞬の隙を生む。

その情報をもとに、緻密な作戦を立てていたのだ。

ザクⅡが回避後に姿勢制御のためAMBACで機体を安定させる瞬間、イーサンのセイバーフィッシュがミサイルを2発発射する。

ザクⅡは姿勢制御中で反応が遅れ、ミサイルが直撃。

爆炎が宇宙に広がり、ザクⅡの赤い単眼は光を失いながら爆散する。

 

「よし、情報通り、姿勢制御時に隙ができる!」

 

イーサンの声に勝利の確信を得る。

一対一ではザクⅡの機動性にセイバーフィッシュは敵わない。

だが、緊急着艦のパイロットから得た情報をもとに、イーサンは初撃で回避を誘い、姿勢制御の隙に2撃目で仕留める戦術を編み出した。

複数機の連携なら、セイバーフィッシュでもザクを倒せると確信したのだ。

 

「このまま、コロニーに張り付いているジオン共を駆逐するぞ!」

 

イーサンの声は憎悪と決意に満ち、スワロー2とスワロー3を引き連れ、ジオン艦隊の中心へ進行する。

イーサンのコックピットのモニターにコロニーの外壁が映し出された。

その表面に、大きく刻まれた文字で[アイランド・イフィッシュ]と書かれていた。

イーサンの心臓が凍りつく。

 

「そんな…アイランド・イフィッシュがコロニー落としに……。」

 

彼が家族と共に暮らした故郷、アイランド・イフィッシュは、ジオンの非道な蛮行によって無残な兵器へと改造されていた。かつての輝く円筒形の楽園は冷たく歪んだ鉄の塊と成り果てていた。

内部を満たすのは、G3ガスの黄色い毒霧。

その不気味な輝きは、コロニーの住民全てを無慈悲に抹殺した死の瘴気だった。

スペースノイドの揺り籠、希望と未来の象徴であったコロニーは、ジオンの手によって地球を滅ぼす質量兵器へと変貌していた。

外壁に冒涜的に装着された核パルスエンジンはスペースノイドの理想を嘲笑うかのように脈動する。

クラウディアの融和の夢、ジョージの軍人としての矜持、ミシェルの優しい笑顔――イーサンの全てが、この地獄のような光景に踏みにじられていた。

絶望が燃え盛る憎悪へと爆発し、彼の心を焼き尽くす。

 

「この悪魔共め!畜生がーーー!」

 

イーサンの叫びがコックピットを震わせ、怒りが血管を煮えたぎらせる。

視界に捉えたのは、核バズーカを構えるザクⅡ。

赤い単眼が冷酷に光り、コロニーの大気突入を邪魔させないように立ちはだかる。

イーサンは憎悪に突き動かされ、セイバーフィッシュの機首に搭載された機関砲を乱射する。

火花が散り、機関砲の弾が核バズーカに着弾。

装填された核弾頭が制御不能に陥り、ザクⅡは慌ててバズーカを投棄するが、時すでに遅し。

轟音のない宇宙で、核弾頭の暴走が引き起こす白熱の閃光が戦場を焼き尽くす。

爆炎は太陽のごとき猛威を放ち、ザクⅡの装甲を赤く溶かし、その鋼鉄の骨格を液状化させる。

赤いモノアイが熱に耐えきれず熔け、機体は溶けた金属の奔流と化して宇宙に散らばる。

周囲のザクⅡ数機も逃れられず、装甲が白熱して滴り落ち、内部のフレームがねじ曲がり、爆風に飲み込まれて微細な破片と化す。

爆発の衝撃波はコロニーの外壁を震わせ、G3ガスの黄色い毒霧を渦巻かせ、戦場を白と赤の混沌に染め上げる。

星々が輝く戦場の静寂が、破壊の輝きに支配される。

 

「このまま、ジオンの奴らを血祭りにするぞ!」

 

イーサンの声は憎悪に震え、セイバーフィッシュをさらに加速させ、ジオン艦隊の中心へと突き進む。

コロニーの黄色い煙とムサイの緑色のビームが交錯する戦場で、彼の機体は怒りの矢と化す。

 

「隊長!落ち着いてください!」

 

スワロー2の声が通信機から響く。

部下が必死に自重するように進言するが、イーサンの耳には届かない。

アイランド・イフィッシュの惨状が彼の心を焼き、憎悪の炎が理性をも焼き尽くしていた。

スワロー小隊はコロニーの影を背に、ジオン艦隊の猛攻の中を突き進む。

 

戦場は混沌の極みを迎えていた。

ミノフスキー粒子散布下では連邦軍の照準を狂い、地球連邦軍が誇った精密な艦砲射撃は夢物語と化していた。

第四艦隊は、やむなく至近距離での艦砲射撃に踏み切るが、ジオン軍のムサイ級軽巡洋艦の主砲とザクⅡの機敏な動きによる連携に翻弄され、次々と炎に包まれる。

サラミス級巡洋艦の装甲が裂け、爆炎が宇宙を彩る中、乗員の悲鳴は真空に消える。

発進したトリアエーズやセイバーフィッシュも、ザクⅡのAMBACによる予測不能な機動に歯が立たず、ザク・マシンガンの弾幕や核バズーカの白熱する閃光に飲み込まれる。

戦闘機の残骸がコロニーの周囲に漂い、星々の間に散乱する破片が戦場の無常を物語る。

だが、ジオン軍も無傷ではなかった。

サイド2からの長時間にわたるコロニー警護で、ザクのパイロットは極限の緊張状態に追い込まれ、集中力は糸が切れたように途絶えつつあった。

推進剤は底をつき、AMBACの機動すらままならず、連邦軍の艦砲射撃や戦闘機の集中攻撃に次々と撃破されていく。

コロニーの周囲は、連邦軍とジオン軍の爆発の光でまるで花火のように彩られていた。

アイランド・イフィッシュに取り付けられた核パルスエンジンの不気味な脈動がその死の行進を加速させる。

スペースノイドの揺り籠を虐殺の道具に変えたジオンの非道さが、戦場の全てに刻まれていた。

スワロー小隊はその混沌の坩堝を突き進む。

イーサンのセイバーフィッシュは、憎悪の炎をまとってコロニーの影を切り裂く。

すると、前方に損傷したザクⅡの群れ――10機以上が漂っているのがモニターに映る。

装甲は焼き爛れ、腕や脚を欠損し、赤いモノアイが弱々しく点滅する。

損傷したザクⅡの後方にムサイが待機し、回収を試みているようだった。

 

「奴らを逃がすな!生きては帰さん!」

 

イーサンの声は憎悪に震え、セイバーフィッシュのミサイルでザクⅡにロックオン。

6発のミサイルが白い尾を引いて発射され、損傷したザクⅡの群れに突き刺さる。

スワロー2とスワロー3も即座に続き、ミサイルの雨が損傷したザクⅡに直撃。

 

6機のザクⅡが爆炎に包まれ、装甲が破裂し、赤い一つ目が闇に消える。

ザクⅡを回収しようとしていたムサイ級軽巡洋艦が、猛然と主砲を放つ。

緑色のビームが宇宙を切り裂き、イーサンのセイバーフィッシュを狙う。

だが、イーサンは卓越した操縦技術でビームを回避し、ムサイの対空砲火の網をかいくぐる。

コックピットの警告音が鳴り響く中、彼は冷静に照準を合わせ、対艦ミサイル2発をムサイの艦橋に叩き込む。

 

「くらえ!」

 

ミサイルがムサイの艦橋を突き破り、艦橋内が爆炎で広がる。

 

轟沈するムサイは、内部から炸裂し、無数の破片となって宇宙に散らばった。

スワロー2とスワロー3も対艦ミサイルを放ち、残る1隻のムサイを撃破する。

爆炎が連鎖し、戦場は一瞬にして白と赤の光に染まる。

損傷したザクⅡたちは、回収を待っていたムサイ2隻を失い、ただの的と化していた。

推進剤を欠き、動くこともままならないその姿は、まるで水面で踠く蟻のようだ。

スワロー小隊は旋回し、漂うザクⅡに追撃の照準を合わせる。

イーサンのコックピットに、ミシェル、クラウディア、ジョージの笑顔が甦る。

アイランド・イフィッシュのG3ガスの毒霧、核パルスエンジンの冒涜――全てが彼の憎悪を煽る。

 

「父さんと母さんとミシェルの苦しみを味わえ!この外道め!」

 

イーサンは叫び、ミサイルランチャーのトリガーを引こうとしたその瞬間――セイバーフィッシュの上方から、弾幕が降り注ぐ。

コックピットの警告音が甲高く響き、イーサンは咄嗟に機体を急旋回させて回避。

弾丸が虚空を切り裂く。

 

「何!?」

 

イーサンが視線を上げると、そこには青く塗装されたザクⅠが、ザク・マシンガンを構えて浮かんでいた。

その単眼は冷たく輝き、新たな脅威としてスワロー小隊を見据える。

 

 

 

 

イーサンの胸に苛立ちが燃え上がる。

損傷したザクⅡを仕留める絶好の機会を、この青いザクⅠに阻まれたのだ。

モニターに映るその姿は、4機のザクⅡを従え、損傷した仲間を回収しようと動いている。

損傷したザクⅡたちは、よろめくように漂いながら、新たに現れたザクⅡに救助されようとしていた。

 

「回収させるかよ!」

 

イーサンの声は憎悪に震え、セイバーフィッシュを損傷したザクⅡの群れに突進させる。

青いザクⅠが即座に反応し、ザク・マシンガンの弾幕を放つ。

120mmの弾丸が宇宙を切り裂き、イーサンの進路を塞ぐ。

 

「ちっ!先にその青い奴を仕留めるぞ!」

 

イーサンは舌打ちをし、スワロー小隊に編成の組み直しを指示。

 

通信機に鋭い声が響く。

 

「スワロー2、スワロー3!編成を組み直せ!あの青いザクを叩く!」

 

「了解!」

 

スワロー小隊は即座に陣形を整え、青いザクⅠに襲い掛かる。

スワロー3が先行し、ミサイルランチャーから2発のミサイルを発射。

白い尾を引くミサイルが、青いザクⅠに迫る。ザクⅠはAMBACを駆使し、流れるような動きでミサイルを回避し、姿勢制御に入ろうとする。

 

「今だ!スワロー2!」

 

イーサンの号令に、スワロー2が即座にミサイルを放つ。

 

必殺の二撃目――これまでザクⅡを葬ってきた戦術が、青いザクⅠを仕留めると確信した瞬間だった。

だが、青いザクⅠは姿勢制御を寸前でキャンセルし、アポジモーターを横に噴射。

ミサイルは漆黒の宇宙の彼方に消える。

 

「なんだと!?初見で回避したのか!?」

 

イーサンの声に驚愕が滲む。

スワロー小隊の必殺の戦術を、初見で完璧に見切られたのだ。

青いザクⅠのモノアイが冷たく光り、まるでスワロー小隊を嘲笑うかのようだった。

スワロー小隊が青いザクⅠとすれ違う刹那、ザクⅠは驚異的な速さでザク・マシンガンを構え、弾幕を放つ。

120mmの弾丸がスワロー2のエンジン部に直撃し、火花と共に炎が噴き出す。

コックピットの警告音が甲高く響き、スワロー2のパイロットが叫ぶ。

 

「こちら、スワロー2!被弾!エンジン出力低下!」

 

「ちっ!スワロー2、離脱しろ!俺とスワロー3で始末する!」

 

「了解!」

 

スワロー2はエンジンから黒煙を吐きながら戦線を離脱。

イーサンは機体を旋回させ、青いザクⅠに再び照準を合わせる。

 

「スワロー3!次で仕留めるぞ!」

 

「了解しました!」

 

イーサンはスワロー3と距離を取り、青いザクⅠに再度接近。

スワロー3がミサイルを発射し、ザクⅠは再び流れるような動きで回避する。

イーサンはその瞬間を捉え、セイバーフィッシュの機首をザクⅠに向ける。

 

「この距離なら避けられまい!」

 

至近距離でミサイルを放つ。

白い尾が青いザクⅠに迫る。

イーサンは確信する――今度こそ仕留めたと。

だが、青いザクⅠは信じられない動きを見せる。

機体を反らし、バク転のようなアクロバティックな回避でミサイルを躱す。

そして、バク転の最中、ザク・マシンガンを発射、スワロー3のエンジン部に2発の弾丸を精密に撃ち込む。

 

「スワロー3!やられた!離脱します!」

 

スワロー3も黒煙を吐きながら戦線を離脱。

イーサンはモニター越しに青いザクⅠを睨み、ある事実に気付く。

 

「こいつ…わざと撃破しないように狙ってるのか?」

 

青いザクⅠは、コックピットや機体中央を狙わず、エンジン部だけを精密に攻撃していた。

致命傷を与えず、戦闘不能に追い込むその戦法は、まるでスワロー小隊を翻弄するゲームのようだった。

イーサンの胸に新たな怒りが燃え上がる。

 

「こいつ…舐めてやがるのか!?」

 

クラウディアの夢、ジョージの誇り、ミシェルの笑顔――アイランド・イフィッシュを地獄に変えたジオンの非道さを思い出し、イーサンの憎悪が爆発する。

ジオンの偽りの大義、G3ガスで住民を虐殺し、コロニーを質量兵器に変えたその悪行に、慈悲などあるはずがない。

 

「ふざけるな!ジオンがそんな慈悲を持つはずない!舐めやがって!」

 

セイバーフィッシュのエンジンが唸り、イーサンは単騎で青いザクⅠに挑む。

イーサンはコックピットで息を整え、セイバーフィッシュの残りの武装をチェックする。

モニターに映るステータスは冷酷な現実を表記する。

 

「ミサイルが4発、機関砲の弾は半分か…。」

 

限られた武装で、青いザクⅠの圧倒的な技量に立ち向かう。

イーサンの視線がモニターのザクⅠの一つ目に固定される。

クラウディア、ジョージ、ミシェルの笑顔が脳裏を焼き、アイランド・イフィッシュの廃墟が彼の心を締め付ける。

復讐の炎が燃え上がり、腹を括る。

 

「一矢報いてやる!」

 

セイバーフィッシュが旋回を終え、青いザクⅠに照準を合わせる。

イーサンは2発のミサイルを発射。

白い尾を引きながら、ザクⅠに迫る。

青いザクⅠは予想通り、流れるような動きでミサイルを回避。

だが、イーサンはその動きを読み、初弾の白煙に隠した2発のミサイルがザクⅠに迫る。

青いザクⅠは咄嗟に反応し、隠されたミサイルの一発は回避するが、残りの一発は回避できないと判断。

左肩のショルダーアーマーを盾にし、もう一つのミサイルを防ぐ、爆煙がザクⅠの顔を覆う。

ザクⅠの左肩が爆裂し、ショルダーアーマーの装甲が砕け散り、左腕が無残に垂れ下がる。

だが、機体はまだ動く。

単眼が冷たく光り、イーサンを睨みつける。

 

「今だ!」

 

イーサンは爆煙を目眩ましに使い、セイバーフィッシュを青いザクⅠに急接近させる。

コックピットの警告音が鳴り響く。

イーサンの心は、復讐と死の覚悟に支配されていた。

 

「お前も道連れだ――!」

 

セイバーフィッシュが青いザクⅠに特攻を仕掛ける。

母の優しい声、父の誇り高い眼差し、ミシェルの温かい笑顔――アイランド・イフィッシュで過ごした日々が走馬灯のように蘇る。

この地獄のような戦場で、家族のいる故郷で死ねるなら本望だ。

イーサンは自らの死を受け入れ、操縦桿を握り締める。

しかし、青いザクⅠは驚異的な反応を見せた。

腰のヒートホークを右手に閃かせ、セイバーフィッシュの特攻を紙一重で回避。

白熱した刃がセイバーフィッシュの機首を正確に切り裂いたのだ。

コックピットが激しく揺れ、警告音が甲高く響く。

イーサンの視界が一瞬暗転する。

 

「な、なんだと…!」

 

切り落とされた機首が宇宙を漂い、セイバーフィッシュは制御を失う。

イーサンは呆然とモニターを見つめる。

青いザクⅠのモノアイが赤く輝き、まるで彼を見下すように浮かんでいる。

青い機体のパイロットの技量――特攻を躱し、機首だけを精密に切り落とした腕前に、イーサンは圧倒される。

青いザクⅠは最後まで不殺を貫いたのだ。

 

「なんでだ…なんで、俺を殺さなかった…?」

 

イーサンの呟きがコックピットに響く。

ジオンの非道さ、アイランド・イフィッシュを地獄に変えた罪、家族を奪った憎悪――それら全てに反する、青いザクⅠの行動に彼の心は揺らぐ。

復讐の炎が一瞬、疑問と混乱に飲み込まれる。

その時、モニターに損傷したセイバーフィッシュが映る。

離脱したはずのスワロー3、エリックの機体だ。

黒煙を吐きながら、ゆっくりとイーサンの機体に接近する。

 

「隊長!ご無事ですか!?」

 

エリックの声が通信機に響く。

イーサンは驚きと苛立ちで叫び返す。

 

「馬鹿!なんで戻ってきた!戦闘中だぞ!」

 

「隊長が馬鹿やると思って、戻ってきました!」

 

スワロー3のエリックは、救護活動中の信号を発信し始める。

 

「救護信号を出すな!狙われるぞ!」

 

イーサンが叫ぶが、エリックは無視して機体をイーサンのセイバーフィッシュの前に静止させる。

エリックは救出用のケーブルを展開し、イーサンを助けようとする。

その瞬間、2機のザクⅡが接近し、ザク・マシンガンの銃口をエリックのセイバーフィッシュに向ける。

赤い単眼が冷酷に光り、その巨大なシルエットにエリックは恐怖した。

 

「そんな、死ぬのかよ……。」 

 

エリックの声に恐怖が滲み、イーサンは全てを諦める。

その刹那、左腕を損傷した青いザクⅠが、ザクⅡの射線を塞ぐように割り込む。

単眼が静かに光り、イーサンとエリックを庇うように立ちはだかる。

 

「俺たちを…庇うだと?」

 

イーサンとエリックは目の前の光景を信じられず、凍りつく。

コロニー落としを遂行し、G3ガスで住民を虐殺したジオンが、なぜ自分たちを庇うのか。

青いザクⅠは、銃口を向けるザクⅡにジェスチャーで指示を送る。

ザクⅡたちは一瞬躊躇し、赤い一つ目を揺らしつつ、静かに戦場を離れる。

青いザクⅠはイーサンとエリックの方を振り返る。

赤く光る単眼が、まるで彼らの魂を見透かすようにじっと見つめる。

数秒の静寂の後、ザクⅠはアポジモーターを噴かし、光輝く戦場の中に消えていく。

その背中は、戦場の混沌の中で、ジオンの非道と矛盾する矜持を静かに湛えていた。

 

 

「なぜ…なぜ、ジオンが俺たちを助けた…?」

 

イーサンの呟きは、答えのない疑問としてコックピットに響く。

復讐の炎は燃え続け、しかし青いザクⅠの行動は、彼の心に深い疑念を刻んだ。

エリックのセイバーフィッシュが、損傷したイーサンの機体をゆっくりと回収し、戦場を後にする。

コロニーの核パルスエンジンが不気味に脈動し、アイランド・イフィッシュの死の行進は止まらない。

3時間にわたる壮絶な戦闘の末、ティアンム中将率いる第四艦隊は70%以上の戦力を失い、敗走を余儀なくされた。

マゼラン級トリトンは無数の傷跡に覆われ、サラミス級巡洋艦などの残骸がコロニーの周囲に漂う。

 

1月9日、連邦軍は絶望的な反攻を試みる。

地上から発射された核ミサイルがアイランド・イフィッシュを狙うが、コロニーの堅牢な装甲に阻まれ、破壊には至らない。

阻止限界点を突破したコロニーは、地球への落下軌道を加速させる。

連邦軍は、破片が地球全土に降り注ぐリスクを恐れ、攻撃を中止せざるを得なかった。

1月10日、8時35分 

アイランド・イフィッシュはアラビア上空で四散し、崩壊する。

かつてのスペースノイドの楽園は、無数の鉄の破片と化し、地球へと降り注ぐ。

8時41分

コロニーの前半部がオーストラリアのシドニーに激突。

轟音とともに、直径500キロメートルのクレーター――シドニー湾が誕生する。

残りの破片は、3分の1が太平洋上、3分の2が北米大陸に落下。

オーストラリア大陸の16%が消失し、地球の自転は1時間あたり0.1秒加速する。

わずか一週間で、30億人の命が消え去った。人類史上初の大規模宇宙戦闘は、地球を地獄に変え、スペースノイドの夢を灰燼に帰した。

 

 

 

 

 

 

 

「隊長!隊長!起きてください!」

 

 

誰かがイーサンの体を揺すっている。

意識が闇から浮上し、目の前にソウヤ・タカバ少尉の蒼い瞳が輝く日本人らしい顔が現れる。

 

 

ミデア輸送機の休憩室、薄暗い照明の下で、ソウヤの心配そうな目がイーサンを捉える。

 

「うん?タカバ少尉?どうしたんだ?」

 

イーサンは慌てて身を起こし、額に浮かんだ汗を拭う。

 

「はい、もうすぐ北米大陸に到着するアナウンスを流したのですが、隊長が来られなかったので様子を見に来ました。」

 

ソウヤの声は穏やかだが、どこか心配げだ。

イーサンは周囲を見回し、膝の上に落ちていた母の形見の本に気付く。

表紙は擦り切れ、タイトルはほとんど判読できない。

 

「そうか…私は眠っていたのか。」

 

「はい、ぐっすりと眠っていましたよ。」

 

ソウヤはしゃがみ込み、床に落ちた本を拾い上げる。

優しく埃を払い、イーサンに差し出す。

 

「少佐、どうぞ。大切な本なんですよね?」

 

「ああ、とても大切な本だ。」

 

イーサンは本を受け取り、表紙を慈しむように撫でる。

ブリティッシュ作戦の敗走後、ジャブローでのモビルスーツ開発プロジェクトに転属した日々が脳裏をよぎる。

ジオンのモビルスーツに匹敵する、いや、それを超える力を求めて、プロジェクトに没頭した。

ある時、母の兄である叔父が訪ねてきて、この本を手渡してくれた。

母クラウディアが大切にしていた、彼女の信念が詰まった一冊だった。

 

「隊長、その本の内容はなんですか?」

 

ソウヤの好奇心旺盛な目が光る。

温厚で自己主張の少ない彼だが、新しい技術や戦術の話には目を輝かせる。

 

「うん?この本か?」

 

イーサンは本を手に微笑む。

ソウヤの純粋な質問が、戦場の血と硝煙を一瞬遠ざける。

 

「この本の内容はな、中世紀の後半、地球で世界規模の戦争があった時の話だ。その時代、敵を倒すことが美徳とされ、敵国の兵士を助けるのは恥とされていた。ある時、1隻の軍艦が撃破され、乗組員は海に漂流した。重油にまみれ、海水で体力を削がれた彼らは、絶望の中で味方の船を待った。だが、近づいてきたのは敵国の船だった。」

 

イーサンはページをめくり、擦り切れた文字をなぞる。

クラウディアの声が、遠くから聞こえるようだった。 

 

「漂流していた乗組員たちは死を覚悟した。敵を倒すのが美徳の時代だ、助かるはずがないと。だが、その敵国の船は彼らを救助した。水と食料を与え、栄誉あるゲストとして丁重に扱ったんだ。」

 

「え?なぜ、敵を倒すのが美徳なのに助けたんですか?」

 

ソウヤの声に驚きが混じる。

イーサンは優しく微笑む。

 

「その船の指揮官は、無闇に人を殺すのは間違っていると信じていたんだと思う。救助には部下の反対もあったし、上官に報告したら叱られた。だが、その上官も彼の信念を知っていたから、敵兵を助けたことを内緒にしてくれたそうだ。」

 

「そうなんですね…。」

 

ソウヤの声は静かだが、どこか感銘を受けたようだった。

イーサンは本を閉じ、目を細める。

アイランド・イフィッシュの戦場、青いザクⅠの単眼が脳裏に蘇る。

あのパイロットも、コロニー落としという非道を嫌悪していたのではないか。

軍人としての職務を全うしつつ、戦闘不能にするだけで殺さず、仲間すら抑えて自分たちを庇った。

あの行動は、青いザクⅠのパイロットなりの「矜持」だったのだと、イーサンは確信する。

 

「隊長、そろそろ行きましょう。北米大陸が見えるはずですよ。」

ソウヤの声で我に返る。

イーサンは頷き、本を胸に抱く。

 

「そうだな、ミデアの操縦室に移動しよう。」

 

二人は休憩室を後にし、ミデアの操縦室へ向かう。

ソウヤがふと振り返り、私に尋ねた。

 

「ところで隊長、本のタイトルはなんですか?表紙が傷んでて読めなくて。」

 

イーサンはクスリと笑い、答える。

 

「『シーサムライ』――海の侍だよ。」

 

操縦室に入ると、キャノピーに青い海と北米大陸の輪郭が広がっていた。

アイランド・イフィッシュの惨劇、コロニー落とし、30億人の死――ブリティッシュ作戦の傷跡は、地球に深い爪痕を残した。

だが、イーサン・ミッチェル・オールグレンの胸には新たな決意が芽生えていた。

叔父から本を受け取った日、彼は恋人の名をミドルネームに選び、新たな戦いに向かうことを誓った。

青いザクⅠの矜持に導かれ、オリオン小隊の部隊色を紺色に定めたのだ。

あの戦場で学んだ信念を胸に、彼は北米大陸での新たな戦いに臨む。

復讐の炎は静かに燃える、

しかし、その先には、仲間との絆と敵味方を超えた人間の矜持が灯っていた。




登場人物紹介
青いザクⅠのパイロット
原作 [機動戦士ガンダム]
青い巨星
あっちの世界の彼は幸せになっていると思う。

ティアンム中将
原作 [機動戦士ガンダム]

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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