大型モニターに映し出される、ファントム・スイープ隊とウィッチハント隊の激突。
それは第一試合の従来機と最新鋭機の対決は異なり、一年戦争の泥沼を生き抜いた者たちだけが理解できる戦いだった。
「……信じられん練度だ。これが遊撃特務と、北米を戦い抜いた魔女狩りのエースパイロット同士の戦いか。」
サウス・バニング大尉は、腕を組んだままテストパイロットチームの隊長として、鋭い眼光をモニターに据えた。
「前線のエース二機が高機動で互いのラインを潰し合い、その後ろのロブ中尉とバリー大尉が互いの炸裂装甲の残数を計算しながら、どつき合っている。さらに後方じゃあ、ハイメ中尉がルイザ少尉の焦りを完璧に逆手に取って射線を封鎖しているな。三つの異なるラインが、互いに全く干渉していないように見えて、その実、互いの戦況を支え合っている。」
「ええ、全く同感です。」
ルナツー教導隊のボカタ少佐が、戦術担当として深く頷き、言葉を重ねる。
「ウィッチハント隊の戦法は、リリス中尉の圧倒的な突撃力をバリー大尉の装甲強化型ジムが背後から強引に押し上げる形が本来の形です。それをファントム・スイープ隊は、ユーグ大尉のライトアーマーという『最速の駒』をぶつけることで、最初から部隊の連携回路そのものをズタズタに分断しにきている。」
その二人の高度な戦術分析を横で聞きながら、ソウヤ・タカバ中尉は、スライフレイルのパイロットとして、前線の2機に激しい戦慄を覚えていた。
「あの2機の操縦技術、本当に凄いですよ……。ユーグ大尉は、あの狭隘なコロニー残骸の隙間をトップスピードのまま、左右合計8発のミサイルと頭部バルカンを『誘導』として完璧にコントロールしています。対するリリス中尉も、そのミサイルを鉄骨に衝突させ、瞬時にツイン・ビーム・スピアを大鎌から長槍へと切り替えてみせてます。機体の限界挙動を、自分の体の感覚みたいに把握してないとできないですよ。」
「大砲屋としての視点から言わせてもらえば、後方のあのハイメ少尉のスナイパー・ビーム・ライフルも、いい腕をしているな。」
画面を凝視していたエイガー中尉が、険しい表情で短く息を吐き出した。
「ルイザ少尉の陸戦型ジムはなんとか耐えているが、ハイメ少尉はマニュアルで正確に狙い撃っている。ルイザ少尉の焦りを誘発させ、バリー大尉の援護に向かわせないように射線を作っている。あれをやられては一歩も動けん。」
「それ以上にすごいのが、彼らが扱っている機体よ。」
クリスチーナ・マッケンジー中尉が、アレックスのテストパイロットとして、情報端末の機体データを指先で弾いた。
「リリス中尉のガンダム・ピクシーは、頭部やバックパック、左腕のシールドに至るまで、機体のトータルスペックを上げるために色々と改修が施されているわ。ライトアーマーとは真逆の極めて実戦的な改修ね。」
「ええ。それにバリー大尉の装甲強化型ジムも、リアクティブ・アーマーと脚部のホバーシステムを巧みに使い、ストライカーに拮抗してますね。」
クリスと同じG4に関係を持つエミリア准尉が、データ端末をソウヤに見せながら補足する。
「対するジム・ストライカーのウェラブル・アーマーも、内部の炸薬で着弾時の衝撃を外部へ完全に拡散し、実弾を相殺する構造です。お互いに大戦期の同系統の技術で、こんなに白熱した試合が見れるなんて……。」
解説を終えた一同の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。
戦術、操縦技術、射撃、そして機体性能のすべてが、机の上のシミュレーターを遥かに超越した。
一年戦争の戦闘のなかで磨き上げられたエースパイロット達の操縦技術。
自分たちが明日の決勝の舞台で戦うことになる、北米の魔女狩りと水天の涙を阻止した英雄の威容を前に、ソウヤはスライフレイルの操縦桿の感触を思い出しながら、胸の奥で猛烈な闘志の炎が青く燃え上がるのを確かに感じていた。
ハイメのスナイパー・ビーム・ライフルが放つ容赦のない精密狙撃の前に、ルイザの陸戦型ジムは完全に身動きを奪われていた。
ほんの数センチでも遮蔽物から機体を出せば、狙撃手の冷徹な一撃がルナ・チタニウム合金の装甲を貫く。
(……動けない。でも、このままじゃバリー大尉が……!)
バリーの装甲強化型ジムがリアクティブ・アーマーを消失しながら、ロブのジム・ストライカーと戦い続けている。
一刻も早く援護に向かわなければならないという焦燥のなか、ルイザに一瞬の閃きが走った。
(腕のいいスナイパーなら、急に出てきた物体を絶対に『目で追う』はず……!)
ルイザは陸戦型ジムの左ふくらはぎ部分の装甲を展開し、内部に収納されているビーム・サーベルを左マニピュレーターで滑らかに引き抜いた。
そして、低出力のセンサー感知モードの光刃を起動させた直後、そのサーベルを遮蔽物の外へと向けて勢いよく投げ捨てたのだ。
「――っ、苦し紛れのデコイか!」
ジム・スナイパーカスタムのスコープで戦域を監視していたハイメは、ルイザの隠れる残骸の影から飛び出してきた『発光する物体』を瞬時に捉え、本能的にレティクルでそれを追った。
しかし、スコープの倍率がその物体の正体を「ただのビーム・サーベル」だと識別した瞬間、ハイメは舌を巻いて即座に照準を元の残骸へと戻そうとした。
だが、それこそがルイザの仕掛けた最大の布石だった。
ドビューーーンッ!!!
ハイメが視線を戻すよりも早く、ルイザは投げ捨てたビーム・サーベルの光刃に向けて、自らのビーム・ライフルを正確無比に撃ち放ったのだ。
高出力のメガ粒子が、中空を舞うサーベルのプラズマ刃と正面から激突する。
2つのエネルギーが臨界点で干渉し合った刹那、オーストラリアの烈日すらも完全に掻き消すほどの、凄まじいフラッシュバーストが演習場に爆発した。
「――ぐあああああっ!?」
スコープの最大倍率でその臨界爆発を真っ向から注視してしまったハイメのジム・スナイパーカスタムは、メインカメラの光学センサーが一瞬で過負荷を起こして完全に焼き切れ、コックピット内のハイメ自身も咄嗟にスコープから眼を離したが、網膜を焼かれて悲鳴を上げた。
何が起きたか分からぬまま、真っ白に染まったモニターの前でハイメは呻く。
「目論み通り……! バリー大尉、今行きます!」
ルイザは敵スナイパーの目を完全に潰したことを確信し、陸戦型ジムのスラスターを最大出力で噴射。
ついに遮蔽物から飛び出し、バリーの待つエリアへと向けて一気に全速力で駆け出した。
「ロブ、すまねえ、やられた! お嬢ちゃんに一杯喰わされて、こっちのメインカメラと俺の目が潰されたッ!」
ハイメはノイズの走る通信機に急いで怒声を叩き込んだ。
「位置が確認できねえが、あの陸戦型ジムは間違いなくそっちに向かったはずだ! 背後に気をつけろ、ロブ!」
視界を失った一匹狼からの、悲痛な忠告。
ルイザの放った奇策の灯火が、完璧だったファントム・スイープ隊の包囲網の足元を、いま激しく揺るがそうとしていた。
――ガギィィィン!!!
トリントン演習場の中衛エリアは、すでに模擬染料の飛沫と火花、そして限界まで酷使されたジェネレーターの排熱によって完全に狂い乱れていた。
バリー・アボットの装甲強化型ジムと、ロブ・ハートレイのジム・ストライカー。
一年戦争の2機の重装甲機は、まるでガードを捨ててノーガードで殴り合うタフファイターそのもの、壮絶などつき合いを演じ続けていた。
「ハァ、ハァ……! いい加減に、墜ちやがれッ!」
バリーは厳つい顔を歪めて叫び、ビーム・サーベルの光刃を突き出す。
ロブのジム・ストライカーはそのツイン・ビーム・スピアの柄で、紙一重で装甲強化型ジムをいなし、強引に回避軌道を取る。
しかし、あまりにも過酷なドッグファイトだ。
装甲強化型ジムの機体ログには、両腕の駆動内圧低下、胸部フレームの歪みなど、上半身を中心に赤文字の深刻なダメージ警告が鳴り響き続けていた。
「そいつは、こっちのセリフだよ、大尉ぃッ!」
ロブもまた、操縦席の猛烈なGに耐えながら狂気的な笑みを浮かべ、スピアのサイズモードを獰猛に振り回す。
だが、対するジム・ストライカーの五体もまた無傷ではなかった。
バリーの容赦のない90mmブルパップ・マシンガンの斉射と、カウンターの数々を浴び続けた結果、機体を守り続けていた自慢の『ウェラブル・アーマー』は着弾のたびに炸裂し尽くし、すでにそのほとんどを消耗し尽くして剥き出しのフレームが露出していた。
互いの意地と、文字通りのタフネスの限界点。
「へっ……やるじゃねえか。骨のある相手と殴り合えて、俺は今、最高に充実してるぜ!」
「フン……! 北米の妖精と戦い抜いたウィッチハントの隊長が、これしきの攻撃で崩れると思うなよ。お前のそのしぶとさ……認めざるを得んがな!」
互いの技量と、兵士としての濁りのない「タフさ」を本音で称え合うベテラン2人。
装甲は砕け落ち、駆動をきしませながらも、2機は次の一撃でどちらかが沈むまで、さらにその腕を突き出そうとした――その刹那だった。
『ロブ、すまねえ、やられた! お嬢ちゃんに一杯喰わされて、こっちのメインカメラと俺の目が完全に潰されたッ! 位置が確認できねえが、あの陸戦型ジムは間違いなくそっちに向かったはずだ! 背後に気をつけろ、ロブ!』
ノイズにまみれたハイメからの緊迫した通信が、ロブのコックピットに飛び込んできた。
「――ッ、ハイメがやられたか!」
ハイメの緊迫した怒声がスピーカーから切れた瞬間、ロブは享楽家としての冷徹な直感を爆発させた。
背後から殺到する、圧倒的な質量と熱源反応。
ハイメの目を潰して遮蔽物を飛び出してきたルイザの陸戦型ジムが、ビーム・ライフルを真っ直ぐにロブの背中へと突き付けていた。
「バリー大尉、今度こそ護ります! ――墜ちなさいッ!!」
「ルイザ、よくやった! 挟み撃ちにするぞ!」
死角からのルイザの精密射撃と、正面から呼応して突撃するバリーのビーム・サーベル。
ボロボロになったジム・ストライカーを完全に2方向から挟み撃ちにする、ウィッチハント隊の完璧な包緯連携が完成した――その刹那。
「甘いねぇ、お嬢ちゃんたち! ストライカーの本当の速さを見せてやるよ!」
ロブはニヤリと不敵に笑うと、コンソールのハッチを叩いて緊急パージレバーを力任せに引き絞った。
――プシュゥゥゥン!!!
金属質の爆音とともに、ジム・ストライカーの全身に辛うじて残っていたブロック状の『ウェラブル・アーマー』が、一斉に四方へとパージされた。
デッドウェイトとなっていた追加装甲をすべて剥ぎ取られ、完全に剥き出しのフレームとなったジム・ストライカーは、極限まで軽量化された機動力を一瞬にして取り戻したのだ。
――キィィィィン!!!
ストライカーの駆動系が火花を散らして咆哮を上げる。
ルイザの放ったビームの光条が、パージされた装甲の破片を虚しく貫いたそのコンマ数秒の世界。
ロブの機体は、まるで重力を失ったかのような驚異的なレスポンスで真横へとスライドステップを踏み、ルイザの死角からの奇襲を紙一重でいなしてみせた。
「な、に……!? 装甲を、自分で捨てただと……っ!」
挟み撃ちの弾道を完全にかわされ、バリーが驚愕の声を上げる。
だが、ロブの驚異的な機動はそれだけでは終わらない。
軽量化された機体を独楽のように反転させ、ウェラブル・アーマーを失った代わりに手に入れた圧倒的な速度で、到着したばかりのルイザの陸戦型ジムの懐へと滑り込んだ。
「漢のどつき合いに割り込むににゃあ、ちょっと覚悟が足りないぜ、お嬢ちゃん!」
ロブのジム・ストライカーが、手にしたツイン・ビーム・スピアのロッドモードを鋭く突き出す。装甲を捨ててまで手に入れた高速のカウンター。
ウィッチハント隊の完璧な連携を、ストライカーの機動力が強引に切り裂き、戦場はさらに予測不能な混沌の渦へと叩き込まれていった。
「――しまっ!?」
ルイザの瞳を驚愕に見開いた。
奇襲を完璧にかわされただけでなく、装甲を脱ぎ捨てて文字通りインファイターとなったロブのジム・ストライカーが、信じられない挙動で自分の懐へと滑り込んできたからだ。
高速で突き出されるツイン・ビーム・スピアのロッドモード。
その光の穂先が陸戦型ジムのコックピットを捉える――そのコンマ数秒の刹那。
ルイザは訓練で、リリスに叩き込まれたツイン・ビーム・スピアの記憶を思い出す。
操縦桿を強引に引き絞り、左腕のショート・シールドを突き出すようにして機体を内側に捻る。
――ガガギギギィィィン!!!
激しく削り合う狂暴な重低音が、狭いコックピットに響き渡る。
ロブの放った渾身の刺突は、ルイザが寸前で滑り込ませたショート・シールドの表面を強烈に穿ち、激しい火花を散らしながら外側へと辛うじて受け流した。
ルナ・チタニウム合金製の強固な盾が悲鳴を上げ、演習用のダメージログが「シールド損耗率大幅上昇」のログを赤く明滅させる。
「くぅっ……! なんて重い突き……!」
ルイザは操縦席に叩きつけられる凄まじい衝撃に歯を食いしばりながらも、ロブの攻撃を必死に耐え凌いだ。
「へえ、あの速度のカウンターを盾で受けるかい! 伊達にあの赤い奴の後ろを歩いちゃいないねぇ!」
ロブはスピアを完全に防がれたことに感嘆の声を上げつつも、すぐさま次の一撃を繰り出すべく、軽量化された四肢を躍動させて次のステップへと移行する。
装甲を捨てて高機動となったロブ、盾一枚でそれを凌ぎきったルイザ、そして体勢を立て直そうとするボロボロのバリー。中衛エリアの戦いは、互いに一歩も引けない限界の白兵戦として、さらに激しく火花を散らし合っていた。
「よくぞ耐えた、ルイザ! あとは俺に任せろッ!」
ルイザのショート・シールドがロブの槍を弾いたその刹那、背後からバリーの装甲強化型ジムが怒涛の勢いで滑り込んできた。
脚部の推進システムがオーストラリアの赤土を猛烈にホバー移動で滑走し、むき出しとなったジム・ストライカーの無防備な右側面へと肉薄する。
バリーは残された唯一の近接兵器であるビーム・サーベルの光刃を、渾身の力で振り下ろした。
――ギギギガギィィィン!!!
「おっとぉっ、そこから踏み込んでくるかい大尉!」
ロブは直感的にツイン・ビーム・スピアの柄を横に掲げて受け止めたが、装甲をパージして軽量化された機体では、バリーの重装甲を乗せたホバー突撃の圧倒的な質量を受け止めきれない。
ジム・ストライカーのフレームが激しくきしみ、強烈な摩擦火花が2機のコックピットを真っ白に染め上げる。
「これで、終わりだッ!!」
バリーは灰色の短髪を汗で濡らし、厳つい顔に鬼のような形相を浮かべながら操縦桿を押し込んだ。
サーベルを押し込んだまま、装甲強化型ジムの強固なコマンドシールドでロブの機体を強引にコロニー残骸へと押し潰す。
――ドゴォォォンッ!!!
「ぐ、はぁっ……! 最後の最後で、このタフネスは反則だろ……っ!」
激しい衝撃ログがロブのシートを直撃する。
ウェラブル・アーマーをすべて脱ぎ捨てたジム・ストライカーにとって、バリーのこの文字通りの「どつき合い」による物理的な質量攻撃は、フレームへダイレクトに大ダメージを与える致命的な一撃となった。
システムから『四肢のアクチュエーター内圧急減。フレーム歪み。ダメージログ危険域』の無慈悲な警告灯が明滅し、ロブの機体は岩壁に叩きつけられた衝撃で大きく体勢を崩した。
しかし、バリーの装甲強化型ジムもまた、この無理な限界駆動によって両腕の関節が激しく火花を吹き、システムアラートがけたたましく鳴り響いている。
互いにこれまでの死闘で装甲を失い、駆動をきしませ、残されたすべてのエネルギーを注ぎ込んだ、漢たちの魂のどつき合い。
トリントンの大地に激しい硝煙と砂塵が舞い散るなか、極限の死線が2機の間に張り詰めていた。
ユーグ・クーロ大尉のジーライン・ライトアーマーとリリス・エイデン中尉のガンダム・ピクシーが、もはや肉眼では捉えきれない高機動白兵戦の最終局面に達していた。
「――おおおぉぉぉッ!」
ユーグは残された左右合計4発のミサイルランチャーをすべて連続射出し、ピクシーの完璧な退路を壁際へと追い詰める。
それと同時に、残された2本のビーム・サーベルを交差させ、リリスの胸元へ向けて目にも留まらぬ速さの連撃を放った。
しかし、赤い死神の双眸は、その掃除屋の最後の刃をも冷徹に見切っていた。
リリスはピクシーの頭部バルカンを放ち、迫るミサイルを迎撃。
その爆煙のなかを、左腕の簡易小型シールドを盾にして強引に突き抜けた。
――ガガギギギィィィン!!!
強烈な火花がモニターを真っ白に染め上げる。
ユーグの右手のサーベルがピクシーのシールドを激しく削り取るが、リリスはその衝撃をも機体制御の推進力へと変え、独楽のように身を翻した。
(……ここは、私の間合い……!)
リリスの髪が、激しいGによってコックピットの照明の中に美しく舞う。
彼女は瞬時にツイン・ビーム・スピアの可動機構を最大解放し、敵をなぎ払う『サイズモード』へと変形させた。
ジーラインが次の回避ステップに移行する、駆動系の一瞬の空白。
その僅かコンマ数秒の隙のなかに、リリスの放った光の鎌が、魂を刈り取る死神の如き円弧を描いて滑り込んだのだ。
ズバァーーーーン!!!
『推進器直撃、深刻な大破判定(ロスト)。行動不能』システムが瞬時に物理ロックを起動し、ユーグのメインモニターが冷酷に暗転する。
本当に紙一重、わずかコンマ数秒の技量の差がもたらした、刹那の決着。
「……見事だ、北米の魔女狩り。君の強さを、見せてもらったよ……。」
ユーグは暗転したモニターのなかで、悔しさの裏に静かな敬意を湛え、機能の抜けた操縦桿からそっと手を離した。
「ハァ、ハァ……。強い、人だった……」
撃破判定をもぎ取ったリリスもまた、コックピットのなかで激しく肩を上下させ、荒い息を吐き出していた。
もし、今のサイズモードのなぎ払いが一瞬でも遅れていれば、沈んでいたのは自分の方だった。
そのあまりにも尋常ならざる死闘の価値に、リリスは操縦桿を握り締めながら、冷徹な瞳の奥に確かな戦友への敬意を宿していた。
ホバートラックの指揮席から、マオ・リャン少佐の焦燥に満ちた声がスピーカーを震わせた。
「ハイメ少尉、視力は回復したか!? 状況を報告しろ!」
ジム・スナイパーカスタムのコックピットで、ハイメは激しい頭痛に耐えながら目をきつく瞑り、悔しげに毒づいた。
「……クソッ、まだだ。モニターの白飛びは収まってきたが、網膜の焼き付きが酷くてまだレティクルを結べねえ! 前方がほとんど見えねえんだ!」
マオは自身のコンソールに表示された戦術マップのステータスへと視線を落とした。
前線では隊長のユーグ・クーロ大尉がリリス中尉のピクシーに撃破され、すでにロスト。
装甲をすべてパージしたロブのジム・ストライカーは、バリーの渾身の一撃で機体に深刻なダメージを受け、満身創痍だ。
そして、ハイメは目潰しを喰らって、まともに戦闘が出来ない。
(……ここまでね)
マオは深く、重いため息を一つ吐き出した。
ここでハイメに支援射撃を命じ、ロブに退路を断った特攻をさせれば、まだ泥仕合に持ち込めるかもしれない。
だが、そんな無理な戦い方は、ファントム・スイープ隊のやり方ではなかった。
何より――。
(……ユーグは、勝利のために部下を使い捨てる戦わせることを、何よりも嫌う人だ。ここで彼らをボロボロに傷つけたら、あの人は誰よりも悲しむわ。)
自分だけが生き残ってしまった過去を持つユーグの、部下を想う痛みを誰よりも理解しているマオだからこその判断だった。
マオは通信機のチャンネルを上空の周波数へと切り替えた。
「――バイアリーターク、こちらファントム・スイープ隊前線指揮官のマオ・リャン少佐。ブリッジのナタリア中尉、応答してくれ。」
「はい、こちらバイアリーターク艦橋、ナタリア中尉です。マオ少佐、どうされました?」
漆黒の軍馬のブリッジから、ナタリア中尉の落ち着いた声が返ってくる 。
「当部隊は隊長機をロスト、および随伴機の機能損耗により、これ以上の継戦は困難と判断。パイロットの安全を最優先に考慮し……ここで『ギブアップ』を宣言する。」
「……ファントム・スイープ隊、ギブアップですね。了解しました。これより競技会最高責任者へ伝達します。――コーウェン中将、ファントム・スイープ隊より投降の申し入れがありました。」
ナタリアから報告を受けたジョン・コーウェン中将は、バイアリータークの遮光ガラスから眼下の戦場を見つめ、静かに頷いた。
「よかろう。実戦部隊としての見事な引き際だ。彼らのギブアップを承認する。ブザーを鳴らせ。」
「了解。――全軍、試合終了!」
ガオォォォォォン!!!
トリントン基地の全域に、リーグ準決勝第二試合の終了を告げるブザーが鳴り響いた。
「……全機、状況終了。よく戦ってくれたわ、みんな。戻りなさい。」
マオの優しい撤退指示が、砂塵の舞う赤い大地へと静かに流れ込んでいく。
終了ブザーの残響がオーストラリアの赤い大地に吸い込まれていく中、リリス・エイデン中尉はガンダム・ピクシーをその場に待機させた。
激しい白兵戦で限界まで酷使されたジェネレーターが、陽炎のような熱気を砂塵の中に吐き出している。
リリスはシートベルトを外すと、ハッチを開けてタラップを降り、機能停止して佇む機体――ユーグ大尉のジーライン・ライトアーマーの足元へと、静かな足取りで歩み寄った。
コックピットから降りてトリントンの大地に腰掛けていたユーグ・クーロ大尉は、近づいてくるラベンダー色の髪の女性士官に気づくと、すっと立ち上がって軍人らしい端正な敬礼を送った。
「見事な腕前だった、リリス・エイデン中尉。完敗だよ。あの狭い残骸の隙間で、まさかスピアの可動機構をあの速度で同調させてくるとは思わなかった。君は本当に強かった。」
ユーグは厳格な顔付きを少しだけ和らげると、泥臭い死闘を繰り広げた戦友への最大級の敬意を込めて、右手を真っ直ぐに差し出した。
「ありがとうございます、ユーグ大尉。……あなたこそ、これまでのどんな対戦相手よりも鋭い火線だったわ。もし最後の一閃がコンマ数秒でも遅れていたら、撃破判定されていたのは私の方よ。」
リリスは切れ長の赤みがかった瞳を細め、差し出されたその無骨な手をしっかりと握り返した。
互いに大戦の地獄を生き抜いてきたエース同士、言葉はなくとも、握り合った手の硬さだけでどれほどの死線を潜ってきたかが痛いほど伝わってくる。
ひとしきり互いの健闘を称え合った後、ユーグの手が離れたが、彼の鋭い双眸はなおもリリスの顔をじっと凝視したまま動かなかった。
「……私の、この額の傷が気になるのかしら?」
リリスは額に薄く刻まれた古い傷跡を、細い指先でそっとなぞりながら、少しだけ声を冷たくして尋ねた。
しかし、ユーグは静かに首を横に振ると、コックピットの排熱が混ざる風を受けながら、どこか遠い目をして呟いた。
「いや、違う。不躾に見てすまない。……ただ、私は一年戦争が終わった時、君に『憧れて』いたんだ。」
「え……?」
リリスはユーグのあまりにも意外な発言に驚きを隠せず、瞳を大きく見開いた。
ユーグ・クーロ。
北米最大のジオン公国軍拠点キャリフォルニア・ベースを奪還へと導いた「北米奪還作戦の英雄」とまで称えられている男にだ。
そんな生ける伝説のような人物から、かつて一匹狼の復讐鬼に過ぎなかった自分へ「憧れ」という言葉が向けられるなど、想像すらしていなかった。
「冗談でしょう、大尉。私のような、戦場でただ怨嗟を撒き散らして狂奔していただけの魔女狩りが、北米の英雄にそんな風に思われていたなんて、何の冗談にもなっていないわ。」
「英雄、か……。よしてくれ、俺はそんな立派なものじゃない。」
ユーグは自嘲気味に鼻で笑うと、その顔から完全に表情を消し、冷徹な軍事現実の闇を見つめるような瞳で静かに首を振った。
「君が北米で華々しい戦果を挙げ、ジオンの部隊を確実に狩り落としていた頃、俺が指揮していた混成部隊は……軍上層部から、連邦軍本隊の進軍を有利にするための『囮』として、都合よく使い捨てられていたんだ。」
「囮……?」
リリスは怪訝そうに首を傾げ、ユーグの言葉の裏にある尋常ならざる重圧を察して息を呑んだ。
ユーグは拳を白くなるほど強く握り締め、彼が英雄へと祭り上げられる原因となった、あの「41号作戦」の真実を語り始めた。
「キャリフォルニア・ベース奪還作戦の前段階の作戦である41号作戦、上層部が本隊の侵攻ルートを確保するため、俺たちの混成部隊を『囮』として利用したのさ。上層部の描いたシナリオ通り、カスケード山脈で、俺の部下たちはジオンの猛烈な砲火を全身に浴びて次々と戦死していった。俺がどれだけ必死に操縦桿を動かそうが、部下の命は戦術マップの上のただの使い捨ての駒として消えていくんだ。……俺は、誰一人救えなかった。部下を全滅させ、自分だけが生き残ってしまったんだよ。あんな血塗られた作戦の結末を、上層部の奴らは『北米奪還の英雄』などと、まやかしの勲章に変えて俺に押し付けたのさ。」
ユーグの口から漏れ出た、あまりにも凄惨な前線の真実。
軍の上層部が前線の兵士を消耗品として扱う体質は、戦後だけでなく、一年戦争のあのオデッサや北米の段階からすでに完成していたのだ。
「そんな絶望のどん底で、ウィッチハント隊の勇名を聞いたのさ。自分たちの力で戦場を切り拓き、確実にジオンを倒していく君が……どれほど眩しく、羨ましかったか……。」
ユーグの魂の告白に、リリスは強烈な衝撃を受け、言葉を失ってその場に立ち尽くした。
英雄と呼ばれた男の胸に刻まれた、一生消えない深い傷痕。
そして、魔女狩りと呼ばれた自分が、図らずもその暗闇の中で苦悩する彼にとっての「憧れ」になっていたという真実に動揺した。
「……英雄、ですか。」
リリスは少しの間、沈黙した。夕暮れが近づき、赤みを増していくオーストラリアの風が、彼女の髪を静かに揺らす。
リリスは額の古い傷跡からそっと指を離すと、赤みがかった瞳をユーグへと真っ直ぐに向けた。
「その言葉、嫌いなんですね。……分かりますよ。」
「……何?」
ユーグが意外そうに眉を跳ね上げる。
そんな彼を見つめながら、リリスはかつて自分自身が復讐の魔女として戦場の闇に狂奔し、バリーに救われるまで孤独だった過去を重ね合わせるように、静かに言葉を続けた。
「英雄なんて呼ばれる人間は、本当に欲しかったものを手に入れていないことが多い。……失ったものを見ないために、周りが勝手に名前を付けるのよ。あなたの部下への深い悔恨も、その『英雄』なんて欺瞞の勲章じゃ、何一つ埋まりはしないわ。」
リリスの言葉は、ユーグの魂の最も深い傷口を正確に、しかし優しく包み込むような不思議な響きを持っていた。
「でも、大尉。今回のあなたの部隊のギブアップ……私は、とても誇り高い引き際だと思ったわ。あなたの前線指揮官がパイロットの安全を最優先に考慮して下した、最善の決断。――それは、あなたが隊長として、今いる部下たちの命を何よりも大切に想っているからこそ、部隊全員にその意思が浸透していたから出来た判断よ。」
「部下を、大切に……」
「ええ。かつての悲劇を繰り返さないために、今の仲間を守り抜く。あなたは過去の操り人形なんかじゃないわ。立派に自分の意志で戦う、本物の指揮官よ。」
リリスの力強い言葉に、ユーグの胸の奥に燻り続けていた「生存者」としての呪縛が、すっとほどけていくようだった。
失った部下たちの面影は消えない。
だが、今、目の前で自分の戦いを肯定してくれた「憧れの魔女」の言葉が、確かに彼の心を救っていた。
「……救われたよ、リリス中尉。君の強さの理由が、分かった気がする。」
ユーグはもう一度、今度は自嘲ではなく、心からの晴れやかな微笑みを浮かべて右手を差し出した。
「私たちはもう、上層部の都合のいい駒じゃない。明日は私の意志で、第4小隊と全力で戦うわ。」
リリスはその手に応じ、二人は再び、固い握手を交わした。
その頭上、夕日に染まりゆくトリントンの赤い大地が、戦いを終えた2つの実戦部隊の背中を雄大に照らし出している。
その尋常ならざる死闘と、宿命の対話を、競技会関係者専用席の最前列からじっと見届けていた男がいた。
コジマ大隊第4小隊の隊長、ソウヤ・タカバ中尉である。
「……終わったな。」
サンダースが重みのある声で呟き、ジョシュアやエミリア、バニング大尉たちもまた、モニターの向こうのエースたちの引き際に静かな拍手を送っていた。
ソウヤはゆっくりと席から立ち上がると、夕陽の残光を浴びて静かに牙を研いでいる自らの愛機であるスライフレイルの格納庫を見下ろした。
「最高の相手だ。……全力を尽くそう。」
ソウヤの口から漏れ出たのは、怯えでも油断でもない、純粋な戦士としての高揚感だった。
ヴァルターの歪んだプライドを引きずり下ろした第4小隊。
そして、一年戦争の凄惨な闇を払い、仲間との強い絆でここまで登り詰めてきたウィッチハント隊。
どちらが上かではない。どちらの生き様が、この赤い大地で真の勝者を証明するかだ。
コジマ大隊第4小隊の激闘の物語は、いよいよ明日、真の頂上決戦を迎える。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回の話はユーグは「41号作戦」で仲間を失い、リリスはコロニー落としで家族を失いながらもバリーのお陰で復讐に囚われることなくバリーと終戦を迎えた対比を描きました。
もし、ユーグがリリスの活躍を聞いていたら、こんな風に思っていたかもしれないと色々と考えながら書きましたね。
ではでは、遂に決勝戦です!
本当にトリントン基地競技会編長かったですが、最後までよろしくお願いいたします。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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