機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第140話 2人のラスト・リゾート【上】

宇宙世紀0083年10月30日 午前8時頃

 

ヒマラヤ山脈の麓へと連なる険しい針葉樹林帯。深い緑に包まれた静寂のなかを、乾いた単気筒のエンジン音が激しく切り裂いていた。

白く立ち上る朝霧を蹴散らし、軽量な軍用オフロードバイクがぬかるみの急斜面を力強く登っていく。

ハンドルを握るソウヤ・タカバ大尉は、起伏の激しい地形に合わせて巧みにギアを操作してさらなる高みを目指していた。

吹き付ける冷たい風が、ヘルメットのシールド越しに彼の蒼い瞳を射る。

 

――この奇妙な単独行は、遡ること3日前の出来事が発端だった。

 

旧アプサラス開発基地の調査を終えたソウヤは、コジマ大隊基地へと戻り、再び資料室の暗がりに籠っていた。

だが、いくら電子アーカイブを漁り、紙の報告書を読み返してみても、リリスから頼まれた『ギニアスの遺産』の正体に繋がる有力な手がかりは一向に手に入らなかった。

 

(やはり、俺のやっていることは無意味な自己満足なのか……。)

 

カルロスに突きつけられた冷徹な現実論が、呪いのように脳裏にこびりついて離れない。

ソウヤが椅子に深く身体を預け、途方に暮れて呆けていたその時、資料室の重い扉を開けてジョシュア曹長が入ってきた。

 

「大尉、ここにいらっしゃいましたか。ラサ基地のサンダースさんから、直通回線で連絡が入っていますよ。」

 

「サンダースから……? 珍しいな。」

 

栄転してラサへ赴任したかつての大黒柱からの報せに、ソウヤは驚きつつもジョシュアに感謝の言葉を述べ、足早に通信施設へと向かった。

施設の座席に座り、回線を繋ぐ。大画面のモニターに映し出されたのは、ドレッドヘアを揺らし、相変わらず岩のように頑強な佇まいを見せるサンダースの顔だった。

 

「曹長、お久しぶりです! 画面越しとはいえ、また顔を見られて嬉しいですよ。」

 

ソウヤが少年のような笑みを浮かべて嬉しそうに用件を尋ねると、サンダースは深く頷き、話を切り出した。

 

「ええ、大尉も元気そうで何よりです。……早速ですが本題を。今度、こちらで若手たちに山岳森林地帯を使ったモビルスーツの現地運用訓練をさせたくて。つきましては、本番の前に自分の代わりにそのルートの事前偵察を行ってくれませんか?」

 

通信の向こうの声に、ソウヤは思わず眉をひそめて不審な息を漏らした。

 

「……事前偵察、ですか? 基礎的な教練は基地の近接地で足りるはずですが……。」

 

普段のサンダースであれば、他人に頼るようなことはせず、すべて自分の足で下調べをこなすはずだった。

彼らしくないその不自然な依頼に、ソウヤが微かな違和感を抱いた瞬間、サンダースは画面の向こうで声を一段と低くした。

 

「ついでなのですがね、大尉。――指定する山奥の座標に、昔のゲリラの知人がおりまして、いまはそこにひっそりと住んでいるのです。個人的な日用品と差し入れの物資を渡してきてほしい。渡してほしい物資のリストを言いますので、メモをお願いします。」

 

「なるほど、お使いというわけですか。いいですよ、あなたの頼みですから。」

 

ソウヤは不審を引っ込め、手元にペンとメモ用紙を用意して書き留める準備をした。

サンダースはソウヤがペンを構えたのを確認すると、淡々と品名を読み上げ始めた。

 

「ギーと呼ばれる、インドの澄ましバター。……彼の好物なんです。」

 

「ニンジンのフレーク。……子供がいるので、その子供用に。」

 

「アルコール消毒液。……ストックが無くなったそうなので。」

 

「スキレット。……使っていた物が壊れたので、新しい物をお願いします。」

 

ソウヤのペンが止まる。

 

「これで全部ですか、曹長?」

 

「ええ。できる限り早く、その座標へ向かって物資を届けてください。よろしくお願いいたします。」

 

サンダースはそれだけを一方的に言い残すと、ソウヤの返事を待たずにパツンと通信を切ってしまった。

誰もいなくなった画面を見つめながら、机の上に広げたメモ用紙に目を落とす。

書き殴られた文字の羅列を、彼は不審に思いながらもう一度、ゆっくりと読み返す。

 

・ギー(インドの澄ましバター)

 

・ニンジンのフレーク

 

・アルコール消毒液

 

・スキレット

 

その瞬間、ソウヤの指先がピタリと硬直した。

各行の頭文字が、恐ろしいほど規則正しく並んでいる。

 

(――ギ、ニ、ア、ス……!?)

 

リストの頭の文字を縦に繋げて読んだ瞬間、ソウヤの背筋に冷たい戦慄が走った。

それは単なる偶然の一致などではない。連邦軍の厳しい通信傍受を完全に潜り抜けるために、サンダースがわざわざ仕組んだ、隠された暗号メッセージだったのだ。

ソウヤはメモを握り締め、そこに遺された決定的な手がかりの座標を睨み据えた。

暗雲に覆われていた彼の蒼い瞳に、覚悟の光が灯ろうとしていた。

 

 

 

 

エンジン音を響かせながら、ソウヤはサンダースから指定された座標を目指して、ひたすらバイクを走らせていた。

 

その間も、彼の脳裏には一つの疑問が渦巻いていた。

 

(なぜサンダース曹長は、情報を直接言わなかったんだろうか……。)

 

軍の盗聴を警戒したのだとしても、あそこまで徹底した暗号を使う必要があったのだろうか。

数々の疑問が頭を過る。しかし、共にジオン残党を宇宙へと帰し、あの過酷な戦技競技会を勝ち抜いて世界王者の栄冠を掴み取った無二の仲間だ。

サンダース曹長があのような回りくどい真似をしたのには、絶対にそれ相応の、言葉にできない重大な理由があるはずだとソウヤは確信していた。

深い思考を巡らせながら、うっそうとした針葉樹の坂道を登りきった、その瞬間だった。

唐突に視界が開け、ソウヤの目に絶景が飛び込んできた。

 

「……綺麗だ。」

 

思わず声が漏れる。そこには、鏡のように澄み切った美しい湖畔が広がり、さらにその遥か奥には、雄大なヒマラヤ山脈の白銀の連峰が、青空へと突き刺さるように美しく連なっていた。

戦後の焦土となった地球に、まだこれほど美しく汚れなき楽園が残されていたのかと、ソウヤは息を呑んだ。

バイクを停めて降りたソウヤは、驚きと共に辺りを見回した。

湖畔のすぐ近く、木々の間にひっそりと佇む、手作りの丸太の山小屋。その前には、同じく丸太を削って作られた素朴な机と椅子が置かれていた。人の生活の気配が、確かにそこにはあった。

ソウヤは呼吸を整え、背中に背負ったザックの物資の重みを感じながら、バイクを押してゆっくりと山小屋へと近づいていった。

カサリ、と背後の草が揺れる音がした。

 

「――君かい?サンダースが言っていた、ソウヤ・タカバは?」

 

ソウヤは咄嗟に後ろを振り返った。

振り返ったソウヤの蒼い瞳が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれる。

そこに立っていたのは、左足を失った身体を、木で作られた松葉杖で支えている一人の男性だった。

 

「……あ。」

 

ソウヤの指先から力が抜け、ガッシャァンと音を立てて押していたバイクが地面に倒れ込んだ。

しかし、それを起こそうとする思考すら、今の彼の頭からは完全に消失していた。

ソウヤはその場に硬直したまま、ただただ絶句するしかなかった。

見紛うはずがなかった。

目の前に立っているその男は、ブリティッシュ作戦によって毒ガスを注入され、質量兵器として落とされたアイランド・イフィッシュから、奇跡の生還を果たした士官候補生。

そして――4年前のアプサラス開発基地攻略戦の最中、巨大MAと共に相打ちとなり、公式には「M.I.A.」として処理されていたはずの、かつての同期。

シロー・アマダだった。

 

「おっと、悪い。……やっぱり、いきなり驚かせすぎちまったな。」

 

 シローは倒れたバイクと、幽霊でも見たかのように青ざめているソウヤの様子を見て、頭を掻きながら不器用そうに苦笑した。

 

「し、シロー・アマダ……生きていたのか……。」

 

あまりの衝撃に、ソウヤの膝から完全に力が抜けてしまう。

支えを失った身体がガクリと崩れ落ち、ソウヤは地べたへと、そのまま腰を抜かして座り込んでしまった。

シローは困ったように眉を下げて苦笑すると、松葉杖を器用に操りながらソウヤへと近づいた。

 

「おいおい、大丈夫か? 連邦軍の期待の大尉殿が、地べたに座り込んじゃ格好がつかないぞ。」

 

シローはそう声をかけながら、松葉杖を片手で支え、空いた右手をソウヤの目の前へと差し出した。左足を失ってはいるものの、その差し出された手には、かつて第08MS小隊を率いて過酷な密林戦を生き抜いてきた戦士としての頑強な力が今もなお満ち満ちていた。

 

「ほら、立てるか? ひとまず倒れたバイクを起こして、そこの丸太の椅子に移動しよう。サンダースから預かった『お使いの品』も、早く下ろしたいだろうしな。」

 

シローの屈託のない、それでいて包み込むような温かい笑顔がソウヤの蒼い瞳に映る。

死んだはずの同期からのまっすぐな手。

ソウヤはシローの手を借り、未だに信じられないという奇妙な感覚のなかで、ゆっくりと立ち上がった。

倒れたバイクを起こすと、2人は湖畔の丸太で作られた机と椅子の席へと移動した。

ソウヤが背負っていた重いザックを下ろすと、シローは深く息を吐きながら丸太の椅子に身体を預けた。

 

「……まずは、サンダースのやつが世話になったな。ありがとう、タカバ大尉。」

 

シローは屈託のない笑顔のまま、まっすぐにソウヤを見つめて深く頭を下げた。

 

「風の噂で聞いていたよ。君が東南アジアでジオンの残党を極力殺さずに共和国へ送還していること。そして去年の競技会で、サンダースと共に優勝を果たしたこともな。あいつが曹長に昇進できたのも、君が隊長として居場所を守り、引き上げてくれたおかげだ。本当に……感謝している。」

 

かつての戦友を心から労うシローの言葉に、ソウヤは首を横に振り、いつもの実直で謙遜した態度で応じた。

 

「いえ、滅相もありません。自分の方こそ、サンダース曹長には数え切れないほど助けられてきました。俺に東南アジアの過酷な密林での戦い方を叩き込んでくれたのも、暴走しがちな小隊のメンバーをまとめてくれたのも、すべて曹長です。あの人がいなければ、今の第4小隊はありませんでした。」

 

ソウヤの誠実な言葉を聴き、シローは松葉杖を傍らに立てかけながら、少しだけ寂しげに目を伏せた。

 

「あいつが君のところで輝けたと聞いて、本当に安心したよ。……俺が軍を抜けて勝手な真似をしたせいで、あいつには『スパイの身内』としてずいぶんと不遇な扱いをさせてしまった。ずっと、俺のせいで迷惑をかけちまったって、胸の奥でトゲのように引っかかっていたんだ。」

 

シローが背負い続けていた、かつての部下への苦い悔恨。

それを聞いたソウヤは、あの頑強なサンダースの、内に秘めた熱い眼光を思い出し、確信を込めてシローの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「そんなことはありません。サンダース曹長は今でも、あなたのことを深く慕っています。あの人は『アマダ隊長が掲げた理想を叶えたかった』と、俺に話してくれました。あなたの生き方があの人の魂を救い、そして今、俺を支えてくれているんです。」

 

その言葉を耳にした瞬間、シローの瞳にじわりと熱いものが浮かんだ。

彼は驚いたように目を瞬かせた後、本当に嬉しそうに顔を綻ばせて笑った。

 

「……そうか。あいつ、今でもそんな風に言ってくれるのか。はは、相変わらず義理堅い奴だな、サンダースは……!」

 

シローは照れ隠しのように目元を乱暴に拭いながら、空を仰いで本当に幸せそうに呟いた。

あの日の絆が、今も自分の知らない戦場で生き続けていたことに、魂の底から救われたような表情だった。

 

「――おっと、そうだった。今回の君の目的は、俺じゃなかったな。」

 

シローは照れくさそうに笑いながら、立てかけていた松葉杖を再び器用に掴んで立ち上がった。

そして、湖畔の静寂を破るように、素朴な山小屋の方へと向かって声を張り上げた。

 

「ジャンヌ、来てくれ! サンダースが言っていたお客さんだ。」

 

その呼び声に応じるように、山小屋の木製の扉が静かに開いた。

中から現れたのは、一人の美しい女性。

そして、女性のスカートの裾を小さな手できゅっと握りしめた、2歳くらいの可愛らしい女の子だった。

その幼い女の子――チサは、母親譲りの整った顔立ちと気品ある瞳を受け継ぎながらも、髪だけは父親であるシローによく似た、艶やかな黒髪を揺らしている。

そして母親である『ジャンヌ』の、陽の光を浴びて淡く輝く薄い緑色の綺麗な髪。すべてを見透かすような、深く美しい緑の瞳。

 

「あ……!」

 

ソウヤはその女性の顔を真っ直ぐに見つめた瞬間、1年前のラサの出来事が甦る。

見間違うはずがなかった。

今から1年前、あの活気に沸くラサ基地の広場で、高熱を出した子供の薬を必死に取り戻そうとし、傲慢な連邦軍の若手士官たちにジオン訛りを理由に絡まれていた、あのフードの女性だったのだ。

ソウヤは丸太の椅子から立ち上がり、深く一礼した。

 

「お久しぶりです。あの時、広場でフードを被っていらした方……ですね?」

 

「ええ、お久しぶりです。」

 

女性は慈愛に満ちた穏やかな微笑みを浮かべ、抱き上げてチサをあやしながら、丁寧に頭を下げた。

 

「あの時は本当にありがとうございました。あなた様が命懸けで庇ってくださったおかげで、私は無事に薬をこの子に届けることができました。このチサが今こうして元気に生きていられるのは、あなたのおかげです」

 

「俺からも、もう一度お礼を言わせてくれ。ソウヤ、俺の命よりも大切な家族を救ってくれて、本当にありがとう。」

 

シローもまた、チサの黒髪を愛おしそうになでながら、ソウヤの手を強く握りしめた。

かつての助けた女性が、同期の妻であり、助けた命が目の前の幼い娘だったという繋がりに、ソウヤは胸が熱くなるのを感じた。

だが、それと同時に、先ほどシローが口にした言葉が、鋭いトーンとなって彼の脳裏に引っかかった。

 

「……シロー。先ほど、彼女が私の目的とは、一体どういう意味なんだ?」

 

ソウヤの真っ直ぐな蒼い瞳を受け止め、シローは笑みを消し、1人の男としての重々しい声音で、世界の隠された真実を告げた。

 

「彼女は今、この地で『ジャンヌ』と名乗ってひっそりと暮らしている。だけど……彼女の本当の名前は、アイナ・サハリン。……かつてこの東南アジアでアプサラス計画を主導した、ギニアス・サハリンの実の妹だ。」

 

「――な、なんだと……っ!?」

 

ソウヤは弾かれたように息を呑み、衝撃のあまりその場に凍りついた。

軍の極秘アーカイブ、臨時の戦闘報告書。

そこには確かに、アイナ・サハリンは『M.I.A.』と刻まれていたはずだった。

サハリン家の最後の生き残りが、いま、自分の目の前に立っている。

それはつまり、自分が追っている、『ギニアスの遺産』の答えを持っている人物が、目の前にいることを意味していた。

 

(だから――サンダース曹長は、あの通信で何も直接言えなかったんだ。)

 

ソウヤは喉の奥を締め付けられるような、強烈な納得と共に息を呑んだ。

もし、サンダースがラサ基地からの極秘通信で「シロー・アマダが生きていた」「アイナ・サハリンがラサの山奥にいる」などと直接口にしていれば、軍の通信傍受に引っかかった瞬間、この美しい湖畔の平穏は一瞬にして破滅し。

それどころか、2人を匿っていたとして、サンダース自身も、そして第4小隊も軍法会議へかけられていたに違いない。

だからこそ、サンダース曹長は「候補生の山岳訓練の事前偵察」という軍事的名目でカモフラージュし、物資の頭文字を使った『ギニアス』という縦読み暗号で、ソウヤにすべてを託したのだ。

 

(曹長は、俺を信じてくれたんだ。俺がこの2人の平穏を絶対に壊さないと、すべてを賭けて……。)

 

ソウヤは胸の奥が熱く震えるのを感じながら、ゆっくりと拳を握り締めた。

サンダースが自分に託したバトンの重み、そして「お使いの物資」としてリストアップされた薬や日用品が、この家族の生活を支えるための切実な必需品であったという事実に震えていた。

 

「驚かせてしまって、本当にごめんなさい。」

 

アイナ――いまは『ジャンヌ』と名乗る女性は、ソウヤの蒼い瞳に宿る激しい動揺と、その奥にある深い理解を察したように、チサを優しく抱き直しながらもう一度静かに頭を下げた。

 

「あなたが今、北米の不穏な動きと、兄であるギニアスが遺した遺産を追ってることは、すべて伺いました。サンダースさんがあなたをここへ遣わした理由も、分かっています。……私でお力になれることなら、何でもお話しいたします。」

 

薄緑の美しい髪を風に揺らしながら、アイナは丸太の机の対面へと、ソウヤを優しく促すように座るのだった。

 

「カート、チサをお願いできるかしら?」

 

アイナが優しく微笑みかけると、シローは「ああ、分かった。ゆっくり話すといい」と深く頷いた。

彼は妻からチサをそっと受け抱くと、幼い愛娘と共に丸太の山小屋の中へと静かに消えていった。

湖畔には、乾いた夜風の残影を孕む朝風と、ソウヤ、そしてアイナの2人だけが残された。

アイナは薄緑の美しい髪を風になびかせながら、丸太の椅子の対面へと静かに腰掛けた。

その深く美しい緑の瞳が、カルロスとの問答以来、答えのない迷いのなかで微かに曇っているソウヤの蒼い瞳を、包み込むように真っ直ぐに見据える。

 

「タカバさん。あなた様が追っていらっしゃる、兄の『遺産』……。その本当の正体が何であるか、私からお話しいたしますわ。」

 

アイナは一度、静かに目を伏せ、かつてアプサラス開発基地のなかで見た兄の狂気と、あの巨大なモビルアーマーの姿を呼び起こすように、凛とした声音で告白を始めた。

 

「兄、ギニアスが遺した『遺産』の正体……それは、巨大なモビルアーマーを重力下で浮上・飛行させるための、ジオン製の『ミノフスキー・クラフト・システム』です。」

 

「――ッ! ミノフスキー・クラフトの……システム……!?」

 

ソウヤは弾かれたように身を乗り出し、衝撃のあまり息を呑んだ。

ミノフスキー・クラフト。

それは地球連邦軍の象徴であるペガサス級強襲揚陸艦などに搭載されている、ミノフスキー粒子を利用した疑似反重力で浮遊する最先端技術だ。

だが、そのシステムは莫大なエネルギー消費と制御の難解さから、連邦の技術をもってしても戦艦クラスしか搭載されなかったテクノロジーだ。

ジオン側ではアッザムなどに低性能版が使われていが、ギニアス・サハリンは自分が開発したアプサラスに完全な物を搭載することに成功していた。

 

「……待ってください、ジャンヌさん。」

 

ソウヤは蒼い瞳に鋭い疑問を宿らせ、テーブルに身を乗り出して指摘した。

 

「確かに、連邦軍でもペガサス級のような巨大な強襲揚陸艦にしか搭載できなかったミノフスキー・クラフトを、あのサイズで制御するシステムは驚異的です。ですが……それはあくまで、モビルアーマーを空中へ浮かせるための技術、形のないデータに過ぎない。それがなぜ、北米大陸全体を恐怖に陥れるほどの、『脅威』に直結するのかが信じられないんです。システムだけで、連邦軍がそこまでパニックになるものでしょうか?」

 

ソウヤの至極真っ当な疑問を、アイナは悲痛な眼光を湛えたまま、静かに首を振って肯定した。

 

「ええ、その通りですわ。モビルアーマーを浮かせるだけのシステムなんて、ハードがなければただの電子の羅列、ソフトに過ぎません。……ですが、もしも。そのプログラムを組み込めば、世界を滅ぼしかねない機体が、北米に眠っていたとしたら、どうなるでしょうか?」

 

「まさか……北米に、ミノフスキー・クラフトを搭載したモビルアーマーが、実戦配備の状態で眠っているというのですか!?」

 

ソウヤの喉から絞り出された問いに対し、アイナはその唇から、宇宙世紀の歴史を血に染めたあの恐るべき怪物の名前を紡ぎだした。

 

「ええ。……その機体の名前は、『ビグ・ザム』です。」

 

「ビグ、ザム……ッ!!」

 

その名が落とされた瞬間、ソウヤは文字通り息の根を止められたかのように驚愕し、絶句した。 聞き間違うはずがない。

3年前の一年戦争末期、宇宙要塞ソロモンを舞台に、ドズル・ザビ中将が自ら搭乗して連邦軍を道連れにすべく猛威を振るった、あの悪魔の巨大モビルアーマー。

その怪物の名が、まさかこの地球の、北米に現れるなどとは夢にも思っていなかった。

ソウヤの動揺を真っ直ぐに受け止めながら、アイナはかつてジオンの最高機密に触れる立場にいたサハリン家のお嬢様として、隠されたビグ・ザムの『本当の仕様』を冷徹に説明し始めた。

 

「ソロモンで戦ったビグ・ザムは未完成のまま、急遽実戦投入されたに過ぎません。あの機体は元々……ギレン総帥が直々に開発を指示した、地球連邦軍の本拠地である『ジャブロー攻略用』のモビルアーマーです。本来の設計仕様は、無数の全方位メガ粒子砲、ビームを完全に無効化するIフィールド、そして――兄が開発した完全な『ミノフスキー・クラフト』。それらをすべて搭載し、宇宙から直接大気圏を突破して、そのままジャブローの頭上へと降下し、ジャブローを直接攻撃するために開発された、決戦兵器です。」

 

 

「ジャブロー攻略用……。ビグ・ザムに、元からミノフスキー・クラフトが搭載される予定だった、というのですか……!」

 

ソウヤは衝撃のあまり言葉を失い、手の平にじっとりと冷や汗がにじむのを自覚した。

未完成のビグ・ザムすら、甚大な犠牲を払ってようやく撃破したのだ。

もしも、その完成形である『重力下を自在に飛行し、ビームを弾き、圧倒的な大火力で地表を焼き払う真のビグ・ザム』がシステムを得て起動してしまったら、大惨事になることは明らかだ。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂に「ギニアスの遺産」が判明、その正体はギニアスが開発したジオン製のMA用のミノフスキー・クラフトのシステム。
そして、カルロスが準備し、アイロスが強奪した決戦兵器の正体は「ビグ・ザム」でした。
しかし、まだまだ謎がありますので、最後まで読んでくだされば、大変嬉しいです。
アイナとシローの偽名は小説版の方を参考にしました。

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