トリントン基地の空に、激しい試合終了のサイレンが鳴り響いた。
大型モニターに映し出された『コジマ大隊第4小隊・勝利』の文字を見つめながら、関係者席のそこかしこで、ふぅ、と溜め息のような安堵の息吹が漏れ出す。
「……やってくれたな、第4小隊。」
腕を組んだまま、ユーグ・クーロ大尉がわずかに口元を緩めて呟いた。
その瞳には、かつて戦場で死線を共にした戦士への、深い敬意が宿っている。
隣に座るSRT-ユニット1の隊長、アラン・アイルワード中尉が、童顔にどこか晴れやかな笑みを浮かべて頷いた。
「見事な結末でしたね、ユーグ大尉。リリス中尉のあの超高速の突撃を5分間凌ぎきったソウヤ中尉のマックスモードも驚異的でしたが……最後の最後で、サンダース軍曹がシールドをバイポッド代わりに使うなんて。完璧なチームプレイです。」
「ああ。」
ユーグは深く息を吐き出し、眼下のフィールドを見据える。
「リリス・エイデンは確かに『魔女狩りの死神』だった。だが、ソウヤ・タカバの仕掛けた変幻自在のコンビネーション、そして何より、あのチームが3年間で培ってきた『絆』という名の戦術が、死神の鎌を上回ったということだ。……昨日、俺たちを破ったウィッチハント隊が負けたのは悔しいが、この結果には文句のつけようがないな。」
すると、後ろの席からロブ・ハートレイ中尉がにやりと笑いながら身を乗り出してきた。
「隊長、そう言いながら嬉しそうですね。やっぱり1年前の『水天の涙作戦』の時、東南アジアで一緒にジオン残党の補給基地を叩き潰したあのタカバ中尉が、連邦の頂点に立ったのが誇らしいんじゃないですか?」
「馬鹿を言うな。俺は客観的な事実を述べているだけだ。」
ユーグは軽く睨み返し、視線を泳がせるようにしてフイと顔を背けたが、ロブの言葉を否定することはしなかった。
かつて東南アジアの地で肩を並べて戦った若き狩人が、こうして地球連邦軍の頂点を掴み取った事実。
それが指揮官として、1人の戦士として、嬉しくないはずがなかった。
その横では、SRT-ユニット1のホア軍曹が、デニス曹長やリル少尉と顔を見合わせながら、感極まったように小さく拍手を送っていた。
「でも、本当に胸が熱くなっちゃいました。ジョシュア軍曹が残したシールドが、最後の最後でサンダース軍曹の180mmキャノンを支える土台になるなんて……。」
デニス曹長も、深く同意するように何度も頷く。
「綺麗に整えられたジャブローの最新鋭機チームには、逆立ちしても真似できん芸当だな。東南アジアの泥水をすすりながら、互いの背中を預け合ってきた連中だからこそ、土壇場で出来た芸当なんだろう。アラン中尉、俺たちもまだまだ修行が足りませんね。」
アランは苦笑しながら、デニスの言葉に頷いた。
「そうだね。彼らのあの『嵐の中でも輝き続けるような信念』は、僕たちSRTにとっても、非常に良い刺激になった。……さて、ユーグ大尉。素晴らしいものを見せてもらいました。僕たちもそろそろ座り直して、身だしなみを整えましょう。これから、彼らの最高の表彰式が始まるんですから、同じ大会を戦った仲間としてね。」
アランが爽やかに笑うと、腕を組んでいたユーグもまた、静かに座席へ腰を深く落ち着かせた。
「ああ、そうだな。……素晴らしい決勝戦だった。彼らの栄誉を称えるのに、異論のある奴などここには1人もいないはずだ。」
スタジアムの中央では、激闘を終えた各チームのパイロットたちが整列を始め、頭上の大型モニターには華やかな表彰式のファンファーレと共に、優勝した『コジマ大隊第4小隊』の名が誇らしげに掲げられていく。
2人の隊長は互いに視線を交わしてガッチリと握手を交わすと、それぞれの部下たちと共に、地上のステージへ向けて惜しみない、そして最も温かい拍手を送り始めた。
彼らの背中や瞳には、敗者としての悔しさは微塵もない。あったのは、同じ地球連邦軍の空の下、過酷な時代を共に戦い抜いていく戦友たちへの、確固たる信頼と最大級の誇りだった。
そんな彼らの座席から少し離れた一角では、ユーグたちに負けないほど激しい拍手と大歓声を送り続けている一団があった。
南米代表『赤い三巨星』の面々だ。
「やったわ、やったわーーーッ!! 凄い、凄すぎるわよ2人とも! 最高の決勝戦じゃない!!」
マロビ・ブレイドン曹長は、今度こそ完全に座席から立ち上がり、茶色い瞳をこれ以上ないほどキラキラと輝かせながら、スタジアムの中央へ向かって身を乗り出して両手を激しく振っていた。
「ソウヤのあの怒涛のスイッチコンビネーションも、リリスの槍捌きも、一瞬たりとも目が離せなかったわ! そして最後のサンダース軍曹の狙撃よ! あれぞまさに、お互いの持てるすべてをぶつけ合った戦士の輝きね! あたし、もう感動で涙が出そう!」
マロビが1人で大はしゃぎしながら胸を熱くさせている隣で、ラルフ・ザブカ中尉がやれやれといった風に苦笑いを浮かべ、深くため息をついた。
「おいおい、マロビ。お前が勝ったわけじゃないんだから、少しは落ち着けよ。周りの連中が驚いた顔でこっちを見てるぞ。」
ウィリー軍曹もサングラスの奥の目を細め、あきれたように口を挟む。
「本当だよ。リリスに負けた時は『あたしの赤が負けるなんて信じられない!』って部屋のベッドで枕に八つ当たりしてたくせに、現金なやつだな、お前は。」
「ちょっと2人とも、うるさいわねー!」
マロビはぷんっと頬を膨らませて2人を振り返り、腰に手を当てて胸を張った。
「昨日負けたのは悔しいに決まってるでしょ! でもね、あたしたち南米代表を破ったウィッチハント隊が、あの完璧な強襲を仕掛けて、それをさらに引っ繰り返して頂点に立ったのがコジマ大隊第4小隊なのよ!? つまり、あたしたちが認めた彼らが、スポットライトを浴びてるの! これって間接的に、あたしたち『赤い三巨星』の見る目が正しかったっていう証明じゃない!」
独自の理論で堂々と胸を張るマロビに、ラルフとウィリーは顔を見合わせ、同時にふっと肩の力を抜いて笑った。
「相変わらず都合のいい頭をしてるな、お前は。」
「まあ、でも……マロビの言う通りだね。」
ラルフがスタジアムの中央、誇らしげに整列するソウヤたちの姿を見つめ、静かに言葉を継ぐ。
「あの泥臭くも折れない信念……俺たちも南米のジャングルでそれなりに修羅場を潜ってきたつもりだったが、あいつらの執念には一本取られたよ。同じ連邦軍として、素直に称賛すべき最高の『輝き』だ。」
「ああ、異議なしだ。」
ウィリーも静かに頷き、マロビに合わせるようにゆっくりと、しかし力強い拍手をステージへ向けて送り始めた。
「あはは、でしょ!? よーし、あたしも負けてられないわ! 次の機会があったら、今度こそあの緑のガンダムも、紅いピクシーも、あたしたち『赤い三巨星』がまとめて喰ってやるんだからー!」
マロビの声がスタジアムの歓声に混じって弾ける。
彼女たちの送る熱い拍手と闘志は、優勝した第4小隊の栄誉をより一層鮮やかに、そして華やかに彩っていくのだった。
『赤い三巨星』のマロビが弾けた声をあげるそのすぐ隣の区画では、オーストラリア代表として激闘を繰り広げた新生『ホワイト・ディンゴ』隊の面々が、静かに、しかし熱い眼差しをステージへと注いでいた。
「おい、赤い三巨星の女性曹長、相変わらずうるさいな……。」
カイル・フォレスト少尉が苦笑いを浮かべながら、隣の区画をチラリと見た。
だが、その視線はすぐにスタジアムの中央、表彰台の頂点へと進むコジマ大隊第4小隊へと戻る。
カイルは胸の内で昂る興奮を抑えきれないように、ぐっと拳を握りしめた。
「だけど……言葉にできないくらい圧倒されました。あの最後のサンダース軍曹の執念、そしてジョシュア少尉の盾を土台にした一射。あいつらの最後まで諦めない姿勢には、完全に脱帽ですよ。」
カイルの言葉に、ヴァイ・リー少尉が眼鏡のブリッジを指先で静かに押し上げながら、深く頷いた。
「同感です。スライフレイルのマックスモードにせよ、サンダース軍曹の臨機応変な判断にせよ、すべての戦術が『仲間のために絶対に勝つ』という一つの信念に収束していました。純粋なシミュレーションの計算を越えた、恐るべきチームの強さです。」
「ええ……本当に、胸の奥が熱くなって、涙が出そうになります。」
ソフィア・ラング軍曹も小さく微笑み、両手を胸の前で合わせてステージ上の第4小隊を見つめていた。
同じ大地で直接刃を交え、自分たちを破って勝ち上がっていった部隊が、いま地球連邦軍の最高峰の栄誉を掴み取ろうとしている。
その事実は、敗者としての悔しさを遥かに上回る、誇らしい喜びだった。
そんな後輩たちの熱い言葉を、隊長であるレオン・リーフェイ中尉は、腕を組んだまま静かに聞いていた。
レオンはゆっくりと腕を解くと、地上のソウヤたちに向けて、力強く、重みのある拍手を送り始めた。
「誇りに思うといい。俺たちが全力で戦い、そして敗れた相手は、まぎれもなく連邦地上軍の頂点にふさわしい本物の強者たちだ。」
レオンの低く落ち着いた声が、後輩たちの背筋を優しく伸ばす。
「勝敗の行方だけではない。彼らが見せた戦術、判断、そして何より、最後まで絶対に折れずに自分たちの信念を撃ち続けたあの姿……それらすべてを、今日、この特等席で目撃できたことは、今後の新生ホワイト・ディンゴにとってこれ以上ない財産になる。しっかりとその目に焼き付けておけ。」
「「はいッ!!」」
カイルとヴァイが背筋を伸ばして即座に返応し、ソフィアも力強く頷いた。
「よーし! 俺たちも通常業務に戻ったら、また死ぬ気で特訓開始ですね! 次にあの緑の狩人たちと会う時までに、もっとディンゴの牙を研いでおかないと!」
カイルが白い歯を見せて笑うと、ヴァイも「今度はデータ通りにはいかせませんよ」と不敵な笑みを返し、ソフィアの拍手もさらに熱を帯びていく。
レオンは静かに口元を緩め、歓声の嵐が吹き荒れるスタジアムの中で、大切な後輩たちと共に、コジマ大隊第4小隊へ向けていつまでも温かい拍手を送り続けるのだった。
そのさらに隣――昨日の騒動を経て新たな一歩を踏み出そうとしている者たちや、誇りを取り戻したルナツー教導隊の面々もまた、それぞれの想いを胸にステージを見つめていた。
「いやあ、本当に凄まじい試合だったな。あの満身創痍の状態で180mmキャノンを撃ち切ったサンダース軍曹の執念には、完全に脱帽だよ。」
エイガー中尉が苦笑しながら、しかしその眼差しには技術者、そして砲撃手としての最大の敬意を込めて呟いた。
その隣で、クリスチーナ・マッケンジー中尉はおっとりとした、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべてステージへ拍手を送っている。
「ふふ、本当にね。タカバ中尉のあの変幻自在なジャベリン捌きも、リリス中尉の猛攻を凌ぎきった覚悟も、すべてが本物だったわ。最後にこんな素晴らしい戦いを見届けることができて、本当に幸運だったと思うの。」
「クリス先輩……。」
ノエル少尉が少し寂しそうに、けれどクリスの晴れやかな横顔を見て微笑み、小さく拍手を重ねた。
そのすぐ隣では、ルナツー教導隊のボカタ少佐が腕を組み、その緑の瞳を細めて感嘆の息を漏らしていた。
「ソウヤとリリス……。一年戦争の地獄を生き延びた2人が、ただ純粋に技量を競い合う。昨日までの迷いが吹き飛ぶような、見事な大団円じゃないか。ヒタチ中尉、お前はどう見た?」
話を振られた同じ教導隊のヒタチ中尉は、真剣な面持ちで深く頷いた。
「はい。第4小隊のあの土壇場でのアドリブ力と、チーム全員のデータを越えた団結力。昨日の準決勝で、完璧な戦術を誇っていたジャブローの最新鋭機チーム『シリウス』を負かした理由が、あのステージの上にすべてありました。同じパイロットとして、心から脱帽するしかありません。」
「そうですよ!」
ミコト少尉が興奮を隠しきれない様子で身を乗り出し、目を輝かせながら言った。
「タカバ中尉もエイデン中尉も、それにサンダース軍曹も! 誰もが自分たちの信念を、最後の瞬間まで貫き通していました! 私、あの人たちと同じ連邦のパイロットだってことが、今すごく誇らしいです!」
ミコトの純粋で熱い言葉に、ボカタ少佐は満足げに声を上げて笑った。
「ははは、その通りだな、ミコト少尉! 彼らの見せたあの姿勢は、ここにいる全員の胸に深く刻まれたはずだ。さあ、勝者を最高の拍手で称えようじゃないか!」
ボカタの号令に応えるように、エイガーも、クリスも、ヒタチもミコトも、ルナツー教導隊とシリウスの戦いを見守った全員が、地上のステージへ向けて万雷の拍手を送り始めた。
彼らの背中や瞳には、敗者としての悔しさは微塵もない。
あったのは、同じ地球連邦軍の空の下、過酷な時代を共に戦い抜いていく戦友たちへの、確固たる信頼と最大級の誇りだった。
――そして、そんな歓声と拍手の嵐に包まれるスタジアムの最上段。
これまでの全試合を、そしてこの最高の決勝戦を静かに見守り続けていたトリントン基地のサウス・バニング大尉が、ゆっくりと太い腕を解いた。
「リリス中尉の猛攻を5分間凌ぎきったソウヤの覚悟。そして最後の瞬間、出力の落ちた左腕をカバーするためにジョシュア少尉のシールドを土台にしたサンダース軍曹の機転……。まさに、一瞬の隙もない頂上決戦だったな、アラン。」
部下のアラン中尉が生真面目な顔で深く頷いた。
「はい。データやシミュレーションだけでは決して導き出せない、恐るべき執念です。」
「いや〜、本当に痺れましたね!」
その隣から、カークス少尉が弾んだ声で割って入る。
「下馬評じゃ第4小隊優勢なんて言われてましたけど、ウィッチハント隊も凄かったですね。本物の化け物同士の化かし合い。いやあ、見ているこっちの心臓が止まるかと思いましたよ!」
アラン中尉が少し呆れたように、しかし口元を緩めてカークスを振り返る。
「カークス少尉、興奮しすぎだ。お前は少し落ち着け。」
「え〜? アラン中尉だって本当はバクバクだったくせに〜。――ですよね、隊長?」
カークスがニヤリと白い歯を見せて同意を求めると、バニングはただ「フン」と鼻を鳴らし、眼下のフィールドを鋭く見据えた。
「……戦場を生き抜いてきた連中だ。伊達に東南アジアの泥水をすすっちゃいないということさ。アラン、カークス。俺たちもそろそろ、あの勝者たちを称える準備をするぞ。」
「「了解です!」」
2人の部下が背筋を伸ばして応じる中、バニング大尉は地上のステージへ向けて、力強く、重みのある拍手を送り始めた。
トリントン基地の上空。
周囲の熱気を一手に吸い込むかのように、ペガサス級強襲揚陸艦『バイアリーターク』は、乾いた砂煙の遥か上空で静かに滞空していた。
その広大な艦橋には、地上を揺るがす歓声は届かない。
聞こえるのは、稼働する電子機器の微かな電子音と、冷房の風が吹き出す音だけだった。
「……終わったな、ハーツクライ艦長。」
モニターに映し出された、砂煙の中に佇む満身創痍の陸戦型ガンダムを見つめながら、ジョン・コーウェンが重々しく口を開いた。
コンソールの前に直立していた艦長のクリフトフ・ハーツクライ中佐が、静かに振り返って敬礼を捧げた。
「はっ。コジマ大隊第4小隊の勝利です。下馬評を覆し、ジャブローのシリウス、あるいは北米のウィッチハントすらも退けての完全優勝……。コーウェン中将、失礼ながら、軍上層部にとっては少々、耳の痛い結果になったのではありませんか?」
ハーツクライの皮肉混じりの問いかけに、コーウェンはフッと低く笑った。
「そうだな。最新鋭機と完璧なシミュレーションデータを集め、ジャブローの威信を賭けて送り出した『シリウス』が、東南アジアの地方部隊に捩じ伏せられたのだ。老物どもは、今頃苦虫を噛み潰したような顔で報告書を待っているだろうよ。」
コーウェンは数歩歩み寄り、ガラスの向こうに広がるオーストラリアの赤茶けた大地を見下ろした。
「だが、私にとってはこれ以上ない収穫だ。ハーツクライ中佐、今回の競技会の真の目的は、単なる兵器の優劣を競うことではない。一年戦争という大戦を経て、形骸化しつつある連邦地上軍のなかに、どれだけ『本物の実戦データ』と『組織の連携』が残されているかをあぶり出すことにあった。」
「……だからこそ、随伴車両のホバートラックや、オペレーターによる電子戦の介入を完全許可されたのですね。」
「その通りだ。」
コーウェンは深く頷いた。
「モビルスーツ単体のスペックがどれほど向上しようとも、それを動かすのは人間であり、支えるのは組織だ。第4小隊が最後に見せた、撃破されたジム・キャノンのシールドを土台にした180mmキャノンの遠距離狙撃……。あれこそが、システムや機体性能の限界を超えた、現場の『連携』という名の戦術だよ。彼らが証明した実戦データと実績は、今後の次世代MS開発計画において、大きな推進力となるはずだ。」
「なるほど……。これで名実ともに、コジマ大隊第4小隊は連邦地上軍の頂点、本物の精鋭として遇されるわけですな。彼らの今後の動向には、ジャブローの各派閥も目を光らせることになるでしょう。」
「フッ、各々好きに動けばいいさ。だが、彼らが持ち帰る風は、澱んだ軍組織に一石を投じることになるだろう。」
コーウェン中将は視線を地上の表彰台へと戻し、小さく息を吐き出した。
「だが、油断はできん。ジャブローの保守派や、台頭しつつあるタカ派の動きは日に日に激しくなっている。この平和が、いつまで続くかは分からんからな……。ハーツクライ艦長、表彰式のために着陸を頼む。」
「了解いたしました、中将。」
ハーツクライ中佐が鮮やかに右手を掲げて応じると、バイアリータークの艦橋には、次なる激動の時代への予兆を含んだ、静かで重厚な緊張感が再び満ちていくのだった。
ペガサス級『バイアリーターク』の巨体が大気を震わせ、地上の表彰式を支援すべくゆっくりと高度を下げ始めた。
艦橋に響く駆動音を聞きながら、ジョン・コーウェン中将はフッと低く笑い、隣に直立するハーツクライ中佐に視線を向けた。
その脳裏にあったのは、昨日に行われた準決勝――あのジャブロー直轄の『チーム・シリウス』戦の際の、あまりにも無茶な「賭け」の記憶だ。
「……ハーツクライ中佐。競技会はこうしてすべて幕を閉じた。」
コーウェンはガラスの向こうの荒野を見つめたまま、言葉を続ける。
「シリウスが勝てば君は艦長を辞職し、第4小隊が勝てば私が君のワガママを聞く……。さて、君のワガママの内容とは何だ?」
ハーツクライ中佐は居住まいを正し、その口元に、賭けの勝者としての不敵で自信に満ちあふれた笑みを湛えた。
「恐縮です、コーウェン中将。ですが、私はあの第4小隊が、チーム・シリウスを必ず引っ繰り返すと確信しておりましたから。……おかげさまで、こうして艦長をクビにならずに済み、中将に『ワガママ』を聞いていただける権利を得られました。」
「よかろう。」
コーウェンは腕を組み、面白そうにハーツクライを振り返った。
「約束は違えん。ハーツクライ中佐、お前が自分の首を賭けてまで通したかったその『ワガママ』とは何だ? 言ってみろ。」
ハーツクライは一歩前に踏み出すと、懐から静かに一枚のデータ端末を取り出し、コーウェンの中央へと差し出した。
「――これについての全権を、このトリントンの地で、私に一任していただきたいのです。もちろん、公式記録には一切残さず、上層部には完全に伏せた状態で、です。」
手渡された端末の画面に表示された『ある計画』の文字列に目を落とした瞬間、コーウェン中将は動きを止め、それから喉の奥でククク、と低く笑い始めた。
「……なるほど。お前は自分の首を賭けてまで、このトリントンの地で、これほど極上の『余興』を私に提供しようというのか?」
「中将のご命令とあれば、喜んでそのすべてのデータを裏でお渡しいたしますが?」
ハーツクライが不敵に微笑むと、コーウェンはフッと息を吐き出し、満足げに頷いた。
「よかろう。約束通り、そのワガママ、私が叶えてやる。必要な使用許可と、臨時の工作はすべて私の権限で処理しておこう。」
コーウェン中将の明確な「Go」のサイン。
自身の賭け金が見事に最高の果実を結んだ瞬間、ハーツクライ中佐は、その厳しい軍人の顔を完全に緩ませ、心からの歓喜と興奮を瞳に宿して胸を張った。
「感謝いたします、コーウェン中将! すぐに内密で、計画の実行に移ります!」
高度を下げていくバイアリータークの艦橋。
表彰式の華やかなファンファーレが遠くから響き始めるその裏で、これから始まる「公式には存在しない、密かなる企み」に向けて、艦長と将軍は、誰にも見せない不敵な笑みを交わし合うのだった。
バイアリータークが上空から静かに見守る中、表彰式のステージには眩いばかりのスポットライトが照射されていた。
ステージの一角に陣取った地球連邦軍の軍楽隊が、一斉に金管楽器の音色を響かせる。
重厚で統率された華やかなファンファーレが荒野に鳴り渡り、観客席の全精鋭たちから万雷の拍手が惜しみなく降り注いだ。
その大歓声の中心に、整列したコジマ大隊第4小隊の面々が立っていた。
ソウヤ・タカバ中尉、ジョシュア軍曹、エミリア准尉、そしてノア伍長。
誰もが晴れやかな、しかしどこか誇らしげな表情で、連邦地上軍最高峰の栄誉を全身に浴びている。
ステージの正面からゆっくりと歩み出てきたのは、トリントン基地司令官のマーネリ准将だった。
厳格な軍人らしい足取りでソウヤたちの前に立ったマーネリ准将は、厳かに入賞を讃える言葉を述べると、その手から黄金に輝く優勝トロフィーを差し出した。
チームを代表してそれを両手で受け取ったのは、ソウヤではなかった。
「――軍曹。俺たちの、第4小隊の勝利だ。あなたが掲げてくれ。」
ソウヤが温かい笑みを浮かべて一歩退くと、ジョシュアも、エミリアも、ノアも、全員が同じ優しい眼差しで「彼」の背中を後押しした。
「……隊長。みんな……。」
テリー・サンダース軍曹は、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
この競技会が終われば、自分は長年苦楽を共にしたこの部隊を離れ、遠くラサ基地へと異動することが決まっている。
寂しさや心残りがなかったと言えば嘘になる。
だが、仲間たちは、隊長は、自分の新たな門出にこれ以上ない最高の花を添えてくれたのだ。
サンダースは溢れそうになる涙をぐっと堪え、マーネリ准将から差し出された黄金のトロフィーをガッチリと掴み取った。
そして、軍楽隊が奏でる式典曲の重厚な旋律が響き渡る中、オーストラリアの乾いた青空へ向けて、それを高く、どこまでも高く掲げた。
「おおおおおおおッ!!!」
サンダースの魂の咆哮に呼応するように、スタジアムのボルテージが最高潮に達し、割れんばかりの歓声の嵐がトリントンの荒野を揺るがした。
その姿は嵐の中でも輝き続け、最後まで自分の信念を貫いた戦士達の輝きだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂にトリントン基地の競技会編が終わりました。
いやー、本当に長くてやり応えがある話で楽しかったです。
誰も死なないし、夢の対戦だから、気楽に書けました(笑)
ではでは、次の話も楽しみにしてください。
いつも感想ありがとうございます。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン