宇宙世紀0083年10月22日、正午
ラサ近郊
頭上から降り注ぐ熱帯の強烈な太陽光が、綺麗に舗装された模拟市街地のアスファルトを白く焼き付けていた。
アナハイム・エレクトロニクス傘下の民間軍事会社『華星警備』。
表向きは「次世代市街地戦訓練施設兼環境再生プロジェクト」として登録され、連邦軍の監査をも無抵抗でパスする完璧な隠れ蓑。
だがその日、カルロス・ボドリゲス少佐が率いるジオン残党『カルロス隊』の絶対の隠れ蓑であるその拠点は、どこか張り詰めた、騒然とした空気に包まれていた。
地上ゲートの検問所。
表向きは『華星警備』の私服警備員として詰めているサン・シータ伍長は、通信インカムの向こうで完全に声を裏返させていた。
小柄で引き締まった身体を作業着仕様の制服に押し込み、浅黒い顔にじっとりと冷や汗をにじませている。
「俺みたいな三下には、いくら何でも荷が重すぎるってんだよ! よりによって、何であの『不殺の狩人』がピンでここに立ってんだよ!」
シータの狼狽ぶりも無理はなかった。
検問所の防弾ガラスの向こう、正午の強烈な太陽光を浴びて佇む1台の連邦軍ジープ。その運転席から平然と降り立ち、東南アジア方面軍最高司令官ブレックス・フォーラ准将の【特命調査書】を掲げている男の顔を、シータは見間違えるはずがなかった。
ソウヤ・タカバ。
2年前のデリー基地強襲の時、自分たちの絶対的なエースであり心の支えでもあるボルク・クライのイフリート・スプリガンと引き分けた、正真正銘の怪物。
カルロス隊にとって、これ以上ないほど深い因縁を持つ連邦の象徴が、アポなしで突如として彼らの前に現れたのだ。
「シータ伍長、落ち着きなさい。みっともないですよ。」
地下深奥の通信室。
インターホン越しにシータの悲鳴を受け止めたヤゴ・チエ中尉は、仕立ての良い秘書用タイトスカートの裾を軽く整えながら、冷徹そのものの声音で窘めた。
眼鏡の奥の切れ長の瞳には一切の動揺はなく、その細い指先だけが、何かを弾くように超高速でデスクの上で動いている。
「非効率なパニックはデータのノイズです。ロニン軍曹、地上の警戒レベルをカモフラージュ・モードへ。キャノコ軍曹、あなたも大人しくしていなさい。」
「お、落ち着いてなんていられるわけないじゃない、チエ姐さん!」
通信室の隅で、2本の金髪の三つ編みを激しく揺らしながら、キャノコ・ホワイト軍曹が今にも叫び出さんばかりに顔を真っ赤にさせていた。
パイロットスーツを脱ぎ捨てて私服に着替えている彼女だったが、生真面目で教条的な軍人気質ゆえに、連邦の『ガンダムのパイロット』が自分たちの城の敷地を踏み荒らそうとしている現実に、激しい嫌悪と焦燥を隠しきれない。
「あの男はボルク先生を負かした連邦の猟犬よ!? 先生が北米に出張しているこの最悪のタイミングで、どうして……! もし地下のハンガーが見つかったら、先生のイフリートが――」
「キャノコ。声を落とせ。」
部屋の影から、地鳴りのような低い声がキャノコの熱狂を遮った。
長身痩せ型の体躯に無精髭を蓄え、落ちくぼんだ目で静かに端末のモニターを見つめていた影の参謀――ロニン・スーウェル軍曹が、一言の重みをもって少女を制したのだ。
補強された作業着の袖から覗く頑強な腕を組み、寡黙な砲撃手としての冷徹さを全身から漂わせている。
「騒げばそれだけ、地上のアイツにこちらの騒ぎを嗅ぎつけられる。俺たちの機体の隠蔽は完璧だ。社長を信じろ。」
ロニンの冷徹なプロとしての言葉に、キャノコは悔しそうに唇を噛み締め、辛うじてその場に踏みとどまった。
シータとキャノコが慌てふためく地上と地下の喧騒をよそに、社長室の重厚なデスクの後ろでは、仕立ての良いダークスーツを恰幅の良い体躯にまとったカルロス・ボドリゲス社長――ジオン地上軍少佐が、静かに鼻を鳴らした。
その浅黒い南米系の顔に浮かんでいるのは、恐怖ではなく、かつて『神風』と恐れられた無頼のエースとしての不敵な笑みだった。
「ハッ……騒がしいな。だが、慌てる必要はない。連邦の青二才が、最高司令官の虎の威を借りに来ただけだ。」
カルロスはデスクの脇に飾られた、かつての主君から贈られた一本の日本刀の柄に、優しく、しかし力強くその指を触れさせた。
重要な決断を下す際の、彼の絶対的なルーティン。
「『勝てないからこそ、消えない』。それが俺たちの武士道だ。この1年、血を吐く想いで完成させた『華星警備』が、特命書の一枚ごときでベりべりと剥がされるほどヤワな作りはしていねえよ。チエ、ボルクの不在証明は通るな?」
「先程にジャブロー経由のアナハイム出張命令書を偽造、データログの書き換えも完了しています、少佐。……それと、これは間違った日本の知識を正すためですが、青二才は10代までのことですよ。的外れな日本知識でボロを出さないでくださいね。」
「相変わらず手厳しいな、お前は。」
カルロスはダークスーツの襟元を正し、威圧感のある社長然とした佇まいでゆっくりと立ち上がると、冷徹な声で指示を出す。
「シータ。まずそのガンダムのパイロットが持っている【特命調査書】が本物かどうか、その目でしかと確認しろ。連邦のハッタリかもしれんからな。」
「え、ええ!? 俺が直々に調べるんですか……?」
シータは喉を鳴らし、ジープの前に立つソウヤ大尉の元へ恐る恐る近づいた。
額から冷や汗が流れるのを感じながら、ソウヤが提示した書面を手に取る。
使われている連邦軍最高令の透かし入りの高級紙、厳格な形式で書かれた文書内容、そして右下にこれでもかと大きく記された、東南アジア方面軍最高司令官ブレックス・フォーラ准将の本物の直筆サインと捺印――。
どれだけ粗捜しをしようとしても、一切の隙がない「本物」だった。
シータはごくりと唾を飲み込み、インカムに向かって震える声で報告した。
「し、社長……間違いねえです。紙も内容も、ブレックス准将のサインも100%本物です。」
通信の向こうで、カルロスは少しだけ刀の柄に触れる指に力を込め、次なる指示を飛ばした。
「よかろう。本物なら無礼な真似はできん。シータ、その大尉殿が『何のために』ここへ来たのか、まずはその理由を聞き出せ。」
「了解です……。」
シータはインカムを切ると、目の前に立つソウヤ大尉へ視線を戻し、極力声を震わせないようにしながら尋ねた。
「タ、タカバ大尉殿。准将閣下の特命書、確かに確認いたしました。失礼ながら……本日は我が『華星警備』に、どのような御用件で来られたのでしょうか?」
ソウヤは、目の前の小柄な警備員がなぜこれほどまでに自分に対してビクビクと怯えているのか、不思議に思いながらも、大尉としての凛とした口調で静かに来訪の理由を説明し始めた。
北米から依頼されたギニアス・サハリンの影、そして2年前に残党に破壊された旧アプサラス開発基地の未発見エリアを調査しに来たのだ、と。
ソウヤの説明が終わると、シータは慌てて検問所の奥へと戻り、社長室のカルロスたちへ内線を繋いだ。
「社長!コジマの第4が来た理由が分かりました!あ、アイツ、俺たちが2年前に潜入して爆破処理した、あの『ギニアスの執務室のサーバールーム』の跡地を直接調べたいって言ってます!」
その報告が地下の司令室に響き渡った瞬間、カルロス、チエ、そして陰に潜んでいたロニンの3人は、同時に一斉に「フゥ……」と胸を撫で下ろす。
彼らが最も恐れていたのは、この1年かけて完成させた合法の盾であるPMC『華星警備』の組織そのものや、現在の機体隠蔽、戸籍売買ビジネスに対する軍の抜き打ち調査だと思ったからだ。
だが、ソウヤの目的は現在の彼らではなく、2年前に自分たちの手で完全に証拠隠滅を済ませ、今やただの瓦礫の山としてそのままにしてある『廃墟になったギニアスの執務室』だった。
「なるほどな……。ギニアスの遺産を突っつきに来たというのが事実か、俺たちの喉元を直接狙ってきたわけではないというわけか。」
カルロスはダークスーツの肩をすくめ、張り詰めていた空気を安堵へと変えた。
「データは2年前に完全に破砕済み、復活は100%不可能です。どれだけ目を皿にして調べようと、あそこに残っているのはただの灰とコンクリートの残骸だけ。……どうやら、最悪の事態だけは避けられたようですね、少佐。」
チエもまた、眼鏡の位置を直しながら静かに息を吐き、社長室のモニターへ視線を戻した。
ソウヤの目的が「過去の廃墟」であることに完全に安堵したカルロス隊。
しかし、東南アジアの最高のエースが特命を帯びて現地を直接調べるという事実に変わりはない。
「少佐。この場でタカバ大尉を始末するべきでは?」
ロニン・スーウェル軍曹が地鳴りのような低い声で冷酷な提案を切り出した。
無精髭を蓄えた顎に手を当て、落ちくぼんだ双眸を不気味に光らせる。
「東南アジア方面連邦軍のエースが、機体も持たずに生身でこの城へ入ってきたんだ。二度とない絶好のチャンスだぞ。」
「非効率です、ロニン軍曹。」
ヤゴ・チエ中尉がすかさず冷たく遮った。
「確かに戦術的には魅力的ですが、今は北米のドルセたちの事で手一杯です。何より、ブレックス准将の特命書を携えた大尉がここで不審死を遂げれば、ラサ基地の方面軍が総力を挙げて我が社を圧し潰しに来ます。リスクが大きすぎます。」
幹部2人が冷徹な議論を戦わせるなか、意外な人物が激しい拒絶の声を上げた。
「――私は暗殺なんて断固反対ですッ!!」
声を荒らげたのは、金髪の三つ編みを震わせた学徒兵上がりのキャノコ・ホワイト軍曹だった。
教条的な彼女は、生真面目な顔を真っ赤にして、ロニンとチエの前に一歩踏み出す。
「確かにソウヤ・タカバは目障りな連邦の人間です!だけど、丸腰で調査に来た人間を後ろから騙し討ちにするなんて、ジオンの軍人としてあまりにも卑怯です!何より……そんな形での決着を、ボルク先生が望むはずがありません!」
デスクの後ろで腕を組んでいたカルロスが、浅黒い顔の目を細めて問いかけた。
「……先生が望まない、だと? 理由を聞こう、キャノコ。」
「ボルク先生は、同じモビルスーツパイロットとして、戦場でタカバ大尉と雌雄を決したいはずです!」
キャノコは自らの心の師であるボルクの誇りを代弁するように、熱く語った。
「先生がその魂を懸けて超えようとしている壁なんです。2人の戦いは、正々堂々とモビルスーツに乗って、戦場で決着をつけるべきです!暗殺で終わらせていいはずがありません!」
彼女の純粋で熱い熱弁を浴び、ロニンとチエは顔を見合わせて複雑そうに沈黙した。
現実主義の彼らからすれば青臭い論理だったが、その根底にあるボルクへの敬意は痛いほど分かったからだ。
応接室の重苦しい静寂を破ったのは、カルロスの豪快な笑い声だった。
「ハッハッハ! 素晴らしい! その通りだな、キャノコ!」
カルロスはダークスーツの恰幅の良い胸を張り、大いに満足そうに頷いた。
「調査に来た客の背中を撃つなど、我が『武士道』の恥さらしだ。それに、先生とアイツの因縁は、モビルスーツで決着をつけてこそ大和魂というもの。キャノコ、お前もずいぶんと俺たちの『生存哲学』に染まってきたな。喜ばしいことだ。」
カルロスが大きな手でキャノコの肩をポンと叩くと、頑なだった少女の顔に、嬉しそうな、歳相応の安堵の笑みがパッと広がった。
その光景を見て、チエは眼鏡の位置を直しながらため息を吐き、ロニンもまた「……フン」と呆れたように腕を組み直した。
2人とも、この義理堅く人間味に溢れる奇妙な結束こそが、カルロス隊の強さの核心であることを熟知していた。
「分かりました。ならば、タカバ大尉の地上案内は私が務めます。書類の準備を――」
チエが端末に向かおうとした時、カルロスがその肉厚な手を出して彼女を制した。
「いや、チエ。ソウヤ・タカバの相手は、この俺が直接する。」
「……はい?」
その言葉に、チエだけでなく、ロニンもキャノコも一斉に驚愕の表情を浮かべた。
チエは即座に眉をひそめ、冷たい問いを投げかける。
「少佐、社長がわざわざ自ら出張る必要性がどこにありますか。今や瓦礫の山にすぎない旧執務室の案内くらい、私で充分です。時間の無駄遣いですよ。」
だが、カルロスは日本刀の柄にそっと指を触れ、南米系の鋭い目つきに「本物の武人」の光を宿らせて静かに言った。
「先生の宿敵であり、俺たちの前に立ちはだかる強大な壁……『殺さずの狩人』だ。その器がどれほどのものか、俺自身のこの目で、とくと見極めておきたくてな。」
カルロスの武人としての純粋な好奇心を聴き、チエとロニンは「また社長の悪い癖が始まった」とあきれ顔になり、キャノコだけが「フフ、カルロス少佐らしいですね!」と嬉しそうに笑った。
「……諦めました。少佐がそう言う時は、何を言っても無駄ですからね。」
チエはため息混じりに肩をすくめ、カルロスに案内役を譲った。
「ただし、タカバ大尉の直感は侮れません。万が一、現在の隠蔽工作に少しでも勘づく素振りがあれば、対応させていただきます。いいですね?」
「ああ、分かっているさ。」
カルロスはダークスーツのネクタイを軽く締め直し、不敵な社長の笑みをその褐色の顔に完璧に張り付かせた。
正午の太陽が照りつけるオフィスの廊下を、恰幅の良い体躯を揺らしながら、カルロス・ボドリゲスはソウヤ・タカバが待つ応接室へと、ゆっくりと歩みを進めていくのだった。
カルロスが応接室の重厚なドアを開けると、そこには連邦軍の制服を凛々しく纏った、若き大尉が静かに腰掛けていた。
柳のようにしなやかな黒髪に、黄色人種らしい端正な肌の色。
一見すると、標準的な東洋系の若者だ。
だが、男がカルロスの足音に気づいてゆっくりと顔を上げた瞬間、カルロスはその瞳に宿る圧倒的な「異質さ」に息を呑んだ。
黒髪の奥から覗く双眸は、東洋人らしからぬ、どこまでも透き通った美しい蒼い瞳だった。
それは地上から見上げた雲一つない青空の青であり、宇宙の深淵から見下ろした母なる地球の青そのもののようだった。
汚れなき、それでいて見る者を射すような圧倒的な質量を持った美。
(……美しい蒼だ。)
カルロスは一瞬、その神秘的な蒼い瞳に魂を奪われるように見惚れてしまった。
そして、正面から注がれる一切の歪みのない、あまりにも真っ直ぐな視線を受け止めたとき――カルロスの胸の奥に、猛烈な熱い衝撃が奔った。
この、周囲のすべてを信じ込ませ、惹きつけるような高潔な瞳と佇まい。それはかつて一年戦争の最中、カルロスがその生涯においてただ1人、忠義を捧げた「愚かしくも気高き主君」の面影を、強烈に想起させたのだ。
(いや――敵に見惚れるとは、俺としたことが。)
カルロスは無意識に日本刀の柄をそっと握ろうとし、ここが応接室であることに気づいて我に返った。
一瞬の動揺を完璧なビジネスマンの仮面の下へ押し隠し、恰幅の良い体躯を揺らしながら、豪快で社長然とした笑みをその褐色の顔に浮かべる。
「いやあ、お待たせいたしましたな、タカバ大尉殿!我が『華星警備』へようこそ。ブレックス准将閣下からの直々の特命書、確かに確認させていただきましたぞ。私は当社の代表を務めております、カルロス・ボドリゲスです。」
ソウヤはカルロスの圧倒的な威圧感と社長としての挨拶に対し、即座にソファから立ち上がった。その動きには軍人としての無駄な隙が一切なく、しなやかな豹を思わせる。
ソウヤはブレックスの特命書を丁重に扱いながら、真っ直ぐな蒼い瞳でカルロスを見据え、深く一礼した
「急な不躾な来訪、それも正規の手続きを踏まない形での立ち入り調査となってしまい、大変申し訳ありません、ボドリゲス社長。戦後の混乱と、連邦軍の未整理データの照合という軍の私事情に、こうして快くご協力いただけることに、心から感謝いたします。」
若きエースの誠実で非の打ち所がない挨拶。
カルロスは笑顔を崩さないまま、その蒼い瞳の奥に潜む「不殺の狩人」としての底知れぬ器の大きさを、武人の直感でじりじりと測り始めるのだった。
「さあ、立ち話もなんです。大尉殿、どうぞお掛けになってください。」
カルロスは柔和な笑みを浮かべ、応接室の上質なソファへとソウヤを促した。
ソウヤが静かに腰を下ろすと、カルロスも恰幅の良い体躯を揺らしながらその対面に深く腰掛けた。
「いや、それにしても、かねがね噂はブレックス准将から耳にしておりました。タカバ大尉、あなたのこれまでの戦功はまさに驚異的だ。この東南アジア方面におけるジオン残党掃討の最前線に立ち続け、しかも極力敵の命を奪わずに拿捕し、共和国側へ送還し続けているとか。おまけに、去年のトリントン基地での戦技競技会での見事な優勝。民間の警備会社を営む身としても、これほど頼もしい若きエースはおりませんよ。」
「勿体なきお言葉です、ボドリゲス社長。私はただ、1人の連邦軍人として、与えられた任務を全うしているに過ぎません。それに、私が戦うことができたのは、コジマ大隊長をはじめとする周囲の支えがあってこそです。」
ソウヤは奢る風もなく、極めて謙遜した態度で応じた。
「ははは、そう謙遜なさるな。それほどの技量がありながら、これほど実直であることこそが真に素晴らしい。」
カルロスは豪快に笑ってみせた。
だがその内心では、今まで散々と煮え湯を飲まされた、その圧倒的な強さに対して、苦虫を噛み潰したような渋い感情を抱いていた。
何せこの男は、自分たちが2年前にデリー基地を強襲した際、カルロス隊の誇る絶対のエースであるボルク・クライと互角の死闘を演じ、引き分けた男なのだ。
カルロスは一瞬だけ、刀の柄に触れるルーティンを行い、すぐに鋭い社長の顔に戻って本題を切り出した。
「さて……シータから報告を受けましたが、大尉殿の本日のお目当ては、我が社の演習場敷地内にある、あの一年戦争時の廃墟――ギニアス・サハリンの元執務室、そのサーバールームの跡地調査ということで間違いありませんな?」
「はい。その通りです。」
「なるほど。ただ、こちらもいささか困惑しておりましてね。」
カルロスはそこで少しだけ困ったように眉を下げ、情報を引き出すための老練な罠を言葉に仕込んだ。
「何しろ、最高司令官閣下の特命書を持った東南アジア軍のエースが、アポイントもなしに突然現れたのです。何か我が社に法的な不備でもあったのかと、社員一同、生きた心地がしておりません。大尉殿、差し支えなければ、今回そこまで急いで過去の廃墟を調査される『具体的な理由』を、教えてはいただけませんでしょうか?」
ソウヤは蒼い瞳をわずかに伏せ、少しの間を置いてから言葉を選んだ。
「……申し訳ありません。軍の最高機密に指定されている事案も含まれており、現時点では、詳細な背景をすべてお話しすることはできません。」
「ふむ……。」
カルロスはソファの背もたれに体を預け、やんわりとした、しかし確実な棘を含んだ口調でソウヤを遮った。
「流石にそれは、大尉殿。いくら准将の特命書があるとはいえ、正式な手続きをすべて踏み倒して急に来訪されたのです。それなのに理由を一切お答えいただけないというのは、これから調査に全面協力しようとしている我が社に対して、少々不誠実ではないでしょうか?」
カルロスの至極真っ当な指摘に対し、ソウヤはぐうの音も出なかった。
これからこの地を調査させてもらう以上、管理者であるカルロス社長とは極力友好的な関係でありたい。
何より、この華星警備はラサ基地や自分の籍を置くコジマ大隊基地も頻繁に利用する重要拠点の管理人なのだ。
ここで無用なトラブルを起こし、ブレックス准将の顔に泥を塗るわけにはいかない。
ソウヤは意を決し、内容の核心を注意深く濁しながら、来訪の真実の一端を口にした。
「……失礼いたしました。ボドリゲス社長の仰る通りです。……実は、北米にいる私の知人から、旧アプサラス開発基地に関する情報が寄せられたのです。その知人から『一刻を争う事態だから、今すぐ調べて欲しい』と強く懇願されまして、軍の手続きを待つ猶予がないと判断し、このような強行軍に至りました。」
「北米の、知人から……ですか。」
カルロスは表情を変えず、ただ深く頷いて見せた。
だが、その頭脳は驚異的な速度でソウヤの言葉を冷徹に分析し、最悪の事実を導き出していた。
(――線の繋がりが早すぎる。北米の過激派どもの傲慢な動きは、すでに北米と、東南アジアの連邦軍にまで完全に察知されているな。)
カルロスはダークスーツの内側で、じわりと冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
北米の過激派「アンシーン」が発動させた『リターン・オブ・フェアリー』。
そして、俺たちから力づくで横取りされた、あの決戦兵器。
最悪の想定が、カルロスの脳裏を過る。
北米の連邦軍だけでなく、目の前にいる東南アジア最高の怪物――ソウヤ・タカバにまで、自分たちから奪われた『ギニアスの遺産』の存在が、すでに筒抜けになっている。
「なるほど、北米からの要請でしたか。それならば、大尉殿のその焦りも理解できますな。」
カルロスは不敵な笑みの仮面を完璧に維持したまま、ソウヤの真っ直ぐな蒼い瞳を見据えた。
まだ北米からのボルクたちが制御ユニットを回収できたかの連絡は届いていない。
カルロスは不敵な笑みを張り付かせたまま、その鋭い目つきでソウヤの表情を冷徹に観察し、瞬時に思考を巡らせていた。
(待てよ。……この男が『ギニアス』というワードを頼りにここへ来たということは、連邦軍はまだ、あの決戦兵器の『本当の正体』までは掴んでいないな。)
もし連邦が機体の詳細や真の脅威を知っていれば、ブレックスの特命書を盾にしたこの時点で、単なる遺留品調査ではなく、より具体的な兵器の接収や詰問を行っているはずだった。
つまり連邦軍は、北米の暗号から『ギニアス』関係の糸を辛うじて引っ張り出した段階で、まだその先にある悪魔の果実にはたどり着けていない。
(ならば――この男に長居してもらう方が、都合が悪いな。)
ソウヤ・タカバという男の、戦場における底知れない直感や行動力。
それによって、自分たちがどれほど煮え湯を飲まされてきたか、カルロスは誰よりも熟知している。
ここで下手に時間を稼いだり怪しまれるような真似をすれば、かえってこの「不殺の狩人」の鋭い嗅覚を刺激しかねない。
さっさと目的のギニアス執務室の廃墟を調べてもらい、何も見つからなかったと納得させて帰ってもらうことこそ、今の彼らにとって最善の得策であった。
「――ふむ、そういう事情でしたか。タカバ大尉殿。」
カルロスは得心がいったように深く頷くと、恰幅の良い身体をソファから起こし、豪快に両手を広げてみせた。
「北米の知人の方からの強い懇願とあれば、軍人として、いや、1人の男として、その熱い想いに応えねばならんというのは当然のこと!私としても無下に拒むわけにはいきませんな!」
わざと大仰な「武士道風」の言い回しを交え、カルロスは親しみやすい社長の笑顔を作る。
「よし、分かりました!ブレックス准将閣下の特命もあり、何より大尉殿のそのお気持ちに免じて、我が『華星警備』は全面的にその調査に協力いたしましょう。2年前に完全に爆破処理され、いまやただの瓦礫の山となったギニアス・サハリンの元執務室……。大尉殿の気が済むまで、どうぞご自由にお調べください。」
「本当ですか! ……ありがとうございます、ボドリゲス社長!」
ソウヤはその蒼い瞳に安堵と感謝の光を宿らせ、深く頭を下げた。
まさかこれほど話が早く進むとは思っていなかったのだ。
「いやいや、礼には及びません。ただし、あの場所は崩落の危険もある不毛な廃墟。案内役が必要でしょう。……本来なら我が社の秘書や警備員を付けるところですが、これも何かの縁だ。この私が直々に、大尉殿をあの跡地へとご案内いたしましょう!」
カルロスは不敵な笑みの裏で、北米にいるボルクたちの戦況を気にかけつつも、ソウヤを最短ルートで処理するための冷徹なチェス盤を動かし始めるのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂にカルロスとソウヤが対面しました。
次回はカルロスとソウヤの問答回になります。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】で登場する、オリジナルキャラクターで好きなキャラクターは誰ですか?
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ソウヤ・タカバ
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イーサン・ミチェル・オルグレン
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ジル・ペロー
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ケンジ・ナガト
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イヤン軍曹
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ミサキ上等兵
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クラウディア・オルグレン
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ジョージ・オルグレン
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クリフトフ・ハーツクライ
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タケシ・トヨタ
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ナタリア・アルスター
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エミリア・ドットナー
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ジョシュア・ウィルソン
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ノア・ヴェルナー
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カルロス・ボドリゲス
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ヤゴ・チエ
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ロニン・スーウェン
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サン・シータ
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ハドソン少将
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ヒルダ&エイル&カーラの三姉妹