人はそれを「第二の月」と呼ぶ。
地球を挟んで月の正反対、L3ラグランジュ点に浮かぶ、全長180キロメートルの岩塊。
元は小惑星ユノー。
宇宙世紀0045年にアステロイドベルトから曳航され、コロニー建設の資材を吐き出すだけの無骨な石だった。
それが0060年代、連邦が軍を宇宙に持ち上げた頃、厚い岩盤の腹に無数のドックを穿たれ、要塞へと変貌した。東京から静岡まで届くほどの巨体。
核すら跳ね返す岩盤の層。
その外壁を無数の光がざわめいていた。
宇宙での反攻作戦のために集まった連邦軍の主力艦隊の光だ。
サラミス級、マゼラン級の連邦艦隊の群れが外壁に沿って整列していく。
ルナツー第8ドック内部は、まるで巨大な鉄の胃袋の奥だった。
バイアリータークは、漆黒の船体を静かに横たえ、固定クランプに深く噛み込まれている。
外壁の厚い岩盤が艦を完全に包み込み、艦橋の窓からはもう地球も月も見えない。
代わりに、無数の作業灯が鈍いオレンジに艦体を照らし、作業艇の赤い警報灯がゆっくりと脈打っていた。
艦内は静寂に沈んでいる。
格納庫では、オリオン小隊の機体が三機、整然と並んでいた。
その内の1機の前にソウヤは足を止め、見上げた。
見上げた機体はハンガーに固定され、手術台の患者のように、装甲の隙間から無数のケーブルが這い出している。
青白い。
だが、ペイルライダーとは明らかに違う。
ジム系列のスマートなシルエットに、まるで別物のように洗練された関節。
肩アーマーは薄く、代わりにバックパックが異様に大きく、左右に張り出した冷却フィンが冷たい光を反射している。
頭部はツインアイのゴーグルを残しながら、さらに細く、鋭く、まるで獲物を睨む鷹のようだ。
まるで、遠くからでも一撃で仕留めるために生まれたような、静かな殺意を纏った姿。
紺色の銃士。
射撃のためだけに生まれた、静かなる死神。
「……これが、俺の新しい相棒か。」
ソウヤがまだその蒼白い影を見上げていると、背後で磁気ブーツの重い音が二つ、近づいてきた。
「おう、やはり、ここに居たか。」
振り返ると、整備班長のケンジ・ナガト中尉が、いつもの油汚れの作業服姿で立っていた。
隣には、顔に黒いグリースを塗ったままのイヤン軍曹が、片手にデータパッドを抱えている。
ナガトは顎をしゃくり、機体を指差した。
「見に来たんだろ? まあ、当然だな。お前の新しい相棒だ、ソウヤ。」
イヤン軍曹がニコリと笑い、データパッドを掲げる。
「正式名称はまだ極秘扱いですが……私たち整備班はこう呼んでいます。『ペイルライダー・マスケッティア』、銃士って意味です。」
ナガトは腕を組み、機体を見上げながら説明を続ける
「ペイルライダーの量産試作型の一機。だが、こいつは“射撃戦型”、中~長距離の絶対火力を叩き込むためだけに生まれた化け物だ。」
イヤン軍曹がデータパッドを指でなぞりながら説明を継ぐ。
「見ての通り、頭部センサーはEQS社製の高解像度センサーに換装済み。バックパックはガンダム4号機・5号機系の冷却機構を流用して、長時間連続射撃を可能にしています。教育型コンピューターが搭載されており、射撃予測アルゴリズムも追加済みです。少尉が照準を合わせる前に、敵の逃げ道を半分以上潰してくれるはずです。」
イヤン軍曹がニヤリと笑い、データパッドを軽く振る。
「頭部のセンサーユニットは展開式で、狙撃モードに入るとゴーグルが装着されます。腰のプロペラントタンクも増設済み。宇宙で長時間の高機動マニューバーしても、簡単には息切れしません。」
ナガトが小さく頷いた。
「要するに、こいつは“遠距離からの絶対火力”に振り切った機体。お前の役目は、その絶対火力で確実に敵を仕留めることだ。」
ソウヤがナガトとイヤン軍曹の説明に耳を傾けていると、格納庫の奥から軽快な磁気ブーツの音が二つ近づいてきた。
「おう、ソウヤ! やっぱりここかよ!」
現れたのはヤザンと、背後でぴょんぴょん跳ねるように歩く小柄なミサキ上等兵だった。
「あ、ソウヤ少尉。やっぱりここにいたんですね。」
ヤザンと一緒に現れたミサキ上等兵は、小柄な体を少し前屈みにして、にこっと笑った。
頬にグリースの跡がついたまま、作業服の袖をまくっている。
ヤザンはソウヤのマスケッティアを見上げて、思わず口笛を吹いた。
「……すげぇな。遠くから見ても、いい機体だと、分かるぜ。」
ミサキが両手を腰に当てて、ミサキ上等兵が得意げに胸を張る。
「でしょでしょ!これならヤザンがどれだけ無茶な突っ込みをしても、後ろからバッチリカバーできるよ!」
と言いつつも、すぐにニヤリと笑ってヤザンの方を向いた。
「でもねヤザン、私が担当してるこっちの新顔も、負けてませんからね。」
彼女はマスケッティアの前のモビルスーツハンガーに固定された、もう一機を指差す。
そこに佇んでいたのは、明らかに威圧感の違う紺色の機体だった。
マスケッティアとは正反対の、力強いシルエット。
肩アーマーは厚く、腕部には追加装甲プレートが重ねられ、まるで鎧を纏った騎士のようだ。
脚部スラスターは外側に大きく張り出し、バックパックには高出力ブースターが6基もある。
頭部ゴーグルは同じ形状だが、ガンダムタイプのようなV型アンテナを装備し、獲物を真正面から睨みつけるような凶暴さがあった。
「ペイルライダー・ヴァンガード。」
ミサキが誇らしげにヤザンの新しい機体の名前を言う。
「近接戦闘特化型。射撃は最低限にして、機動性と装甲を極限まで強化した突撃仕様。
脚部スラスターはジム・スナイパーIIの高出力版をさらにチューンして、瞬間的な加速と急旋回を可能にしてる。正面からぶつかれば、ザクだろうがドムだろうが一瞬でバラバラだよ。まさに“先鋒”って名に恥じない、敵陣をぶち抜くための機体だね。」
ヤザンが満足げに腕を組み、機体を見上げてニヤリと笑った。
「へっ……俺好みだ。こいつとなら、また暴れまくれそうだぜ」
ナガトが苦笑いで肩をすくめた。
「つまり、遠距離で仕留める『マスケッティア』と、近距離でぶち壊す『ヴァンガード』。お前ら二人で組めば、もう隙がねぇな。」
ヤザンがソウヤを見て、いつもの調子で歯を見せて笑った。
「おいソウヤ、俺が前で暴れてる間に、お前は遠くからしっかりと敵を狙えよ。撃ち漏らしたら、承知しないからな!」
ソウヤは小さく笑って、静かに返した。
「……了解。ヤザンの戦いを邪魔する奴を確実に狙い撃つよ。」
二人の新機体が格納庫の灯りの中で、静かに佇んでいた。
銃士と先鋒騎士。
まるで、これからの戦場を共に駆け抜けることを誓うように。
格納庫の照明が一段階落ち、作業用のスポットライトだけが二機の新型を白く照らし出す。
「じゃあ、俺はヴァンガードの方行くぜ」
ヤザンが軽く手を上げて、ミサキと歩き出す。ミサキも小走りでついて行きながら、データパッドを片手に振り返った。
「ソウヤ少尉、頑張ってくださいね。きっと、ソウヤ少尉なら、すぐに乗りこなしますよ。」
二人の背中がヴァンガードの巨体に吸い込まれていく。
ソウヤは残された蒼白のマスケッティアを見上げ、ゆっくりと息を吐いた。
ナガトが肩を叩く。
「行くぞ、ソウヤ。こいつのアジャストは骨が折れるぞ。」
イヤン軍曹が苦笑いしながら、足場のリフトを操作する。
「量産型ガンキャノンのデータはほぼ使えないですからね。重心も、慣性モーメントも、スラスター配置も全部違います。まるで別の生き物に乗るようなものです。」
リフトが上昇し、ソウヤはマスケッティアの胸部ハッチの横に立つ。
コックピットはまだ開いたままで、新品のシートの匂いがする。
メイン・モニターは真っ暗だが、補助ディスプレイにはすでに「PILOT ADJUST MODE」と赤い文字が浮かんでいる。
ナガトがコンソールを叩きながら言う。
「今日はまずニュートラルポジションの決定と、基本的な関節可動域のマッピングだ。そのあとで射撃時の姿勢制御プログラムを組む。……正直、かなり時間が掛かる、覚悟でしといてくれよ。地上のガンキャノンじゃ、肩のキャノンが重心のほとんどだったろ?こいつはバックパックと脚部スラスターが主役だ。最初は腰が引けて、後ろにひっくり返る感覚になるはずだが。そこを乗り越えれば……遠くの敵が、まるで目の前にいるみたいに感じるようになるはずだ。」
ソウヤはコックピットに滑り込み、シートベルトがカチリと嵌める。
ハッチが閉まり、メイン・モニターがゆっくりと立ち上がる。
「ペイルライダー・マスケッティア システムチェック開始します。」
機械的な女性の声が、静かに響いた。
ソウヤはマニュアルを読みながら、システムを起動させていく。
通信機が起動すると、ナガトの声が届いた。
「よし、まずは足からだ。ゆっくり右脚を前に出してみろ。……急ぐな。こいつは、お前の新しい身体なんだ」
ソウヤは軽く息を吐いて、ペダルを乗せている足をゆっくりと少しだけ踏んだ。
マスケッティアの右脚が、静かに、だが確実に一歩踏み出す。
格納庫の床に、初めての足音が響いた。
隣ではヴァンガードのコックピットに乗り込んだヤザンが、すでにエンジンを唸らせ始めている。
「ははっ! こいつ、すげぇ!出力が段違いだぜ!」
ヤザンの声が格納庫に響く。
ソウヤは小さく笑って、ペダルを踏み込んだ。
マスクッティアの膝が、しなやかに曲がる。
「……こいつは、静かだな。」
ナガトが満足そうに呟いた。
「当たり前だ。
遠くから殺す奴が音を立てるか。」
調整作業は、まだ始まったばかりだった。
だが、紺色の銃士はすでに静かにソウヤの鼓動を覚え始めていた。
コックピットの中は、汗と革の匂いだけが漂う。
「もう一回。右肩を0.7度下げて、0.3度前に出す。」
ナガトの声がインカムから低く響く。
「了解……。」
ソウヤはレバーをわずかに傾け、ペダルを軽く踏む。
シミュレーターのマスケッティアの長大なライフルが、仮想標的に向かってぴたりと静止。
赤い照準が重なり、緑の「LOCK」が点灯。
「よし、そこだ。記憶させます。」
イヤンがコンソールを叩く音が響く。
「……これで40キロ先でも誤差10センチ以内だ。」
ナガトが満足げに呟いた。
ソウヤはシートに深く沈み込み、息を吐く。
まだ体が慣れない。
量産型ガンキャノンの重厚な“地面に根を張る”感覚とは正反対。
こいつは、まるで風に乗るように浮き、わずかな操作で体勢が崩れそうになる。
次のテスト。
右肩を0.4度下げ、腰を0.2度前に、
スラスター出力を3%絞る。
バックパックのスラスターフィンの角度を0.8度開け。
何度も、何十度も繰り返す。
「……まだ0.3秒遅い」
ソウヤはモニターに映る照準補正タイミングのログを睨み、小さく舌打ちした。
指先がコンソールを這い、パラメータをさらに削っていく。
「……ここを0.08秒だけ早めれば、もう少し自然に収まる。」
自分で数値を打ち込み、テストショットを放つ。
仮想標的の中心に、完璧な一撃。
ナガトがインカム越しに驚いた声を漏らす。
「……おい、ソウヤのやつ。今の自分で入れたのか?」
「ええ……キャリフォルニア・ベースの戦いから、タカバ少尉は何かに目覚めましたからね。」
イヤンが呆れたように笑う。
「ガンキャノン乗りだった奴が、こんな短時間でここまで……お前、化け物だな。」
ソウヤは小さく笑って、首を振った。
「違います。こいつが俺の動きを全部覚えてくれてるだけですよ。」
マスケッティアの頭部ゴーグルが、静かに一度だけ瞬いた。
まるで「もっと来い」と告げているかのように。
ソウヤとナガト達はその後もマスケッティアの調整を続けた。
ソウヤは額の汗を手の甲で拭いながら、最後の数値を打ち込んでいる。
そのとき、格納庫の通路から軽い足音が近づいてきた。
「ナガト中尉、イヤン軍曹、お疲れ様です! マスケッティアの調整、本当にご苦労様です!」
ミサキ上等兵だった。
両手にペットボトルの水を抱えて、にこっと笑っている。ナガトが振り返って苦笑い。
「おう、ミサキか。ヴァンガードの方はもう終わったのか?」
「はい! ヤザン曹長はさっきブリーフィングに行きましたよ。『俺はもう完璧だから、ブリーフィングに行く』って言ってました」
イヤンが口に含んだ水を吹き出す。
「ぶっ!ブリーフィング!?」
その瞬間、コックピット内蔵スピーカーからソウヤの声が響いた。
「ミサキさん?調整が終わったんですか?」
ソウヤの声を聞き、ミサキがびっくりして顔を上げる。
「えっ……少尉!? どうしてまだここにいるの!?
ヤザンはもうブリーフィングルームに……って、えっ、もしかして遅刻!?」
ナガトとイヤンが同時に時計を見て、顔を見合わせる。
「……10分過ぎてます、班長。」
「完全に忘れてたな……。」
ソウヤは慌ててシートベルトを外し、「すいません! 今すぐ行きます!」と叫びながらハッチを全開にした。
リフトを蹴って飛び降り、ブリーフィングルームに猛ダッシュ。
ミサキが呆然と見送る。
「お、お疲れ様でしたー!? ……って、走れー!」
ナガトがため息をつきながら笑った。
「まったく……ヤザンはもう行ってるのに。ソウヤは遅刻か、いつもとは逆だな。」
ソウヤは無重力区画を蹴り、磁気ブーツを鳴らして通路を駆け抜けていく。
ソウヤは無重力の通路を猛スピードで移動していた。
次の角を曲がればブリーフィングルームのある中央ブロックだ。
焦りで視界が狭くなり、十字路に飛び出した瞬間──「っ!」ドン、と柔らかい衝撃。
無重力空間で勢いがそのまま伝わり、相手の体がゆっくりと後ろに倒れていく。
ソウヤは反射的に壁を蹴り、回転しながら相手の腕を掴んだ。
慣性で二人の体が絡まるように回るが、どうにか静止。
「……す、すみません! 大丈夫ですか!?」
見下ろすと、そこにいたのは──かなり小柄な女性だった。150cmあるかないか。
黒いおかっぱ髪が無重力でふわりと広がり、童顔で穏やかな瞳をしている。
物静かで、どこか儚げな印象。
でも、襟の階級章は──中尉。
(中尉……!?)
ソウヤは慌てて体勢を整え、彼女の体を支えながら敬礼した。
「失礼しました! オリオン小隊、ソウヤ・タカバ少尉です! 大変申し訳ありません!」
女性は小さく瞬きをして、静かに首を振った。
「……いいえ。私も急いでいて、前を見ていませんでしたから。」
声は低く、穏やかで、どこか懐かしい響きがあった。
ソウヤは彼女をそっと立たせながら、なぜか胸の奥がざわめくのを感じた。
(……どこかで、会ったことがあるか?)
女性もまた、ソウヤの顔をじっと見上げて、まるで同じことを考えているような、微かな驚きを瞳に浮かべていた。
ややあって、彼女は小さく微笑んだ。
「……もし、私とぶつかったことを気にされているなら、お願いを聞いてくださいませんか?」
ソウヤは即座に答えた。
「何でしょう!?」
「実は……ブリーフィングルームに行きたいのですが、
この艦の構造が複雑で、迷ってしまって。」
ソウヤは目を丸くした。
「……自分も今、そこに向かっている途中です!一緒に参りましょう!」
女性はほっとしたように微笑み、小さく頷いた。
「ありがとうございます、助かります。」
二人は並んで歩き始める。
ソウヤは自然と彼女のペースに合わせて、ゆっくりと進んだ。
通路の照明が、黒髪の女性の横顔を柔らかく照らす。
どこかで会ったような、でも思い出せない、不思議な縁を感じた。
遅刻はもう確定だった。
けれど、なぜかソウヤは、それが少しも惜しくなかった。
一方、ブリーフィングルームの中では、長テーブルの上座にハーツクライ艦長が座り。
右隣にイーサン・ミチェル・オルグレン少佐、イーサンの横にヤザンが肘をついてだらっと座っている。
向かいの席には二人の女性が椅子に座っていた。
一人は、やや紫がかった黒髪をゆるいパーマをしたネイティブ系の女性。
浅黒い肌に穏やかな目つきをし、年齢は二十代後半くらいだ。
もう一人は、175cmはありそうな高身長の金髪美女。
白い肌に青い瞳、細身ながらも肩から腕にかけてのラインが引き締まっており、筋肉質なのが一目でわかる。
無表情に近い顔で椅子に座っている。
まだ二席が空いている。
イーサンが苦笑いでネイティブ系の女性に向かって頭を下げる。
「ボカタ大尉、申し訳ありません。うちのソウヤが遅刻してしまって。」
ボカタ大尉は軽く手を振って微笑んだ。
「いいんですよ。私の方も部下が遅れてるので、お互い様です。」
視線が隣の金髪の准尉の方に移動する。
准尉は少し舌打ちして、やや粗野な口調で肩をすくめた。
「……すいません、中尉と一緒に来るべきでした。」
ボカタ大尉は優しく首を振る。
「気にするな、私もちゃんと指示してなかったのが悪いんだから。」
ヤザンが肘をついたまま、ニヤニヤしながら口を開く。
「へぇ、今日は俺が一番早く着いてるって珍しいな。
まあソウヤは新型機の調整で死ぬほど苦労してたからな。俺もヴァンガードで三時間近くかかったし、しょうがないですよ。」
ハーツクライ艦長が腕時計をちらりと見て、苦笑交じりに呟いた。
「……あと3分で15分遅れだな。まあ、若い馬は新しい鞍に慣れるまで、どうしても暴れるもんだ。」
ヤザンがニヤリと笑う。
「艦長、完全に競走馬扱いじゃないですか。」
ボカタ大尉がくすりと笑い、金髪の准尉も口元を緩めた。
そのとき、廊下の奥から二つの磁気ブーツの音が、だんだん速くなって近づいてきた。
カチ、カチ、カチ……カチカチカチカチ!
ハーツクライ艦長がにやりと笑って、マイクも持たずに実況を始める。
「おっと、ここで二頭が最後のコーナーを立ち上がった!外からぐんぐんと伸びてくる!内は食い下がる!
残り50メートル、並んだ、並んだ!先にゴールするのはどっちだ!?」
部屋にいた四人が一斉に吹き出した。
ヤザンが腹を抱えて笑い、イーサンが肩を震わせ、ボカタ大尉は口元を押さえ、金髪の准尉まで「ぷっ」と声を漏らす。
次の瞬間、ガチャッ!
ドアが勢いよく開き、ソウヤが息を切らしながら飛び込んできた。
「オリオン小隊、ソウヤ・タカバ少尉! 遅刻しました!誠に申し訳ありません!」
姿勢を正し、額に汗を光らせながら深く敬礼。
ハーツクライ艦長が満足げに頷く。
「よし、先着はタカバ少尉だな!わずかに鼻差のようだ。」
ソウヤは「???」と首を傾げた。
部屋にいる四人が、もう一度小さく笑いを噛み殺す。
すると、ソウヤの後ろから小さな影がちょこんと顔を出す。
「……私も、遅れて申し訳ありません」
黒髪のおかっぱ中尉が、恥ずかしそうに頭を下げた。
ハーツクライが手を振って椅子を示す。
「まあいい、まあいい。二人とも座って座って。最後の直線は名勝負だった、許してあげよう。」
ソウヤはまだ状況が掴めないまま、黒髪の中尉と並んで空いていた席に腰を下ろした。
部屋の空気が、ふっと和んだ。
ハーツクライ艦長がにこりと笑い、スクリーンを点灯させる。
「では、全員揃ったところで……今後の我々の行動の説明をする。」
艦長の表情は真剣になり、静かに口を開いた。
部屋の空気が一瞬で引き締まる。
「東南アジア方面のラサ秘密基地制圧、北米キャリフォルニア・ベース奪還、アフリカ戦線の掃討作戦。
我々、連邦軍はわずか二ヶ月で地球圏における優勢をほぼ手中にした。」
スクリーンに地球と月の軌道、そして3つの要塞が赤く点滅する。
「次の一手は、ジオン公国最後の防衛ライン──
ソロモン、月のグラナダ、ア・バオア・クーの三要塞だ。
連邦軍上層部は、その中でもドズル・ザビ中将が指揮するソロモンを最優先で攻略することを決定した。」
艦長は一度言葉を切り、テーブルの全員を見回した。
「だが、我々バイアリータークはこのソロモン攻略作戦には参加しない。」
ヤザンが顔をしかめる。
「じゃあ俺たちは?」
艦長はスクリーンを切り替え、サイド6宙域とア・バオア・クーの位置を示す地図を表示した。
「我々に下された命令は、サイド6宙域を経由し、
ア・バオア・クー要塞の偵察および長期監視任務だ。」
イーサン少佐が補足する。
「理由は二つある」
「一つは、オリオン小隊が宇宙戦闘経験不足であること。
ソロモン攻略のような大規模戦闘に投入すれば、足手まといになる可能性が高い。」
ヤザンが小さく舌打ちし、ソウヤも苦い顔をした。
「もう一つは、サイド6の状況だ。」
イーサンが続ける。
「今月に入って、15日にリボー・コロニー周辺宙域で連邦駐留部隊とジオン軍の交戦、18日にはホワイトベースがサイド6境界付近で戦闘、19日にはリボー・コロニー内部で工作員とモビルスーツ1機の襲撃が発生している。」
スクリーンに事件一覧が表示される。
「連邦軍は『サイド6の平和維持活動』として、複数の艦を同宙域に派遣している。我々はその平和維持活動としてサイド6に接近、中立コロニーであるサイド6から燃料補給を受けた後、この艦のジャミングフィールドを最大限に活用し、ア・バオア・クー方面に移動、ア・バオア・クーの偵察と監視を行う。」
ハーツクライ艦長が静かに結んだ。
「つまり、我々は“影の目”となる。ソロモン攻略の裏で、ア・バオア・クーの動きを完全に封じ、連邦軍の次の手を確実に決めるための、重要な一手を担う。」
部屋に重い沈黙が落ちた。
ソウヤは拳を握り、黒髪の中尉は静かに目を伏せ、
ヤザンは小さく笑った。
「……なるほどな。俺たちは囮じゃねぇ、“目”か」
イーサンが頷く。
「その通りだ。最も危険な場所に最も長く留まる。それが我々の任務だ、」
すると、イーサン少佐がゆっくりと立ち上がった。
「だが、オリオン小隊はただ偵察任務に張り付いてるだけじゃない。」
部屋の視線が集まる。
「ア・バオア・クーへの移動中、そして現地での監視期間中、俺たちは徹底的に宇宙戦闘訓練を行う。
この艦の直衛とオリオン小隊の訓練相手──アグレッサーとして、目の前のボカタ大尉のモビルスーツ小隊が配属された。」
ボカタ大尉が静かに立ち上がった。
「改めて自己紹介します。『スペース・ウィッチーズ』小隊長、ボカタ・ポワチエ大尉です。コールサインはウィッチ1。」
彼女は深く一礼し、ハーツクライ艦長とイーサンに向き直った。
「この度は、我々を実戦部隊に配属してくださり、本当に感謝します。正直、上層部は私たちを“女性パイロットのプロパガンダ”としてしか見てませんでした。戦死したらイメージが悪いからと、今まではデータ採集と模擬戦ばかり。でも、バイアリータークに来られたことで、ようやく本当の戦場に立てる。たとえ偵察任務の護衛や、オリオン小隊の訓練相手だとしても、手を抜くつもりはありません。地上の激戦を生き抜いたオリオン小隊の皆様に、最大限の敬意を…。」
次に、黒髪のおかっぱ中尉が立ち上がった。
「ウィッチ2、シイコ・カタギリ中尉です。私もずっと訓練とデータ採集ばかりで、息が詰まりそうでした。
やっと実戦の匂いを嗅げます。ありがとうございます。」
彼女はそう言って、意味ありげにソウヤをちらりと見た。
ソウヤはなぜか背筋がぞくりとして、そわそわと視線を逸らした。
最後に、金髪の高身長の女性が立ち上がった。
175cmの長身に引き締まった体、顔立ちにはまだ幼さが残っている。
「ウィッチ3、ライラ・ミラ・ライラ准尉です!」
声は少し低めだが、どこか甘い響きが混じっていて、
最後の語尾がふわりと跳ねる。
「士官学校に入ったばかりで、まだ授業も半分しか受けていませんが兵士の数が足りなかったので、優秀な士官候補生は特例で即配属されました。だから階級は准尉で年齢は……17歳です。」
ヤザンが「は!?」と声を漏らし、ソウヤも目を見開いたまま、思わずヤザンの方を見た。
二人は完全に同時に顔を見合わせ、
同じことを考えているのが丸わかりだった。
(レビル将軍が「ジオンに兵なし」と言ってたけど、
連邦も大概だな……)
二人の脳裏に同じ思いがよぎる。
ライラはそれを見抜いたように、肩をすくめて笑った。
「ま、年なんて関係ありませんよ。戦場じゃあ、生き残る奴が正義でしょ?」
イーサンが苦笑いで立ち上がり、スペース・ウィッチーズ隊に軽く会釈した後に自己紹介をした。
「では、こちらも改めて自己紹介をさせてもらう。オリオン小隊隊長、コールサイン・オリオン1のイーサン・ミチェル・オルグレン少佐。搭乗機体はジム・ドミナンスで、指揮を担当している。」
次にソウヤが立ち上がる。
「オリオン2、ソウヤ・タカバ少尉。マスケッティアに乗ります。ポジションは射撃支援兼狙撃です。……訓練、容赦なくお願いします。」
その瞬間。ボカタ大尉が小さく呟いた。
「……オデッサの新星?」
ライラが目を丸くして身を乗り出す。
「え、まさかあのエースパイロットが目の前に!?」
シイコも静かに、しかし明らかに興味を深めた瞳でソウヤを見つめた。
ヤザンがため息をついて、机を軽く小突いた。
「悪いが、その二つ名はソウヤは嫌ってるんだ。あまり言わないでやってくれ。」
ボカタが慌てて手を振る。
「あ、すまない!つい……」
ソウヤは苦笑いで首を振った。
「いえ、気にしてません。……ヤザン、フォローありがとう。」
ヤザンがふんぞり返って立ち上がる。
「オリオン3、ヤザン・ゲーブル曹長。ヴァンガードに乗る。前衛アタッカーだ、よろしくな。」
ハーツクライ艦長が補足する。
「このヤザン曹長は、北米戦線で“魔女”と互角に渡り合い、キャリフォルニア・ベース奪還作戦では単独でキラー・ハーピーを撃破した男だ。」
スペース・ウィッチーズの三人が同時に息を呑む。
「あのキラー・ハーピーを!?……なるほど、噂以上の部隊ね。」
ボカタは負けじと微笑み、隣のシイコを指差した。
「でも、こちらも負けません。うちで一番強いのはこの子、シイコです。遅れは取りませんよ。」
シイコは少し驚いたように瞬きをして、小さく首を振った。
「……大尉、急に何を」
「事実だろ?データ採集の模擬戦で、私もライラも一度もシイコに勝てたことはない。」
ライラが肩をすくめて笑う。
「私も完敗続きですからね。シイコさんの反応がバケモンなので。」
ヤザンが興味深そうに身を乗り出した。
「へぇ……中尉殿が一番強いってか?」
ソウヤも思わずシイコを見つめた。シイコは恥ずかしそうに視線を伏せながら、でも静かに答えた。
「……私はただ、相手の動きを少しだけ先まで読めるだけですよ。」
その瞳に、ほんの一瞬、底知れぬ深さが垣間見えた。
ボカタ大尉が穏やかに、しかし確信を持って言い切った。
「だから、オリオン小隊の諸君。特にタカバ少尉……
この子を甘く見ると、痛い目にあうよ。」
シイコは小さく苦笑いしながら、ソウヤと視線を交わした。
その瞬間、ソウヤは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(……この人、本当に強い)
部屋の空気が、わずかに震えた。
誰もが理解した。
この小さな黒髪の中尉こそが、これから始まる“訓練”の本当の脅威だということを。
ハーツクライ艦長がスクリーンを消し、
ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
これまで張り詰めていた空気をふっと緩めた。
「大体の説明は以上だ。」
艦長はテーブルを見渡し、穏やかで、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「これから我々は、オリオン小隊とスペース・ウィッチーズ隊と共に戦う。正直、これほど心強いメンバーは他にいない。光栄だよ、本当に。」
少し間を置いて、静かに続ける。
「これから先、困難は山ほど待っている。だが、この顔ぶれなら……どんな壁だって乗り越えられるだろう。」
ヤザンがニヤリと笑い、ソウヤも小さく頷いた。
艦長は最後に告げた。
「ちなみに、スペース・ウィッチーズ隊のジム・コマンド三機は、すでに右舷格納庫への搬入が完了している。
最終チェックが終わり次第、明朝0600に出港する。」
立ち上がり、軽く敬礼する。
「それまで、各小隊それぞれの準備を進めてくれ。以上、解散!」
全員が立ち上がり、敬礼。瞬間、部屋にあった緊張が一気に溶け、これから始まる長い戦いへの静かで熱い覚悟だけが残った。
オリオン小隊とスペース・ウィッチーズ隊。
二つの小隊が、同じ艦の上で、同じ未来を見据えて歩き出す。
その第一歩が、今、確かに踏み出された。
明朝0600 バイアリーターク・艦橋
ナタリア少尉がヘッドセットを押さえ、ルナツー管制室との最終交信に入っていた。
「こちらペガサス級四番艦バイアリーターク、識別コードBT-04。最終離礁許可をリクエストします。」
ナタリアのヘッドセットから管制室のオペレーターの声が響く。
「バイアリーターク、こちらルナツー管制。クランプの解除操作権をそちらに譲渡。ドック内航路クリア。コースクリア、出港許可を出します。……いいレースを。」
ナタリアが小さく笑みを漏らす。
「了解。感謝します、管制。……こちらも、最後まで走り抜けます。」
ナタリア少尉が管制室との通信を終えると、ハーツクライ艦長に報告する。
「艦長、ルナツー管制より最終発進許可確認済み。いつでも出られます。」
艦長がにやりと笑って、タケシに告げた。
「よし、タケシ。今日は逃げ馬だ、ゆっくりとスタートラインに立ち、スローペースで足を溜めながら、最後の直線で一気に差すイメージで頼む。」
タケシが苦笑いしながら頷く。
「了解……って、また競馬ですか?」
「当然だ。今日は私たちの門出だからね。」
艦長が軽く手を上げた。
「メインエンジン、1/3前進。クランプ解除!」
艦体が震え、固定クランプが次々と外れていく音が響く。
ナタリアが正確に距離を読み上げる。
「現在距離ドック出口まで1,200……1,000…800……」
タケシはモニターの数値を少しだけ見て、
指先だけでスティックを微調整。
「推力12%で十分です。ヨー軸プラス0.08で補正……」
艦体が、まるで水を切るように滑らかに動き出す。ナタリアが半目で呟く。
「……また管制値無視して……」
「これがタケシの“馬感”だよ」
バイアリータークの漆黒の船体がゆっくりと確実に、まるで静かに歩みを進める名馬のようにドックの闇を抜けていく。
バイアリータークは完全に宇宙へと滑り出た。
ハーツクライ艦長が満足げに呟く。
「ナタリア君、艦内放送を頼む。」
ナタリアがスイッチを入れる。
艦長の声が、艦内すべてのスピーカーから響いた。
『こちら艦橋。ただいまルナツーを離礁、サイド6宙域に向けて出航する。目的地到着予定は3日後。全員、各自の持ち場につけ。……さあ、走るぞ!』
漆黒の天馬は、静かに、しかし力強く、
新たな戦場へと駆け出した。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
ソウヤとヤザンの新機体が搭乗し、原作キャラクターが3人も登場しました!
ライラさんはZ時代は25歳だったので逆算して、17歳のライラさんになってもらいました。
そして、まさかの二人も登場!
一人は原作でも、名字が不明だったので独自解釈で名字を考えました。
もう一人は結婚され、名字が変わったのであまり違和感のない名字にしてみました!
ボカタの方を上司にしたのは、パイロットスーツが青くて、シイコの過去のことを知っている素振りがあったので、ボカタの方を上司にしました。
そして、ヤザンとソウヤの新機体はペイルライダーの派生機です!
この二機の設定を下に書きますね。
ペイルライダー・ヴァンガード(近接戦闘型)
コンセプト:敵に肉薄して一瞬で仕留める先鋒騎士。
ペイルライダーをベースに、近接戦闘に特化して設計された量産試作機。安定性とコストパフォーマンスを重視、機動性と装甲強度を強化。名前は「ヴァンガード」(先鋒、突撃隊)を意味し、一年戦争末期の激戦区で敵陣を突破する先駆け役として想定されている。HADESシステムはペイルライダーのデチューン版を搭載し、一般兵士が扱えるようリミッターが厳格に設定されているが、近接戦の予測精度を高めるための追加アルゴリズムが組み込まれ、敵の動きを先読みした自動回避やカウンターを支援する。設計コンセプト: 近接戦に必要な機動性向上にリソースを集中。脚部とバックパックのスラスターを強化し、短距離ブーストや急旋回を可能に。
拡張性は継承しつつ、アタッチメントを近接兵器中心に最適化。肩部や腕部に追加の装甲プレートを装備可能で、耐弾性が高く、格闘戦での耐久性を重視。
外観は紺色の塗装にやや大型化した排気口が特徴。頭部はツイン・アイにゴーグルを維持し、近接時の視認性を高めるための追加センサーを搭載。全体的にガンダムタイプ寄りの威圧的なシルエットで、心理的な抑止効果を狙う。
ペイルライダー・マスケッティア(射撃戦型)
コンセプト:中~長距離の絶対的火力。ヴァンガードを完璧に援護する紺色の銃士。
射撃戦に特化して設計されたペイルライダーの量産試作機の1機。基本性能を保ちつつ、センサー精度と火力支援能力を強化。名前は「マスケッティア」(銃士)を意味し、一年戦争の後方支援や狙撃任務を想定。HADESシステムはペイルライダーのデチューン版を搭載し、一般兵士向けに調整されているが、射撃予測アルゴリズムを追加し、敵の移動軌道を計算して自動照準補正を行う。設計コンセプト: ベース機から近接関連の装備を最低限排除し、射撃精度向上に特化。頭部センサーとバックパックに高解像度レーダーを追加し、長距離射撃を可能に。
拡張性は射撃兵器中心に最適化。アタッチメントで各種ビームライフルやミサイルポッドを装着可能。外観は紺色の塗装に射撃時の安定性を高めるためのスタビライザーを強調。頭部はツイン・アイにゴーグルを維持し、狙撃モードで拡張ゴーグルを展開。
全体的にジムタイプ寄りのスマートなシルエットで、頭部はジム・スナイパーⅡを意識したデザイン。
では、皆様の感想をお待ちしております。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン