この空間は、白亜の神殿だった。
要塞の奥深くに隠された、真っ白な実験室。
壁も天井も、純白の装甲板が無限に続き、影一つ落ちぬ均一で冷たい光が降り注ぐ。
床にはグリッドの升目が刻まれ、それは儀式の場を区切る聖なるタイルのように見えた。
無音の虚空に、ただ神聖で、しかしどこか空虚な静寂が満ちている。
その中央に、白磁の戦乙女——ヴァルキリーが、まるで眠りから覚めた神像のように静かに立っていた。
赤い瞳が灯り、細長いランスを握る右手が、ゆっくりと、しかし美しい弧を描いた。
ソウヤの頭に響いた声は、冷たく、震えた少女の声。
だか、その声は憎悪と悲しみ、怒りが混じり、抑えきれずに溢れ出してくる。
『……あなた達は……私から…大事なものを…奪った。だから、私は……あなた達に…復讐をさせてもらうわ。』
声は静かだった。
でも、その静けさの中に、抑えきれない震えと、許せないという想いが滲んでいた。
彼女はわかっている。
あんたたちは知らなかったこと。
戦場では仕方なかったこと。
でも——それでも、彼女は復讐を選んだ。
自分の心を正当化するために、愛した者達の思い出と、憎しみを抱きしめるために。
イーサンのジム・ドミナンスが、二連装ビームライフルを構え直す。
「墜とす!」
赤白い奔流が虚空を切り裂き、ヴァルキリーの胸を狙う。
だが、その瞬間——戦乙女は、まるで予め定められた運命を踊るように、体をわずかに捻った。
ビームの光が紙一重で彼女の肩をかすめ、白い壁に淡い残光を残すだけ。
次の刹那、ヴァルキリーのスラスターが青白く唸り、白亜の床を滑るようにイーサンの間合いを詰めてくる。
人間の反応では決して追いつけぬ、常軌を逸した速さ。
「隊長!」
ヤザンのヴァンガードが、獣の咆哮とともに割り込んだ。
シールド・ヒートクローの赤熱した鉤爪が、ランスの切っ先を弾き返す。
金属と金属が激突し、神殿の静寂に火花が散乱。
衝撃で二機がわずかに後退し、まるで神殿の儀式で最初の献舞を終えたかのように、互いの距離を測り合う。
「くそっ……速すぎる! だが……!ここで、負けるわけにいかねえ!」
ヤザンの声に、歓喜と闘志が滾る。
ヴァンガードの左腕が唸りを上げ、ヒートクローが再び弧を描く。
ヴァルキリーは円形のシールドを掲げ、爪の軌道を滑らせるように受け流す。
その動きは、まるでワルツ——優美で、冷酷で、決して触れさせてくれない。
少女の憎悪が機械を超えて、神殿全体を冷たく染め上げる。
ソウヤのマスケッティアは、後方でハイパー・ビームライフルを構え直す。
赤い照準円がヴァルキリーの動きを追い、しかし彼女のシルエットは常に紙一重で揺らぐ。
「まるで……彼女の憎悪が機体を動かしてるみたいだ……!」
ソウヤの指がトリガーに掛かる。
赤い閃光が放たれ、ヴァルキリーの左肩を狙う。
戦乙女は体を傾け、ビームを躱しながら同時にランスを振り上げる。
光の奔流が白い装甲をかすめ、壁に深い焦げ跡を刻む。
その一連の動作は、神殿の儀式——無駄がなく、冷たく、美しく、魂を刈り取る舞。
まさに、戦士を選定し、ヴァルハラに誘う戦乙女であった。
ソウヤのマスケッティアに、ヴァルキリーが迫っていた。
白亜の床を滑るように、しかし確実に距離を詰めてくる。
その姿勢に、ソウヤは息を呑んだ。
前傾姿勢——
通常のモビルスーツは、直立歩行が基本だ。
重心を垂直に保ち、両脚で交互に体重を移しながら進む。
それは、機械の構造上、最も安定した歩行形態だからこそ採用されている。
だが、前傾姿勢で走るとなると、話は別だ。
倒れかかる重心を、地面を蹴る瞬間に推進力へ変換しなければならない。
高度なバランス姿勢制御システム、リアルタイムの駆動コントロール。
そして、人間並みの筋肉感覚に近いフィードバックループが必要になる。
そんなものを、モビルスーツに搭載するのは——常識では考えられない。
なのに、目の前のヴァルキリーは違う。
前傾姿勢で床を蹴り、まるで獣が獲物に飛びかかるように加速する。
グリッドの升目が、彼女の足跡で一瞬だけ歪み、白い床に青白い推進光の軌跡が残る。
「なんだ!?……人間が走ってるみたいだ……!」
ソウヤの声が、コックピットに小さく響く。
ハイパー・ビームライフルを構え直すが、照準が追いつかない。
槍を携えた死神が眼前に迫ってくる。
その瞬間——ヤザンのヴァンガードが、獣の咆哮とともに割り込んだ。
「ソウヤはやらせるかよ!!」
スラスターを全開に噴かし、切り裂くように間合いを詰める。
右手のビームサーベルが赤く光り、左腕の赤熱化したシールド・ヒートクローが唸りを上げる。
交互に振り下ろす二つの刃が、ヴァルキリーの周囲を包囲するように弧を描く。
「来いよ! 死神さんよ!俺が付き合ってやるぜ!」
ヤザンの声に、歓喜と闘志が滾る。
ヴァンガードの動きは荒々しく、しかしどこかリズムを刻んでいる。
ヴァルキリーは、すぐに反応した。
細長いランスを軽やかに構え直し、ヤザンのビームサーベルを受け流す。
金属と光刃が激突し、神殿の静寂に火花が散乱する。
次の瞬間、ランスの切っ先がヤザンのヒートクローを弾き、逆手に取ってカウンターを放つ。
二機の刃が交錯し、まるで剣戟のデュエットを演じるように、神殿の白亜を切り裂く。
その動きは、ワルツの続きだった。
ヤザンの荒々しいステップに対して、ヴァルキリーは優美に、冷酷に、決して触れさせてくれない距離を保ちながら応じる。
イーサンのジム・ドミナンスが動いた。
左腕の甲に埋め込まれたボックス・ビーム・サーベルが、低い唸りを上げて起動する。
発振器から赤い光が収束し、瞬時に光刃が形成された。
「ヤザン! 援護する!」
イーサンの声が通信に響き、ドミナンスがヴァンガードの横に滑り込む。
二機の連邦機が、ヴァルキリーの左右を挟むように陣取った。
ヤザンのヴァンガードは右手のビームサーベルを、左腕のシールド・ヒートクローを交互に振り回し、イーサンのドミナンスは新たに起動したボックス・サーベルを低く構え、隙を狙う。
三つの刃——ビーム・サーベル、ヒートクロー、ボックス・ビーム・サーベル——が、神殿の虚空に弧を描きながら、ヴァルキリーを包囲する。
ヴァルキリーは動じなかった。
細長いランスを軽く持ち替え、モノアイが冷たく輝く。
ヤザンのビームサーベルがまず振り下ろされる。
ヴァルキリーはランスの柄を斜めに構え、刃の軌道を滑らせるように受け流す。
その衝撃を逆手に取り、ヴァルキリーは体をわずかに回転——今度はヤザンのヒートクローが迫るが、ランスの先端が正確にクローの軌道を弾き、赤熱した鉤爪を虚空に逸らす。
火花が散乱し、ヒートクローの熱が一瞬、空気を歪める。
「ちっ……!」
ヤザンは舌打ちをする。
だが、その隙にイーサンのドミナンスが動いた。
ボックス・サーベルが低く薙ぎ払われ、ヴァルキリーの腰を狙う。
刃の軌道は鋭く、予測しにくい角度から迫る。
ヴァルキリーは即座にランスを逆手に持ち替え、刃を交差させるように受け止める。
光が爆ぜ、火花が雨のように降り注ぐ。
ヴァルキリーの白い装甲に、わずかに焦げ跡が残るが、戦乙女は微動だにしない。
「まだだ!」
イーサンがさらに踏み込む。
ボックス・ビーム・サーベルを引き戻し、即座に上段から叩きつける。
同時にヤザンのヴァンガードが横からヒートクローを振り上げ、二機の刃が、まるで挟み撃ちのようにヴァルキリーを狙う。
三つの刃が交錯し、神殿の中央で激しい剣戟の渦を巻き起こす。
ヤザンのビームサーベルがヴァルキリーの右側を切り裂こうとし、イーサンのボックス・ビーム・サーベルが左側から迫り、ヒートクローの赤熱した爪が正面から牙を剥く。
ヴァルキリーは、まるで舞うように体を捻った。
ランスを高速で回転させ、ヤザンのサーベルを弾き、そのままの勢いでイーサンのボックス・ビーム・サーベルを押し返し、最後にヴァンガードの左腕をランスの柄で受け流す。
三つの刃が、次々と彼女の周囲で火花を散らし、光の軌跡が神殿の白い壁に無数の残光を刻む。
「くそ……! 全部捌きやがった……!」
ヤザンの声に苛立ちと興奮が混じる。
イーサンのドミナンスは息を詰め、ボックス・ビーム・サーベルを構え直す。
二機の連携は完璧だったはずだ。
しかし、ヴァルキリーは三つの刃を全て捌き、決して後退せず、決して隙を見せない。
三機の剣戟が神殿の中央で激しく交錯する中、ソウヤのは後方でビームライフルの狙いを定めていた。
赤い照準円がヴァルキリーの動きを追い、しかし、ヴァルキリーのシルエットは常に紙一重で揺らぎ、ヤザンのヴァンガードやイーサンのドミナンスと重なるように位置を取る。
ヴァルキリーは巧みに立ち回っていた。
剣戟の渦の中で、ドミナンスとヴァンガードの2機を「盾」として利用するように体を寄せ、ソウヤの射線を常に塞ぐ。
ソウヤのコックピットに、冷や汗が伝う。
照準がヴァルキリーの胸を捉えても、その背後にヤザンのヴァンガードのシルエットが重なり、次の瞬間にはイーサンのドミナンスの肩が視界を遮る。
指がトリガーに掛かるたび、胸に鋭い痛みが走る。
「……隊長、ヤザン……!くそ!……あの剣戟でも……俺の射線が分かるのかよ!」
声が震えた。
射撃手のプライドと、仲間への恐怖が交錯する。
一発のビームが、味方を貫くかもしれない——その危惧が、ソウヤの指を凍りつかせていた。
だが、ソウヤは目を閉じ、息を吐いた。
意を決して、マスケッティアのスラスターを短く噴射させる。
機体が横に滑るように移動し、ヴァルキリーの横側——彼女の死角に、わずかに回り込む。
「今だ……!」
ハイパー・ビームライフルが火を噴く。
赤い閃光が連続で放たれ、ヴァルキリーの横腹を、肩を、頭部を狙って三連射。
光の奔流が、白亜の空間を切り裂き、虚空に赤い軌跡を残す。
その瞬間——ヴァルキリーは剣戟を止めた。
ランスを高速で引き戻し、ヤザンのビームサーベルとイーサンのボックス・ビーム・サーベルを同時に押し返して距離を取る。
戦乙女の体が優雅に後退し、ソウヤのビームを紙一重で躱しながら、ドミナンスとヴァンガードから離脱するようにスラスターを噴射。
赤い閃光が彼女の周囲を掠め、白い壁に新たな焦げ跡を刻む。ヤザンは、相手が距離を離したことを即座に察知した。
ヴァンガードのバックパック左右に装着されたガトリング・スマッシャーが、低く唸りを上げて回転を始める。
「逃がすかよ……!」
けたたましい連射音が神殿に響き渡る。
無数の弾丸が、ヴァルキリーに向かって弾幕のように降り注ぐ。
ヴァルキリーは円形のシールドを掲げ、機体に直撃しそうな弾を正確に防ぎ、それ以外の弾は、まるで舞うように体を捻り、華麗に回避する。
弾丸の軌跡が彼女の周囲で火花を散らし、一部が白い壁に着弾して小さな爆炎を上げる。
ヴァルキリーはヴァンガードの弾幕を防ぎながら、体をわずかに沈め、白亜の壁に右足を強く着ける。
白亜の壁に右足裏の降着用クローを軽く固定。
次の瞬間——戦乙女はスラスターを微調整しながら、壁面に沿って滑るように加速した。
無重力の壁面滑走。
重力がない宇宙空間で、ヴァルキリーはまるで壁を「床」として扱うように、スラスターの微細な噴射と姿勢制御で前傾姿勢を維持しながら旋回軌道を描く。
推進光が壁に沿って青白い尾を引き、オリオン小隊の周りを高速で円を描くように回り込む。
ヴァルキリーは旋回中に、右腕の110mm速射砲を放つ。
正確無比な弾丸が、ヴァンガードの右側——ガトリング・スマッシャーに向かって飛び、着弾する。
ヤザンのコックピットに、警告音が鳴り響く。
「ちっ……! 誘爆しやがる!」
ヤザンは即座に判断した。
ヴァンガードの右側ガトリング・スマッシャーを緊急パージ。
次の刹那——弾薬庫の誘爆が小さな火球を生む。
ヤザンは咄嗟に左腕のシールド・ヒートクローを盾のように掲げ、爆風と破片を防ぐ。
その瞬間——ヴァルキリーが襲い掛かった。
壁面滑走の勢いを殺さず、旋回から一気にヴァンガードの懐へ滑り込む。
細長いランスが、低く構えられ、赤いモノアイが冷たく輝く。
槍の切っ先が、ヤザンのコックピットを狙って突き出される。
「ヤザン!」
イーサンのドミナンスが即座に動いた。
ヴァルキリーの進路にスラスターを噴射して割り込み、左腕のボックス・ビーム・サーベルを全力で斬り掛かる。
赤い閃刃が、ヴァルキリーのランスを迎え撃つように交差する。
ヴァルキリーは、すぐに反応した。
ランスを斬り上げ、イーサンのボックス・サーベルを正確に受け止めた。
二つの刃が激突し、神殿の中央で再び火花が爆ぜる。
ヤザンは、爆風の余韻を振り払いながら、ヴァンガードの残った左側ガトリング・スマッシャーを回転させ始める。
「まだ……終わらねえよ……!」
ソウヤはハイパー・ビームライフルを握り直し、照準円が再びヴァルキリーを捉える。
「今度こそ……、直撃させる…!」
二機のペイルライダーが、ヴァルキリーの動きを捉えようと照準を合わせる。
ヴァルキリーは、その瞬間を感じ取った。
左腕の110mm速射砲をヤザンとソウヤの射線方向へ、正確に射線を重ねるように弾丸を放つ。
ヤザンのガトリングが一瞬回転を緩め、ソウヤのビームがわずかにブレる。
「ちっ……!」
ヤザンの舌打ちが通信に響く。
ソウヤの指がトリガーに掛かるが、照準が一瞬乱れる。
「腕に機関砲!?」
その隙に——ヴァルキリーはスラスターを微細に噴射した。
無重力の虚空で、機体が紙一重で横に滑るように移動。
ヤザンのガトリング弾幕が、彼女のいた位置を貫通し、ソウヤのビームがその軌跡をかすめるだけ。
戦乙女は二人の射線を同時に外しながら、即座にオリオン小隊の背後へと回り込んだ。
「なに……!? 消えた……!」
ソウヤの声が震える。
ヤザンが慌てて旋回しようとするが、ヴァルキリーはすでに三機の背後を取っていた。
ランスを低く構え、ヤザンの背中——コックピットを狙って突き出される。
切っ先が装甲を貫く寸前、わずか数メートルまで迫ったその瞬間——
ヤザンのヴァンガードは、まるで危機を察した獣のように、体を捻った。
バックパックのスラスターが全開噴射し、機体が強引に回転を始める。
ヤザンは歯を食いしばり、左腕のパワーを最大出力に上げながら、そのまま左腕を横に振り抜いた。
ヒートクローの鉤爪がランスの切っ先を弾き、軌道をずらす。
ヴァルキリーの突きが、紙一重でヴァンガードの側面を掠める。
「へっ……! そんなもんかよ、死神さん!」
ヤザンは回転の勢いを活かしてヴァンガードの体を一気に反転させ、ヴァルキリーの懐へ逆に飛び込む。
赤熱した鉤爪を戦乙女の胸元に突きつける。
まるで飢えた獣が死神の槍を逆に牙で噛み砕こうとするような、荒々しくも執念深いカウンター。
ヴァルキリーはカウンターで迫るヒートクローの突きを、円形のシールドで受け止めた。
赤熱した2本の鉤爪がシールドの表面に食い込み、白い装甲に黒く焦げた痕を二つ残す。
金属が軋む音が白亜の伽藍堂に響き渡り、熱で溶けた装甲の滴がゆっくりと漂う。
密着状態——二機の距離はわずか数センチ。
ヤザンの獣のような息遣いが、通信越しに伝わる。
「これで仕留めさせてもらう……! くたばりな!」
ヤザンは即座に残った左側ガトリング・スマッシャーを起動させた。
バックパックから回転音が低く唸り、銃口がヴァルキリーの頭部を正確に捉える。
けたたましい連射音が神殿に響き渡り、無数の弾丸が戦乙女の頭部を狙って浴びせられる。
ヴァルキリーは寸前で気付き、頭部をわずかに横に傾げた。
弾丸の軌跡が頭部の装甲を掠め、白い装甲に浅い傷を刻むだけに留まる。
ヴァルキリーは左腕のシールドを強く押し返し、ヤザンのヴァンガードを強引に後退させる。
そのまま左右にステップを踏み、スラスターを微細に噴射しながら距離を取ろうとする。
無重力の虚空で、機体が滑るように蛇行し、推進光が青白いジグザグの尾を引く。
ヤザンは離れようとするヴァルキリーを逃がそうとしなかった。
残ったガトリング・スマッシャーを再び回転させ、けたたましい弾幕を浴びせ続ける。
殆どの弾は円形のシールドで正確に防がれるか、華麗なステップで回避される。
何発かが白い装甲に命中し、浅い焦げ跡と小さな剥離を残すが、軽微なダメージにしかならなかった。
「ちきしょう…!…… 致命傷すら、与えられなかった!」
ヤザンの声に苛立ちが混じる。
すると、白亜の伽藍堂に響いていたはずのけたたましい連射音が、突然、乾いたクリック音に変わる。
空になった弾倉が、最後の弾丸を吐き出した後の虚しい空回り。
回転する銃口から煙が薄く立ち上り、バックパックの給弾機構が空転する低い唸りが、一瞬だけヤザンのコックピットに警告のように伝わる。
「ちきしょう……! 弾切れかよ……!」
ヤザンの苛立ちが、通信に漏れ出る。
残った左側ガトリング・スマッシャーの回転が止まり、銃口から熱気がゆっくりと漂う。
その瞬間を、ヴァルキリーは見逃さない。
赤いモノアイが冷たく輝き、戦乙女は即座に体勢を立て直した。
スラスターを微噴射しながら、白亜の壁際まで滑るように退がり、両足を壁面に接地する。
次の瞬間——ヴァルキリーは両足で壁を強く蹴った。
無重力の虚空で、推進光が青白く爆ぜ、機体が矢のように加速する。
円形のシールドを前に構え、細長いランスを低く突き立て、ヤザンのヴァンガードに向かって突撃した。
その姿は、まるで神殿の冷たい静寂を切り裂く神槍——
戦乙女の槍が、選定した戦士を射貫くために放たれたかの如く、無慈悲で、優美で、決して逸らさない軌道を描く。
ヤザンは、突撃するヴァルキリーを見て、瞬時に判断した。
ビームサーベルやヒートクローでカウンターを狙う——だが、敵のスピードが速すぎる。
ランスの切っ先が、先にヴァンガードのコックピットを貫くだろう。
その予感が、獣の本能のように背筋を走る。
「くそ……! カウンターは無理か……!」
ヤザンは歯を食いしばり、バックパックのスラスターを急噴射させた。
ヴァンガードの巨体が横に滑るように移動し、ギリギリのところでランスの軌道を外す。
衝撃波が機体をわずかに揺らし、ヤザンのコックピットに赤い警告ランプが点滅する。
額に汗が浮かび、息が荒くなる。
「へっ……! ギリギリ……躱せた……危なかったぜ!」
回避の勢いを活かし、ヴァンガードの体を反転させ、残った左腕のヒートクローを振り上げて反撃の構えを取る。
ヴァルキリーは突撃の勢いを殺しきれず、片膝を折るように床に着地した。
グリッドの升目が、着地の衝撃で大きく揺れた。
大きな隙——戦乙女の背中が無防備に晒され、
白い装甲が、照明の冷たい光を反射して輝く。
ヤザンは、その隙を見逃さなかった。
「そのチャンス……もらったぁぁー!!」
ヴァンガードのスラスターが低く唸り、機体が一気に加速する。
獣の咆哮が再び通信に響き、左腕のヒートクローを大きく振りかぶる。
赤熱した鉤爪が虚空を切り裂き、ヤザンの瞳に勝利の確信が宿る。
イーサンのドミナンスも即座に反応した。
「ヤザン! 右側から、カバーする!」
ドミナンスはスラスターを噴射し、ヴァンガードの右側に並び、ボックス・ビーム・サーベルを構えながら接近する。
二機が、ヴァルキリーの背後を挟み撃ちにするように迫る。
距離が縮まる、10メートル、5メートル、3メートル——
ヤザンの笑みが広がる。
「これで……終わりだぁぁあー!」
相手が完全に立ち上がって迎え撃つには、旋回に必要な時間が足りない。
ヤザンは確信した。
相手は迎撃に間に合わず、ヒートクローの餌食になる。勝利の笑みが深くなる。
だが——その刹那。
ヴァルキリーは片膝を折ったまま、こちらに振り向き、
槍の先をヴァンガードに向けた。
槍の柄の辺りが、青白く発光する。
その瞬間、柄の裏側に隠されていたスラスターが噴射を開始。
ランスが、まるで独立したミサイルのように、
ヴァンガードに向かって飛び出した。
槍全体が推進光を噴き、無慈悲に加速する。
ヤザンの瞳が大きく見開かれる。
ヒートクローを振りかぶっているので、胴体のガードが間に合わない。
ランスの切っ先が、コックピットを貫く軌道を描く。
ヤザンは死を覚悟した。
「くそ……!ここで終わりか……。」
だが——その瞬間。
右側を並走していたイーサンのドミナンスが、咄嗟に動いた。
ボックス・ビーム・サーベルの刀身を消し、左腕を突き出してヴァンガードを強く押し飛ばす。
ヴァンガードの機体が横に弾かれ、ランスの直撃を紙一重で回避する。
代わりにイーサンの左腕を正確に穿つ。
ボックス・ビーム・サーベルの発振器が溶け、左腕の装甲が引き裂かれ、火花と溶けた金属が散乱する。
衝撃がコックピットに伝わり、
イーサンの体が激しく揺さぶられる。
「イーサン!避けろ!」
ヤザンの絶叫が通信に響く。
だが、次の瞬間——白磁の脚がドミナンスの腹部に深く刺さる。
装甲が凹み、コックピットハッチはひしゃげ、蹴られた衝撃で機体を吹き飛ぶ。
ヴァルキリーは槍を発射した瞬間に体勢を立て直し、片膝を折った姿勢からスラスターを噴射させ、フロントキックを放っていたのだ。
ドミナンスは壁に激突し、壁面にめり込む。
左腕が火花を散らし、力なく座り込むように停止する。
「イーサン!イーサン!!」
ヤザンの絶叫がコックピット内に響き渡る。
「隊長!返事をしてください!隊長!!」
マスケッティアのコックピットで、ソウヤの瞳が震える。
ソウヤは、ハイパー・ビームライフルをヴァルキリーに向けようとした。
赤い照準円が戦乙女の胸を捉え、指が引金を押そうとする。
だが——ソウヤの頭に稲妻が走った。
鋭い予感が背筋を貫き、ソウヤは反射的に操縦桿を強く引き、後退させた。
次の瞬間——先ほど発射されたランスが、マスケッティアに向かって襲い掛かってきた。
槍全体が推進光を噴き、まるで独立した生き物のように、機体を正確に追尾する。
切っ先がコックピットを狙い、紙一重で装甲をかすめて火花を散らす。
ソウヤのコックピットに、警告音が激しく鳴り響く。
「っ……!?」
槍は、避けられた瞬間、スラスターを再噴射。
軌道を急変させ、再びマスケッティアに襲い掛かる。
ソウヤは咄嗟に機体を横に滑らせ、槍の切っ先をかわす。
推進光の尾が虚空に青白い弧を描き、槍はまるで意思を持ったように何度も方向を変えながら追尾を続ける。
一度、二度、三度——
槍は執拗にソウヤを狙い、マスケッティアは回避に徹するしかなかった。
機体のスラスターが悲鳴を上げ、コックピット内のGがソウヤの体を押しつぶす。
「なんだ……この槍……! まるで……生きてるみたいだ……!」
ソウヤの声が震える。
ハイパー・ビームライフルを構え直すが、槍の追尾に気を取られ、ヴァルキリー本体への射撃がままならない。
その時——ヤザンの怒りの雄叫びが通信に響いた。
「てめえ……! よくも、隊長を……イーサンを……!うらあぁぁぁーー!」
ヴァンガードのスラスターが全開噴射し、獣の咆哮とともにヴァルキリーに襲い掛かる。
ヒートクローを振り上げ、赤熱した鉤爪が戦乙女の胸元を狙う。
ヴァルキリーは、迫るヴァンガードを感知した。
手元に槍が自動で戻り、細長いランスを軽やかに構え直す。
モノアイが冷たく輝き、ヤザンのヒートクローを正確に受け流す。
二機の刃が激突し、数回斬り結ぶと、ヴァルキリーはスラスターを噴射して距離を取った。
槍を再び構え、残った二機を見据える。
「遠隔操作なのか……!? あんなに自由に……!」
ソウヤは、動く槍を見て息を呑んだ。
ヤザンは、怒りに燃えながらも、ヴァンガードの機体を前へ押し出す。
「隊長の仇……俺が……俺が…必ず取ってやる!!」
ヤザンは、ペダルを強く踏み込んだ。
ヴァンガードのスラスターが咆哮を上げ、機体が虚空を切り裂くように突撃する。
赤熱したヒートクローを振りかぶり、ビームサーベルを構え、獣の咆哮がコックピット内に響き渡る。
「てめえ……! よくも……隊長を……イーサンを……俺のせいで……!」
ヤザンの声は、怒りに震え、涙さえ浮かべながら、ヴァルキリーに向かって突き進む。
イーサンが自分を庇ってやられた——その事実が、ヤザンの胸を焼き尽くす。
獣の闘志が、怒り狂った炎となって爆発する。
ヴァンガードはがむしゃらに突っ込み、ビームサーベルを振り回し、ヒートクローを交互に叩きつける。
だが、ヴァルキリーは余裕だった。
ヤザンの猛攻を、まるで舞うように捌いていく。
ビームサーベルは槍で受け流され、ヒートクローはシールドで弾かれ、ヴァンガードの攻撃はすべて空を切る。
ヴァルキリーの槍は余裕を持ってヤザンを翻弄する。
戦乙女の赤い瞳が冷たく輝き、少女の憎悪がランスの切っ先を鋭くする。
ヴァルキリーは、必殺の突きを放とうとした。
ランスを低く構え、スラスターを噴射して間合いを詰め、槍の先端がヤザンのコックピットを正確に狙う。
ヤザンは絶句した。
「くそ……! ここまでか……!」
だが——その刹那。
横合いから、赤い閃光が走った。
ソウヤのマスケッティアが、ハイパー・ビームライフルを連射。
三連のビームがヴァルキリーの突きを中断させ、戦乙女はスラスターを噴射して距離を取る。
「ヤザン! 今だ!離れろ!」
ヤザンは、回避した勢いで体勢を立て直す。
だが、胸に湧き上がるのは怒りと悔しさだった。
「隊長……俺のせいで……俺は……仇を……討てねえのかよ……!」
ヤザンの声が、嗚咽のように震える。
操縦桿を握る手が僅かに震え、コックピット内の警告音が、ヤザンの心臓のように鳴り続ける。
ソウヤは、ハイパー・ビームライフルを構え直し、深く息を吸った。
そして、静かに、しかし確信を持って言った。
「ヤザン……HADESシステムを使おう。」
ヤザンの瞳が見開かれる。
「は……!? お前……!」
ソウヤは続ける。
「イーサンさんがやられて、残ってるのは俺たち二人だけだ。相手は復讐のために戦ってる……俺たちを逃がす気なんてない。性能は……相手の方が上だ。だったら……イーサンの仇を取るため、勝つために、生き残るために……システムを使うしかない。」
ヤザンは一瞬、言葉を失う。
HADESシステム——ソウヤが以前使用した時、心肺停止寸前まで追い込まれた、あの危険なシステム。
ヤザンの声が、怒りと心配で震える。
「お前……またあんな目に遭う気かよ!?あの時、お前が死にかけたのを忘れたのか!?」
ソウヤは静かに首を振る。
「忘れてない。でも……隊長がいなくなった今、俺たちが生き残って、仇を取って、イーサンさんの意志を継ぐためなら……俺は、覚悟してる。」
ヤザンは拳を握りしめ、コックピット内で深く息を吐く。
獣のような瞳に、涙が滲む。
そして、ゆっくりと、しかし確実に頷いた。
「……わかった。なら……俺も一緒だ。隊長の仇……二人で、絶対に取るぞ。」
二人は同時に、コンソールに手を伸ばす。
ヴァンガードとマスケッティアのシステムが、
同時にHADESモードへの移行を開始する。
【HADES】
【Hyper Animosity Detect Estimate System】
《!! CAUTION !!》
❰SYSTEM STATUS: STANDBY❱
《WARNING: LIMITER OVERRIDE DETECTED》
【RELEASE LIMITER?】
《YES》《NO》
コックピット内に、赤い警告灯が点灯し、低く、重い機械音が響き渡る。
ヤザンの声が、獣の咆哮のように響く。
「HADES……起動!」
【HADES ACTIVATED】
ソウヤの声が、重なる。
「HADES……起動……!」
【HADES ACTIVATED】
二人の画面が一瞬白くフラッシュし、警告音が変化。
二機のペイルライダーが、わずかに震え、頭部センサーが赤く輝く。
神殿の静寂が、再び二人の決意に震える。
ヴァルハラの戦乙女と黙示録の死の騎士が、白亜の神殿で対峙し——お互いの刃が、永遠の死へと誘うために最後の舞踏を始めようとしていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂にヴァンガードもHADESを起動させました!
ではでは、次の話も期待してくださいね。
感想など、気軽にどうぞー。
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