機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第45話 ヴァルキリー・レクイエム【6】

少女は、かすかに——とてもかすかに——思い返す。

白い部屋。壁も床も天井も、すべてが同じ白。

光はどこからともなく降り注いでいて、影がほとんどできない。

時間も、昼も夜も、わからない。

でも、私たちには「時間」があった。

だって、そこに姉と妹がいたから。

同じ顔、同じ髪の色、同じ瞳の色。

鏡を見ているみたいだったけど、鏡じゃない。

三人とも、ほんの少しずつ違う。

姉はいつも少しだけ前髪が長くて、妹は笑うとき左の頰にえくぼができる。

私は……真ん中。

三人で並ぶと、ぴったり同じ高さだった。狭い部屋だった。

ベッドが三つ並んで、壁際に小さなテーブル。

そこに、大人たちが置いていくお菓子や本や、色鉛筆。

私たちはそこで、毎日を過ごした。朝になると、白衣の大人たちが来る。

 

「今日は身体検査だよ」

 

「反射神経のテストね」

 

「G耐性、どれくらいかな」

 

「脳波、ちゃんと取らせてね」

 

機械の音がする。

冷たいパッドが頭に貼られ、

回転椅子に座らされて、ぐるぐる回される。

目をつぶって、どれだけ我慢できるか試される。

痛いときもあった。

怖いときもあった。

でも——成績が良かった日。

大人たちが笑顔で言う。

 

「エイル、今日もすごいね」

 

「よく頑張った」

 

「お姉ちゃんみたいに上手だよ」

 

褒められると、胸が温かくなった。

姉と妹も、目を輝かせて私を見る。

三人で手を繋いで、ベッドに並んで寝転がり。

 

「今日も褒められたね」

 

「私たち、すごいよね」

 

「大人たちに、必要とされてるんだ」

 

そう言い合って、笑った。

 

あの頃は、まだ——体が、自分のものだと思っていた。

 

足が動いて、手が動いて、声が出せて、

三人で抱き合って、温かさを分け合えると思っていた。

三人で、ベッドに寄り合って。お気に入りの絵本。

青い地球の絵本。

ページをめくるたび、紙の感触が指先に優しく残る。

姉の前髪が、めくる指に少し触れて、くすぐったい。

妹のえくぼが、笑うたび、ぴょこんと浮かぶ。

 

「本当に地球は青いのかな?」

 

姉の声が、喉から響く。

 

私の喉も、同じように震える。

だって、私たちは同じ。

同じ顔、同じ声、同じ夢。

 

「きっと、本の通りに青くて、綺麗だと思うよ。」

 

私は、ページを指でなぞる。

青い丸い地球。

雲が白く渦巻いて、海がキラキラ光ってる。

そこに行きたい。

三人で、一緒に。

青い地球を見て、足で地面を踏んで、手で風を感じて。

 

「良い成績を取ったら、青い地球を見させてくれるかな?」

 

妹の声が、えくぼと一緒に笑う。

三人で、手を重ねる。

温かい。

 

姉の指が少し冷たくて、妹の掌が少し汗ばんでて、私の指は真ん中で温かかった。

三人の呼吸が、ぴったり同じリズムで重なる。

 

「うん。一緒に、絶対に地球を見ようね。」

 

誓った。

三人で、夢を。

あの頃は、まだ——

夢が、叶うものだと思っていた。

 

……あれは、いつだったっけ。大人たちの様子が変わった。

 

白衣の大人たちが、部屋に入ってくるとき、イライラしてるのが感じ取れた。

喉じゃなく、頭の中で。

 

「研究成果が……出ない」

 

「上から圧力が……」

 

「彼女じゃないと、ダメなのか……」

 

そんな声が、頭に響く。

耳でなく、心に。

私は、姉と妹にそっと寄り添う。

大人たちの目が、冷たくなった。

褒めてくれなくなった。

 

 

……そして、ある日。白衣の男が来た。

 

痩身で、青白い肌。

乱れた銀灰色の髪。

眼鏡の奥の目が虚ろな男。

 

 

 

男は姉の髪を、強引に剃る。

男は妹の髪を、強引に剃る。

男は私の髪を、強引に剃る。

 

 

 

「嫌……嫌だ……」

 

でも、声は出ない。

ただ、頭が、冷たくなる。

風が、直接頭に触れる。

三人で、同じ。

同じ禿げ頭。

 

他の部屋から、悲鳴が聞こえる。

喉じゃなく、心で。

他の女の子たちの声。

 

「痛い……痛い……」

 

「やめて……やめて……」

 

絶叫と悲鳴が響く。

 

……いつだったっけ。

手術台に固定された。

手術台のライトが、まだ目に焼きついている。

逆光で、白く、白く、焼けるように明るかった。

ケーブルが脳に刺さる瞬間。

ずぶずぶと、音もなく入っていく感触。

脊髄に、機械が埋め込まれる瞬間。

冷たい金属が、骨を押し広げて、奥まで入っていく。

電流が流れ、体が跳ねる。

 

 

電流が流れる。

痛い。

メスが刻む。

痛い。

手が切られる。

痛い。

足が切られる。

痛い。

 

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで

 

どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして

 

 

 

気が付くと、目の前に真っ暗だった。

腕の感覚がない。

足の感覚がない。

指先を動かそうとしても、何も動かない。

指先が……どこにあるのかさえ、わからない。

耳が、聞こえない。

自分の呼吸の音も、鼓動の音も、何も聞こえない。

ただ、静寂が、頭の中に満ちている。

静寂が、重たくて、冷たくて、息苦しい。鼻も、働かない。

匂いがない。

消毒の匂いも、金属の匂いも、お菓子の甘い匂いも、何も感じない。

味も、ない。

舌が、どこにあるのかさえわからない。

ただ——体全体が、何かの液体に浸されていることだけは、感じた。

ぬるくて、粘り気のある、透明な何か。

体を包み込んで、浮かべて、支えている。

でも、それは優しい抱擁じゃなかった。

ただの……保存液。

私の体を、腐らせないための、冷たい液体。

すると、私は姉と妹の気配を近くで感じた。

それは、言葉では表せない、ただの「在る」という感覚。

体がないのに、確かにそこに「二人」がいる。

姉の気配は、少しだけ重たくて、静かで、いつも前髪が長かった頃の落ち着きを残していた。

妹の気配は、軽やかで、でも震えていて、笑うときのえくぼが浮かぶような、かすかな温かさがあった。

私たちは、同じようにされた。

髪を剃られ、手足を失い、五感を奪われ、ただの意識の塊にされた。

同じ白い部屋で、同じ大人たちに、同じ痛みを刻まれ、同じ絶望を味わった。

なのに、他の少女たちの気配は、もうどこにもなかった。

あの悲鳴が響いていた部屋の向こう側から、誰一人として感じ取れない。

消えた。

完全に、跡形もなく。

私たちは、嘆いた。

声が出ないのに、心で、魂で、嘆き続けた。

 

「どうして……」

 

「私たちだけ……」

 

「他の子たちは……」

 

 

三人で重ねていた手の温かさが、思い出されるたび、胸が——いや、胸なんてないのに——引き裂かれるように痛んだ。

痛みはもう体にないはずなのに、記憶が痛みを生み出して、永遠に繰り返す。

嘆きは、静寂の中で渦を巻き、時間という概念すら溶かしていく。

どれだけ経ったかわからない。

永遠みたいに長く、でも一瞬みたいに短く。 嘆き続けていた、

ある日。私は、再び、視界を得た。

 

だが、与えられた視界は機械的なものだった。

それは、冷たく、正確で、色が薄く、輪郭が鋭すぎる。

人間の目で見ていた頃の柔らかなぼやけも、涙で滲む温かみも、何もない。

ただ、データとして流れてくる映像。

数字とグリッドと、照準線。

視界を得た私たちは、新しい得た機械の体で訓練をさせられた。

 

「前進。目標座標まで直進せよ」

 

「射撃訓練。標的を捕捉、撃破」

 

「回避運動。G負荷80%まで耐えろ」

 

命令は、頭の中に直接響く。

声じゃない。

コードだ。

拒否する間もなく、体が動く。

機体の関節が、私たちの意志とは無関係に、金属音を立てて曲がる。

代わる代わるに機械の体に交代で組み込まれる。

 

今日は姉がメイン。

 

今日は妹がメイン。

 

今日は私がメイン。

 

一度は、大人たちに反抗しようとした。

訓練中、標的を撃つ代わりに機体の腕を振り上げて、白衣の男たちを叩き潰そうとした。

でも、即座に電流が流れた。

脳に直接、焼けるような痛みが走る。

視界が白くチカチカして、システムが強制ダウン。

機体は膝をつき、倒れ、動かなくなる。

 

それ以来、私たちは、従うしかなくなった。

従うことで、痛みを避ける。

従うことで、三人で繋がっていられる。

従うことで、青い地球の幻を、もう一度見られるかもしれない。 ある時、私たちはコンテナに運び込まれた。 暗闇。

振動。

長い長い輸送。

どれだけ経ったかわからない。

ただ、コンテナの壁越しに、かすかな重力の変化を感じた。

地球の重さ。

本物の重力。

そして、次に機械の体を与えられた時には、私たちは夢にまで見た、地球の大地に立っていた。

広大な大地。

果てしなき青空が広がっていた。

足がないはずなのに、機体の脚部が地面を踏みしめる感触が伝わる。

風が、装甲を撫でる。

視界の端に、青い海が光っている。

雲が、白く、ゆっくりと流れていく。

絵本のページが、現実になった。

 

「……見えた」

 

姉の気配が、静かに震える。

 

「本当に……青い」

 

妹の気配が、えくぼを浮かべるように、明るく弾む。

でも、わかっている。

これは、約束の成就じゃない。

私たちをここに連れてきたのは、大人たちだ。

ここは、戦場。

この機体は、兵器。

私たちは、ただの「モビルスーツを動かすためのユニット」。

敵を撃つために。

味方を守るために。

 

いや——命令を遂行するために。

 

それでも—— 三人でいる限り。

この大地を踏んでいる限り。

この空を見上げている限り。

私たちは、まだ、私たちでいられる。 かすかに——とてもかすかに——

私は思い返す。

あの白い部屋で誓ったこと。

 

「うん。一緒に、絶対に地球を見ようね。」

 

今、私たちは見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、私たちの夢は呆気なく消え、絶望が襲った。

戦局が思わしくなく、私の軍隊は負け始めた。味方の前線が崩れ、通信が途切れ、命令が慌ただしく変わる。

頭の中に流れてくるコードが、どんどん苛烈になる。

 

「後退」「防衛線死守」「全機、敵を足止めせよ」

 

私たちは、知っていた。

これは負け戦だ。

そして、負け戦で一番最初に捨てられるのは、使い捨ての駒。

そして、私たちは兵器として、戦場に投入されることになった。

味方の撤退を成功させるために、使い捨ての殿を任されたのだ。

ここで時間を稼がなければ、味方は一人も逃げられない。 私と妹は、恐怖した。 頭の中で、妹のカーラの気配が震え続ける。

 

「怖い……怖いよ……」

 

えくぼが浮かぶはずの笑顔が、今はただの怯えに歪んでいる。

私も、同じ。

体がないのに、心臓が——ないはずの心臓が——激しく鳴っている。

 

「逃げたい……もう、嫌だ……」

 

だが、姉のヒルダは私たちを逃がすために、機械に組み込まれることを志願した。

 

「私がやる」

 

姉の気配が、静かに、でも強く響く。

いつも前髪が長くて、落ち着いていたあの気配が、今は鋼のように固い。

 

「二人とも、逃げて。私が時間を稼ぐから。あなた達が撤退するまで、絶対にここを死守する」

 

私たちは、拒んだ。

 

「嫌だ……三人で……三人でいようって……」

 

「一緒に地球を見ようって、誓ったのに……」

 

でも、姉は優しく、でも断固として、意識を切り離した。

 

私たちは、ただの「観客」になってしまった。

ヒルダはテスト用の機体に組み込まれ、私たちを逃がすために最後の最後まで、奮闘した。

機体が姉さんの操縦に追従できず、ボロボロになっても、姉さんは戦い続けた。

 

姉の気配は、揺るがなかった。

 

「まだ……まだ、行かせない……!」

 

頭の中に、姉の声が響く。

それは、命令でも、コードでもない。

ただの、姉の意志。

だが、姉さんは最後まで抵抗した三人の敵に討ち取られた。

最後の敵機が、姉の機体の胸部を貫いた瞬間。

爆炎が上がる。

姉の気配が、ゆっくりと、薄れていく。

 

「ヒルダ姉さん……!」

 

「姉さん……!」

 

私とカーラの叫びが、重なる。

でも、声は出ない。

ただ、頭の中で、永遠に響く。

姉の最後の気配が、かすかに微笑む。

 

「二人とも……生きて……青い地球を……ちゃんと、見て……ね。」

 

そして、気配が、ぷつりと切れた。

私と妹のカーラは泣きながら、逃げ出すことが出来た。

私たちは、姉の犠牲で生まれた時間を使って、戦場から離脱した。

背後で、爆発の残響が響く。

青い空は、まだ広がっていた。

でも、もう、姉のいない空だった。

私たちは、ただの意識の塊。

カーラの気配が、泣きじゃくる。

 

「姉さん……姉さん……」

 

私は、答えることができない。

ただ、妹を抱きしめるように、意識を寄せる。

ないはずの手を、重ねる。

 

「……生きて……」

 

姉の最後の言葉を、繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、また悲劇が起きた。

逃げた先で、宇宙に上がろうとした。

青い大地を後にして、ようやく安全な場所へ。

そこから、宇宙へ脱出するはずだった。

でも、ここにも敵が押し寄せてくるからと、戦力を寄越せと逃げた先の人達が言う。

白衣の男は渋々了承し、カーラを差し出すことになる。

カーラの気配が、震えながら私に寄り添う。

 

「私……行かなきゃ……」

 

えくぼが浮かぶはずの笑顔が、今はただの怯えに変わっている。

カーラは人の形から、かけ離れた機械の体に埋め込まれた。

私たちは人に近い形の機械の体を操作するために調整されている。

だから、人の形から、かけ離れた機械の体に埋め込まれると思うように体を動かせない。 カーラは思うように体を動かせず、戦いの恐怖で泣きじゃくった。

 

「動かない……動いてよ……!」

 

頭の中に、カーラの叫びが響く。

でも、カーラは戦う。

私を守るために、基地を守るために、ただひたすらに。

そして、あの日……カーラは私を守って、死んだ。

私が宇宙に上がるための機械に奴らが現れた。

ヒルダ姉さんを殺した奴がもう一度、私たちの前に現れたのだ。

あの三機のうちの二機。

 

私は恐怖した、私もヒルダ姉さんのように殺されるのかと。

頭の中が、真っ白になる。

体がないのに、震えが止まらない。

 

「いや……いやだ……もう、嫌……」

 

だが、カーラは私の恐怖を感じ取り、私を助けるために駆けつけた。

カーラの気配が、強く、熱く、私の意識に触れる。

 

「姉さんは……私が……守る……!」

 

泣きながら、でも決意を込めて。

カーラはそいつの取り巻きを片付けて、私を宇宙にあげるため、ヒルダ姉さんの仇を取るために泣きながら、戦った。

 

「ヒルダ姉さんの……仇……取る……!」

 

カーラの声が、嗚咽に混じって響く。

えくぼが浮かぶ笑顔を、思い出させるように、必死に。

だけど、上手いこと動かせない体のためにカーラは奴に負けてしまった。

そして、そいつの取り巻きの1体が、私が乗った機械を破壊しようとする。

だが、カーラは損壊した機械の体で私を守ろうとした。

至近距離で撃たれようと、ビームの刃で貫かれても守り通そうとしてくれた。

しかし、最後は蹴り飛ばされ、倒れたところでミサイルを撃ち込まれてしまい。

カーラの気配が、ゆっくりと、薄れていく。

 

「姉さん……生きて。」

 

最後の言葉が、かすかに微笑む。

えくぼが、浮かぶような、優しい震え。

 

「カーラ……!」

 

私の叫びが、虚空に響く。

でも、もう届かない。

カーラの気配が、ぷつりと、切れた。

私は、宇宙へ上がる機械に、ただ一人で乗せられた。

もう、姉も妹も、いない。

三人で誓った夢。

三人で見た青い世界。

今は、私一人。

ただの意識の塊。

ただの、兵器。

 

 

 

 

 

私は宇宙に上がった。新しい機械の体に組み込まれた瞬間、初めて——本当に初めて——「自分の体」を感じた。

指先が意のままに動く。

関節が滑らかに曲がる。

視界が鮮明に広がる。

重力がない宇宙でさえ、体が「ここに在る」と、はっきりと教えてくれる。

この体なら……できる。

姉を、妹を奪った奴らに復讐できる。

生きるためじゃない。

仇を討つためだ。

この体が与えてくれたのは、

生き延びるための自由じゃなく、殺すための自由だった。

そして、チャンスが来た。

私は感じた。

あの三機の気配を。

この白亜の伽藍堂で、私たちは最後の死闘を繰り広げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……思い出す。白い壁が、弾痕と焦げ跡で黒く汚れ、熔けた金属が滴り、ゆっくり回転しながら漂う。

グリッドの升目が、機体の足跡で抉れ、粉塵のように浮遊する様を。

あの瞬間まで、私は戦っていた。

予測の白い軌跡を追い、復讐の炎を胸に、姉と妹の思い出を抱きしめて。

だけど、私も姉妹と同じように負けてしまった。

隊長らしい機体は私の蹴りで、倒すことは出来た。

だが、残りの2機に私は敗れた。

最後は、ヒルダ姉さんを殺した奴に私も倒されてしまった。

私は壁に激突した。

新しい機械の体が金属の軋む音を立てて、ひしゃげた。

衝撃で視界が一瞬白く揺れ、関節が悲鳴を上げて、動かなくなった。

辛うじて、ハッチの開閉機構は生きていて、生命維持装置の微かな駆動音だけが、頭の中に響く。

でも、それも……残り数十分。

バッテリーが切れれば、私の意識も、ぷつりと消える。

暗闇の中で、私は聞き耳を立てた。

機体の外部マイクが、かすかに拾う声。

二人の男の声が、管制室の残骸に反響している。

ジル・ペロー。

私を解剖した男。

痩身で、青白い肌。

乱れた銀灰色の髪。

眼鏡の奥の瞳が、狂気じみた憤怒に燃えている。

 

「……よくも……よくも、あの完璧なヴァルキリーを……!ニュータイプの能力を極限まで引き出した究極の機体を、ただの人の分際で、私の作品を破壊するだと……!?お前たちは化け物だ!私の!私のすべてを!踏みにじった報いを受けろ……!」

 

その言葉が、頭の中に直接響く。

私は、静かに思う。

ああ……私は、物としか思われていなかったのか。

 

 

 

最高傑作。

究極の機体。

作品。

人間じゃなかった。

ただの、完成品。

 

 

 

褒められたくて頑張ったあの頃の私も、姉と妹と手を重ねて誓った夢も、全部、ただの「機能」としてしか見られていなかった。

物悲しい。

胸なんてないのに、胸が締めつけられるように痛い。

そして、もう一人の声。

私を倒した男。

ソウヤ。

 

「……博士。あの機体は……確かに強かった。だが、あれは『人』が操るモビルスーツだ。『人』が操るモビルスーツなら、俺達は負けない!」

 

私は、驚いた。

『人』……?

私を、『人』?

ジル・ペローが、狂ったように笑い出す。

喉の奥から絞り出すような、クックック……という笑い声が、管制室に響く。

 

「あれを『人』だと?お前は……あれの『中身』を知らないから、そんな浮かれたことを言えるのだ。本当におめでたい奴だ。」

 

ソウヤは、首を傾げたが、すぐに静かに、しかし力強く反論した。

 

「俺は感じた。あの機体の中から……復讐と、悲しみを。感情があるからこそ、俺たちを憎んだんだ。だから、あれは『人』だ。『人』なんだよ、ジル・ペロー。」

 

その言葉が、私の意識に届いた瞬間——何か、温かいものが、溢れた。

嬉しかった。

堪らなく、嬉しかった。

復讐心を、悲しみを、ただの「異常な反応」じゃなく、感情として、正当なものとして、認めてくれた。

姉の最後の気配。

妹の最後の微笑み。

私が抱え続けたすべてを、「人」だからこそ生まれたものだと、言ってくれた。

乾いた発砲音が二つ、短い響きが管制室に響いた。

そして、ジル・ペローの呻き声。

低い、苦しげな息遣い。

体がよろめく音。

倒れる音。

扉が電子ロックの冷たい音を立てて閉まる。

カチリ、と。

重い金属の隔壁が、私たちを閉じ込める。

私を倒した男がドアに駆け寄り、レバーを引く音。

叩く音。

何度も、何度も。

でも、びくともしない。

やがて、彼はゆっくりと膝を折り、背中をドアに預けて座り込んだ。

私は、動かなくなった機体の中で、聞き耳を立てていた。

生命維持装置の微かな電子音だけが、頭の中に響く。

 

でも、今は……それより、彼のことが気になった。

彼は、私を『人』と言ってくれた。

復讐と悲しみを、感情として認めてくれた。

そんな人が、こんなところで……終わるなんて。

 

淡い希望が、胸の奥に灯った。

 

もしかしたら、彼ならば。

私たちの望みを、叶えてくれるかもしれない。

青い地球を、ちゃんと見せてくれるかもしれない。

姉と妹の分まで。そして、何よりも——自分のこんな醜い感情を、受け入れてくれた人を助けたいと思った。

私は、優しく呼びかけた。

喉じゃなく、頭の中に直接響く声で。

かすかに、儚く。

 

『こっちに……こっちに来て……助けてあげる。』

 

彼の体は、びくりと震え、ゆっくり立ち上がり、損傷したヴァルキリーの巨体へと近づいてくる。

ランドムーバーの微かな噴射音が、無重力の静寂を破る。

足音が、頭部に近づく。

そして——ハッチが、ゆっくり開く。

彼は拳銃を構えながら、内部を覗き込んだ。

一瞬、息を飲む。

驚きの表情が、ヘルメット越しに伝わる。

 

『……そうよね。ここに、操縦席なんてないもの。』

 

ただ、ぎっしりと詰め込まれた電子回路とケーブル。

そして、中央の円柱型の透明容器。

液体の中で、固定された……脳髄。フレームが、低い駆動音を立ててスライドする。

容器が、露わになる。

ソウヤの視界に、私の姿が映る。彼の表情が、凍りつく。

顔をしかめ、眉を寄せ、一瞬、後ずさりしそうになる。

当たり前だ。

こんな姿を見たら、誰だって嫌悪する。

吐き気を催すかもしれない。

でも——彼は、拳銃をゆっくりと下ろした。

構えていた手が、震えながらも、力を抜く。

そして、静かに「……なんてことを……ごめんね……ごめんね……。」声が、ヘルメット内で小さく震える。

深い悲しみと、怒りと、憐れみが混じった声。

彼は、そっと容器に手を伸ばした。

指先が、冷たいガラスに触れる。

 

その瞬間——彼の感情が、私の中に流れ込んできた。

 

私をこんな姿にした人たちへの、激しい怒り。

戦争の残酷さへの、静かな憤り。

そして、私に対する……深い、深い憐憫。

 

「こんな目に遭わせて、ごめん」

 

「知らなかったとはいえ、ごめんなさい」

 

そんな思いが、温かく、痛く、溢れてくる。

私は嬉しかった。

堪らなく、嬉しかった。

こんな風に、私のために怒ってくれる人。

私の悲しみを、悲しんでくれる人。

こんな姿の私を、ただの「作品」じゃなく、

「人」として、見てくれる人。

 

私は、決意した。

この人を、助けよう。

彼ならば、私たちの夢を——姉と妹の分まで、叶えてくれるかもしれない。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は少女の回想シーンで、少女からの目線でのソウヤ達との戦闘も描いてみました。
ではでは、次のお話も楽しみに待っていてください。
感想など、お待ちしております。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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