宇宙世紀0083年10月20日
オーストラリアのトリントンから始まった激動の嵐は、瞬く間に地球全域へと伝播していた。
マラッカ海峡での死闘を終えたコジマ大隊第4小隊の面々は、命懸けで守り抜いたチョンギ基地をあとにし、住み慣れたホームグラウンドへと帰還を果たしていた。
東南アジア方面軍コジマ大隊基地――ベトナムのハノイ近郊。
周囲を湿った熱気と、どこまでも鬱蒼とした緑の密林に深く囲まれた、彼らの戦いの原点とも言える拠点である。
基地の一角にそびえる、薄暗いモビルスーツ格納庫。
高出力の作業用ライトが容赦なく照らし出す3つの巨大なモビルスーツハンガーには、先のチョンギ基地防衛戦で満身創痍となった第4小隊の機体が鎮座し、多数の整備兵たちが慌ただしく足場を行き来していた。
中央のハンガーには、ソウヤ・タカバ大尉の『スライフレイル』。
リミッターを解除したマックスモードによる限界駆動の反動と、200トン超の四脚ゾックを正面から力尽くで受け止めた衝撃により、四肢の関節駆動部には無数の微細なひび割れが生じていた。
さらに大爆発の爆風を背後から浴びて海へ墜落したため、背部のメインスラスターは無残に焼け焦げ、装甲の隙間からは塩分を含んだ海水が滴り落ちている。
チーフ整備兵が「おい、ここのシリンダーの圧力を測れ!」と怒声交じりに指示を飛ばし、深刻な面持ちで損傷チェックを進めていた。
その左隣には、ジョシュア曹長の『ジム・キャノン』。
ゾックの全方位メガ粒子砲によって右肩のキャノン砲は砲身ごとドロドロに融解し、さらに怪物の巨大なクローによる質量攻撃を直撃した両腕のアームセクションは、骨組みごと完全に粉砕されていた。
吹き飛ばされて壁に激突した際の背部バックパックの歪みも酷く、痛々しい姿を晒している。
そして右隣のハンガーには、新兵のノア軍曹を地獄の淵から救い上げた最新鋭機『ジムⅡ』。アッガイの105mmバルカン弾幕をシールドで受け止めた左腕、そしてゾックの特攻を止めるためにサーベルを突き立てて自爆の爆風を浴びた右半身は、装甲ごと完全に木っ端微塵に吹き飛んでいた。
残された右腕と胴体にも無数の弾痕と焦げ跡が刻まれ、初実戦の激しさを何よりも雄弁に物語っていた。
カチ、カチ、と金属を叩く検査音が重苦しく響く中、泥と硝煙、そして塩水に塗れたオリーブグリーンの装甲を拭う整備兵たちの手際は、どこかピリついた緊張感に包まれていた。
3機の徹底的な損傷チェックを終えた整備班長は、厳しい顔のままデータが詰まった情報端末を片手に、格納庫の片隅に設けられている簡易事務所のドアを叩いた。
事務所の中では、エミリア・ドットナー少尉がノートパソコンに向かい、チョンギ基地での防衛作戦の公式報告書を大隊司令のコジマ中佐へ提出するために、目にも留まらぬ速さでタイピングを続けていた。
その横では、ソウヤが、エミリアが手際よく作成した書類の山に一枚一枚丁寧に目を通し、隊長としての承認サインを走らせている。
「タカバ大尉、ドットナー少尉……3機のダメージコントロールの最終報告です。」
整備班長が声をかけると、ソウヤはペンを置き、エミリアもキーボードを叩く手を止めて顔を上げた。
班長は情報端末の画面をソウヤへと向けながら、機体の損傷具合と、復帰に必要な修理期間を明確な数字と共に切り出した。
「まずは、1番ダメージが少なかったジョシュア曹長のジム・キャノンです。見た目こそ両腕粉砕で派手に壊れていますが、フレーム自体の歪みは許容値内。腕のパーツを丸ごと交換し、融解した右肩のキャノンを新しく変えれば元通りに直ります。ただ、各種電子機器の再調整込みで、最低でも3週間は必要です。」
ソウヤは短く頷いた。
あの質量攻撃を受けながらも、ジム・キャノンという機体の頑強さと、ジョシュアの咄嗟の防御姿勢が致命傷を防いでいたのだ。
「次にダメージが少ないのが、ノア軍曹のジムⅡ。左腕を完全に失っていますが、こちらも工廠からの新品パーツを換装すれば済みます。……問題は、大爆発の爆風を浴びて海中に完全に没してしまったことです。改修第1陣の新型機ですので。塩水に浸かった精密回路や、マグネット・コーティングされた新規格の関節部をすべて念入りに洗浄しなきゃなりません。キャノン同様、同じく3週間はもらいます。」
「分かりました、班長。2機の修理、お願いします。」
ソウヤが落ち着いた声音で了解すると、整備班長は一度言葉を区切り、より一層重苦しい表情になって端末の画面をスクロールさせた。
「……そして、1番損傷が酷いのが、大尉のスライフレイルです。」
その言葉に、事務所内の空気が一気に張り詰めた。
「これまでに蓄積していたフレームの金属疲労が、限界を超えています。そこへリミッターを解除したマックスモードでの高負荷、200トン超のゾックを無理やり正面から押し留めた凄絶な負荷、さらに至近距離での自爆の爆風と、最悪なことに海水への落下。……内部フレームから駆動シリンダーに至るまで、かなり深刻なダメージが……。完全にバラしてオーバーホールのフルメンテナンスを施さなきゃ、次は動かした瞬間にバラバラですよ。どんなに突貫でやっても、1ヶ月以上は確実にかかります。」
「1ヶ月以上、か……」
ソウヤは椅子の背もたれに深く身体を預け、事務所の天井を見上げた。
東南アジアの密林、燃えるデリー基地、そしてトリントンの栄光――このスライフレイルと共に駆け抜けてきた激動の3年間が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
不殺という俺の無茶な理想に付き合わせ、幾度も限界を超えさせてきた。
「……すまない、班長。俺が無理をさせすぎてしまったな。反省してるよ。時間はいくらかかっても構わない。俺の大事な相棒だ、もう一度完璧な状態に直してやってくれ。」
ソウヤがどこか愛おしげに相棒を想って頭を下げると、整備班長は「職人の意地にかけても直してやるさ」と力強く了解した。
しかし、班長は端末を胸元に抱え直すと、一軍人としてのシビアな問題点を口にした。
「直すのは大丈夫です。ですが、大尉……一つだけ、覚悟しておいてほしい問題があります。」
「問題?」
「今回のスライフレイルのオーバーホールを敢行すると……基地に備蓄されている『陸戦型ガンダム』の予備パーツのほとんどを使い切ってしまい。もう直すための部品がどこにも残ってないんです。」
班長の投げかけた言葉は、一年戦争の遺物である陸戦型ガンダムという機体を運用し続けることの、限界という名の冷酷な現実だった。
0083年の新たな戦乱の気配が迫る中、第4小隊は最大の戦力を修復する引き換えに、パーツ枯渇という大きな綱渡りを強いられることになるのだった。
「そうか……。やっぱり、元から限りがあったからな。」
ソウヤは手元に視線を落とし、静かに呟いた。
コジマ大隊基地にストックされていた陸戦型ガンダムの予備パーツ。
それは一年戦争末期、ジオン軍のアプサラス開発基地制圧作戦の際、出現した巨大モビルアーマー『アプサラスⅢ』の圧倒的な火線によって撃破された、同型機の残骸を回収して解体し、修理用として保管してきた物だった。
だからこそ、最初から代えの利かない有限の遺産だったのだ。
ソウヤがこれまでの3年間、スライフレイルをあまり損傷させない戦い方を心掛けてきたこと、そして現場の整備班がその貴重なパーツを限界までやり繰りしてくれたお陰で、この緑のガンダムはトリントンの頂点に至るまで戦い続けることができていた。
腕を組んだ整備班長は、困ったように頭を掻きながら、一つの意見具申を切り出した。
「一応……解決方法が一つだけあります。ラサ基地へ赴任したサンダース曹長が、ここに置いていったあの『陸戦型ガンダム』。あれを丸ごとパーツ単位でバラせば、当面の予備部品は完璧に確保できます。おそらくサンダース曹長も、いざって時は自分の機体をパーツにしてくれと思って、コジマ大隊に残していったはずですから。」
「――ダメだ」
ソウヤは即座に、しかし断固とした口調で遮った。
「あの陸戦型ガンダムは、サンダース曹長が2年後にここへ戻ってきた時のための、大事な機体だ。本人がいないからといって、その帰る場所を解体することは絶対に認められない。解体は却下する。」
厳しい、しかし仲間への絶対の愛がこもった隊長の命令。
整備班長は「大尉ならそう言うと思っていましたよ」と、どこか嬉しそうに肩をすくめて息を吐き出した。
「仕方ないですね、分かりました。サンダース曹長の陸戦型ガンダムは、指一本触れずに格納庫の奥にそのまま残しておきます。」
「すまない、班長。感謝する。」
ソウヤが誠実にお礼を言うと、班長は不敵に笑って情報端末をポケットに仕舞い込んだ。
「気にしないでください。この基地のエースである大尉の『スライフレイル』は、今や東南アジア方面軍全員のシンボル、俺たちの誇りなんです。連邦の他の規格のパーツでもなんとか代用して動かせるように、俺たちの技で工夫してみせますよ。……その代わり、次はもう本当に、あんまり壊さないでくださいよ?」
「……善処しよう。」
ソウヤが苦笑交じりに答えると、整備班長は満足そうに頷き、簡易事務所のドアを開けて格納庫へと戻っていった。
班長を見送ったあと、事務所のドアが閉まる音を背中で聞きながら、ノートパソコンを叩いていたエミリア少尉が、ぽつりと寂しげな声を漏らした。
「……隊長。スライフレイル、本当にもう限界なんですね。」
エミリアの瞳には、3年間共に泥水をすすってきた緑のガンダムの傷つき、摩耗していく姿への、隠しきれない物悲しさが滲んでいた。
ソウヤは椅子の背もたれに体を預け、優しく、しかしどこか諦観を交えて言葉を返す。
「機械だからな、いつかは寿命が来る。それは仕方のないことだ。……だけど、ここに赴任してからずっと乗ってきた一番の愛機だから、いつか使えなくなると思うと、俺だって本音を言えば寂しいよ。」
ソウヤはゆっくりと立ち上がり、軍服の襟を正した。
「少し、スライフレイルを間近で見てくるよ。あいつの顔を見ておきたい。」
「はい。了解いたしました。私は残ったチョンギ基地の作戦報告書を進めておきます。ゆっくり行ってきてください、隊長。」
「ああ、頼む。いつもありがとう、エミリア。」
ソウヤはエミリアに感謝の微笑みを送ると、事務所の重厚なドアを開けて、薄暗い格納庫へ出る。
高出力の作業用ライトに照らされたハンガーの前に、1人の人影が立ち尽くしていた。
ノアだった。
無残に左腕を失い、爆風の焦げ跡が生々しく刻まれた自分の愛機『ジムⅡ』を、じっと見上げていた。
その眼差しは、初めて公式に与えられた機体への愛着だけでなく、実戦の冷酷な現実を突きつけられたような、深い悔恨と沈痛な色に染まっていた。
「ノア。」
ソウヤが静かに後ろから声をかける。
「ひゃっ……!? た、隊長っ!?」
ノアは弾かれたように飛び上がり、慌てて背筋を伸ばして直立不動の敬礼を捧げた。
その顔は目に見えて強張っているようだ。
「そんなに深刻な顔をしてジムⅡを見つめて、どうしたんだ? 」
ソウヤがいつもと変わらない穏やかな声音で理由を尋ねると、ノアは急に視線を地面へと落とし、深く、深く頭を下げた。
その拳が軍服の袖の中で小さく震え始める。
「タカバ隊長……本当に、申し訳ありませんでしたっ!!」
「ノア?」
「俺が……俺があの時、アッガイの見た目が熊公みたいだからってナメてかかってなきゃ、最初の頭部バルカンをまともに喰らうこともなかったはずです! 機体がこんな風にボロボロになることもなかった……っ! 全部、俺のせいです!」
ノアは一気に言葉を吐き出すと、固く目を瞑った。
チョンギ基地からハノイへ帰還してからの数日間、ノアは自分が仕留めたアッガイの戦果よりも、自分がやらかした致命的なヘマのことで頭がいっぱいだった。
ソウヤから、軍規の厳しさとパイロットとしての未熟さを激しく怒られるに違いないと、恐怖でずっと今の今まで本音を言えずにいたのだ。
だが、頭を下げてソウヤの雷を待つノアの耳に届いたのは、意外なほど優しく、どこか誇らしげな男の笑い声だった。
「……何が申し訳ないんだ。顔を上げろ、ノア軍曹。」
「え……?」
ノアが恐る恐る顔を上げると、ソウヤは大尉としての鋭い目を和らげ、部下の肩にそっと手を置いた。
「確かに、お前の油断でジムⅡは酷い損傷を負ってしまった。だけどな、ノア。お前の実質的な『初陣』で、俺たちの第4小隊が誰一人欠けることなく、全員が生きてこのハノイへ帰還できたんだ。隊長としての俺の評価は、文句なしで100点満点だよ。よくやったな。」
「そ、そんなことないです……!」
ノアはソウヤの温かい言葉に救われそうになりながらも、それを頑なに拒むように声を震わせた。
「そんなわけないですよ! サンダース曹長が居た時なら、機体もここまで損傷しなかったし、もっと楽にアッガイもゾックも倒せていたはずです! 曹長がいなくなった途端にこれだ……! 俺が、俺がサンダース曹長に比べて弱すぎるから、みんなの足を引っ張ったんですっ!」
必死に自分を責め立てる部下に対し、ソウヤは取り乱すことなく、冷徹なほど冷静な聲音で諭した。
「確かに、サンダースならお前より上手く立ち回れたかもしれない。……だがな、ノア。あの戦場で、あの瞬間、俺たちの横で戦っていたのはサンダース曹長じゃない。お前だ。それは絶対に、誰にも変えようのない事実なんだ。」
ソウヤはノアの肩を掴む手に、ぐっと力を込めた。
「お前は戦場で恐怖を跳ね除けて、ちゃんと俺の指示通りに動いてくれた。ジョシュアを、俺を、このチョンギ基地の司令部を、お前が守り抜いたんだ。初陣のプレッシャーの中で、誰も死なせずに小隊を帰還させた。それがどれほど凄いことか、分からないか?」
「それでも……! それでも俺が、もっとちゃんと動けていたら……! サンダース曹長みたいに、どんな敵だって防ぎきれるくらい強かったら、ジョシュがあんな目に遭うことも、隊長にあんな無茶な真似をさせることもなかったんだ……っ!!」
悔しさと、恐怖と、先輩たちの命を背負いきれなかった重圧。ノアの瞳から、それまで必死に堪えていた大粒の涙がポロポロと溢れ出し、静かに零れ落ちていくのだった。
ソウヤは頭を掻き、どう慰めたものかと本気で困り果てたような顔をした。それから少しだけ視線を落とし、不意にノアへ向けて問いかけた。
「ノア。お前、俺の初陣がどんなものだったか、知っているか?」
不意の質問に、ノアは涙を袖で拭いながら顔を上げた。
「……そりゃあ、隊長は一年戦争の時、『オデッサの新星』って呼ばれるほどの凄腕だったんでしょ。きっと、最初から敵をたくさん倒して、味方を全員従えて無事に帰還したに決まってます。」
誰もが噂する天才エースの華々しい伝説。
ノアがそう確信して答えると、ソウヤは静かに首を横に振り、それを明確に否定した。
「いや、そんな華やかなものじゃない。確かに結果として敵は多く倒したかもしれない。だがな、俺の初陣であるあのオデッサ作戦は……地獄そのものだった。俺が配属された最初の部隊の上官2人は戦死、作戦中を共に行動していた別部隊のモビルスーツパイロットも4人、目の前で戦死したんだ。」
「え……」
ノアは予想外の凄惨な答えに息を呑み、次の言葉を失った。
「結局、俺は一年戦争を最後まで生き抜いたがね。最後の戦いで、誰よりも慕っていた当時の隊長を死なせてしまった。それだけじゃない……自分の無知のせいで、救えるはずだった罪のない少女を3人も、この手で死なせる結果になったんだ。」
ソウヤの口から静かに語られた、フラナガン機関の少女たち――ヒルダ、エイル、カーラとのあの悲劇の記憶。
その言葉の端々に滲む、消えることのない深い後悔の重みを感じ取り、ノアは身体を強張らせた。
「あの地獄を経験した俺から見ればね。初陣のプレッシャーに耐えて、ジョシュを、俺を、基地の全員を守り抜いて、誰一人死なさずに生きて帰ってきたノア、お前の戦果の方が遥かに凄いよ。……本気で、羨ましいとすら思う。」
ソウヤはフッと寂しげに、しかしこの上なく優しい笑みを浮かべ、満身創痍のジムⅡの装甲にそっと触れた。
大尉となった天才エースが、新兵である自分に向けて放った「羨ましい」という本音の重さが、ノアの涙の止まった瞳の奥へと、静かに、そして深く染み渡っていくのだった。
ソウヤの口から語られた、誰よりも慕っていた隊長の死。
そして、自分の無知のせいで死なせてしまったという、罪のない3人の少女たちの記憶。
天才エースの誰も知らない暗い深奥に触れ、ノアは大きく目を見開いたまま、言葉を失っていた。
(……だから、なんだ……)
ノアは、目の前に佇む深い緑のガンダムを見上げた。
なぜ隊長が、どれほど泥沼の最前線であっても、頑なに敵のコックピットを外して四肢だけを壊し、ジオン共和国へ生かして送還することに拘り続けてきたのか。
その本当の理由が、いま鮮烈な一本の線となって、ノアの胸の内に突き刺さった。
隊長は、もう二度と誰も死なせたくないのだ。
敵であれ、味方であれ。
あの地獄のような悲劇を、二度とこの重力下の大地で繰り返したくないからこそ、あんな無茶な不殺の綺麗事を、圧倒的な技量で本物にしてきたのだ。
ノアは袖で乱暴に涙を拭うと、きつく結んだ唇を開いた。
「……隊長。俺、やっと分かりました。」
「何がだ?」
ソウヤが不思議そうに首を傾げると、ノアはジムⅡの傷だらけの装甲から手を離し、今度はソウヤの目を真っ直ぐに見据えて宣言した。
その瞳からは、もう涙は消え去り、確固たる戦士の光が宿っていた。
「隊長が、どうしてそこまで『不殺』を貫いて戦っているのか。その理由です。……それだけの重いものを、隊長が一人で背負って戦ってきたなら、新兵の俺が『曹長みたいになれない』なんて泣き言を言ってる場合じゃありません。」
ノアは一歩前に踏み出し、自分の胸を力強く叩いた。
「俺はサンダース曹長じゃない。あの人みたいに、どんな敵だって完璧に防ぎきる、鉄壁の盾にはなれないかもしれない。……でも! 俺は俺のやり方で、このジムⅡと一緒に、もう二度と隊長にそんな悲しい過去を思い出させないための、新しい『第4小隊の盾』になります!」
「ノア……。」
「隊長がその理想をこの先もずっと貫けるように、横から敵は、全部俺のジムⅡで弾き飛ばして見せます。だから、次からは、もっと俺を、ジョシュア曹長を信じて背中を預けてください!」
青臭く、けれど不器用なまでに真っ直ぐな、若き軍曹の覚悟の言葉。
サンダースがラサ基地へ赴任する前に遺していった『自分が不在の間も隊長を守れ』というバトンが、いま、本当の意味でノアの魂へと受け継がれた瞬間だった。
ソウヤは驚いたように目を見張ったあと、ふっと、心からの温かい笑顔を咲かせた。
「……ああ。頼りにしてるよ、ノア軍曹。」
「はいっ!」
ノアは誇らしげに胸を張り、今度は迷いのない完璧な敬礼を捧げた。
その表情には、先ほどまでの迷いや涙の痕をかき消すほどの清々しい決意が満ちあふれていた。
「――ふふ、良いお返事ね、ノア軍曹。」
不意にハンガーの陰から、からかい混じりの涼やかな声が響いた。
2人のシリアスな空気を感じ取ったエミリア少尉が、事務所での作戦報告書のタイピングを無事に終え、手頃な缶コーヒーをいくつか手にして格納庫へ様子を見にやってきたのだ。
エミリアはノアのまだ少し赤みの残る顔を覗き込むと、悪戯っぽく微笑んだ。
「あら、ノア。また隊長に大目玉でも食らって怒られていたの?」
「げぇっ、エミリア!? い、いや、違う! 怒られてなんか――」
慌てて手を振って否定するノアの様子に、ソウヤはふっと肩の力を抜き、缶コーヒーを受け取りながら言葉を返した。
「いや、違うよエミリア。怒るどころか、ノアの初陣の戦果の方が、昔の俺の初陣なんかよりずっと優秀だったって、褒めちぎっていたところさ。」
「えっ、そうなんですか?」
エミリアは少し意外そうにパチクリと目を瞬かせたが、すぐに納得したように片手を腰に当て、誇らしげにふんぞり返ってみせた。
「それは当然ですね、隊長。ノアが初陣であれだけ動けたのは、私の的確なオペレートと索敵アシストが完璧だったからに決まっていますもの!」
「おいおい、エミリア、そりゃあ俺の最新鋭機ジムⅡのマグネット・コーティングのキレが――」
「あら、勝手に突っ込んだのはどこの誰かしら?」
「うぐっ……」
いつも通りの、小気味よい第4小隊の軽口の応酬。
サンダースという大きな盾がいなくなった格納庫の空気は、彼らの変わらない信頼の掛け合いによって、いつしかとても温かく、心地よいものへと戻っていた。
そんな日常の笑顔のなかで、エミリアはふと表情を少しだけ仕事のそれに引き締め、ソウヤの目を見つめた。
「――あ、そうでした、ソウヤさん。お喋りの途中で申し訳ありませんが、急ぎの件があるんです。……今、基地の通信施設に、北米のキャリフォルニア・ベースから極秘の回線が繋がっています。ウィッチハント隊のリリス・エイデン中尉から、大尉宛てに直電が入っていますわ。」
「リリスから……? 北米から俺に直接か。」
ソウヤは少し驚き、手元の缶コーヒーをノアへと預けた。
昨年の戦技競技会での激闘以来、互いの実力を最も認め合うライバルとなった『赤い死神』。
ガンダム強奪で世界が激動し始めているこの最中に、彼女がわざわざ地球の裏側からコンタクトを取ってきた。
その事実に、ソウヤの戦士としての本能がわずかな胸騒ぎを覚える。
「分かった、すぐに行こう。エミリア、わざわざ呼びに来てくれて感謝するよ」
「いえ、お気になさらず。ノア、書類の提出は終わったから、私たちはジョシュア曹長の病院へお見舞いに行く準備をしましょう」
「あ、了解です! 隊長、お気をつけて!」
ソウヤは2人の頼もしい部下に小さく手を振って見送ると、簡易事務所をあとにし、鬱蒼とした密林のハノイの夜気に包まれた通路を渡って、コジマ大隊基地の通信施設へと急ぎ足で向かった。
基地内の夜灯に照らされたアスファルトの道路を走り、コジマ大隊基地の通信施設へと滑り込んだ。
夜間勤務の通信兵たちが慌ただしく機材を操作する静かな熱気の中、指定されたコンソールの座席に座ると、即座にヘッドセットを装着する。
「第4小隊のタカバだ。キャリフォルニア・ベースからの極秘回線を繋げてくれ。」
「了解いたしました、タカバ大尉。……セキュリティー・ライン展開、回線開きます。」
交換手の鮮やかな手際によって暗号コードが解除され、ザッという短いノイズのあと、メインモニターに懐かしい顔が鮮明に表示された。
昨年の戦技競技会で、スライフレイルと文字通りの死闘を演じきったライバル――リリス・エイデン中尉だった。
「久しぶりだな、リリス中尉。」
「ええ、久しぶりね、ソウヤ。……ふふ、大尉への昇進、おめでとう。風の噂で聞いたわよ。」
「ありがとう。そっちも元気そうで何よりだ。」
互いに短い挨拶を交わし、数ヶ月ぶりの再会を喜び合ったのも束の間。
ソウヤはすぐに表情を引き締め、本題を切り出した。
「だが、世界中がガンダム強奪の件で揺れているこの最中だ。地球の裏側の俺に直接連絡を寄越すなんて、何か緊急の用件があったんだな?」
「……鋭いわね、その通りよ。」
モニターの向こうで、リリスの表情から笑みが消え、冷徹な戦士のそれへと切り替わった。
ソウヤは彼女の深刻な面持ちを見て、瞬時に戦術的な思考を巡らせる。
(オーストラリアでの強奪事件と連動して、彼女たちのいる北米のジオン残党も動き出した……ということか。)
リリスはキャリフォルニア・ベースの情報部が傍受した、北米の残党部隊による不穏な暗号通信『リターン・オブ・フェアリー』の全貌について、簡潔かつ正確にソウヤへと説明。
そして、今回の通信の核心となる本題を口にする。
「奴らの暗号の中にね、『ギニアスの遺産』という奇妙なワードが出てきたの。……こちらのデータベースで血眼になって調べた結果、ある一つの仮説に辿り着いたわ。この『ギニアス』という男の正体――かつて、そっちの東南アジア戦線で起きたジオン軍のアプサラス開発基地、その責任者でありアプサラスの生みの親だった、『ギニアス・サハリン』のことに違いないってね。」
「ギニアス・サハリン……っ。」
その名を聞いた瞬間、前に目を通した軍の極秘資料が鮮烈に蘇った。
確かに、一年戦争時の極東方面軍を恐怖に陥れた巨大モビルアーマー、アプサラス計画を主導していた天才技術者の名前は、資料にそう記載されていた。
「ここ北米の連邦軍の権限ではね、3年前の東南アジア方面の局地的な極秘資料をこれ以上詳細に引き出すことができないのよ。だからお願い、ソウヤ。現地にいるあなたのその大尉の権限で、ギニアス・サハリン、そして『ギニアスの遺産』が指し示す実態について、詳しく調べてはもらえないかしら?」
ソウヤはコンソールを見つめ、少しの間、思考を沈めた。
チョンギ基地での防衛戦を終えたばかりの第4小隊。
ジョシュアのジム・キャノンもノアのジムⅡも修理に3週間を要し、俺のスライフレイルに至っては蓄積したフレームのダメージで1ヶ月以上のオーバーホールが確定している。
部隊は当面の間、実戦への出撃は不可能な状態だった。
(機体が動けないのなら……その空白の期間を使って、リリスの頼まれ事を調べてあげることは十分に可能だな。それに、あの四脚ゾックの狂信的な特攻。裏に潜むジオン残党の不気味な動き、北米の暗号と繋がっているかもしれない。)
ソウヤは顔を上げ、モニターのリリスへ向かって力強く頷いた。
「分かった、その頼み、受けるよ。俺の権限で、当時のアプサラス計画とギニアス・サハリンの足跡について、調べてみる。」
「ありがとう、ソウヤ。あなたならそう言ってくれると信じていたわ。」
モニターの向こうで、リリスの張り詰めていた表情が、安堵と共にふっと和らいだ。
「何か分かれば、すぐにこちらの極秘回線から連絡を入れる。そっちも、無理はするなよ。」
「ええ、待っているわ。お互い、ご武運を。」
パツン、と短い切断音が響き、地球の裏側を結んでいた通信が終了した。
誰もいなくなった画面を見つめながら、ソウヤはゆっくりとヘッドセットを外した。
ガンダム試作2号機の強奪という最悪の狼煙。
それに呼応して、北米の『妖精』、そして東南アジアの『ギニアスの遺産』という過去の因縁が、まるで一つの巨大な怪物のように、戦後の世界を飲み込もうと動き始めている。
静まり返る通信施設の中で、ソウヤはこれから宇宙世紀0083年の地球圏を襲うであろう、途方もなく巨大で、冷酷な戦乱の嵐の予兆を、ひどく不吉に感じ取るのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂にソウヤの耳に「リターン・オブ・フェアリー」の情報が入りました。
さらに、スライフレイルも稼働限界が近づいてる事実が発覚。
本当に3年間もソウヤのために頑張ってきました。
さてさて、今後の展開はどうなるか。
楽しみにしてください。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】で登場する、オリジナルキャラクターで好きなキャラクターは誰ですか?
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ソウヤ・タカバ
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イーサン・ミチェル・オルグレン
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ジル・ペロー
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ケンジ・ナガト
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イヤン軍曹
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ミサキ上等兵
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クラウディア・オルグレン
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ジョージ・オルグレン
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クリフトフ・ハーツクライ
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タケシ・トヨタ
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カルロス・ボドリゲス
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ヤゴ・チエ
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ロニン・スーウェン
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ハドソン少将
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