機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第133話 リターン・オブ・フェアリー【上】

北米大陸、カスケード山脈南部付近

 

人跡未踏の険しい山々の奥深くに、その場所はひっそりと隠されていた。

夜の帳が降りた山林は、静謐な美しさを湛えた針葉樹の深い森に囲まれており、天空から降り注ぐ冷たい月光が、鏡のような湖の静かな水面を青白く照らし出している。

かつて、そこにはひとつの美しい館があった。

ジオン公国軍の特務部隊『ノイジー・フェアリー隊』が、過酷な戦場で傷ついた心を癒した安息の地。

だが現在、館が存在していたはずの場所には、その絵画のような自然の風景に恐ろしいほど不釣り合いな、巨大なクレーターが抉り取られたように口を開けていた。

一年戦争の終盤、連邦軍の執拗な追跡から逃れる際、部隊の全データを隠滅し、追撃する敵を道連れにするために彼女たち自身が引き起こした自爆の痕跡。

その、いまや主を失った妖精の隠れ家の森を、一枚の薄汚れたコートを羽織った男が、全力で疾走していた。

男の腕には、チタニウム合金製のアタッシュケースが、まるで自らの命そのものであるかのように固く抱きしめられている。

 

(なぜだ……なぜここに、奴らが現れる……!?)

 

激しく喘ぐ呼吸のなかで、逃げる男は絶望的な思考を巡らせていた。

この『ティルナノーグ』の正確な座標を知る人間など、ジオン地上軍のなかでもごく一部の限られた人物しかいない。

連邦軍も、一年戦争直後の形式的な戦跡調査が終わってからは、何も残されていないこの山奥の廃墟を完全に放置し、寄り付きすらしないはずだった。

だからこそ、絶対に見つからない隠れ家だと確信して潜伏していたのだ。

それなのに、奴は正確にこの場所の防壁を特定してみせた。

バキバキと針葉樹の枯れ枝を踏みしだき、男は背後の闇から迫る見えない恐怖から逃れようと、一歩でも先へ足を動かす。

だが――唐突に、その行く手が遮られた。

深い木陰から音もなく、1人の人影が滑り出るように現れたのだ。

それと同時に、男の顔面に向けて、軍用規格の高輝度タクティカルライトから放たれた強烈な白光が、容赦なく浴びせられた。

 

「――っ!?」

 

網膜を強烈に灼かれ、男の視界が真っ白に染まる。

完全に平衡感覚を失った男は、木の根に足を引っ掛け、無様に斜面をごろごろと転倒していった。

 

「がはっ……、あ、う……!」

 

地面の腐葉土を噛みながら、男は這いつくばった姿勢のまま、慌てて立ち上がろうと腕に力を込める。

しかし、その額のすぐ目の前に、冷たい鉄の感触が突きつけられた。

ライトの逆光の向こう側から、容赦のない拳銃の銃口が、男の眉間を正確に捉えている。

銃を握る男の容姿が、月光のなかに浮かび上がった。

短く刈り込まれた赤茶色の髪をわずかに乱し、濃い眉を不快そうに寄せて、細く見開いた鋭い双眸。

戦後の混沌のなかで、完全に狂信の闇へとその魂を染め上げた男の目つきだった。

銃口を微動だにさせず、その男――アイロス・バーデが、感情の消えた低い声で言い放った。

 

「まさか、このような場所に隠れ潜んでいるとは思わなかった。おかげで座標を特定するのに、少々手こずらせてもらったぞ。……さあ、無駄な抵抗はやめて、そのアタッシュケースに入っている『制御ユニット』を渡してもらおうか。」

 

撃たれた獲物のように地面に伏した男は、それでも腕の中のケースをさらに強く胸へと抱き締め、拒絶の意思を全身で示した。

 

「断る……! これだけは、お前たちのような奴らに渡せるものか! これはカルロス少佐が、2年かけて準備していた切り札だ! 2年前、あの『水天の涙作戦』を盛大に失敗させて地上のジオンを疲弊させたお前たちに、なぜこの最高技術を渡さなければならない!」

 

その激しい叫びの直後、カスケードの静寂を切り裂いて、冷酷な乾いた銃声が響いた。

 

「が、あぁぁぁっ!?」

 

男は短い悲鳴をあげ、自身の右肩を左手で強く圧し付けた。

コートの生地が瞬く間に赤黒く染まり、肉を抉られた激痛に歯をガタガタと震わせながら、地面をのたうち回る。

アイロスは眉ひとつ動かさず、男の手から転がり落ちたチタニウム製のアタッシュケースを静かに拾い上げた。

ケースが無事であることを確認すると、再びその銃口を、苦痛に呻く男の頭部へと向け直す。

 

「大義なき平穏に甘んじ、我らの宿願たる『水天の涙作戦』に兵力を出さなかったお前のような臆病者に、我々の戦いを批判する権利などない。……さあ、立て。治療は後でしてやる。あなたには、あの決戦機にこのユニットを組み込み、『ギニアスの遺産』を我らの大義のために立ち上げてもらわねば困るのだ。」

 

肩から溢れる血を必死に押さえ、痛みに視界を歪ませながらも、撃たれた男は牙を剥くようにアイロスを睨みつけた。

その瞳には、カルロス隊の技術者としての、最後のプライドが燃り盛っていた。

 

「拒絶する……! あれはカルロス少佐が、来るべき時に、真に連邦の喉元に牙を刺すために使う物だ! 水天の涙作戦に参加しなかっただと……? ならば問うぞ、アイロス・バーデ! お前は一年戦争のあの地獄の最中、我々地上軍と共に、この北米戦線を泥を啜って戦い抜いたのか……!? デラーズの口車に乗っただけの、ただの亡霊が――ッ!!」

 

冷たい月光が、自爆クレーターの縁で対峙する2人のジオン兵を、残酷なまでに鮮明に照らし続けていた。

 

「エギーユ・デラーズ閣下、そしてデラーズ・フリートには、我らインビジブル・ナイツは返しても返しきれぬ大恩がある。」

 

アイロス・バーデは銃口を微動だにさせず、冷徹な声のまま、狂信に染まった己の動機を吐露した。

 

「2年前、我々が月面のマスドライバーを奪還せんとした際、貴重なモビルスーツを躊躇いなく譲ってくれたのは誰だ? ……あの方々だけだ。ならば、ジオンの軍人らしく、その大恩に対して命を以て報いるのが真のジオン軍人というものだろう。」

 

「お前としか、定期連絡をしない連中にか……!?」

 

撃たれた技術者の男は、傷口から溢れる鮮血で土を汚しながら、歯の根を鳴らして叫び返した。

 

「宇宙と地上の二面作戦などと大口を叩きながら、一度として姿を現さぬ連中を、どうして信用しろと言うんだ!奴らは作戦の全容はおろか、タイムスケジュールすら我々に教えようとはしない!都合の良い使い捨ての駒にされているのが、なぜ分からん、アイロス!」

 

「黙れッ!!」

 

アイロスの鋭い怒号が、月光の森に炸裂した。その双眸に、初めてドス黒い激情の炎が宿る。

 

「デラーズ・フリートは世界を変えようとしているのだ!エリクが、身を挺して犠牲になっても、この腐りきった世界は何も変わらなかった! 相変わらず特権に胡坐をかいた連邦が地球を支配し、スペースノイドは地べたで抑圧されたままだ!この無念を晴らすには、もう世界ごと焼き払う手段しか残されていないのだ!」

 

「なぜ……なぜエリクも、デラーズもお前たち過激派は、そうやって性急で暴力的な手段ばかりを選んで世界を変えようとするんだ……!」

 

技術者の男は、悔し涙を地面に滲ませながら牙を剥いた。

 

「私やカルロス少佐が、心から信じてついていったあのお方は……頭を下げてまで、アースノイドへと歩み寄り、真の共生を模索しようとされたのに……! 大義の名の下に無差別テロを肯定するお前たちは、根本から間違っているッ!!」

 

アイロスはその悲痛な叫びを冷たく聞き届け、やがて、凍りついた目で男を見下ろした。

 

「どうあっても平行線か。これ以上、我々の聖戦に協力する意思がないのであれば……ここで消えてもらう。大義の足枷となる不都合な口は、ここで封じさせてもらう。」

 

アイロスの指が、拳銃の引き金へとゆっくりとトルクをかけていく。撃ち落とされたクレーターの縁で、技術者の命の灯火が消えかけようとした――まさに、その刹那。

 

「――そこまでよ、アンシーン!!」

 

カスケードの闇を切り裂き、ワインレッドの髪を鮮烈になびかせた一陣の影が、弾丸のごとき速度でアイロスの死角へと詰め寄った。

 

「なっ……!?」

 

気配すら感知させない超高速の肉薄。アイロスは反射的にその不審な人影へと銃口を転換しようとしたが、ドリス・ブラントの圧倒的な体術は、彼の軍事格闘の領域を遥かに超越していた。

ドリスは踏み込みと同時にアイロスの手首を叩いて射線を逸らし、その胸元へと鋭い肘打ちを叩き込む。

体勢を崩したアイロスに対し、ドリスは軸足を一瞬で入れ替えると、月光のなかで美しい弧を描く、アクロバティックな上段回し蹴りをその顎へと炸裂させた。

重い打撃音が響き、アイロスの身体が木の葉のように宙を舞って後方の低木へと激しく吹き飛ばされる。

 

「ボルク、今よ!!」

 

ドリスは着地と同時にアイロスを見捨て、地面に倒れていた技術者の男の手を掴んで自分の肩へと担ぎ上げた。

男の巨体をその細い身体で支え、鬱蒼とした針葉樹の闇へと猛然と駆け出す。

 

「おのれ……ジオンの裏切り者どもがァッ!!」

 

吹き飛ばされながらも執念で立ち上がったアイロスが、逃げるドリスの背中に向けて拳銃を狂ったように構え直した。

だが、彼が引き金を引くよりも早く、漆黒の森の奥から、それを阻む凶悪な金属音が轟いた。

 

ガガガガガガガガガッ!!!

 

強烈なマズルフラッシュが闇を乱射し、軍用アサルトライフルから放たれた弾雨が、アイロスの足元の岩肌や地表を派手に弾き飛ばす。

 

「チッ、伏兵か……!」

 

至近距離を掠める弾丸の風圧に、アイロスはチタニウムのケースを抱えたまま、堪らず近くの巨大な花崗岩の影へと身を隠した。

その隙に、ドリスは撃たれた男の身体を引きずるようにして、アサルトライフルの銃撃が放たれている生い茂ったブッシュの陰へと滑り込んだ。

そこには、夜の闇に同化するようにしてアサルトライフルを冷徹に構え続ける男――ボルク・クライの姿があった。

ボルクは正確な点射でアイロスの潜む岩を足止めし、弾幕を張り続けている。

 

「見事な援護ね、ボルク! 最高のタイミングだったわ!」

 

息を切らせながら滑り込んできたドリスに、ボルクは銃口を敵の方角へ向けたまま、不敵に笑った。

 

「ハッ、お前さんの方こそ、まるでハリウッドのアクションスター様みたいなド派手な格闘技だったじゃねえか。情報の海を潜るダイバーを引退したら、今度はスクリーンに転職したらどうだ、ドリス?」

 

「冗談言わないでよ、先輩。」

 

ドリスは担ぎ上げていた男を慎重に地面へ寝かせ、コートのポケットから応急処置用の医療パックを取り出しながら軽快に言い返した。

 

「あんな派手なアクション、命がいくつあっても足りないわ。私はやっぱり、安全なモニターの前でキーボードを叩いている方が、性に合っているの!」

 

ドリスが迅速に応急処置の包帯を巻き上げるなか、息を荒くした技術者の男が、すがるような目を2人に向けた 。

 

「あなた、達は……一体、何者なんだ……?」

 

「東南アジアのカルロス少佐と、キリーに頼まれてあなたを助けに来たの。到着が遅くなってごめんなさい。」

 

ドリスの言葉に、男は痛みに顔を歪めながらも、深く絶望したように頭を振った。

 

「……命があるだけで、儲けものです。だが、申し訳ありません……。決戦兵器の心臓である、あの制御ユニットを奴らに奪われてしまいました……!」

 

「落ち着いて。……1つ確認させて。さっきの男――アイロス・バーデが、『アンシーン』で間違いないのね?」

 

ドリスの鋭い問いに、男は血の気の引いた顔で大きく頷いた。

 

「ああ……。突如としてこの北米に舞い戻ってきた奴は、自らを『アンシーン』と名乗り、各地に潜伏していたジオン残党へ一斉に決起を呼び掛けた。目的は、我々が2年かけて組み上げた決戦兵器の奪取だ。奴らは我々の地下工廠を力ずくで制圧し、機体本体を押さえ込んだ。私は……この制御ユニットだけを抱えて何とか脱出したが、結果はご覧の有り様だ。カルロス少佐に、会わせる顔がない……!」

 

「事情は分かったわ。ボルク、長居は無用よ! ここから離脱するわ!」

 

ドリスの鋭い指示に、アサルトライフルを点射していたボルクが短く応じた。

 

「了解だ。射撃を中止する。」

 

ボルクは素早くライフルをチェストリグへ戻すと、腰のハンドガンを抜き放って前方の闇を警戒した 。

 

「俺が前を先導する。ドリス、お前さんはその怪我人を頼むぜ。」

 

「了解!」

 

ドリスが傷ついた身体を支え、カスケードの鬱蒼とした針葉樹の森へと足を踏み出そうとした――まさに、その瞬間だった。

 

バサバサバサバサッ!!!

 

静寂に包まれていた夜の山林に、突如として何百羽もの鳥たちの狂ったような鳴き声と、一斉に羽ばたく不穏な音が激しく響き渡った。

生き物たちが本能的な恐怖で逃げ出していく。

その直後、周囲の空間全体を震わせるような、重厚な金属の駆動音が地鳴りのように響き始めた。

 

「……ッ!? おい、何かが来るぞ!」

 

ボルクの警告に、ドリスと男が慌てて振り返る。

冷たい月光が降り注ぐクレーターの縁、漆黒の闇の向こう側から――3つの「赤いモノアイ」が、妖しく、残酷に光り輝いた。

木々をなぎ倒して姿を現したのは、巨大なバズーカを背負った重装甲のドム・タイプ。

もう1機は、夜霧のなかで静かに佇む狩人を思わせる、長大な銃身の狙撃ライフルを携えたモビルスーツ。

そして最後の1体は――月下を優雅に舞う妖精の如き、美しきモビルスーツだった。

 

「な、……そんな、馬鹿な……! あのモビルスーツ達は……!?」

 

負傷した技術者の男が、有り得ない光景に完全に声を失って狼狽える。

対照的に、その3機の姿を網膜に焼き付けたドリスは、奥歯をギリ、と噛み締めながら、はらわたの底から忌々しそうに毒づいた。

 

「……チッ。中身は偽物でも、機体だけは『本物』みたいね。」

 

それは、一年戦争の北米戦線で、キリー・ギャレットが我が子の如く愛した部下たち――『ノイジー・フェアリー隊』が、ケープカナベラルで連邦の前に立ちはだかった、3機そのものだった。

30cm砲を装備した後部大型ユニットこそオミットされているものの、大地の妖精の名を冠したミア・ブリンクマンの愛機、ドム・ノーミーデス。

イフリート7号機をベースに、スナイパーであるヘレナ・ヘーゲルのために狙撃仕様へと現地改修された、イフリート・イェーガー。

そして、中央に君臨するのは――かつてリリス・エイデンと幾度も死闘を演じ、妖精の女王の名を冠されたアルマ・シュティルナーの愛機。

 

――ティターニア。

 

かつて彼女たちの絆の象徴であり、自らの手で爆破したはずの『ティルナノーグ』の跡地に、妖精のモビルスーツたちが、これ以上ない最悪の形で帰還したのだ。

 

「走って! 死にたくなければ全力で逃げるのよ!」

 

ドリスの短い絶叫とともに、3人は月光に濡れる針葉樹の森を、なりふり構わず駆け出した。

背後では、ティターニア、イフリート・イェーガー、ドム・ノーミーデスの3機が、巨体を揺らしながら周囲の索敵を開始していた。

赤いモノアイの光条が森の奥を不気味に舐めまわし、隠れ潜む獲物の姿を血眼になって探している。

木々を掻き分け、足場の悪い斜面を必死に駆け下りながら、ボルクが顔を歪めて怒鳴った。

 

「おい、どうすんだドリス! こっちは生身にアサルトライフルしかねえんだぞ! モビルスーツ相手じゃ爪楊枝にもなりゃしねえ、豆鉄砲だ!」

 

「分かってるわよ! だからここに来るまでに、裏でしっかり『準備』は済ませておいたの!」

 

ドリスは怪我人を肩に担ぎ直しながら、執念を込めて言い返す。

 

「計算が狂っていなければ、もうそろそろ……こっちに向かって『来る』はずよ!」

 

「だから何が来るってんだよ!?」

 

ボルクの問いかけが完全に終わるより早く、背後の森が激しく爆ぜた。

地響きを立てて迫る足音。

ティターニアの鋭いセンサーが、鬱蒼とした木々の隙間を駆ける3人の姿を正確に捉えたのだ。

妖精の女王は冷酷な駆動音を響かせ、モビルスーツの歩行速度でジリジリと、しかし生身の人間にとっては絶望的な歩幅で3人の背後へと肉薄してくる。

 

(クソ、間に合わねえか……!)

 

ボルクが最悪の結末を覚悟し、ライフルを構え直そうとした――その瞬間だった。

夜の闇を切り裂き、炎のような「赤い機影」が針葉樹の森を弾丸のごとき速度で猛然と駆け抜けた。

赤い機体は、跳躍の勢いのまま右手に保持したロケットランチャーの引き金を躊躇いなく引く。

猛烈な白煙を吹き出しながら、ロケット弾が真っ直ぐにティターニアへと襲いかかった。 

 

「っ!?」

 

偽物のパイロットは異変に気づき、推力スラスターを激しく吹かして咄嗟に側方へと緊急回避する。

直撃を免れたロケット弾は、背後の山肌へと激突し、凄まじい爆発の炎を夜空へと打ち上げた。

あまりの衝撃にボルクたちが足を止め、爆煙の向こう側に降り立った「新たな赤いモビルスーツ」を仰ぎ見る。白兵戦特化型の引き締まったフォルム。

背中にマウントされたツイン・ビーム・スピアー。

それは、かつて一年戦争の北米戦線でティターニアと幾度も死闘を演じた因縁の機体であり、リリス・エイデンがすべてを賭けて駆り続けた、紅蓮のガンダム・ピクシーだった。

モニターに映し出される、ティターニア、そしてイフリートとドムの姿。

その最悪の並びを目にした瞬間、ピクシーのコックピットに座るリリス・エイデンの胸の奥で、ドス黒い怒りの焔が爆発した。

忘れもしない、あのケープカナベラル基地での終戦の光景。

憎悪に燃える連邦軍の包囲網のなか、これ以上の無益な流血を止めるため、ティターニアのコックピットハッチを完全に開き、生身の姿を晒したアルマ・シュティルナー。

自らの命を賭けて憎しみの連鎖を断ち切ろうとした、気高く、あまりにも純粋だった宿敵の少女。

最後には互いに生身の人間として言葉を交わし、泥泥の戦場の果てにようやく分かり合えた、あの誇り高き『妖精』の機体。

それを、正体不明の不届き者が泥足で乗り回し、あろうことか戦術核の強奪や無差別テロという、アルマを最も侮辱するような凶行のために利用している。

アルマの覚悟の全てをこの目で見届け、彼女と分け合ったリリスにとって、目の前の光景は、断じて許しがたい致命的な「冒涜」に他ならなかった。

 

「……アルマの機体を……あの娘たちの誇りを……ッ!」

 

リリスは鋭い牙を剥き出しにし、狂おしいほどの怒りを込めて、夜の山脈に響き渡る咆哮を上げた。

 

「よくも、そんな薄汚い足でその機体に乗ってくれたな……!私が今すぐ地獄に叩き落としてやるわぁぁぁーーーッ!!」

 

怒りの咆哮とシンクロするように、赤いガンダム・ピクシーのツインアイがギラリと凶悪な輝きを放ち、偽りの妖精たちへ向かって猛然と突撃を開始した。

 

 

紅蓮のガンダムが、月下の妖精達の跡地を跳ぶ。

その突撃に対し、妖精の皮を被った偽物たちが一斉に迎撃の牙を剥いた。

ティターニアがゲルググJのビーム・マシンガンを凶悪に連射し、夜の木々をプラズマの光弾で焼き払う。

同時に、その死角からイフリート・イェーガーの長大な狙撃ライフルが正確無比な一撃を放ち、ドム・ノーミーデスが咆哮と共にジャイアント・バズを撃ち出した。

交錯する光条と、空間を爆砕する烈風。

だが、リリスの直感は、その弾幕の射線すべてを瞬時に見切っていた。

 

(遅い……遅い、遅いッ!!)

 

ピクシーの推力スラスターが、紅蓮の軌跡を描いて爆ぜる。

リリスは弾幕のわずかな隙間を縫うように鋭いZ字のステップを踏み、一瞬にしてティターニアの懐へと肉薄。

右手に保持したバルザック式380mmロケット・バズーカを、至近距離から容赦なく叩きつけた。

 

「死ねぇッ!!」

 

凄まじい白煙を伴うロケット弾が、ティターニアの視界を埋め尽くす。

対するティターニアは、背部と脚部のスラスターを強引に吹かし、爆風の逆巻きを強引に突破して側方へと緊急回避してみせた。

ロケット弾が虚しく背後の針葉樹林を消し飛ばす。

その爆炎の照り返しのなかで、リリスは確実に「違和感」を捉えていた。

今の一連の回避行動。

それはかつてリリスが幾度も死闘を演じた、アルマ・シュティルナーのそれとは根本的に異なっていた。

アルマの操るティターニアは、まるで夜の静寂に踊る本物の妖精のように、流麗で、可憐で、無駄なエネルギーを一切感じさせない美しさがあった。

だが、目の前の機体が見せた動きは――ただケンプファー由来の大推力にモノを言わせ、力任せに機体をスライドさせただけの、酷く無骨で、荒削りな力技。

 

「……やっぱり、お前はアルマじゃない!」

 

コックピットのモニターを睨みつけ、リリスは確信と共に吐き捨てた。

乗っているのはアルマではない。それどころか、あの天性のセンスを持ったアルマの足元にも及ばない、機体の性能に振り回されているだけの「格下のパイロット」だ。

あの子が命を懸けて守り抜いた大切な遺産を、そんな凡俗な殺意のために引きずり出した。

その事実が、リリスの胸の白熱する怒りを、さらに冷酷な戦意へと昇華させていく。

バックパックの左側面から、ツイン・ビーム・スピアが、リリスの右腕へと滑り降りた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂に行方が分からなかったアイロスが登場し、リリスと因縁があるノイジーフェアリー隊のティターニア、イフリート・イェーガー、ドム・ノーミーデスが登場しました!
0083年の星の屑作戦をベースに、一年戦争の外伝作品のその後を描いた物語が本格的に動きました!
次の話もまさかの機体が登場するので楽しみにしてください。

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