カルロスは恰幅の良い背中を揺らしながら、最新の近代設備が整った『華星警備』の表向きの区画を抜け、かつての一年戦争の傷痕がそのまま放置された旧アプサラス開発基地の深奥へとソウヤを案内していった。
「大尉殿、こちらです。足元が悪いので気をつけてくだされ。」
日光の届かないひんやりとした地下の闇を進む。二人が歩く先は、2年前の爆破以来、あえて完全に手付かずのまま残された荒涼たる廃墟だった。
崩落したコンクリートの梁、錆びついた鉄骨、そして足元で砂利となって砕ける瓦礫の音だけが、不気味な静寂のなかに響き渡る。
やがて、分厚い鉄扉が爆風でひしゃげた、目的のギニアス・サハリンの元執務室、そしてその奥に潜むサーバールームの跡地へと辿り着いた。
「ここが、2年前に我が社の管理下に入る前、ジオンの残党どもに徹底的に爆破されたという曰く付きの場所です。……さあ、大尉殿。どうぞ気の済むまでお調べください。」
「失礼します。」
ソウヤは短く応じると、懐中電灯の鋭い光を放ちながら、崩落した執務室の壁面や、熱で黒く焦げ付いたサーバールームの床を静かに調べ始めた。
屈み込み、煤にまみれたコンクリートの破片を指先でなぞるその姿を、カルロスは壁に背を預け、腕を組んだ姿勢のまま冷徹に観察していた。
(――フン、どれだけ目を皿にして探そうが無駄なことだ。)
カルロスはダークスーツの内側で、確固たる勝利を確信してほくそ笑んでいた。
この場所は2年前、自分たちの手で完璧に爆破処理を行い、全ての物理ディスクを文字通りの灰に変えたのだ。さらに、ルオ商会と結託してこのPMC『華星警備』を立ち上げてからの1年間、チエやロニンの手によって二重三重の周到な証拠隠滅を重ねてある。
何より、奴らが追っている『ギニアスの遺産』の本質は、形のない電子システムデータそのものだ。
このような埃まみれの瓦礫の山に、物的証拠などひとかけらも残されているはずがなかった。
(それにしても……)
カルロスは、煤のなかで静かに調査を続けるソウヤの横顔を見つめ、奇妙な違和感を覚えていた。
無駄のない合理的な足運び、書類を扱うような丁寧な指先の作法、そして自分に対する非の打ち所がない礼節。
どれをとっても超一流の「連邦の軍人」のそれであった。
だが、この男が放つ根本的な空気は、組織の歯車である軍人のそれとは決定的に異なっていた。 欲や野心、あるいは敵に対する憎悪といった泥臭い感情が、その佇まいから一切感じられないのだ。
戦場でボルクと命を削り合い、数多の残党を拿捕してきた男の、あまりにも清廉で真っ直ぐな気配。
(軍人というよりは、まるで……神に仕える聖職者のような男だな。)
カルロスは己の「間違った武士道知識」の引き出しをどれだけひっくり返しても、このソウヤ・タカバという異質な存在にぴったりと嵌まる言葉が見つけられず、ただその蒼い瞳の不気味なほどの純粋さに、内心で微かな戦慄を覚えるのみだった。
それから、数十分の時間が静かに流れた。
ソウヤは部屋の隅々、そして爆破されたサーバーの筐体跡までを一通り調べ終えると、煤のついた手袋をパチンと外し、ゆっくりと立ち上がった。その蒼い瞳には、やはり何も見つからなかったという静かな諦めが宿っていた。
「……ここまでのようです。ボドリゲス社長、私の我儘に付き合わせ、このような危険な廃墟まで直々に案内していただき、本当にありがとうございました。」
ソウヤはカルロスに向けて、深く、誠実な一礼を捧げた。
「いやいや!気にしないでくだされ、タカバ大尉!」
カルロスは恰幅の良い胸を叩き、これ以上ないほど豪快で度量の広い「PMCの社長」としての笑みを浮かべた。
「我が社は連邦軍の皆様に最高の環境を提供することこそが社是!大尉殿の心の引っかかりが少しでも取れたのであれば、案内した甲斐もあったというものです。……お役に立てず、かえって心苦しい限りですな」
「いえ、現地をこの目で確認できただけでも、大きな収穫です。ありがとうございました。」
カルロスの完璧な隠蔽工作により、ソウヤは華星警備に対して微塵の不信感も抱くことなく、丁寧にもう一度頭を下げた。
「――タカバ大尉。一つ、民間の警備会社を営む者の戯言として、個人的な質問をさせてもらってもよろしいかな?」
カルロスは、その浅黒い南米系の顔に浮かべたビジネスマンの笑顔を微かに潜め、地鳴りのような低い声音で切り出した。
「あなたのこれまでの戦功についてだがね……私のような現実主義の凡夫からすると、少々首を傾げたくなる部分がありましてな。あなたはなぜ、戦場でジオンの残党どもを徹底的に殺さない? 連邦の兵隊にとって、敵の首を上げるのが一番の手柄であり、効率的なはずだ。なぜ生かして帰すような、そんな回りくどい真似をする?」
不意に投げかけられた、本物の戦場を知る者特有の鋭い問い。
ソウヤは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに居住まいを正し、真っ直ぐな、あの吸い込まれるように美しい蒼い瞳でカルロスを見据えた。
そこには一切の迷いも、取り繕うような傲慢さもなかった。
「殺せば、そこに新しい憎しみが残り、それが次の戦争の火種になるだけです。私はただ、これ以上の無益な流血を止め、彼らを元の場所に帰したい……ただ、それだけです。」
澱みなく紡がれた、あまりにも純粋な響き。
その言葉を正面から浴びた瞬間、カルロスの肉体に、身震いするほどの激しい衝撃が奔った。
(――っ!?)
頭を下げてまで、アースノイドへと歩み寄り、戦火の向こうにある融和の未来を信じて疑わなかった、あの気高くも愚かしい人物の清廉な佇まいが、目の前の男の姿と完璧に重なり合ったのだ。
(この男は……本気で、あのお方が成し遂げられなかった理想を、やろうとしているのか……!)
はらわたの底から突き上げられるような、得体の知れない畏怖。
だが、カルロスは即座にその狼狽を、戦後の混沌を這いつくばって生き抜いてきたリアリストの冷徹な理性で圧し潰した。
(――ハッ、綺麗事だな。)
カルロスの胸の内に、冷ややかな、そして酷く冷めた思考が渦巻く。
どれだけこの目の前の聖職者のような男が戦場で優しさを振り撒こうと、連邦という組織の本質が腐りきっている限り、スペースノイドへの圧政も抑圧も終わりはしない。
南極条約を無視して裏で核武装機を作るような身勝手な巨獣の足元で、一介のパイロットが掲げる独善など、歴史の非情な激流の前にはただの自己満足に過ぎないのだ。現実の泥を啜ったことのない者が抱く理想など、この濁った世界では真っ先に踏み躙られて消える運命にある。
「ははは! なるほど、憎しみの連鎖を断ち切る、ですか!」
カルロスは内心の嵐を完璧に覆い隠し、恰幅の良い胸を張って、いつもの豪快な社長の笑声を応接室の通路へと響かせた。
ポケットから手を出し、ソウヤの肩を叩くような気さくな仕草を見せる。
「タカバ大尉は若くして、実に見事な『武士道』の精神をお持ちだ。弱者を憐れみ、不必要な殺生を避ける。誠に天晴れですな!」
カルロスはそう言って豪快に笑ってみせたが、次の瞬間、その笑みをすっと消し去った。
崩落した天井から漏れる微かな光が、ダークスーツに包まれた恰幅の良い体躯に深い陰影を落とす。
カルロスはソウヤの美しい蒼い瞳を真っ直ぐに見据え、突き放すような冷徹な声音で言葉を続けた。
「だがな、大尉殿。それは戦場を、あるいは人間という生き物の本質を知らぬ者の綺麗事だ。スペースノイドとアースノイド……あなたたち連邦の人間は、その2つの間に横たわる溝を、ただの政治的な利権や居住地の違い程度にしか認識していまい。」
「……利権の違い、だけではないはずです。」
ソウヤは崩れたコンクリートの破片を静かに見つめながら、低い、だが芯のある声で応じた。
「お互いが抱える不信感の根がどこにあるのか。それを見極めなければ、流血は止められない。私はそう考えています。」
カルロスは熱で融解したサーバーの残骸へとゆっくり歩み寄り、煤けた鉄塊を見つめながら自嘲気味に鼻を鳴らした。
「一年戦争の開戦時、サイド3の住民達は『地球連邦からの独立と解放』という熱病に浮かされ、長年蓄積された連邦への激情を爆発させた。だが、その抑圧された民衆のエネルギーをザビ家という独裁者に都合よく利用された結果、我々ジオンが最初にやったことは何だ? 連邦を倒すと言いながら、我々が最も多く殺したのは、他ならぬ同じ同胞であるスペースノイドだった。毒ガスを注入され、質量兵器として叩き落とされたコロニーの犠牲者たちだ。」
その言葉には、ジオンの高級将校として戦火の狂気をつぶさに見てきたカルロスの、血を吐くような苦いリアリズムが乗っていた。
「民衆というものはな、常に一時的な激情に身を任せて、自分たちに都合の良い大義を支持し、それを絶対の正義と錯覚するものだ。戦争の初期、物事が流動的で刺激的に動いている間は、大衆はその激流に身を任せることを快感とし、都合の良い大義を掲げるカリスマへ熱狂的に従う。かつて西暦の時代に欧州を最悪の戦禍に巻き込んだアドルフ・ヒトラー然り、サイド3の住民達が煽り立てたギレン・ザビ然りだ。民衆は自ら思考することを放棄し、独裁者の言葉を己の正義とすり替えて暴走する。」
カルロスの冷徹な歴史の断罪を、ソウヤは真っ直ぐな蒼い瞳のまま受け止めた。
そして、小さく首を横に振る。
「確かに、ギレン・ザビが掲げた選民思想は歪んだ狂気でした。民衆がその熱狂に呑まれたのも事実でしょう。……ですが、それは連邦がスペースノイドの声を無視し、圧政を敷き続けた結果、彼らから『対話への希望』を奪い去ってしまったからではないですか。歪んだカリスマに縋るしかなくなるほど、当時の彼らは追い詰められていたはずです。」
「ほう……連邦の軍籍にありながら、ずいぶんと残党寄りの物言いをする。」
カルロスは再び、日本刀の柄にそっと触れた。
目の前の男の言葉は、あまりにも純粋で、それゆえに鋭くこちらの喉元に突き刺さる。
「……だが、いざ戦争が終わり、平和という名の退屈が戻ってくるとどうだ?」
カルロスは語気を強め、冷酷な現実の構造論をソウヤへ突きつけた。
「激流の流れが緩やかになれば大衆は途端に落ち着き、今度は社会の大義ではなく、自分自身の個人的な都合や損得で物事を測り始める。だが、大義とは国家や組織が掲げる『大まかな目標や方向性』であって、民衆の一人一人の我儘に合わせた精緻なものではない。そうなれば当然、民衆は自分個人の生活に合わない部分を見つけ出し、今度はその政治的施策や法律に対して、一斉に非難の声を上げ始めるのだ。……大義への熱狂から、個人的な不満への失墜。これが社会に新たな不和を呼び、埋めようのない格差を生み出す原因なのだよ。どれだけ手を差し伸べようと、人間の本質が変わらない限り、世界には何度でも新しい憎しみの火種が生まれる。」
重く、昏い静寂がギニアスの執務室を支配する。しかし、ソウヤの蒼い瞳から光が消えることはなかった。
「たとえそれが終わりのない不和のシステムだとしても。」
ソウヤはカルロスの鋭い眼光を正面から見据え、一歩も引かずに言い放った。
「戦場で引き金を引く指を止めることに、意味がないとは思いません。私が生かして元の場所に帰した彼らが、いつかその個人の生活の中で『連邦にも自分たちの命を重んじた者がいた』と思い出すかもしれない。その小さな記憶の積み重ねこそが、大義という名の狂気から民衆を引き剥がす、唯一のブレーキになると私は信じています。」
澱みなく紡がれた、あまりにも揺るぎない覚悟。 カルロスは、己の胸の奥が激しく震えるのを自覚した。綺麗事だと切り捨てるには、この大尉の瞳はあまりにも深く、そして強靭だった。
だが、だからこそ――この崩落したギニアスの執務室の暗がりのなかで、カルロスは冷徹な現実主義者としての言葉の刃を、さらに深く突き立てねばならなかった。
「……確かに、道徳的にはそうかもしれない。大尉殿、あなたのその視点からすれば、それはこの上なく美しく、正しいことなのだろう。私も、君が掲げるその美徳を、決して汚されたくない美しいものであると認めよう。」
カルロスは静かに目を細め、煤けたコンクリートの壁を背にしながら、冷たい声音を響かせた。
「ですがね、大尉殿。それはあくまで『あなたの視点』から見えた光景に過ぎんのだよ。」
「……どういう意味ですか?」
ソウヤは眉をひそめ、その美しい蒼い瞳でカルロスを正面から見据えた。
カルロスはダークスーツのポケットの中で、再び日本刀の柄にそっと触れ、教え諭すように続けた。
「先ほど私は言いましたな。平和になれば民衆は落ち着き、自分個人の生活に合わない部分を見つけ出して、今度はその政治的施策や法律に対して、一斉に非難の声を上げ始めるのだと。大まかな目標や方向性は同じであっても、個々の人間というものは、それぞれ違う考え、全く違う視点を持っているものだ。そこにあるのは、個々の人間の数だけ存在する利己的な現実だよ。」
「ボドリゲス社長、あなたは何が言いたいのですか。」
ソウヤの声に、微かな緊張の鋭さが混ざる。カルロスは恰幅の良い胸を張り、ソウヤの純粋な覚悟を真っ向から否定するように説明を続けた。
「確かに、あなたのその視点や考え、そしてあなたに賛同する人達は、ジオン残党を殺さずに共和国に送還することを人道的な美徳と感じるだろう。だがな、大尉殿。この世界には、あなたとは全く異なる考え、全く異なる視点で生きている人間が確実に存在するのだ。」
カルロスは一度言葉を切り、2年前にこの東南アジアで自らの野望の盾とした、あの騎士の名を口にした。
「例えば――2年前に『水天の涙作戦』を主導した、エリク・ブランケ。……もし彼が生きて君の前に立っていたならば、君のその生ぬるい不殺の行いを、ジオンの誇りに対するこれ以上ない『侮辱』であると激怒し、激しく拒絶したに違いない。」
その言葉は、連邦に都合よく飼い殺されることを拒み、大義の燃料となって散っていった過激派の、剥き出しの怨念を代弁するかのようだった。
「生きて屈辱のなかで連邦に隷属するより、ジオンの誇りを胸に戦場で果てることこそが至高の美徳。そう信じて疑わない視点を持つ者にとって、君の差し伸べる救いの手は、ただの独善的な傲慢であり、辱めでしかないのだよ。大尉殿、君がどれほど綺麗な記憶を積み重ねようと、あなたの美徳が、他者にとっては最悪の悪徳になり得る。それが、人間という生き物が抱える救いようのない不和の正体だ。」
重く、冷徹な空気がギニアスの執務室を完全に支配する。
カルロスが突きつけた「他者の視点」という現実の壁。ソウヤの蒼い瞳は、その言葉の質量をじっと受け止めながら、深く、暗い思索の海へと沈んでいくのだった。
ソウヤは一瞬、蒼い瞳を小さく揺らした。
だが、すぐにカルロスの鋭い眼光を正面から見据え、その凛とした声をギニアス執務室の闇に響かせた。
「……エリク・ブランケ少佐のような誇り高き戦士にとって、敵に生かされることが惨めな辱めになることは理解しています。彼らからすれば、私は独善的な偽善者に見えるでしょう。」
ソウヤはそこで一度言葉を切り、さらに強く地表を踏みしめる。
「ですが、死んでしまえば、その誇りを未来へ繋ぐことすらできません。私は彼らに感謝されたくて指を止めているのではない。彼らがどれだけ私を呪おうと、生きて、いつか戦場の外で本当の平穏を見つけてほしい。そのために、私は全ての呪いを受け入れる覚悟です。」
カルロスは、その恐るべき精神的強靭さに内心圧倒された。
だがだからこそ、はらわたの底から冷ややかな笑みを漏らし、一歩前へ踏み込んだ。
かつて一軍を率いたジオン将校としての圧倒的な威圧感が放たれ、ソウヤを精神的に圧迫していく。
「ハッ、呪いを受け入れる覚悟、か。美しいな大尉殿。だが、お前たちの言う『戦場の外の平穏』など、この地球圏のどこにある?」
カルロスは、連邦政府が戦後に何を行っているか、そして地べたを這うスペースノイドが置かれた本当の地獄を、言葉の銃弾として突きつけた。
「生きて共和国に送還された兵たちが、その後どうなるか知っているか? 故郷のコロニーは一年戦争の傷痕で荒廃し、経済は破綻している。そこへ連邦の役人が乗り込んできて、復興支援の名目で資源を搾取し、逆らう者は『ジオンの残党兵』として再び監視と差別の檻に放り込む。アースノイドの特権階級どもは、宇宙に住む人間をただの『労働力』としか見ていない。重力の檻に囚われた連邦の体制が変わらない限り、彼らに帰る平穏な場所など最初から存在しないのだ。」
カルロスはさらに言葉の刃を研ぎ澄ませ、ソウヤの掲げる「対話と不殺」の根底をへし折るべく、アースノイドとスペースノイドという『構造』の大きさを突きつけた。
「あなたは『連邦にも命を重んじた者がいたと思い出す』と言ったな。だが、彼らが思い出すのは大尉の顔ではない。あなたを生み出し、今も自分たちを経済的に絞り殺そうとしている『地球連邦』という巨大な怪物の影だ。個人がどれだけ善意の手を差し伸べようと、アースノイドとスペースノイドという『全体』が互いを裏切り続ける。その巨大な溝の前に、あなた一人のささやかな祈りなど何の意味もない。」
カルロスの容赦のない言葉が、薄暗い執務室を完全に支配する。
「スペースノイドとアースノイドは、分かり合うことは難しい。あなたがやっているのは、死に場所を求めた戦士から誇りを奪い取り、生き地獄の檻へ追い返しているだけの、残酷なエゴだよ。」
この剥き出しの、そしてあまりにも正論である「構造的絶望」を突きつけられ、ソウヤは衝撃のあまり言葉を失った。
カルロスの言う通り、自分は「生かした後の彼らの現実」を、何一つ直視できていなかった。
個人の間でどれだけ命を救い合おうと、連邦とジオンという巨大な全体論の前に、自分の不殺はただの自己満足に過ぎなかったのではないか。
冷酷な現実に直面し、ソウヤの脳裏を暗雲が覆い尽くしていく。
ぐうの音も出ず、柳のようにしなやかな黒髪をわずかに揺らして、ソウヤはただ沈黙するしかなかった。
完璧だった彼の佇まいに、初めて「言い負かされた」という決定的な敗北の影が落ちる。
ソウヤの沈黙を見届け、カルロスは自分が完全に主導権を握ったことを確信した。
ふっと不敵な笑みを消し、やんわりとしたビジネスマンの口調に戻してこの重苦しい問答を打ち切る。
「……おっと、一民間の不調法者が、連邦のエースを相手に少々偉そうな大局論を語りすぎましたな。忘れてくだされ。綺麗事だけでは歩めぬ道もある。……どうか、お気をつけて、タカバ大尉。」
カルロスはそう締めくくると、出口へとゆっくり歩き出した。ソウヤは胸の内に生まれた、答えの出ない深い迷いと悔しさを引きずりながら、その恰幅の良い背中に従うしかなかった。
カルロスはソウヤの重い沈黙にそれ以上言葉を重ねることなく、手付かずの廃墟から地上へと歩を進めた。
正午の熱帯の太陽が、再び二人の身体を容赦なく焼き付ける。
カルロスは恰幅の良い体躯を揺らしながら、駐車場に停められた連邦軍のジープまで、ソウヤを静かに案内していった。
「ありがとうございました、ボドリゲス社長、チエ秘書。」
ソウヤは無理に大尉としての毅然とした態度を保ちながら、カルロスと、その傍らで完璧なビジネススマイルを浮かべる秘書のヤゴ・チエ中尉へ丁寧に見送りの礼を述べた。
だが、その柳のようにしなやかな背中は、先ほどまでの凛とした覇気を失い、隠しきれない困惑と敗北感で僅かに落ち込んでいるように見えた。
ジープのエンジンが低い駆動音を響かせ、陽炎の立つアスファルトを滑り出していく。
バックミラーの中で遠ざかるソウヤの後ろ姿は、カルロスが突きつけた「構造的絶望」という名の暗雲に、完全に呑み込まれているかのようだった。
「……フン。少々ムキになって、言い過ぎちまったな。」
ジープのテールランプが完全に見えなくなった瞬間、カルロスはダークスーツのネクタイを乱暴に緩め、苦笑交じりに呟いた。
一民間の社長を演じるはずが、あの男のあまりにも純粋な、そして誰かに酷く似た蒼い瞳を前にして、つい元ジオン地上軍少佐としての剥き出しの現実論を叩きつけてしまった。
「珍しいですね、少佐がそこまで他人の理想に言葉を費やすなんて。完全に非効率な熱弁でしたよ。」
チエが眼鏡のブリッジを指先で直しながら、いつもの辛辣なツッコミを入れる。
カルロスは南米系の浅黒い顔を僅かに歪め、懐かしむように遠くの空を見上げた。
「個人的には、嫌いじゃないんでね。むしろ、好感が持てる。……だが、だからこそ敵としては、あまり戦場でやり合いたくない相手だ。ああいう手合いを敵に回すと、こちらの覚悟が鈍る。」
「お褒めの言葉と受け取っておきます。……それで、社長。実際に正面から対峙してみて、あの『不殺の狩人』の感想は?」
チエの問いかけに、カルロスは少しの間を置いて思案した。
軍人としての作法、エースとしての気配、そして何よりも、世界中の憎しみを一人で背負おうとするかのような、あの狂おしいほどの清廉さ。
その時、カルロスの脳裏に、あの男の本質を完璧に言い当てる、これ以上ないほどピッタリな表現が不意に浮かび上がった。
カルロスは日本刀の柄にそっと触れ、確信を込めて小さく呟いた。
「――『殉教者』だ。」
「殉教者、ですか?」
「ああ。自分の信じる美徳のために、すべての呪いと生き地獄を背負って、死んでいこうとする狂信者。奴の正体は、正義の味方なんかじゃねえ。ただの哀れで、恐ろしい殉教者だよ」
カルロスは、ソウヤの行く末に一抹の痛ましさを覚えていた。
理想を掲げて殉じる者が、どのような最期を迎えるか。
一年戦争という地獄のなかで、彼はそれを嫌というほど見てきたからだ。
10月22日、白昼
東南アジアの地でソウヤとカルロスの張り詰めた問答が終わり、互いの心に深い爪痕を残したその瞬間。
地球の裏側の北米では、いよいよ深い夜の帳のなかで、ボルクとドリスのジープが、妖精たちの館があった場所――ティルナノーグ跡地へとその足を踏み入れようとしていた。
カルロスとソウヤの問答、どうでしたか?
崩落した執務室で、カルロスは語った。
民衆は一時的な激情に身を任せ、自分たちに都合の良い大義を掲げたカリスマへ熱狂的に盲信し。
そして平和が戻れば、今度は自分個人の都合に合わない部分を見つけ出し、一斉に非難の声を上げる。
大義への熱狂から、個人的な不満への失墜。
ガンダムの物語は、ギレンやハマーン、デラーズといった「熱狂を煽る側」の姿を描いてきました。
ですが今回、私が疑問に感じていた、乗せられる側――つまり、彼等を支持する民衆のスタンスを問う内容にしました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】で登場する、オリジナルキャラクターで好きなキャラクターは誰ですか?
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ソウヤ・タカバ
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イーサン・ミチェル・オルグレン
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ジル・ペロー
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ケンジ・ナガト
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イヤン軍曹
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ミサキ上等兵
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クラウディア・オルグレン
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ジョージ・オルグレン
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クリフトフ・ハーツクライ
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タケシ・トヨタ
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ナタリア・アルスター
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エミリア・ドットナー
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ジョシュア・ウィルソン
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ノア・ヴェルナー
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カルロス・ボドリゲス
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ヤゴ・チエ
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ロニン・スーウェン
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サン・シータ
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ハドソン少将
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ヒルダ&エイル&カーラの三姉妹