機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第119話 月明かりの約束

トリントン基地の第4小隊専用ハンガーは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返りながらも、明日の大一番に向けた独特の緊迫感と熱気に満ちていた。

高い天井から吊り下げられた大型作業用ライトが、緑の塗装を纏った陸戦型ガンダム「スライフレイル」、テリー・サンダースJr.軍曹の「陸戦型ガンダム」、そしてジョシュア・ウィルソン軍曹の「ジム・キャノン」の3機を仄白く照らし出している。

 

「そこ、フィールド・モーターの磁場内圧がコンマ2ミリ落ちています! ジョシュア軍曹、すぐに左脚部の電磁駆動システムを再キャリブレーションしてください! ノア伍長はホバートラックの広域ソナーのチェックを急いで!」

 

ハンガー内に、エミリアの的確で鋭い指示が響き渡る。

いつもは物静かで柔和な彼女だが、機体整備の総指揮を執る今は、まさに一流の戦術補佐官そのものの顔付きになっていた。

その理路整然とした号令に従い、ジョシュアが油まみれの作業服を着て工具を動かし、ノアもトラックのコンソールに指を走らせて、整備班と共に機体調整を進めていく。

スライフレイルの腰部には、本来の格闘兵装である「ビーム・ジャベリン」のアタッチメントラックが装着されていた。

先のシリウス戦で使用したガンダム4号機の外部ジェネレーターはすでに返却され、スライフレイルは本来の「近接・隠密格闘特化形態」へとその姿を戻し、静かに明日の出撃の時を待っていた。

一方、ピットの作戦卓の前では、ソウヤとサンダースの2人が軍用情報端末の画面を凝視したまま、明日の対戦相手であるウィッチハント隊の対策を真剣に話し合っていた。

 

「……準決勝のデータを見る限り、やはりリリス中尉の『ガンダム・ピクシー』の白兵戦は最大の脅威だな、サンダース軍曹。」

 

ソウヤが端末の画面に表示された赤い機体の挙動ログを指でなぞる。

 

「あのツイン・ビーム・スピアの可動機構を使った、ロッドからサイズへの瞬時の切り替え。あれをあの狭隘な空間でジーライン相手に完璧に決めてみせた技術は本物だ。普通に付き合ったら、こちらが捉える前に懐に潜り込まれて、一瞬で切り刻まれる。」

 

「ええ。ですが、それだけじゃない。」

 

 

サンダースが重厚な声を響かせ、別のウインドウを開いた。

 

「ロブ中尉のストライカーとどつき合ったバリー大尉の『装甲強化型ジム』。あのホバー機動と、リアクティブ・アーマーの頑強さは、こちらのジム・キャノンの砲撃すら強引に耐えて押し切ってくる可能性があります。さらに後方では、ルイザ少尉の『陸戦型ジム』が確実に彼らの背中をフォローしている。あのハイメ少尉の精密狙撃を、ビーム・サーベルの奇策で完全に封じ込めたあの機転、ただの新人じゃないですよ。」

 

「3つのラインが、互いの特性を100%理解して支え合っている。……完璧な連携だ。」

 

ソウヤの目が猟犬のように鋭く据わる。

ヴァルターのように、スペックの優位に胡座をかくような隙は、明日の相手には1ミリも存在しない。

互いに一年戦争の最前線という地獄を潜り抜け、血と硝煙のなかで磨き上げてきた操縦技術のぶつかり合い。

 

「作戦の基本は、やはりあの連携をいかにして分断し、こちらの戦術にハメ込むか……そこに尽きる。サンダース軍曹、俺たちの経験、明日は全部乗せでいきましょう。」

 

「了解です、タカバ中尉。あなたがリリス・エイデン中尉を撃破するための道、俺とジョシュアで何が何でも抉じ開けてみせますよ。」

 

サンダースの迷いのない言葉に、ソウヤは力強く頷いた。

 

「――お疲れのところを邪魔するよ、2人とも。」

 

作業灯の眩しいハンガーの入り口から、軍靴の音と共に聞き覚えのある声が響いた。

話し合っていたソウヤとサンダースが顔を上げ、歩み寄ってきた人物の姿を捉えた瞬間、2人は同時に驚愕の声を上げた。

 

「――ユーグ・クーロ大尉!?」

 

そこに立っていたのは、数時間前の準決勝でリリスのピクシーと高速の白兵戦を演じ、トリントン基地を熱狂の渦に巻き込んだファントム・スイープ隊の隊長、ユーグ・クーロ大尉だった。

 

「夜分遅くにすまないな、タカバ中尉、サンダース軍曹。」

 

ユーグはいつもの厳格な顔付きを少しだけ和らげ、2人に静かに挨拶を交わした。

ソウヤは驚きつつも、すぐに居住まいを正して言葉を返す。

 

「いえ、こちらこそ驚きました。……大尉、昼間の試合、観客席から拝見していました。本当に素晴らしい、息の詰まるような戦いでした。お疲れ様です。」

 

「ありがとう。だが、結果は見ての通り完敗だ。……明日の決勝戦の舞台で、君たちコジマ大隊第4小隊と直接、矛を交えることができないのが本当に残念だよ。」

 

ユーグは少しだけ自嘲気味に、しかし戦いを終えた清々しさを滲ませて謙遜した。

そんなユーグの様子を見つめながら、ソウヤは素朴な疑問を口にする。

 

「それで、ユーグ大尉。一体、どのようなご用件で私達の格納庫へ?」

 

「ああ。私はただのメッセンジャーとしてここへ来たんだ。」

 

「メッセンジャー、ですか?」

 

ソウヤとサンダースは顔を見合わせ、同時に不思議そうに首を傾げた。

敗者となった特務部隊の隊長が、決勝前夜にわざわざ敵陣営のハンガーにまで届けるべきメッセージとは一体何なのか。

ユーグはスライフレイルの腰部に装着されたビーム・ジャベリンを見つめ、大人の苦笑いを浮かべながら説明を始めた。

 

「実はな、明日の対戦相手であるウィッチハント隊のリリス・エイデン中尉が、どうしても決勝の前に君に直接会って、話がしたいと言っていてね。……だが、これから決勝で戦う君達のハンガーへ、彼女自身が足を運ぶわけにはいかないだろう? 機体のセッティングや手の内を覗き見したと、余計な邪推を生むわけにはいかないからな。だから、私が代わりに、君を呼びに来たというわけだ。」

 

「なるほど……。ナガト中尉といい、リリス中尉といい、本当に律儀な方が多いです。」

 

ソウヤは嬉しそうに呟いた。

 

「それだけ、このトリントンに集まった全員が、この競技会に真剣だということさ。」

 

ユーグは腕を組み、口元を緩めてみせた。  

 

「現に、こうして私も律儀に、敗者として彼女の使い走りをこなしているだろう?」

 

「ははは!」

 

ユーグのあまりにも大真面目な、しかしユーモアに富んだそのセリフに、ソウヤとサンダースは堪えきれなくなったように同時に大笑いした。

 

「ユーグ大尉も、そんな冗談を言うんですね。デリー基地で会った時、冗談なんて一切言わない、真面目な方だと思い込んでいました。」

 

ソウヤが笑いながら軍用情報端末から手を離すと、ユーグはオーストラリアの夜空を仰ぎ見るように少しだけ視線を上げ、深く、穏やかな息を吐き出した。

 

「……色々と、吹っ切れたからな。」

 

その一言の裏には、昼間の戦闘の後にリリスと交わした、あの北米の記憶――死なせてしまった部下たちへの贖罪と、それを肯定してくれたリリスの言葉があった。

戦後の長い暗闇を彷徨っていたユーグの魂は、このトリントンの赤い大地で、また一つ救いを得ていたのだ。

 

「さあ、タカバ中尉。彼女が待っている。……明日の決勝を最高の舞台にするために、行ってくるといい。」

 

「はい。ありがとうございます、ユーグ大尉!」

 

ソウヤは力強く頷くと、エミリアたちに一言声をかけ、ユーグの案内のもと、決戦前夜の静かな月明かりが照らす外のエリアへと一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

トリントン基地のはずれにある、月明かりだけが静かに降り注ぐ小さな広場。

柵の向こうに広がるオーストラリアの大地から、冷ややかな夜風が吹き抜けていく。

その中央に置かれたプラスチックのベンチに、髪を夜風に揺らせたリリス・エイデン中尉が静かに腰掛けていた。

 

「リリス中尉! お待たせして、すみません。」

 

ソウヤは駆け足で彼女の元へと駆け寄り、息を整えながら声をかけた。

リリスはソウヤの姿を認めると、どこか嬉しそうな柔らかい微笑みを浮かべて顔を上げた。

 

「ううん、待っていないわ、タカバ中尉。……まずは、決勝進出おめでとう。ジャブローの最新鋭機を相手にあれほど完璧な戦術を見せつけるなんて、本当にコジマ大隊第4小隊の実力には驚かされたわ。見事な勝ちっぷりね。」

 

「ありがとうございます。俺たちの方こそ、ウィッチハント隊の試合は観客席から全員で息を呑んで見ていました。あのファントム・スイープ隊を僅差で破るなんて、本当に凄まじい練度です。」

 

ソウヤが心からの称賛を伝えると、リリスはフッと視線を落とし、ベンチの隣のスペースを細い指先で軽く叩いた。

 

「立ち話も何だし、そこに座りなさいよ。明日は敵同士だけど、今夜くらいはただの戦友として話しましょう。」

 

「ええ、お言葉に甘えて。」

 

ソウヤは促されるままにベンチへと腰を下ろし、リリスと同じようにトリントンの夜空に浮かぶ美しい月を見上げた。

昼間の激闘の硝煙が嘘のような、静謐な時間。

その心地よい静けさのなかで、ソウヤの脳裏に、かつて一年戦争の最終局で起きた苦々しい記憶がよみがえってきた。

 

「……こうしてリリス中尉と2人でいると、なんだかあの、一年戦争のキャリフォルニア・ベース奪還作戦を思い出しますね。」

 

ソウヤのぽつりとした言葉に、リリスは赤みがかった瞳を少しだけ丸くした。

 

「キャリフォルニア・ベース……。そうね、あの激戦ね。」

 

「ええ。あの時、俺はレナートに、本当に殺されそうになっていましたから。」

 

ソウヤは目を閉じ、あの燃え盛る北米の戦場の光景を鮮明に思い返していた。

当時、量産型ガンキャノンに搭乗していたソウヤは、カーラの駆るハイゴッグとの文字通りの死闘の末、満身創痍になりながらも勝利を収めていた。

しかし、その直後。

手柄を奪われたと逆上したレナート・ジェルミが、ジム・スパルタンでソウヤのボロボロのガンキャノンへと襲いかかってきたのだ。

レナートのジム・スパルタンは、身動きの取れないソウヤの量産型ガンキャノンを無慈悲に踏みつけ、本気で殺そうとした。

装甲がきしみ、死の恐怖がソウヤを支配したその絶望の瞬間――。

リリスのガンダム・ピクシーが駆け付けてくれたのだ。

ピクシーはレナートのジム・スパルタンを強烈な蹴りで吹き飛ばし、機能停止したガンキャノンからソウヤを救出。

そのままピクシーのマニピュレーターの上にソウヤを乗せ、戦場を疾風の如き速度で離脱してくれたのだ。

あの掌の、冷たくも確かに命を救ってくれた確かな感触を、ソウヤは今でも忘れていない。

リリスはソウヤの語る過去の残像を慈しむように、額の薄い古い傷跡を指先でそっとなぞりながら、優しく微笑んだ。

 

「そうね……。私たちが初めて出会って、言葉を交わしたのは、まさにあのキャリフォルニア・ベースだったわね、ソウヤ。」

 

月明かりの下、かつて北米の戦場で命を救い、救われた2人の若きエース。

北米戦線を駆け抜けた赤い魔女狩りと、師の矜持を継いだ緑の狩人。

その宿命の原点となる記憶が、決戦前夜のトリントンの夜風の中で、今、静かに、そして熱く響き合っていた。

 

「……キャリフォルニア・ベースが奪還された後、俺、どうしても助けてくれたお礼が言いたくて、ウィッチハント隊の格納庫に足を運びましたね。」

 

ソウヤは隣に座るリリスを見つめ、少し目を細めて当時の空気感を愛おしむように語りかけた。

 

「ええ、よく覚えているわ。」

 

リリスは月明かりのなかで、楽しそうにクスッと笑い声を漏らした。

 

「あの時、私の代わりにバリー大尉があなたの相手をしてくれて。確か、冷えたミネラルウォーターを渡されて、2人で並んで木箱に腰掛けながら色んな話をしたわ。……あの頃のあなたは、私のガンダム・ピクシーの設計や、仕様にものすごく興味を持っていて、目を輝かせながら質問攻めにしてきたのが本当に懐かしいわ。」

 

「う……。止めてください、今思い返すと本当に恥ずかしい、若気の至りです。」

 

ソウヤは両手で顔を覆い、本気で耳まで真っ赤にしながら照れくさそうに身を縮めた。

大戦末期の張り詰めた空気のなか、一命を救ってくれた高性能機と、そのパイロットを前にして、当時のソウヤ少年はただ純粋な憧れのままに言葉を紡いでいたのだ。

 

「いいじゃない、微笑ましかったわよ。」

 

リリスはそんなソウヤの様子をからかうように微笑み、さらに集まってきた顔ぶれを去来させた。

 

「そのすぐ後だったわね。キャリフォルニア・ベースの防衛ラインを力ずくでこじ開けてみせた、あのエイガー中尉がひょっこり現れて、私たちの会話に加わったのは。お互いにこれから何を背負って、自分が追っているものにどう向き合うかを熱く語り合って……。そうしたら、物陰でその話を静かに立ち聞きしていた、あの第11独立機械化混成部隊のユウ・カジマ中尉まで『……良い話だ』なんて言いながら、当たり前のように輪に加わってきたのよ。本当に不思議で、温かい時間だったわ。」

 

「そうでしたね……。ユウ中尉、物静かな方だから、いつからそこにいたのか全然分からなくて全員で飛び上がって驚いたのを覚えています。」

 

ソウヤも照れくささを忘れ、深く頷いた。

蒼き死神に縛られた少女の呪縛を解き放つために、戦場を駆け抜けたユウ・カジマ 。

闇夜のフェンリル隊と決着をつけるために、キャリフォルニア・ベースを砲撃で切り拓いたエイガー。

そして、北米の魔女と恐れられたリリス、フラナガン機関を確保しようとしたソウヤ。

一年戦争の最終局、地球連邦軍の若きエースたちが部隊の垣根を越えて、油と硝煙の染み込んだキャリフォルニア・ベースで自分達が追っているものを語り合った一時。

歴史の表舞台にはけっして記録されることのない、しかし確かにトリントンの赤い大地へと地続きで繋がっている『奇跡の一時』の記憶が、月光の下で鮮烈に息を吹き返していた。

 

 

 

 

 

「……そう言えば、リリス中尉。あのレナート・ジェルミは……あの後、一体どうなったか知っていますか?」

 

ソウヤはふと、脳裏をよぎったもう一つの暗い影について尋ねた。

 

「キャリフォルニア・ベースを奪還した直後、俺は絶対にあの男は復讐してくると思って、身構えていたんです。でも、いくら待っても襲ってくる気配がなく。整備班の人が『ブラックドッグ隊』の格納庫を確認しに行ったら、もぬけの殻で、すでに姿が消えていたんですよ。」

 

ソウヤの疑問に対し、リリスは月明かりの下で少しだけ冷ややかな、しかしどこか憐れむような哀しい目をコンソールの方へと向けた。

 

「……後から知ったことだけどね。あの夜、彼は上官からすぐにキャリフォルニア・ベースを立ち退くように命令されて、そのまま別の任務に回されていたのよ。北米の魔女と呼ばれていたジオンの『ノイジー・フェアリー隊』――アルマたちの追撃任務をね。」

 

リリスは額の傷にそっと指を当て、レナートが辿った破滅の道筋を静かに語り始めた。

 

「彼は先回りして入念な待ち伏せまで仕掛けたそうだけど、アルマたちの凄まじい反撃に遭って返り討ちにされ、機体ごと深い谷底へ落とされたわ。……でも、執念だけで奇跡的に生還したの。その後に、ケープカナベラル基地にボロボロの姿で現れて、周囲の連邦兵を言葉巧みにけしかけてね。終戦を受け入れて、正式に投降しようとしていた無抵抗のアルマを、私怨だけでなぶり殺そうとしたのよ。」

 

「投降しようとしていた相手を……! 味方を殺そうとしただけじゃなく、そこまで……っ。」

 

ソウヤは驚愕し、あまりの非道さに息を呑んだ。

 

「ええ。なんとか間一髪のところで、私のガンダム・ピクシーでレナートのジム・スパルタンを強引に取り押さえて、バリー大尉が周囲の連邦兵を必死に抑えてくれたから、最悪の事態だけは防がれたわ。……その後、戦争が完全に終わってからね。レナートの一連の独断専行、衛生兵の虐殺、捕虜を人質に取ったジオン兵同士の同士討ち、味方への殺害未遂、そして国際条約に違反する投降兵への虐殺未遂などの悪行がすべて白日の下に晒されて、彼は軍事裁判にかけられたわ。噂では……執行猶予なしの『極刑(死刑)』になったと聞いているわよ。」

 

リリスから語られた、かつての狂気の黒犬のあまりにも無惨で、自業自得な末路。

それを聞いたソウヤは、しばらくの間、言葉を失ってただ呆然とするしかなかった。

 

「……極刑、ですか。」

 

ソウヤは深く、重い息を吐き出しながら、ベンチの上で自らの拳をじっと見つめた。

レナート・ジェルミ。

類稀なる操縦技術を持ち、ブラックドッグ隊の隊長にまで登り詰めた男。

しかしその実態は、戦功への異常なまでの執着と歪んだ狂気に狂い、味方すら使い捨ての囮として平然と見殺しにする冷酷な殺人鬼。

そんな狂気の黒犬が、最後は自らが犯した大罪の数々によって軍の法に完全に裁かれ、処刑された。

それは先ほど、自分の特権意識の檻に囚われて無様に敗走していったヴァルター大尉の、さらに極端な「なれの果て」の姿そのものだった。

 

「悲しむ必要なんてないわ、ソウヤ。彼は戦場の闇に呑まれ、自分で自分の破滅を選んだだけ。……私たちが今、こうして生きてここにいること。それだけが、キャリフォルニア・ベースを生き残った私たちの、唯一の正解よ。」

 

リリスの静かな、しかし確固たる意志を持った言葉が、ソウヤの胸の中に残っていた一年戦争の最後の戦慄を、綺麗に洗い流していくようだった。

 

「……そうですね。ありがとうございます、リリス中尉。胸のつかえが、ようやく取れました。」

 

ソウヤは顔を上げ、すっきりと晴れ渡った瞳でリリスを見つめ返した。

 

「そう、それなら良かったわ。」

 

リリスは月明かりを見上げながら、感慨深げにポツリと呟いた。

 

「不思議よね……。ただ目の前の命を助けただけの私と、あのマニピュレーターの掌の上で助けられたあなたが……。世界中から精鋭を集めたこの競技会の、決勝戦の舞台で真っ向から戦うことになるなんて。」

 

 

運命という言葉では片付けられない、奇妙な巡り合わせ。

 

「ええ、本当に……。でも、だからこそ、俺は今、言葉にできないくらい胸が熱くなっています。」

 

ソウヤもまた、心からの同意を込めて深く頷いた。

リリスは静かにプラスチックのベンチから立ち上がると、ソウヤの方へと振り返り、その細く白い右手を真っ直ぐに差し出した。

ラベンダー色の髪が夜風になびき、赤みがかった瞳には明日の決勝戦を見据えたエースの鋭い輝きが宿っている。

 

「正々堂々、互いに悔いが残らないように……最高の戦いをしましょう、ソウヤ。」

 

「はい!」

 

ソウヤも迷いなくベンチから立ち上がり、差し出されたリリスの手を、壊れ物を扱うように、しかし男としての確固たる決意を込めて力強く握り返した。

 

「この命は、あなたに助けられた命です。……命の恩人であるあなたに、そしてあの『ガンダム・ピクシー』にけっして恥じないよう、俺も持てる全て、第4小隊の誇りのすべてを賭けて、正々堂々とあなたに挑みます。」

 

ソウヤの熱い誓いの言葉に、リリスは満足げに、そしてどこか誇らしげに微笑んだ。

互いの手のひらから伝わる、モビルスーツ乗りとしての絶対の矜持とリスペクト。

もう、2人の間に言葉はいらなかった。

 

「じゃあ、また明日。決勝戦で。」

 

「ええ。最高の決勝戦にしましょう。」

 

2人はそっと手を離すと、互いに一度だけ敬礼を交わした。

月光が優しく照らす静かな広場を後にし、リリスはウィッチハント隊の格納庫へ、ソウヤは第4小隊の格納庫へと、それぞれの帰路につく。

彼らの歩む一歩一歩が、明日のオーストラリアの赤い大地を揺るがす、頂上決戦へのカウントダウンとなっていた。




最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
キャリフォルニア・ベースでリリスに助けられたソウヤと、ソウヤを助けたリリスの決勝戦前の決意表明の回になります。
あと、すいません。
第99話「忠誠と覚悟」なんですが、一部修正しました。
前は
「ええ、本当に納得ですよ、中尉。何しろ、ビーム・スプレーガン2丁にビーム・ライフル2丁、マシンガン3丁にロケット・ランチャー3丁……極めつけには、あの貴重なロングレンジ・ビーム・ライフルまで1丁、予備として僕たちに持たせてくれるなんて、普通の前線部隊じゃあり得ないですからね。」

修正したバージョンは
「ええ、本当に納得ですよ、中尉。何しろ、ビーム・スプレーガン2丁にビーム・ライフル2丁、マシンガン3丁にロケット・ランチャー3丁、180ミリキャノン1丁……極めつけには、あの貴重なロングレンジ・ビーム・ライフルまで1丁、予備として僕たちに持たせてくれるなんて、普通の前線部隊じゃあり得ないですからね。」
180mmキャノンを書き忘れてました、申し訳ございません。
ではでは、次の話からはソウヤとリリスの決勝戦です!
楽しみにしてください。

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