誰もが、自分の正義を、自分の因縁を、自分の生き様を、この瞬間、この場所で、全てを懸けて戦っていた。
宇宙世紀0079年12月15日の北米、キャリフォルニア・ベース。
そんな、命が燃え尽きる音が絶え間なく響く戦場の片隅で2機のモビルスーツが戦っていた。
ヤザン・ゲーブルは陸戦型ジム改を半壊した建物の壁にぴったりと寄せ、100mmマシンガンのマガジンを素早く交換する。
カチッ、カチン。
最後のマガジンが装着される音が、静寂の中でやけに大きく響く。
これが最後の弾倉だ。
額の汗が頬を伝い、ヘルメットの緩衝材に吸収される。
(ソウヤとイーサンがHLVに向かってから……もう10分は経ってるか……いや、15分近いか。)
ヤザン・ゲーブルは自分が受け取るはずだった新型ビームライフルを奪われたことで、あの虐殺の原因の一つになったことを悔いていた。
ソウヤに嫉妬し、理不尽に辛く当たった自分を恥じる。
せめて、この一戦だけでも。
このままで終わりたくないと、初めて真剣に願うのだった。
だからこそ、ソウヤとイーサンを先にHLVへと行かせ、自分はここに残った。
あの妖鳥をここで食い止めるために。
イーサンたちがHLVへと突き進んでから、
ヤザンはすぐにキラー・ハーピーにビームライフルを連射した。
ドビューン! ドビューン! ドビューン!
三連射のビームが瓦礫の間を縫って飛ぶ。
が、紫のザクⅡはまるで鳥のように半壊した建物の陰から陰へ、壁を蹴り、屋上を跳ぶ。
まるで獲物を弄ぶ猛禽のように滑らかに移動しながら、
全てのビームを紙一重で躱し続けた。
(……あのモハーヴェ砂漠で戦った魔女の動きと似ているな!)
ヤザンは舌打ちしながらも冷静に観察する。
(いや、違う。あの時の魔女のモビルスーツより、スピードと加速力は一回りも二回りも落ちるな。俺の陸ジム改でも反応できてるいるし、追いつける。)
しかし、次の瞬間、キリーのザクⅡが屋上から急降下。
着地した瞬間にヒート・ランサーを横薙ぎに斬りかかってきた。
(……くそっ、上か!?)
ヤザンは不意を突かれたが、ギリギリで回避に成功する。
しかし、ヒート・ランサーの切っ先がビームライフルの銃身を切断。
ヤザンは慌てて、ダメージを負ったビームライフルを紫色のザクⅡに投げつけた。
「ちっ!ビームライフルが!?」
キリーのザクⅡは投げつけられたビームライフルをヒート・ランサーで打ち払う。
ビームライフルは地面に叩きつけられ、爆発する。
その軌道の読み、タイミングの鋭さ、フェイントの深さ。
(あの魔女より……いや、比べ物にならねえ。こいつは本物だ。キラー・ハーピーの戦い方は、完全にあの魔女よりも一枚も二枚も上だ。)
戦術の洗練度、判断の速さ、そして何より、殺意の純度が違う。
ヤザンはビームライフルが弾き飛ばされ、地面で爆発するのを横目で確認すると同時に左腕のシールド・ヒートクローの二本の鉤爪を展開。
鉤爪は赤熱化し、赤い軌道を描きながら唸りを上げる。
陸戦型ジム改が一気に踏み込み、キリーのザクⅡの胴体に鉤爪を突き立てようと迫った。
「もらった!」
ザクⅡは一瞬でヒート・ランサーを構え直し、高々と振りかざす。
ヤザンの野生の勘が、背筋を電撃のように走った。
(リーチが違う!このままクローで突っ込んだら、逆にカウンターで真っ二つにされる!)
瞬間、ヤザンはスラスターを逆噴射と同時に右に回避行動。
鉤爪を突き出す寸前で強引に動きを止め、機体を横滑りさせて距離を取り直す。
同時に、右腰に装着されていた100mmマシンガンを引き抜き、ザクⅡに銃口を向けようとする。
しかし、キリーのザクⅡは既に動いていた。
振りかざそうとしていたヒート・ランサーを横薙ぎに一閃。
長い柄を軸に刃の重さを遠心力に変え、地面を蹴って大きく飛び、一気に距離を離す。
ザクⅡは体をねじり、瓦礫の陰へと滑り込むように消えた。
ズドッ!ドドドドドドッ!
100mmマシンガンが火を噴く。
轟音と共に放たれた弾丸はキリーのいた場所を薙ぎ払う。
だが、発射された弾丸はアスファルトの地面を粉々に吹き飛ばすだけだった。
瓦礫の影に身を潜めたキリーは息を殺しながら、初めて本気で舌を巻いた。
(……なんて奴なの。)
最初の屋上からの急降下の一撃を紙一重で避け、破損したビームライフルを即座に投擲武器に変え、その隙にヒートクローを展開して反撃。
そして、自分が放ったカウンターのヒート・ランサーを「リーチが届かない」と瞬時に見切って攻撃を中断、同時にマシンガンを抜いて反撃射撃。
一連の動作に、無駄が1ミリもない。
『キラー・ハーピー』の異名を取る彼女は、自分のモビルスーツ操縦に絶対の自信を持っていた。
だが今、目の前の紺色の陸戦タイプのジムは完全に互角……いや、もしかしたら一瞬でも油断すれば殺される。
脳裏にモハーヴェ砂漠での戦いを報告してきた部下、アルマ・シュティルナーの言葉が蘇る。
「機体の性能は私のティターニアより劣っていました。でも、あの紺色のジムのパイロット……本当に執念深くて、しつこくて、戦闘のセンスは私以上かもしれません。気をつけてください、キリーさん。」
あの時、アルマは真剣な顔で忠告していた。
自分は笑って受け流していたが、今は、その言葉が骨身に染みるほど正しかった。
(この戦い……簡単には終わらないわね。)
キリーは背中にヒート・ランサーを瞬時に収め、腰に懸架しているMMP-80マシンガンを引き抜くと瓦礫の陰から一気に飛び出し、トリガーを絞った。
ダダダダダダダダッ!!
火花と硝煙が尾を引き、90mm弾が嵐のようにヤザンへ殺到する。
ヤザンも即座に100mmマシンガンを構え、腰だめで応戦。
ドドドドドドドドッ!!
二つの銃口が咆哮し、弾丸が交差する。
数発が互いの装甲を弾き、肩、胸、腿に弾痕が刻まれるがどちらも致命傷には至らない。
(これでは、埒があかない。)
二人は同時に同じ結論に達し、マシンガンを腰に戻した。
ヤザンはバックパック右側のビームサーベルを抜き、
赤い光の刃が唸りを上げる。
キリーは背中からヒート・ランサーを再び引き抜き、ハルバード型の刃が赤熱化させる。
次の瞬間、二機が同時に地を蹴った。
ガキィィィン!!
ビームサーベルとヒート・ランサーが激突。
火花が散り、衝撃波が瓦礫を吹き飛ばす。
ヤザンはビームサーベルとヒートクローの二刀流で、手数と取り回しの良さを活かし、獣のように連続で斬り込む。
キリーは長いリーチを活かし、一撃必殺の薙ぎ払いと突きで応じる。
刃が交わるたびに金属が悲鳴を上げ、火花が血のように飛び散る。
キリーが攻め込めば、ヤザンはギリギリで攻撃を受け流す。
キリーが守りに回れば、ヤザンは牙を剥いて襲い掛かる。
攻防が入れ替わり、入れ替わり、入れ替わり続ける。
瓦礫が吹き飛び、火花が散り、装甲が削れ、飛び散ったオイルの臭いが立ち込めた。
10分以上、いや、15分近いか。
もはや時間の感覚すら溶かされるほど二人は刃と弾丸を交えたのだ。
そして、再び静寂。
二人はそれぞれの隠れ場所で最後のマガジンを交換していたのだ。
瓦礫の陰、崩れた外来棟の影。キリー・ギャレットもまた、MMP-80マシンガンに最後のマガジンを装填していた。
カチッ、カチン。
キリー専用ザクⅡの指先がわずかに震える。
(……本当に、病院を襲ったのはあいつらだったのかしら?)
戦いながら、疑念が頭の隅を這い回る。
実際に刃を交えてみて、この紺色のジムの動きには虐殺者どものような愉悦も、狂気も感じられなかった。
武術の達人が言うように、刃を交えれば相手の人柄が分かる。
この男は、ただひたすらに強者との戦いを求めているように感じた。
ただ純粋に強さを求め、強者と競い合うために必死に牙を剥いている。
状況証拠は確かにあいつらを指している。
崩れた病院のすぐ近くにいたのは、紺色の部隊だけだった。
でも……。
キリーは綺麗なブロンドの髪をなびかせながら、首を振る。
(今は考えている時じゃない。誰だろうと、生き残るためには倒すしかない。)
それでも、心のどこかで囁く声が止まらない。
(……私の腕が、鈍ったのか?)
ノイジー・フェアリー隊の指揮官になってから、もう4か月以上は実戦でモビルスーツに乗っていなかった。
勘が鈍り、反応が遅れ、操縦の冴えが失われたのではないか。
でも、あの娘たちと過ごした時間は何一つとして無駄じゃなかった。
アルマの屈託のない笑顔。
ミアの真っ直ぐな瞳。
ヘレナの静かな優しさ。
裏切った自分を責め続けるバルバラ。
そして、いつもそばで支えてくれたイルメラ。
(あの子たちと、もう一度会うって約束したんだ…!)
キリーはマシンガンを握り直し、瞳の奥に静かな炎を灯した。
(生きて帰る、必ず!)
そのために、目の前の獣をここで倒す。
キリーは残された武装を一つずつ確かめた。
ヒート・ランサーは、何十回もビームサーベルとヒートクローを受け止め、刃は欠け、波打ってボロボロ。
柄の結合部もガタつき、衝撃を受ければ壊れてしまいそうだ。
マシンガンは最後のマガジン。
付属グレネードが1発。
シュツルム・ファウスト1発。
そして左腰に残るヒート・ソードが1振。
(……このヒート・ランサーじゃ、もう致命傷は与えられないわね。)
キリーは無言で、愛槍を地面に置いた。
赤熱した刃が冷えていく音が静かに響く。
ヤザンもまた、自分の残りを確認していた。100mmマシンガン、最後のマガジン。
バックパック左側に残るビームサーベルが一本。
先程まで使っていたビームサーベルはエネルギー切れになり、破棄していた。
左腕のヒートクローは鉤爪が欠け、関節が軋み、もう一撃受けたら折れるだろう。
視線が右腕に装着されたスタン・アンカーに移る。
ワイヤー付きの電撃武器。
一瞬で相手を行動不能にできるがキラー・ハーピー相手に撃てば、逆にカウンターで撃破されるかもしれない。
(……使えねえ。)
ヤザンは舌打ちし、ヘルメットを脱ぎ捨てると額の汗をぬぐった。
どうやって攻めるか。
どうやって生き残るか。
答えは、まだ出ない。
「そういえば……!」
すると、ヤザンはふと思い出した。
だが、思い出した瞬間にキリー・ギャレットの殺気が氷の刃のように真っ直ぐに突き立てられる。
「ちっ!来たか!?」
先に仕掛けたのはキリーだった。
キリー専用ザクⅡは右手にMMP-80マシンガン、左手にシュツルム・ファウストを持ち、
卜リガーと発射ボタンを同時に押した。
ドゴォォォン!!
MMP-80付属グレネードとシュツルム・ファウストが、ヤザンが隠れていた壁の直前で同時爆発。
衝撃波がコンクリートを粉々に吹き飛ばし、爆煙が陸戦型ジム改を完全に呑み込んだ。
ヤザンは咄嗟に壁から飛び離れていたが、爆風に煽られ機体が大きくよろめく。
(……これしかない!)
ヤザンは決めた。
閃いた策を、今すぐ実行する。
キリーは右手のマシンガンを左手に持ち替え、右手にヒート・ソードを抜く。
ダダダダダダッ!
左手のマシンガンを連射しながら、爆煙に向かって突進。
数発が煙の中のシルエットに命中。
放たれた弾の一発がジムの頭部に命中する。
弾が装甲に命中した時に発生する火花を目印にキリーは一直線に突き進む。
ヤザンも少し遅れて、銃口の閃光を頼りに反撃射撃。
何発かキリーの装甲を削るが、致命傷には至らない。
同時に二人のマシンガンがカチリと空になる。
同時に、二人は銃を投げ捨てると互いの刃を振り絞った。
キリー・ギャレットはヒート・ソードを右肩から腰までを大きく捻り、全身のバネを解放するように突きを放った。
ヤザンも左腕のシールド・ヒートクローを最後の力を込めて突き出す。
二本の鉤爪が赤く燃え、ザクⅡの胸元へと殺到する。
距離はわずか10メートル。
次の瞬間。
シュッッッッ!!
ヒート・ソードの刃が、まるで生き物のように蛇の牙を潜り抜けるようにヒートクローの二本の鉤爪の僅かな隙間をぴたりと正確無比に滑り込んだ。
時間すら凍りつく。
刃がシールドの装甲を、肘関節を、フレームを一瞬で焼き斬る。
ガシャァァァァァン!!!
左腕が根元から千切れ、火花と赤熱した断面が爆ぜ、オイルが血の雨となって飛び散る。
千切れた左腕はシールド・ヒートクローごと、空中で二回転しながら瓦礫の上に叩きつけられた。
「くそッ!」
ヤザンは悪態をつきながら、スラスターを逆噴射して後方へ大きく跳ぶ。
「これで終わらせる!!」
相手のジムは左腕と武器を失った。
ビームサーベルを抜くにはタイムラグがある。
絶対に仕留められる。
キリーは勝負に出た。
大地を蹴り、ヒート・ソードを振りかぶる。
ズシャッ!
右足が何かを踏んだ。
ヤザンの口元が、獰猛に歪む。
「掛かったな、キラー・ハーピー!」
シュツルムファウストとグレネードが着弾した瞬間にヤザンはスタン・アンカーの杭を地面に打ち込む。
杭をコンクリートに食い込ませるとワイヤーを静かに、音を殺して10メートルほど広げた。
そして、発射機構ごと右腕からパージ。
爆風と発砲の音で金属が地面に転がる音を消していたのだ。
発射機構に内部されたバッテリーから高圧電流が一気に奔る。
青白い稲妻がワイヤーを駆け上がり、キリー専用ザクⅡの右足に直撃。
「しまった!?」
右足のアクチュエーターが焼き切れ、機体が大きく傾く。
キリーは咄嗟に左足で跳ぼうとするがバランスを崩し、動きが一瞬止まる。
その一瞬でヤザンは最後のビームサーベルをに抜き放つ。
赤い光の刃が唸りを上げて、一気に斬りかかる。
だが、頭部に受けた弾の影響で照準が狂い、ザクⅡの頭部と左肩から左腕を斜めに溶断。
火花と断面が爆ぜ、紫の巨体が仰向けに倒れ込む。
「そんな!私が!『キラー・ハーピー』の私が負けるの!?」
瓦礫の上に妖鳥が倒れた。
ヤザンはゆっくりと倒れ伏した紫のザクⅡに歩み寄った。
赤いビームサーベルが妖しく唸る。
胴体に突き立てる。
たったそれだけで、すべてが終わる。
いつものヤザンなら、迷いなく、確実に止めを刺していた。
だが、今のヤザンは刃を振り下ろす寸前で動きを止めた。
胸の奥にレナートに虐殺された衛生兵たちの顔が、はっきりと焼き付いていた。
キリー・ギャレットはその無念を晴らすために命を懸けてここまで戦った。
もし、ここで自分たちがキラー・ハーピーを仕留めたら、『病院を襲ったのはオリオン小隊だ』という汚名が永遠に自分たちに貼り付けられるような気がした。
ソウヤとイーサンの顔が頭によぎる。
ヤザンは静かにビームサーベルを消灯させ、倒れたザクⅡを見下ろす。
そして、ある決断をした。
コックピットの中。キリー・ギャレットは敗北の衝撃に全身を震わせていた。
傲りなど、どこにもなかった。
全力で挑んだ。
ただ、相手が自分より強かった。
それだけだ。
けれど、悔しかった。
虐殺された者たちの無念を晴らせない。
そして、アルマ、ミア、ヘレナ。
娘のように可愛がったノイジー・フェアリー隊と「必ず生きて帰る」と約束したのに。
いつも気丈な魔女の頬を一筋の涙が伝った。
(ごめんね……みんな……。)
キリーは覚悟を決めて、目を閉じた。
すると、機体に軽い衝撃が走った。
誰かが、ザクⅡの装甲を触っている。
次の瞬間、予想だにしない声が通信機から響いた。
「おい、キラー・ハーピー。生きているか?さっさと逃げろ、見逃してやる。」
キリーは、通信機越しに届いた言葉に一瞬、息を呑んだまま固まった。
「……み、見逃す……?病院を襲った、あなたが……?」
掠れた声で、思わず問い返す。
通信機の向こうで深い、疲れきったため息が漏れた。
「信じてもらえねえかもしれないが、病院をやったのは俺たちじゃねえ。ブラックドッグ隊だ。あのクズどもが全部やった。俺たちは……ただ巻き込まれただけだ。」
『ブラックドッグ隊』の名を聞いた瞬間、キリーの脳裏に鮮明な記憶が蘇る。
自分達が拠点にしていたティルナノーグを襲い、グレートキャニオンの物資集積所で人質を取ってジオン同士で殺し合いをさせた、あの外道の部隊を。
(……あいつらなら、やりかねないわね。)
キリーは震える声で答えた。
「信じるわ…。私たちも……ブラックドッグ隊の非道は知っているから。」
通信機の向こうでわずかに沈黙が落ちた。
すると、ヤザンの通信機から意外な質問が届いた。
「あなた、名前は?」
突然の問いにヤザンは一瞬、目を丸くした。
(なんだって……? こんな時に名前を聞くのかよ?)
キリーの声にどこか真剣な響きを感じ取って、小さく鼻を鳴らしながら答えた。
「……ヤザン。ヤザン・ゲーブルだ。」
低く、ぶっきらぼうに答えた。
キリーは静かに頷くとコックピットハッチを開け、ザクⅡから出るのだった。
日の光を浴びて、金色の髪が風に揺れる。
モニター越しでも分かる、整った顔立ち。
ヤザンは思わず目を奪われた。
(……こんな美人と殺し合ってたのかよ。)
キリーはザクⅡの肩から飛び降り、地面に着地すると背筋を伸ばし、大きな声で叫んだ。
「ヤザン・ゲーブル!命を助けてくれて、本当にありがとう!どこかでまた、会いましょ!!」
ヤザンは顔をしかめながら、不機嫌そうにに返す。
「……お前みたいな化け鳥と、二度と会いたくねえよ!」
キリーはくすくすと笑い、そして、ぴしりと敬礼した。
「約束よ!」
次の瞬間、彼女は瓦礫の影へ風のように姿を消した。
ヤザンはボロボロの陸戦型ジム改のコックピットで一人残される。
「……今日は、俺の信条に反しちまったな。まあ、いいか。」
小さく呟くとソウヤとイーサンの顔を思い浮かべ、胸の奥で詫びた。
(すまねえ、ソウヤ、隊長……俺はここまでのようだ。……生きていろよ。)
キャリフォルニア・ベース、港湾区HLV発射台付近。
澄んだ青空の下、低い角度から差し込む12月の陽光が、硝煙と粉塵を白く照らし、海風が鉄と血の匂いを運んでくる。
ズガァァァン!!!
ハイゴッグの腕部メガ粒子砲がソウヤが一瞬前にいたコンテナ倉庫を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「くそっ! またか!?なんでこっちばっかり、狙ってくるんだよ!」
量産型ガンキャノンはスラスターを全開にし、崩れ落ちる建物の壁から急いで離れた。
次の瞬間、そこにハイゴッグのクローが叩き込まれ、コンクリートが粉々に砕ける。
ソウヤは歯を食いしばり、半壊した倉庫から倉庫へ、まるで逃げ惑う獲物のようにハイゴッグの執拗な追撃を必死で凌いでいた。
ハイゴッグのモノアイが狂ったように赤く光る。
理由もなく、ただソウヤだけを殺すまで追うという異常な執着を剥き出しにしていた。
(このままじゃHLVの発射に間に合わない……!こいつを何とか倒さなきゃ、全部終わりだ!)
背後ではイーサンのジム・ドミナンスが二連ビームライフルを発砲する。
赤いビームが三連射でハイゴッグの背を薙ぐ。
だが、ハイゴッグはこちらに見向きもしない。
こちらを見ずにビームの軌道を最小限の動きでかわし続け、ただひたすら前だけを見て、ソウヤの量産型ガンキャノンを追い詰めようとする。
「俺がここまでビームをぶち込んでるのに振り向きもしない…!まるで俺の存在を無視してるみたいだ!」
背後から撃たれ続けてもハイゴッグのモノアイは一度もイーサンを捉えない。
ただ、赤く、狂おしく、ソウヤだけを、ソウヤだけを殺すことしか考えていないかのように。
執拗に異常なまでに狙い続ける。
イーサンは舌打ちしながら、再びトリガーを絞った。
「ソウヤ! こいつ、完全におかしい!お前だけを狙ってる! 気をつけろ!!」
ソウヤの通信機からイーサンの叫びが飛び込んでくる。
(分かってる、隊長……!とっくに分かってる!)
ソウヤは歯を食いしばりながらハイゴッグのクローを紙一重でかわし、コンテナの陰に身を滑り込ませる。
(少しでもいい……少しでもこいつのヘイトが隊長に向いたら……!)
でも、無駄だと分かっている。
こいつはなにがなんでも、自分の手で自分を仕留めるようとする意思を嫌でも感じる。
その執念が殺意が言葉じゃなく、激しい波のように、肌を、胸を、心の奥にビリビリと震わせて伝わってくる。
ハイゴッグの赤く光るモノアイの奥に渦巻く、自分だけに向けられた殺意が心臓を直接握り潰されるように訴えかけてくる。
だが、その瞬間、ソウヤはふと気づいた。
(……俺、今、ちゃんと思考できている!)
オデッサで死神のグフと対峙した時、あの圧倒的な存在感に完全に飲まれ、恐怖が自分を支配したまま戦っていた。
なのに今は、ハイゴッグの執拗な追撃を受けながらも冷静に次の動きを考え、次の選択肢を選ぼうとしている。
ジャブローでイーサンに叩き込こまれた訓練、幾多の死線をくぐり抜けてきた経験。
それが、今、確かに自分を生かしている。
(……俺は戦おうとしている。)
恐怖はある。
でも、それに飲まれてはいない。
ソウヤは量産型ガンキャノンの操縦桿を握り直した。
(だったら、考える。こいつを倒す方法を、必ず!)
ソウヤは、崩れかけた倉庫の陰で息を殺しながら冷静に状況を分析する。
倒されたブラックドッグ隊の位置。
ハイゴッグの装甲に刻まれた無数の傷とわずかに遅れる関節の動き。
(なぜ海に戻らない?)
すぐ横は海だ。
水陸両用のハイゴッグにとって、海中は絶対の安全圏。
なのに、こいつは陸に上がったまま、俺を殺すためだけに動き続けている。
(俺を倒すためなら、海すら捨てる……完全に俺だけに固執してる。)
イーサンの存在など眼中になく。
ただ、ただ、自分だけを殺すことしか考えていない。
そして、決定的な事実。
(こいつの動き……オデッサの死神のグフよりも鈍い。)
水陸両用機は水の中では高い機動性を誇るが、陸上ではその独特な駆動系と推進機構が逆に足枷になる。
死神のグフの如き、理不尽なまでの瞬間移動のような動きはない。
確かに速いが今の俺なら、ギリギリ反応できる。
(ここが陸だから、こいつは本領を発揮できていないのか?)
もう一度、ブラックドッグ隊の残骸の位置を確認。
先程のイアン・グレーデンとの戦闘の記憶を思い返す。
ズガァァァン!!
ハイゴッグの腕部メガ粒子砲がソウヤが隠れる倉庫の壁を半壊させる。
(……今だ)
ソウヤは決意を固め、
操縦席のサブモニターに手を伸ばし、出力システムの画面を表示させる。
【OUTPUT LIMITER RELEASE CONFIRM?】
(出力リミッター解除の確認)
《YES》 《NO》
警告を無視し、リミッターを解除する。
瞬間、核融合ジェネレータが甲高い唸りを上げ、胸部ダクトから白い冷却ダストが噴き出し、機体全体が震えるほどの出力が解放される。
崩れ落ちる建物の隙間から、量産型ガンキャノンが姿を現す。
両肩のキャノン砲と右手に構えたロケット・ランチャーが火を噴き、ハイゴッグに向かって一斉に咆哮した。
2発の砲弾とロケット弾が陽光を切り裂き、執着の塊へと殺到する。
ハイゴッグは放たれた肩キャノン2発とロケット弾1発を紙一重で躱した。
攻撃を躱し、再びソウヤに襲い掛かろうと振り向く。
だが、その目の前に巨大な鉄の塊が迫っていた。
それは量産型ガンキャノンが右手に握っていたロケット・ランチャーそのものだった。
キャノン砲とランチャーの斉射した後に投擲したのだ。
ランチャーは回転しながらハイゴッグの顔面に突きで突っ込んでくる。
ハイゴッグは一瞬、腕部メガ粒子砲を向けた。
しかし、至近距離で暴発すれば自分も巻き添えになるので、攻撃を躊躇った。
その隙をソウヤは逃さなかった。
量産型ガンキャノンがスラスターを全開に噴射。
地面を削りながら一気にハイゴッグに近づき、頭部バルカンを発砲する。
ガガガガガガガガッ!!
投げつけられたロケット・ランチャーのマガジンに正確無比に弾が命中する。
(……すまいません!アロンソ大尉!)
オデッサで散ったアロンソ大尉の形見をこんな形で使い潰すのは忍びなかった。
だが、ヤザンが命を賭してキラー・ハーピーを足止めしてくれている。
その期待を裏切るわけにはいかなかった。
ロケット・ランチャーはハイゴッグの眼前数メートルで爆発。
衝撃波と破片が青い装甲を容赦なく削る。
ハイゴッグは咄嗟に左肩のショルダーアーマーを掲げ、爆炎を真正面で受け止めた。
轟音と共にショルダーアーマーがひしゃげ、装甲がめくれ上がる。
ハイゴッグの巨体が初めて、大きくよろめいた。
咄嗟に右腕のメガ粒子砲を振り上げ、ガンキャノンを狙おうとした。
だが、量産型ガンキャノンは既に目と鼻の先まで肉薄していた。
ハイゴッグの反応が遅れる。
量産型ガンキャノンが左腕を大きく振りかぶる。
小型シールドごと、全力の突きをチャージ中の右腕メガ粒子砲に正面から叩き込んだ。
ガギィィィィン!!
凄まじい金属の悲鳴が港湾地区に轟く。
衝撃でガンキャノンの左腕とシールドがひしゃげ、左腕の装甲がめくれ上がる。
ハイゴッグの右腕も装甲が剥がれ、フレームがねじ曲がる。
ソウヤは冷静に左腕をパージする。
【LEFT ARM PURGE EXECUTED】
(左腕パージ実行)
《YES》 《NO》
ガンキャノンの左腕が切り離される。
行き場を失ったハイゴッグの右腕はエネルギーは内部で暴走する。
青白い稲妻が腕を這い、右腕のメガ粒子砲が内部から爆発。
右腕自体は肩から先まで残ったが、メガ粒子砲を内蔵していた右手は完全に失っていた。
ハイゴッグのモノアイが明らかな動揺を帯びて激しく左右にスライドする。
ソウヤは右腕を伸ばし、ハイゴッグの左腕をがっちりと掴んだ。
リミッター解除されたガンキャノンの出力がハイゴッグの動きを封じる。
先ほどまで狂ったようにソウヤを追い詰めていたハイゴッグが、今はまるで逃げ出したがっているように必死に腕を引き剥がそうともがく。
「隊長! 今です!!」
ソウヤの叫びが響く。
「よくやった、ソウヤ!」
イーサンのジム・ドミナンスが動けないハイゴッグに二連ビームライフルを据える。
その瞬間、ハイゴッグのモノアイがイーサンを真正面から捉えた。
これまで完全に無視していた相手を今だけは明確な脅威と認識した証だった。
背部スラスターが轟音と共に噴射。
ハイゴッグは捕まれたまま、強引に急旋回する。
左腕の関節が悲鳴を上げ、火花と装甲片が飛び散る。
凄まじい遠心力に量産型ガンキャノンが横へ吹き飛ばされた。
ソウヤのガンキャノンが吹き飛ばされた瞬間にイーサンはトリガーを押した。
二筋のビームが放たれる。
ハイゴッグは身を捻って回避するが、一筋が胸部装甲を掠め、青い装甲が赤熱して溶け落ちる。
残った左腕のメガ粒子砲を振り上げようとした。
その時、轟音が響き渡る。
倒れていた量産型ガンキャノンが両肩キャノン砲を同時に発射。
二発の砲弾がハイゴッグの右足元に着弾。
轟音と衝撃波が地面を穿ち、コンクリートが爆ぜ、ハイゴッグは右脚にダメージを受けた。
ガンキャノンは反動で機体が後方へ移動する。
アスファルトと装甲が激しく擦れ、火花と黒煙が尾を引く。
コックピット内に甲高い金属の悲鳴と赤いダメージ警報が絶え間なく鳴り響く。
警告ランプが血のように点滅し、機体各部の悲鳴が耳を抉る。
だが、ソウヤは歯を食いしばり、倒れたままの姿勢で両肩のキャノン砲をハイゴッグに据え続ける。
(まだだ……まだ終わらせない!)
警報音が鼓膜を貫こうともソウヤの視界はただ一点、よろめくハイゴッグだけを捉えていた。
獲物のはずが逆に翻弄され、体は満身創痍。
怒りと執念だけが、この体を突き動かしていた。
なんとしても、あのガンキャノンのパイロットを殺したい。
なんとしても、あのガンキャノンのパイロットを殺したい。
ハイゴッグのモノアイが狂気じみた赤に激しく明滅する。
背部スラスターが限界を超えた出力を叩き込み、青白い炎を噴射。
ハイゴッグが地面を削りながら、キャノン砲の反動で後退した量産型ガンキャノンへと猛然と突進した。
ソウヤはモニターに映るその姿を確認し、
横たわったガンキャノンをスラスターとアポジモータを噴射させ、強引に機体を起こす。
「まだ来るか……!」
両膝を立て、スラスターを逆噴射。
後方へ大きくジャンプ。
同時に両肩キャノン砲が再び咆哮する。
反動でガンキャノンがさらに後方へ吹き飛ぶ。
ハイゴッグは回避行動を行うが先程までの余裕はどこにもない。
一発を壊れた右肩のショルダーアーマーをかすめ、
もう一発が左脚の付近に着弾する。
動きが明らかに鈍い。
執着だけが傷だらけの巨体をまだ前へと突き動かしていた。
ガンキャノンは目的のポイントに着地する。
キャノン砲の反動で得た速度がそのまま着地の衝撃となり、脚部サスペンションが悲鳴を上げ、
赤い警告がサブモニターに雪崩れ込む。
左腕は既に失い、紺色に塗装された装甲はアスファルトに削られて、所々が大きく剥げていた。
脚部も今ので限界に近い。
「……よく頑張ったな、ガンキャノン。」
ソウヤは小さく呟き、ボロボロの機体に労いの言葉を贈る。
正面――ハイゴッグが黒煙を吐きながら、まっすぐに突き進んでくる。
ソウヤは最後の勝負を仕掛けた。
ガンキャノンは頭部バルカンを連射し、牽制する。
ハイゴッグはジグザグに走りながら、バルカン弾を装甲で受け止め、距離を詰めてくる。
何発かが命中し、青い装甲に新しい凹みを刻むだけ。
ハイゴッグは自分の間合いに入ると、残された左腕のクローを振りかぶる。
「勝負だ!!」
その瞬間、ソウヤは左へ大きくジャンプ。
同時に両肩キャノン砲をハイゴッグの足元へ叩き込む。
反動でガンキャノンが横に跳躍し、砲弾がハイゴッグの足元で爆発。
衝撃波と爆風が両脚を直撃。
膝から下がひしゃげ、黒いオイルと黒い煙が噴き出す。
ハイゴッグはよろめきながらも執念だけで振り向き、左腕のメガ粒子砲を向けようとする。
だが、振り向いた瞬間。
ドッビューーーン!!
赤いビームが、左腕を貫通。
ハイゴッグは激しく混乱する。
ガンキャノンはキャノン砲を撃ったばかりで装填中のはず。
携行武器は持っていないはずだ。
なのに、なぜ?
ガンキャノンは先ほどのジャンプでレナートのジム・スパルタンが手放した新型ビームライフルが落ちていた地点に着地していた。
着地の瞬間、素早くビームライフルを拾い、ロックを解除。
振り向いたハイゴッグの左腕を撃ち抜いたのだ。
ソウヤは静かに告げた。
「終わりだ。」
ソウヤはビームライフルを構え直し、ハイゴッグの両脚を正確に撃ち抜いた。
赤い閃光が二発発射され、ハイゴッグの両足を撃ち抜いた。
関節が爆ぜ、ハイゴッグがうつ伏せに崩れ落ちる。
(……やった!やった!勝ったぞ!)――
胸の奥で歓喜が爆発する。
HLV乗員室は、完全にパニックの坩堝だった。
「なんなんだアイツらはぁぁぁ!!」
ジル・ペローは操縦席の肘掛けを両手で叩き割りそうな勢いで怒鳴り散らし、額に青筋を浮かべて顔を真っ赤に染めている。
「カーラが……カーラがやられるなんて!あれは我々が直々に調整したんだぞ!不調だなんだと言ったって、あんな雑魚どもに負けるはずがないだろうが!!」
部下が震える声で報告する。
「少佐……外部モニターをご覧ください。ハイゴッグは両腕と両脚を完全に破壊され、もう戦闘継続は不可能です……。」
「見たくもない!見たら吐きそうだ!!」
ジルは顔を覆い、それでも指の隙間からモニターを盗み見る。
画面には黒煙を上げるハイゴッグがうつ伏せに倒れ、その横でボロボロの量産型ガンキャノンがビームライフルを構えている姿が映っていた。
「発射は……発射はまだ出来るんだろうな!?」
「理論上は可能です!ですが……今このタイミングで離陸すれば、あの二機に確実に狙い撃ちされます!高度を取る前に撃墜される可能性が95%以上です!」
「95%!?だったら残りの5%に賭けろ!!」
「少佐、それは……!」
「黙れ!!私は副所長だ!ニュータイプの未来を背負ってるんだ!死ぬわけにはいかない!!」
ジル・ペローは完全に取り乱し、汗と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら逃げ道を探して喚き散らしていた。
ハイゴッグはうつ伏せのまま、ピクリとも動かなかった。
ソウヤのガンキャノンの脚部から黒いオイルを滴らせていた。
ビームライフルを構え、大きく叫ぶ。
「HLVに告ぐ!発射を止め、投降しろ!」
イーサンのジム・ドミナンスも横に並び、二連ビームライフルを突きつける。
「大人しく投降しろ!このHLVにフラナガン機関副所長、ジル・ペロー少佐が乗っていることは分かっている!」
ソウヤはもう一度、最後の忠告をしようとした。
「さあ!発射を止めて、降りて――」
ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
低出力のビームが、背後から閃いた。
次の瞬間、ガンキャノンの両脚が膝から下を根こそぎ溶かされる。
機体が仰向けに倒れ込んだ。
ドガシャァァン!!
「……え?」
ソウヤは理解できなかった。
なぜ、両足がなくなっている?
誰に撃たれた?
すると、通信機から聞き覚えのある最悪の笑い声が響いた。
「はははははははっ!本当にご苦労様だな、オリオン小隊!」
視界の端にコックピットハッチが歪んだ黒いジム・スパルタンが悠然と立っていた。
パチモンのガンダムヘッドを載せたレナートの機体が両手にビームピストルを構え、背後から完璧なタイミングでソウヤの両脚を撃ち抜いたのだ。
レナートは勝ち誇った笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄る。
「やっぱり、お前たちは使える駒だったよ!」
ジム・ドミナンスが二連ビームライフルを振り上げようとした瞬間、レナートの両手が閃いた。
二発のビームピストルの弾がドミナンスのライフル本体を正確に命中。
二連ビームライフルは爆発し、右腕が肩口から吹き飛びぶ。
「はははははっ! さすがだな、オリオン小隊!厄介なゴッグを片付けてくれて、本当に助かったよ!」
レナートは嘲笑いながら、左手のビームピストルを腰に滑らせるように装着、ゆっくりと量産型ガンキャノンに歩み寄る。
ジム・スパルタンは倒れたガンキャノンの胸部を踏みつけ、左手でコックピットハッチを掴む。
凄まじい力でハッチがねじ曲がり、固定ボルトが千切れ、金属片と火花が嵐のようにソウヤを襲う。
「ぐっ……!」
ソウヤは両腕をクロスさせて身を守る。
次の瞬間、ハッチが完全に引きちぎられ、レナートはそれを軽く放り投げる。
むき出しになったコックピットに右手のビームピストルの銃口が突きつけられる。
「よう、『オデッサの新星』。お前には随分と苦労させられたよ。だが、最後は俺の勝ちだな。」
レナートの声は憎悪と勝利の笑みに満ちていた。
ソウヤは歯を食いしばり、怒りで目が燃える。
イーサンはソウヤを人質に取られ、ジム・ドミナンスは右腕を失い、一歩も動けなかった。
レナートは勝ち誇ったように笑いながら言う。
「さぁて……お前たちの物語は、ここで終わりだ」
HLV乗員室のジル・ペローは狂喜乱舞していた。
「見たか! 見たか!!あの黒い奴が味方を撃ってるぞ!!」
ジル・ペローはモニターを指差し、目を見開いて叫んだ。
「内輪揉めだ!!完全に仲間割れしてる!!今がチャンスだ!!」
操縦士が青ざめた顔で進言する。
「しかし少佐、それは早計では――」
「黙れ!!見りゃ分かるだろ!!味方同士で殺し合ってる!!もう誰も私たちを狙ってない!!今なら逃げられる!!」
ただ画面に映る「黒い機体が味方を裏切った」という光景だけは理解していた。
「そうだ……そうだよ!!これはチャンスなんだ!きっと、彼女が私を助けようとしてるんだよ!!違うか!?」
誰も答えられない。
「違うって言ってみろ!!言えないだろ!!だったら発射だ!!今すぐ発射するんだ!!」
ジルは操縦士の腕を掴み、涙と鼻水を垂らしながら、強引に緊急離陸スイッチを押させる。
HLVのエンジンが火を噴き、大地が震え、炎と煙が巻き上がる。
ジルはシートにへばりつき、半狂乱の笑みを浮かべながら叫んだ。
「助かった……!!私は助かったんだ!!黒いヤツ……ありがとう……!!」
轟音と共にHLVが火を噴き、ゆっくりと垂直に上昇を始める。
レナートはそれを見て、顔を歪めた。
「は……? 発射だと?俺のHLVを……勝手に持ち出す気かぁぁぁ!!」
怒りが爆発する。
「だったら要らねえ!全部ぶっ壊してやる!!」
右肩のマルチラックが開き、有線式対MSミサイル二発が顔を出す。
ワイヤー誘導で、確実に仕留めるつもりだった。
ジム・スパルタンは、倒れたガンキャノンを踏みつけながら、照準をHLVに合わせ始める。
イーサンが叫ぶ。
「待て、レナート!あれを落とせば俺たちも巻き添えだ!全滅するぞ!!」
「うるせえ!!んなもん知るか!お前らも一緒に死ね!!」
レナートは完全に理性を失っていた。
HLVが煙を纏いながら高度を上げる。
レナートの指がミサイル発射スイッチに伸びる。
その瞬間――
ズドォォォン!!
沈黙していたハイゴッグが突然スラスターを全開に噴射。
黒煙を上げながら、レナートのジム・スパルタンに真正面から体当たりした。
「なっ!?」
レナートは驚愕し、ミサイルの発射を阻止される。
ハイゴッグは両腕を失ったまま、残された触手状の副腕関節を鞭のように振り回し、必死にジム・スパルタンを押さえつける。
HLVを決して攻撃させまいと。
レナートは激昂し、至近距離で右手のビームピストルを連射。
放たれた光がハイゴッグの装甲を溶かし、胸部が赤熱し、煙と火花が噴き出す。
だが、ハイゴッグは攻撃させまいとする。
ソウヤはその執念をはっきりと感じ取った。
(……この人は……誰かを、とてつもなく大切な人を守ろうとしてる。)
それは憎しみでも執着でもなく、純粋な深い愛だった。
レナートは激情のまま、右前腕部の二本のビームサーベルを起動。
赤い刃が唸りを上げ、ハイゴッグの胴体をコックピットブロックごと、真っ直ぐ貫いた。
「死ねぇぇぇ!!」
レナートが絶叫する。
だが、ハイゴッグは貫かれたまま、なおもジム・スパルタンの腕を必死に絡め取り、HLVを守ろうとした。
レナートが悲鳴を上げ、イーサンとソウヤは息を呑んだ。
コックピッ卜を貫かれているのにまだ動いている。
ビームサーベルが胴体を斜めに貫通し、背面装甲まで突き抜けている。
普通なら、パイロットは即死。
機体は動くはずがない。
だが、ハイゴッグはレナートのジム・スパルタンの右腕を必死に絡め取ろうとしている。
動力は途絶えているはずだ。
センサーも焼き切れている。
それでも、機体は宇宙に上がろうとするHLVを守ろうとしている。
死んだはずのパイロットの意志がまだ、この鉄の巨体を動かしているかのように。
(なんで……なんでまだ動くんだ……!?)
ソウヤは信じられなかった。
レナートは歯ぎしりしながら、覆い被さるハイゴッグを力任せに蹴り飛ばした。
ハイゴッグは仰向けに倒れ、アスファルトの地面に叩きつけられる。
「てめえ……! 邪魔しやがって!!この死にぞこないが!!」
レナートは怒りに任せて、右肩の有線ミサイル二発を倒れたハイゴッグに叩き込んだ。
ミサイルは直撃し、青い巨体が炎と衝撃に包まれ、四肢が吹き飛ぶ。
胴体が真っ二つに裂け、爆散した。
その瞬間、ソウヤの頭の中にまだ幼さが残る少女の声が直接、響き渡った。
『姉さん……生きて……。』
悲しみと誰かを守りたいという、純粋で深い、愛が詰まった最後の叫びだった。
ソウヤの瞳から、涙が勝手に頬を伝った。
ソウヤもイーサンもただ、空へ吸い込まれていくHLVを見上げることしかできなかった。
レナートはコックピットの中で髪を掻きむしり、狂ったように喚き散らしていた。
「全部……全部台無しだ!!HLVは逃げた!!くそ!くそくそくそくそくそ!くそぉーー!!」
港湾地区に爆発の残響と怒号と、静かな涙だけが残った。
レナートは震える手でビームピストルを倒れたガンキャノンのコックピットに突きつけた。
「全部……全部お前が悪いんだよ、『オデッサの新星』!お前さえいなけりゃ、こんなことには……!」
イーサンが叫ぶ。
「やめろ、レナート! ソウヤを殺しても何も変わらない!頼む、銃を――」
「黙れ!!こいつは俺の股間を蹴りやがったんだ!!そして、俺を散々コケにしやがって!!死にやがれ!!」
ソウヤは目を閉じ、死を覚悟した。
次の瞬間、赤い機影がイーサンの横を疾風のように抜け、レナートのジム・スパルタンを横薙ぎに蹴り飛ばした。
レナートは吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
赤い機体は即座にガンキャノンの前に膝をつき、右手を差し出す。
鮮烈な赤いガンダムが右手を差し出していたのだ。
スピーカーから、女性の切迫した叫び声が響く。
「乗って!!」
ソウヤは一瞬だけ躊躇った。
だが、ガンキャノンのコックピットから這い出し、赤いガンダムの掌に飛び乗り、中指に必死に掴まる。
確認と同時に赤いガンダムはスラスターを噴射。
後方からレナートの怒号が聞こえた。
「待てぇぇぇ!!魔女狩り共!!そいつを渡せぇぇー!!」
赤いガンダムはレナートの咆哮を無視。
前方には装甲強化型ジムと右腕を失ったイーサンのジム・ドミナンスが並んでいた。
装甲強化型ジムのスピーカーから男性の声が聞こえる。
「こっちだ! 早く離脱するぞ!!」
赤いガンダム、装甲強化型ジム、ジム・ドミナンスの三機はキャリフォルニア・ベースを一気に離脱していった。
キャリフォルニア・ベースは静寂に包まれた。
マスドライバー付近のコンビナートでは頭部を失ったブルーディスティニー1号機が無言で横たわっている。
そのマスドライバーの反対側、倉庫群ではガンダム6号機が炎を纏い、燃え尽きていた。
上空を輸送機シルフが駆け抜け、ノイジー・フェアリー隊を乗せ、戦場を後にする。
発射台から昇るHLVの軌道を灰色のピクシーと紫のイフリートを見上げていた。
崩壊した病院跡では、紫色のザクⅡが静かに倒れている。
港湾の発射台のハイゴッグの残骸は、ただ空を見上げ、もう二度と動かなかった。
ここに連邦軍のキャリフォルニア・ベース奪還作戦は終わりを迎えた。
誰も勝者ではなく、ただ、生き残った者と生き残れなかった者だけが、この大地に残された。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン