機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第33話 煌 (きらめき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラ………ラ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラ…………ラー……………ラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラー………ラー……………ラー

 

 

 

 

 

 

何かが、聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

ラー……ラー……ラー

 

 

 

ラー……ラー……ラー

 

 

 

 

 

悲しくも、優しい歌声のような音が響く。

 

 

 

 

 

 

ラ・ラァー…ラ・ラァー…ラ…ラァー

 

 

 

 

 

 

ラ・ラァー…ラ・ラァー…ラ…ラァー

 

 

 

 

 

 

ラ・ラァー…ラ・ラァー…ラ…ラァー

 

 

 

私はその音を聞き、私は私の存在を認識する。

どれくらい、この空間に居たのだろう?

 

 

 

ラ・ラァー、ラ・ラァー、ラ・ラァー。

 

 

ラ・ラァー、ラ・ラァー、ラ・ラァー。

 

 

ラ・ラァー、ラ・ラァー、ラ・ラァー。

 

 

音がどんどんと鮮明に聞き取れるようになった。

私はその音を聞き、私と言う存在が音を認識し、私は自分自身の存在が『ある』ことを自覚する。

音は私から発せられてないから、音は別の存在があることを示し。

音が悲しくも優しいと認識するから、私が存在すると認識する。

私は閉じていた目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は目を開けた。

目に映った光景は、あの景色だった。

鮮やかなエメラルドグリーンの光が、どこまでも果てしなく続く空間。

無重力の宇宙のように体が優しく浮かび。

赤、白、青、黄色、無数の色の光が小魚の群れのように渦を巻いて。

静かに、絡まり、離れ、再び寄り添い、渦の中心を巡り目指す空間。

長い眠りから起きたように、感覚が目覚めていく。

色鮮やかに光る空間を見て、視覚が目覚め。

響く音を聞き取ることで、聴覚が目覚め。

優しい温もりを感じることで、体感が目覚める。

そして、私は見て、聞いて、感じたことを知覚する。

 

「まだ、夢の中のか?」

 

私は知覚したことを理解し、自分に問い掛けるために言葉を紡ぎ、言葉を発した。

まだ、自分は『あの夢』の続きを見ているのかと思った。

 

 

ラ・ラァー、ラ・ラァー、ラ・ラァー。

 

 

ラ・ラァー、ラ・ラァー、ラ・ラァー。

 

 

ラ・ラァー、ラ・ラァー、ラ・ラァー。

 

 

 

私は音がする方に振り向いた。

誰かが、渦の中心に向かって飛んでいく。

褐色の肌の女性が濃紺の長い髪をなびかせ、黄色の衣をひらめかながら、渦の中心を目指して。

私はその姿を見て、まるで天女のようだと思った。

女性はそのまま、渦の中心に吸い込まれるように飛んでいた。

私も渦の中心に向かって、進んでみようかと思った。

だが、歩もうとした瞬間に背中に悪寒が走った。

私は慌てて、後ろを振り向いた。

すると、この空間を埋め尽くす巨大な白い光が後ろから押し寄せてきた。

私は躱すことも逃げることも出来ずに、白い光に飲み込まれる。

白い光に飲み込まれた私は、全身に強烈な痛みが走る。

それは、ただの痛みではなかった。

光は無数の意識の奔流だった。

 

何かに焼かれた人々の魂が、洪水のように押し寄せ、私の頭の中を埋め尽くす。

 

 

「熱い……熱い……体が……!」

 

彼らの痛みが、私の体に染み込む。

皮膚が溶け、骨が焦げ、肉体が蒸発するような、

耐えがたい灼熱の苦しみが、波のように繰り返す。

頭の中に、死への恐怖が渦巻く。

 

「いやだ……死にたくない……!」

 

敵への憎悪が、炎のように燃え上がる。

 

「ジオンめ! 許さない……!」

 

理不尽な現実への憤怒が、雷鳴のように轟く。

 

「なぜだ……なぜこんなことに……!」

 

無数の声が、私の意識を侵食する。

私は耐えきれず、叫んだ。

 

「やめろ……! やめてくれ……!」

 

だが、光は止まらない。

痛みは、私を「向こう側」から引き戻す導き手となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び、目を開けると照明灯の逆光と無機質な白い天井の光景が、ゆっくりと焦点を結び始めた。

ソウヤは自分の状態を確認する。

どうやら、医務室のベッドにベルトで固定されながら寝かされ、

右腕には点滴の針が刺さっていたり、心電図を測定するセンサーなどが体に装着されている。

服は白い患者衣を着せられているようだ。

胸の奥に、かすかな疼きが残っていた。

それは、夢の中で感じた灼熱の痛みと同じものだった。

だが、今はもう、ぼんやりとした残響に過ぎない。

そして、医務室の外は騒がしかった。遠くから、複数の声が重なり合う。

 

 

「なんだ!?あの光は!?」

 

「艦隊が……壊滅だと……!?」

 

 

断片的な叫びが、ドアの隙間から漏れ聞こえてくる。

ソウヤはなぜ、外が騒がしいのか、分からなかったが、何か大きな事が起きたことは察した。

ソウヤは辺りを見回し、誰かいないかと探した。

医務室は静かだった。

ベッドの横に置かれたモニターが、微かな電子音を立てているだけ。

点滴のチューブが、ゆっくりと揺れる。

誰もいないようだ。

すると、誰かが医務室に駆け寄ってくる気配を感じた。最初は、まったく足音がしなかった。

静寂が厚く、重く、ソウヤの耳を塞いでいるようだった。

だが、コツ……コツ……と、遠くから近づく、軽い靴音。

それは、急ぎ足なのに、どこか慎重で、抑えられたようなリズムだった。

ソウヤは医務室のドアの方を向く。

体はまだ重く、首を動かすだけで鈍い痛みが走ったが、

視線だけはドアに固定した。

足音が段々と近づき、

医務室のドアが勢いよく開いた。

入ってきたのは、小柄で黒い髪のおかっぱの黄色のパイロットスーツを着た女性だった。

 

ソウヤは入ってきた女性に声を掛ける。

 

「カタギリ中尉……?」

 

名前を呼ばれた瞬間、カタギリ中尉の目が見開かれた。

一瞬、息を止めたように固まり、

次の瞬間、信じられないという表情でソウヤを見つめる。

 

「……タカバ…少尉……!?」

 

声が震えていた。

彼女は、意識不明の重傷者として運び込まれたソウヤが、

目を開け、名前を呼んでいることに完全に動揺していた。

 

「意識が……戻ったの……? 本当に……?」

 

カタギリ中尉はベッドに駆け寄り、ソウヤの顔を覗き込む。

瞳が潤み、頰がわずかに紅潮している。

声の端々が、喜びと驚きで揺れていた。

ソウヤは自分の顔を見ている、カタギリ中尉にゆっくりと尋ねた。

 

「……外が騒がしいのですが。……何が起きたんです……?」

 

カタギリ中尉の表情が、一瞬固まった。

喜びの色が薄れ、困惑と痛みが混じったものに変わる。

彼女は唇を噛み、視線をわずかに逸らした後、ソウヤの目をまっすぐに見つめ返した。

 

「……タカバ少尉……今は、まだ……詳しく事を話せないけど……」

 

彼女は深く息を吸い、言葉を選ぶように続けた。

 

「ア・バオア・クーの偵察データを渡すために本隊と合流しようと思ったら、巨大な光が……連邦艦隊本隊を襲ったの。レビル将軍が率いていた第一連合艦隊は……壊滅。将軍も……戦死されたわ。」

 

ソウヤの瞳が大きく見開かれた。

 

「……そんな……」

 

ソウヤの視界が、わずかに揺れる。

カタギリ中尉は、ソウヤの反応を見て、

さらに言葉を重ねるのをためらったが、優しく、しかし静かに言った。

 

「……今は、混乱の真っ只中よ。だから……タカバ少尉は、まだ安静にしてて。私、すぐに軍医を呼んでくるから。」

 

彼女は慌ててそう言い、踵を返して医務室を飛び出した。

ドアが勢いよく閉まる音が響き、再び、静けさが戻る。ソウヤは天井を見つめたまま、かすかに息を吐いた。

胸の奥の疼きが、まだ、消えていない。

 

 

だが、今は――

 

 

誰かが、近くにいる。

それだけで、十分だった。

 

 

 

 

 

バイアリータークの艦橋は騒然としていた。オペレーターのナタリア少尉は引っ切り無しに他の部隊や他の艦船と連絡を取り合っていた。

 

「ホワイトベース、位置を確認しました……了解、座標に向かい次第、待機します!」

 

彼女の声は、混乱の中で唯一の冷静な軸のように響いていた。

他の乗組員も周囲を警戒したり、他部隊との通信、各部門の状況報告に追われていた。

艦橋の空気は張り詰め、誰もが息を潜めて次の命令を待っている。

艦長席に座っているクリフトフ・ハーツクライ艦長は肘掛けに肘をつき、頬杖をしながら、ナタリア少尉や乗組員の状況報告を聞きつつ、艦長席のタラップの下に立つオリオン小隊隊長のオルグレン少佐とスペース・ウィッチーズ隊隊長のボカタ大尉と話し合っていた。

ハーツクライ艦長は、低く呟くように言った。

 

「……まさか、ジオンがソーラー・システムのような、南極条約に抵触しない戦略兵器を持っていたとはな。」

 

オルグレン少佐は、苦々しく頷いた。

 

「同意します。あの光……まさにソーラー・システムと同類の物でしょうか?先ほどの攻撃で、連邦艦隊の三分の一くらいは減らされたかもしれません。」

 

ハーツクライ艦長は、静かに肯定した。

 

「その推測は正しい。地球連邦宇宙第1連合艦隊を率いていた最高指揮官、レビル将軍は……戦死なされたようだ。ソロモンで使われたソーラー・システムを運搬していた艦隊も、先ほどの攻撃でやられたと報告があった。」

 

ボカタ大尉は、拳を握りしめて言った。

 

「ソーラー・システムを失った今、戦略兵器で敵の数を大幅に減らす手段がなくなった……。これからは、正面からの消耗戦ですね。」

 

ハーツクライ艦長はゆっくりと頷き、自分の考察を言い始める。

 

「戦略兵器級の破壊力がある光線なら、そう簡単には連射できないはずだ。もしジオンが前からそのような兵器を作っていたなら、連邦軍の諜報部が情報をキャッチしている。今まで、情報がなかったのは、あの兵器は……急造の戦略兵器ではないかと思う。」

 

オルグレン少佐は、暗い表情で呟いた。

 

「ハーツクライ艦長の考察の通りなら、連射ができないことを祈るしかありません。ソーラー・システムを失った我々には熾烈な戦いが待っているのが、必定ですから。」

 

ボカタも、重く頷いた。

 

「そうですね……。艦隊の多くを失った私達には、残された戦力でア・バオア・クーを攻略しないといけないですから。」

 

 

その時、オペレーターのナタリア少尉が、急に声を上げた。

 

「艦長! オルグレン少佐、ボカタ大尉!医務室から連絡です! タカバ少尉が……意識を取り戻しました!」

 

艦橋が、一瞬静まり返った。

オルグレン少佐の目が見開かれる。

 

「……ソウヤが……!?」

 

彼は思わず立ち上がり、拳を握りしめた。

オリオン小隊の隊長として、部下のソウヤを失うかもしれないと思った絶望が、

一瞬で喜びに変わる。

ボカタ大尉は、静かに息を吐いた。

 

「良かったですね、オルグレン少佐。」

 

彼女の声には、安堵が滲んでいた。

ハーツクライ艦長は、ゆっくりと頬杖を外し、

艦長席の背もたれに体を預けた。

 

「……タカバ少尉が戻ってきたか…。」

 

彼は小さく笑った。

それは、疲れた指揮官の、しかし確かな希望の笑みだった。

 

「最悪な状況下での吉報、本当に良かったよ。」

 

艦橋に、わずかだが、明るい空気が広がった。

ハーツクライ艦長は、静かに命令した。

 

「ナタリア、医務室に伝えてくれ。タカバ少尉の容態を確認し、すぐに艦橋へ連れて来てくれ。

今は一刻も早く、少しでも戦力が欲しい。」

 

ナタリア少尉は、力強く頷いた。

 

「了解しました!」

 

艦橋は、再び動き出した。

 

 

30分後、バイアリータークの艦橋には、

イーサン・ミチェル・オルグレン少佐、ボカタ・ポワチエ大尉、シイコ・カタギリ中尉、ライラ・ミラ・ライラ准尉、ヤザン・ゲーブル曹長、そして、ソウヤが集まっていた。

 

緊張した空気の中、集まったパイロットたちは、

それぞれの位置に立ち、艦長席に向き合っていた。

ハーツクライ艦長は、ゆっくりと立ち上がり、

艦長席の前段に進み出る。

彼は一人一人を見回し、静かに息を吸った。

 

「皆、よく集まってくれた」

 

声は低く、しかし力強かった。

 

「まず……オリオン小隊、スペース・ウィッチーズ隊の皆に感謝する。君たちの奮闘がなければ、我々はここまで、たどり着くことができなかった。特に、タカバ少尉。」

 

艦長の視線がソウヤに注がれる。

ソウヤは、まだ体が重く、壁に寄りかかるように立っていた。

患者衣の上に軽いジャケットを羽織り、右腕の点滴跡がまだ赤く残っている。

 

「意識を取り戻したばかりだというのに、すぐに艦橋まで来てくれて、申し訳ない。そして、……本当にありがとう、生きていてくれて。」

 

艦長の言葉に、艦橋にいる全員がわずかに息を呑んだ。

オルグレン少佐は拳を握りしめ、ヤザンは無言でソウヤの肩に視線を落とした。

カタギリ中尉は、唇を噛んで目を潤ませている。

ハーツクライ艦長は、しかしすぐに表情を引き締めた。

 

「だが……申し訳ない。意識が戻ったばかりの君に、すぐに戦場へ出撃させることになる。許してくれとは言わない。ただ……今、我々に残された時間も戦力も限られている。」

 

艦長はスクリーンを指差した。

そこには、ア・バオア・クーの防衛線と、

再編成中の自軍の配置が映されていた。

 

 

「先ほどの攻撃で、連邦艦隊は大ダメージを受けた。

レビル将軍率いる第一連合艦隊は壊滅状態。私の推測では……ア・バオア・クー攻略に必要な戦力の30%を失ったと思われる。現在は……ホワイトベースを基点に、残存艦隊の再編成が急ピッチで進められている。撤退ではなく、攻略のためにだ。」

 

 

ハーツクライ艦長は、ゆっくりと息を吸い、

艦橋に集まった全員を見渡した。

その目は、疲労と決意が混じり合った、静かな炎を宿していた。

 

「このア・バオア・クー攻略が……コロニー落としから始まった一年戦争を終わらせる、最後の戦いになるだろう。」

 

艦長の声は低く、しかしはっきりと響いた。

 

「ソロモン、ア・バオア・クーを落とされたら、ジオン本国のサイド3は丸裸になる。そうなれば、ジオンは継戦を望まないはずだ。」

 

艦長は、わずかに目を細めた。

 

「……だからこそ、ここで決着をつける。各員の奮闘を……祈る。」

 

その言葉が終わると同時に艦橋にいる全ての人物が、一斉に右手を額に当てた。

オルグレン少佐、ボカタ大尉、カタギリ中尉、ライラ准尉、ヤザン曹長、そして、壁に寄りかかるように立っていたソウヤまでもが、静かに、しかし力強く敬礼した。

ハーツクライ艦長もまた、ゆっくりと右手を挙げ、全員に敬礼を返した。

数秒の静寂が流れた。

敬礼を終えると、艦長は静かに手を下ろし、艦橋の乗組員たちは、それぞれの持ち場に戻り始めた。

ナタリア少尉は通信パネルに向かい、他のオペレーターたちはモニターを睨み、緊張した作業音と報告の声で満たされた。

パイロットたちも、オルグレン少佐とボカタ大尉を残して、艦橋から出ていくのだった。

しばらく、通路を歩いていると。

突然、ヤザンがソウヤの胸ぐらを掴んだ。

ソウヤの体が勢いよく壁に押しつけられ、まだ回復途中の体は衝撃に耐えきれず、息が詰まった。

 

「ヤザン曹長!?」

 

シイコが慌てて駆け寄り、ヤザンの腕を掴もうとした。

だが、ライラが素早くシイコの肩に手を置き、静かに制した。

 

「中尉……今は、放っておいた方が良いです。」

 

ヤザンの目は怒りと、何か別の感情が混じり合った、複雑な光を宿していた。

彼は低い、しかし抑えきれない声で言った。

 

 

 

「俺がやられそうになって……お前が無茶して助けてくれたことには、感謝してる。心の底から、ありがてぇと思ったよ…。」

 

声は低く、震えていた。

胸ぐらを掴む指に、力がこもる。

 

「だがな……!お前が命を投げ出してまで、俺を助けられたことは――我慢ならねぇんだよ!!」

 

ヤザンの声が通路に響いた。

それは怒鳴り声ではなく、

絞り出すような、叫びに近いものだった。

 

「お前は、オデッサ、ジャブロー、キャリフォルニア・ベース、サイド6……俺と一緒に戦ってきた、大事な仲間だ!俺が負傷兵を攻撃してしまいそうになった時、止めてくれたのもお前だ!そんな……無二の相棒を、俺は失いたくねぇんだよ!!」

 

最後の言葉は、ほとんど嗚咽に近かった。

胸ぐらを掴む手が震えており。

ヤザンの瞳は僅かに潤み、うっすらと光るものが浮かんだ。

ソウヤは、静かにヤザンの目を見つめ返す。

胸の奥の疼きが一瞬強く疼いたが、

それでも、ゆっくりと頷いた。

 

「……分かった。すまない、ヤザン…。」

 

短い謝罪の言葉だったが、その一言に、ソウヤの全ての想いが込められていた。

 

ヤザンは、ゆっくりと手を離した。

胸ぐらから指を解き、

ソウヤの肩を軽く叩くように触れた後、

視線を逸らした。

 

「……二度と無茶すんな…。」

 

その声は、もう怒りではなく、ただの願いに近かった。

シイコはほっと息を吐き、肩の力を抜く。

彼女の目にも、わずかに涙が浮かんでいた。

 

すると、ライラがふっと小さく息を吐き、どこか楽しげに口を開いた。

 

「タカバ少尉、昨日の戦闘で、私たちが二人の救援に駆けつけた時ですね。」

 

彼女の声は淡々としていたが、目尻にわずかな笑みが浮かんでいるのがわかった。

ヤザンの肩が、ピクリと震える。

 

「ヤザン曹長が私達を見つけるとすぐに通信を入れて、必死に叫んでいたんですよ。『ソウヤが心肺停止した! 助けてくれ! 頼む!!』って。……あんなに取り乱したヤザン曹長の声、初めて聞いたわ。」

 

ヤザンの顔が、一瞬で真っ赤になった。

 

「ライラ……! てめぇ……!」

 

ライラは動じず、くすりと小さく笑みを深めて続けた。

 

「駆けつけた私たちで、機能停止したマスケッティアをバイアリータークまで急いで運搬したんです。格納庫に搬入したら……すぐに損傷したヴァンガードのハッチが開いて、ヤザン曹長が飛び出してきたんですよ。整備兵も衛生兵も押し退けて、コックピットに飛び込んで、ソウヤ少尉を引っ張り出して……必死に心臓マッサージされたんですよ。」

 

彼女は、わざとゆっくりと言葉を区切り、ヤザンの方をちらりと見た。

 

「その時の曹長ったら……顔真っ青で、手が震えてて、

『ソウヤ! おい、ソウヤ! 起きろ! 起きろって!』って、何度も何度も叫んで。……あんなに必死な曹長、初めて見ましたよ。」

 

ヤザンは耳まで真っ赤になり、ライラに向かって声を荒げた。

 

「てめぇ……余計なことベラベラ言いやがって!!黙れ! 黙れってんだよ!!」

 

怒鳴り声だったが、どこか恥ずかしさに耐えきれず、

その目は完全に泳いでいた。

 

ヤザンは慌ててソウヤに背を向け、

壁に寄りかかるようにして呟いた。

 

「……ったく……余計なこと言いやがって……あの時は……ただ……」

 

言葉はそこで途切れた。

背中が、わずかに震えているように見えた。

それは、怒りではなく、

隠しきれなかった本心の震えだった。

シイコは、そっと息を吐き、

ヤザンの背中を見つめる。

彼女の目にも、優しい光が宿っていた。

ソウヤは、静かに視線をヤザンに向ける。

 

「……ヤザン…お前…。」

 

ヤザンは背を向けたまま、しばらく黙った後にようやく小さく呟いた。

 

「頼むから……二度と、あんな無茶すんなよ……相棒。」

 

その言葉は怒鳴り声ではなく、ただの切実な願いだった。

ライラは口元に少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべながら、言った。

 

「それだけ……大事な仲間だと、タカバ少尉は思われてるって、ことですから。」

 

彼女の声は淡々としていたが、どこかからかうような、男勝りな響きが混じっていた。

ヤザンの背中をチラリと見て、肩を軽くすくめる仕草が、「ほら見たことか」って言ってるみたいだった。

 

「無茶したら駄目……しないでくださいよ?曹長だけじゃなく、みんなが心配しますから。」

 

優しさはあるけど、甘ったるくなく、むしろ「しっかりしろ」って叱咤激励に近い。

ライラ准尉らしい、ちょっと荒っぽい心配だった。

 

シイコはその言葉を聞き、そっと目を細めて微笑んだ。

彼女の笑みは柔らかく、仲間たちの絆を静かに見守るようなものだった。

 

 

「特にカタギリ中尉が心配しますからねぇ。中尉も、タカバ少尉が心肺停止だって知った時、泣きそうな顔してましたよ?『タカバ少尉……!』って、声が震えてて……」

 

シイコの顔が、一瞬で真っ赤になった。

 

「そ、それは……!タカバ少尉は大事な仲間だからで……!心配するのは、当たり前でしょ!」

 

声が上ずり、慌てて言い訳するような調子だった。

シイコは両手を握りしめ、頰を膨らませてライラを睨む。

ライラは、くすくすと笑いを抑えきれず、さらに追い打ちをかけた。

 

「本当ですかねぇ?模擬戦でタカバ少尉に初黒星つけられた時、『すごい……!』って、目を輝かせてましたよね?サイド6で共闘した時も、『タカバ少尉と一緒なら……!』って、かなり嬉しそうにしてましたけど?」

 

シイコの顔がさらに赤くなり、今度は耳まで真っ赤になった。

 

「もー! ライラったら、からかわないで!」

 

シイコは両手を腰に当て、ぷんすかと怒った顔でライラを睨む。だが、その目はどこか照れくさそうで、怒りというより、恥ずかしさが勝っているようだった。

その様子を見て、ヤザンがぷっと吹き出した。

最初は我慢していたようだが、ついに声を上げて笑い始めた。

 

「はははっ……! 中尉、顔真っ赤ですよ!」

 

ソウヤも、くすりと小さく笑った。

胸の疼きがまだ残っているのに仲間たちのやり取りが、

その痛みを少しだけ和らげてくれていた。

 

シイコは「もー!」とさらに頰を膨らませ、ライラに向かって指を突きつけた。

 

「ライラこそ!いつもからかってばかりで!」

 

ライラもついに我慢できず、くすくすと笑い声を上げた。

四人は、しばらく笑い合った。

通路に、久しぶりの明るい笑い声が響く。

ヤザンの笑い声は大きく、ソウヤは控えめに、シイコは照れくさそうに、ライラは意地悪くも優しい笑みを浮かべて。

笑いが収まると、ソウヤが静かに口を開いた。

 

「……そろそろ、出撃の準備をしないとな。俺は医務室に戻って、鎮痛剤とか処方してもらうよ。」

 

ソウヤは、ゆっくりと体を起こす仕草をする。

まだ体の動きはぎこちなかった。

シイコはその動きを見て、すぐに心配そうに言った。

 

「タカバ少尉……私、付き添いましょうか?」

 

ソウヤは、優しく首を振った。

 

「ありがとうございます、カタギリ中尉。でも、みんな、自分の機体の整備とセッティングがあるはずだから。それぞれのことを、しっかりやってください。」

 

ヤザンは、背を向けたまま、

小さく頷いた。

 

「……ああ、わかったよ。お前もさっさと来いよ。」

 

シイコは少し名残惜しそうに、しかし力強く頷いた。

 

「わかりました、私達は自分の戦いの準備をしますね。」

 

ライラは、軽く肩をすくめて、いつもの男勝りな調子で言った。

 

「了解しました。タカバ少尉も、しっかりと準備してくださいよ?でないと、曹長がまた取り乱しますから。」

 

ヤザンが「てめぇ!」と振り返りかけたが、ソウヤが小さく笑い、ヤザンをなだめた。

 

四人は、それぞれの方向へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

ソウヤは医務室に戻ると、待っていた軍医がすぐにベッドに座るよう促した。

軍医は中年の男性で表情はいつも冷静だが、今日はどこか緊張した面持ちだった。

 

「タカバ少尉……状況が状況ですので、急いで検査をします。動かないでくださいね」

 

軍医はまず、ソウヤの腕から少量の採血を行った。

次に、簡易レントゲン装置をベッド脇に持ち込み、

胸部と腹部の撮影を素早く済ませた。

最後に、補聴器型の聴診器をソウヤの胸に当て、

心音と呼吸音を慎重に確認をする。

検査は10分ほどで終わった。

軍医はモニターに映し出されたレントゲン画像とデータを眺め、

一瞬、眉をひそめて驚いた表情を浮かべた。

 

「……信じられない」

 

軍医は小さく呟き、

ソウヤに向き直った。

 

「肋骨に……軽いヒビが入っています。ですが、それ以外は異常なし。心臓も肺も、ほぼ正常に戻っています。」

 

彼はソウヤの胸に視線を落とし、続けた。

 

「このヒビは……おそらく、心臓マッサージによるものです。あんな急制動で高機動戦闘を続けて、心肺停止までして……蘇生したのに、これだけで済んだことが、信じられない。」

 

軍医はため息をつき、

注射器を手に取った。

 

「鎮痛剤を打ちます。これで胸の痛みを抑えられます。」

 

ソウヤは静かに頷き、左腕を差し出した。

軍医は注射器を左腕の血管に刺し、鎮痛剤を投与する。

鎮痛剤が体に広がる感覚がし、胸の痛みが和らいだような感覚がした。

 

「本当なら……当分は絶対安静にさせたいところですが、状況が状況ですし、艦長の指示もありますから……

出撃を許可します。」

 

軍医の声には、心配と諦めが入り混じった複雑な感情があった。

ソウヤは、ゆっくりと頭を下げる。

 

「……ありがとうございます、ドクター。」

 

軍医は棚から箱を取り出し、無言でソウヤに手渡した。

ソウヤは箱を開け、箱の中身を確認する。

中には、無針注射器タイプの鎮痛剤が5本入っていた。

 

「戦闘中に痛みを感じたら、すぐに射ってください。これで、多少は痛みを感じないはずです。」

 

ソウヤは箱を受け取り、もう一度深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございました、ドクター。」

 

軍医は軽く手を振って、ソウヤを見送った。

 

「生きて帰ってきてください、タカバ少尉。」

 

ソウヤは静かに医務室を後にする。

通路の照明が少し眩しかったが、胸の疼きは鎮痛剤のおかげで和らいでいるようだ。

ソウヤは左舷格納庫に向かって、ゆっくりと歩き出した。

通路の照明が淡く足元を照らす。

慌ただしい艦内の空気の中、これまでの記憶が次々とソウヤの頭の中で蘇ってきた。

初めての戦場だった、オデッサ。

焼けた大地と砲煙の匂い。

突然現れた謎のグフ・カスタムにロングボウ小隊の仲間たちを次々と撃墜されていく姿を、ソウヤはただ見ていることしかできなかった。

自分だけが生き残り、そのグフ・カスタムを、オルグレン少佐とヤザンの三人で仕留め、倒したことに安堵したことを。

ジャブローでオリオン小隊を結成し、汗と埃にまみれて機体を動かし。

厳しい訓練の日々を経て、ジオンの降下作戦を阻止したこと。

北米に渡り、モハーヴェ砂漠での『北米の魔女』達との戦い。

キャリフォルニア・ベース奪還作戦での、病院と衛生兵の惨劇、レナートの悪行、HLVを取り逃がしたこと。

宇宙に上がり、スペース・ウィッチーズ隊との模擬戦。

シイコ・カタギリ中尉の執着に満ちたスティグマ攻撃。

武装を自ら変え、前衛に立って彼女を真正面から迎え撃ち、彼女に初めての黒星を刻んだこと。

そして、サイド6宙域のジオン軍の核攻撃阻止。

失敗すれば、コロニーが消えていた。

 

「たった……2ヶ月か……。」

 

たった2ヶ月で、こんなに多くの戦場を、仲間を、記憶を積み重ねてきた。

ソウヤは、ふと足を止めた。

 

「……長い道のりだったな。」

 

小さく呟いた。

声は自分にしか聞こえないほど小さかった。

でも、心の中では、はっきりと響いていた。

オデッサの大地から、ジャブローの密林から、モハーヴェの砂漠から、キャリフォルニア・ベースの海岸から、

宇宙の闇から――ここまで、来てしまった。

ふと、ソウヤは胸の奥の疼きが少し強くなるのを感じたと思うと、視界がわずかに揺らいだ。

鎮痛剤の影響か、それとも疲労の蓄積か。

体が少しふわっと浮くような感覚が広がり、足元が不安定になる。

そのまま歩き続けようとした時、立ちくらみが襲ってきた。

慌てて壁に手をつき、体を支えた。

ソウヤは深呼吸を一つし、体勢を直す。

その時、通路の先に見覚えのある背中が見えた。

オーガスタ製の赤いパイロットスーツを着た黒髪の男性と青いパイロットスーツを着た金髪の男性。

二人が並んで歩いている。

ソウヤの心臓が、激しく鼓動した。

信じられないものを見た驚きが体を凍りつかせる。

懐かしさと切ない痛みが一気に胸に込み上げ、息が浅くなる。

 

「フォルド中尉……? ルース中尉……?」

 

声が自然と漏れた。

ガンダム5号機パイロットのフォルド・ロムフェロー中尉。そして、戦死したはずのガンダム4号機パイロットのルース・カッセル中尉。

この場にいないはずの二人が、そこにいる。

ソウヤは思わず、手を伸ばし、声を掛けようとした。

指先が震え、伸ばした手が空を掴む。

呼び止めたい、触れたい、確かめたい、そんな衝動が心を締めつける。

 

だが、はっと気づく。

二人の姿がゆっくりと薄れていく。

輪郭がぼやけ、色が淡くなり、まるで霧のように溶けていく。

 

 

幻覚だ……。

 

 

鎮痛剤の副作用か、それとも、胸の奥の疼きが呼び起こしたものか。

ソウヤは薄れていく二人の姿をじっと見つめた。

見つめ続けることで、消えゆく幻を少しでも留めたいと思った。

もし、ルース中尉が生きていれば、一緒にア・バオア・クーの戦場を戦っていたのだろうか。

あの穏やかな笑顔で、「お前ならやれる」と励ましてくれただろうか。

そんな「もしも」の想いが胸を抉る。

失ったものの重さが息苦しくのしかかる。

懐かしさが悲しみに変わり、切なさが涙を呼び起こす。

ソウヤの目から涙が零れた。

熱い雫が頰を伝い、床に落ちる。

なぜ今、なぜここで――そんな疑問さえ、涙に溶けていく。

フォルドとルースの幻覚は完全に消えた。

残されたのは空っぽの通路と胸の奥の深い疼きだけ。

ソウヤは涙を指で拭き取り、息を整える。

拭っても拭っても、涙の跡が残るような気がした。

ルース中尉に教わった、『引き金を引く覚悟』を思い出した。

ソウヤは静かに、しかし力強く呟いた。

 

「ルース中尉、俺はこの戦争を終わらせるために引き金を引きます。それが今、自分にできる、引き金を引く覚悟です。」

 

決意が胸を満たす。

ソウヤは体を起こし、愛機であるマスケッティアとオリオン小隊の仲間達が待っている格納庫に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂にア・バオア・クー最終決戦まで、物語を進めることが出来ました。
本当にここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。



【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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