機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第16話 激闘のキャリフォルニア・ベース【上】

キャリフォルニア・ベースの港湾を、11時の陽光が眩しく照らす。

澄み切った空の下、視認性の高い戦場に連邦軍の総力戦が火蓋を切る。

港の背後の平野から、ビッグトレーの主砲が轟き、ガンタンクの120mm低反動キャノン砲がジオン軍の防衛線に砲弾を叩き込む。

爆発の衝撃波がコンクリート岸壁を震わせ、港の倉庫群やクレーンが炎と黒煙に呑まれる。

マスドライバーの巨大な構造物を慎重に避け、精密に調整された砲撃がジオン軍の対空砲台やドックを粉砕。

歩兵の怒号、セイバーフィッシュの甲高いジェット音、61式戦車のキャタピラが港の舗装を軋ませ、潮の匂いと爆発の残響が戦場の空気を切り裂く。

上空では、連邦軍の重爆撃機デブロッグと戦闘爆撃機フライマンタが編隊を組み、港湾施設を低空で急襲。

爆撃機の編隊は爆弾を投下し、資材ヤードや補給庫が爆炎に包まれる。

ジオン軍のザクIIとドムが迎撃に動き、赤いモノアイが光る。

ザクのマシンガンが火を噴き、ドムのジャイアント・バズが轟音と共にフライマンタを撃ち落とす。

数機のデブロッグが黒煙を上げて海面に墜ち、波しぶきが岸壁を濡らす。

砲撃と爆撃が収束し、港に一瞬の静寂が訪れる。

だが、それは連邦軍のモビルスーツ部隊の進攻を告げる前触れだった。

港の舗装路に、連邦軍のモビルスーツ部隊がコンクリートを踏みしめて進む。

ジム・ドミナンス、量産型ガンキャノン、陸戦型ジム改の装甲が陽光を反射し、戦場の緊張感を高める。

オリオン小隊は先頭集団に位置し、イーサン・ミチェル・オルグレン少佐のジム・ドミナンスが重厚な足音を響かせる。ソウヤ・タカバ少尉の量産型ガンキャノンは肩部キャノンを構え、ヤザン・ゲーブル曹長の陸戦型ジム改はスラスターの唸りと共に前進。

通信機から、キャリフォルニア・ベース奪還作戦の司令官の声が全軍に響き渡る。

 

「全部隊、突入せよ! マスドライバーを確保し、ジオンを駆逐しろ!」

 

司令官の号令が港の空気を震わせ、連邦軍の各部隊が一斉に応答する。

 

「こちら、第11独立機械化混成部隊! 突入を開始する!」

 

ブルーディスティニー1号機の青い装甲が輝き、ジム・ドミナンスとジム・コマンドキャノンが港の外縁から舗装路を進み、ジオン軍の陣地に突入する。

 

「SRT-ユニット1、前進します!」

 

陸戦型ガンダムの重厚なシルエットが先頭を切り、量産型ガンキャノンとジム・コマンドが敏捷な動きでコンビナートの隙間を突く。

 

「オリオン小隊、突入了解! 前進する!」

 

イーサンの力強い声が通信に響き、ジム・ドミナンスがキャリフォルニア・ベースの倉庫郡を先頭で進む。

ソウヤの量産型ガンキャノンが敵の動きを捕捉し、ヤザンの陸戦型ジム改がビームライフルを構えて続く。

しかし、ヤザンの動きには微かな淀みがある。

昨日、集結地点でのレナー卜中尉との乱闘が彼の心を乱していた。

ソウヤの「仲間」という言葉、新型ビームライフルを譲った決断。

それらがヤザンの心を揺さぶり続けていた。

「俺のせいで…」という後悔が、戦場の喧騒の中で彼の胸を締め付ける。

ジオン軍のザクIIとドムが港のドックから反撃態勢を整え、赤い単眼が陽光に光る。

港湾のコンクリートが戦火に染まり、連邦軍とジオン軍の総力戦が始まる。

キャリフォルニア・ベースの命運が、陽光と爆炎の下で試される。

 

オリオン小隊が倉庫郡の奥に進むと、モビルスーツ用のコンクリートバリケードが通路を塞ぐ。

バリケードの陰にはザクIIの1個小隊が待ち構え、ザク・マシンガンの銃口を向ける。

 

「キャノン砲で先制攻撃します!」

 

ソウヤの量産型ガンキャノンが肩部キャノンを動かし、砲弾を放つ。

轟音と共にバリケードが粉砕され、破片と黒煙がザクIIの視界を奪う。

 

「今だ!」

 

イーサンが叫び、ジム・ドミナンスが二連ビームライフルを構える。

赤い閃光が通路を切り裂き、ザクIIの装甲を貫通。

爆発が倉庫郡の壁を照らし、ザクIIが火花を散らして倒れた。

ソウヤのロケット・ランチャーがザクⅡ1機を仕留め、爆炎が立ち上る。

ヤザンの陸戦型ジム改が続くが、反応が一瞬遅れる。

レナートの嘲笑が頭をよぎり、動きに淀みが生じる。

 

「くそっ…!」

 

ヤザンが歯を食いしばり、ビームライフルでザクIIを狙うが照準がブレ、肩部装甲を僅かに削るくらいに留まる。

 

「ヤザン、集中しろ!」

 

イーサンの鋭い声が通信に響く。

 

「了解!」

 

ヤザンは応じるが、声には昨日の出来事の後悔が滲む。

ソウヤがフォローに入り、キャノン砲で最後のザクIIを撃破する。

 

「敵機排除! クリアです!」

 

ソウヤの声は冷静だが、ヤザンへの一瞥に気遣いが滲む。

 

「よし、指定されたポイントへ急げ!」

 

イーサンが号令をかけ、オリオン小隊はキャリフォルニア・ベースの奥へ進む。

 

 

 

 

 

次のエリアへ移動中、ソウヤは量産型ガンキャノンのコックピットで昨日の出来事を思い返す。

乱闘から1時間後、レナー卜の部下がオリオン小隊の野営陣地に現れた。

イーサンが新型ビームライフルの譲渡書類を手渡すと、ミサキ上等兵が泣き崩れる。

 

「それは…ヤザンのために……用意したのに…!」

 

彼女の声は、陸戦型ジム改への愛着と悔しさで震えていた。

イヤン軍曹がミサキを慰め、ヤザンは下を向いて申し訳なさそうに立ち尽くす。

レナー卜の部下が書類とビームライフルを確認し、トラックで持ち去った。

ビームライフルを乗せたトラックが視界から消えたことを確認するとイーサンはヤザンに近づき、肩に優しく手を置いた。

 

「お前とソウヤが無事で良かったよ。」

 

ヤザンは悔しさを滲ませ、「俺のせいで武器が…!」と呟いた。

 

イーサンは穏やかに答えた。

 

「大事なお前たちを失わなかったことが一番だ。明日のキャリフォルニア・ベース、力を合わせよう。」

 

ヤザンは少し考え、「分かりました」と仮眠場所に戻る。

ソウヤも指示に従い、仮眠を取るために下ろうとした。

その時、イーサンが整備班長のナガト中尉に近づき、「例の細工はしておいたか?」と尋ねる声が耳に入る。

ナガトの答えは自信に満ちていた。

 

「しておいた。奴等では分からないだろう。」

 

二人の不穏な会話が、ソウヤの胸に微かな不安を刻むのだった。

 

 

回想から覚め、ソウヤは格納庫のエリアに差し掛かる。

オリオン小隊の進行方向から、ジオン軍のドム3機の1個小隊が熱核ホバーを唸らせて襲い掛かる。

ジャイアント・バズの砲口がオリオン小隊を捉え、放たれた砲弾がジム・ドミナンスのシールドを揺らし、コンクリート壁がひび割れる。

 

「ドム3機、12時方向!」

 

ソウヤが叫び、量産型ガンキャノンのキャノン砲を放つ。

放たれた砲弾はドムの胴体に直撃し、直撃したドムは勢いよく道路を転がりながら爆散。

もう一機のドムは熱核ホバーの高機動で回避し、格納庫の陰に隠れる。

 

「速い!」ソウヤが舌打ちする。

 

「ソウヤ、左をカバー! ヤザン、俺と正面を!」

 

イーサンが指示を出し、ジム・ドミナンスが二連ビームライフルを構え、倉庫に向かって放つ。

二連ビームライフルから放たれたビームは倉庫の壁ごとドムの装甲を貫き、倉庫の向こう側から爆発の爆炎が起きる。

ヤザンはビームライフルを構えるが、レナー卜の「獣は獣だ」という言葉が頭をよぎり、照準が揺れる。

ドムのバズーカが発射される。

 

「ヤザン、動け!」

 

イーサンの声が通信で響く。

ヤザンはハッと我に返り、スラスターを吹かして回避。

ビームライフルでドムの右脚の装甲を大きく溶かし、相手の動きを鈍らせた。

ソウヤは相手が機動を落とした瞬間を狙い、ロケット・ランチャーを撃つ。

放たれたロケット・ランチャーの砲弾はドムのコックピットを爆散させ、破片が道路に散乱する。

 

「敵排除! 目的地に向かうぞ!」

 

イーサンが叫ぶ。

 

オリオン小隊は近くの倉庫の陰に身を隠す。

周囲では他のモビルスーツ部隊の戦闘音が響き、ジムのビームスプレーガンやザクのマシンガンの連射音が戦場に響き渡る。

爆発の閃光が遠くの戦場を照らし、硝煙が空気を満たす。

イーサンが通信機越しに声を張り上げる。

 

「よし、無事にキャリフォルニア・ベース内に入れた。もう一度、俺たちの任務を確認するぞ。」

 

私とヤザンは、イーサンの話をコックピットで聞く。

 

「諜報班の調べでは、フラナガン機関を乗せたHLVがかなり先にある。俺たちは敵を倒しつつ、目的のHLVに向かう。」

 

「了解です、隊長。」

 

私は即座に応答する。

ヤザンは無言のまま、陸戦型ジム改のコックピットで視線を落とす。

昨日の一件の後悔が、彼の心に影を落としている。

イーサンは続けた。

 

「フラナガン機関の技術は連邦軍にとっては脅威だ。フラナガン機関が搭乗したHLVを確保できれば、戦争の流れが変わる。気を引き締めろ。」

 

 

 

 

 

 

すると、私の量産型ガンキャノンのセンサーが、微弱な動体反応を捉える。

モビルスーツ級ではなく、人間サイズ。

戦場で最も油断ならない存在、歩兵だ。

 

「隊長、ヤザン! 右側通路に動体反応複数! 動体反応微弱、歩兵規模! 警戒を!」

 

イーサンのジム・ドミナンスが即座にシールドを構え、ヤザンの陸戦型ジム改もビームライフルを下段に構える。

私はキャノンを通路に向けて、照準を対人モードに切り替える。

銃口を向けた建物の影から現れたのは、白い腕章を巻いた10人規模のジオン軍衛生部隊だった。

担架に負傷兵を3人、血が滲んだ包帯が巻かれている。

彼らは軍病院へ向かおうと、建物の影から私の様子を慎重に見ていたようだ。

イーサンが外部スピーカーを開く。

 

「こちら連邦軍オリオン小隊! 貴官らは衛生兵か? 」

 

衛生兵のリーダーらしき男性隊員が手を掲げながら建物の影から現れる。

 

「ジオン軍キャリフォルニア・ベース軍病院付き衛生班! 負傷者搬送中です! 南極条約に基づき、戦闘行為は控えてください!」

 

イーサンの声が落ち着く。

 

「了解だ。南極条約に基づき、俺たちは攻撃しない。道路を横断しろ。貴官らの安全を保証する。」

 

衛生兵たちは互いに視線を交わし、安堵の息を吐く。

リーダーが深く頭を下げ、「……感謝します。本当に……」と呟く。

担架の負傷兵の一人が弱々しく手を伸ばし、「母さん……母さん…」と漏らす声が通信に混じる。

イーサンがさらに尋ねる。

 

「軍病院の状況は? 負傷者の数は?」

 

衛生兵は軍病院がある方向を指差しながら答えた。

 

「屋上に赤十字旗を掲げています! まだ多くの負傷兵が……すぐそこです!」

 

イーサンは衛生兵が指差した方向を確認すると壁に赤い十字架が描かれ、屋上に赤十字の旗が掲げられた建物があった。

 

「確認した、こちらの方から司令部にこのエリアへの砲撃を控えるように進言しておこう。」

 

ジオンの衛生部隊はジム・ドミナンスに敬礼するとゆっくりと道路の横断を始める。

担架が揺れ、血がアスファルトに滴る。

 

 

1人、2人、3人……衛生部隊が道路の中央へ差し掛かった瞬間――赤いビームの奔流が横断していた衛生兵達を飲み込む。

 

 

衛生兵たちの悲鳴を出す暇もなく、担架ごと肉体が蒸発。

横断の真ん中で、全員が跡形もなく消え去り、アスファルトに黒く溶けたクレーターだけが残った。

 

「なっ……!?」

 

私が息を呑む間もなく、衛生部隊が向かおうとした軍病院がロケット弾とビームの集中砲火に晒される。

屋上の赤十字旗が炎上し、壁の十字架が崩壊。

内部から絶叫が迸り、爆風が負傷兵たちの命を一掃する。

イーサンのコックピットから、激しい怒号が爆発する。

 

「誰だ!! 攻撃したのは!!」

 

隊長の声に、普段の冷静さが吹き飛び、純粋な憤怒が通信を震わせる。

 

オリオン小隊は攻撃方向を振り向く。

 

 

振り向いた先には黒く塗装されたジム・コマンドが左右に二機。

中央にはガンダムタイプのようなヘッドパーツを装着した黒いモビルスーツが1機が存在していた。

肩に黒い犬のエンブレム。

そして、ヤザンはガンダムタイプらしきモビルスーツが右手に持っている武器に凍りつく。

 

「なぜ……そのビームライフルが…?」

 

そのモビルスーツの手にはヤザンが受領するはずだった新型ビームライフルを持っていた。

隊長や整備班が調達し、ミサキが泣きながら手放した、あのビームライフルが黒いMSの手にあった。

イーサンの激怒が通信機を震わせる中、彼は即座にオープンチャンネルを開き、黒いモビルスーツ部隊へ通信を叩き込む。

 

「お前達か!? 衛生部隊を攻撃したのは!?」

 

黒いガンダムタイプのコックピットから、嘲るような応答が返る。

 

「こちら、ブラックドッグ隊。レナー卜・ジェルミ中尉です。昨日ぶりですね、オルグレン少佐殿。」

 

通信から昨日の乱闘相手のレナー卜の声が響き渡る。

私は量産型ガンキャノンのコックピットで息を呑み、イーサンのジム・ドミナンスが一瞬硬直する。

ヤザンの通信からは、怒りと屈辱、罪悪感が入り交じった荒い呼吸が漏れ聞こえる。

 

「先の攻撃はなんだ!? あれは南極条約違反だぞ!」

 

イーサンの声は、抑えきれない怒りで震えていた。

 

南極条約――核兵器や大量破壊兵器の使用禁止、捕虜・負傷者の保護を定めた一年戦争の戦時条約。

衛生兵と病院の攻撃は、それを踏みにじる蛮行だ。

 

レナー卜の笑いが通信に響く。

 

「あれはジオンですよ? コロニー落としたキチガイ共だ。戦争はルール無用の殺し合いの場、ジオン相手なら何してもいいと思いますよ?他の味方の為にも、数を減らすのが妥当でしょう。」

 

命を軽視した、冷徹な言葉。

衛生兵の命など、ジオンだからというだけでゴミ同然扱い。

レナー卜の価値観が剥き出しになる。

 

イーサンの拳が操縦桿を叩く音が聞こえるほど、彼の怒りが頂点に達する。

 

「確かにジオンはコロニー落としをした。だが、負傷した兵士や病院を攻撃する行いはコロニー落としをした外道と変わらない!」

 

イーサンの糾弾に、レナー卜は喉を鳴らして大笑いする。

 

「はははは、なるほどねー。少佐殿はルールをしっかりと守られ、綺麗事が好きなようだ。しかし、こんな戦争をしてる時点で意味があるのですか? これは戦争、勝たなきゃ、意味がない殺し合いだ。勝ったやつの道理が通って、負けたやつの道理は踏みにじられる。そんなもんでしょう?」

 

 

「貴様!!」

 

イーサンの咆哮が通信を切り裂く。

 

ヤザンは陸戦型ジム改のコックピットで崩れた病院と衛生兵達の成れの果てをモニターで見渡し。

自分が受領するはずだった武器で起きた惨劇に衝撃を受け、呻き声を漏らしていた。

 

「あ……ああああ!」

 

レナー卜の言い分に、ある程度の理解はできる。

戦場での戦いによる、命のやり取りは正しい。

銃口を向け合い、凌ぎを削り合い、互いの命を懸けた純粋な闘争。

それが歩兵から這い上がったヤザンの信条だ。

レナー卜の「勝たなきゃ意味がない殺し合い」という言葉も理解できる。

同じ土俵で命を奪い合う、それが戦争の道理だ。

だが、目の前の蛮行が、ヤザンの胸を抉る。

負傷した者を必死に運ぼうとした衛生兵。

故郷に帰ることを望んだ担架で運ばれていた負傷兵。

負傷した兵や治療をしていた衛生兵達が居たはずの崩れた軍病院。

レナー卜は抵抗できない者を蹂躙した。

ヤザンの脳裏に補給基地の記憶が、鮮烈に蘇る。

薄暗い倉庫の中でビームライフルを構えた自分に怯え、身を寄せ合ったジオンの負傷兵たちのことを。

 

ソウヤが「頼む!撃つな、ヤザン!」と叫び、銃口を押さえた。

その制止を振り切り、ビームライフルを補給基地に向け、「そこを退け! 俺がジオンに引導を渡してやる!」と操縦桿の引き金を引こうとしたことを。

あの時、ソウヤに止めてもらってなかったら、俺は目の前のレナー卜と同じことをしていた。

無抵抗な負傷兵たちを、ただ蹂躙していた。

ヤザンの拳が、操縦桿を震わせる。

 

「俺は…俺はこんな事をしようとしたのか…。」

 

違う、力のない者を踏みにじるのは俺が求めているものはではない。

力を持った者同士の純粋な闘争。

命の駆け引き。

互いに武器を構え、命を賭けた真剣勝負。

レナー卜のようには、なりたくない。

あんな、一方的な虐殺は俺はやりたくない。

 

「あの時…、俺が引き金を引いていたら……。」

 

そして、初めて理解する。

ソウヤがなぜ、あんなに必死で俺を止めようとしたのか。

あいつは、俺がレナー卜のように道から外れることを防いでくれたのだ。

あの時、引き金を引いていたら……俺は目の前で起きている惨劇と同じことをしていたのではないか。

ヤザンの胸に、後悔と葛藤が渦巻く。

コックピットで拳を握りしめ、独り言を言う。

 

「すまねぇ…、ソウヤ…。」

 

イーサンは一瞬、コックピットのシステムモニターに目を移すが、すぐにレナー卜のブラックドッグ隊を睨みつける。

 

「お前達がしたことは後で司令部に報告させてもらう! 覚悟していろ!」

 

レナー卜は涼しい顔で言葉を返す。

 

「どうぞどうぞ、ジャブローのエリート部隊さん。でも、北米の司令部に報告しても無駄ですよ。俺達は特務隊で忙しいので。この案件は有耶無耶にされるか、戦後に処理されると思いますよ。」

 

「なんだと!? レナー卜! 貴様!」

 

レナー卜のあざ笑いが通信に満ちる。

 

「では、キャリフォルニア・ベース奪還は続いてるので、これで失礼。」

 

「待って! 補給基地の件もお前達が!」

 

イーサンが補給基地の負傷兵を巡る疑惑を問い詰めようとするが、ブラックドッグ隊はスラスターを噴かし、その場を離脱する。

黒い機影が激戦のキャリフォルニア・ベースの戦場に姿を消し、残されたのは溶けたアスファルトと燃え尽きた赤十字の残骸だけ。

通信が途切れ、オリオン小隊に重い沈黙が落ちる。

私はロケット・ランチャーを下ろし、ヤザンの機体を一瞥する。

イーサンの息遣いが荒く、ヤザンの沈黙が痛いほど伝わる。

 

「隊長……追いますか?」

 

私が隊長に尋ねるとイーサンの声が低く響く。

 

「いや……今はHLVだ。奴らのことは、後で必ずケリをつける。」

 

だが、ヤザンの陸戦型ジム改は微動だにせず、コックピットで葛藤を続ける。新型ビームライフルがレナートの手に握られたまま、遠ざかる。

 

 

 

 

 

病院跡は地獄だった。

赤十字の旗は焼け焦げて煤け、コンクリートの壁はビームとロケット弾で抉れ、白衣の衛生兵たちの白い布片が風に舞っている。

担架の残骸、溶けたアスファルトに残る人影の跡。

イーサンのジム・ドミナンスは崩れた病院跡の前に静かに立ちつくす。

 

「……すまない。」

 

 

イーサンの声は、通信機を通しても掠れていた。

 

「俺たちがもっと早く気付いていれば……。」

 

ヤザンも、陸戦型ジム改のコックピットで拳を握りしめるだけだ。

ソウヤの量産型ガンキャノンが、焼け落ちた建物を見下ろして震える。

 

その時だった、ガンキャノンのセンサーが何かを感知し、警告のアラームが鳴り響く。

私はモニターを確認すると自分達に高速で接近するモビルスーツの反応を確認した。

 

「隊長! 高速接近でするモビルスーツが1機! 距離800……500……来ます!!」

 

ソウヤの叫びと同時に、紫色の機影がオリオン小隊の三人にMMP-80マシンガンの弾幕をオリオン小隊のいた場所を薙ぎ払う。

三機は咄嗟に散開。

弾丸がアスファルトを跳ね上げ、火花が散る。

 

弾幕が終わった瞬間、三機は同時に機体を立て直し、襲い掛かった敵を視認した。

紫と白で塗装されたザクⅡがマシンガンを構えていた。

頭部のブレードアンテナが鋭く光り、左肩には女の顔をした妖鳥のエンブレム。

胸部、腰部スカート、脚部に至るまで、紫を基調とした塗装は、モハーヴェ砂漠で見た魔女達の部隊カラーと完全に一致していた。

 

 

「紫と白の塗装!?……モハーヴェ砂漠の時の魔女達の機体か!?」

 

ヤザンが叫ぶ。

 

「でも、あの肩のエンブレム……魔女達のエンブレムじゃない!」

 

ソウヤの指摘に、イーサンの視線が紫のザクⅡの肩に描かれた猛々しい妖鳥のマークを捉える。

イーサンはジム・ドミナンスの光学センサーで、肩の妖鳥のエンブレムをズームアップする。

 

色鮮やかな翼をした女性の顔が描かれた妖鳥。

 

「……まずい。あれは……」

 

イーサンの声が震えた。

 

「『キラー・ハーピー』!! キリー・ギャレットだ!!」

 

 

 

 

同時刻、キリー・ギャレットのザクⅡのコックピット

 

モニターに映る紺色で肩に三ツ星が描かれた三機の連邦のMS。

ジムの新型、陸戦型ジムの近接改造機、量産型のガンキャノン。

機体の特徴、塗装、エンブレム……すべてが報告書の情報と一致していた。

 

 

「……あれは1週間前、モハーヴェ砂漠でアルマたちが戦った紺色の特務部隊…。」

 

キリーの視線が、ゆっくりと横に滑る。

焼け崩れた病院。

赤十字の旗は燃え落ち、瓦礫の隙間から見える白衣は血と煤で黒く染まり、ベッドの残骸が風に転がり、壁に焼き付いた人影が、太陽の下で無言の叫びを上げていた。

 

 

キリーはモハーヴェ砂漠から帰還したヘレナからの報告が脳裏をよぎる。

 

『モハーヴェ砂漠で戦った紺色のガンキャノンのパイロット……私を仕留めるチャンスを捨てまで、仲間を守るために、勝機を捨てた。あんな高潔な連邦兵、初めて見ましたよ。』

 

「……そんな彼らが?」

 

声が震える。

 

「負傷兵と……病院を……焼き払った?」

 

一瞬、瞳に迷いが揺れた。

だが、次の瞬間。

瓦礫の間から白い腕章に描かれた赤い十字架が目に入り。

目の前の惨状が、すべてを塗り替える。

それを見て、キリーの心の中で何かが決定的に弾けた。

キリーはオープンチャンネルを開き、怒りを込めて叫んだ。

 

「連邦の特務部隊!!味方の負傷者を、病院ごと焼き払った罪……!!私があなた達を裁くわ!覚悟しなさい!!」

 

紫色のザクⅡがスラスターを全開にする。

マシンガンを右手に構え、妖鳥の如き攻撃が始まる。

スキリーの機体は地面を蹴るたびに砂塵を巻き上げ、残像すら残さぬ速度で弧を描く。

MMP-80マシンガンが咆哮し、弾丸が嵐となって降り注ぐ。

 

「散開! 応戦はするな!!」

 

イーサンの指示が飛ぶ。

三機は咄嗟に建物の陰や瓦礫へと身を隠す。

弾丸がコンクリートを削り、鉄骨を弾き、爆風が巻き起こる。

ソウヤが歯を食いしばりながら量産型ガンキャノンを半壊した倉庫の壁に押しつけ。

ヤザンも陸戦型ジム改のシールド・ヒートクローを構えたまま、瓦礫の陰に身を潜める。

イーサンはオープンチャンネルを開き、叫ぼうとする。

 

「待て! 病院をやったのは俺たちじゃ――」

 

だが、次の瞬間、紫の影が横薙ぎに滑り込み、マシンガンの銃口が火を噴く。

言葉は轟音に掻き消され、ジム・ドミナンスは放たれた弾丸をシールドで防御する。

 

 

「私と闘え!」

 

キリーの声が、怒りと失望に塗れて響く。

 

「負傷者を焼き払っておいて……隠れるだけ!?」

 

キリーのザクⅡは止まらない。

 

ソウヤのガンキャノンが隠れている半壊した倉庫に一気に接近し、ヒート・ソードを逆手に左手に持ち、半壊した倉庫のコンクリート壁1枚を横一線に両断する。

ソウヤは咄嗟に壁から離れ、キリーの斬撃をギリギリで回避した。

 

「味方を守るために勝機を捨てた高潔なパイロットだと……ヘレナは言っていたわ!それも嘘だったというの!?」

 

キリーの声に、明確な悲しみが混じる。

マシンガンの弾幕が途切れることなく続き、オリオン小隊は半壊した格納庫や倉庫の残骸を盾にしながら、後退を強いられる。

陽光の下、紫の軌跡だけが残酷なまでに鮮明に描かれていく。イーサンは歯を食いしばり、時計を一瞥する。

 

(……このまま時間を食われたら、HLVが……!)

 

時間は刻々と過ぎ、イーサンはフラナガン機関が搭乗したHLVが発射されることに焦る。

だが、キリーの攻撃は激しく、前進するのが困難だった。

イーサンのジム・ドミナンスが半壊した倉庫の壁に背を預け、モニターに表示される時計を睨んでいた。

 

「……まずい。このままではHLVが宇宙に…。」

 

焦燥が声に滲む。

そのとき、通信にヤザンの低い声が入った。

 

「……隊長、お願いがあります。」

 

陸戦型ジム改が、瓦礫の陰に身を隠しながら、ビームライフルのグリップを握り直す。

ヤザンは静かに告げた。

 

「……俺がキラー・ハーピーの相手をします。隊長とソウヤは、HLVに向かってください。」

 

 

ソウヤの声が、即座に響く。

 

「馬鹿言うな! ヤザン!相手はキラー・ハーピーだ!単独で勝てる相手じゃ――」

 

 

「俺が負けると思っているのか!」

 

ヤザンが遮る。

その声には揺るぎない闘志が滾っていた。

 

「絶対にキラー・ハーピーを食い止めてやるよ。」

 

ヤザンは小さく笑う。

その笑みは、どこか晴れやかだった。

 

ヤザンは続けた。

 

「俺は……あの夜に魔女に負けた借りを返したい。お前や隊長、整備班の連中に迷惑を掛けたことを償いたい。そして……俺がレナートのような糞野郎とは違うってことを証明したい!だから、俺を信じて、先に行ってくれ!」

 

 

ソウヤは、通信越しに呟いた。

 

「……ヤザン」

 

1人で戦おうとするヤザンを今すぐ引き留めたい。

 

あの補給基地の時と同じように、銃口を押さえたい衝動が胸を突き上げる。

だが、違う。

今は違う。

ヤザンの誇り、覚悟、償いの意志を、ソウヤは痛いほど理解していた。

それを止めることは、ヤザンのプライドを踏みにじることになる。

ソウヤは唇を噛み、気持ちを押し殺す。

 

「……分かった」

 

声はかすかに震えていたが、確かに届いた。

 

「お前を信じる。前みたいに……いや、今もちゃんと仲間として、信じる」

 

イーサンが短く頷く。

 

「……ヤザン。絶対に生きて、合流しろ。これは命令だ。」

 

ヤザンはコックピットで小さく笑った。

 

「……了解です、オルグレン隊長。」

 

ジム・ドミナンスと量産型ガンキャノンが、壊れた格納庫の影から飛び出す。

その瞬間、キリーのザクⅡがマシンガンの銃口を二人に向けた。

だが、ビームライフルの赤い光線がキリーのすぐ横の建物に命中し、抉り溶かす。

 

「――お前の相手は俺だ、キラー・ハーピー。」

 

ヤザンの陸戦型ジム改が、ビームライフルの銃口をキラー・ハーピーに向けていた。

 

「ソウヤと隊長はやらせねえ。」

 

キリーの眉がピクリと動いた。

 

「私を相手にたった一機……?舐められたものね…。」

 

紫のザクⅡがマシンガンの銃口をヤザンに向ける。

 

「いいわ、相手をしてあげる!」

 

ビームと実弾が交錯し、陽光の下で火花が散る。

 

イーサンとソウヤは、背後で始まった激しい戦闘の轟音を背に、苦い選択を胸に秘めながら、HLV発射台へと疾走した。

ヤザンは、仲間を信じ。

仲間は、ヤザンを信じた。

 

その信頼を胸に、猛獣は妖鳥に挑む。

 




登場人物紹介
キリー・ギャレット
原作[モビルスーツバリエーション]
昔から設定だけはあったが、近年になってから容姿などが描かれたキャラクター。
担当された声優さんの声が本当に素敵です。
ただ、どこかの赤い悪魔と声が似ているような?

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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