メキシコのグアイマスは、バハ・カリフォルニア半島の地形に守られ、11ヶ月前のコロニー落としの津波を免れた数少ない港町だ。
かつて漁港の喧騒と市場の活気で溢れていたこの街は、今も色鮮やかな建物が立ち並び、北米大陸からジオンの支配を逃れた疎開民で賑わっている。
港近くの商店街では、魚介やタコスの香りが漂い、通りには子供たちの笑い声や商人の呼び込みが響く。
夕暮れにはネオンが灯り、街に温かな光を添える。
しかし、この平和な光景の裏で、連邦軍はグアイマス港を臨時の前線基地に作り変えていた。
港の倉庫街や埠頭を利用し、キャリフォルニア・ベース奪還作戦の中継点として整備を急ぐ。
埠頭の臨時滑走路はミデア輸送機が行き交い、ミデアから降ろされた弾薬や物資を物資輸送部隊が忙しく運んでいた。
先日着任したオリオン小隊の仮設格納庫では、ジム・ドミナンス、ガンキャノン、陸戦型ジム改が整然と並び、キャリフォルニア・ベースに向かうための準備が進められている。
他の部隊もまた、隣接する格納庫でジムやガンタンクの整備に励み、装甲を磨く音や各種点検の指示が響き合い、基地全体が活気づいている。
グアイマスの街の郊外にはビッグトレーが堂々と停泊し、その巨大な車体は陽光に輝き、連邦軍の反攻への決意を静かに示していた。
活気あるグアイマスの街と、連邦軍の戦準備が交錯するこの基地は、反攻の希望を象徴していた。
そんな中、オリオン小隊の仮設格納庫では、量産型ガンキャノンの整備が静かに進んでいた。
ソウヤ・タカバ少尉は、イヤン軍曹と並んでガンキャノンの頭部に取り付き、カメラアイの調整に集中している。
格納庫には工具の金属音が響き、遠くでミデアのエンジン音が低く響く。
「ジムのカメラアイ、流用できそうですね。」
ソウヤがライトを手に、慎重に配線をチェックしながら呟く。
「そうですね、タカバ少尉。」
イヤン軍曹はゴーグルをずらし、ソウヤの手元を一瞥する。
「ジムのパーツなら沢山ありますから、どこの補給基地に立ち寄っても整備が出来るのは良いですね。」
「大量生産品だから、運が良ければ高精度の個体が…射撃精度も上がるかもしれないですしね。」
ソウヤが控えめに付け加え、配線を調整する手が少し速まる。
二人はガンキャノンの頭部メンテナンスハッチを開け、淡々と技術談義を交わす。
その様子を、ジム・ドミナンスの足元で整備中のナガト中尉が、静かに見つめていた。
ケンジ・ナガトは油まみれの布で手を拭き、ジム・ドミナンスの装甲にそっと触れる。
「ソウヤのやつ、整備もできるのか。」
低い声で呟き、わずかにナガトは口元を緩める。
そこへ、ミサキ上等兵が陸戦型ジム改の整備を中断し、近づいてくる。
油で汚れた手袋を外しながら、彼女は少し不満げに言う。
「ソウヤ少尉、センサーやカメラ関係は得意みたいですね。ただ、他の部分は…まあ、イヤン軍曹に教わりながらって感じです。」
ナガトは目を細め、ジム・ドミナンスの脚部スラスターを点検しながら頷く。
「センサーだけでも十分だ。機体の目は命だ。…ソウヤ、続けろ。」
ソウヤが「はい、了解です」と真面目に答え、イヤンが「その調子です、少尉」と短く返す。
ミサキはふと唇を尖らせた。
「私の機体のパイロットも、ソウヤ少尉みたいに整備手伝ってくれればいいのに。ヤザンさん、いつも『戦場で輝くのが俺の仕事!』って、サボってばっかりですよ。」
ナガトは小さく鼻で笑い、ミサキの肩を軽く叩く。
「ヤザンはヤザンだ。あいつの機体はお前が守ってやれ。それが整備士の仕事だ。」
その声は渋く、だがどこか温かみがあった。
「…はい、分かりました。」
ミサキは少し照れながら、陸戦型ジム改に戻っていく。
隊長のイーサンが重い足音を響かせて戻ってきた。
埃まみれの軍服、風で乱れた髪、作戦本部からの長編成を終えた鋭い目つきが格納庫を一望する。
「全員、集まれ!」
イーサンの低く響く声に、整備班の工具が止まる。
ソウヤが量産型ガンキャノンの頭部から降り、イヤン軍曹がゴーグルを外す。
ミサキが陸戦型ジム改の足元から顔を出し、他の整備兵たちが工具を置いて駆け寄る。
ナガトはジム・ドミナンスの脚部スラスターを点検したまま、静かに振り返る。
少し遅れて、ヤザンがのんびり格納庫に入ってきた。
シャツの袖をまくり、顔に日焼けの跡。
どうやら外で日光浴を楽しんでいたらしい。
「おっと、隊長、呼び出しっすか?」と軽い調子で言うが、イーサンの一瞥で口をつぐむ。
「作戦本部からの連絡だ。」
イーサンは腕を組み、声を張る。
「2日後、キャリフォルニア・ベースに向けて大規模なモビルスーツの夜間行軍を行う。目的は、ベースの包囲網を構築すること。オリオン小隊も参加する。」
格納庫に緊張が走る。
ソウヤは真剣に頷き、ミサキは陸ジム改の装甲を無意識に握る。
ヤザンですら、珍しく神妙な顔で耳を傾ける。
整備兵の一人が腕を組み、別の整備兵は目を丸くして隊長を見つめる。
ナガトは無言で、ジム・ドミナンスの装甲に手を添えたまま、言葉を聞く。
「ケン、整備と補給の状況は?」
イーサンがナガトに視線を向ける。
ナガトは油まみれの布で手を拭き、落ち着いた声で答える。
「隊長のジム・ドミナンスは弾薬も整備も完璧だ。ヤザンの陸戦型ジム改は、ミサキが弾薬補給と整備を済ませた。あとはヤザンが最終チェックをすれば、いつでも動ける。
ソウヤのガンキャノンは武器の弾薬は揃ったが頭部の整備がまだだ。
イーサンは目を細め、短く尋ねる。
「何時間かかる?」
「1時間だ。」
ナガトは即答し、ジム・ドミナンスの足を軽く叩く。
イーサンは小さく微笑み、頷いた。
「よし。整備が終わったら、半日休暇を交互に与える。準備を急げ。」
その言葉に、格納庫が一気に沸いた。
「休暇!? やった、売店でタコスやワカモクを探しに行けるぞ!」
整備兵の一人が声を上げ、工具を手に勢いよく振り返る。
「休暇か…やっと一息つけるな。」
弾薬管理の整備兵が呟き、モビルスーツのパーツを手に取りながら小さく笑う。
「半日休暇!? マジか! じゃあ急いで最終チェックだ!」ヤザンが目を輝かせ、拳を握る。
「急ぐなら手抜きすんなよ、ヤザンさん!」
ミサキがジム改の足元から睨みつけ、呆れたように言う。
「分かってるって、ミサキ! さっさとやろうぜ!」
ヤザンは軽い足取りで陸戦型ジム改の操縦席に飛び乗り、ミサキは「ったく…」とため息をつきながら工具を手に取る。
ソウヤとイヤンも、量産型ガンキャノンの頭部整備に戻る。
ソウヤは「1時間…頑張ります」と呟き、イヤンが「その調子です、タカバ少尉」と短く応じる。
「はしゃぐ前に予備パーツ確認しろよ。」
ナガトは若手の整備兵の背中を叩き、ジム・ドミナンスのスラスター点検に戻る。
その時、格納庫の外からかすかな足音が響いた。誰も気づかぬまま、格納庫の壁の向こうで何かが動く気配が――。
1時間後、整備は無事に完了した。
半日休暇の人員振り分けも終わり、格納庫に残る組と休暇に行く組が決まった。
ソウヤ、ヤザン、ナガト、そして他の整備兵たちが先に休暇を取り、イーサン、ミサキ、イヤン、他の整備兵たちが後で休暇を取ることになった。
ソウヤとヤザンは連邦軍のベージュ色の軍服に着替え、仮設格納庫の通りを歩く。
埃っぽい空気が漂う中、遠くでミデアのエンジン音が低く響く。
「いやー! 本当に久しぶりの休みだぜ!」
ヤザンは両手を頭の後ろに組み、陽気に声を上げる。
「確かに、ジャブローは訓練やジオンのジャブロー降下作戦で休みなかったからね。」
ソウヤは控えめに頷き、軍服の襟を整える。
「まったくだ! 今日はゆっくり羽を伸ばすぞー!」
ヤザンは拳を振り上げ、ニヤリと笑う。
二人が話しているうちに、モビルスーツ仮設格納庫前に設けられた検問所に到着する。
警備兵に身分証を見せ、簡素な手続きを済ませて通過する。
「さて、なんか食いに行こうぜ!」
ヤザンが目を輝かせ、ソウヤの肩を叩く。
「おいおい、ジオンの勢力圏が近いんだ。スクランブルがあるかもしれないぞ。」
ソウヤは眉を寄せ、ヤザンを窘める。
「いいじゃねえか! 行こうぜ!」
ヤザンはソウヤの慎重さを笑い飛ばし、さっさと歩き出す。
その瞬間、遠くから複数の人影が近づいてくるのに気づいた。
「なんだありゃ?」
ヤザンが足を止め、不思議そうに目を細める。
「さあ?」
ソウヤは首を傾げ、目を凝らす。
人影が近づくにつれ、カメラやビデオカメラを持っているのが分かる。
連邦軍の広報と民間のマスコミのようだ。
「何か、格納庫に取材でもするのかな?」
ソウヤが後ろのモビルスーツ格納庫を振り返る。
「いや、きっと市場のタコス屋の取材だろ! ほら、隣の部隊の連中も休憩で屋台に集まってっからよ。」
ヤザンがニヤリと笑い、グアイマスの商店街の方を指差す。
すると、マスコミの群れはソウヤとヤザンの姿を確認すると、一気に走り寄ってきた。
「おい! ソウヤ! こっちに来たぞ!」
ヤザンが驚き、半歩後ずさる。
「なんでだよ!?」
ソウヤも目を丸くし、戸惑う。
マスコミはヤザンを押し退け、ソウヤの周りを一瞬で囲んだ。
カメラのフラッシュが眩しく、ソウヤは思わず目を閉じる。
シャッター音が数秒続き、ようやくフラッシュが収まると、ソウヤはゆっくり目を開けた。
目の前には、何本ものマイクが突きつけられていたのだ。
「オデッサの新星、ソウヤ・タカバ少尉ですよね?」
マスコミの一人が声を上げ、ソウヤをまっすぐ見つめる。
オデッサでの戦果がここまで注目され、取材の嵐になるとは思ってもみなかったソウヤは、マイクの群れに圧倒され、言葉を失うのだった。
押し退けられたヤザンは、マスコミの群れに囲まれたソウヤを少し離れた場所から睨むように見ていた。
「チッ! なんだよ、俺は眼中にねえってか?」
ヤザンは舌打ちをし、眉間に皺を寄せる。
貧困街で生まれ、喧嘩に明け暮れ、出世のために連邦軍に入ったヤザン。
歩兵からモビルスーツパイロットにのし上がり、一般兵卒から這い上がってきたプライドがあった。
そんな彼にとって、士官として任官したばかりのソウヤだけが取材を受け、チヤホヤされるのはどうにも気に入らなかった。
「やっぱり、士官のエリート様は違うな。」
ヤザンは吐き捨てるように呟き、ソウヤを置いて踵を返し、基地の外の屋台が並ぶ賑やかな通りへと歩き出すのだった。
格納庫では隊長のイーサンが一人、モビルスーツの整備状況のデータが入ったデータパッドを手に、2日後の夜間行軍のことを考えていた。
仮設格納庫の静かな空気の中、遠くで離陸するミデア輸送機のエンジン音が低く響き、隣の格納庫からは他の部隊のモビルスーツの整備音がかすかに聞こえてくる。
イーサンはジム・ドミナンスの前に立ち、データパッドの画面をスクロールしながら、独り言を呟く。
「ケンの整備は完璧だな。これなら、夜間行軍も無事に完走出来そうだ。」
その時、カランと金属音が響いた。
廃油を入れるためのドラム缶の上に置いてあった金属製の計量カップが落ち、不審な足音が格納庫の奥から聞こえた。
イーサンは眉をひそめ、データパッドを下ろすと、音のしたドラム缶の方にゆっくり近づいた。
「誰だ?」
腰のホルスターの銃に手を掛けながら、低い声で呼びかけ、ドラム缶の後ろを覗く。
そこには少年が縮こまって隠れていた。
くすんだ金髪に、綺麗なTシャツとジーンズを着た少年は、目を見開いてイーサンを見つめている。
「君、なぜここにいる? モビルスーツ格納庫は立入禁止だぞ。」
イーサンは腕を組み、少年をじっと見据える。 少年は少し怯えた様子で、だがはっきりとした声で答えた。
「モビルスーツ…見たかったんです。」
そう言って、少年はイーサンの背後にあるジム・ドミナンスを指差す。
「あのモビルスーツ、すっごくかっこよかったから…近くで見てみたかっただけなんです…。」
イーサンは一瞬目を細めたが、少年の言葉に口元がわずかに緩む。
「…かっこいいか。ふっ、悪くない趣味だな。」
ジム・ドミナンスを褒められたことに内心少し喜びつつも、不法侵入に呆れたように小さく首を振る。
少年の目線に合わせるようにイーサンは中腰になり、目線を合わせながら、少年に尋ねた。
「どうやって、入ってきたんだい?」
少年は手をもじもじしながら、答えた。
「穴が開いた金網があるから、そこを潜って…。」
グアイマスは臨時で作られた基地だ。
ほぼ、突貫工事で作られているので所々、粗がある。
少年はどうやら、突貫工事で作られたフェンスの金網の穴を通って来たらしい。
イーサンは溜め息をした後、近くに無造作に置かれていたパイプ椅子を二つ引き寄せ、ジム・ドミナンスの足元に置いた。
「おい、こっちへおいで。」
少年を手招きし、パイプ椅子に腰を下ろしながら、ジム・ドミナンスを眺めるように促す。
「せっかくだ。ちゃんと見ていくと良い。」
少年は恐る恐る近づき、パイプ椅子に座ると、ジム・ドミナンスの巨大な姿をまじまじと見つめる。
その目には、好奇心と少しの憧れが宿っていた。
「で、なぜ不法侵入してまでモビルスーツを見に来た?」
イーサンは少年に視線を向け、静かに尋ねる。 少年は少し俯き、ぽつぽつと話し始めた。
「僕…元はサンディエゴに住んでたんです。でも、津波のせいで街がめちゃくちゃになって…家族は無事だったけど、友達とはみんな疎遠になっちゃって。グアイマスに来たけど、なんか…ひとりぼっちでさ。モビルスーツ見てたら、なんかその…寂しさが忘れられる気がしたんです。」
イーサンの表情が一瞬曇る。
彼自身、ブリティッシュ作戦で家族を失い、故郷を奪われた過去を持つ。
少年の話す孤独感は、イーサンの胸に静かに響いた。
「…そうか。俺も大事なものを失った。孤独感ってのは、よく分かるよ。」
イーサンは静かに呟き、ジム・ドミナンスを見上げる。
少年は少しオドオドしながら、膝の上で手を擦り合わせ、意を決したように尋ねた。
「あ、あの…! モビルスーツに乗ると、どんな気分になるんですか…?」
イーサンは少年の純粋な好奇心と緊張した様子に少し微笑み、穏やかに答える。
「体は巨人になったようで、人の体では出来ないような動きができるから不思議な気分だよ。」
少年は目を輝かせ、身を乗り出し、さらに尋ねた。
「ねえ、隊長さん! モビルスーツのパイロットになるには、どうすればいいんですか?」
イーサンは少年の熱意に少し驚きつつ、穏やかに答える。
「まずは勉強だな。頭を鍛え、体も鍛える。そして、連邦軍の士官学校に入るんだ。モビルスーツの適性があれば、モビルスーツ教育隊に配属される。そこで、操縦技術や戦術を学ぶ。そして、モビルスーツのパイロットになれるんだ。」
少年はジム・ドミナンスを見上げながら、さらに質問を重ねる。
「じゃあ…強いパイロットになるには? どうすればいいんですか?」
イーサンは一瞬考えるように目を閉じ、静かに口を開く。
「そうだな…、操縦技術や知識も大事だ。だが、一番大事なのは…仲間を信じることだ。」
少年が目を丸くする中、イーサンは続ける。
「どんな凄腕のパイロットでも、たった一人じゃ限界がある。戦場では、仲間と一緒に戦うことで強くなれるんだ。このジム・ドミナンスも、俺一人じゃ動かせない。整備班が整備してくれて、小隊の仲間と協力して戦うから、戦場で戦えるんだ。」
少年は真剣な顔で頷き、ジム・ドミナンスを見つめる。
「仲間を信じる…か…。分かった、隊長さん!」
イーサンは小さく笑い、少年の頭を軽く叩く。
「ところで、どうして俺が隊長だって、分かった?」
なぜ、少年が自分が隊長だと知っているのか、ふと気になって尋ねた。
少年は少し照れながら、だがはっきり答えた。
「さっき、格納庫の外で怖い顔のおじさんが隊長さんと話してて、『隊長、呼び出しっすか?』って言ってたから…。」
イーサンは少年の言葉に一瞬目を細め、ヤザンとのやり取りを少年に見られていたのだと気づく。
あの軽い口調と日光浴中のふてぶてしい態度、確かにヤザンだ。
「…怖い顔のおじさん、か。ハハッ、あいつをそう呼ぶとは、なかなか面白いな!」
イーサンはくすっと笑い、ヤザンの渋い顔が「怖い顔のおじさん」と評されたことに内心で大いに面白がった。
連邦軍のベージュ色の制服をミニスカートに改造したブロンドの美人リポーターが、カメラの前に颯爽と現れる。
彼女はマイクを手に、明るい笑顔でソウヤに語りかける。
「連邦軍の皆さん! いつも、ジオンとの戦い、お疲れ様です! 今回、私がインタビューするのは! 任官してすぐに激戦のオデッサ作戦に参加し、多数のジオンのモビルスーツを撃破した、期待のルーキーエースパイロットのオデッサの新星! ソウヤ・タカバ少尉です!」
カメラのフラッシュが再び光り、ソウヤは目を細める。
金髪のリポーターはエネルギッシュにインタビューを続ける。
「そして! オデッサ作戦が終わった後はジャブロー直轄の精鋭部隊に配属され! 先日のジオンのジャブロー降下作戦でガウ攻撃空母を2機も撃墜し! 多数のドップも撃破されました! ジャブローが防衛できたのも、タカバ少尉のお陰なんですね! 流石はオデッサの新星の異名を持っているエースパイロットです!」
まだ20歳そこそこの若者にとって、マスコミの熱気は戦場以上の圧迫感だ。
ソウヤはリポーターの勢いに圧倒され、顔を赤らめながら、しどろもどろに答える。
「そ、そんなことは…ありませんよ。隊長のオルグレン少佐や、仲間のヤザンのお陰で…」
視線を泳がせ、軍服の袖を握りしめる。オデッサでの戦果も、ジャブローでの奮闘も、仲間との連携がなければ成し得なかった。
「隊長や仲間のお陰、なんて謙遜! でも、そのチームワークがオリオン小隊の強さの秘訣なんですね!」
カメラマンがさらにフラッシュを焚き、フラッシュの光が彼女の金髪を輝かせた。
リポーターは目をキラキラさせ、マイクをグイッとソウヤの顔に近づける。
「では、オリオン小隊がこの北米大陸に来た目的を教えてもらっても良いですか?」
ソウヤの心臓がドキリと跳ねる。オリオン小隊の真の任務は、地上のフラナガン機関の追跡と拿捕。
極秘事項ゆえ、口にするわけにはいかない。
表向きは[各戦線の遊撃を目的とした精鋭部隊]とされている。
ソウヤは喉に詰まった言葉を無理やり押し出す。
「そ、それは勿論、キャリフォルニア・ベース奪還のためです!」
嘘ではない、と自分に言い聞かせる。
だが、オデッサの死神のグフが脳裏をよぎり、手のひらが汗で湿る。
「やっぱり、そうなんですね! オデッサの新星がキャリフォルニア・ベース奪還作戦に加われば、鬼に翼です!」
リポーターの声が弾むが、ソウヤは思わず口を滑らせる。
「いや、鬼に翼ではなくて、鬼に金棒。それか、虎に翼ですよ。」
日本生まれのソウヤにとって、ことわざの誤りは見過ごせなかった。
「おお! そうなんですね! 博識ですねー!」
リポーターは歓声を上げ、突然ソウヤに抱きつく。豊満な胸がソウヤの右腕を包み込み、柔らかな感触が伝わる。
ソウヤの顔は一瞬で真っ赤に染まり、
マスコミの喧騒も忘れるほどの羞恥心が押し寄せる。
感触は悪くない――いや、むしろ心地良い――が、衆人環視の中での恥ずかしさが勝る。
「う、うわっ…!」
ソウヤは小さく声を漏らし、身を固くする。
リポーターはそんなソウヤの反応を楽しむように、マイクを握り直し、次の質問を畳みかける。
「ところで、ソウヤ少尉はなんで、ジオンと戦うのですか?」
その言葉は、ソウヤの心に鋭く刺さった。戦う理由――。
ハイスクールでの傷害事件がなければ、士官学校に進むこともなかった。
ただ、選択肢の中で一番マシだったから入学し、モビルスーツの適性がたまたま高かったからパイロットになった。
イーサンのように家族のためでも、ヤザンのように闘争を求める情熱でも、ルースのようには戦争を終わらせたいという志もない。
自分には大義も、燃えるような目的もない。
ただ戦場にいるだけ――。
ソウヤの胸に、静かな苦悩が広がる。
だが、マイクの群れとリポーターの輝く瞳を前に、沈黙は許されない。
ソウヤはなんとか言葉を絞り出す。
「誰かを…守れるような人になりたかったので、私は戦っています。」
模範解答のような言葉。
自分でも空虚に響くが、それ以上は出てこなかった。
「そうなんですね! 素晴らしい志です! では、次の質問を…」
リポーターがさらに踏み込もうとした瞬間、けたたましいサイレンがグアイマスの基地全体に響き渡る。
スピーカーから、緊迫した声が轟く。
「カリフォルニア湾からジオンの水陸両用モビルスーツが接近中! 各部隊は迎撃体勢を!」
喧騒が一瞬で凍りつく。
マスコミの群れは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
ソウヤは逃げ出すマスコミを呆然と見ながら、立ち尽くす。
すると、背後から力強い声が響く。
「おい! ソウヤ! 大丈夫か?」
マスコミの混乱を掻き分けて、ナガト中尉が現れた。
汗まみれの布を肩にかけ、渋い眼光でソウヤを見つめる。
「ありがとうございます! ナガト中尉!」
ソウヤはホッと息をつき、赤面した顔を隠すように頷く。
「ケンでいいよ。」
ナガトは短く言い、ソウヤの肩を軽く叩く。
「さあ、出撃の準備だ!」
「はい!」
ソウヤは背筋を伸ばし、ナガトと共に仮設格納庫へ急ぐ。グアイマスのネオンは戦場の緊張に飲み込まれていく。
仮設格納庫の奥で、イーサン・ミチェル・オルグレン少佐はくすんだ金髪の少年とパイプ椅子に座り、ジム・ドミナンスを見上げていた。
サンディエゴをコロニー落としで失い、モビルスーツに寂しさを紛らわす姿に、イーサンは自らの過去を重ねていた。
ブリティッシュ作戦で家族を失った彼の胸に、少年の「隊長さん!」という言葉が静かに響く。
「いいか、モビルスーツはただの鉄の人形じゃない。仲間と一緒に戦うから、意味があるんだ。」
イーサンの低い声が格納庫の金属壁に反響する瞬間、けたたましいサイレンが基地全体を切り裂いた。
スピーカーから緊迫した放送が流れる。
「カリフォルニア湾からジオンの水陸両用モビルスーツが接近中! 各部隊は迎撃体勢を!」
イーサンは即座に立ち上がり、少年に鋭い視線を向ける。陽光が格納庫のシャッター越しに差し込み、ジム・ドミナンスの装甲を白く照らす。
「君は此所に居ろ!外にジオンのモビルスーツが来てるんだ!」
少年は目を丸くし、怯えた表情で頷く。
イーサンは少年を格納庫の隅、ドラム缶の陰に隠れるよう手で示す。
「動くなよ!すぐ誰かに預ける!」
少年は縮こまり、ジム・ドミナンスをチラリと見つめながら小さく頷く。
格納庫の外からは他の部隊の怒号が格納庫にこだまする。
イーサンはデータパッドを握り、ジム・ドミナンスのコックピットへ向かおうとするが、少年の怯えた姿に一瞬目を留める。
その時、格納庫の入口からミサキ上等兵が息を切らして駆け込んできた。
支給された青い整備作業服は油汚れで染まり、バッグを握った手が緊張で震えている。
陽光が彼女の額の汗を光らせ、普段の冷静さを欠いた声が響く。
「隊長! ジオンの水陸両用モビルスーツが来ています! 至急、発進準備を!」
ミサキの視線が少年に気づき、眉をひそめる。
「なんで子供がここに!?」
イーサンは冷静に答える。
「不法侵入だ。モビルスーツ見たさに潜り込んだ。ミサキ上等兵、この子を格納庫の安全な場所に保護してくれ。俺はモビルスーツで出る!」
ミサキは力強く頷き。
「了解しました。安全な場所に保護します。」
ミサキは少年の手を掴み、格納庫の奥、予備パーツのコンテナが積まれた安全なコーナーへ急ぐ。
少年はジム・ドミナンスを振り返り、名残惜しそうに目を細めるが、ミサキの勢いに押されてコンテナの陰に座らされる。
「ここで大人しくしていてね! 外に出たら、ジオンの攻撃に巻き込まれるから!」
イーサンはジム・ドミナンスのコックピットへ素早く搭乗し、発進シークエンスを開始。
格納庫の照明がモビルスーツの装甲を照らし、油と金属の匂いが鼻をつく。
コンソールが緑色の光を放ち、モニターに「SYSTEM ONLINE」の文字が点滅。
ジム・ドミナンスの巨体がわずかに震える。
イーサンはヘルメットを装着し、通信機に声を叩き込む。
「オリオン小隊、全員準備急げ! 敵はカリフォルニア湾から接近中だ! 水陸両用だ!油断するな!」
続いて、イヤン軍曹が格納庫に飛び込んできた。
ゴーグルを額にずらし、油まみれの手で工具箱を抱えている。
陽光がゴーグルに反射し、額の汗がキラリと光る。
「タカバ少尉のガンキャノン、すぐ準備します!」
イヤンは量産型ガンキャノンの足元に駆け寄り、整備用端末を素早く操作する。
キャノン砲の弾薬装填を再確認し、センサー類の最終チェックを始める。
格納庫の床に工具の金属音が響き、他の整備兵たちがモビルスーツの準備に追われる。
「少尉、急いで来てくださいよ! ジオンの水陸両用型は動きが速いんです!」
イヤンの声には焦りが滲むが、手際は確かだ。
その直後、格納庫の入口からナガト中尉とタカバ少尉が駆け込んでくる。
ナガトの作業着は油汚れが染み、渋い眼光で格納庫を見渡す。
ソウヤはパイロットスーツを急いで着込み、ヘルメットを手に持ったまま量産型ガンキャノンに急ぐ。
「イヤン軍曹、ガンキャノンの準備は!?」
ソウヤの声は上ずり、パイロットスーツのジッパーを引き上げる手がわずかに震える。
「あと5分で発進可能! キャノン砲の弾薬、センサー、問題なし!」
イヤンはパネルを閉じ、ソウヤに親指を立てる。ソウヤはコックピットに飛び乗り、コンソールを起動。
ガンキャノンのモニターが光り、ジェネレーターが唸りを上げる。
一方、イーサンのジム・ドミナンスは発進準備を完了。
格納庫の巨大なシャッターが軋みながら開き、昼の陽光がモビルスーツの装甲を白く照らす。
ジム・ドミナンスの足音が地面を震わせ、格納庫からゆっくり進み出る。
イーサンは通信機越しに声を張る。
「ミサキ、ナガト! ヤザンの陸戦型ジム改をいつでも発進できるように準備してくれ!ヤザンの奴、遅れてるぞ!」
ナガトは短く頷き、陸戦型ジム改の足元へ向かう。
「了解、隊長。ヤザンの奴、また屋台でタコスでも食ってるんじゃないか?」
ナガトの声に呆れが混じるが、口元にはわずかに笑みが浮かぶ。
ミサキは少年をコンテナの陰に保護した後、陸戦型ジム改の整備端末を開ける。
「ヤザンさん、いつもこう! 戦場でも遅刻しないでよ!」
彼女の声には苛立ちと、ヤザンの戦闘力を信じる信頼が混じる。
陽光が彼女の油汚れの作業着を照らし、整備用端末のコンソールを打ち込む指は力強くタイピングを行う。
イーサンはジム・ドミナンスのコックピットで最後のチェックを終え、通信機に告げる。
「港へ急げ! ジオンの水陸両用モビルスーツを叩くぞ!」
ジム・ドミナンスは重い足音を響かせ、グアイマスの港へ向かう。
昼の陽光がモビルスーツの背を照らし、サイレンの残響が戦場の幕開けを告げる。
格納庫では、ソウヤのガンキャノンとヤザンの陸戦型ジム改の準備が急ピッチで進む。カリフォルニア湾の波濤が、ジオンの脅威を運んでくる――。
港の岸辺では、基地警備をしていたRGM-79ジムの1個小隊が展開し、100mmマシンガンやバズーカを構えて海面を睨む。
波の音に混じって遠くの爆音が響く。
突如、海中から18発のミサイルが火を噴き、弧を描いて基地へ向かう。
ミサイルの尾を引く白煙が青空を切り裂き、住民の悲鳴がグアイマスの街を埋め尽くす。
「ミサイルだ! 迎撃しろ!」
ジム小隊の隊長が通信機に叫び、3機のジムが一斉に頭部バルカンを発射する。
バルカンの銃口が火を噴き、弾幕がミサイルを次々と撃ち落とす。
ミサイルの爆炎が空に広がり、破片が海面に降り注ぐ。
だが、4発のミサイルが弾幕をすり抜け、基地の倉庫街に着弾。
轟音とともに火柱が上がり、黒煙が陽光を遮る。
「くそ! 基地にダメージが!?」
ジム小隊の若いパイロットがコックピットで叫び、操縦桿を握りしめる。
倉庫街の炎が遠くに揺らめき、整備兵たちの消化作業の怒号が響く。
その瞬間、海面が割れ、ジオンの水陸両用モビルスーツが姿を現す。3機のズゴックが水しぶきを上げ、赤いモノアイが不気味に光る。
だが、そのうち1機は異様な色彩をまとっていた――ピンクに近い赤い塗装、まるで血のような輝きを放つ機体。
右手だけが通常のズゴックの暗い緑色を保ち、異様なコントラストを際立たせる。
「赤いモビルスーツ!?」
赤いズゴックは腕をジムの方に向けると腕の先端から光が放たれ、1機のジムの足が溶かされる。
行動不能となったジムのパイロットが、モニター越しに戦慄する。
ズゴックのメガ粒子砲で脚部を損傷したジムは、海岸に膝をつき、動けない。
「シャ…シャアだ! 赤い彗星のシャアだ…!」
盾を構えた別のジムのパイロットが震える声で叫ぶ。
ルウム戦役の伝説――たった1人で連邦の戦艦5隻を沈めた「赤い彗星」の名が、戦場に恐怖を撒き散らす。
赤いズゴックは悠然と進み、アイアン・ネイルを構えた。
その腕の先端に設けられたメガ粒子砲が黄色い光を帯び、動けないジムに狙いを定める。
パイロットの悲鳴が通信機に響く。
「やられちまう――!」
刹那、バズーカの弾が赤いズゴックに向かって火を噴いた。
爆炎が水面を揺らし、ズゴックは素早く身を翻して回避。メガ粒子砲の発射をやめる。
「大丈夫か!?」
イーサン・ミチェル・オルグレン少佐のジム・ドミナンスが、砂煙を巻き上げて海岸に駆けつけた。
肩に担いだバズーカの銃口から硝煙が漂い、陽光が装甲を照らす。
イーサンの目は鋭く、赤いズゴックを捉える。
「助かった! シャアだ! 赤い彗星のシャアが現れた!」
ジムのパイロットが安堵と恐怖が入り混じった声で叫ぶ。
「なんだと!? 赤い彗星だと?」
イーサンはコックピットのモニターで赤いズゴックを確認する。
ピンクに近い赤い塗装、確かにシャアの機体を思わせる異様な存在感。
イーサンのジム・ドミナンスとシャア専用ズゴックが睨み合う。
赤いズゴックの一つ目が不気味に光り、右手だけが通常の暗い緑色を保つ異様な姿が、ルウム戦役の伝説――「赤い彗星」シャア・アズナブルの影を戦場に投じる。
陽光がズゴックの装甲を血のように輝かせ、イーサンのコックピット内のモニターにその姿が映し出される。
「シャアか…陽動か、それとも別の目的か?」
残る2機の通常ズゴックが左右に展開し、イーサンのジム・ドミナンスとジム小隊と対峙。
行動不能となったジムが海岸に膝をつき、ジム小隊の隊員の恐怖の声が通信機に響く。
「勝ってこない…逃げるしかねえ…。」
先に動いたのはシャア専用ズゴックだった。
アイアン・ネイルの先端に設けられたメガ粒子砲が光を放ち、ジム・ドミナンスに牽制射撃を浴びせる。
イーサンはスラスターを全開にし、砂浜を滑るように回避。
爆炎が水面を揺らし、砂煙が陽光を遮る。
赤いズゴックは一瞬の隙をつき、水しぶきを上げて海中に潜る。
残る2機の通常ズゴックもその動きに続き、海面下に消える。
「しまった! 海中に逃がしたか!?」
イーサンが通信機に叫び、バズーカを握り直す。
水陸両用モビルスーツのズゴックは、海中で機動性を最大限に発揮する。
ジム・ドミナンスで海中に突入すれば、機動性と火力で劣る分、圧倒的に不利だ。
イーサンはコンソールを叩き、戦術を思案する。
「海中で待ち伏せ…どうやって引きずり出す?」
その瞬間、海面が割れ、ズゴック3機の頭部6連ミサイルランチャーから12発のミサイルが火を噴いた。
ミサイルは弧を描き、イーサンのジム・ドミナンスとジム小隊の周囲に着弾。
爆炎が砂浜を焦がし、水柱が陽光を乱反射させる。
イーサンはスラスターを全力で噴射させ、回避するのだった。
「くっ!このままでは少年が!?」
水中に入れば、ズゴックの餌食。
しかし、何もしなければ基地の被害は拡大し、少年にも被害が及ぶ。
イーサンは打開策を考えようとした時、破裂音のような轟音が戦場を切り裂く。
高速弾丸が海面を貫き、海中の通常のズゴック1機に命中。
爆炎が水柱とともに上がり、ズゴックの体が砕け散る。
装甲の破片が海面に散乱し、海面に油が浮き上がる。
「先のは、なんだ!?」
イーサンが弾丸の発射方向を振り返り、レール・キャノンを装備したソウヤのガンキャノンを確認。
レール・キャノンはオリオン小隊に配備されていないはずだ。
「ソウヤ!? その武器は!?」
「他の部隊から拝借してきました!」
ソウヤの声は上ずるが、目はレール・キャノンの照準に集中。
「調整してないですけど、マニュアル操作でなんとかします!」
整備中の別部隊から急遽持ち出したレール・キャノンを、システム調整なしでマニュアル操作で命中させた。
流石は我が隊のエースシューターだ。
だが、シャア専用ズゴックは仲間を撃破された脅威を察知したのか、ソウヤのガンキャノンに海中から急接近。赤いモノアイが水面下で不気味に光る。
「もう一発、レール・キャノンを!」
ソウヤが操縦桿のトリガーを押すが、レール・キャノンの銃身が冷却中で発砲できない。
「ちっ! だったら、キャノン砲で!」
素早く火気管制システムを切り替え、肩のキャノン砲を海中のズゴックに放つ。
だが、キャノン砲の弾丸は海中で減衰し、有効打を与えられない。
「オリオン2! すぐにそっちに向かう!」
イーサンのジム・ドミナンスがスラスターを全開にし、砂煙を巻き上げてガンキャノンの元へ急行する。
シャア専用ズゴックは水しぶきを上げて海面から飛び出し、ガンキャノンに急接近。
アイアン・ネイルが陽光に輝き、量産型ガンキャノンに迫る。
「しまった!?」
ソウヤがコックピットで叫ぶ。
ガンキャノンは中距離支援用であり、近接戦では圧倒的に不利だ。
イーサンのジム・ドミナンスが、量産型ガンキャノンとシャア専用ズゴックの間に滑り込む。
スラスターの熱で砂塵が舞い上がり、風に揺れる波の音が戦場の緊迫感と共鳴する。
シャア専用ズゴックは間合いを詰め、赤い装甲が血のように輝く。
アイアン・ネイルが唸りを上げ、ジム・ドミナンスの腹部を貫こうと抜き手を放つ。
赤い単眼が不気味に瞬き、戦場の空気を切り裂く勢いで迫る。
「隊長!」
ソウヤの叫びがガンキャノンのコックピットに響き、モニターに映るシャア専用ズゴックの急接近に心臓が跳ねる。
だが、イーサンは動じない。
ジム・ドミナンスが手に握っていたバズーカを砂浜に投げ捨て、両腕を広げてズゴックのアイアン・ネイルの抜き手を受け止める。
「そんな、分かりやすい攻撃!当たるかよ!」
イーサンの気合いの入った声が通信機を震わせる。
ジム・ドミナンスの巨体が一瞬沈み込み、シャア専用ズゴックの勢いを利用して見事な巴投げを決める。
水陸両用設計のズゴックは水中での姿勢制御に特化した造りだ。
空中での姿勢制御をするためのアポジモーターなど用意されてはいない。
シャア専用ズゴックは空中で身をよじることもできず、砂浜を派手に転がり、装甲から火花を撒き散らす。
轟音が戦場に響き、海面がその衝撃で揺れる。
ソウヤはコックピットのモニター越しに、鮮やかに決まった巴投げを目撃し、思わず声を漏らす。
「1本!」
ガンキャノンのコンソールを握り、ソウヤの口元に無意識の笑みが浮かぶ。
砂浜に倒れたシャア専用ズゴックのモノアイは一瞬暗くなるものの、微かに赤い光を宿し続ける。
その時、残る1機の通常ズゴックが、シャア専用ズゴックが倒されたのを見て取ると、慌てて海中に身を沈めた。
「逃がすか!」
ソウヤのガンキャノンのモニターに、レール・キャノンの冷却完了を示す緑色の表示が点滅する。
素早く火気管制システムをマニュアル操作に切り替え、ソウヤは照準を海中のズゴックに定める。
コックピットの振動が鼓動と共鳴し、指がトリガーに滑らかに掛かる。
「標準ゼロサイト調整完了!銃身の電流良し! 沈め!」
レール・キャノンの高速弾丸が轟音とともに発射され、海面を貫く。
弾丸は水中で減衰せず、ズゴックの装甲を直撃。
爆炎が水柱とともに舞い上がり、ズゴックのモノアイが砕け散る。
海面に油と装甲の破片が浮かび、波濤がその残骸を静かに飲み込む。
「よし!」
ソウヤの声がコックピットに響くが、勝利の余韻は一瞬だ。
砂浜で倒れていたシャア専用ズゴックのモノアイが再び赤く光り、ジェネレーターの唸りが戦場に響き渡る。
ズゴックは素早く身を起こし、仲間が全滅したことを把握したのか、海中に逃げようとスラスターを噴射する。
その瞬間、遅れて戦場に駆けつけたヤザンの陸戦型ジム改が、砂煙を巻き上げて滑らかに登場。
ヤザンはニヤリと笑い、操縦桿を力強く握る。
「くらえ、赤い彗星!」
スタン・アンカーの杭がシャア専用ズゴックの背中に深く突き刺さる。
ワイヤーが唸りを上げ、ズゴックが海中に潜ろうとする動きを強引に止める。
シャア専用ズゴックは水しぶきを上げて抵抗するが、ヤザンはスタン・アンカーのワイヤーを巻き取り、ズゴックを砂浜に引きずり戻そうとする。
「おい、ヤザン。遅刻だぞ!」
ソウヤは通信モニターを切り替え、ヤザンに遅れてきた文句を言おうとした。
モニターに映るヤザンは、戦場に似合わぬベージュの連邦軍の軍服を着ている。
モビルスーツのコックピットには、やや場違いな服装だ。
口元にはタコスのソースが僅かに付着し、グアイマスの屋台で食い散らかした痕跡が明らかだ。
だが、ソウヤの視線を引いたのは、ヤザンの左頬にくっきりと残る赤い手形――ミサキ上等兵のビンタの跡だ。
遅刻したヤザンに、ミサキの苛立ちが炸裂した瞬間が目に浮かぶ。
ソウヤは思わず苦笑し、通信機越しに呟く。
「ヤザン、顔…ソースとビンタの跡、すごいことになってるぞ。くくくく。」
笑いを堪えられず、笑いが漏れてしまう。
「ハッ! ミサキの闘魂注入だよ!んなことよりも目の前の獲物だ!」
ヤザンの軽快な声が通信機に響き渡る。
ソウヤへのマスコミの注目を羨ましく思っていたヤザンにとっては千載一遇のチャンス、ヤザンのやる気に火をつける。
陸戦型ジム改のモニターに、シャア専用ズゴックの装甲がワイヤーで軋む映像が映し出される。
「ははははは! 赤い彗星を倒したら、明日のニュースの1面は俺のもんだぜ!」
ヤザンの笑い声が戦場にこだまする。
モニター越しに見る彼の目は、軽薄さの裏に闘争心を宿し、スタン・アンカーのワイヤーを握る手は揺るがない。
ヤザンはトリガーを押し、スタン・アンカーの高圧電流を流す。
青白い電流がワイヤーを伝い、シャア専用ズゴックの装甲を貫く。
ズゴックのモノアイが明滅し、ジェネレーターが悲鳴のような唸りを上げて機能を停止。
機能停止したシャア専用ズゴックをカツオの一本釣りのように陸戦型ジム改が豪快に釣り上げた。
舞い上がるズゴックは砂浜に、その巨体が叩きつけられ、砂塵と火花が舞い上がる。
「ザリガニの一本釣りかよ。」
ソウヤがコックピットで子供の頃にしたザリガニ釣りを思いだし、思わず突っ込みを入れる。
ガンキャノンのモニターに映る、ヤザンの陸戦型ジム改がズゴックを釣り上げる姿は、まるで漁師の豪快な仕草を思わせる。
ソウヤの口元に苦笑が浮かび、戦場の緊張が一気に解ける。
「よし、後続はなし。基地の防衛は完了だ。」
イーサンのジム・ドミナンスはバズーカを拾い上げ、二人のモビルスーツに近づいた。
夕陽は沈みかけ、グアイマスの街とカリフォルニア湾は赤く染まるのだった。
夕暮れがグアイマスの基地を赤く染め、砂浜に沈む陽光がカリフォルニア湾の波濤を柔らかく照らす。
戦場の爆音は収まり、傷だらけのモビルスーツと黒煙が漂う港に静寂が戻る。
ヤザンの陸戦型ジム改は鋭い唸りを上げながら、シャア専用ズゴックの手足をビームサーベルで溶断していた。
赤い装甲が溶け、火花が砂浜に散る。
ヤザンの目は鋭く、万が一の再起動による被害を防ぐため、慎重に刃を動かす。
「くくくく、これで俺も有名人だぜ!」
ヤザンの声が通信機に軽快に響く。
陸戦型ジム改のビームサーベルが最後に残った左腕を切り落とし、シャア専用ズゴックは無力化された巨体を砂浜に晒す。
ソウヤ・タカバ少尉は、ガンキャノンのコックピットからその光景を眺め、ふと奇妙な連想に囚われる。
手足を失ったシャア専用ズゴックの姿が、カニ鍋のためにハサミや脚を取られた蟹を思わせるのだ。
12月の寒さが近づく今の日本なら、カニ鍋が美味しい季節だろうな、とソウヤは一瞬だけ故郷の冬を思い出す。
夕陽がガンキャノンの装甲を赤く染め、ソウヤの口元に微かな笑みが浮かぶ。
ヤザンは陸戦型ジム改をシャア専用ズゴックの横に片膝をつかせ、待機させた。
仰向けに寝かされたズゴックのモノアイはすでに光を失い、夕暮れの空にその赤い装甲が鈍く映える。
ヤザンはコックピットで腕を組み、シャア・アズナブルを捕まえる瞬間を待ち構える。
だが、その視線はどこか落ち着かない。
ソウヤへのマスコミの注目を羨んだ彼のプライドが、赤い彗星を仕留めた栄光を求めているのだ。
一方、ソウヤを囲んでいたマスコミの群れは、今やシャア専用ズゴックの周りに集まり、カメラのフラッシュを焚き続ける。
シャア・アズナブルが捕虜となる瞬間を捉えようと、レポーターやカメラマンが砂浜に殺到する。
夕陽が彼らのレンズに反射し、グアイマスの港に喧騒が蘇るのだった。
歩兵の一団がズゴックのコックピットハッチに近づき、慎重にハッチをこじ開ける。
金属の軋む音が夕暮れの静寂を破り、歩兵が中にいた人物をマスコミとヤザンの前に連行する。
現れたのは、美しいブロンドの髪、ふっくらとした体型、立派な顎が特徴的なその男は、ぴっちりとした潜入服を着た中年の男性だった。
その姿にヤザンとマスコミは一瞬呆気に取られる。
伝説の「赤い彗星」シャア・アズナブルとは、あまりにもかけ離れた雰囲気だった。
ヤザンはコックピットから身を乗り出し、通信機越しに詰め寄る。
「おい、お前が赤い彗星なんだよな?」
中年のパイロットは慌てたように手を振る。
「ち、違う! 俺は赤い彗星じゃない!」
「なんだと!? 赤いモビルスーツに乗ってるじゃねえか!?」
ヤザンの声に苛立ちが滲む。
陸戦型ジム改のコックピットモニターに映る男の困惑した表情が、ヤザンの期待を裏切る。
「確かにこのズゴックはシャア大佐のモビルスーツだったが、今は俺が使ってるんだ!」
「んだとー! 本物の赤い彗星はどこに行きやがった!」
ヤザンの声が夕暮れの砂浜に響き、砂塵が舞う。
男は肩をすくめ、声を張り上げる。
「大佐なら、宇宙に上がったよ! ジャブローで失敗した後にすぐにな!」
「あーー! 紛らわしい! 赤いモビルスーツなんか使うなよ!」
ヤザンの苛立ちが爆発し、陸戦型ジム改の操縦桿を叩く。男は負けじと反論する。
「んなもん、知るかよ! あんな良いモビルスーツを地上に置いてった大佐が悪い!」
ソウヤはガンキャノンのコックピットで、ヤザンとジオン兵のやり取りを聞きながら、クスクスと笑いを噛み殺す。
ヤザンはマスコミの中に立つ金髪の美人リポーターに視線を移し、期待を込めて尋ねる。
「なあ! 赤い彗星が乗ってたモビルスーツを倒したんだから、記事にならねえか?」
リポーターはミニスカートの制服を翻し、きっぱりと首を振る。
夕陽が彼女のブロンドの髪を輝かせ、残念そうな声で言う。
「シャアが乗っていない赤いモビルスーツなんて、ただのピンクのモビルスーツよ。 記事になんて、できないわ…。」
リポーターの返答を聞いたヤザンは髪の毛をかき乱し、吠えるのだった。
「ちきしょーーーーー!」
ヤザンの遠吠えが、夕陽に赤く染まるグアイマスの港にこだまする。
陸戦型ジム改のコックピットで肩を落とすヤザンの姿に、ソウヤは笑いを堪えることができず、爆笑。
マスコミのフラッシュが薄れ、歩兵がシャア専用ズゴックに乗っていたパイロットを連行していく。
シャア専用ズゴックの残骸は砂浜に横たわり、夕暮れの光がその赤い装甲を静かに照らす。
戦場の熱気は冷め、グアイマスのネオンが遠くで灯り始める。
ヤザンの陸戦型ジム改がビームサーベルでシャア専用ズゴックの手足を溶断する中、イーサン・ミチェル・オルグレン少佐は仮設格納庫へと戻り、ジム・ドミナンスのコックピットから降り立つ。
油と金属の匂いが漂う格納庫に、夕陽がシャッター越しに差し込み、モビルスーツの装甲を温かく照らす。
イーサンは足早に、ミサキ上等兵が保護している少年の元へ駆け寄る。
少年は予備パーツのコンテナの陰に座り、帰還したジム・ドミナンスの堂々とした姿を名残惜しそうに見つめていた。
イーサンは少年の前に膝をつき、穏やかだが力強い声で尋ねる。
「大丈夫だったか?」
少年は目を輝かせ、純粋な笑顔で力強く頷く。
「うん! 隊長さんが守ってくれたから、大丈夫!」
その無垢な声に、イーサンの表情がわずかに和らぐ。
「そうか、それなら良かった。」
安堵の息をつきながら、イーサンは少年の無事を心から確認する。
だが、彼の目は少年の瞳に宿る好奇心と憧れを捉え、静かに言葉を続ける。
「モビルスーツに乗るってことは、こういうことになる。それでも乗りたいか?」
少年は一瞬俯き、夕陽の光に照らされた小さな手を握りしめる。
しばらく考えた後、顔を上げ、澄んだ声で力強く答える。
「うん! 僕は隊長さんみたいなパイロットになりたい! 隊長さんみたいに、誰かの助けになるパイロットになりたいです!」
その言葉に、イーサンの胸に温かな波が広がる。
少年の純粋な決意は、戦場の過酷さを超えて希望の光がイーサンを包み込む。
イーサンは、この子が将来、立派なパイロットになるだろうと確信する。
少年は少しモジモジしながら、恥ずかしそうに続ける。
「何か…隊長さんとの思い出になる物が欲しいんですが、良いですか?」
イーサンは一瞬、困ったように眉を寄せる。
格納庫には軍用品や重要な機材ばかりで、少年に気軽に渡せるものはない。
その時、ミサキ上等兵が目を輝かせ、弾んだ声で割って入る。
「私、良いものがありますよ!」
ミサキは格納庫に設置されている自分のロッカーに走り出し、ロッカーからカバンを取り出すと、ごそごそと中を探る。
やがて、彼女の手には一枚のワッペンが握られていた。
オリオン小隊の三ツ星のエンブレムがデザインされたワッペンだ。
ミサキは少年にワッペンを差し出し、温かな笑顔で言う。
「みんなに渡すつもりで作ったんです。予備が3枚あるから、これをあげるね!」
少年はワッペンを受け取り、三ツ星のエンブレムをじっと見つめる。
夕陽の光がワッペンに反射し、少年の顔に喜びが溢れる。
「ありがとう! 大事にするよ!」
少年の声は弾み、ワッペンを握りしめた手が小さく震える。
イーサンはその姿に小さく笑い、少年の頭を軽く撫でた。
「良かったな、坊主。じゃあ、今のうちに帰ろうか。」
基地中がシャア専用ズゴックの残骸に注目している隙に、少年をそっと逃がそうとするイーサンの声は優しく、だがどこか急かす響きを帯びる。
少年は名残惜しそうにジム・ドミナンスを振り返るが、ミサキに促され、格納庫の出口へ向かって走り出す。
夕陽が少年の背中を赤く染め、軽やかな足音が格納庫の金属床に響く。
イーサンはふと、少年の名前を聞いていないことに気づき、呼び止める。
「君! 名前は?」
少年は走る足を止め、振り返って満面の笑みを浮かべる。
「ナイジェル! ナイジェル・ギャレット!」
その声は夕暮れの空に響き、少年は三ツ星のワッペンを握りしめながら、グアイマスの街へと走り去る。
イーサンとミサキは未来のパイロットの背中を見送るのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はギャグパートで作りました。
ヤザンの雰囲気はZZの時みたいにしてみました。
そして、シャア専用ズゴックが登場した場面では、色々とネタを突っ込んだので、楽しんで読んでもらえたら、嬉しいです。
シャア専用ズゴックはジャブロー戦の後に行方不明になるので、もし、キャリフォルニア・ベースに帰還していたら、こんな風に使われたのではないかと思い。
今回の話を作りました。
登場人物紹介
ナイジェル・ギャレット
原作 [機動戦士ガンダムUC]
いつか、同じ三ツ星を掲げるエースパイロット。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン