宇宙世紀0083年10月15日
北米大陸の奥深く、深い闇に包まれたジオン残党の潜伏拠点では、冷たい電子音と共に、地球圏の命運を分ける極秘の通信が交わされていた。
「こちら、スターダスト。アンシーン、聞こえるか?」
暗号化された極超短波回線から流れてきたのは、低く、威厳を湛えた男の声音だった。
コードネーム「スターダスト」――その主が、宇宙で牙を研ぎ続けていたデラーズ・フリートの関係者であることがコードネームから伺える。
拠点の奥に佇む、1人の男が受信レバーを押し込む。
「こちら、アンシーン。聞こえている。」
「トリントン基地でのガンダム強奪は成功、狼煙は上がった。行動を開始せよ。」
その一言を耳にした瞬間、コードネーム「アンシーン」と呼ばれた男の全身に激しい歓喜の震えが奔った。
抑えきれない興奮が、その声を上気させる。
「遂に……遂にデラーズ・フリートが行動に移したか! あの忌まわしきガンダムを奪い、何も変わらなかった世界に鉄槌を下すために!」
「落ち着け、アンシーン。」
男の熱狂を遮るように、スピーカーの向こうの「スターダスト」が冷徹な声音で嗜めた。
「我々の宿願たる『星の屑作戦』は、まだ始まったばかりだ。一喜一憂している暇などない。」
「――そうだったな。すまない、まだ始まったばかりだったな。」
アンシーンは深く息を吐き、狂おしいほどの闘志を冷徹な仮面の下へと押し戻した。
その静寂を待って、スターダストが次なる冷酷な指示を口にする。
「君たちは予定通り、地上での二面作戦のために行動をしてくれ。我々が地上で行動を起こし、大衆にジオンは未だに健在であると示さないといけない。」
「了解した、スターダスト。分かっている。――彼の尊い犠牲を以てしても、何一つ変わらなかったこの腐った連邦の世界に、今度こそ本物の鉄槌を下す。そのために、我々は地下に潜っていたのだからな。」
「期待しているよ、アンシーン。通信は以上だ、また連絡をする。」
短い切断音が響き、極秘通信が途絶えた。
暗がりの指令室の中で、アンシーンはすぐさまコンソールの周波数を、北米大陸の全域に潜伏する潜伏部隊用の広域暗号回線へと切り替えた。
先ほどまでの狂信的な熱は消え去り、その声音は冷徹な戦術家のそれへと変貌していた。
アンシーンがマイクを口元に寄せ、静かに呟く。
「こちらアンシーン。作戦コード『リターン・オブ・フェアリー』を発令する。」
数秒のノイズのあと、北米の各地から、息を潜めていたジオン残党たちの、低く従順な声が返ってきた。
『了解。妖精の帰還を歓迎する。』
「眠れる巨人を目覚めさせるには鍵が必要だ。鍵である『ギニアスの遺産』を捜索せよ。」
『了解。『ギニアスの遺産』の捜索を開始する。』
通信が完全に途切れた漆黒の闇の中、アンシーンは不敵な笑みを浮かべた。
乾いた風が吹き抜ける、北米大陸の広大な軍事拠点――キャリフォルニア・ベース。
この地は一年戦争時、地球連邦軍の最高司令部ジャブローに最も近い最重要拠点であった。
しかし、ジオン公国軍による地球降下作戦の際に占領され、以後、ジオン地上軍の北米最大拠点へと変貌を遂げた経歴を持つ。
宇宙へ物資やモビルスーツを打ち上げるための長大な「マスドライバー」、そして太平洋へと直結する広大な「地下潜水艦ドック」を有し、ジオンのあらゆる地上戦略の要として機能し続けた要塞。
その後、一年戦争末期に行われた『キャリフォルニア・ベース奪還作戦』により、多大な犠牲を払ってようやく連邦軍の手に戻った、硝煙の歴史が染み付いた場所だった。
そのベース内の一角、厚い防音壁に囲まれたミーティングルーム。
ウィッチハント隊の隊長、バリー・アボット大尉は、部下であるリリス・エイデン中尉、そしてルイザ・ルイズ少尉を席に座らせ、深刻な面持ちでコンソールを見つめていた。
重苦しい沈黙を破り、バリーが低く、押し殺したような声で語り始める。
「……リリス、ルイザ。驚かずに聞いてくれ。一昨日の10月13日、昨年に俺たちが戦ったあのオーストラリアのトリントン基地で、開発中だった連邦軍の最新鋭モビルスーツ――『ガンダム試作2号機』が強奪された。」
「――っ! トリントン基地で、ガンダムが……!?」
リリスは弾かれたように椅子から身を乗り出し、その鋭い瞳に驚愕の光を走らせた。
かつてソウヤたちと死闘を演じ、自身の魂を救ってくれたあの思い出の荒野が、再び戦火に包まれたという事実に胸がざわつく。
しかし、バリーが語ったその後の詳細は、リリスたちの想像を遥かに絶するものだった。
「強奪された試作2号機は、ただの新型機じゃない。戦後の平時における『戦術核の運用データの収集』を目的として、ジャブローが極秘裏に開発を進めていた核武装機だ。大戦時の南極条約が失効しているのをいいことに、裏で作らせていた文字通りの怪物だ。トリントン基地に極秘搬入され、保管されていた『Mk82核弾頭』が、奪取された時点で既に機体へと搭載されていた。」
「核弾頭……!? 連邦が、そんな機体を本当に作っていたなんて……!」
「そんな……! 嘘、ですよね、バリー隊長……!?」
リリスが息を呑み、最後方に座るルイザは恐怖に顔を青ざめさせてガタガタと席を立ち上がった。一年戦争の地獄を潜り抜けてきたリリスだからこそ、その「一発」がもたらす破滅の大きさを誰よりも理解していた。
「2人とも、落ち着け。まだ話の続きがある。座るんだ。」
バリーは低く、威圧感を伴う分厚い声音で2人を制した。
その凄みに圧され、リリスとルイザは唇を噛み締めながら、再び深く椅子へと腰を落ち着かせた。バリーはコンソールの画面を切り替え、トリントン基地から届いたばかりの、無残な戦術ログを2人に提示した。
「2号機強奪の際、トリントン基地はジオン残党の組織的な奇襲攻撃を受け、壊滅的な打撃を被った。……基地司令官のマーネリ准将は、司令部ごと吹き飛ばされて戦死だ。」
「マーネリ准将が……。」
リリスの脳裏に、かつて表彰台の上で、軍楽隊のファンファーレが響く中でソウヤたちに誇らしげにトロフィーを手渡していた、あの厳格で温厚だった老准将の姿が過る。
怒りと悲しみで、リリスの拳がミシミシと音を立てて握り締められた。
「そして、昨日の14日。ガンダム試作1号機と2号機を運搬するためにトリントンへ赴いていた、ペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』に、ジャブローから臨時の2号機奪還命令が下った。アルビオンは残された試作1号機と、生き残ったトリントン基地の残存部隊を急遽編成し、死に物狂いで2号機の追撃を試みたが……結果は失敗。ガンダム試作2号機は、沿岸部に待機していたジオン残党の潜水艦に乗り移り、行方を眩ました。」
バリーは大尉としての冷徹な視線を2人に向け、地図上に描かれた太平洋の巨大な空白を指し示した。
「……私たちが、そのガンダム試作2号機を追撃するのですか?」
リリス中尉がバリー大尉を見据え、鋭い声音で問いを投げかけた。
バリーは首を横に振り、卓上のモニターに映る世界地図を指し示した。
「いや、潜水艦で消えた2号機は、最終的にブースター付きのコムサイで宇宙へ運搬される手筈だったようだ。――となれば、奴らの次なる狙いは明確だ。地球上で宇宙への打ち上げ能力を持つ、HLVを隠し持っているジオン残党基地へ向かい、合流しようとするはずだ。現在、各方面軍は奪われた2号機を奪還すべく、あらゆる港湾や重要拠点に精鋭部隊を緊急配置している状態だ。ガンダム試作1号機を擁するアルビオンもまた、最も可能性が高いとされるアフリカ大陸のアフリカ戦線へ向けて急行している。」
「では、私たちは……これからどう動くのです?」
リリスが重ねて尋ねると、バリーは険しい表情のまま、コンソールの新たな音声データを起動させた。
「お前たちをわざわざ呼んだのは、他でもない。ここキャリフォルニア・ベースの情報部が、北米内に潜伏するジオン残党の暗号通信を傍受したからだ。……その内容が、今回のガンダム強奪事件と深く関係している可能性が極めて高い。まずはこれを聴いてくれ。」
バリーが再生ボタンを押すと、スピーカーからノイズ混じりの、どこか冷徹な通信音声がミーティングルームに流れ出した。
『――こちらアンシーン。作戦コード『リターン・オブ・フェアリー』を発令する。』
『了解。妖精の帰還を歓迎する。』
『眠れる巨人を目覚めさせるには鍵が必要だ。鍵である『ギニアスの遺産』を捜索せ。』
『了解。『ギニアスの遺産』の捜索を開始する。』
――通信はそこで途絶えた。
最後方に座るルイザ少尉が、不可解そうに首を傾げた。
「ギニアスの、遺産……? 隊長、それって一体何のことですか?」
「分からん。情報部もその『ギニアス』というワードについては、現在も全力でデータベースを照合中だ。だがな、ルイザ。……もう一つのワードには、俺たちにも嫌ってほど聞き覚えがあるはずだ。」
バリーは大尉としての鋭い視線を、ゆっくりとリリスの方へと向けた。
「フェアリー。……妖精っ!?」
その瞬間、リリスの身体に電撃のような衝撃が奔り、その瞳は本物の驚愕に大きく見開かれた。
フェアリー。
妖精。
それは一年戦争時、北米大陸で自分と血を流し合う凄惨な死闘を演じ、最後はあのケープカナベラル基地で和解を果たした、あのアルマ・シュティルナーが所属していたジオンの部隊――『ノイジー・フェアリー隊』を連想させる、あまりにも決定的なワードだった。
(嘘……。そんなはず、ないわ……!)
リリスは拳を握り締め、激しく動揺する胸の鼓動を必死に抑え込もうとした。
今回のガンダム強奪、そして連邦を揺るがすテロ計画の裏に、あのノイジー・フェアリー隊が、アルマが関わっているなんて、到底信じられるはずがなかった。
あの日、大戦の最終盤。
ケープカナベラルの地で、アルマは連邦軍へ投降する直前、モビルスーツのコックピットハッチを完全に開き、生身の姿を晒して、殺気立つ連邦の兵士たちに向かって「抵抗の意思はない」と明確に表示してみせたのだ。
敵味方の憎悪が渦巻くあの限界の戦場で、自らの命を懸けて、その場を収めてみせた高潔な少女。
そんな彼女が、今になって再び銃を取り、核兵器を奪うような狂った作戦に関担しているはずがない。
リリスの魂の深奥が、激しくそれを拒絶していた。
だが、傍受された暗号通信は、非情なまでの現実としてリリスの耳にこびりついて離れなかった。
「……リリス、お前には何か思い当たる節があるだろ?」
バリーの静かな、しかしすべてを見透かすような問いかけが、ミーティングルームの重苦しい静寂の中に落とされた。
リリスは一度深く息を吸い、昂る感情を冷徹な戦士のそれへと無理やり抑え込むと、真っ直ぐにバリー大尉を見据えた。
「……バリー隊長。私は、アルマ・シュティルナーがこの一件に関わっているとは到底思えません。いえ、断言します。彼女は絶対に、今回のガンダム強奪や、核を巡るテロ計画などには加担していません。」
リリスの言葉には、一片の迷いもなかった。
かつてケープカナベラルで対話し、憎しみの連鎖を断ち切ったライバル。
その高潔な魂を、リリスは誰よりも信じていた。
バリーはリリスの気迫に満ちた瞳をじっと受け止めると、ふっと険しい表情を和らげ、深く頷いた。
「ああ、俺も同感だ。あの日、あの少女が見せた命懸けの覚悟は本物だった、彼女が再び銃を取っるとは俺も思わん。」
バリーは腕を組み、言葉を続ける。
「――だが、軍組織というものはそうはいかん。我々がどう思おうと、ベースの情報部に『フェアリー』という、彼女たちを連想させる決定的なコードワードが引っかかってしまったのは事実だ。このままジャブローにデータが渡れば、奴らはろくな裏付けも取らず、彼女たちを『反乱分子』として容赦なく即座に容疑者リストへ載せるだろう。」
バリーはコンソールを叩き、一枚の作戦指令書をモニターに表示させた。
「だからこそ、お前にこの任務を託す。リリス、お前の手で、彼女たちの無実を証明してみせろ。ジオン残党の暗号の裏に隠された真実を暴き、その『妖精』の名を騙る不届き者の喉元を直接へし折ってこい。」
「……っ。了解いたしました、バリー隊長!」
リリスの瞳に、大切な戦友の名誉を守るための確固たる闘志が宿る。
バリーは大尉としての険しい表情に戻ると、腕を組んでコンソールのモニターを見つめた。
「だが、現実は甘くない。ベースの情報部が逆探知を試みたが、暗号の電波発信源がこの広大な『北米大陸のどこか』であること以外、詳細な居場所は特定できなかった。奴らは極めて用意周到に通信をカモフラージュしている。」
バリーは鋭い視線をリリスとルイザの2人へと向けた。
「つまり、我々に与えられた手がかりは、先ほどの暗号通信の中にあった言葉だけだ。リリス、ルイザ。お前たち2人には、現在判明しているワード――『フェアリー』、そして正体不明の『ギニアスの遺産』、この2つを頼りに北米国内の捜査を進めてもらう。」
「足で稼ぐしか、ないんですね……。」
ルイザが少し緊張した面持ちで呟くと、バリーは重々しく頷いた。
「ああ。公式には情報部のバックアップを回すが、表立って動けば残党どもはすぐに地下へ潜るだろう。ウィッチハント隊へ、特別任務を発令する。作戦目的は、北米大陸に潜伏するジオン残党の動向調査、および『ギニアスの遺産』が指し示す実態の捜索と確保。――いつでも動けるよう出撃準備を整えよ!」
「「了解!!」」
リリスとルイザが背筋を伸ばして鮮やかに敬礼を捧げる。
かつて戦技競技会で純粋に技量を競い合った、あのオーストラリアの穏やかな思い出は、いま完全に過去のものとなった。
アルマの無実を証明するため、そして核を奪ったジオン残党の陰謀を阻止するため。
北米の魔女狩りたちは、手がかりの見えない広大な荒野へと、導かれるように足を踏み出すのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂にデラーズ・フリートの「星の屑作戦」の時代である、宇宙世紀0083年に到達しました。
デラーズ・フリート、ノイジー・フェアリー、ギニアス・サハリンなどの要素が絡まった話になります。
ソウヤ達がこの時代で、どのように活躍するかを楽しんでいただけたら、嬉しいです。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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