標高3,650メートルの高地に冷たく澄んだ風が吹き抜ける、未だ完成度80%の地球連邦軍ラサ基地。
ポタラ宮が鎮座する聖山の外観をそのまま残しながら、その内部を大規模にくり抜いて建設が進められている異様な基地の内奥で、その夜、盛大な熱気が渦巻いていた。
基地内の大広間では、コジマ大隊第4小隊が勝ち取った、戦技競技会完全優勝の祝勝会が華やかに開かれていた。
主役であるソウヤ・タカバ中尉をはじめ、エミリア准尉、サンダース軍曹、ジョシュア軍曹、ノア伍長の5人は、泥にまみれた野戦服ではなく、折り目の正しいアイロンが施された連邦軍の制服に身を包んでステージに並んでいる。
そのスマートな佇まいは、数日前までトリントンの赤土の上で怪物を捩じ伏せていた精鋭たちとは、にわかには信じがたいほどの気品を漂わせていた。
会場を埋め尽くす東南アジア方面軍の高官や将校たちの拍手の中、壇上へと上がったのは、基地司令官であるブレックス・フォーラ准将だった。
端正に整えられた髭と、知的で思慮深い双眸。
軍服を完璧に着こなしたそのスマートな姿には、ジャブローの凡庸な将官とは一線を画する、理性的で洗練された風格がある。
ブレックス准将は手にしたグラスを軽く掲げ、会場の全員を見回して重々しく、しかし確固たる喜びを込めて声を響かせた。
「諸君、去年のデリー基地急襲による打撃以降、我が東南アジア方面軍はジャブローの総本部から『もはや戦力ではない』と冷遇され、苦汁をなめ続けてきた。だが、タカバ中尉をはじめとする第4小隊の諸君がオーストラリアの地で示してくれた圧倒的な奮闘、そして掴み取ってくれた完全優勝という栄誉……。これによって、我々アジア方面軍には未だ死んでいない鋭い『牙』があり、戦える実戦部隊を有していることを、ジャブローの高官どもに見せつけることができた。我が方面軍の面目は、彼らの奮闘によって守られたのだ!」
ブレックス准将の真摯で力強い言葉に、会場の将校たちのボルテージが引き上がる。
「彼らの見事な勝利と、我が方面軍の新たなる門出を祝して――乾杯!」
准将の乾杯の音頭が、重厚な天井に心地よく反響した。
「乾杯!!!」
参加した高官や将校たちが一斉にグラスを掲げ、地鳴りのような唱和が広間に響き渡る。
グラスの触れ合う清らかな音が鳴り響き、互いの背中を預け合ってきた第4小隊の栄誉が、聖山の内部で盛大に称えられていくのだった。
ソウヤは高官や将校たちから次々と声をかけられ、競技会での戦術や激闘の様子について、丁重に世間話を交わしながら応対していた。
ふと会場の端へ目をやると、ジョシュアとノアの2人が、緊張感などどこへやら、テーブルにうず高く並べられた豪華な料理を「いつも通り」のマイペースさで皿に盛り、美味そうに平らげているのが見えた。
その変わらない姿に、ソウヤは内心で小さく苦笑する。
一通りの挨拶を終えて肩の荷を下ろしたソウヤは、隣にいたエミリアとサンダースを促し、会場の奥へと視線を向けた。
そこでは、数人の高級将官たちに囲まれたブレックス准将が、静かに談笑している姿があった。ソウヤたちが隙を見て近づいていくと、その気配を察知したブレックス准将が、思慮深い双眸をこちらへと向けた。
准将は端正に整えられた髭の口元をわずかに緩めると、話し込んでいた高官たちに「失礼、今回の主役たちが来たようだ」と短く断りを入れ、自らソウヤたちの元へと歩み寄ってきた。
「タカバ中尉。それにエミリア准尉、サンダース軍曹も。改めて、今回の見事な勝利、心から感謝する」
ブレックス准将はグラスを片手に、ソウヤの目を真っ直ぐに見つめ、一軍の将とは思えぬほど真摯な声音でその活躍を称えた。
ブレックス准将は、ソウヤたちの制服姿を細めて見つめながら、静かに言葉を続けた。
「君たちに無茶なアピールを頼んだ私を恨んだこともあっただろう。だが、君たちは私の期待を遥かに超える最高の結果を持ち帰ってくれた。これでもう我が東南アジア方面軍を無視することはできんよ。」
ソウヤは直立不動の姿勢のまま、落ち着いた声音で答えた。
「滅相もありません、准将。私たちはただ、自分たちの方面軍の維持と、何より――ここにいるサンダース軍曹の新たな一歩に、最高の花を添えたかっただけです。」
ソウヤが隣のサンダースへ視線を向けると、ブレックス准将もまた、その端正な髭の口元を穏やかに緩め、軍曹の方へと向き直った。
「テリー・サンダースJr.軍曹。君のこれまでの激戦の功績、そして今回の競技会での獅子奮迅の活躍は、すべて報告書で読ませてもらった。ラサ基地司令として、君のような歴戦の戦士を我が部隊に迎え入れられることを、心から誇りに思う。」
「はっ……! 勿体なきお言葉です、准将!」
サンダースは深く一礼し、その大きな身体を少し震わせながら応じた。
長年「スパイ疑惑」の呪縛に苦しみ、泥水をすすりながら戦い抜いてきた自分の生き様が、連邦議会の議員でもあるこの最高峰の将官に正当に評価された。
その事実が、胸を熱く焦がしていく。
ブレックス准将はそんなサンダースの肩を優しく叩き、再びソウヤへと視線を戻した。
その双眸には、いつしか軍人としての鋭さだけでなく、未来の激動を見据える政治家としての深い光が宿っていた。
「タカバ中尉。君たちがトリントンで証明した『戦術データ』と『組織の連携』は、これから私がこのラサで、そしてダカールや月面で進めようとしている事に、非常に大きな力となる。淀んだ連邦軍を内側から変えるための、な。」
准将の言葉の裏にある、途方もなく巨大な決意の重みを肌で感じ、ソウヤは背筋を正して静かに、しかし力強く頷いた。
「はい。私たちの戦いが、准将の目指す未来の糧となるならば、これ以上の光栄はありません。」
「フッ、頼もしいな。――さあ、今夜は堅苦しい話はここまでだ。エミリア准尉も、主役の顔が少し硬いぞ。あそこで楽しそうに皿を積み上げている部下たちを見習って、今夜は勝利の美酒に酔うといい。」
准将がジョシュアたちのテーブルを指差して悪戯っぽく笑うと、張り詰めていた空気がふっと和らぎ、ソウヤもエミリアも、そしてサンダースも、心からの笑顔を浮かべてグラスを傾け合うのだった。
サンダースは手にしたグラスをそっと卓上に置くと、ブレックス准将の正面で深々と頭を下げた。
「准将。大変不躾ながら、このラサ基地への異動にあたり、私から1つだけお願いがございます。」
ブレックスは意外そうにわずかに眉を動かしたが、すぐにその知的で思慮深い双眸を緩め、穏やかに促した。
「構わん、言ってみたまえ。私にできることであれば、歴戦の勇士の要望を無碍にはせんよ。」
サンダースはゆっくりと顔を上げ、実直な瞳をまっすぐに准将へと向けた。
「ありがとうございます。……私のラサへの赴任期間を『2年間』としていただき、2年後には、再びコジマ大隊第4小隊へ私を戻していただきたいのです。」
「……ほう?」
ブレックス准将は端正に整えられた髭に手を当て、少し意外そうな、しかしどこか合点のいったような短い声を漏らした。
「准将が私のこれまでの戦歴を正当に評価し、このラサへ招いてくださったことは、一軍人としてこれ以上ない誉れであり、深く感謝しております。ですが……私の魂は、やはりコジマ大隊に、タカバ隊長の元にあるのです。自分は、タカバ中尉の盾となり、これからもソウヤ・タカバという男を支え続けたいのです。」
サンダースは一度言葉を区切り、隣に立つソウヤたちを見つめた。
「隊長やジョシュアたちは、私の今後のキャリアや幸せを誰よりも考えて、涙を呑んで今回の栄転の背中を押してくれました。だからこそ、私は彼らの温かい期待に応えるために、このラサで2年間、死に物狂いで准将のために働きます。ですが……その任務を果たした暁には、どうか彼らの元へ帰ることをお許しいただきたいのです。」
サンダースの、不器用なまでに誠実で、仲間への愛に満ちあふれた直訴だった。
すると、それまで黙って聞いていたソウヤが一歩前に踏み出し、サンダースと並んでブレックス准将に向かって深く頭を下げた。
「准将、勝手なお願いであることは重々承知しております。ですが、どうかサンダース軍曹の願いを……私たちの我儘を、聞き入れてはいただけないでしょうか。」
「……私からも、お願いします!」
エミリアもまた、ソウヤに合わせるようにして真摯に頭を下げる。
異動を直訴した本人だけでなく、送り出す側の隊長たちまでが「2年後に彼を返してほしい」と上官に懇願するその姿。
ブレックス准将はしばらく無言のまま、頭を揃えて下げる3人の姿をじっと見つめていた。
静寂がその場を支配する。
しかし、准将の洗練された佇まいから放たれる空気は冷徹なものではなく、むしろ彼らが育んできた絆の固さを、深く噛み締めているかのようだった。
准将は深く息を吐き出すと、ふっと喉の奥で低く笑った。
「顔を上げたまえ、諸君。……なるほど、これがトリントンでジャブローの最新鋭機を打ち破った、コジマ大隊第4小隊の『絆』というわけか。文字通りの鉄壁だな。」
ブレックス准将は満足げに目を細め、サンダースの大きな肩に力強く手を置いた。
「いいだろう、サンダース軍曹。君の条件を全面的に受け入れよう。人事記録には2年間の期間限定赴任として登録しておく。その代わり、約束通りこのラサにいる2年間は、君のその卓越した実戦経験のすべてを我が部隊のために注いでもらうぞ。」
「はっ……! ありがとうございます、ブレックス准将!!」
サンダースは弾かれたように顔を上げ、その大きな瞳に熱い涙を滲ませながら、これ以上ないほど力強い敬礼を捧げた。
ソウヤとエミリアもまた、互いに顔を見合わせ、安堵と喜びの入り混じった最高の笑顔を咲かせるのだった。
「准将、もう一つだけ……追加でお願いしたいことがございます。」
サンダースが真剣な面持ちで言葉を重ねると、ブレックス准将は「まだあるのかね?」と言いたげに、しかし面白そうに髭の口元を緩めて先を促した。
「言ってごらん。ここまできたら、すべて聞こうじゃないか。」
「ありがとうございます。――私のラサ基地への赴任時期を、来年、宇宙世紀0083年になってからにしていただきたいのです。」
「赴任の延期か。その理由は?」
ブレックスの問いかけに対し、サンダースはフイと視線を動かした。
その先では、相変わらずジョシュアとノアの二人が、危機感の欠片もない様子で美味そうに料理を口へ運んでいる。
「私がラサへ異動する前に、あそこで呑気に料理を食べているジョシュアとノアの二人を、地獄のメニューで叩き直し、徹底的に鍛え上げたいのです。……私が不在の間も、あの二人だけで隊長を完璧に守れるようになるまでは、心配でとても第4小隊から離れられません。」
その言葉が聞こえた瞬間、肉を口に運ぼうとしていたジョシュアとノアの手がピタリと止まった。
2人は文字通り顔を引きつらせ、凄まじい勢いでこちらを振り返る。
「げぇっ!? サ、サンダースさん、今なんて言いました!?」
「ちょっと待ってくださいよ軍曹! 俺たちトリントンで死ぬ気で戦って優勝したご褒美が、地獄の居残り特訓ですか!?」
悲鳴のような声を上げる二人に、サンダースは一切容赦のない、歴戦の鬼軍曹の目線を突き返した。
「当たり前だ! お前たちはトリントンの予選でも本戦でも、まだまだ動きが甘いところが多すぎる! 俺がいなくなってもソウヤ隊長の盾になれるよう、骨の髄まで叩き込んでやるから覚悟しておけ!」
「うわぁぁ……! せっかく優勝してラサまで美味いもん食いに来たのに、とんだ大凶だ……。」
「ノア、今から二人でジオン残党のフリしてどっかに亡命するか……?」
本気で頭を抱えてブツブツと文句を言い始める若手2人の様子を見て、ブレックス准将はついに堪えきれず、ワハハと声を上げて豪快に笑った。
「素晴らしいチームワークだな! いいだろう、サンダース軍曹。君のその『置き土産』、有意義なものと認めて赴任の延期を許可しよう。コジマ大隊でしっかりと若き牙を研ぎ澄ませてから、このラサへ来てくれ。」
「はっ! 感謝いたします、ブレックス准将!」
ソウヤ、エミリア、そしてサンダースの3人は、准将のこの上ない度量の広さに、改めて敬礼をして感謝の言葉を述べた。
若手2人の嘆き節が会場の隅から聞こえる中、ブレックス准将は手にしたグラスを静かに回し、ふっと表情を指揮官のそれに引き締めた。
そして、ソウヤの目を真っ直ぐに見据える。
「さて……タカバ中尉。少し、君と2人きりで話したいことがある。良いかね?」
准将の声音に宿った、先ほどまでの祝祭の空気とは一線を画する重厚な響き。
それを察したエミリアとサンダースは、即座に居住まいを正した。
「はっ。それでは私たちは、あそこの『鍛え甲斐のある部下たち』の様子を見てまいります。失礼いたします、准将。」
「失礼いたします。」
2人はソウヤに「後ほど」と目配せを送り、静かにその場を離れていった。
「君のトリントンでの戦いぶり、実に見事だったよ。」
エミリアとサンダースが離れたのを見届け、ブレックス准将は手にしたグラスを見つめながら、声を一段落として語り始めた。
「ジャブローが総力を挙げて調整した最新鋭機ジム・カスタムを戦術で捩じ伏せ、一年戦争当時に地上最速と謳われたあのピクシーとの死闘をも制しての優勝……。君たちがもたらしたこの実績は、単なる方面軍の面目躍如という枠に収まらん。私にこれ以上ない強力な切り札を与えてくれた。改めて、感謝する。」
ソウヤは直立不動のまま、硬い調子で応じた。
「滅相もありません。私はただ、目の前の敵に対して、チームで最善を尽くしたまでにすぎません。」
「フッ、どこまでも謙虚だな、タカバ中尉。」
ブレックスは端正に整えられた髭を軽く撫で、思慮深い双眸をさらに細めた。
「では、ここからは一歩踏み込んだ話をしよう。君のこれまでの『東南アジア方面での戦い方』についてだ。」
准将の言葉に、ソウヤは無意識のうちに背筋が引き締まるのを感じた。
「君は現地でのジオン公国軍残党との交戦において、極めて一貫した戦闘スタイルを貫いているな。敵モビルスーツのコックピットではなく、カメラや四肢といった駆動系のみを精密に破壊し、パイロットを殺さずに拿捕する。そして彼らを捕虜として手続きし、極力、サイド3のジオン共和国へ安全に強制送還している。……これは連邦議会に席を置き、大戦後の宇宙移民との融和政策を模索している私にとっても、大変喜ばしい戦果だ。私の目指す活動において、これほど好ましい前例はない。」
ソウヤの表情にわずかな動揺が走る。
ブレックスはその変化を見逃さず、静かに、しかし確信に満ちた聲音で問いを投げかけた。
「――だが、疑問が残る。なぜ、君はそこまでジオン残党を『殺さずに生かして送還すること』に拘るのかね?」
「……っ」
ソウヤの身体が、一瞬にして凍りついたように硬直した。
周囲の華やかな祝勝会の喧騒が、遠い世界の出来事のように掠れていく。
ブレックス准将の放つ、理性的でありながらすべてを見透かすような視線が、ソウヤのコックピットでの覚悟とは異なる場所へと突き刺さっていた。
「君の軍での書類上の経歴を、事前に私の権限で調べさせてもらった。」
ブレックスは静かに追及の手を強める。
「一年戦争時、君の足跡はオデッサ作戦以降、いくつかの戦線で不透明な部分が非常に多かった。特殊な任務に就いていたのか、それとも記録そのものが意図的に隠蔽されているのか……。君のこの不可解なまでの『不殺の拘り』は、その空白の過去に起因しているのかね?」
(……ここまで、調べられているのか……!)
ソウヤは胸の奥の心臓が激しく脈打つのを感じ、本物の戦慄に身を震わせた。
一軍の将であり、ダカールやフォン・ブラウンをも飛び回る高官政治家。
ブレックス・フォーラという男の情報収集能力と手腕が、まさか自分の過去の深奥にまで手を伸ばしてくるとは想像すらしていなかった。
ソウヤの脳裏に、心の中に決して消えない傷痕として秘め続けている、あの3人の少女たちの姿が過った。
ジオン公国軍のフラナガン機関。
モビルスーツをコントロールするための無慈悲な『生体ユニット』として組み込まれた少女たち――ヒルダ、エイル、カーラ。
(言わなければ、いけないのか……? あの地獄のような研究機関の存在を。自分が今もなお、あの子たちのような犠牲者を二度と出さないために、ジオンのパイロットたちを生きて故郷へ返そうと足掻いているのだと、この人にすべて明かさなければならないのか……!?)
ソウヤの奥歯が軋み、その表情は言葉にできないほどの悲痛さと苦悶に歪んでいった。
呼吸が浅くなり、拳を握りしめる軍服の袖が微かに震える。
ブレックス准将は、ソウヤのその今にも崩れ落ちそうなほどの痛切な表情を、じっと見つめていた。
(……なるほど。彼は何かを隠している。だが、それは……この若きエースに、これほどまでの表情をさせるほどに重く、凄惨な過去なのだな。)
ブレックスはそれ以上の追及を、静かにその胸の内へと収めた。
東南アジア方面軍の名誉を守り抜き、自分に最高の勝利を捧げてくれた、実直で誠実なこの若者を、私欲の詮索でこれ以上傷つけるのは軍の指揮官として、何より一人の人間として礼を失している。
そう判断したのだ。ブレックスは手にしたグラスを静かに傾け、張り詰めた空気を解くように穏やかな声音へと切り替えた。
「――もういい、タカバ中尉。追及はここまでにしよう。」
「……え」
ソウヤが弾かれたように顔を上げると、ブレックス准将は端正な髭の口元に、包容力に満ちた優しい笑みを浮かべていた。
「君に、口にできないほどの深い理由があることはよく分かった。その秘密は、誰にも明かさず、君の胸の中に大切に秘めておきなさい。」
准将はソウヤの肩にそっと手を置き、言葉を続ける。
「君がジオン残党を殺さず、生きて故郷へ送還しようとするその姿勢。それが君にとって、そこまでして守り抜きたい大事な理由に支えられているのであれば……その信念を、これからも大切に貫きなさい。私は、それを全力で支持しよう。」
「准将……」
ソウヤの胸から、張り詰めていた絶望が一気に抜け落ちていった。
張り詰めていた身体の余計な力が抜け、言葉にならない深い安堵が魂を包み込む。
この上官は、自分の傷を無理に暴くことなく、その生き様ごと信じて受け入れてくれたのだ。
「……ありがとうございます。ブレックス准将。」
ソウヤは深く、心からの敬意を込めて一礼した。
「――タカバ中尉。実は、私も一年戦争で家族を亡くしていてね。」
追及の手を引いたブレックス准将は、グラスの琥珀色の液体を静かに見つめながら、ぽつりと、しかし重い告白を口にした。
「……え?」
ソウヤが驚きに目を見開くと、准将は寂しげに、だがどこか吹っ切れたような笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「大戦初期、ジオン公国軍の無差別な艦砲射撃によって、私の家族がいた居住区は、外壁の崩壊と共に一瞬にして宇宙の虚無へと吸い込まれていったよ。人類の半分が死に至ったあの地獄の中で、私の大切なものはすべて奪われたのだ。私とて、ジオンという存在を憎み、怒りに狂わされそうになった夜は一度や二度ではないよ。」
ブレックスの端正に整えられた髭の奥にある、戦士としての凄惨な傷痕。
それを初めて知らされ、ソウヤはただ息を呑むしかなかった。
「だがな、中尉。だからこそ、私は今、軍の内部で静かに広がりつつある『スペースノイドへの激しい憎悪と蔑視』の気流には、何一つ共感できないのだ。ジオンの暴挙への怒りをすり替え、力によって宇宙の同胞すべてを押さえつけ、排斥しようとする一部の過激なタカ派の思想は、新たな憎しみの連鎖を生むだけだ。彼らが歩む先には、さらなる泥沼の戦場しか残されていない。」
ブレックス准将はグラスを卓上に置くと、その知的で思慮深い双眸を真っ直ぐにソウヤへと向けた。
そこには、軍部を内側から変えようとフォン・ブラウンやダカールを頻繁に移動し、独自の政治活動を始めた先駆者の強い光が宿っていた。
「私はスペースノイドの自主性を尊重し、彼らに正当な公民権を獲得させ、アースノイドと対等の立場を勝ち得たいと考えている。だが、それには途方もない摩擦と、血の代償が伴うだろう。……だからこそ、私は君のような男が必要なのだ。」
准将はゆっくりと右手を差し出し、ソウヤへ向けて語りかける。
「憎しみを次の世代に持ち込んではならない。私たち大戦を生き抜いた者の代で、この血塗られた憎悪や怒りをおさめよう。そして、次の世代がより良い明日を作れるよう、私たちがその頑強な礎になるべきだ。中尉、君のその『不殺の信念』と、相手を殺さない戦い方は、私が目指す融和の未来にとって、これ以上ない生きた証明となる。――私に、君の力を貸してほしい。」
かつて家族を奪ったジオンの、スペースノイドの引き起こした惨劇。
それを、一人の人間として、そして未来のために手を取ろうとする男の、あまりにも壮大で高潔な祈り。
ソウヤの胸の奥で、フラナガン機関のあの少女たちを救えなかった悔痕と、ブレックス准将の掲げる理想の光が、完全に一つの道として結ばれた。
「はい……! 私のこの腕が、准将の目指す明日の礎となるならば、喜んでその背中を支えましょう!」
迷いはなかった。
ソウヤは直立不動の姿勢から、ブレックスの差し出した右手を、力強く、ガッチリと握り締め返した。
階級やバックボーンを越えた魂の握手。
それは、これから訪れるであろう激動の時代、そしてその先にある巨大な組織の変革に向けて、ラサの聖山の奥深くで、歴史の歯車が密かに、しかし確実に回り始めた瞬間だった。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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