宇宙世紀0080年1月15日
地球連邦軍宇宙要塞基地 ルナツー
月面都市グラナダにおいて、地球連邦政府とジオン共和国政府の間で終戦協定――通称「グラナダ条約」が締結されてから、すでに二週間が経過していた。
ア・バオア・クー攻防戦を終えた連邦軍は、一部の部隊を同要塞に駐留させたままとし、残る部隊を旧ソロモン宙域のコンペイトウ、またはルナツーへと後退させていた。
戦いの傷跡はまだ生々しく、兵士たちはそれぞれの場所で静かに癒しの時間を過ごしていた。
ルナツーの衛生区画の一室。白く清潔な病室のベッドに、ヤザン・ゲーブルが寝そべっていた。
右足には固定用のギプスが巻かれ、わずかに動かすだけで鈍い痛みが走るようだ。
彼は、ベッドの背もたれに体を預け、沈痛な表情を浮かべていた。
ヤザンの他にも、負傷した兵達がベッドに寝ており、時折、遠くの機械音や誰かのうめき声が響くだけだった。
「……イーサン…。」
低い呟きが、病室に響く。
ヤザンは、右手をゆっくりと上げ、包帯の巻かれた左腕を、じっと見つめた。
ア・バオア・クーで受けた傷は命に別状はない。
だが、戦場で失ったものは、肉体以上の何かだった。
ヤザンのベッドに足音が近づく。
ヤザンは視線を向ける。
「遅ぇな、ソウヤ。」
入ってきたのは、ソウヤだった。
簡素な連邦軍の制服。
無傷の体に、戦いの疲れだけが色濃く残っている。
顔は青白く、目元に深い影が落ちていた。
彼は、ベッドサイドの椅子に腰を下ろし、静かに息を吐いた。
「……すまん。報告書が長引いて。」
ヤザンは、鼻で笑った。
「報告書か。お前みたいなのが、そんなもん書いてんのかよ。面倒くせぇな。」
ソウヤは、苦笑を浮かべる。
「仕方ないだろう、俺が今、オリオン小隊のモビルスーツ班の最上級階級なんだから……。」
ヤザンはそれを聞き、悄然とうなだれる。
肩が、わずかに落ちる。
病室の空気が、重くなる。ソウヤは、静かに続ける。
「……オルグレン隊長が戦死したことは、聞いたよ。」
ヤザンの視線が床に落ちる。
ギプスの足を、じっと見つめたまま、低い声で呟く。
「……ああ。俺が油断さえ、しなけりゃあ。俺が……もっと早く動いてりゃ……隊長は死なずに済んだ……。」
ソウヤは、言葉を探すように間を置く。
そして、ゆっくりと言った。
「……俺も、同じだ。俺と……ヤザンが……生き残ったのに、隊長だけが……。」
二人は沈黙した。
暫くして、ヤザンはゆっくりと顔を上げた。
目がわずかに鋭くなる。
「でも……生き残っちまった以上、何か、しなきゃならねぇんだろうな。」
ソウヤは、ヤザンの言葉を静かに聞き、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、そうだな。生き残った以上……何か、しないとな…。」
ヤザンは、ベッドの背もたれに体を預け直し、わずかに口角を上げた。
いつもの獰猛な笑みではなく、どこか疲れた、でも優しい笑み。
「……お前が、無事に戻って来ただけでも、良かったぜ。お前がバイアリータークに帰艦してないと知った時は本当に肝が冷えたぜ。」
ソウヤは、苦笑しながら視線を落とした。
あの容器に触れた瞬間の記憶が胸をよぎる。
「……ありがとう、ヤザン。俺も……お前が生きててくれて、良かったよ。」
二人は、しばらく無言で顔を見合わせた。
病室の静寂の中で、ふと、ヤザンが小さく笑い、ソウヤもそれに釣られるように小さく笑った。
それは戦場で交わした笑いとは違う、生き残った者同士の、ほんの少しだけ軽くなった笑いだった。
ソウヤが、ゆっくり立ち上がる。
「……そろそろ行くよ。」
「どこに行くんだ?まだ、休めって言われてんだろ?」
ソウヤは、制服の袖を軽く直しながら答える。
「ア・バオア・クーの報告を、整備班長のナガト中尉と一緒にしないといけなくて。この後、呼び出されているんだ。」
ヤザンは、ふっと鼻で笑った。
「……おやっさんによろしく伝えてくれ。俺の足の具合見て、『まだ戦えねぇのか』って文句言うだろうからな。」
ソウヤは、軽く頷いた。
「ああ。伝えておくよ。」
彼は、ベッドサイドに一瞬立ち止まり、ヤザンの顔をもう一度見た。
そして、静かに言った。
「……またな、ヤザン。」
ヤザンは、右手を軽く上げ、いつもの調子で返す。
「……ああ、また見舞いに来いよ。」
ソウヤは、病室のドアを開け、衛生区画の白い廊下へと消えていった。
廊下の先で、ナガト中尉が待っていた。
いつもは整備服に油と煤で汚れた姿が当たり前だったが、今日は自分と同じ連邦軍の制服を着ている。
襟に中尉の階級章が、照明を反射して鈍く光っていた。
脇には、本のような物を抱えている。
ソウヤは少し駆け足で近づいた。
足音が無機質な廊下に小さく響く。
ナガトはすぐに気づき、視線を上げた。
少し疲れたような、でも優しい目でソウヤを見る。
「……ソウヤか。遅かったな。」
ソウヤは、軽く息を整えながら立ち止まる。
「すみません、中尉。報告書の確認が長引いて……。」
ナガトは、軽く手を振って制す。
「いいよ、そんな堅苦しい挨拶は。それより……ヤザンの様子はどうだ?まだ、衛生区画にいるんだろ?」
ソウヤは、静かに頷いた。
「右足にギプス、左腕にも包帯ですけど……命に別状はないみたいです。」
ナガトは、ふっと息を吐いて、呆れたような、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……爆発する要塞から、足の骨折と腕にひびが入ったくらいで帰艦したヤザンがすごいよ。あいつ……本当に、化け物だぞ。」
声に、わずかな感嘆と安堵が混じる。
「まあ、あいつらしいっちゃらしいけどな。……お前も、無事で良かったよ。」
ソウヤは視線を少し落として、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます、ケンさん。」
二人は、しばらく無言で立ち尽くした。
「さて……俺達の上官に、報告をしに行こうか。」
彼はそう言って、ゆっくりと歩き出す。
ソウヤは静かに返事をする。
「……はい。」
二人は並んで無機質な廊下を進み始めた。
白い壁、警告灯の残光、時折響く機械音。
ルナツーの要塞内部は、戦いの熱気が抜けきっていないのに、どこか冷たく、静まり返っていた。
歩きながら、ナガトが低い声で言った。
「……これから会う俺達の上官は、かなりのお偉いさんだ。失礼がないように、しっかり気をつけろ。それと……今日のことは、ヤザンや他の連中にも、絶対に言うなよ。」
ソウヤは、静かに頷く。
「……了解しました。」
ナガトは、歩みを止めずに続ける。
「今回、お前を同伴させたのは……お前が持ち帰ったデータディスクが、かなりの重要物品だったからだ。それと……管制室内で起きた出来事を、お前本人の口から直接聞きたいって、上から特別に指示が出た。だから、変な遠慮はするな。正直に、すべて話せ。」
「……わかりました。」
心の中で、ソウヤは思う。
(確かに……俺達の部隊を直接管理してる上官の顔を、俺は一度も見たことがない。いつも、オルグレン隊長とケンさんが通信室をロックして、他の隊員に聞かれないようにしてたっけ……。)
二人は、さらに奥へと進む。
廊下の空気が徐々に変わっていく。
照明が柔らかくなり、壁の材質が上質になる。
警備兵の姿が増え、制服の襟章が金色に輝き始める。
ソウヤは、異変に気づいた。
(……ここは、高官しか入れない区画だ。こんなところに、俺みたいな下っ端が……。これから会う人物は、少なくとも少将以上……いや、それ以上か……。)
やがて、二人は豪華な扉の前に立ち止まった。
重厚な金属製の扉。
金色の装飾が施され、中央に連邦軍の紋章が刻まれている。
ソウヤは、その扉を見て、確信した。
(……これ、将官クラスだ。中に誰が待っているだ?)
ナガトは深く息を吸ってから、扉を軽くノックした。
コンコン。
数秒の静寂の後、扉の向こう側から、低く落ち着いた声が響く。
「入りたまえ。」
ナガトは、ゆっくりと扉を開けた。
ソウヤは緊張を押し殺して、その後に続く。
中に入った瞬間、部屋の空気が変わった。
広い執務室。
壁一面のモニターに、地球の青い映像が映っている。
中央のデスクの向こうに、一人の人物が座っていた。
ソウヤの息が、わずかに止まる。
(……この人……まさか……。)
丸顔で、少し垂れ気味の目の恰幅の良い中年の高官がデスクの向こうに座っていた。
ソウヤはその人物をよく知っている。
いや、連邦軍に所属しているなら、絶対に知っている。
連邦軍の全補給線を管理し、維持し、戦場から遠く離れたジャブローで、ほとんど前線に出ない、その姿勢から「ジャブローのモグラ」という不名誉なあだ名を付けられた人物。
――ゴップ大将。
その人物が、今、ソウヤの目の前に座っているのだから。
ソウヤの背中から、一気に冷や汗が噴き出した。
心臓が、激しく鳴る。
膝が、わずかに震える。
ゴップ大将は穏やかな口調で、用意された椅子を指差した。
「どうぞ、お座りなさい。お二人とも、遠慮はいらないよ。」
ナガト中尉は静かに頷き、椅子に近づく。
ソウヤも、ナガトに続いて、ゆっくりと近づいた。
ゴップ大将が再び穏やかに促す。
「座ってくれ。立ったままで話すのは、疲れるだろう?」
ソウヤは、座ろうとした。
だが、その瞬間——ナガト中尉が、静かに手を上げて制した。
「閣下、座る前に……渡したい物があります。」
ナガトは、ゴップ大将に近づき、脇に抱えていた本のような物を丁寧に差し出した。
ゴップ大将は、それを両手で受け取る。
本らしき物の表紙を、ゆっくりと撫で、穏やかだが、どこか懐かしげな笑みを浮かべた。
「……ありがとう、ナガト中尉。この本を、待っていたんだ。」
声に深い感謝が込められている。
ゴップ大将は本をデスクの上に置き、ナガトに向かって、深く頭を下げた。
「本当に……ありがとう。この本が私の元に無事帰ってきてくれて、本当に嬉しいよ。」
ナガト中尉は、悲しげな表情を浮かべながら、静かに答える。
「……どういたしまして。」
その声は、わずかに震えていた。
ナガトは、ゆっくりと椅子に腰を下ろし、ソウヤも続いて座る。
ゴップ大将は二人が椅子に座ったことを確認すると、穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりと言った。
「二人とも、本当にご苦労だった。ア・バオア・クーでの激戦を生き抜き、無事にここまで帰ってきてくれた。連邦軍を代表して、心から感謝するよ。」
ナガト中尉は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます、大将。ですが……私は整備班ですから、前線に出て戦ったわけではありません。大したことはしておりません。」
彼は、隣のソウヤに視線を移し、少し誇らしげに、だが謙遜を込めて続ける。
「最前線を戦い抜き、無事に生還したソウヤの方が、よほどすごいですよ。彼がいなければ、オリオン小隊は……いや、もっと大きな損失が出ていたかもしれません。」
ゴップ大将はうなずきながら、ソウヤに視線を向けた。
「確かにそうだな。あの激戦のア・バオア・クーから生還したタカバ少尉とヤザン曹長は、連邦軍の誇りだ。君たちの勇気と執念が、終戦を早めた一因でもある。」
ソウヤは、背筋を伸ばしたまま、
視線を少し落として畏縮した。
「……恐縮です、大将。私は……ただ、生き残っただけです。」
ゴップ大将は、優しく首を振った。
「謙遜はいい。生き残ることも、立派な戦果だよ。」
彼はデスクの引き出しを開け、保護ケースに入れられた一枚のデータディスクを取り出した。
銀色のケースに、フラナガン機関のロゴが刻まれている。
それは、ソウヤがフラナガン博士の遺体から入手したものだった。
ゴップ大将は、ケースを手に持ち、ソウヤに向かって、深く頭を下げた。
「タカバ少尉……このデータディスクを、よく持ち帰ってくれた。イーサンの意思を引き継いで、任務を達成してくれたことに、心から感謝している。本当に、ありがとう。」
ソウヤは喉を鳴らした。
胸の奥で、隊長の最後の言葉が甦る。
「……いえ……俺は、ただ隊長に指示された任務を……全うしただけです。隊長が……生きてたら、もっと……。」
声が、わずかに震える。
イーサンの死を思い出し、悲しみが、胸を締めつける。
ソウヤは、必死に表情を抑えた。
ゴップ大将は、静かにケースを開き、ディスクをモニターにセットした。
画面に、暗号化されたファイルが表示される。
「このデータディスクから……フラナガン機関のニュータイプ研究に関する詳細なデータが入っていたよ。そして……人体実験の数々が、明らかになった。非人道的な実験の証拠が、これほど明確に残されていたとは……。」
ソウヤの心臓が激しく鳴った。
エイルの声が、一瞬で脳裏をよぎる。
ソウヤは、必死に平静を装った。
拳を膝の上で握りしめ、表情を崩さないように、呼吸を整える。
エイルたちのこと、生体ユニットのことは、絶対に口外しない。
そう、心に決めていた。
ゴップ大将は、データディスクをデスクの上に丁寧に置き、ゆっくりとソウヤに視線を移した。
先ほどまでの穏やかな笑みが消え、代わりに真剣で、どこか重い表情が浮かぶ。
「……タカバ少尉。君は管制室で、フラナガン機関の副所長であるジル・ペロー博士を発見し、発砲したんだね?その後に、フラナガン博士の遺体を発見した、と報告書にあるが……その経緯を、君の口から聞かせてくれないか。」
声は静かだったが、部屋の空気が一気に張りつめた。
ソウヤは喉を鳴らし、拳を膝の上でさらに強く握りしめた。
エイルの記憶が、胸の奥で疼く。
だが、ソウヤは平静を装い、ゆっくりと口を開いた。
「……はい。オルグレン隊長から、『フラナガン機関の情報を手に入れろ』という指示を受け、管制室に入りました。そこで……ジル・ペロー博士と遭遇したんです。彼が先に発砲してきたので、やむを得ず、俺も応戦しました。博士は左肩を負傷し、逃走。その後……部屋を探索していると、フラナガン博士の遺体を発見したんです。眉間を撃ち抜かれていて……。」
ソウヤは、一瞬言葉を切った。
記憶が鮮やかに蘇る。
血の跡、倒れた体、そして、遺体から取り出したデータディスクの冷たい感触。
「……遺体から、このデータディスクを入手しました。その後、フラナガン博士の身分証明書を使って、部屋のロックを解除し、脱出しました。その後は……要塞から脱出するために行動しただけです。」
ゴップ大将は静かに聞き終えると、小さく息を吐いた。
「……ふむ。」
重い沈黙が、再び落ちる。
モニターの青い地球が、ゆっくり回転し続ける。
ゴップ大将はデータディスクを指で軽く叩きながら、視線をソウヤに固定したまま、静かに考え込むように目を細めた。
目には、静かな探るような光が宿っている。
「……タカバ少尉。君が戦ったフラナガン機関のモビルスーツ——ヴァルキリーについて、もう少し詳しく聞きたいことがある。君が戦った機体は、どんな機体だったかね?」
ソウヤは、一瞬、息を止めた。
急に意図が読めない質問に、戸惑いが顔をよぎる。
だが、すぐに姿勢を正し、冷静に説明を始めた。
「……はい。ザクやドム、ゲルググとは違った、細身のボディーでした。試験機体らしく、装甲は白磁器みたいな白で、突試験用のマーカーや、黄色と黒の危険表示線、
赤文字で記された注意書のデカールが施されていました。驚異的な反応速度と運動性能で……遠隔操作できる槍を持っていて、予測不能な動きで……自分たちを追い詰めました。」
ゴップ大将は、静かに聞き終えると、小さく頷いた。
視線をデータディスクに移し、しばらく考え込むように目を細める。
「……ふむ。」
そして、ゆっくりと口を開いた。
「君が入手したフラナガン博士のデータディスクからは、その機体に関する情報が……一切、見つからなかった。」
ソウヤの瞳が大きく見開かれた。
隣のナガト中尉が、思わず身を乗り出す。
「……え?」
ゴップ大将は、穏やかに続ける。
「私の推測だが……君たちが戦ったヴァルキリーは、フラナガン博士が作ったものではなく、ジル・ペロー博士が、個人で独自に開発していたものだろう。」
彼は、指でデスクを軽く叩きながら、静かに説明を続けた。
「二人のアプローチは、根本的に違っていた。フラナガン博士は、ニュータイプの特殊な脳波を、兵器に利用する方向で研究を進めていた。一方、ジル・ペロー博士は、ニュータイプの超人的な反射神経や、感覚の鋭さを、人間のまま活かす兵器開発を志向していたのではないか……。」
ナガト中尉は、感心したように発言する。
「……それなら、納得がいきます。フラナガン博士が所持していたデータディスクに、
ジル・ペロー博士の研究成果であるヴァルキリーの情報がなかったのも……。」
ゴップ大将は、静かに頷いた。
「そうだ。このデータディスクには、フラナガン博士の研究データは入っているが、ジル・ペロー博士の研究データは……一切ないのだろう。」
ゴップ大将はデータディスクを指で軽く叩きながら、ソウヤに尋ねた。
「……タカバ少尉。君はヴァルキリーを撃破したのかね?」
ソウヤは姿勢を正し、静かに、だがはっきりと答えた。
「……はい。撃破しました。」
ゴップ大将は、ゆっくりと頷いた。
その表情に、わずかな満足の色が浮かぶ。
彼は深く息を吐き、背もたれに体を預け直した。
「……そうか。よく分かった。」
部屋の空気が、ほんの少し緩む。
だが、すぐにゴップ大将は視線をナガト中尉に移した。
「ナガト中尉。オリオン小隊の現状を、聞かせてくれ。」
ナガトは、静かに姿勢を正した。
少し疲れた表情のまま、しかし、正確に報告を始める。
「……はい、閣下。オリオン小隊に配備されていた機体、ジム・ドミナンス、ペイルライダー・マスケッティア、ペイルライダー・ヴァンガードの三機ですが。いずれも全機消失。該当区画を他の連邦軍部隊に調査してもらった結果、要塞の爆発で区画自体が崩落しており、機体は全壊したものと推測されています。」
ゴップ大将は、静かに聞き終えると、わずかに眉を寄せ、悲しげな表情を浮かべた。
それは、ほんの一瞬の変化——目尻が少し下がり、口元がわずかに引きつる程度の細かい、だが確かに悲しみの色だった。
「……そうか。」
ナガトは、報告を続ける。
声に、わずかな悔しさが混じる。
「ペイルライダー系のパーツは、ほぼ使い切りました。残っているのは、使わなかった武装類のみ。また、隊長の……イーサン・ミチェル・オルグレン少佐は戦死。ヤザン・ゲーブル曹長は負傷のため、現在衛生区画で療養中です。」
ゴップ大将は、ゆっくりと目を閉じた。
部屋に重い静寂が落ちる。
モニターの青い地球が、ゆっくりと回転し続ける。
彼は、静かに息を吐き、再び目を開いた。
ゴップ大将は、ゆっくりと息を吐き、デスクの上のデータディスクに視線を落とした後、静かに口を開いた。
「……報告、ありがとう。ナガト中尉は、もう帰ってもいいよ。今日はここまでだ。」
ナガト中尉は、静かに立ち上がり、軽く頭を下げた。
「……失礼いたします、閣下。」
ゴップ大将は視線をソウヤに移す。
穏やかな口調のまま、だが、どこか重い響きを帯びて。
「……タカバ少尉は、もう少し残ってくれ。話がある。」
ソウヤは、一瞬戸惑った。
背筋がピンと伸び、視線がわずかに揺れる。
(……残る?何を……?)
ゴップ大将は、ゆっくりと続ける。
「……最後まで、イーサンと一緒に戦ったのは、君とヤザン曹長だからね。……イーサンの最後を、君の口から、聞きたいんだ。」
ソウヤの瞳が、わずかに見開かれた。
胸の奥で、隊長の最後の笑みが甦る。
ナガト中尉も、静かに息を飲み、ソウヤと視線を交わす。
二人は、互いに小さく頷き合った。ナガトは、静かに頭を下げ、部屋から出ていく。
扉が閉まる音が、静かに響く。
執務室に、ソウヤとゴップ大将だけが残った。
ソウヤはゆっくりと息を吸い、視線を落としたまま、静かに話し始めた。
「……隊長は……最後まで、勇敢に戦っていました。ヴァルキリーにやられても……
最後の最後まで、自分達と一緒に戦ってくれました。」
声が、わずかに震える。
イーサンの顔が鮮やかに浮かぶ。
「……隊長は本当に優しくて、俺たちを……守ろうとして……。最後まで、自分達を……守ってくれました…。俺は……隊長を、守れませんでした。」
ソウヤは拳を膝の上で強く握りしめた。
ゴップ大将は静かに聞き終えると、ゆっくりと目を閉じた。
部屋に、重い沈黙が落ちる。
ゴップ大将は静かに息を吐き、ゆっくりと言った。
「……ありがとう、タカバ少尉。イーサンは……いい男だったな。」
ソウヤは視線を上げられず、ただ静かに頷いた。
ゴップ大将はゆっくりと息を吐き、静かに口を開いた。
「ところで、タカバ少尉。」
ソウヤは背筋を伸ばしたまま、小さく返事をする。
「……はい。」
ゴップ大将は穏やかな笑みを浮かべたまま、だが、目だけが冷たく光る。
「何か……隠し事をしてるね?」
その言葉が、ソウヤの背筋を凍らせた。
まるで、首元に鋭利な刃物を向けられたような感覚だった。
心臓が一瞬止まり、
冷や汗が背中を伝う。
ソウヤは、必死に表情を抑え、
平静を装って返す。
「……なんのことでしょうか?」
ゴップ大将は、冷笑を浮かべながら、
ゆっくりと言った。
「君はヴァルキリーを撃破した、と言ったね。……本当は、戦闘不能にしただけだろう?」
ソウヤの瞳が、わずかに揺れる。
当惑が顔に浮かぶ。
ゴップ大将は、落ち着いた口調で説明を始めた。
「実は、負傷したヤザン曹長から、口頭でヴァルキリーの戦闘報告を受けている。
その報告では——イーサンのジム・ドミナンスが二連装ビームライフルで右腕を破壊し、
ヤザン曹長が右足を破壊。そして、君のマスケッティアがビームサーベルで左肩を貫き、ヴァルキリーと共に壁に衝突したために、機能停止した、と聞いている。」
彼は指でデスクを軽く叩きながら、続ける。
「つまり、これは撃破ではなく、相手を行動不能にしただけだ。……言葉のあや、と言えばそれまでだがね。」
ソウヤは、唇を噛んだ。
喉が乾く。
「……それは……言葉のあやです。自分は……撃破したと認識していました。」
ゴップ大将は、静かに微笑んだ。
だが、その目は笑っていない。
「君が隠していることは……生体ユニットのことでないかね?」
ソウヤの顔から、血の気が引いた。
驚愕が表情に一瞬だけ浮かぶ。
心臓が激しく鳴り、呼吸が浅くなる。
ゴップ大将は穏やかに、だが確信を持って続ける。
「あの機体に生体ユニットが使われていたことは、オデッサ作戦で君たちが倒したグフの上位機種の残骸とオデッサの倉庫から鹵獲したフレームから、すでに分かっていた。
だからこそ、私はイーサンに……拿捕するよう、指示したんだ。」
部屋に重い沈黙が落ちた。
ソウヤは拳を膝の上で強く握りしめ、視線を落としたまま、何も言えなかった。
エイルの最後の微笑みが、頭の奥で微かに疼く。
ゴップ大将は静かにソウヤを見つめ、ゆっくりと言った。
「……タカバ少尉。君は、何か……話したいことはないかね?」
ソウヤの鋭い視線が、ゴップ大将の瞳を刺すように突き刺した。
心臓の鼓動が急速に速まり、冷や汗が背中を伝い、どんどん溢れ出してくる。
あの眼は——すべてを見透かしている。
(……エイル……ごめん。)
それは、心の中の呟きだった。
ソウヤは、唇を噛み、ゆっくりと息を吐いた。
そして、静かに、だがはっきりと口を開く。
「……確かに、あの機体には生体ユニットが搭載されていました。」
ゴップ大将の目が、わずかに細まる。
静かに、だが確実に追及する。
「……その生体ユニットはどうした?」
ソウヤの表情が、苦悶に歪む。
拳が膝の上で震え、声が震える。
「……要塞から脱出した時に……宇宙に、手放しました。」
ゴップ大将は、わずかに顔をしかめた。
穏やかな表情が、初めて崩れる。
「……あの生体ユニットも、フラナガン機関の重要物品であることは認識していたのか?それを意図的に手放すとは……どういう意図があったのかね?」
ソウヤは口ごもった。
言葉を探すように視線を落とす。
胸の奥で、何かが爆発しそうになる。
ゴップ大将は、さらに静かに追及する。
「……タカバ少尉。答えなさい。なぜ、重要物品を手放した?」
その瞬間——ソウヤの感情が堰を切って溢れた。
「……彼女たちは、人間なんだ!」
声が、執務室に響く。
ゴップ大将の瞳が、わずかに見開かれる。
呆気に取られた表情が、一瞬浮かぶ。
ソウヤは、拳を膝の上で強く握りしめ、言葉を続ける。
声は震え、だが、確かだった。
「……彼女たちは人間だった…。でも、大人たちの都合で肉体を奪われ、兵器として改造され、最後の最後まで、モビルスーツを動かすためのパーツとして使われた。そんな彼女を……重要物品として持ち帰りたくなかった…。俺を要塞から脱出させるために導いてくれた彼女は、自分を物扱いされることを嫌悪していた!死んだ後も……物扱いしたくなかった!だから、俺は……『人』として、弔いたかったんです!」
ソウヤの瞳に、涙が滲む。
「……だから、宇宙に手放した。彼女を……自由にしたかった。」
ゴップ大将は、静かにソウヤを見つめる。
しばらく、無言だった。
そして、ゆっくりと尋ねた。
「……その生体ユニットを宇宙に手放したことに、後悔はないのか?」
ソウヤは視線を上げ、ゴップ大将をまっすぐに見つめた。
「……後悔はないです。軍人としては間違っていたかもしれない。でも、人としては……間違っていないはずです。人を殺すばかりじゃあ、軍人じゃない。人を生かすことも……軍人である。それは、隊長——イーサンの背中から、学びました。」
ゴップ大将の瞳が、わずかに揺れた。
ソウヤの感情が爆発した顔を見て、死んだイーサンの面影が重なる。
あの勇敢で、優しくて、最後まで部下を守ろうとした男の面影が。
ゴップ大将は、暫く黙り込んだ。
執務室に、重い静寂が落ちる。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「……生体ユニットを意図的に紛失した処罰は、追々、私から言い渡す。この件は……内密に済ませたい。だから、私個人で采配する。」
ゴップ大将は、ゆっくりと立ち上がり、ソウヤに向かって言った。
「……今日は、もう帰っていい。」
ソウヤは、静かに立ち上がり、深く頭を下げた。
「……失礼いたします。」
彼は、ゆっくりと部屋を出る。
扉が閉まる音が、静かに響く。
執務室に、一人残されたゴップ大将はデスクの上のデータディスクを、じっと見つめ続けた。
その瞳に深い、複雑な光が宿っていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はゴップ回です!
いやー、【ジョニー・ライデンの帰還】のゴップがかっこいいので、本当に筆が進みますねー。
ゴップ回は本当に個人的に名言が沢山作れるので、楽しいです。
この話では、ゴップ大将は下げていますが、次の話では、ゴップ大将の好感度が爆上がりするので、楽しみにしてください!
ではでは、次の話も、お楽しみにー♪
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
-
ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン