防潮堤を背に、コジマ大隊第4小隊の前に立ち塞がった4機のアッガイ。
夕闇のなかにぬっと現れたそのユーモラスさがある赤茶けた巨体は、その実態は恐るべき隠密機体。
水冷式の排熱処理システムによる圧倒的な排熱量の低さ、ステルス性を重視したその外装、一年戦争時には密林や湾岸での極秘偵察任務にも従事していた実績がある。
「ジョシュア、ノア! 奴らの正面に立つな! 射線を外せ!」
ソウヤの鋭い警告が無線に跳ねる。
だが、その指示の真意を、ノア軍曹は一瞬、理解しきれなかった。
(正面……? なんでだ? あんな熊公みたいな、ずんぐりしたモビルスーツのどこが――)
最新鋭の『ジムⅡ』を手に入れた高揚感。
外見のどこか愛嬌のあるシルエットが、初めてのモビルスーツ戦闘を迎えたノアの心に致命的な「油断」を生んでいた。
「――っ、敵の姿勢が変わるぞ! 動け!」
ソウヤの叫びと同時に、4機のアッガイが一斉に腰を落とし、前屈みの姿勢へと移行した。
その意図――頭部兵装の射角調整であることを瞬時に見抜いたソウヤとジョシュアは、スラスターを激しく吹かして即座に左右へと散り、アッガイの正面から自らの機体を離した。
しかし、ノアだけはその場に立ち尽くしていた。
両手に携えた実体弾式のロケット・ランチャー。これを使って、この初実戦で「初撃破」の戦果を挙げてやろうという功名心が、彼の足を一瞬だけ縫い止めてしまったのだ。
「ノア!! ぼさっとするな、アッガイの真正面から退けッ!!」
ジョシュアが通常モニターの向こうで声を荒らげる。
その怒声に弾かれるようにして、ノアは慌ててジムⅡの操縦桿を蹴り込むように引いた。
だが、少し遅かった。
ドガガガガガガガガガガガガガッ!!!
4機のアッガイの頭部に据え付けられた、計16門もの『105mmバルカン砲』が一斉に火を噴いた。
夕闇の港湾を白く染め上げる、凄絶なマシンガンの弾幕の雨。
逃げ遅れたノアのジムⅡを目がけて、超濃密な鉛の嵐が容赦なく殺到する。
「うわああああああッ!?」
ノアは悲鳴を上げながら、無意識に左腕のシールドを正面へと突き出した。
激しい衝撃がコックピットを襲い、モニターが警告の赤フラッシュで激しく明滅する。
マグネット・コーティングされた駆動系が悲鳴を上げ、激しい直撃判定のログがコンソールを埋め尽くしていった。
シールドでなんとか致命傷だけは凌いだものの、装甲を削り取られた機体の各部インジケーターが黄色へと変わっていく。
「な、なんだよあいつら……っ! モビルスーツの頭についてるマシンガンが、なんであんなに大火力なんだよ!?」
「馬鹿野郎、アッガイの頭部バルカンはザクのマシンガン並みの大口径弾なんだよ! ナメてかかってんじゃねえッ!!」
うろたえるノアを、ジョシュアが容赦なく叱り飛ばす。
だが、その一瞬の隙を、ジオン残党の熟練パイロットたちが見逃すはずがなかった。
「チッ、フォーメーションが崩されたか……!」
ソウヤの苦々しい呟きの通り、アッガイの群れは完璧な実戦連携を見せた。
第4小隊の足並みが乱れた戦況を確認するや否や、4機のアッガイは即座に2機ずつのペアへと分裂。
前衛の2機が、最も危険な緑のガンダム――ソウヤの『スライフレイル』の進路を塞ぐようにして、多重関節機構『フレキシブル・ベロウズ・リム』の長い腕部を伸ばし、伸縮式の鋭い『アイアン・ネイル』を激しく軋ませて足止めへと突っ込んできた。
そして、残されたもう2機のアッガイが、完全に獲物と定めたノアのジムⅡを屠るべく、右腕の腕部バルカン砲と、内蔵された240mmロケット弾の火線を交互に弾けさせながら、地を滑るようなステップで肉薄を開始する。
伸縮する剛腕の先端に備えられた、引き裂くための6本の爪と、容赦なき6連装ロケットランチャーの黒い砲口が、ゼロ距離の間合いへと迫り来る。
「ひ、一気にこっちに来やがった……っ!?」
先ほどの頭部一斉掃射の衝撃も冷めぬまま、暗闇の中から自分を確実に殺しにくる2機の漆黒の怪物を前にして、ノアはジムⅡのシートのなかで、本物の戦場の恐怖に完全に身体を強張らせていた。
「おい、ノアッ! びびってんじゃねえ、動けッ!!」
硬直するノアのジムⅡへアッガイ2機が爪を剥いて肉薄したその瞬間、ジョシュアのジム・キャノンが強引にその間に割り込んだ。
「サンダース軍曹――いや、曹長から、お前と一緒に隊長を支えろって言われてんだろ!」
ジョシュアは推進剤を限界まで噴射してアッガイの突撃軌道を塞ぐと、至近距離から右肩のキャノン砲を獰猛に吼えさせた。
ズドンッ!
至近距離で炸裂した砲弾が、1機のアッガイの厚い頭部装甲を強烈に叩き割る。
ひるんだ敵機へ、ジョシュアは間髪入れずに両手に構えた二挺のビーム・スプレーガンをゼロ距離から連射した。
鮮烈な光条がアッガイの伸縮式の剛腕を根元から焼き切る。
強烈な火力によるジョシュアの文字通りの「力技」が、絶体絶命だったノアの窮地を力尽くでこじ開けた。
「ジョ、ジョシュ……っ!」
通常モニターの向こう、身を挺して自分を庇った先輩の背中を見た瞬間、ノアの脳裏にあの日、酒保の橙色の光の中でサンダース曹長に頭を撫でられた記憶が鮮烈に蘇った。
『俺が不在の間も、お前たち2人で隊長を守れるんだぞ。』
(そうだ……俺はあの人に、隊長を頼むって言われたんだ。ここで俺が突っ立ってたら、ジョシュアまで死んじまうッ!!)
ノアの胸の奥で、恐怖が激しい闘志へと一気に爆発した。
「おおおおおッ!! 舐めるなよ、こんちくしょうッ!!」
覚醒したノアはジムⅡの操縦桿を激しく叩き込んだ。
ジムⅡは鋭いキレがあるステップでアッガイのもう1機が放ったロケット弾の弾道を紙一重で回避。
そのまま右腕のロケット・ランチャーの砲口を、眼前の敵の胴体へと真っ直ぐに突き付けた。
「くたばれぇぇぇッ!!」
至近距離から放たれたロケット弾がアッガイの腹部で大爆発を起こし、重厚な巨体を消し飛ばす。
「ノア、よく動いた! 残り1機だ、お前は右から狙え!」
「了解! 息を合わせるぞ、ジョシュ!!」
サンダースという絶対的な盾を失い、この数ヶ月間お互いに泥をすすりながら地獄の特訓を耐え抜いてきた2人。
その経験が、この極限の戦場で完璧なコンビネーションとして結実していた。
ジョシュアのジム・キャノンが中距離から正確なキャノン砲とスプレーガンの弾幕で敵の退路を断ち、その隙を突いて、ジムⅡの機動力で懐へ潜り込んでロケット・ランチャーを叩き込む。
かつてサンダースがジョシュアの盾を借りてキャノンを撃ったように、今度はこの2人がお互いの背中を預け合い、暗闇から迫るアッガイの波状攻撃を強固な防波堤となって押し返し始めていた。
一方、ソウヤの駆るスライフレイルの方でも、戦闘の幕が開けていた。
足止めを狙う2機のアッガイは、多重関節機構『フレキシブル・ベロウズ・リム』を最大まで伸長。
伸縮する特異な剛腕の先端からアイアン・ネイルを剥き出し、鋭い駆動音を響かせて左右から同時に掴みかかってきた。
「――舐めるなよ。」
ソウヤはコックピット内のインジケーターを見据え、手にしたロケット・ランチャーに素早くセーフティを掛けた。
実体弾の至近距離信管は自機を巻き込むリスクがある。
彼は迷うことなくそれを防潮堤の地面へと投げ捨て、腰部にマウントされた2本のジャベリンのロックを解除した。
ソウヤが操縦桿のスイッチを弾くと、マウントされていた2本の槍がスライフレイルの両手に収まり。
次の瞬間、緑の機体の両手には、赤白い五叉の光刃を激しく滾らせた2本の短槍が握られていた。
『ツイン・ビーム・ジャベリンモード』。
ソウヤはスライフレイルのメインスラスターを瞬間的に最大出力まで跳ね上げ、アッガイ2機が形成する交差射線へと真っ直ぐに突っ込んだ。
ガキィィィィンッ!!!
1機目のアッガイが放ったアイアン・ネイルの突進。
ソウヤはその伸縮する剛腕の極小の隙間を見切り、右手のジャベリンの穂先でネイルの打突を完璧に受け流す。
その流れるような制動のまま、左手の光刃を敵の左肩口の多重関節へと正確に叩き込んだ。
一閃。
超高温のビームがアッガイのフレキシブル・ベロウズ・リムを根元から滑らかに焼き切る。
さらにソウヤは機体を反転させ、すれ違いざまに敵の右アーム、そして左脹脛の駆動ブロックだけを正確に突いた。
コックピットを完璧に外した、ミリ単位の精密な格闘攻撃。
アッガイはパイロットの命を刈り取られることなく、両腕のアイアン・ネイルと脚部を全壊され、その巨体は崩れ落ちた。
「――まず、1機!」
残る2機目のアッガイが、右腕のバルカン砲を連射しながら肉薄してくる。
ソウヤは緑の機体をコマのように鋭く旋回させ、弾道をすべて頑強な装甲で弾き飛ばす。
アッガイが次のネイルを突き出そうとしたまさにその刹那、懐へ完全に潜り込んでいた。
ソウヤの両手のジャベリンが交差するように振り抜かれ、2機目のアッガイの両腕のユニットが同時に宙を舞った。
さらに機体の慣性を利用した鋭いローキックがアッガイの右膝関節を直撃。
駆動系を破壊された敵機は、コックピットの気密を保ったまま、波止場に仰向けにひっくり返り、機能停止に追い込まれた。
1年前の競技会で地球上各地の精鋭部隊と競い合い、磨き上げられたソウヤの圧倒的な技量が、ジオン残党を数十秒で完全に無力化したのだ。
ソウヤはジャベリンを引き抜いたその時、通信回線から若い2人の弾んだ声が飛び込んできた。
「――隊長! こちらジョシュア! こっちに向かってきたアッガイ2機、ノアとのコンビネーションで完全に撃破しました!」
「隊長、俺もやりましたよ! ジョシュア曹長に背中を預けて、ロケット・ランチャーでバシッと仕留めてやりました!」
「ジョシュア、ノア……!」
通常モニターの向こうで、興奮気味に、しかし確実に一回り成長した顔で報告を寄せる部下たちの姿。
ソウヤは操縦桿の手をわずかに緩め、胸の内で深い安堵の息を吐き出した。
初実戦のノアが無事であったこと、そしてサンダースが残した絆が、2人の間で本物の「連携」として機能したことが、隊長として何よりも嬉しかった。
「よくやった、2人とも。見事な連携だ。ノア、怪我はないな?」
「はい、シールドに少しダメージを喰らいましたが、機体も俺も、ピンピンしてます!」
ノアの元気な返声に、スライフレイルの周囲の張り詰めていた空気がふっと和らぐ。
だが――コジマ大隊第4小隊がアッガイの奇襲を完璧に退けた、まさにその瞬間のことだった。
「――嘘、でしょ……!? 何、この巨大な熱源反応……っ!!」
ノアの無事を確認し、ソウヤが胸を撫で下ろしたまさにその刹那、ホバートラックの電子席からエミリア少尉の悲鳴のような絶叫が通信回線に響き渡った。
それと同時に、スライフレイル、ジム・キャノン、ジムⅡの3機のコックピットに、これまでに聴いたこともない最大級の危険警告音がけたたましく鳴り響く。
ザバァァァァァァァァァァンッ!!!
第4小隊が陣取る防潮堤のすぐ背後の海面が、まるで爆沈でも起きたかのように津波となって大きく割れた。
吹き上がる凄絶な水柱を突き破り、アッガイの隠密性とは真逆の、あまりにも異形な超重量級モビルスーツ――MSM-10『ゾック』が、そのおぞましい巨体を夕闇の中に現した。
前後対称の奇異なシルエット、その巨躯は連邦のジムの倍近い質量を誇り、まさに歩く要塞そのものだった。
ゾックは海面へ浮上すると同時に、その前後対称のボディに備えられた計9門のメガ粒子砲――頭部に1門、胴体に前後4門ずつ配置された破壊の銃口のうち、防潮堤を向くすべてのメガ粒子砲を同時に起動した。
キュイィィーーン!
空気が軋むような不気味な充填音が周囲を満たし、怪物の胸部で禍々しい光球が急速に膨れ上がっていく。
狙いは、防壁の上にいる第4小隊、そしてチョンギ基地そのものだ。
(――っ!? この感覚は……!)
その瞬間、ソウヤの脳裏に、幾度となく命を救ってきた、あの「閃き」にも似た超感覚が鋭く走った。
まだ機体のセンサーがゾックのロックオンを完全に感知するより前、ソウヤの細胞すべてが、コンマ数秒後に訪れる絶対的な死の光条を察知していた。
「ジョシュア、ノアッ!! 防潮堤から全力で後ろへ退がれぇぇぇッ!!」
ソウヤの魂を絞り出すような怒号に、2人は思考よりも先に肉体を反応させた。
ジム・キャノンとジムⅡが、防壁の裏側へと強引に機体を投げ出す。
スライフレイルもまた、メインスラスターを瞬間的に爆発させ、背後へと大きく跳躍した。
直後――視界のすべてが、純白の閃光によって塗り潰された。
ドガァァァァァァァァァァンッ!!!
ゾックの巨体から一斉に放たれた複数のメガ粒子砲の光条が、極太の熱線の束となってチョンギ基地の防潮堤を直撃した。
厚さ数メートルに及ぶコンクリート製の防壁が、まるで飴細工のように一瞬で蒸発し、凄絶な大爆発の爆炎が夕闇の空高く立ち上る。
「うわあああッ!?」
「くそったれがぁぁッ!!」
凄まじい熱風と衝撃波が、退避したソウヤたちの機体を容赦なく叩く。
3機は地面へと激しく叩きつけられ、駆動系を激しく軋ませながらも、なんとか回避に成功した。
ソウヤの感覚がなければ、跡形もなく消滅していたはずだった。
「全員、無事か! エミリア、基地の状況は!?」
ソウヤが視界を埋め尽くす黒煙の向こうへ吼える。
「――は、はい! 3機の生存(シグナル)確認! ですが、基地の西側防壁が完全に消失! 近接する対空迎撃システムも一瞬で全壊しました! 基地へのダメージ、甚大です……っ!」
エミリアの悲痛な報告が響く中、ゆっくりと晴れていく硝煙の向こう側で、モノアイを怪しく発光させたゾックの巨体がこちらへと進路を向けた。
「……上陸してくる、だと!?」
水中で戦う方が圧倒的に有利なはずの水陸両用機。
そのアドバンテージを自ら捨て、遮蔽物のない陸上へ向かってその巨体を晒すなど、通常の水陸両用モビルスーツの戦い方ではあり得ない暴挙だった。
だが、その疑問は一瞬にして絶望的な驚愕へと叩き落とされる。
ズガァァァァァンッ!!!
「な、なんだあの速さは……っ!?」
「嘘だろ!? あんなデカい奴が、なんでドムみたいに速いんだよ!!」
ソウヤとジョシュア曹長が、同時に通常モニターの向こうで叫んだ。
鈍重な見た目に反し、ゾックの脚部、その内奥に仕込まれた大出力の熱核ジェットが地鳴りのような爆音を炸裂させた。
地面を滑るような猛スピードのホバー推進。
その加速力は、一年戦争時のドムやゴッグの数値を遥かに凌駕していた。
凄まじい水飛沫を跳ね上げ、ゾックが防潮堤の残骸を乗り越えて上陸を果たす。
その瞬間だった。巨体が陸地を捉えた刹那、ゾックは高速のホバーを維持したまま、機体を鋭くスピンさせた。
キュイィィーーン!
前後対称のボディに備えられた、前後の合計8門のメガ粒子砲が、円を描くようにして凶暴な光条を一斉に解き放った。
死角のない全方位へのメガ粒子砲8門の薙ぎ払い。
「ノア、ジョシュア! 避けろぉぉぉッ!!」
ソウヤはスライフレイルのメインスラスターを限界まで吹かし、その熱線の円から逃れた。
ジョシュアも咄嗟にジム・キャノンを後方へと跳ばしたが、ゾックの放った一条のビームが、機体の右肩を無残に掠めていく。
ジジジィィィィンッ!
凄絶な融解音が響き、ジム・キャノンの主兵装である右肩のキャノン砲が、砲身ごとドロドロに溶かされていく。
そして、回避の最も遅れたノアのジムⅡへ、メガ粒子砲の熱線が容赦なく襲いかかった。
「うわああああああッ!!」
ノアは必死に左腕のシールドを正面へ突き出したが、ゾックのメガ粒子砲の圧倒的な熱量には耐えきれなかった。
閃光が爆発し、シールドごとジムⅡの左腕アームが根元から木っ端微塵に吹き飛ばされた。
だが、怪物の追撃はこれで終わりではない。
ゾックは総重量200トンを超える圧倒的な自重をホバーの推進力へと乗せ、信じられないスピードで、ジョシュアのジム・キャノンへと肉薄した。
「ジョシュア曹長ッ!! 脱出してくださいッ!!」
エミリアが叫ぶが、もう遅かった。
眼前に迫る、ゾックの巨大なクロー。
ジョシュアは咄嗟にジム・キャノンの残された両腕を交差させてガードの体勢を取ったが、鉄の要塞から放たれた一撃は、ジム・キャノンの装甲を容易く紙細工へと変えた。
バキィィィィィンッ!!!
凄絶な金属破壊音がチョンギ基地に響き渡る。
ジム・キャノンの両腕は文字通り粉砕され、200トンの突撃の質量をそのまま浴びた機体は、防潮堤から数十メートルも後方の格納庫の壁へと激しく吹き飛ばされた。
ドォォォォン! と背中から激突し、コックピット内の全モニターが激しい火花を散らして一斉に暗転する。
「ぐ、はっ……――」
凄まじいGの衝撃を全身に浴びたジョシュアは、血を吐きながら、操縦桿を握ったままその場に崩れ落ち、意識を失った。
「ジョシュ!! 嘘だろ、返事をしてくれ、ジョシュアッ!!」
モニターの向こう、沈黙したジム・キャノンのシグナルを見つめながら、ノアが半狂乱になって悲鳴を上げる。
ソウヤはスライフレイルのカメラをゾックの足元へと向けた。
巻き上がる激しい砂塵の隙間、怪物の巨体を支える「その下半身」が、完全に露わになった瞬間だった。
(……何だ、あの形状は……!? 通常のゾックじゃない!)
ソウヤの瞳が見開かれる。
本来のゾックであれば、ずんぐりとした2本の不格好な脚部でホバーを行うはずだった。
だが、目の前のゾックの脚部は、太く強固に設計された『4本の脚部』だった。
ジオン公国軍が一年戦争末期、重力下での機動性を極限まで高めるために極秘裏に開発を進めていたとされる、ゾックの四脚型改修仕様。
2本足の通常型とは根本的に異なる、陸上を縦横無尽に高速移動するための4本足。
「ノア、落ち着け! ジョシュアの生体反応はまだ消えていない! 気絶しているだけだ!」
ソウヤはスライフレイルのツイン・ビーム・ジャベリンを構え直し、4本の足で地を這う巨大な怪物へと、鋭い眼光を向けた。
「あの4本足の怪物……データのゾックだと思うな。……ここからは、本物の地獄だぞ!」
立ち上る煙の向こう、赤く輝くモノアイを左右に蠢かせながら、四脚の怪物が次の獲物を定めるようにして、ノアの満身創痍のジムⅡへとその異形な身体を向け直すのだった。
ソウヤの割れんばかりの怒号が、混乱するノアの通常モニターへと叩きつけられた。
「ノア! 俺がこの4本足の化け物を食い止める! お前はその隙にジョシュアを何が何でも死守しろ!」
「だ、だけど隊長! そんな化け物を相手に1人でなんて――」
「ジョシュアを守れるのは、左腕を失ってもまだ動けるお前だけだ! サンダース曹長との約束を忘れたわけじゃないだろう!」
「――っ! 了解……了解です、隊長!!」
サンダースの顔が脳裏をよぎり、ノアは涙を拭ってジムⅡのペダルを強く押し込んだ。
残された右腕でロケット・ランチャーを構え直し、煙を上げるジム・キャノンの元へと急行する。
「よし……。これで心置きなく、お前の相手ができるな。」
ソウヤはスライフレイルのコンソールを激しく叩き、両手に握った『ツイン・ビーム・ジャベリン』の出力を最大まで解放した。
赤く燃え盛る五叉の光刃が、夕闇のチョンギ基地を烈烈と照らし出す。
目の前に佇むのは、200トンを超える四脚の怪物。
水中の利を捨てて陸に上がってきたその不気味な自信を、ソウヤの戦士としての本能が激しく警戒していた。
だが、退くわけにはいかない。
部下たちの命を、この基地を守るため、若き大尉は操縦桿を限界まで押し込んだ。
ドォォォォォンッ!!!
背部のメインスラスターが狂暴な爆音を上げ、緑の機体は突撃した。
4本の不気味な脚部を蠢かせ、地を滑る猛スピードで迎え撃つゾック。
その前後対称の巨体へ向けて、ソウヤは持てるすべての技量と執念のすべてを乗せ、正面から真っ向へと斬りかかった。
赤白い五叉の光刃を激しく滾らせた2本の短槍――『ツイン・ビーム・ジャベリンモード』を両手に構え、ソウヤのスライフレイルが赤土の大地を疾駆する。
だが、地を滑る四脚の怪物は、その巨体を一切旋回させることなく、ソウヤの突撃を迎え撃った。前後対称のボディに備えられたメガ粒子砲が同時に別々の方向へと照射され、ソウヤを挟み撃ちにするような死角なき砲火が戦場を引き裂く。
「くっ……!」
ソウヤは卓越したステップで機体をロールさせ、網の目のように交差する光条の隙間を間一髪で潜り抜けた。
そのままゾックの側面に回り込み、4本の脚部の一つへ向けてビームの短槍を振り下ろす。
しかし、ゾックは強固な4本の脚部をガチリと地面に踏ん張らせると、大出力の熱核ジェットの排気を爆発させ、200トン超の横スライドによる緊急回避で強引に並行移動させた。
2本足の通常型とは次元の違う、重厚でありながら圧倒的な陸上運動性。
ジャベリンの刃は空を切り、ソウヤは手強さに奥歯を噛み締めた。
(通常の機動性じゃ、あの4本足の質量に翻弄される……。一気に決めるぞ!)
ソウヤはすべての迷いを捨て、リミッター解錠を行う。
【――MAX MODE ON / SYSTEM LIMITER RELEASE】
コックピット内のインジケーターが一斉に臨界を示す。
陸戦型ガンダムが秘める本来の機体出力を限界まで引き上げる、5分間限定の『マックスモード』の起動。
それと同時に、ソウヤは両手の短槍を瞬時に結合させ、1本の長大な『ロング・ビーム・ジャベリンモード』へと移行した。
ゾックの放つ全方位メガ粒子砲の「間合いの外」から、その巨体を突き崩す戦術である。
ドォォォォォォンッ!!!
限界突破したメインスラスターが凄絶な爆音を上げ、緑の機体は神速の推力を得て弾き出された。ゾックが再び放ったメガ粒子砲の光条、その光の合間を縫うようにして、ソウヤは一瞬で怪物の懐へと肉薄する。
ソウヤは巨大な胴体をあえて狙わなかった。
狙うのは、あの4本の足。
長槍の圧倒的なリーチと貫通力を活かし、目にも留まらぬ高速の刺突のラッシュを刻んだ
赤い光刃が、巨体を支える熱核ジェットの四脚だけを1本ずつ、寸分の狂いもなく正確に貫き、焼き切っていく。
ガガガガガギィィィィィンッ!!!
200トンの巨体が、ズズウゥゥゥンと地響きを立ててその場に崩れ、すべてのメガ粒子砲のチャージ光が不規則に明滅して霧散していく。
パイロットを一切殺すことなく、機体の機動力を完全に奪い去った、ソウヤにふさわしい不殺の無力化だった。
「……やったか。」
スライフレイルの槍を引き、ソウヤがふっと息を吐き出した、まさにその瞬間だった。
機能停止したはずのゾックの残骸の奥から、ゴゴゴゴ……と、地底を揺るがすような不気味な重低音が鳴り響き始めた。
機体各部から激しい火花が散る中、破壊された4本の足の隙間から、残されたすべての熱核ジェットから、赤黒い光を放ちながら異常なまでの高出力で再点火される。
【WARNING:REACTOR TEMPERATURE CRITICAL OVERHEAT】
スライフレイルのセンサーが、目の前の怪物の「異常な熱源暴走」を捉えて悲鳴を上げ始めた。ゾックの頭部に残された最後のモノアイが、執念深く、激しい血のような赤色で発光する。
その視線が向いているのは、ソウヤでもなく、ジョシュアたちのジムでもなかった。
破壊された防潮堤の遥か後方――チョンギ海軍基地の『司令部』。
ジオン残党のパイロットは、五体満足での勝利をハナから諦めていた。
機動力を奪われ、四肢を全壊されたからこそ、彼らは残された全てのエネルギーを推進力へと変え、基地の心臓部ごと全てを道連れにする最悪の「特攻」へと、その歪んだ狂信の舵を切り替えようとしていた。
(――特攻かッ!?)
ソウヤは戦慄と共にその意図を看破した。
ゾックを完全に沈めるには、あの巨大な胴体のどこかにあるコックピットを完全に破壊するしかない。
ソウヤは『ロング・ビーム・ジャベリン』の矛先をゾックの巨体へと向けた。
しかし、その瞬間、ソウヤの操縦桿を握る手がわずかに、だが致命的に躊躇した。
ゾックというモビルスーツは、前後対称のあまりにも異形な構造をしている。
さらにこの機体は独自の四脚型改修仕様だ。
外見からでは、どこにコックピットがあるのか、その正確な位置が判別できない。
(ここで突けば……パイロットを殺してしまう……っ!)
相手を死なせたくないというソウヤの頑なな「不殺の信念」が、コンマ数秒の迷いを生んだ。
そして、歴戦のジオン残党兵はその一瞬の隙を見逃さなかった。
巨大なクローが、鋭い凶器となってスライフレイルへと襲いかかる。
ソウヤは咄嗟にジャベリンでガードしたが、その判断は誤りだった。
光刃のない「柄」の鋼鉄部分で200トンの打突を真っ向から受け止めてしまったのだ。
ギシィィィィィンッ!!!
凄絶な金属破壊音と共に、ロング・ビーム・ジャベリンが真っ二つにへし折れ、火花を散らしてコンクリートの地面の上へと転がった。
「しまっ……、ジャベリンが……っ!?」
主兵装を失った衝撃に、ソウヤの顔が焦燥の色に染まる。
ソウヤが機体を引いたその隙に、ゾックの脚部から、熱核ジェットの推進炎が爆発的に噴き出された。
ドムを遥かに凌駕する質量兵器と化した怪物が、基地司令部へと特攻を開始する。
「行かせるかぁぁぁぁッ!!!」
ソウヤは叫んだ。
武器を失ったスライフレイルの操縦桿を限界まで押し込み、緑の機体は地を裂くようなステップでゾックの正面へと回り込むと、迫り来る200トンの巨体を真っ向から組み付くようにして押さえ込んだ。
ドゴォォォォォォンッ!!!
凄絶な質量と質量の衝突が、チョンギ基地を激震させた。
【WARNING:GEAR DRIVE OVERLOAD / FRAME FRACTURE CRITICAL】
コックピット内に、鼓膜を引き裂くような激しいアラートが鳴り響く。
ゾックが放つ凄まじい前進推力と、総重量200トンの圧倒的な自重。
それを、リミッター解除の負荷に喘ぐスライフレイルだけで受け止めるのは、自殺行為に等しかった。
スライフレイルの四肢の駆動シリンダーから煙が噴き出し、関節部がミシミシと不気味な金属疲労の音を立てて悲鳴を上げる。
「うおおおッ、止まれ……止まれぇぇぇッ!!」
ソウヤは血を吐くような咆哮を上げ、ペダルを踏みちぎらんばかりに踏み込んだ。
限界を超えたマックスモードの青白い推進炎と、ゾックの赤黒い排気炎が、夕闇のチョンギ基地の真ん中で激しくぶつかり合い、凄絶な火花を周囲に撒き散らす。
「――隊長、これ以上はスライフレイルが持ちません! 反応炉の出力が臨界を突破します、早く離れてくださいっ!!」
ホバートラックの電子席から響くエミリアの悲痛な叫びは、ソウヤの耳には届いていなかった。
リミッターを解除したマックスモードの出力を振り絞り、基地司令部へ向けて自爆特攻を仕掛けるゾックを真っ正面から押し留める、絶体絶命の力比べ。
その凄絶な膠着状態から数十メートル後方。
吹き飛ばされたジム・キャノンの傍らに駆けつけたノア軍曹は、モニターに映し出された、両腕を粉砕されて完全に沈黙するジョシュアの姿を見つめていた。
『ジョシュ……っ! 嘘だろ、おい……!』
補給基地制圧戦、燃えるデリー基地、トリントンの歓喜、そしてコジマ大隊基地の酒保の橙色の光。
数ヶ月間、自分たちを地獄のメニューでシバき倒し、深い信頼と愛情を注いでくれたサンダース曹長の顔が、ノアの脳裏に鮮烈に蘇る。
「エミリア! ゾックのコックピットの座標を、今すぐ俺の画面に叩き込んでくれ!!」
『――っ! ゾック中央ブロック、前後対称の結合区画です! データを転送します!!』
「ありがてぇっ!!」
ノアは右腕のロケット・ランチャーを迷わずその場に手放すと、バックパックから1本のビーム・サーベルを引き抜いた。
残された右腕1本でビーム・サーベルの光刃を激しく滾らせると、ノアは推進剤を限界まで爆発させ、ソウヤを押し潰そうとするゾックの側面目がけて一直線に突撃。
「隊長から――離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
ノアの魂の咆哮と共に、ジムⅡのビーム・サーベルが夕闇を引き裂いた。
エミリアが指定した座標――ソウヤが躊躇した、ゾックの巨大な胴体の中央にあるコックピット。 その一点を、ノアは「隊長を絶対に助ける」という執念だけで、迷うことなく深く、深く突き刺した。
バチィィィィィンッ!!!
融解する分厚い装甲の奥、ビームの光刃が敵のコックピットシートごとパイロットの生命を完全に消し飛ばし、熱核反応炉の出力を各メガ粒子砲へ分配するエネルギー・バイパスをも同時に焼き切った。
操縦者を失い、完全に制御を失ったゾックはピタリと停止した。
「ノア……っ、よくやった!!」
ソウヤが叫ぶ。
だが、安堵する時間は一瞬たりとも残されていなかった。
コックピットを貫かれた四脚の怪物の内奥では、すでに臨界を越えていた動力炉が、割れた装甲の隙間から光を漏らしながら激しく暴走を続けている。
「ダメだ、誘爆する! ノア、今すぐこの機体から離れろッ!!」
「了解ですっ!!」
2機は瞬時にスラスターを逆噴射させ、ゾックの巨体から全力でバックステップを踏んだ。
直後――すべてを吹き飛ばすような、凄絶な大爆発が炸裂した。
ドグァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!
四脚型ゾックの核融合炉の完全崩壊。
膨れ上がった白烈の爆炎と凄まじい衝撃波が、チョンギ基地の沿岸部を昼間の如く白く照らし出す。
必死に距離を取ろうとしていたソウヤのスライフレイルと、ノアのジムⅡは、その圧倒的な爆風を背中からまともに受ける形となった。
「くっ……がはっ!!」
「うわあああああああッ!!」
限界を迎えていたスライフレイルのマックスモードが強制終了し、2機のモビルスーツは制御を失った鋼鉄の塊となって、防潮堤の外――暗いマラッカ海峡の海水面へと、激しい水飛沫を上げて真っ逆さまに叩きつけられた。
ザバァァァァァァンッ!!!
その大爆発の余波が響き渡る中、通信回線から、激しい水流のノイズと共にアクア・ジム隊の隊長の声が滑り込んできた。
「――こちらアクア・ジム隊! 海中の敵ゴッグ3機、すべて撃破したッ! 地上の応援が遅れてしまい、本当に申し訳な――って、なんだこの爆発は!? 第4小隊、応答しろ!!」
『ソウヤさん!! ノアッ!!』
ホバートラックのエミリア少尉が、2機のシグナルが海水面へ没したのを見て、泣き叫びながらマイクに吼えた。
「2人の機体が海に落ちました!! 各駆動系、大爆発の衝撃で完全停止しています! お願いします、すぐに2人の救助に向かってください!!」
「何だと!? 了解した、アクア・ジム全機、即座にスライフレイルとジムⅡのサルベージへ移行する! 待っていろ、今すぐ引き上げてやる!!」
3機のアクア・ジム隊が、水流ジェットを再び起動させ、マラッカ海峡の海へと消えた2人を救うべく、全速力で潜航を開始した――。
宇宙世紀0083年10月16日
マラッカ海峡チョンギ海軍基地への急襲作戦は、ここに完全なる終結を迎えた。
基地の被害は甚大なものだった。
先制の対地ミサイル、そして四脚型ゾックの放った全方位メガ粒子砲によって、西側の防潮堤は数百メートルにわたって完全に溶解し、隣接する自動対空迎撃システムも一瞬で全壊。
格納庫のいくつかからはいまだに火柱が立ち上っていた。
だが――基地の心臓部である『司令部』は、名実ともに、無傷のままそこに厳然と佇んでいた。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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