機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第41話 ヴァルキリー・レクイエム【2】

オリオン小隊と第7狙撃部隊の6機は、ア・バオア・クーの巨大なシルエットに肉薄し、要塞下面の岩塊のような外壁へ急速に降下を始めた。

表面は無数の岩盤と人工装甲が複雑に絡み合い、鋭い凹凸が無重力の闇に影を落としている。

スペース・ゲートや砲門の開口部が、黒い裂け目のように点在し、その隙間から、ジオンの防衛隊が悲痛なまでの覚悟を滲ませながら抵抗していた。

マスケッティアのスラスターが低く唸り、機体がゆっくりと姿勢を制御しながら、地表に近づく。

着陸に近い減速で、脚部のダンパーが展開し、岩肌に接触した瞬間、機体がわずかに沈み込み、火花が散った。

戦場は要塞の外壁という限られた空間で、近接戦と狙撃戦が混在する混沌とした様相を呈していた。

先に着岸していたジム部隊が、岩盤の隙間や砲門の残骸に陣取った、ジオンの防衛隊と要塞の存亡を賭けて、火線を交えていた。

ジオンの機体が次々と姿を現し、モノアイは赤く輝かせ、地形を巧みに利用し、要塞に侵入しようとする連邦軍を阻み続ける。

岩塊の影から放たれるビームがジムのシールドを焼き、火花が無音で散乱し。

ジオンのパイロットたちは、コクピット内で歯を食いしばり、「ここを死守しろ!」「連邦を一歩も通すな!」という叫びを通信に飛ばしながら、弾切れ寸前のマシンガンを回し続け、ジャイアント・バズの残弾を惜しみなく撃ち込んだ。

一機が撃墜されても、すぐに別の機体が岩陰から飛び出し、虚空を切り裂くビームで連邦機を狙い撃つ。

彼らの動きには、要塞が陥落すればすべてが終わるという、絶望的な覚悟が宿っていた。

オリオン小隊に続いて、テネス・A・ユング少佐率いる第7狙撃部隊のジム・スナイパーカスタム3機が、静かに着岸した。

L-3ビーム・スナイパー・ライフルを構えたまま、機体が岩肌に固定されると、即座に照準を合わせる。

赤いビームの閃光が虚空を貫き、岩影に潜むザクⅡのコクピットを正確に撃ち抜いた。

爆発の火球がゆっくりと広がり、残骸が無重力で漂う。

 

「テネス少佐……ありがとう。道中、君たちの狙撃がなければ、着岸はもっと苦労していた。あなた達のお陰で、弾薬をあまり浪費せずに済んだよ。」

 

テネスの落ち着いた声が、すぐに返ってきた。

 

「いやいや、こちらこそだ。オリオン小隊が前衛を張ってくれたおかげで、俺達も楽にジオン共を狩れたよ。…オルグレン少佐。」

 

イーサンは短く頷き、通信を切り替えて宣言した。

 

「では、オリオン小隊は。内部制圧のため、これよりア・バオア・クー内部へ突入させてもらう。」

 

テネスは静かに応じた。

 

「了解した。ジム・スナイパーカスタムは狙撃装備しかない。内部突入は無理だ。俺たちは外面の敵を掃討させてもらう。……ここでお別れだ。オリオン小隊の無事を祈ってるよ。」

 

第7狙撃部隊の3機は、ゆっくりと機首を外壁沿いに旋回させ、岩陰に潜むジオンの残存部隊へ向けて移動を始めた。

 

オリオン小隊は3機の機体を並べ、要塞のスペース・ゲートの一つへ向けて前進した。

周囲の岩盤が迫り、狭い通路に機体の影が重なり合う。

 

すると、ゲートの奥から、2機のザクⅡが突然顔を覗かせた。

モノアイが赤く光り、マシンガンを構える気配が一瞬で伝わってきた。

ソウヤは瞬時にハイパー・ビームライフルを構え、照準を合わせる間もなく、操縦桿のトリガーを引いた。

青白いビームが虚空を切り裂き、先頭のザクⅡの頭部を正確に撃ち抜く。

撃たれたザクⅡは大きく仰け反り、着弾した衝撃でゲートの壁に激突した。

もう1機のザクⅡは慌てて顔を引っ込め、ゲートに身を隠す。

 

だが、その刹那——

 

ソウヤがライフルを発射したのとほぼ同時に、ヤザンのヴァンガードが猛然とゲート内に侵入。

シールド・ヒートクローの2本の鉤爪が、赤熱して唸りを上げ、身を隠したザクⅡの胸部に深々と突き刺さした。

装甲が溶け、火柱が噴き出し、モノアイが激しく明滅した後、赤い光が完全に消える。

機体が力なく傾き、虚空に浮かぶ残骸となった。

頭部を失った先頭のザクⅡは、ヤザンがザクⅡを仕留めたと同時にイーサンのジム・ドミナンスに倒された。

イーサンは冷静に左腕のボックス・ビーム・サーベルを起動。

ザクⅡの胸部——コクピットを正確に貫いた。

3機の連携で、わずか数秒でゲートの制圧が終わった。

ゲートを確保したオリオン小隊は、即座に周辺のクリアリングを開始した。

マスケッティアのハイパー・ビームライフルを構え直し、ソウヤはゲート周辺の岩陰を慎重に照準で掃引する。

ヤザンのヴァンガードはシールド・ヒートクローを展開したまま、ゲート内の死角を確認を確認していく。

イーサンのジム・ドミナンスは後方から二人をカバー出来るように、二連装ビームライフルを構えた。

周囲の安全を確認すると、イーサンはゆっくりと息を吐き、通信をオリオン小隊の二人に繋げる。

声には、抑えきれない誇らしさが滲んでいた。

 

「……流石だな、お前たち。」

 

言葉が、わずかに震えた。

 

「あの激戦を乗り越えただけはある。これくらいの敵なら……楽勝だろ?」

 

ヤザンの獣のような笑いが、すぐに返ってきた。

だが、その声には、ただの自信じゃなく、共に戦い抜いた絆への熱い想いが溢れていた。

 

「オリオン小隊は無敵ですよ!潜り抜けた修羅場の数が違うんだからな!ここまで来ちまったら、もう怖いもんはねぇ……!俺たちなら、無事に生還出来ますよ!」

 

ソウヤは少し照れくさそうに、しかし胸の奥から湧き上がる誇らしさを込めて応じた。

 

「……確かに。色んな戦場を乗り越えてきましたからね。ここまで辿り着けたのは……隊長…ヤザン、二人のお陰です。」

 

声が、わずかに上擦った。

 

 

ヤザンはさらに声を弾ませた。

まるで、胸の熱をそのまま言葉にしたように。

 

「俺が前衛で突っ込んで、ソウヤが後ろから正確に射撃、隊長が冷静に指揮さえしてくれりゃ……どんな敵だろうと、恐ろしくねぇよ!本気で、そう思うぜ。俺たちは……無敵だ!」

 

 

 

イーサンは小さく笑った。

目頭が熱くなるのを、必死に堪えながら。

 

「……大袈裟だな、ヤザン。でも……悪くない。本当に、悪くないよ。」

 

ソウヤも、静かに笑みを浮かべた。

胸が熱く、痛いほどに。

 

「……確かに、そうかもしれないな。俺たちなら……やれる。」

 

一瞬の、温かい沈黙が流れた。

3人の息遣いが、通信越しに重なり合う。

だが、イーサンはすぐに表情を引き締め、声を低く、しかし力強くした。

 

「だが……ここからが本番だ。改めて、俺たちの本来の任務を共有する。」

 

通信の向こうで、二人の息がわずかに変わる。

イーサンは淡々と、しかし胸の奥に燃える決意を込めて続けた。

 

 

「キャリフォルニア・ベースから脱出したフラナガン機関のHLVは、ムサイに回収された後、月のグラナダへ向かわず、このア・バオア・クーへ向かったことが観測班からの報告で判明。……だから俺たちはバイアリータークに乗り込み、ここまで来たんだ。今度こそ、フラナガン機関を拿捕する。ジル・ペローを確保するぞ。……俺たちは、絶対に失敗は許されない。」

 

短い沈黙が流れた。

 

ソウヤが口を開いた、その声には静かだが、揺るぎない決意を帯びていた。

 

「……了解しました。覚悟はできてます。必ず、拿捕しましょう。」

 

ヤザンが短く、しかし熱く笑った。

 

「へっ…行こうぜ。隊長、ソウヤ。俺たちで、オデッサからの因縁を終わらせてやろうぜ。」

 

イーサンは小さく頷き、通信を全員に開いた。

 

「オリオン小隊、全機。これよりフラナガン機関の拿捕作戦を開始する。……生きて帰るぞ。必ず、みんなで。」

 

イーサンは手早くコンソールを操作し、ドミナンスの機体チェックを始める。

そして、ヤザンとソウヤにも機体チェックをさせるための指示を出す。

 

「突入前に、各自機体の最終チェックをしろ。エネルギー残量、武装、推進系……すべて確認。ここから先は、もう後戻りできない。」

 

ソウヤはすぐにマスケッティアのステータス画面を呼び出した。

ハイパー・ビームライフルのエネルギーCAPをチェックする。

ステータス画面に映された、エネルギー残量表示は赤く点滅していた。

 

 

「……エネルギー残量、わずか。道中で何発か撃っていたからな……あと2発くらいしか、保たない。」

 

 

すると、ヴァンガードの機体が、ゆっくりとソウヤの横に並ぶ。

 

「おい、ソウヤ。ここまで来るまでに、何発も撃っただろ?俺の腰に懸架してるハイパー・ビームライフルを使えよ。」

 

ソウヤは即座に首を振った。

 

「ヤザン……それじゃあ、お前が射撃手段を失うじゃないか?」

 

ヤザンは、まるで当然のように答えた。

声には、自信と仲間への信頼が溢れていた。

 

「俺はバックパックのガトリング・スマッシャーをほとんど使ってねぇ。弾はまだたっぷり残ってる。それに……俺は前衛、近接戦闘が本業だ。お前がビームライフル持って、遠距離から正確に撃ってくれた方が、俺は動きやすい。頼むぜ、相棒。」

 

イーサンの声が、静かに割り込んだ。

 

「……ヤザンの言う通りだ、ソウヤ。お前の射撃が、俺たちの命綱になる。」

 

ソウヤは一瞬、沈黙した。

だが、すぐに頷いた。

 

「……了解しました、隊長。借りるぞ、ヤザン。」

 

マスケッティアは右手に持っていたハイパー・ビームライフルを投棄。

空いた右手はヴァンガードが腰部の懸架しているライフルに手を伸ばす。

 

懸架されたライフルをしっかりと保持すると、懸架装置からライフルが外れ、取り外すことが出来た。

武器管制システムが即座にリンクを開始。

赤い照準円がコクピット内に投影され、同期完了の表示が点灯した。ソウヤは、静かに報告した。

 

「……同期完了。ハイパー・ビームライフル、装備完了です。」

 

イーサンは短く頷き、揺るぎない決意が籠った声で言う。

 

「オリオン小隊、全機。最終チェック完了。これより、ア・バオア・クー内部へ突入する。行くぞ!」

 

ヤザンのヴァンガードが先頭に立ち、推進器が低く唸りを上げて加速する。

イーサンのジム・ドミナンスがその後を追い、最後にソウヤのマスケッティアが続く。

ア・バオア・クー要塞内部、奥へと進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ア・バオア・クー内部は、予想以上に複雑に入り組んでいた。

通路は無機質な灰色の装甲板で覆われ、天井から垂れ下がるケーブルや配管が、まるで血管のように絡み合い、薄暗い照明が冷たい光を投げかけている。

分岐は無数にあり、時折、壁に埋め込まれたモニターが赤く点滅し、警報の残響が低く響く。

要塞の内部は、まるで巨大な迷宮のように、進む者を嘲笑うかのように広がっていた。

イーサンはジム・ドミナンスのコクピット内で、地図データを睨みながら小さく舌打ちした。

諜報班からの座標は大まかで、この入り組んだ通路網の中から、フラナガン機関の正確な位置を特定するのは不可能に近い。

通信越しから、イーサンの苛立ちを抑えきれない声が聞こえた。

 

「……この構造じゃ、フラナガン機関のエリアを探すのは骨が折れる。通路が多すぎるな。どうする……?」

 

ソウヤはマスケッティアのコクピット内で、イーサンの指示を待っていると、誰かの囁きのような声が響いた。

 

『……右の…路。さら…奥…そ…に……私が…。』

 

その声はキャリフォルニア・ベースで聞いた、声とよく似ていた。

声は儚げで、しかしどこか悲愴に満ちており、ソウヤの意識に直接染み込んでくるようだった。

だが、声の主はわからない。

ただ、なぜか……そちらへ進めばいい、という確信だけが胸に残った。

 

「……隊長。右の通路へ進んでみませんか。さらに奥へ……。」

 

声は少し迷いを含んでいた。

イーサンは一瞬、眉をひそめた。

 

「……ソウヤ?どうした急に?この状況で勘は危ないぞ。」

 

ヤザンは低い笑いを漏らしながら、通信に入る。

 

「へっ、隊長。こういった時のソウヤの勘は当たると思いますぜ。」

 

イーサンは短く息を吐き、わずかに笑みを浮かべた。

 

「……わかった。ヤザンも言うなら、信じてみよう。オリオン小隊、右の通路へ進む。全員、警戒を怠るな。」

 

オリオン小隊の3機は、ソウヤの言葉に従い、右の通路を進み始めた。

通路はさらに狭く、無機質な装甲板が迫り、天井から垂れ下がるケーブルが、薄暗い照明の下で影を落とす。

だが、予想に反して、進む先に敵の気配はなかった。

ゲート周辺で散発的に抵抗しただけで、この奥深くまで追ってくる者は現れなかった。

その静寂が、逆に不気味に重くのしかかる。

ソウヤはマスケッティアのコクピット内で、頭に響く声に意識を集中させていた。

声は、再び静かに、しかし儚げに囁いた。

 

『……まっすぐ。次…左。まだ……奥へ。』

 

 

その声は、まるで最後の力を振り絞るような、消え入りそうな響きを帯びていた。

ソウヤはわずかに眉を寄せ、静かに報告した。

 

「……隊長、次は左の分岐です。まっすぐ進んでください。」

 

ヤザンのヴァンガードが先頭で道を切り開くように進み、シールド・ヒートクローを構えながら死角を素早くクリアリングを行い。

イーサンのジム・ドミナンスは後方からヤザンをカバー、二連装ビームライフルを構えて周囲を警戒する。

だが、敵は現れない。

通路はただ、静かに、3機を迎え入れるように続いていた。

イーサンはコクピット内で、ソウヤの機体をちらりと見やった。

 

(……ソウヤのこの「勘」。ジャブローの頃から、時折見せていたな。……ニュータイプの素質がある可能性があるとは、聞いていたが。まさか、こんなところで……本当だったとは。)

 

 

イーサンは静かに通信を開いた。

 

「……ソウヤ。このまま、お前の言う通りに進む。俺達は、お前の勘を信じるぞ。」

 

ヤザンが、低く笑った。

 

「ソウヤの勘は外れねぇよ。なに、敵が出たら、俺が仕留めてやる。」

 

ソウヤは、わずかに頷いた。

声は静かだが、確信を帯びていた。

 

「……ありがとうございます。……まだ、奥のようです。」

 

3機は、無機質な通路を進み続けた。

壁に埋め込まれた配管が低く唸り、薄暗い照明が機体の影を長く引きずる。

時折、遠くから警報の残響が聞こえるが、敵の気配は無く。

ただ、声だけが、儚く、悲しげに、ソウヤの意識に響き続けていた。

やがて、通路の先に、一枚の巨大な隔壁が現れた。

ソウヤの胸に、再び声が響いた。

 

『……ここです。私は……。』

 

声は、消え入りそうなほど儚く、深い悲しみを帯びていた。

ソウヤは機体を止め、静かに報告した。

 

「……隊長、この先です。この先に居ると思います。」

 

それを聞くと、ヤザンのヴァンガードが隔壁の前に立ち、右腕に持っていたビームサーベルを起動させる。

赤い光刃が静かに伸び、隔壁に向かって構えた。

 

「なら、こじ開けるしかねぇな。隊長、ソウヤ、後ろでカバー頼むぜ。」

 

イーサンは短く頷き、二連装ビームライフルを構え直した。

 

「了解した。ヤザン、溶断しろ。俺たちがカバーする。」

 

ビームサーベルの光刃が厚い装甲板に食い込み、火花を散らしながら溶断を始めた。

装甲が徐々に溶かされ、白熱した光が通路を照らす。

その奥から、冷たい白い光が漏れ始めた。

そして、隔壁が完全に溶断されると、オリオン小隊の3機は、溶断された隔壁の向こうへ静かに踏み込んだ。

そこに広がっていたのは、予想を遥かに超えた空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁も床も、天井も——一面、無機質な白亜の空間。

床面には一定の間隔で黒いグリッド線が升目状に描かれ、まるで巨大な実験室のタイルのように見えた。

照明は均一で冷たく、影というものがほとんど存在しない。

その完全な白さが、逆に圧倒的な静寂と孤絶感を生み出していた。

ソウヤはマスケッティアのコクピット内で、思わず息を呑んだ。

 

(……まるで、白亜の伽藍堂だ。)

 

頭に浮かんだ言葉が、そのまま胸に沈んだ。

神聖でありながら、どこか無感情で、生き物の気配を拒絶するような空間。

その中央に巨大なロボットアームが天井から垂れ下がっていた。

アームの先端は、1機のモビルスーツをしっかりと掴んでいる。

その機体は、白磁器のような美しい装甲に覆われていた。

ザクⅡやドム、ゲルググのような重厚で無骨なシルエットとはまるで対照的に、繊細で細身の、まるで彫刻のようなプロポーション。

装甲の表面には、衝突試験用のマーカーや、黄色と黒の危険表示線、赤文字で記された注意書のデカールが施されており、それらがかえって、機体を彩る勲章や装飾のように見えた。

右手には細長い馬槍のようなランスが握られ、左腕には円形のシールドが装備されている。

全体の姿は、白い甲冑に身を包んだ戦乙女を思わせた。

静かに、しかし圧倒的な存在感を放ちながら、まだ眠りについたまま、そこに浮かんでいた。

 

 

「……なんだ、あれ。機体……なのか?……空気が、重い…。」

 

ヤザンの声に、僅かに緊張が混じった。

イーサンの声が、静かに返ってきた。

だが、そこにはいつもの冷静さとは違う、鋭い警戒が宿っていた。

 

「……あれは……少し形が違うが、オデッサの倉庫で発見した建造途中の奴だ。フラナガン機関の機体……間違いない。全員、最大警戒。武器の安全装置を解除しろ。

何か起きるぞ。」

 

ソウヤはハイパー・ビームライフルを握り直し、銃口を向けた。

白磁の機体——その美しいシルエットが、冷たい白亜の空間の中で、異様に浮き上がって見えた。

照準が中央に重なり、指がトリガーに掛かる。

その瞬間、頭に響いていた声が、これまでとは違うはっきりとした輪郭を持って、ソウヤの意識に直接叩き込まれた。

 

『待ってました……。これで、私は……あなた達に……』

 

声はまだ、儚げで、消え入りそうな悲愴さを残していた。

しかし、次の瞬間——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『復讐ができる!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

声が急に鋭く、凍てつくような怒りに変わった。

先ほどまでの弱々しい響きは跡形もなく、憎悪と悲憤が一気に噴き出し、ソウヤの頭蓋を貫くように炸裂した。

それはもはや囁きではなく、叫びにも似た、刃のように冷たい憤怒だった。

ソウヤは戦慄した。

背筋に氷が走り、無意識のうちに操縦桿を強く引き戻す。

マスケッティアの推進器が短く噴射し、機体が後ろへ滑るように後退した。

グリッド線の床に、推進光が白い軌跡を残す。

ヤザンは即座に反応し、後退したマスケッティアの方に振り返る。

声に、驚きと苛立ちが混じる。

 

「おい、ソウヤ!どうした急に!?なんで、後退した!?」

 

イーサンのジム・ドミナンスも、二連装ビームライフルを中央の機体に向け直し、低く、しかし鋭く通信に入った。

 

「ソウヤ、状況を報告しろ。……何か、感じたのか?」

 

ソウヤは、喉が乾くのを感じながら、

ゆっくりと息を吐いた。

頭の中で、まだ声の残響が反響していた。

憎悪に満ちた、しかしどこか泣きそうな響きで。

 

「……隊長……ヤザン。声が……変わりました。奴は…俺達に復讐するつもりです!」

 

ヤザンはコクピット内で首を傾げた。

声に、わずかな困惑が混じる。

 

「声?……声なんて、聞こえなかったぞ?ソウヤ、何を言ってるんだ?」

 

 

ソウヤの頭の奥で、まだあの声の残響が震えていた。

憎悪に満ちた、凍てつくような響きが。

 

 

ジム・ドミナンスの両腕を上げ、二連装ビームライフルを白磁の機体に据える。

声は低く、しかし鋭く。

 

「ヤザン、構えろ!今すぐだ!……来るぞ!」

 

 

 

その言葉が終わらないうちに——白磁の戦乙女の瞳に赤い光が宿った。

 

 

 

同時に、天井から垂れ下がる巨大なロボットアームがカチリ、と音を立てて動き始めた。

固定していた白磁の機体を、ゆっくりと放そうとする。

イーサンはその動きを察知し、至近距離でビームを放つ。

 

「起動する前に墜とす!」

 

二連装ビームライフルが同時に発射され、放たれた二筋の赤い閃光は、白磁の機体を直撃するはずだった。

この距離なら、絶対に命中する——イーサンはそう確信していた。

だが、次の瞬間。

ビームの閃光が消えた後、イーサンの視界に映ったのは溶解したロボットアームの残骸だけだった。

白磁の機体は——どこにもいなかった。

 

 

 

イーサンが息を呑んだ瞬間、ヤザンの叫びが通信に響いた。

 

「隊長!危ない!!」

 

白磁の戦乙女が、あの刹那の瞬間に一気に距離を詰め、

右手に握った細長いランスをイーサンのジム・ドミナンスに向かって突き出していた。

ランスの先端が空間を切り裂き、赤熱化したランスの切っ先が、赤い軌跡を残しながら迫る。

イーサンの視界が一瞬、白く染まった。

 

「——!?」

 

驚愕が、イーサンの喉を締め付けた。

頭の中で、理性が叫ぶ。

 

 

(あり得ない……!こんな距離で……こんな速度で……!)

 

 

だが、ヤザンのヴァンガードが間一髪で間に入り、右腕のビームサーベルを振り上げ、ランスの先端を弾き返したのだ。

赤い光刃と白磁のランスが激突し、火花が舞い散り、衝撃波が部屋全体を震わせた。

ヤザンの声が、歯を食いしばるように響く。

 

「くそっ……速ぇ!こいつ……本気だぜ!!」

 

白磁の機体は瞬時に体勢を立て直し、弾かれた勢いを利用して、ヴァンガードから距離を取るために後退し、円形のシールドを構え直した。

赤い瞳が3機を冷たく、憎悪に満ちて見据える。

イーサンは、ジム・ドミナンスのコクピット内で、

凍りついたように息を呑んだ。

至近距離で放った二連装ビームライフルの赤白い閃光を、白磁の戦乙女は、確かに回避していた。

通常のモビルスーツなら、あの距離では絶対に避けられない。

反応速度も、機動性も、物理法則すらも許さない。

イーサンは確信していた。

だからこそ、引き金を引いた。

確実に仕留められるはずだった。

だが、現実は違った。

白磁の機体は、ビームの閃光が走った瞬間、まるで予知していたかのように、わずかに体を捻り、光の奔流を紙一重で躱した。

そして、一瞬でイーサンの間合いを詰めてきた。

イーサンは揺れるコクピット内で、ようやく息を吐いた。

声に震えが混じる。

 

「……避けた……?いや……あれは、ただの回避じゃない。まるで……予知していたかのようだ……。」

 

 

部屋の空気が、さらに重く、冷たく、張り詰め、戦闘態勢を整えていく。

白磁の戦乙女の、その動きは優美でありながら、圧倒的な殺意に満ちていた。

それはまるで、戦人を選定し、黄泉へと案内しようとする戦乙女のようだった。

イーサンはジム・ドミナンスのコクピット内で、白磁の機体を睨みながら、わずかに口元を歪めた。

 

「……ヴァルキリー、か。皮肉な名前だな。まるで、本当に……俺たちを選定して、あの世に案内しようとしてるみたいだ。」

 

声に、苦い笑みが混じる。

 

白い甲冑に身を包んだ戦乙女——その優美な姿が、今はただの死神のように見えた。

 

ヤザンが、ヴァンガードの機体を前へ押し出しながら、獣のような低い笑いを漏らした。

 

「へっ……まだあの世に案内されるには、早ぇすよ。俺はまだ死にたくねぇので。おい!ソウヤ!正念場だぞ、気合い入れろ!」

 

ソウヤは、マスケッティアの操縦桿を強く握り直した。

頭に残る憎悪の残響を振り払うように、静かに、しかし力強く答えた。

 

「ああ……了解した。俺も死にたくないからな!」

 

胸の奥で、熱いものが込み上げてくる。

仲間への信頼と、絶対に負けられないという決意が、静かに燃え上がった。

イーサンは、二連装ビームライフルを構え直し、通信を全員に開いた。

 

 

「オリオン小隊、全機。目標はヴァルキリーの制圧。鹵獲が第一だが……必要なら、撃破も辞さない。行くぞ!」

 

3機の推進器が同時に咆哮を上げ、白亜の空間が、一瞬で戦場と化した。

 

 

 

 

 

 

 

一方、ア・バオア・クー内部の管制室では、ジル・ペローが、モニターに映る"ヴァルキリー"を恍惚とした表情で見つめていた。

銀灰色の髪が、無重力でわずかに揺れる。

眼鏡の奥の瞳が興奮で輝いていた。

 

「……素晴らしい……。私の最高傑作……ヴァルキリー。その圧倒的な性能……。……あれが、私の手で生み出した、ニュータイプの可能性だ。」

 

モニターに映る戦闘映像を、ジルは陶酔したように見つめ続ける。

白磁の機体が、連邦の3機を相手に、優美に、しかし残酷に動き始めた。

ジルの唇が、ゆっくりと弧を描く。

 

「まさか、キャリフォルニア・ベースで出会った、三ツ星の奴らか。ここまで、追ってくるとは思わなかったよ。だが、あの時のようには、いかない!」

 

モニターに映る白磁の戦乙女——ヴァルキリーの姿を、

恍惚と、しかし狂気に近い笑みを浮かべて見つめていた。

 

「オデッサのテスト用のグフ・カスタムみたいに、コア・ユニットに追従できずに自壊することはない!キャリフォルニア・ベースのハイゴッグのように、急拵えでもない!私が一から作り上げた……最高傑作だ!ただ操縦するだけの、粗末なモビルスーツとは……訳が違うんだ……!あはは……あははははっ……!」

 

声は最初は低く抑えていたが、次第に震え。

そして、抑えきれなくなったように高く、鋭く、狂ったように跳ね上がった。

笑い声が、管制室の壁に反響し、まるで自分の耳を切り裂く刃のように響く。

ジルは、管制卓に両手を叩きつけ、身を乗り出してモニターに顔を近づけた。

白亜の空間で、戦乙女の眠りが遂に目覚め、狂気が覚醒した。




最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
一年戦争編のラスボス機体"ヴァルキリー"が遂に登場です!
ソウヤ達とヴァルキリーの闘いを是非是非楽しんでくださいね。
ではでは、次のお話も、お楽しみにー♪

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
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  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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