機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第134話 リターン・オブ・フェアリー【下】

紅蓮の死神が、夜のティルナノーグを文字通りの蹂躙へと変えていく。

たった1機で3機の高性能モビルスーツを相手にしているとは、到底信じがたい大立ち回りだった。リリスのガンダム・ピクシーは、その圧倒的な瞬発力とリリスの野生的な技量によって、偽物たちを完全に翻弄していた。

 

「チョロチョロと、目障りなガンダムめッ!」

 

ドム・ノーミーデスが巨体に似合わぬ突進でバズーカを構え直すが、ピクシーはその巨体の懐へと一瞬で滑り込み、死角からバックラー・シールド一体型の左腕でその砲身を強引に殴りつける。射線を完全に逸らされたバズーカの弾頭は、虚しく夜空へと吸い込まれていった。

 

「捉えきれん……! 何という機動力だ!」

 

後方から距離を取って狙撃体制に入ろうとしていたイフリート・イェーガーもまた、尋常ではない焦燥にモノアイを激しく左右に振るっていた。

狙撃ライフルを向けるたびに、赤いピクシーは弾道予測のさらに先を行く不規則なステップで射線を外してくる。

それどころか、ピクシーが牽制に放つ頭部60mmバルカン砲の正確な斉射とビーム・ガンの鋭い高出力光弾に、逆に装甲を削られ、じりじりと後退を余儀なくされていた。

イフリートとドムの連携を瞬く間にバラバラに引き裂き、リリスのツインアイが、本命の標的であるティターニアを鋭く射抜く。

 

「アルマの機体で……これ以上、誰かを傷つけるなッ!!」

 

リリスの咆哮とともに、右腕に構えたツイン・ビーム・スピアの先端部が、不気味な金属音を立てて可動した。

2本のビーム・サーベルが直角に折れ曲がり、冷徹なプラズマの光刃を輝かせる――大鎌形態、サイズモードへの移行。

 

「な、……舐めるなァッ!」

 

ティターニアのパイロットが悲鳴混じりの声をあげ、ゲルググJのビーム・マシンガンを至近距離から狂ったように連射する。

青白い光弾が夜の森を帯状に焼き尽くしていく。だが、リリスは引き下がらない。

左腕の簡易小型シールドを前面に押し立て、光弾の直撃を強引に弾き飛ばしながら、爆煙のなかから文字通りの「赤い死神」となって躍り出た。

ティターニアが次の一撃を放つよりも早く、ピクシーの鋭い一閃が月光の下で孤を描いた。

 

ズバァァァッ!!!

 

サイズモードに変形したツイン・ビーム・スピアの長大なリーチが、ティターニアの右手に持ったビーム・マシンガンを完全に捉えた。

大鎌の光刃は、ティターニアが構えていたビーム・マシンガンの機関部を容赦なく一刀両断にせしめる。

プラズマの熱量によって内部電子が焼き切られ、マシンガンはまばゆい火花を散らしながら、真っ二つに裂けて地面の腐葉土へと転がっていった。

 

「私の、マシンガンが……!?」

 

最大の牙を奪われ、たじろぐ偽りの妖精。

そのコックピットに向けて、リリスはさらに怒りを白熱させ、冷酷なまでの追撃の構えを取るのだった。

 

「リリス! 先行しすぎだと言ったはずだぞ!」

 

重厚な排気音とともに針葉樹の森を割り、突風の如く現れたのは、バリー・アボット大尉が駆る重装甲の装甲強化型ジムであった。

機体の巨体に似合わぬ俊敏さでリリスのピクシーの背後へと滑り込み、死角をカバーするようにハイパー・バズーカを構える。

 

「リリス先輩! ご無事ですか!?」

 

バリーに続いて、その背後から凄まじい大推力スラスターの轟音を響かせて飛び出してきたのは、ルイザ・ルイズ少尉であった。

彼女の新たな乗機は、かつてのリリスのお下がりである陸戦型ジムではない。

ジャブローのガンダム開発計画の一環として製造された最先端の評価試験用機体であり、ジム改のフレームを極限まで高出力化改修した、オレンジと白の重厚な機体――パワード・ジムだ。

合流したバリーは、モニターに映し出されたティターニア、イフリート、ドムの姿を捉えた瞬間、目を見開いて絶句した。

 

「……マジかよ。あのお嬢ちゃん達の機体が、なんでこんな北米の山奥に転がってやがるんだ。……とんだ悪い冗談だぜ、おい。」

 

一年戦争の最末期、ケープカナベラルで命を懸けて自分たちと和解の道を切り拓いたあの少女たちの幻影。

それが最悪のテロ組織の牙として目の前に立ちはだかっている現実。

バリーは戦慄しながらも、すぐに大尉としての冷徹な理性を引き戻し、未だ怒りの熱を帯びたリリスの機体へ通信を入れた。

 

「リリス、お前の気持ちは痛いほどよく分かる。だが、冷静になれ。俺たちの任務は奴らの陰謀を阻止することだ。……あの機体を拿捕し、裏にいる『アンシーン』の情報をすべて吐き出させなきゃならん。」

 

上官の重みのある声音に、ピクシーのコックピットで荒い息を吐いていたリリスは、わずかに拳の力を抜いた。

ツイン・ビーム・スピアを構えたまま、ギリ、と奥歯を噛み締めて怒りを胸の奥へと抑え込む。

 

「……分かっています、バリー隊長。でも……あいつらだけは、絶対に許せない。」

 

「ああ、分かっている。――ところでリリス、一つ確認だ。あれに乗っているのは……『本物』なのか?」

 

バリーの緊迫した問いに対し、リリスは一片の迷いもなく、吐き捨てるように即答した。

 

「いいえ、断言します。中身は100%偽物です! 操縦技術があまりにも酷すぎる。アルマたちの足元にも及ばない、ただ機体の性能と推力に振り回されているだけの、最低な三流です!」

 

リリスの酷評を聴き、バリーはふっと不敵な笑みを浮かべ、装甲強化型ジムのレバーを力強く握り直した。

 

「フッ、なるほどな。お前がそこまでボロクソに言うってことは、相当腕が鈍いらしいな。……だったら、生け捕りにするのもそう難しくなさそうだ。」

 

バリーは即座に戦術回線を開き、ウィッチハント隊の2人に鋭いトーンで命令を下した。

 

「ルイザ、お前はそのパワード・ジムの推力でドムとイフリートの足を止めろ! リリス、お前は俺と一緒にティターニアを追い詰めて四肢を切り落とす! ウィッチハント隊、作戦開始だ。――敵MSを無力化し、全機拿捕せよ!」

 

「「了解!!」」

 

リリスとルイザの力強い怒号がシンクロする。主兵装を失った偽りの妖精たちを捕らえるため、ウィッチハント隊の3機の連邦軍MSが、月光のクレーターを縦横無尽に駆け出した。

 

 

 

ティターニアのコックピットのなか、後ろにまとめた鮮やかなポニーテールのピンクがかった赤髪を激しく揺らし、ヒルデ・ニーチェは驚愕に顔を歪めていた。

 

「嘘でしょ……。まさか、あの赤いピクシーがこんな場所に立ちはだかるなんて……!」

 

その困惑は、イフリート・イェーガーを駆る黒い短髪の黒人、グスタ・エーベルも、ドム・ノーミーデスの操縦席に座る金髪緑眼の白人、ロルフ・アーレンスも同じだった。

彼ら3人は、2年前の『水天の涙作戦』を生き延びたインビジブル・ナイツの残存兵。

今回の彼らの目的は、あくまで『ギニアスの遺産』の核となる制御ユニットの強奪、ただそれだけのはずだった。

なのに、かつて北米最前線でジオン地上軍を震え上がらせた連邦軍の最精鋭――あの「北米の魔女狩り部隊」の化け物じみた赤いガンダムが、このティルナノーグの跡地に、最悪のタイミングで現れたのだ。

 

「フィリーネ! こちらの想定と違いすぎるわ! 今すぐ撤退できないの!?」

 

ヒルデはモニターの端に、オペレーターである明るい茶髪のセミショートヘアの少女、フィリーネ・イステルの顔を映し出して叫んだ。

そばかすのある彼女の愛らしい顔は、今は焦燥で完全に強張っている。

 

「……だ、駄目です、ヒルデさん! まだアイロス少尉の回収を終えていません!少尉を残しての離脱は不可能です、その場で耐えてください!」

 

「チッ、言うのは簡単ね……!」

 

ヒルデが毒づくのと同時に、冷酷な戦術の刃が迫る。

たった1機の紅蓮のピクシーにすら翻弄されていたのだ。

そこへ、バリーの装甲強化型ジムとルイザのパワード・ジムの2機が完璧な連携で加わった。連邦軍の誇るエース3機を相手に、これ以上の防戦は分が悪すぎる。

 

(ここまでか……!)

 

ヒルデたちが全滅を覚悟し、その赤いモノアイが最期の光を放とうとした――まさに、その刹那だった。

 

ドォォォーーン!!!

 

激しい大地の震動とともに、夜の針葉樹の森をなぎ倒して、一際不気味な「真っ黒な機影」が滑り込んできた。

 

黒い機体は、跳躍の勢いのまま右腕に保持したジャイアント・バズを躊躇いなくぶっ放す。

超至近距離から放たれた強烈な重質量弾が、ウィッチハント隊の3機をまとめて圧し潰さんと襲いかかった。

 

「新手かッ!?」

 

バリー大尉の鋭い直感により、ウィッチハント隊は即座に三方へとステップを踏み、その正確極まる先制攻撃を辛うじて回避してみせた。

爆煙が激しく夜空へ巻き上がるなか、リリス、バリー、ルイザの3人は、突如として割り込んできたその機体を、強烈な警戒を込めて凝視した。

それは、月光の下で漆黒の闇と同化するような、重厚なフォルムの『ザク』だった。

しかし、その姿は通常のザクⅡとは根本的に異なっていた。

頭部のノーズ形状はどこかシャープで鋭利に変形しており、何よりも不気味なのは、ザクの象徴であるはずの――「脚部の動力パイプ」が、1本たりとも機外に露出していない。

流体パルスシステムが完全に装甲の内側へ内装された、不穏な系譜のシルエット。

 

「ザクⅠとも違う……。何だ、あの黒いザクは……!?」

 

ルイザがパワード・ジムのコックピットで怯えたような声を漏らす。

紅蓮のピクシーのモニター越しに、リリスはその黒い機体を睨みつけ、野生の直感でその纏うオーラを測り直していた。

アンシーンの偽物の妖精たちとは違う。この黒いザクの放った一撃の精密さ、そして割り込みのタイミング。

乗っているのは、先ほどまでの格下パイロットどもとは比較にならない、異様な気配だった。

 

「チッ……次から次へと、ジオンの亡霊どもが沸いて出てくるわね……!」

 

リリスはツイン・ビーム・スピアを低く構え直し、突如現れた漆黒の怪物へ向けた。

 

「――邪魔よ、退きなさいッ!!」

 

リリスのガンダム・ピクシーが紅蓮の火花を散らして地表を蹴った。

サイズモードに変形したツイン・ビーム・スピアを大高頭へと振りかざし、突如現れた黒いザクの頭部めがけて容赦のない一閃を叩き込む。だが、漆黒の怪物は微動だにしなかった。

右腰のウェポンマウントから、円柱型の筒状のデバイスを左腕で滑らかに引き抜く。

直後、その先端からパッと夜の闇を切り裂く、不気味な黄色の粒子の光刃が吹き出した。

 

ガキィィィィン!!!

 

金属同士の衝突音ではない。激しいプラズマの反発音と磁気嵐がクレーターに吹き荒れる。

黒いザクは、ピクシーの渾身のサイズモードを、左手の光刃だけで完璧に受け止めてみせたのだ。

 

「――っ!? ビームサーベル……!?」

 

リリスの鋭い瞳が驚愕に見開かれる。

コックピットモニターの向こうで、バリー大尉もルイザ少尉も息を呑んでいた。

ジオン公国軍の量産機、それもザクの姿をした機体が、連邦軍の特許であるはずのビームサーベルを当然のように運用している。

その戦術的脅威に、バリーが即座に無線を怒号で満たした。

 

「ザクがビーム兵器だと!? 全機、警戒しろ! あいつはただの残党じゃない、3人がかりで確実に仕留めるぞ!」

 

激突の風圧が針葉樹をなぎ倒すなか、黒いザクとウィッチハント隊の死闘が幕を開けた。

リリスがツイン・ビーム・スピアのサイズモードを獰猛に振り回し、前衛として肉薄。

その左右を固めるように、バリーの装甲強化型ジムがハイパー・バズーカの精密な対地射撃を放ち、ルイザのパワード・ジムが90mmブルパップ・マシンガンを隙間なく連射してリリスの死角を完璧に埋める。

北米連邦軍最精鋭による、一分の隙もない網の目のような十字砲火。

しかし、黒いザクの動きは、彼らの予測を遥かに超越していた。

 

「――くっ、当たらない……!?」

 

ルイザの放つ90mm弾の軌道を、まるで最初から知っているかのように、黒いザクは最小限のステップだけで紙一重で回避。

それどころか、バリーの放ったバズーカの弾頭を至近距離でステップ回避しながら、右腕のジャイアント・バズをウィッチハント隊の足元へ正確無比に撃ち返してきたのだ。

猛烈な爆煙のなか、後退を余儀なくされたリリスたちは、コックピットの中で冷や汗を流しながら驚愕していた。

この、物理限界を超えたような異常な追従性と超反応。

リリスたちの脳裏に、1年前、あのオーストラリアのトリントン基地で開催された『競技会』の記憶が鮮烈にフラッシュバックする。

あの時、ジャブローの精鋭部隊『チーム・シリウス』が、連邦の最新鋭機の性能をデモンストレーションするために投入したジム・カスタム。

あの機体の関節に施されていた、駆動抵抗を極限まで減らす超技術――マグネット・コーティング。

目の前の黒いザクは、間違いなくあのジム・カスタムと同等、あるいはそれ以上の超反応で動いている。

 

「バリー隊長、ルイザ! 気をつけて、こいつの反応速度……マグネット・コーティングを施されてれる!」

 

リリスが通信に鋭い声を飛ばしながら、ビーム・ガンへと持ち替えて牽制の光弾を放つ。

 

「ああ、分かっている!」

 

バリーが装甲強化型ジムの重装甲を活かしてバズーカの反動を抑え、次弾を装填しながら怒鳴り返した。

 

「だがな、リリス! あの時のジャブローのジム・カスタムとは何かが致命的に違う!あいつの動き、ただ機械的に速いんじゃねえ……まるで、本物の人間がそのまま大きくなって動いているような、有機的で恐ろしいほど滑らかな動きだ!」

 

「ひぃっ、何なんですかこのザク……!」

 

ルイザがパワード・ジムの大推力バーニアを吹かし、黒いザクの背後を取ろうと空中へ跳躍しながら叫ぶ。

 

「ジオンの見た目をしてるのに、ビーム・サーベルを持っていて、しかもこの動き……! まるで、ジオンと連邦の技術を、最悪な形で悪魔合体させたみたいな怪物です!」

 

一方、クレーターの反対側では、ウィッチハント隊と謎の黒いザクの凄まじい激突を、ヒルデたちが呆然と眺めていた。

 

「な、何よあのザク……。連邦の精鋭3機を相手に、互角以上に渡り合っている……!?」

 

ドム・ノーミーデスのコックピットで、金髪緑眼のロルフ・アーレンスは、モニターに映し出される漆黒の怪物の動きに完全に圧倒され、声を失っていた。

 

「ヒルデ、あの黒いザクは援護すべきか!?」

 

グスタ・エーベルが鋭く問う。

しかし、ティターニアを操るヒルデ・ニーチェは、後ろにまとめた長い赤髪を苛立たしげに振り乱しながら首を横に振った。

 

「馬鹿言わないで!あんな次元の戦闘に私たちが割り込めるわけがないわ!下手に手を出したら、あの黒いザクに誤射するだけよ!」

 

その時、彼女たちの戦術回線にオペレーターのフィリーネ・イステルから緊迫した音声が飛び込んできた。

そばかすのある顔を強張らせ、明るい茶髪のセミショートヘアを揺らした少女が叫ぶ。

 

「ヒルデさん、ロルフさん、グスタさん!アイロス隊長が無事に帰還しました! 目的の『制御ユニット』の確保に成功、これより全軍撤収です!」

 

「本当ね!? ……でも、あの黒いザクはどうするのよ!?」

 

ヒルデが問い返すと、フィリーネはデータログを確認しながら即座に応じた。

 

「隊長からの伝達です。あの機体が殿を務める。お前たちは一刻も早くこの場から離脱しろ、とのことです!」

 

「くっ、……分かったわ!」

 

3人は困惑と一抹の悔しさを滲ませながらも、スラスターを吹かして後退を開始。 ティルナノーグ跡地の深い闇へと紛れるように、一斉に撤退の針路を取った。

 

「――っ! 逃がすもんですかッ!!」

 

戦闘の最中、リリス・エイデンは偽物の妖精たちが戦線を離脱し始めたことにいち早く気づいた。ガンダム・ピクシーの推力を爆発させ、逃げるティターニアを追撃しようと跳躍する。

だが、その紅蓮の軌跡を、漆黒の壁が容赦なく遮った。

 

「退きなさいと言っているでしょぉぉぉッ!!」

 

リリスは激怒し、邪魔をする黒いザクに向けてツイン・ビーム・スピアのサイズモードを獰猛に狂い振るった。

月光の下で、プラズマの凶悪な光刃が何重もの嵐となって黒い装甲へ襲いかかる。

しかし、その肉薄する死神の猛攻すら、黒いザクは最低限のビーム・サーベルの受け流しと超反応のステップですべて完璧に防ぎきってみせた。

 

「何だと……!?」

 

後方から援護していたバリー・アボット大尉は、その光景に戦慄を禁じ得なかった。

北米の大陸全土で「魔女狩り」として恐れられ、その圧倒的な白兵戦技術で並み居る敵を葬ってきたリリスの連撃。

それをかすり傷一つ負わずに捌ききるなど、目の前のパイロットはただ者ではない。

その絶対的な膠着の間に、ヒルデたちの3機はティルナノーグ跡地から完全に姿を消した。

 

「くっ、取り逃がした……!!」

 

リリスは宿敵の機体を見失ったことに歯噛みし、そのやり場のない怒りと鬱憤のすべてを、目の前の黒いザクへと叩きつけようとした。

瞬間、シュババババッ!と乾いた破裂音が響いた。

黒いザクの胸部に設置されたスモークディスチャージャーが一斉に起動。

瞬く間に濃厚な煙幕が周囲に展開され、月光を完全に遮断して視界をゼロへと塗り替える。

 

「小細工をッ!」

 

リリスはザクがいたと思われる方位に向けて、手当たり次第に頭部60mmバルカン砲を狂ったように連射した。

激しい銃声が響くなか、弾丸が重装甲に弾かれる「硬い命中音」を耳で探り、敵の位置を特定しようとしたのだ。

だが、暗闇のなかに響くのは、虚しく地面の土を抉る着弾音だけだった。

やがて夜風に流されて煙幕が晴れたとき――そこにはもう、黒いザクの姿は影も形も残されていなかった。

 

「……嘘、消えた……? うそ、嘘よ……!!」

 

リリスはコックピットでシートを激しく叩き、悔し涙をその鋭い瞳から溢れ出させた。

 

「あと一歩だったのに……! あの子たちの誇りを踏みにじる偽物どもを、この手で引きずり下ろせたのに……! クソ、クソォォォッ!!」

 

紅蓮のピクシーが怒りと悔しさで激しく機体を震わせる。

その尋常ではない殺気と狂気的な佇まいに、後輩のルイザ・ルイズはパワード・ジムの操縦席で完全に怯え、身を竦めていた。

 

「リリス。落ち着け。」

 

装甲強化型ジムが音もなく近づき、その大きなマニピュレーターをピクシーの肩へと優しく置いた。

バリー大尉の重々しくも温かい声が、荒れるリリスの通信へと届く。

 

「隊長……私は、私はあいつらが、絶対に許せないんです……!」

 

「分かっている。だがな、リリス。俺たちは確かに奴らを取り逃がしたが、得られたものは大きい。乗っていたパイロットの腕は酷い三流だった。つまり、あの娘たちではないという決定的な証拠だ。さらに、あの謎の黒いザクという新たな手がかりも掴んだ。奴らの仮面を剥ぎ取り、彼女達の無実を証明するための戦いは――いま、確実に一歩前進したんだぞ。」

 

バリーの冷静で確固たる言葉を聴き、リリスは深く息を吸い込んだ。

溢れ出る涙を乱暴に手甲で拭い去り、その瞳の輝きを静かな決意へと戻していく。

 

「……はい。ありがとうございます、バリー隊長。次は……次こそは、絶対に逃がしません。」

 

リリスの落ち着きを取り戻した声に、怯えていたルイザはホッと大きく胸を撫でおろした。

そして、パワード・ジムのレバーを握り直し、先輩の背中を見つめながら力強く宣言する。

 

「リリス先輩! 私も、次こそはあのパワード・ジムのパワーで、先輩の役に立てるように全力で頑張ります!」

 

「ああ、頼りにしてるぞ、ルイザ。」

 

バリーは頼もしい部下たちの姿に不敵な笑みを浮かべると、装甲強化型ジムの頭部センサーを周囲の針葉樹林へと向けた。

 

「よし、これより本隊の調査団が到着するまで、この周辺の警戒および待機任務に移行する。油断するなよ。」

 

「「了解!!」」

 

ウィッチハント隊の3機がクレーターの縁で固い陣形を組み、周囲の索敵を開始するのだった。

 

 

 

 

紅蓮のガンダムと、月下に踊る漆黒の怪物の激突。

その凄まじいMS集団戦のどさくさに紛れて、ボルクとドリスの2人は、あの場から離脱することに成功していた。

ジープのサスペンションが、夜のカスケード山脈の険しい未舗装路を激しく拾う。

後部座席に負傷した技術者の男を慎重に横たえ、車両はヘッドライトの光だけを頼りに、最も近くに設定されたルオ商会のセーフハウスへと向けて山道をひた走っていた。

ステアリングを荒々しく切りながら、ボルクが目をしばたたかせ、大きく息を吐き出した。

 

「……ったく、正直生きた心地がしなかったぜ。アサルトライフル片手に、ティターニアだのガンダム・ピクシーに囲まれるなんてな。寿命が縮むと思ったぜ。」

 

「同感ね。」

 

助手席でノートパソコンのキーボードをトントンと叩きながら、ドリスがふっと唇を緩めた。

 

「流石の私も、あの距離で実弾とプラズマの嵐を見せつけられたら、心臓がバクバク言っちゃったわよ。」

 

ボルクはバックミラーで後方の闇を確認し、ギアシフトを一段上げながら問いかける。

 

「しかしドリス、運転しながらずっと考えてたんだが……あのタイミングで乱入してきたあの赤いピクシーの部隊。あれが、お前さんがサクラメントバレーで言っていた『事前の準備』ってやつなのか?」

 

「ええ、大正解。」

 

ドリスは自慢げにノートパソコンの液晶画面を指でトントンと叩いた。

 

「ここへ向かう途中のジープの中でね、私がキャリフォルニア・ベースへちょっとした『タレコミ』を送っておいたのよ。『ティルナノーグ跡地でジオン残党の不審な動きを感知』ってね。ベースの精鋭部隊であるウィッチハント隊なら、絶対にエサに食いついて即座にスクランブルをかけてくるって踏んでいたの。計算通りに動いてくれて助かったわ。」

 

「はっ……! あの大立ち回りを裏で仕組んだのが、まさかジープの助手席で澄ました顔してるハッカーの姉ちゃんだとは、連邦の魔女狩りどもも夢にも思うまいな。準備の良さとその恐るべき腕前には、改めて脱帽するよ。命を救われた、ありがとよ。」

 

ボルクが心底から感心して礼を言うと、ドリスは悪戯っぽく肩をすくめてクスクスと笑った。

 

「そのハッキングへの称賛は、ありがたく受け取っておくわ、ボルク。でもね、実際に私達の命を救ってくれたのは、あの赤いピクシーのパイロットよ。私じゃなくて、同じピクシー乗りの後輩にも、心の中でしっかり感謝しなさいよね。」

 

「そいつは違いないな。」

 

ボルクは苦笑し、まだ見ぬ赤いピクシーの乗り手に向けて、静かに敬礼を模した。

 

「顔も知らねえ同じピクシーの乗り手さんよ、感謝するぜ。……で、ドリス。これから俺たちはどう動く?」

 

ボルクの問いに、ドリスの顔から笑みが綺麗に消え去った。

液晶の白い光に照らされた彼女の瞳が、ハッカーとしての、そして冷徹なエージェントとしての輝きを取り戻す。

 

「ここからの事態は……おそらく、最悪な方向に向かうわ。」

 

ドリスは重々しいトーンで、現状のパワーバランスを分析し始めた。

 

「決戦兵器の心臓部である『制御ユニット』はアイロスに奪われ、あろうことか、あのノイジー・フェアリー隊の機体3機までが完全に奴らの手にある。……あのアプサラス技術ベースの機体に、ティターニア、ノーミーデス、イフリートの3機。このカードが揃って表舞台に立てば、北米の大陸全土で燻っているジオン残党どもは、本当に『妖精の帰還』が成されたのだと熱狂的に信じ込んでしまうわ。だからこそ奴らは、これほど悪趣味な作戦名を掲げたのよ。」

 

 

 

「……なるほど、最悪の布陣を敷かれたわけだ。」

 

ボルクが忌々しそうにハンドルを握る手に力を込める。

 

「ええ。でもね、ボルク。不幸中の幸いな出来事が、私たちには『2つ』あったわ。」

 

ドリスは画面のデータをスライドさせ、不敵な笑みを口元に蘇らせた。

 

「1つ目は、アイロスたちがティターニアを本当に持っているという事実をこの目で確認できたこと。そして、あの不気味な黒いザクの異常な戦闘能力をデータ収集できたことよ。……そして、何よりも大きい2つ目。」

 

ドリスは後部座席で苦しげに息を吐く、コート姿の男へと視線を向けた。

 

「この技術者を、アイロスの手から完全に確保できたことよ。……奴らが制御ユニットを入手したとしても、それらを最適にリンクさせ、決戦兵器を100%の状態で起動させるための『調整技術』は、この彼の中にしかないわ。彼がここにいる以上、アイロスたちがどれだけ急いでも、機体のシステム調整には最低でも2週間から3週間は費やすことになる。」

 

「なるほどな。」

 

ボルクはドリスの完璧なロジックを聴き、その老練な口元に深い笑みを湛えた。

 

「つまり、アイロスの一派はすぐには動き出せない。奴らが狂ったシステムと格闘しているその2週間から3週間の猶予こそが、俺たちに残された反撃の勝機ってわけだな。」

 

「そういうこと。その間に、東南アジアのカルロスやキリーとも連絡を取り合って、奴らの鼻っ面を引っ叩くための完璧な作戦を練り上げるわよ。」

 

「了解だ。――よし、話が決まれば、まずはこの最寄りのセーフハウスに飛び込んで、この技術者殿の手当てが最優先だな。行くぜ、ドリス!」

 

ボルクがジープのアクセルペダルを床まで力強く踏み込むと、四輪駆動の車輌は、砂塵を夜の闇へと派手に撒き散らしながら険しい山道を猛然と加速していった。

奪われた制御ユニットと、最悪の形で帰還した妖精たち。

だが、それらを裏から迎え撃つ2人のピクシー乗りの逆撃作戦もまた、カスケードの深い夜の帳のなかで、静かに、しかし確実に牙を研ぎ始めようとしていた――。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂に最悪な形で、妖精たちが帰還しました。
さらに、謎のザクも登場!
こちらはとあるガンプラの機体をベースにしております。
まあ、大体の特徴を書いたので、正体はバレバレですけどね。
08小隊、ガンダム戦記、コード・フェアリー、スターダストメモリーを織り混ぜたオリジナルストーリーはどんどんと混沌となっていきますので、楽しんでもらえたら嬉しいです。
では、次の話も楽しみにしてください。

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