宇宙世紀0079年12月20日
二つの小惑星を強引に結合させた、傘とも巨大なキノコとも見える異形の要塞が静かに虚空に浮かんでいた。
ジオン公国軍の宇宙要塞ア・バオア・クー。
11月のオデッサ敗北を境に地球圏の支配権は次々と連邦軍に奪われ、地上から撤退した部隊は宇宙へと帰還を果たしていた。
その外壁には、ムサイ級巡洋艦が整然と係留され、緑色の艦体が要塞の岩肌に溶け込むように並んでいる。
虚空を切り裂くようにリック・ドムの機影が巡回し、ザクⅡの重厚なシルエットが補給作業に忙殺され、最新鋭モビルスーツのゲルググは訓練飛行を繰り返していた。
モビルスーツの噴射音が、真空の静寂を微かに震わせる。
内部の工廠はフル稼働を続けていた。
溶接の火花が飛び散り、金属の軋む音が響き渡る中、技術者たちは休む間もなく機体の整備と生産に追われている。
弾薬の補充、機体の点検、作戦会議——全てが緊張感に満ちていた。
ア・バオア・クー防衛部隊の士気は旺盛だった。
地上から帰還した兵士たちは地球での屈辱的な敗北を胸に焼きつけ。
そのまま、この要塞での戦闘に参加する者も多かった。
彼らは連邦のジムや61式戦車に蹂躙された記憶を払拭すべく、復讐の炎を燃やしていた。
一方、学徒兵たちは初めての戦場に高揚しつつも、恐怖を隠せなかった。
まだ血の臭いを知らない若者たちは、シミュレーションで培った技術を決戦の日で試す日を待つが、英雄になる夢と死にたくないという本音の間で夜ごとに震えていた。
誰もが知っている。
連邦軍はすでに大艦隊を再編し、
いつ動き出してもおかしくない状況にあることを。
その、ア・バオア・クーの工廠の執務室で、1人の男が重厚な木製の机に腰掛けていた。
壁にはジオン公国の紋章が描かれた深紅のタペストリーが掛けられ、床には厚い絨毯が足音を殺している。
照明は控えめで銀のペン立てだけが仄かに光を反射していた。
要塞の最深部に近いこの部屋を与えられるのは、ギレン・ザビの特別な信任がある者に限られる。
白衣のボタンを上まで留め、銀灰色の髪を乱したままの男はフラナガン機関副所長、ジル・ペロー少佐だった。
ジル・ペローは机に積まれた書類を、まるで機械のようにページをめくる手つきで読破していた。
一枚一枚を数秒で吸い取り、次の紙へ。
眼鏡の奥の瞳は一点の揺らぎもなく、ただ文字を貪るだけだ。
コン、コン、と控えめなノックが響いた。
瞬間、ジルの肩が小さく跳ね、眉間に深い皺が寄る。
指先が一瞬震え、めくっていたページを乱暴に閉じた。
「……入れ。」
入室の許可をすると、ドアが慎重に開かれた。
入ってきたのはギレン直轄の若い大尉だった。
制服の襟を正し、視線を床に落としたまま、ぎこちなく敬礼する。
「あの……少佐、例のプロジェクトの進捗を、ギレン総帥に報告するよう言われておりまして……」
ジルは返事もせず、再び書類に目を落としたまま答えた。
「あと7日で完成する。ア・バオア・クーのラインのお陰で、なんとか間に合う。」
大尉の肩から力が抜けたのがわかった。
ほっとした吐息が漏れる。
大尉が小さく口を開いた。
「……少佐が無事に戻られたのは、本当に良かったと思っています。あのとき、総帥直轄の部隊が特別に動いてくださったのも、少佐の価値を正しく理解していたからです。私も、少佐が生きて帰還されたと聞いたとき、心から安堵しました。」
ジルは一瞬だけ、眼鏡の奥の瞳を揺らした。
「……ああ、そうか。君は私が乗っているHLVを回収するためのムサイに乗っていたな…。……助けてくれたのか。感謝する。」
声は低く、掠れていたが、確かに「感謝」という言葉が零れた。
だが、次の瞬間、表情が一変する。
眉が吊り上がり、薄い唇が歪んだ。
「だがな、大尉。感謝は感謝として、私は許せないんだ。」
指が机を叩く。
乾いた音が部屋に響いた。
「キシリアは私とギレン総帥との内通を嗅ぎつけた。
だから私は地上に追いやられた。罰だと言えば、それまでだが、天才をあんな泥臭い地球に送る判断が信じられない。オデッサが崩れたとき、マ・クベは私をHLVに乗せなかった。仕方なく潜水艦だ。あの狭い、湿った、天才の頭蓋を抉る音を何日も聞かされた。海の底を魚のように逃げ惑う。この天才が魚の真似事をさせられるのかと思ったよ。」
声に熱がこもり始める。
「やっと北米に辿り着いたら、今度は防衛戦のための戦力を出せと迫られた。カーラを……最高傑作の一つだったカーラを、HLVに乗るためといえ、仕方なく提供した。私の最高傑作の一つを失った痛みは一生忘れない。」
最後はほとんど吐き捨てるように。
「そして最終便のHLVだ。発射直前に連邦の部隊が発射台まで来た。あと一歩遅ければ、私は今頃は連邦軍に尋問されていただろう。ジオンは、私という唯一無二の頭脳を永遠に失うところだった。」
ジルは大尉を真正面から射抜いた。
「だから総帥が私を救うのは当然だろう。助けてくれて感謝はする。だが、私は二度と、あんな屈辱を味わいたくない。分かったな?」
大尉は背筋を硬くし、額に汗を浮かべながら小さく頷いた。
「は、はい……承知しました。」
声は震えていた。
ジルが癇癪を起こせば、この部屋で何が起きるか誰も知らない。
大尉はそれを骨身に染みて知っている。
ジルは再び書類に目を落としかけ、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、フラナガン博士は今どこにいる?」
大尉は一瞬息を呑み、すぐに答えた。
「現在、サイド6のフラナガン機関研究所に滞在しております。」
ジルは眉をひそめた。
「グラナダではなく、サイド6だと?なぜだ?」
大尉は言葉を選びながら、慎重に告げた。
「『赤い彗星』のシャア・アズナブル大佐が連れてきた少女が高いニュータイプ適性を持っているとされまして。
その少女の脳波解析と能力評価のため、博士自らが現地に赴いているそうです。」
ジルの唇が、薄く歪んだ。
嘲笑とも失望ともつかぬ表情が、青白い顔に広がる。
「……またか。」
低い呟きが部屋の空気を凍らせた。
「まだ天然のニュータイプを探しているのか。あの人ときたら……自然発生など、まだ、この時代には早すぎるというのに。奇跡の一例にすがって、いつまで彷徨うつもりだ。あの一件からまったく反省しておられない。」
ジルはゆっくりと椅子に背を預け、天井を見上げた。
「確かに優秀だよ、フラナガン博士は。観測と分析、既存の現象の理解に関しては天才的だ。だが……閃きがない。そして、彼は私と同じものを作れない。」
指先が机の端を軽く叩く。
乾いた音が、三度、四度と続く。
「私は違う、私は作れる。天然など待つ必要はない。必要なのは素材と時間と、私の頭脳だけだよ。」
ジルは大尉に視線を戻し、静かに告げた。
「私はそれを成し遂げたのだから。」
大尉の喉が、かすかに鳴った。
「私はそれを成し遂げたのだから」その一言が、部屋の空気を重く淀ませた。
大尉は何も言えなかった。
知っている。
知りすぎている。
記録にも残らない。
残せない。
なぜだ。
なぜ、この男は今もここに居る。
なぜ、神はこの男に神の神業を与え、悪魔のような所業をさせるのか。
我らが創り、我らが恐れる存在。
彼こそ、聖なる怪物なのだろう。
ジルはふと顔を上げ、懐かしむような、どこか楽しげな声音で尋ねた。
「そういえば……8年前の、あのプロジェクトの成果はどうなっている?」
大尉の顔から血の気が引いた。
唇が震え、言葉を絞り出すのに数秒かかった。
「……片方は、現在も経過観測中です。
もう片方は……来るべき時に備えて、調整を続けております。そして、予備は初期状態で保管中です。」
ジルは小さく笑った。
それは、まるで古い友人の近況を聞いたような、柔らかな笑みだった。
「懐かしいね。ザビ家の巨大な庇護と、底なしの研究資金を手に入れるために作った、あの3つは……。」
大尉の顔色がさらに悪くなる。
額の汗が、ぽたりと床に落ちた。
大尉は震える声で、しかし聞かずにはいられなかった。
「……少佐、少佐が左遷される前に……キシリア閣下の配下の部隊が作ってほしいと依頼されたものは……?」
ジルは「ああ……」と、まるで些細な昔話を思い出したように軽く頷いた。
「頼まれたから作っただけだよ。『我が部隊の象徴となる存在を』ってね。正直、シンボルとして作るなんて発想は私にはなかった。だから逆に面白かった。」
ジルは指先で机を軽く叩きながら、楽しげに続けた。
「納期が半年しかなかったから、凡人なら絶対に無理だった。でも私は持っていたからね。希少な素材と私しか持っていない技術、私自身の才能を総動員して、なんとか間に合わせた。……まあ、結果的には大成功だったけどね。」
そして、まるで次の遊びを思いついた子供のように目を細めた。
「お陰でいいデータが取れたよ。自分でやる時は、もっと別のアプローチでやってみようと思ってる。もっと、性能が良くなるはずだから。」
大尉は言葉を失った。
半年。
常人なら一生かけても届かない領域を、この男は「面白かったから」という理由だけで、たった半年で成し遂げた。
大尉はただ、目の前の「聖なる怪物」が、また何かを生み出したことに全身を震わせるしかなかった。
ジルはふと手を止め、大尉の顔を見上げた。
「……顔色が悪いな、大尉。もういい、退がれ。」
声は相変わらず平坦で、感情の欠片もなかった。
まるで空気の温度を測るように、ただ事実を告げただけだ。
大尉は慌てて敬礼し、「は、失礼いたします!」と掠れた声で答え、踵を返す。
廊下に出た瞬間、大尉は壁に手をついて膝を震わせた。
冷たい汗が背中を伝い、制服がびっしょりと濡れる。
生きて出られた。
あの部屋から、あの男の前から、無事に抜け出せた。
息が荒い。
鼓動が耳の中で暴れている。
大尉は額を壁に押し当て、ただひたすらに安堵の吐息を漏らした。
まるで、悪魔の書斎から逃げ出した人間のように。
ジルは再び机に向かい、書類の山を淡々とめくり続けた。指が一枚の報告書で止まる。
フラナガン機関の最新報告に添付された写真に目を奪われる。
「……ふふっ」小さく、喉の奥で笑いが漏れた。
「博士、私が残した“最後の一個”をこんなことに使っているのか…。」
声は低く、どこか楽しげで同時に深い懐かしさに満ちていた。
ジルは写真を両手でそっと包み込んだ。
まるで壊れ物を扱うように。
まるで、まだ温もりが残っていると信じているように。指先が写真の表面を優しく撫でる。
「もし、あの事故さえなければ……。」
ジルはそう言うと、報告書を机に置き、あの事故のことを思い返すのだった。
宇宙世紀0075年
サイド3近傍・宙域試験エリア真空の闇を、白い流星が切り裂いていた。
EMS-04 ヅダ。
ジオニック社のザクIと並行開発された機体。
重元素熱核ロケット「木星エンジン」が生む奔流はザクIを遥かに凌駕する加速と機敏さを、この白い機体に与えていた。
コックピットの中、女性は輝く金髪を三つ編みにまとめ。
無線越しに淡々と報告を始める。
「こちら試験機EMS-04。現在、推力ベクトル制御試験フェーズ3に入りました。ミノフスキー粒子濃度0.38、干渉レベルは規定値内。問題なし。相変わらず、この子は私の指先より先に動いてくれるわ。」
管制室のモニターに映る白い機体は、まるで意志を持った生き物のように空間を縦横無尽に舞い、急旋回、急停止、そして一瞬の閃光のような突進を繰り返していた。管制室の中央に立つのは、まだ32歳のジル・ペロー。
白衣は今と同じくボタンを上まで留め、
黒色の髪は少し短めで、乱れは少ない。
眼鏡の奥の瞳は今よりも幾分か穏やかで、ただひたすらにモニターを見つめている。
隣に立つ助手のセリーヌが穏やかな声で告げた。
「空間認識値、限界突破です。脳波のシータ波はいつも通りに安定してます。」
ジルは小さく頷いた。
声は今よりも柔らかく、すでに底知れぬ確信を孕んでいる。
「当然だ。彼女はこの研究会の最高の素質を持った人物なんだから。」
モニターの中、白いヅダが再び加速する。
まるで空間そのものを“感じて”動いているかのように、
予測不能な軌道を描きながら、標的ドローンを次々と撃ち抜いていく。
隣でモニターをチェックしていたセリーヌが報告する。
「脳波パターン、過去最高値です。ドロシーさんの反応速度も過去平均値を超えました。」
試験は一段落し、モニターには静止した白いヅダが小さく映っているだけだった。
セリーヌがタブレットを閉じながら、静かに口を開いた。
「ジル博士、あと12日でキシリア閣下への正式報告ですね。この正式報告が通れば、私達は正式にキシリア閣下の傘下に加われます。データはもう十分揃いましたけど……やっぱり緊張しますね。」
ジルは椅子に深く腰掛け、眼鏡を外してレンズを拭きながら答えた。
「緊張するのは君だけでいい。私はただ、結果を見せるだけだ。……あの人が望んでいるのは“可能性”ではなく、“確実に結果を残せる兵士”だからな。」
セリーヌが苦笑する。
「でも、ドロシーさんの脳波パターンがここまで安定してるのは、博士が調整した操縦プログラムのおかげですよ。キシリア閣下も、きっと」
その瞬間、管制室のスピーカーから、
艶やかな笑いを含んだ声が飛び込んできた。
「ふふっ、二人とも、私がいないところで仲良く内緒話?そんなに私のことが好きなら、正直に言えばいいのに。」
ドロシーの通信だった。
セリーヌが頬を赤くして慌てて手を振る。
「ち、違います! ただ報告の話を……」
ジルは小さくため息をつき、マイクを握った。
「ドロシー、最終フェーズが残っている。ヅダの最高速度確認と、それに伴う、君のG耐性と反射速度、脳波変動の計測を行う。おしゃべりは後にしよう。」
「やっと、この子の本気のスピードを体感できるのね。いいわ。私とヅダの実力を見ていてちょうだい。」
声に、どこか愉しげな響きが混じる。
セリーヌが小声で呟く。
「……もう完全に遊び感覚ですね。」
ジルは無表情のまま、しかし口元に僅かな笑みを浮かべ、冷静に告げた。
「では、カウント開始する。木星エンジン、出力100%まで段階的に上げろ。脳波はリアルタイムでこちらでモニターする。」
ドロシーの返事が甘く返ってきた。
「了解、ジル。……私の最高を見せてあげる。」
次の瞬間、モニター上の白いヅダが轟音を伴わぬ閃光となって、漆黒の宙域を真っ直ぐに貫いた。セリーヌが息を呑む。
宙域は完全に静寂だった。
音はない。
ただ、白い機体が放つ青白いプラズマの尾だけが、
漆黒の虚空に長く、鋭く、美しい軌跡を描いていく。
「フェイズ4、開始。木星エンジン、出力85%……90%……95%……」
ドロシーの声は加速するにつれて、まるで歌うように高揚していく。
モニターに映るヅダは、もはや流星ではなく、光そのものだった。
98%……99%……100%……
通常パイロットなら意識が飛ぶ領域。
血流が逆流し、視界が暗転するはずの数値だ。
「心拍、わずか92。血圧安定。脳波は……シータ波が完全に支配的。リラックス状態です。」
セリーヌが、声を震わせながら読み上げる。
管制室のスクリーンに、次々と更新される数値。
赤色警告域を突き抜け、誰も見たことのない領域へと突入していく。
それでもドロシーの声は恍惚に濡れたまま、澄み切っていた。
「すごい……すごいわ、ジル!この子、流星よりも速く動くわ!これが……これが木星エンジンの本当の姿なのね!」
105%……110%……115%。
セリーヌが思わず立ち上がった。
「ジル! これは……理論値を越えました!こんな数値、記録にありません!」
管制室のスタッフが、次々と歓声を上げる。
「やった!」
「これで決まりだ!」
「閣下も納得するしかない!」
ジルだけが静かに、ただ静かにモニターに映る白い光を見つめていた。
唇が、小さく動く。
「……完璧だ」
セリーヌが涙目になりながら振り返る。
「ジル……!これで、私たちの機関は……正式にキシリア閣下直轄の国策研究機関になれます!ニュータイプ研究は、もう誰にも止められません!」
ジルはゆっくりと頷いた。
まだ32歳の横顔に勝利の確信と、そして、どこか遠くを見るような影が一瞬だけよぎった。
「そうだ。これで、私たちは……誰も追いつけない場所に立てる。」
そのとき、ドロシーの声が、まるで祝福の歌のように響いた。
「ジル、聞こえてる?私、今……宇宙のすべてが見えるわ。これが……これが、私たちの望んだ“新人類”なのね」
ジルはマイクを握り、
静かに、しかし確かに答えた。
「ああ、ドロシー。私達は、今……新人類の入り口に立ったんだ。」
白い光は、さらに加速を続け、まるで永遠に止まらないかのように闇の彼方へと突き進んでいった。
❰エンジン出力120%❱
白い光が、まるで意志を持ったようにさらに伸びた。
ジルは即座に指示を出した。
「ドロシー、目標達成だ。出力80%まで落とせ。ゆっくりでいい、安定させてから帰投してくれ。」
だが、返ってきたのは、ドロシーの明らかに困惑した声だった。
「……ジル?なんか……おかしいの。スロットルを戻したのに……出力が逆に上がってる……これ、どういうこと?」
管制室のスクリーンに赤い警告が雪崩のように降り注ぐ。
【推力制御系応答なし】
【出力自己増幅確認】
【構造負荷限界超過・10秒後予測崩壊】
セリーヌが叫ぶ。
「エンジンが止まらない!勝手に130%……135%に……!」
ドロシーの声が、次第に高くなる。
「ジル!止まらない! 本当に止まらないの!?私、死ぬの!?ねえ、みんな!助けて!」
スタッフが設計図を引っ張り出し、必死に強制停止コードを打ち込む。
「遠隔シャットダウン送信! ……応答なし!」
「非常停止回路も反応がありません!」
モニターの中、白いヅダは、もはや直線すら引けず、
不規則に狂ったように宙を跳ね始めた。
「誰か!止めて!お願いだから、止めて!!」
右腕の装甲が、
ぱらりと、音もなく剥がれ落ちる。
「いやぁぁっ!! 腕が……!」
続いて左脚が根元からねじ曲がり、装甲ごと吹き飛ぶ。
「熱い! コクピットが熱い!早く! 早く止めてよぉ!!」
機体が、まるで首を振るように激しく揺れる。
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!私、まだ死にたくない!!ジル!! セリーヌ!! 誰か!!助けて!! 助けてぇぇえええ!!!」
悲鳴が通信機から、管制室の空気を直接引き裂いた。
ジルはマイクを握りしめたまま、ただ立ち尽くしていた。
「ドロシー! 脱出を! 今すぐイジェク……」
遅かった。
白い機体が限界を超えた光を放ち、眩い閃光を放つ。
無音の爆発が虚空に巨大な火球を生んだ。
プラズマの残滓が四方八方に散り、やがて、ただの星屑へと変わっていった。
管制室は凍りついた。
誰も動けない。
誰も言葉を発しない。
セリーヌが膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らした。
「……ドロシー……嘘でしょ……」
ジルはマイクを握ったまま、虚空に浮かぶ光の残骸を呆然と見つめていた。
唇が、小刻みに震えている。
「……なぜだ……エンジンは……止まるはずだったのに……」
誰も答えられない。
ただ、原因不明の暴走。
止まらない推力。
そして、耐えきれずに崩壊する機体。
そのすべてが、まだ誰にも理解できないまま、白いヅダとドロシー・クライトンという、最も優れた被験者を永遠に奪った。
管制室にただ、セリーヌの泣き声だけが虚しく響き続けた。
宇宙世紀0079年12月20日 ア・バオア・クー
あの事故は軍の公式記録からは完全に消された。
ただの「試験中の事故」として、誰にも知られることなく闇に葬られた。
ツィマット社は、来るべき正式採用コンペティションを前に評価を落とすことを極度に恐れた。
ツィマット社の懇願によって、「試験中の単なる事故」として片付けられた。
ドロシー・クライトンの名は公式記録から完全に消された。
だが、運命は残酷だった。
数ヶ月後、ジオニック社のザクIとの最終コンペティション。
同じ機体が同じ悲劇を今度は大勢の観衆の前で繰り返された。
残骸は回収され、徹底的な調査が行われた。
結論は誰にも覆せない致命的なものだった。
『木星エンジンは、一定出力を超えると制御信号を無視し、自己増幅を始める。さらに機体構造がその加速に耐えきれず、必ず空中分解に至る。』
それがヅダの致命的な欠陥だった。
さらにコストはザクⅠの1.8倍。
欠陥は致命的。
ツィマット社は敗北し、主力機の座はジオニック社のモビルスーツに決まった。
ドロシー・クライトンの死によって、キシリア・ザビへの正式報告は丸一年延期された。
ただ、ジル・ペローの胸の奥にだけ、白い残骸と金髪の女性の最後の絶叫が消えることなく焼き付いたままだった。
もし、あの事故が起きなければ、違う結果になっただろうか。
もし、起きなければ、歯車は狂わなかったのだろうか。
ジルは誰にも聞こえない声で呟いた。
「……違う未来も、あったはずだ」
フラナガン博士と肩を並べ、キシリアの庇護の下で堂々と「自然発生した新人類」を追い続けていたかもしれない。
だが、現実はこれだ。
敬愛していた師と懐を分かち、キシリアを切り捨て、自分が持つすべての技術と知識を土産にギレン・ザビに身を投げた。
そして今、この要塞の最深部で自分の研究の最高傑作があと7日で目を覚まそうとしている。
かつての希望を噛み砕き、狂気を咀嚼しながら、ジル・ペローという名の魔術師が新たな娘を縫い上げている。
もう、誰にも止められない。
この幻獣が最後の咆哮を上げる時まで、彼の手は止まらない。
だから、幻獣ア・バオ・ア・クゥーは知っている。
涅槃は決して訪れない。
聖人は生まれない。
影は消えない。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
そして、ごめんなさい(泣)
本当はこの話しは24話にするはずだったのですが、本来の23話をしてしまうと、バランスが悪くなるなと思い。
こちらの話を23話にさせてもらいました。
本当にごめんなさい。
今回の話はジオンサイドのジル・ペローの視点で書きました。
書いていて、盛大にネタバレしてないか、ヒヤヒヤしながら書きました。
察しのいい人なら、今回の話でかなりネタバレしたかもです…。
まだまだ未熟だなと痛感しました。
あと、全国のヅダ好きの皆様、本当にごめんなさい!
ヅダを空中分解させてしまいました!
もうこれは、ジャン・リュック・デュバル少佐も激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームですね。
本当に申し訳ございません。
でも、ヅダの空中分解からの大爆発は様式美としては、ギャラクティック・ノヴァみたいに綺麗ですよね。(おい
次回は本当に意外な人物を出しますので、楽しみにしていてください。
感想など、お待ちしております。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン