漆黒の宇宙は、果てしなく広がる静寂の海だった。
その海を、一隻の黒い軍馬が悠然と駆け抜けている。
ペガサス級強襲揚陸艦四番艦──バイアリーターク。
艦首に描かれた立ち上がる軍馬のエンブレムが、星々の光を浴びて鈍く輝く。
全長三百メートルを超える漆黒の船体は、大型推進器は静かに唸り、熱核ハイブリッドエンジンから放たれる噴射光が、長い尾のように後方へ伸びていた。
まるで夜空を泳ぐ巨鯨のように、静かに、しかし確実に前進し、来るべき嵐の前触れのように星々の間を堂々と泳いでいた。
そのバイアリータークの数百キロ、前方の宙域。
そこに、二つの光が激しく交錯していた。
二つの光は小惑星帯のデブリを縫うように高速で動き回り、スラスターの閃光が虚空を切り裂く。
艦橋のメインスクリーンに映し出された映像には、ハイパービームライフル、ビームサーベル、シールドという標準装備で戦う。
ヤザンのヴァンガードとソウヤのマスケッティアの模擬戦闘だった。
ナタリア少尉が、冷静な声で状況を報告する。
「ヴァンガード、推力効率89%……設計値上限に近い値で安定しています。マスケッティア、推力効率92%。ヴァンガードの回避率は現在62%、マスケッティアの捕捉率は78%を維持してます。」
観測デッキに並ぶ整備班の面々。
ミサキ上等兵は、データパッドを握りしめ、ヴァンガードの稼働状態をリアルタイムで分析しながら、目を輝かせていた。
「ヤザン……ジャブローでシミュレーターは何十回もやってたけど、ヴァンガードのスラスター反応率を設計値の89%まで引き出してる!この短期間でここまで動かせるなんて……本当にすごい!」
映像では、ヴァンガードがスラスターとアポジーモータを巧みに使い、デブリを盾にしながらマスケッティアに肉薄しようとする姿が映っていた。
しかし、マスケッティアは常にヴァンガードの先を読み、ハイパービームライフルがヴァンガードを追い詰める。
ミサキが少し悔しそうに唇を尖らせる。
「でも……なんで近づけないのよ!距離を詰めないと、ヴァンガードの持ち味が出せないじゃない!」
隣に立つイヤン軍曹が、データパッドを覗き込みながら、嬉しそうに口元を緩めた。
「見てください、ミサキさん。マスケッティアの姿勢制御……ブレがほとんどない。タカバ少尉、完全に目覚めましたね。」
ミサキがイヤンのデータパッドを覗き込み、
顔をしかめる。
「うそ……マスケッティアの捕捉率78%って……
ヴァンガードが抑えられてるなんて……。」
イヤンが満足げに笑った。
「短期間でここまでヴァンガードを動かせるヤザン曹長もすごいですが、マスケッティアをここまで使いこなしてる少尉も……もう、別次元ですよ。」
ミサキが悔しそうに唇を噛む。
「ぐぬぬぬぬ……。ヤザン!負けないでよ……!」
イヤンとミサキの後ろに立っていたナガト中尉は腕を組んだまま、静かに口を開いた。
「ミサキ、ヤザンがソウヤに近づけない理由が分からないか?」
二人が振り返る。
ナガトはスクリーンに映るマスケッティアの動きをじっと見据えたまま続けた。
「ソウヤの奴は地上じゃ、量産型ガンキャノンで砲撃タイプ機体だった。あれは安定して砲撃するための機体だ。でも、あいつの本来の適性は……」
ナガトは小さく息を吐き、満足げに、しかしどこか感慨深く呟いた。
「マスケッティアみたいな、高機動射撃タイプのような機体が本来の適性だろう。見てみろ。あの機体の動き……宇宙空間で完全に自由だ。地上の重力と機体の重量に縛られてた頃とは、まるで別人だ。」
イヤンが頷きながら補足する。
「宇宙では、機体がどう動くか、スラスターやアポジーモータの微調整がすべてです。少尉はそれを感覚で掴んでる。」
ミサキが悔しそうにデータを睨む。
「じゃあ……ヤザンが苦戦してるのは、宇宙での経験差ってことですか?」
ナガトは首を振った。
「それだけじゃねぇ。ソウヤはいつも、ヤザンの背中を見てきた。ヤザンがどう動くか、どのタイミングで隙ができるか……全部、知り尽くしてるんだよ。」
ナガトはスクリーンに向き直り、静かに、しかし確信を持って言い切った。
「だからこそ、ヴァンガードが近づけねぇ。少尉はヤザンを“読んで”る。これはもう、適性の問題じゃねぇ。
相棒のヤザンだからこそ、勝てる戦いだ。」
ミサキがぽつりと呟く。
「……相棒、か…」
イヤンが小さく笑った。
「地上じゃヤザンが前で暴れて、少尉が後ろから支えてた。今は宇宙で立場が逆転しただけだよ」
スクリーンの中では、ヴァンガードがデブリに身を隠し、接近を試みるがマスケッティアのビームがそれを封じる。
観測デッキの最前列でハーツクライ艦長が腕を組み、スクリーンに映る二機の激闘を食い入るように見つめていた。
やがて、艦長はにやりと笑い、楽しそうに声を上げた。
「ほら見ろ、イーサン!みんなの予想じゃ、ヤザンのヴァンガードが差し馬のように一気に距離を詰めて、マスケッティアを近接でぶち抜くって話だっただろう?」
スクリーンでは、ヴァンガードが何度も距離を詰めようと試みるが、マスケッティアの射撃が常に一歩先を読み、距離を詰めさせない。
ヴァンガードは翻弄され続け、マスケッティアが互角以上──いや、優位に立っている姿がはっきり映し出されていた。
艦長がイーサンを肘で小突きながら、競馬実況のように声を張り上げる。
「ところがどうだ!今じゃヤザンが差し馬で必死に追い抜こうとしてのに、ソウヤのマスケッティアが逃げ馬として完璧に距離を保っている!レースを支配しているじゃないか!」
ナタリアがため息をつきながら、呆れた顔で艦長を見る。
「……艦長、また競馬ですか。」
イーサンは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「確かに……私もヤザンが圧勝すると思ってたが、
ソウヤがここまで逃げ切ってるなんて……」
艦長が満足げに頷き、イーサンをからかうように続ける。
「理由は簡単だよ、イーサン。ソウヤはようやく“本来の適性”が分かったんだ。地上じゃ砲撃で足を溜めすぎてた逃げ馬が、宇宙に来て自分のペースを掴んだ。一定の距離を維持して、逃げ切るのが彼の本領だってことだよ!」
イーサンがスクリーンに映るマスケッティアの動きを、
感慨深く見つめた。
「艦長の読み通りだ。ソウヤは……本当に覚醒したんだな」
ライラ・ミラ・ライラ准尉が、目を丸くしてスクリーンを見つめていた。
「……本当に、あの二人は宇宙戦闘経験浅いんですか?」
彼女は信じられないという顔で、隣のボカタ大尉に小声で尋ねる。
「私、何度か他の部隊の訓練相手したことありますが……こんな短期間であの動き、見たことないですよ。
まるで、何十回も実際に宇宙で戦ってるみたいで。」
ボカタ大尉も、腕を組んだまま静かに頷いた。
「あの二人、先日初めて機体を宇宙空間で動かしたばかりだ。今日が、文字通りの“初”の模擬戦闘だよ。」
ライラが息を呑む。
「え……本当ですか?」
ボカタはスクリーンに映る二機を、冷静に分析しながら続ける。
「ヴァンガードは接近戦特化、マスケッティアは射撃戦特化。今回の模擬戦闘は二機の違いを確認するためのものだ。私たちもオリオン小隊の地上戦記録を見せてもらったが……ライラも私も、ヤザンが勝つと予想してたが。」
「はい……完全にヤザン有利だと思ってました。一気に近接戦闘に持ち込んで、勝つと思ってましたが……」
ボカタが、ふと横に立つシイコ中尉に視線を向ける。
「でも、シイコだけ……最初からソウヤが優位になると言ってたね。」
シイコは無言でスクリーンを見つめ続けていた。
ボカタが小さく笑って声をかける。
「シイコ、予想通りだな。」
シイコはようやく視線をスクリーンから外し、
静かに、しかしどこか夢見るような声で答えた。
「……あの人の瞳は、誰よりも真っ直ぐで、綺麗で、覚悟を秘めていたの。」
ライラが「え?」と顔を上げる。
シイコは続ける。
「先日の廊下でぶつかったとき……すぐに体勢を立て直して、私に手を差し伸べてくれた。あの瞬間、わかったわ。あの人は強いって。」
ボカタが呆れたようにため息をつく。
「……おいおい、シイコ。お前、完全にあの少尉に夢中じゃないか。」
シイコは頰を少し赤らめながら、でもスクリーンから目を離さず、小さく微笑んだ。
「……違います。ただ……あの人の動きがとても綺麗で……」
ライラがくすくす笑い、ボカタが頭を抱える。
ヴァンガードとマスケッティア、二機の光は静寂の宇宙で、
激しく、しかし美しく交錯し続けていた
ナタリアはコンソールを眺めたまま、
淡々とデータを確認する。
「艦長、目標のデータ収集が完了しました。
ヴァンガード、マスケッティア両機の推力効率、姿勢制御、武装応答……
すべての項目で十分なデータを取得完了です。」
ミサキ上等兵が興奮気味に手を上げる。
「私もです! ヴァンガードのスラスター出力と衝撃吸収機構の限界値、
ばっちり取れました!」
イヤン軍曹も満足げに頷く。
「マスケッティアも完璧です。
高機動射撃時の姿勢の挙動、
これで次の調整の目処が立ちます。」
ハーツクライ艦長がにこりと笑い、
観測デッキの全員を見回した。
「よし、ご苦労さん。
じゃあ、これで模擬戦闘を終わらせてもいいかい?」
ナガト中尉が即座に答える。
「問題ありません。
例のシステムはロックした状態でデータを取れました。
これ以上は、機体に余計な負担がかかるだけです。」
ボカタ大尉も静かに頷いた。
「私たちも十分です。
二人の動きを実際に見られたので、
次の私たちとの模擬戦で、どのくらい本気を出せばいいか……把握できました。」
イーサンが苦笑いを浮かべ、
スクリーンに映るヴァンガードとマスケッティアの姿を見つめる。
「私も十分だ。二人の成長を確認できた。これ以上続けると、ヤザンが熱くなりすぎて、
本気で壊し合いになりかねない。……切り上げ時だな。」
ハーツクライ艦長が満足げに頷き、
ナタリアに指示を出した。
「ナタリア、模擬戦終了の信号弾を発射。
赤、青、緑の3発だ。」
ナタリアはコンソールを眺めたまま、
淡々とスイッチを入れる。
「了解。信号弾、発射します。」
艦首から赤と青と緑の閃光が3発、静かに宇宙へと放たれた。
スクリーンの中では、ヴァンガードとマスケッティアが同時に動きを止め、スラスターを静かに収めた。
バイアリータークの左舷格納庫ハッチがゆっくりと開いていく。
減圧された格納庫内に、外の宇宙の冷たい光が差し込み、
宇宙服を着た整備兵たちが、磁気ブーツを床に吸着させながら、素早くポジションにつく。
ヘルメットのバイザーが光を反射し、
無線で短い指示が飛び交う。
「ヴァンガード、着艦態勢確認。
誘導灯、オールグリーン!」
最初に、ヴァンガードが滑り込むよう左舷格納庫ハッチに接近した。
アポジーモータが逆噴射を噴き、
青白い粒子が尾を引いて散る。
機体は少し横滑りし、
格納庫床にドスン、という衝撃音を立てて着地。
磁気クランプがガチッ、ガチッと連続して噛み合い、
機体を強引に固定する。
「曹長、また荒い着艦だな…。まあ、まだ馴れてないからな。」
整備兵の一人が、ヘルメットを軽く叩きながら無線で呟く。
次に、マスケッティアが、まるで舞うように静かに近づいてきた。
アポジーモータの噴射は最小限、機体はほとんど慣性だけで滑り込み、格納庫の床に触れる瞬間、ほんのわずかな振動しただけで、ぴたりと停止。
磁気クランプが、音もなく優しく噛み合う。
まるで、水面に着水する水鳥のように静かで、精確で、優しい着艦だった。
整備兵たちが、思わず息を呑む。
「少尉の着艦……完璧だな…。この短期間であんな着艦をするなんて…。」
二機は、それぞれのモビルスーツハンガーに誘導され、ハンガーに確実に機体を固定される。
格納庫の空気は、まだ熱を帯びている中、二人のパイロットがコックピットから降りてきた。
ヤザンがヘルメットを小脇に抱え、
額の汗を手の甲で拭いながら、
少し悔しそうな笑みを浮かべてソウヤに近づく。
「クソッ……完敗だな、ソウヤ」
声は低いが、どこか楽しげだった。
ソウヤはヘルメットを脱ぎ、静かにヤザンを見つめ返す。
「……俺も、驚いたよ。ここまでヤザンを追い込めるなんて、思ってなかった。」
ヤザンが肩をすくめ、ヴァンガードの装甲を軽く叩く。
「ジャブローじゃシミュレーターで何十回もやったが、
実際の宇宙は別物だな。お前は……完全に宇宙に馴染んでるじゃねぇか。」
ソウヤは少し視線を伏せ、
マスケッティアを見上げる。
「地上じゃ、いつもお前の背中を見てた。だから……お前の動きが、全部分かったよ。」
ヤザンが一瞬、言葉を失い、
やがて大きな声で笑い出した。
「ははっ! そうかよ!相棒だからこそ、読まれちまうってか!くそ、悔しいが……悪くはねえ!」
ヤザンがソウヤの肩をドンと叩く。
「次は俺が勝つ、今度は本気でいくぞ。」
ソウヤも小さく笑い、
ヤザンの肩を軽く叩き返す。
「……ああ。次は、もっと本気で頼む。」
二人は並んで、それぞれの機体を見上げた。
整備兵たちの声が遠くで響く中、
ヤザンがぽつりと呟いた。
「……宇宙、悪くねぇな。」
ソウヤが静かに頷く。
「そうだな」
遅れて、ナガト中尉、イヤン軍曹、ミサキ上等兵が格納庫に入ってきた。
ミサキはヤザンの前に駆け寄ると、ヤザンに向かって両手を腰に当てて、悔しそうに声を上げる。
「ヤザン!なんなんですか!あの戦いはー!ヴァンガードの性能、もっと出せたはずなのに!」
ヤザンはヘルメットを片手に、少し汗ばんだ顔で苦笑いしながら肩をすくめた。
「いや、ミサキ……ソウヤの射撃が正確すぎてよ、簡単に近づけなかったんだよ。一歩間違えりゃ、本物のビームなら即死だぞ。」
ミサキはそれでも頰を膨らませ、悔しそうに足を踏み鳴らす。
「それでもー! ヤザンならもっと……!ぐぬぬぬ……!」
そのやり取りを少し離れたところで見ていたナガト、イヤン、そしてソウヤは思わず顔を見合わせて小さく笑った。
ナガトが腕を組み、穏やかな声でフォローする。
「まあまあ、ミサキ。ヤザンはまだ宇宙戦闘の経験が浅いんだ。これから積めば、もっと動きが良くなるさ。今日だって、短期間であれだけヴァンガードを動かせたんだから、十分すごいだろう?」
イヤンが頷きながら笑う。
「そうですよ。タカバ少尉の方が宇宙での経験があったからですよ。」
ミサキは少し頰を赤らめ、渋々といった様子で頷いた。
「……わ、わかりました。じゃあ、ヤザン!早く整備しましょう! 次は絶対勝ってくださいね!」
ヤザンが苦笑いでミサキの頭を軽く叩く。
「おうおう、わかったよ。次は勝つさ。」
ミサキはヤザンの腕を引っ張り、ヴァンガードのモビルスーツハンガーへ連れて行く。
ナガトとイヤンはその背中を見送り、ソウヤと一緒にマスケッティアのチェックに向かう。
ソウヤはコックピットハッチを開けたまま、マスケッティアのコックピットに乗り込み、イヤンとナガトと共に整備と調整を始めた。
イヤンがデータパッドを接続し、模擬戦のログを次々と読み込んでいく。
「少尉、今回のデータ……本当にすごいです。ヴァンガードとの戦闘で得た戦闘データが、照準補正と姿勢制御の調整に完璧に使えます。」
ナガトが腕を組み、満足げに頷いた。
「ヤザンのヴァンガードのデータも参考にすれば、さらに精度が上がる。特に……専用武装のメガ・ビーム・シューターの最終調整が進められる。」
ソウヤの目が、わずかに見開かれた。
「……メガ・ビーム・シューター、ですか?遂に、あれが使えるようになるんですか?」
イヤンが笑みを浮かべる。
「ええ。今回の戦闘で、マスケッティアのエネルギー分配と冷却機構の限界値がはっきりしました。ヴァンガードの機動パターンを基にした予測データも加わって、メガ・ビーム・シューターのチャージ時間と命中補正が、ほぼ完璧に調整できます。」
全長12メートルを超える銃身。
ガンダム4号機のメガ・ビーム・ランチャーとほぼ同型のシルエットだが、
細部が少しだけ違うことがわかる。
イヤンが続ける。
「元はあの4号機の怪物みたいな武装です。艦隊を一掃できる火力ですが出力が不安定すぎて、下手に使えば自爆するかもしれない武器です。」
イヤンがデータパッドを見せながら補足する。
「でも、このメガ・ビーム・シューターは違います。
過剰火力を抑えて、安定性を最優先。
チャージ時間は通常のビームライフルより少しだけ長いですが連射が可能になりました。」
ナガトが頷く。
「威力はムサイ級のメインフレームを一発で貫くくらいはある。威力は落としてあるが、それでも味方を巻き込まないように射線は気を付けろよ。」
ソウヤが静かに呟く。
「……ようやく、使えるんですね」
ナガトが少し声を低くして、
忠告するように言った。「ただ、少尉。
発射の瞬間、機体が一瞬だけ硬直する。
反動を抑えるためだ。
その隙を敵に突かれないよう、距離とタイミングを間違えるな。」
ソウヤは真剣にナガトの目を見つめ、静かに頷いた。
「……わかりました。慎重に使います。」
ナガトは少し間を置いて、穏やかな笑みを浮かべた。
「今の少尉なら、大丈夫だと思うがな。」
イヤンも笑いながら言う。
「大丈夫ですよ。覚醒した少尉なら。これで、マスケッティアは完全に“銃士”になりましたね」
ソウヤは、二人の言葉に静かに、しかし確かに胸を熱くした。
マスケッティアのゴーグルセンサーが、作業灯を浴びて、静かに一度だけ瞬いた。
まるで、「待っていた」とでも言うように。
ナガトはデータパッドを閉じ、
満足げにマスケッティアの装甲を軽く叩いた。
「よし、機体の調整は俺がやる。
イヤン、お前はメガ・ビーム・シューターの最終チェックを頼む。」
イヤンが敬礼し、
すぐに長大なライフルが懸架されたアームの方へ向かう。
「了解しました! これで完璧に仕上げますよ!」
ソウヤとナガトはマスケッティアのシステム調整を続けた。
スラスターの応答値、姿勢制御のフィードバック、
冷却機構の温度曲線、二人は無言で、しかし息の合った手つきで作業を進める。
二時間後。
マスケッティアの最終チェックが終わった。
ソウヤはヘルメットを小脇に抱え、
軽く伸びをして立ち上がる。
「ケンさん、イヤンさん……ありがとうございました」
ナガトが苦笑いで手を振る。
「礼なんていい。
お前が強くなれば、俺たち整備班の顔が立つ。」
イヤンが遠くから叫ぶ。
「少尉!メガ・ビーム・シューターもバッチリですよ!
次は本番でぶっ放してください!」
ソウヤは小さく笑い、格納庫を出ようと踵を返した。
廊下に出て、静かな艦内通路を歩き始める。
自分の部屋に戻り、休もうと思った矢先──背後から、静かだが、はっきりとした声が掛かった。
「……タカバ少尉。」
ソウヤが振り返る。
そこに立っていたのは、シイコ・カタギリ中尉だった。黒いおかっぱ髪が、艦内の柔らかな照明に照らされて、
静かに揺れている。
彼女は少し緊張した様子で、真っ直ぐな瞳でソウヤを見つめていた。
「……あの、ちょっとお時間、いただけますか?」
ソウヤは一瞬、廊下でぶつかった時のことを思い出し、
静かに頷いた。
「……いいですよ。どうかしましたか?」
シイコは小さく息を吸い、
静かに、しかし確かに言った。
「模擬戦……とても、綺麗でした。」
その言葉にソウヤの胸が、わずかに熱くなった。
格納庫の遠くから、まだ整備兵たちの声が響いている。
だが、ここにいる二人の間だけは静かな、特別な時間が流れ始めていた。
ソウヤはヘルメットを脇に抱えたまま、
少し驚いたように瞬きをした。
「……ありがとうございます。」
声は静かだったが、
胸の奥が確かに熱くなった。
褒められたことへの喜びと、
シイコの真っ直ぐな瞳に触れた瞬間、
少しだけドキドキする感覚が走る。
シイコはモニターの記憶を思い出すように、
ゆっくりと口を開いた。
「先程の戦闘……本当に、綺麗でした。ヴァンガードの突進を、常に一歩先を読んで、決して距離を詰めさせない。あの予測射撃のタイミング……デブリの影を利用しての姿勢制御、スラスターの微調整で相手の軌道に重ねる技術……まるで、宇宙そのものを操っているようでした。私たちが見たどの訓練データよりも、洗練されていて、確実で……そして、何より、迷いがなかった。」
彼女の声は静かだったが、
言葉の一つ一つに本気の賞賛が込められていた。
ソウヤは少し照れ臭そうに、首を振った。
「……流石ですね。宇宙戦闘の経験が長いだけあって、
私の動きをここまで正確に分析できるなんて。」
シイコは小さく首を横に振り、少し自嘲気味に笑った。
「……違います。私たち、実際にはほとんど実戦経験がないんです。プロパガンダのために作られた部隊だから、上層部は私たちが戦死したらイメージが悪いって……今までは、他の部隊のアグレッサー役ばかり。模擬戦の相手をして、データを取られるだけ。」
彼女の瞳にほんのわずか、悔しさと羨望が混じる。
「本当の戦場を知ってるタカバ少尉が……羨ましい。そして、憧れます。私たちは訓練で培った技術だけだけど、あなたは……本物の戦いで、それを磨いてきた。」
ソウヤは静かに、シイコの目を見つめ返した。
「……そんなことない。私の戦いをここまで冷静に分析できる人は、そうそういません。シイコ中尉が訓練で培った経験だって、立派な実力ですよ。」
少し間を置いて、ソウヤは真っ直ぐに言った。
「これからは、一緒に戦う仲間です。自分もシイコさんの強さをしっかり学びたい。」
シイコの瞳がわずかに揺れた。
彼女は小さく笑い、静かに、ゆっくりと、ソウヤに体を近づけた。
距離がほんの少し、縮まる。
ソウヤはドキッとして、一瞬、息を止めた。
だが、悪い気はしなかった。
シイコは穏やかな笑みを浮かべたまま、小さく呟いた。
「……ありがとう、少尉。」
シイコは、ソウヤの言葉に頰を少し赤らめながら、
もう一歩、距離を詰めようとした。
その瞳にこれまで見せたことのない、
柔らかな光が宿っていた。
「……少尉、少しだけ……
もっと、お話ししてもいいですか?」
ソウヤはドキッとして、
言葉を探す間もなく、
背後から聞き慣れた大声が響いた。
「おーい、ソウヤ!
まだ居たのかよ!」
ヤザンだった。
その後ろに、ミサキが小走りでついてくる。
二人の登場に通路の空気が一瞬で変わった。
シイコが、はっと体を離し、
少し慌てた様子で後ろに下がる。
ヤザンがニヤニヤしながら近づいてくる。
「なんだよ。……お前ら、いい雰囲気じゃねぇか。
俺が邪魔しちまったか?」
ミサキも目を輝かせて、
両手を合わせて身を乗り出す。
「えー! タカバ少尉と中尉さん、二人っきりで何してたんですかー!?」
ソウヤは顔が熱くなるのを感じ、慌てて手を振った。
「ち、違う! ただ話してただけで……会って間もないのに、そんな関係になるわけないだろ!」
シイコは少し残念そうに、でも穏やかに微笑んだ。
「……すみません。急に用事を思い出してしまって……私、失礼しますね。」
彼女は軽く頭を下げ、静かにその場を離れていった。
背中を見送りながら、ヤザンがソウヤの肩をドンと叩く。
「へぇ~、本当かよ?顔、真っ赤じゃねぇか。」
ミサキがくすくす笑いながら、からかうように続ける。
「本当ですかー?少尉、シイコさん、めっちゃ可愛いですよ~?」
ソウヤはますます赤くなり、声を荒げて否定する。
「だから違うって!ただ、模擬戦の話を……!」
ヤザンとミサキは顔を見合わせて、大きな声で笑い出した。
通路に二人の笑い声が響く。
ソウヤはため息をつきながら、どこか悪い気はしなかった。
ソウヤと別れたシイコは静かな通路を歩きながら、
右舷格納庫へと向かった。
艦内の照明が彼女の黒いおかっぱ髪を柔らかく照らす。
(……もう少し、少尉と話したかったのに)
胸の奥に小さな、でも確かに残る残念さが広がる。
あの真っ直ぐな青い瞳。
あの静かな、しかし熱い言葉。
もっと、もっと聞きたかった。
右舷格納庫に到着するとジム・コマンド三機が静かに佇んでいた。
整備兵と何かを話していたライラがシイコの足音に気づき、ぱっと顔を上げる。
「あっ、カタギリ中尉。お帰りなさい。」
ライラはにやにやしながら近寄ってきて、肘で軽くシイコの脇をつつく。
「どうでした?夢中になってる王子様に会いに行ったんですよね?」
シイコは少し慌てて、
首を横に振った。
「……違うわ。ただ、少尉と模擬戦の話を少し……」
ライラはくすくす笑い、
シイコの肩に腕を回す。
「嘘つかないくださいよ。私たちから見たら、シイコさんが一人のパイロットにあんなに夢中になるの珍しいんですから。」
シイコの頰がぽっと赤く染まった。
「……そんな……そこまで、夢中になってなんかないわ。」
シイコは恥ずかしそうに視線を逸らし、でも、どこか嬉しそうに小さく微笑んだ。
すると、格納庫の入り口からボカタ大尉が静かに姿を現した。
彼女は、整備兵たちと軽く挨拶を交わしながら、シイコとライラの元へ歩み寄る。
「……中尉、やっぱりタカバ少尉に会いに行ってたの?」
シイコは少し慌てて、視線を逸らしながら頷いた。
ライラがにやにやしながら、代わりに答える。
「ええ、そのようですよ。シイコさん、すっかり夢中モードで。」
ボカタはため息をつき、呆れたような、でもどこか優しい笑みを浮かべた。
「……あんたがそこまで夢中になるなんて、珍しいわね。でも、そういうことなら……次の模擬戦で、タカバ少尉は要注意だな。」
シイコの表情が一瞬で真剣なものに変わった。
「ええ……彼は、本物よ。」
その言葉にライラの目が少し見開かれる。
「……シイコさんが『要注意』って言うなんて……相当な相手ですね。」
シイコはボカタを見つめ、静かに、しかし確信を持って進言した。
「大尉……次の模擬戦でタカバ少尉の相手を私に任せてください。」
ボカタは少し目を細め、シイコの真剣な瞳をじっと見つめた。
やがて、小さくため息を吐き、頷いた。
「……わかった。次の模擬戦ではタカバ少尉の対応はシイコに任せる。ただし、例の戦術は禁止で。」
ライラが「えっ?」と声を上げる。ボカタは静かに続ける。
「オルグレン少佐から渡された資料にマスケッティアの専用武装──メガ・ビーム・シューターの情報があった。あれは……脅威よ。確実に封じるにはシイコが適任だ。」
シイコの瞳がわずかに輝いた。
「……ありがとうございます、大尉」
心の中でシイコはうっとりと喜びを噛みしめた。
(タカバ少尉と……本気で戦える!)
シイコの胸に尊敬と、そして少しの特別な感情が静かに熱く灯っていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
そして、大変お待たせして、すいません(汗)
インフルエンザをもらってしまい、書くのが遅くなりました。
皆様も病気にはお気をつけください。
遂にマスケッティアの専用武装のメガ・ビーム・シューターが現れました。
ガンダム4号機のメガ・ビーム・ランチャー譲りの破壊力をお楽しみに!
オリジナル登場人物紹介
クリフトフ・ハーツクライ年齢: 35歳
階級: 少佐(艦長)
外見・特徴: 長身で細身の体躯、落ち着いた表情に穏やかな微笑みを常に浮かべる。
ダークブラウンの髪をオールバックにし、い瞳が鋭くも優しい光を宿す。
制服の着こなしは完璧で、どこか貴族的な気品を漂わせる。
性格: 冷静沈着、部下を信頼し任せるタイプ。
戦場の「空気」を感覚的に読むのが天才的。
モニターの映像やデータだけでなく、無線の間、機体の挙動、敵艦隊の動きのリズムまでを瞬時に捉え、誰もが「無茶だ」と首を傾げる奇策を平然と指示する。
他人には理解不能な判断だが、クリフトフの天才的な感覚だからこそ常に正解に辿り着く。
「競馬」に例える独特の癖があり、緊張した場面でもユーモアを忘れない。部下からは「艦長のレース実況」と親しみを込めてからかわれている。
ナタリア・アルスター年齢: 20歳
階級: 少尉(オペレーター/通信士)
外見・特徴: 黒髪を肩まで伸ばしたストレートヘア、知的な眼鏡が印象的。
制服姿が凛としており、表情は常に冷静。
細身だが、姿勢の良さが軍人らしい毅然とした雰囲気を醸し出す。
性格: 真面目で責任感が強く、感情を表に出さないクールビューティー。
報告は常に正確で、数字に裏付けられたもの。一言一句に無駄がなく、事実だけを淡々と伝える。
艦長の競馬ネタには毎回ため息をつくが、内心では楽しんでいる。
タケシ・トヨタ年齢: 19歳
階級: 上等兵(操舵手)
外見・特徴: 小柄だが引き締まった体躯、短く刈り上げた黒髪に、少年のような明るい笑顔。瞳は鋭く、操舵桿を握る手は繊細で確実。制服の袖を少し捲っていることが多い。
性格: 天才肌の操舵手。艦長の競馬ネタにノリよく付き合い、艦の動きを「馬の気分」に例える。年齢は若いのに、操艦センスは天才的で、艦長から全幅の信頼を寄せられている。
ハーツクライ艦長と操舵手のタケシは競馬界のレジェンド騎手をモデルにしており、ナタリアだけはガンダムSEEDのナタル・バジルールをモデルにしています。
バイアリータークのイメージがガンダムSEEDのドミニオンなので、ナタール・バジルールをモデルしたナタリアを考えました。
あと、オペレーターは女性キャラにしてもらった方がやる気が出るよね。
ではでは、次のお話もお楽しみにしてください。
感想など、お待ちしております。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
-
陸戦型ジム改
-
バイアリーターク
-
ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン