マスケッティアのコックピットは、赤い警告灯の海に沈んでいた。モニターには、無数の赤字が点滅し続けている。
【HEAD UNIT DESTROYED - MAIN CAMERA OFFLINE】
ヘッドユニット破壊 - メインカメラオフライン
【DRIVE SYSTEM CRITICAL FAILURE - ACTUATOR SEVERED】
駆動系致命的故障 - アクチュエーター切断
【JOINT INTEGRITY: 0% - MOBILITY LOST】
関節強度:0% - 機動性喪失
【SYSTEM ERROR - HADES SYNC TERMINATED】
システムエラー - HADES同期終了
ソウヤはゆっくりと息を吐いた。
視界の端が微かに揺れて、白い光の点と線がゆっくりと視界から消えていく。
それは、美しく輝いた白い軌跡の「予測」が完全に消え去った後の静かな虚脱感だった。
「……ありがとう、HADES。もう……休んでいいよ。」
ソウヤは静かに呟き、座席横のコックピットハッチ強制開放装置に手を伸ばした。
赤いカバーを跳ね上げ、安全ピンを引き抜き、レバーを強く引く。
瞬間——コックピット周囲の分離ナットが、爆轟で一斉に割断された。
コックピットハッチが吹き飛び、外気圧の変化で耳が一瞬詰まる。
ソウヤはゆっくりと立ち上がり、コックピットから身を乗り出した。
辺りを見渡す。
神秘的だった白亜の伽藍堂は、もう、見る影もなかった。
純白の壁面は無数の弾痕とビームの焦げ跡で黒く汚れ、熔けた金属の滴が壁を伝って固まっている。
グリッドの升目はモビルスーツの足跡で深く抉れ、踏ん張った衝撃でひび割れ、一部は砕けて粉塵のように浮遊していた。
機体の破片——装甲の欠片、駆動部の残骸、潤滑油の黒い雫——が、ゆっくりと回転しながら漂う。
虚空に広がる戦闘の残骸はまるで、終わった嵐の後の荒野のようだった。
ソウヤは、その景色をただ見つめた。
胸の奥に、静かな疼きが広がる。
喜びでも、悲しみでもない。
ただ、すべてが終わったという、重く、穏やかな実感だけが、そこにあった。
「……隊長…。……ヤザン…。」
ソウヤの声は傷ついた伽藍堂に溶けるように小さく響いた。
そして、ゆっくりと、白亜の空間に沈黙する三機の機体を見回した。
ヴァンガードは両膝を折り、静かに床に沈むように両膝をついていた。
ジム・ドミナンスは壁に寄りかかり、かすかに頭部センサーの光を灯したまま、動かない。
そして、ヴァルキリーは——壁にもたれ掛かるように機能停止し、赤いモノアイが完全に暗くなっていた。
ソウヤは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「……勝ったのか…。」
その言葉は、誰に言うでもなく、ただ、自分自身に——そして、この神殿に刻まれたすべての軌跡に静かに告げられた。
ソウヤのパイロットスーツのヘルメット内蔵通信機から、ヤザンの声が割れるように響いた。
「ソウヤ! おい、ソウヤ! 生きてるか!? 返事しろ!」
声は焦りと心配に満ちていて、いつもの野獣のような荒々しさとは裏腹に、かすかに震えていた。
ヤザンの呼吸が荒く、コックピットの警告音が背景で鳴り続けているのが聞こえる。
ソウヤはゆっくりと息を吐き、通信機のマイクに向かって静かに応えた。
「……生きてるよ、ヤザン。俺は……無事だ。」
その言葉を聞いた瞬間、ヤザンの息が一瞬止まり、次の瞬間、深い安堵の吐息が漏れた。
「くそ……よかった……。お前までいなくなったら……俺、どうすりゃいいか……。」
ソウヤは両膝をついたヴァンガードのシルエットを見ながら、小さく微笑んだ。
「俺も……ヤザンの方に向かうよ。隊長も……まだ、生きてるはずだ。」
そう言い、ソウヤはパイロットスーツのランドムーバーを微噴射させ、ゆっくりとヴァンガードとジム・ドミナンスの方向へ向かおうとした。
だが——その瞬間。
けたたましい警報音が、傷だらけの伽藍堂に鳴り響いた。
壁面の赤いライトが激しく点滅し、天井から、低い機械音とともに警告アナウンスが流れる。
「警報。警報。要塞内部で爆発が発生。安全のため、隔壁を閉鎖します。即時退避を推奨。隔壁閉鎖まで残り30秒。」
白亜の空間を二つに分断するように、中央部分の天井から、厚い隔壁がゆっくりと降り始めた。
金属の軋む音が響き、照明の純白の光が徐々に遮断されていく。
ソウヤは即座に反応。
「まずい……!」
パイロットスーツのランドムーバーをスラスター全開に噴射させ、侵入してきた溶断された隔壁側のヤザンとイーサンの元へ急ごうとした。
その時、通信機から、弱々しい、しかし確かにイーサンの声が入った。
「……ソウヤ……待て……。」
声は途切れ途切れで、息遣いが荒く、痛みを堪えているのが伝わってくる。
だが、そこに宿る意志は決して折れていなかった。
ソウヤの胸が締め付けられる。
「隊長……!」
イーサンは、かすれた声で続ける。
「……フラナガン機関……の……データを……手に入れろ……。俺達の機体は損壊が……激しすぎて……運搬は……無理だ……。……もう……使い物にならない……。だから……何でもいい……何か一つでも……持って帰って来るんだ……。」
ソウヤの瞳が揺れる。
「隊長……! そんなことより……隊長の身が……!」
イーサンの声が懇願するように、しかし強く響く。
「……頼む……ソウヤ……。隔壁は……もうすぐ降りる……。そうなれば……フラナガン機関の情報を手に入れるチャンスは……二度とない……。俺たちが……ジャブローから……ここまで来たのは……何のためだ……?フラナガン機関の情報を……手に入れるためだろ……?だから……お前が……何でもいいから……持って帰って来てくれ……。」
ソウヤは拳を強く握りしめ、震えるのを感じた。
イーサンの言葉が、胸に深く突き刺さる。
隊長の意志。
隊長の願い。
そして、自分たちがここまで戦ってきた意味。
「……わかりました……隊長。」
ソウヤは静かに頷き、体を反転させた。
隔壁が降りる音が、背後で大きく響く。
残り時間は、わずか。
ソウヤは息を潜め、もう一度周囲を素早く睨みつけた。残り時間は10秒を切っている——隔壁の降下音が、背後で不気味に轟き続けている。
壁にもたれかかる損壊したヴァルキリーの影——その背後の管制室の窓が戦闘の余波で鋭く割れ、ガラスの破片が虚空に鋭く輝いていた。
あそこからなら、侵入できる。
即座に決断し、パイロットスーツのランドムーバーを限界まで噴射させ、推進光が青白く爆ぜるように尾を引き、割れた窓の裂け目へ一気に急加速した。
ソウヤは管制室の窓フレームに足をかけ、勢いを殺して急停止した。
推進光が一瞬だけ青白く閃き、すぐに消える。
金属フレームがスーツのブーツの下で軋み、微かな振動が全身に伝わる。
息を殺し、ソウヤは体を低く構え、割れたガラスの鋭い裂け目に視線を固定した。
ソウヤは体を滑らすように割れたガラスの隙間から、管制室内に侵入する。
管制室内は薄暗く、コンソールの残骸と散乱した資料が無重力でゆっくり漂っていた。
中央の大型モニターだけが、微かに青い光を放ち続けている。
カチャッ。
乾いた金属音が静寂を切り裂いた。
ソウヤは反射的に体を捻り、音の方向へ振り向く。
パイロットスーツのヘルメット越しに、視界が捉えたのは——管制室の出入口らしい重厚なドアの前に立つ、一人の男のシルエット。
男は痩身で、青白い肌が非常灯の赤い光に不気味に浮かび上がる。
乱れた銀灰色の髪が額に張り付き、眼鏡の奥の瞳は虚ろで、しかし底知れぬ憤怒に燃えていた。
白衣の裾が微かに揺れ、右手に握られた拳銃の銃口がソウヤの胸元を正確に捉えている。
その男を、ソウヤは知っていた。
オデッサでヴァルキリーを開発し、キャリフォルニア・ベースで取り逃がした最重要人物。
ア・バオア・クーまで執拗に追い続けた、フラナガン機関の副所長、ジル・ペロー博士。
「……ジル・ペロー……!? なぜ!?……ここに!」
ソウヤの声がヘルメット内で小さく震えた。
驚愕と、予想外の出会いがもたらす冷たい戦慄が、背筋を駆け上がる。
ジル・ペローは、ゆっくりと一歩踏み出し、拳銃を構えたまま低く、しかし抑えきれない憎悪を込めて吐き捨てた。
「……お前か。エイルを……私の最高傑作を、粉々に砕いた化け物どもの一人か。」
眼鏡のレンズが赤く反射し、虚ろだった瞳が一瞬、狂気じみた光を宿す。
「よくも……よくも、あの完璧なヴァルキリーを……!ニュータイプの能力を極限まで引き出した究極の機体を、ただの人の分際で、私の作品を破壊するだと……!?お前たちは化け物だ!私の!私のすべてを!踏みにじった報いを受けろ……!」
声は次第に高くなり、最後の一言は、ほとんど咆哮に近かった。
拳銃の引き金に指がかかり、銃口がわずかに震える。
管制室内の空気が一瞬で凍りつくように張り詰めた。
「……博士。あの機体は……確かに強かった。だが、あれは『人』が操るモビルスーツだ。『人』が操るモビルスーツなら、俺達は負けない!」
ジル・ペローはソウヤの言葉を聞き、銃口を向けたまま、狂ったように笑い出した。
クックック……と喉の奥から絞り出すような笑い声が、管制室内に響く。
「あれを『人』だと? お前は……あれの『中身』を知らないから、そんな浮かれたことを言えるのだ。本当におめでたい奴だ。」
ソウヤは首を傾げたが、すぐに静かに反論した。
「俺は感じた。あの機体の中から……復讐と、悲しみを。感情があるからこそ、俺たちを憎んだんだ。だから、あれは『人』だ。『人』なんだよ、ジル・ペロー。」
ジルの笑いが、ぴたりと止まった。
眼鏡の奥の瞳が見開かれ、顔が一瞬で真っ青になる。
冷や汗が額を伝い、銃を持つ手が震え始めた。
「お、お前……感じただと!? 馬鹿な……! 連邦のニュータイプが……同化もせずにヴァルキリーに勝っただと!?」
ジルは後ずさり、怯えた目でソウヤを見つめる。
「お前は……危険すぎる! お前の存在が、後々の災いになる……! ここで殺す!」
引き金に指がかかった瞬間——ソウヤの視界に、微かな白い光の点と線が浮かぶ。
ソウヤは体をわずかに捻り、初弾を紙一重で躱す。
右腰のホルスターから拳銃を抜き、迷いなく引き金を引いた。
パンッ!
弾丸がジルの左肩を貫き、血が白衣に広がる。
「あぐっ!」
ジルはよろめき、左手で肩を押さえながら、恐怖に歪んだ顔で叫んだ。
「弾を避けた!?この化け物めェェェーーー!!」
そう吐き捨てると、ジルはよろよろと後退し、ドアへ飛び込む。
扉が閉まり、電子ロックの音が響いた。
ソウヤは慌ててドアへ駆け寄り、電子パネルに手を叩きつけた。
ロック音が冷たく響き、赤い警告灯が無情に点滅する。
何度かレバーを引くが、びくともしない。
「……くそっ……!」
拳をドアに叩きつけ、額を押しつける。
息が荒く、ヘルメット内の空気が熱く淀む。
ゆっくりと膝を折り、その場に座り込んだ。
背中をドアに預け、虚空を見上げる。
唯一の出口はロックされ、通気口すら見当たらない。
隔壁はもう完全に閉ざされ、後戻りもできない。
隊長の願い……フラナガン機関の情報……すべてが、ここで途切れるのか。
絶望が胸を締めつけ、視界がぼやける。
その時——。
かすかな囁きのようなものが頭の奥で微かに響いた。
そして、頭の中に、柔らかく、しかし今にも消えそうな声が届く。
『こっちに……こっちに来て……助けてあげる。』
ソウヤの体が、びくりと震えた。
それは、ここまで自分を導き、自分達に復讐の憎悪を向けたヴァルキリーのパイロットと思われる、自分にしか聞こえない囁きだった。
戦場で自分たちに向けていた復讐の憎悪は、もうどこにもない。
残っているのは、ただ儚く、儚すぎる……消えゆく命の囁きだけ。
「……君かい……?」
ソウヤはゆっくり立ち上がり、声の方向——壁にもたれかかる損壊したヴァルキリーを見つめた。
ヤザンはソウヤが管制室に侵入したのを見送くると、イーサンのジム・ドミナンスの方へ急いだ。
機体は壁に寄りかかり、腹部が大きく凹み、コックピットハッチは大きくひしゃげていた。
ヤザンはコックピットハッチをこじ開けようと必死に引っ張るが歪んだ装甲が、ヤザンの力を嘲笑うように何度やってもびくともしない。
「隊長……! オルグレン隊長! 聞こえてんのか!?」
通信機に叫ぶ。
返事は、長いノイズの後、ようやく弱々しい声で返ってきた。
「……ヤザン……か……。無事で……良かった……。」
イーサンの声は、息だけで言葉を紡いでいるようだった。
ヤザンの目が熱くなった。
「当たり前だろ! 俺が死ぬわけねえ!今すぐハッチ開けてやるから、待ってろ! 救助が来るまで、俺がここで待機すっからよ!」
「……バカを言うな……。」
イーサンの声に、かすかな苦笑が混じる。
「俺は……もう、動けん……。蹴り飛ばされた衝撃で……下半身が、挟まれて……感覚が、もうないんだ……。」
ヤザンの息が止まった。
視界が、ぐらりと揺れる。
「……は? 何言ってんだよ……隊長……。」
「本当だ……。だから……お前は、俺を置いて……脱出しろ……。お前だけ……でも、生還する…んだ。」
「ふざけんなァァァ!!」
ヤザンの咆哮が響き渡った。
「置いてけって……何だよそれ!俺が……俺が油断したからだろ!隊長を……こんなことになったのは、俺のせいだ!俺の……せいなんだよ!!」
声が、途中で嗚咽に変わった。
ヤザンはヘルメットの中で、歯を食いしばり、涙を堪えきれなかった。
「……お前のせいじゃ……ない……。」
イーサンの声は静かで優しかった。
「ヤザン……お前とソウヤは……俺の自慢の部下だ。弟子であり……自分の子供のような……存在だった……。お前たちがいてくれたから……俺は、ここまで来れたんだ……。」
ヤザンは、ただ泣きじゃくった。
言葉が出ない。
ただ、隊長の声だけが、胸に響く。
「ヤザン……聞け……。お前は……カッとなりやすい。武器を持たない相手にも、力を振るってしまう……。お前の戦い方のスタンスは……大事にしろ。それが……お前の強さ……だからな……。だが……武器を持たない人々には、絶対に力を振るうな……。次は……仲間を、大事にしろ……。お前は強い……だが、限度がある……。でも……ソウヤと組んだお前は、本当に強かっただろ?だから……仲間を大事にしろ……。そして……どんなに無様でもいい……生きろ……。生きていたら……チャンスは、必ず巡ってくる……。…そう……だろ?」
イーサンの声が、少しずつ弱くなる。
「……約束……してくれ……。三つだ……。一つ、武器を持たない者には力を振るわない。二つ、仲間を……何より大事にしろ。三つ……生きろ……。それだけだ……。」
ヤザンは、泣きじゃくりながら、必死に頷いた。
「……約束……する……。出来るだけ……守る……。イーサン……絶対に……守るから……!」
イーサンは、かすかに笑った気がした。
「……ありがとう……ヤザン……。最後に……一つ、頼みがある……。整備班長のケンに……伝えてくれ……。俺のロッカーにある……大事な本……任せた……って……。その伝言を……届けるためにも……お前は……生きて帰れ……。」
通信が、ゆっくりと途切れた。
最後に残ったのは、イーサンの、微かな息遣いだけ。
ヤザンは、しばらく動けなかった。
涙がヘルメット内で零れ、視界をぼやけさせる。
やがて、ゆっくりと溶断した隔壁の方に体を向けた。
「……わかった……隊長……。絶対に……伝えるからな…。」
ヤザンはパイロットスーツのランドムーバーを噴射させ、脱出ルートへ向かう。
イーサンは、ひしゃげたコックピットの中で、ゆっくりと目を閉じた。
息が浅く、胸の上下がほとんど感じられなくなっていた。
痛みはもう遠く、代わりに冷たい静けさが体を包み込んでいく。
意識が薄れる中、彼の心は、ただ二人の部下の行く末を案じていた。
「……ソウヤ……ヤザン……。生きて……帰ってくれ……。お前たちなら……きっと……どこまでも……。」
叔父の顔が浮かぶ。
母の兄——地球に残る最後の血縁。
フラナガン機関の追跡と拿捕を、密かに託された任務。
叔父の静かな眼差しと、「イーサン、お前ならできる」という言葉。
生還できなかったことを、心の中で謝罪する。
「……叔父さん……すみません……。約束……守れなくて……。」
声にならない声が、ヘルメット内に消える。
そして——視界が、柔らかな光に包まれた。
アイランド・イフィッシュのダイニング。
コロニーの人工照明が、食卓を優しく照らす。
テーブルには母クラウディアの手料理が並び、湯気が立ち上っている。
父ジョージがグラスを傾け、恋人ミシェルがくすくすと笑っている。
三人とも、昔と同じ笑顔で、そこにいた。イーサンは、ゆっくりと椅子に近づく。
足音が、懐かしい床の響きを返す。
「……ただいま。」
家族が一斉に顔を上げる。
クラウディアが温かく微笑み、ジョージが満足げに頷き、ミシェルが目を輝かせる。
「イーサン、おかえり。」
ミシェルが立ち上がり、そっと手を差し伸べる。
「やっと……また会えたね。」
イーサンは、震える指でその手を握った。
「……そうだな……。」
ジョージがグラスを置き、低く、しかし力強く言った。
「お前は立派に勤めを果たした。よく……よくやったな。」
クラウディアが優しく頷く。
「本当に……自慢の息子よ。あなたがいてくれたから、私たちは……。」
イーサンは、胸が熱くなるのを感じた。
涙がこぼれそうになるのを、笑顔で堪える。
ミシェルが、いたずらっぽく首を傾げた。
「ねえ、土産話はないの?地球で……どんなことがあったか、聞かせてよ。」
イーサンは嬉しそうに微笑んだ。
家族の視線が、自分に向けられている。
それは、戦場でずっと恋しかった温かさだった。
「……実はさ、自慢の部下ができたんだ。」
家族が一斉に目を輝かせる。
ジョージが「ほう」と興味深げに身を乗り出し、クラウディアが「どんな子たち?」と微笑む。
ミシェルが「早く聞かせて!」と手を叩いた。
イーサンは、ゆっくりと話し始めた。
声は穏やかで、どこか誇らしげだった。
「ヤザンって奴は……カッとなりやすくて、獣みたいに戦うんだけど……根はまっすぐで、仲間を絶対に守ろうとする。ソウヤは……静かで、冷静で、でも心の底に強い灯を持ってる。二人が組むと……本当に強かった。俺の……自慢の部下だよ。」
家族は楽しそうに聞き入る。
ジョージが「いい部下を持ったな」と頷き、クラウディアが「あなたらしいわね」と優しく笑う。
ミシェルが目を細めて、「きっと……あなたを慕ってるんだろうね。イーサンが隊長でよかったって、思ってるよ。」イーサンは、ただ嬉しそうに頷いた。
胸の奥が、温かくて、痛くて、満たされていく。
「……ありがとう……みんな……。」
食卓の光が、ゆっくりと柔らかくなる。
家族の笑顔が、優しく包み込む。
イーサンは静かに目を閉じ、呼吸が止まった。
ジム・ドミナンスの頭部センサーの光が、最後に一瞬だけ優しく瞬いた。
そして、静かに、完全に暗くなった。
イーサンは優しい夢の中で——家族と再会したのだ。
ソウヤは割れたガラスの隙間を再び身を低くして潜り抜け、壁にもたれかかるヴァルキリーへと近づいた。
ランドムーバーの微かな噴射音だけが、無重力の静寂を破る。
壁にもたれかかるヴァルキリーの巨体が、すぐそこに迫る。
損傷した白い装甲は、戦いの傷跡を無言で晒し、赤いモノアイは完全に暗く沈んでいた。
ソウヤはランドムーバーを微噴射させ、頭部にそっと着地する。
その瞬間——
ヴァルキリーの胴体部から、低い駆動音が響き、コックピットハッチがゆっくりと開く。
まるで、最後の力を振り絞って、自分を招き入れるように。
ソウヤは拳銃を構え、息を殺して内部を覗き込んだ。
……そこにあったのは、操縦席ではなかった。
コックピットなど、どこにもない。
コックピットは存在しなかった。
代わりに、ぎっしりと詰め込まれた電子回路と機械の塊が蠢き、無数のケーブルと冷却パイプが絡み合い、まるで生き物の内臓のように脈打っていた。
「……何だ、これは……?」
声が震えた。
ソウヤは戸惑い、後ずさりしかけた。
モビルスーツなら、必ずあるはずの操縦席。
モビルスーツなら、必ずあるはずの「人」が座る場所。
なのに、この機体は……「人」を乗せるためのものじゃなかった。
その時、中央の機械がスライドし始めた。
金属の擦れる音が、管制室内に冷たく響く。
ソウヤは思わず後ずさり、拳銃を握り直した。
スライドが止まり——内部が完全に露わになった。
円柱型の透明な容器。
無数のケーブルと栄養チューブが絡みつき、液体の中で機械に固定された……
脳髄。
ソウヤの視界が、一瞬、真っ白になった。
背筋が凍りつき、息が止まる。
神経が張り裂けそうな衝撃が、全身を駆け巡った。
「あれを『人』だと? お前は……あれの『中身』を知らないから、そんな浮かれたことを言えるのだ。本当におめでたい奴だ。」
ジル・ペローの嘲笑が、頭の中でよみがえる。
ようやく——その言葉の真意が理解できた。
こんな非道を。
こんな、人間の生きる権利を踏みにじるようなことを……奴はしていたのか。
昔、学校の理科室で見た記憶がフラッシュバックする。
授業で先生が見せてくれた、ホルマリン漬けの猫の脳。
同級生たちがキャーキャー騒いで不気味がった、あの光景。
まさか、二度もこんなものを目の前にすることになるとは。
だが今回は、猫ではない。
ジル・ペローの言葉と、ヴァルキリーの囁きを思い返すと……これは、紛れもなく『人間』だった。
ソウヤは、ゆっくりと拳銃を下ろした。
手も足も出せない相手に銃口を向ける意味など、もうなかった。
胸の奥に、激しい怒りと、深い憐憫が同時に湧き上がる。
この脳髄は、かつて感情を持ち、復讐と悲しみを抱き、「助けてあげる」と囁いた存在。
それなのに、こんな形で永遠に囚われ、兵器として使われ続けていた。
「……なんてことを……ごめんね……ごめんね……。」
ソウヤの声は、ヘルメット内で小さく震えた。
容器の中の脳髄は、ただ静かに機械に固定され、かすかな電気信号を発しながら、微かに脈打つだけだった。
ソウヤはそっと、容器に手を伸ばし、容器に触れる。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
イーサン・ミチェル・オルグレンは自分が作ったオリジナル・キャラクターの中では、すごく自然にセリフが作りやすいキャラクターでした。
彼のモデルになったのは、トム・クルーズですね。
トム・クルーズの演じたキャラクターの名前と、辞書で引いた名前を合体させて名付けたのが。
『イーサン・ミチェル・オルグレン』なんです。
ミチェルはMになるので、M=マーヴェリックて意味なんです。
イーサンの最後を書いていたら、自分まで泣いてしまいました。
本当にイーサンはソウヤとヤザンを導くために作ったキャラクターで、知らず知らずのうちに愛着が湧いたキャラクターです。
ヤザンは好戦的だけど、義理堅く、大量殺戮には加担せず、仲間を大事にする、成り立ちを自分なりの解釈で書きたかったので、イーサンを作りました。
お疲れ様、イーサン・ミチェル・オルグレン少佐、ありがとう。
さて、遂にジル・ペローが作り上げたヴァルキリーの秘密が公開されました。
実はこいつ、サンダーボルトの『サイコ・ザク』とブレイジングシャドウの『グール』などのヤベー系の系統なんですよね。
サイコ・ザクは四肢切断ですが、ヴァルキリーは脳髄を生体ユニットにして、機体を直感的に操作出来るので、あの強さなんですよ。
この機体をこの様な仕様にしたのは、色々と伏線的な意味があるので。
今は語るべき時ではないので、多くは語れません!
申し訳ございません( ノ;_ _)ノ
ではでは、次の話も楽しみにしていてください。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
-
バイアリーターク
-
ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン