ソウヤが部屋から出ていって、暫くした後にゴップは椅子から立ち上がった。
デスクの上に置かれていたデータディスクを保護ケースごと手に取り、胸ポケットにそっとしまう。
ケースの固い感触が、制服越しに伝わる。
彼は、デスクの通信機に手を伸ばし、短く操作する。
小さな電子音が響き、通話が繋がる。
「私だ。今からそっちに向かう。」
低い声が、静かに部屋に響く。
通信の向こうから、短い返事が返ってくる。
ゴップは、通信を切った。
デスクの上に置かれていた本——
ナガト中尉が渡した、あの本を脇に抱えると、ゆっくりと執務室の扉に向かう。
扉が自動で開き、外には、数名の兵士が整列していた。
ゴップが歩き出すと、兵士たちは即座に動き、彼の後ろに控えるように追従した。
足音が、廊下に整然と響く。
ルナツーの最深部へと続く通路は照明が抑えられ、壁の材質がさらに厚く、重厚になっていく。
空気が冷たく、静かだ。
やがて、機密エリアの入り口に到達する。
重い鋼鉄の扉。
その前に、一人の尉官が立っていた。
若い顔に、緊張が張りついている。
尉官は、ゴップ大将を見ると即座に敬礼した。
「閣下!お待ちしておりました!」
ゴップは、軽く頷き、背後の兵士たちに視線を向ける。
「ここで待機してくれ。扉付近の警戒を任せた。」
兵士たちは即座に了解し、扉の両脇に散開する。
銃を構え、視線を周囲に走らせる。
ゴップは、自分の身分証明書のIDカードをスキャナーにかざす。
次に指紋認証パネルに指を当てる。
赤い光が一瞬走り、認証音が響き、重たい鉄の扉が、ゆっくりとスライドしていく。
ゴップは、尉官と共に部屋に入る。
扉が、再び閉まる音が背後で響く。
中は薄暗く、青白い照明だけが灯っている。
部屋の中央に、一つの大きなカプセル状の装置が置かれていた。
ゴップは、ゆっくりと歩を進める。
抱えていた本を、そっと装置の横の台に置く。
ゴップ大将は、カプセル状の装置の前に立ち、ゆっくりとその表面を撫でるように視線を滑らせた。
青白い照明が、装置のガラス越しに淡く反射する。
「……これが、オクスナーからの私の取り分かね?」
低い声が、静かに部屋に響く。
傍らの尉官は、姿勢を正したまま、短く答えた。
「……はい、閣下。約束通りです。」
ゴップは、くっくっと喉の奥で薄ら笑いを漏らした。
笑みは口元にだけ浮かび、目は冷たいまま。
「例の件を見逃す代わりに、これを私に譲るとは……分かっているじゃないか、オクスナーめ。」
彼はカプセルのガラスに近づき、内部を覗き込む。
コールドスリープの青みがかった霧が、ゆっくりと渦を巻いている。
その中に、ブロンドヘアーの少女が静かに眠っていた。
ジオン軍のパイロットスーツを着たまま、細い体が浮遊するように固定され、長い睫毛が、静かに伏せられている。
ゴップの瞳が、わずかに柔らかくなる。
愛おしげに、少女の寝顔を眺める。
指先が、ガラスに触れ、ゆっくりと撫でるように動く。
ゴップは、ふっと息を吐き、尉官に視線を移した。
「……一人になりたい。部屋から出てくれたまえ。」
尉官は、即座に敬礼する。
「……了解いたしました。」
彼は、ドアの近くの制御パネルに手を伸ばし、ボタンを押す。
重たい鋼鉄のドアが低い駆動音を立ててスライドし始める。
尉官は、一礼して部屋を出る。
ドアが完全に閉まる音が静かに響いた。
部屋に、ゴップ大将だけが残る。
彼は、部屋の隅に置かれていた椅子を、ゆっくりと引き寄せた。
金属の脚が床を擦る音が静寂の中で小さく響く。
椅子をカプセルのすぐ横に置き、ゴップは腰を下ろした。
座ったまま、少女の眠る顔をじっと見つめ続ける。
青白い照明が、彼の顔を冷たく照らす。
ゴップ大将は、カプセルの横の台に置いた本を優しく、両手で持ち上げた。
指先が、表紙をそっと撫でる。
古びた革の感触が、懐かしく、手に馴染む。
表紙には、金箔で押された文字が浮かび上がっていた。
『シーサムライ』
ゴップは本を胸に寄せ、静かに呟いた。
「……イーサンめ。返すんだったら、自分の手で返しに来い。私を置いて、先にクラウディアの元に行くなんて……お前って奴は……。」
声は低く、どこか叱るような、でも、深い悲しみを帯びていた。
彼は、本を両手でしっかりと抱え直す。
指が表紙の端を強く握り、革がわずかに軋む。
「……この戦いが終わったら、お前に私の全てを託そうと思ったのに。居なくなってしまったら……誰に、私のコネと権力を渡せばいいんだ。お前しか……私の血縁者が、いないというのに。」
言葉が、部屋の薄暗い空気に溶けていく。
ゴップ大将は椅子に深く腰を沈め、本を胸に押し当て、目を閉じた。
記憶が、静かに蘇る。
——こんな自分でも、兄として慕ってくれた妹のクラウディア。
自分とは正反対だった。
社交的で、明るく、誰とでもすぐに打ち解け、笑顔を絶やさない、ただ一人の妹。
ゴップ自身は、いつも影に隠れるように生きてきた。
口下手で、冷たく見え、数字と本に埋もれる日々。
「モグラ」と陰で嘲笑される存在。
それでも、クラウディアは違った。
「兄さんって、本当はすごいんだから!自慢の兄さんだよ!」
いつもそう言って、楽しげにその日の出来事を話してくれた。
学校のこと、友達のこと、そして、誰かに手を差し伸べた自分の小さな誇らしげな話。
ゴップは、ただ黙って聞いていた。
言葉は少なかったが、妹の笑顔を見ているだけで、胸の奥が温かくなった。
クラウディアには、一つの癖があった。
兄が読んでいる本に、いつも興味を示すこと。
ゴップが手にしていた本を、そっと覗き込み、「それ、どんな話?」と目を輝かせる。
そして、読みたがる。
時には、勝手に持ち出して、一晩で読み終えてしまうこともあった。
そんなクラウディアが、一番気に入った本——それが、この『シーサムライ』だった。
「この本、すごいよ、兄さん!敵を倒すのが正しい時代なのに、漂流していた敵の乗組員たちを救助して、水と食料をあげて、栄誉あるゲストとして、扱うなんて、本当にすごい!その船の指揮官は、無闇に人を殺すのは間違っていると信じていたんだと思うの。私も……こんな風に、誰かに手を差し伸べられる人になりたい!」
少女はそう言って、本を抱きしめた。
その瞳は、夢のように輝いていた。
そして、クラウディアは本当にその道を選んだ。
コロニー融和派の議員として、コロニーと連邦の狭間で、誰かのために声を上げ続けた。
「……クラウディア。」
呟きは、誰にも聞こえない。
カプセルの中の少女の顔が一瞬、妹の笑顔に重なる。
ゴップの瞳に、わずかな湿りが浮かぶ。
だが、すぐにそれを振り払うように、目を閉じた。
記憶の奥深くに沈んでいた光景を、ゆっくりと引き寄せた。
——クラウディアが、ジョージを連れてきた日のこと。あの日は、いつものように執務室で書類に埋もれていた。
扉がノックされ、妹の明るい声が響いた。
「兄さん! 入っていい?」
入ってきたクラウディアの後ろに、背の高い、暑苦しい男が立っていた。
ジョージ・オルグレン。
当時、まだ少佐だった男。
笑顔が眩しく、どこか無骨で、しかし、妹を見る目が、あまりにも熱っぽかった。
本当に、苦々しかった。
たった一人の妹を、こんな暑苦しい奴に取られると思うと、憎たらしく、恨めしくて、胸の奥がざわついた。
ジョージがクラウディアに熱烈にアタックしていることは、とっくに知っていた。
それで、何度かジョージを呼び出し、「お小言」と称した課題を出したものだ。
「君は、クラウディアを本当に幸せにできるのか?」
「補給線管理の知識は足りているか?」
「前線での判断力は?」
ジョージは、毎回真剣に聞き、「はい、閣下!」と背筋を伸ばし、課題を一つ一つこなしていった。
その姿は、どこか不器用で、しかし、誠実だった。
それでも、最初は許せなかった。
妹の笑顔を、この男に独占されることが、耐えられなかった。
だが、ある日——クラウディアとジョージが一緒にいる姿を見た。
二人は庭園のベンチに座り、クラウディアがジョージの肩に寄りかかり、楽しげに笑っていた。
ジョージも照れくさそうに、だが優しく、妹の髪を撫でている。
その光景は、まるで太陽に照らされて、凛と咲くヒマワリのように明るかった。
クラウディアの笑顔は、これまで見た中で一番輝いていた。
兄である自分が、どんなに努力しても与えられなかった、
純粋で、無垢な喜び。
その瞬間、ゴップは思った。
——お似合いだ。
胸のざわつきが、静かに収まっていく。
憎しみは、いつしか、静かな諦めと、わずかな祝福に変わっていた。
「……結婚を許す。」
そう告げた日の夜、クラウディアは泣きながら抱きついてきた。
「ありがとう、兄さん!本当に……ありがとう!」
ジョージは、深く頭を下げ、「必ず、幸せにします」と誓った。
そして、クラウディアはオルグレン家に嫁いだ。
ゴップは目を閉じたまま、本を額に押し当てる。
瞳に、静かな、深い哀しみが宿る。
記憶の糸をさらに深く引き寄せた。
胸に押し当てた『シーサムライ』の革表紙が静かに温もりを伝える。
——クラウディアはジョージと結婚し、その後に、イーサンを産んだ。
イーサンは、本当に良くできた甥だった。
母のクラウディアと同じように、明るく明朗で、誰に対しても分け隔てなく接する子だった。
父のジョージに憧れ、「僕もお父さんみたいに、みんなを守れる軍人になる!」と幼い頃から言い続け、結局、連邦軍に入隊した。
訓練でも、戦場でも、いつも笑顔を絶やさず、部下を励まし、上官を尊敬し、誰よりも先に手を差し伸べる男だった。
本当に、あの頃は幸せだった。
自分は軍の軍務と政争に没頭し、クラウディアはコロニー融和派の議員として奔走し、義弟のジョージはコロニー駐屯部隊の指揮官として、家族を守りながら任務を果たした。
まあ、ゴップ家が先祖代々管理していた自然公園の「ゴップ自然公園」の管理をクラウディアに任せきりにしてしまい、お小言をよく言われたものだ。
そして、イーサンが成長し、いつかゴップ家とオルグレン家の跡を継いでくれるだろうと、誰もが自然に期待していた。
だが、その夢は潰えた。
ブリティッシュ作戦で、クラウディアとジョージは死んだ。
最後まで声を上げ、最後まで手を差し伸べようとして、二人は散った。
そして、甥のイーサンも、ア・バオア・クーで戦死した。
ゴップは胸の奥で、静かに後悔が疼くのを感じた。
「……イーサンに、フラナガン機関の拿捕を依頼すべきではなかったか…。」
あの任務は、危険すぎた。
フラナガン機関の技術——ニュータイプ研究の名の下に非人道的な人体実験が横行していることは、クルスト博士が亡命した時に察知していた。
もし、あの技術が悪用されたら、更なる悲劇が起きる。
身寄りのない子供たち、素質ある人々が、ただの「パーツ」として、使い捨てにされる未来が、目に見えるように分かっていた。
ホワイトベースのアムロ・レイの活躍で、連邦軍内部でも、フラナガン機関のように、非人道的なニュータイプ研究をする者達が現れるだろう。
だからこそ、信頼できる者でなければ、託せなかった。
「……お前しか、いなかったんだ…。」
イーサンは母のように明るく、父のように勇敢で、そして、叔父である自分を信じてくれた。
それなのに自分は、甥のイーサンを死なせてしまった。
青白い照明が、彼の孤独と失われた家族の記憶を静かに照らし続けていた。
ゴップは、カプセルの青白い光に照らされた少女の寝顔を、じっと見つめ続けた。
ブロンドの髪が霧の中で淡く揺れている。
資料によれば、彼女はクローン技術で人工的に造られたニュータイプ——強化人間。
遺伝子改造を施され、【ニュータイプ】という曖昧な象徴を、人の手で造られた存在。
ゴップは、静かに考える。
(……クローン技術で造られ、遺伝子改造をされ、ニュータイプという幻想を人工的に形造られたこの子は、本当に「人間」と言えるのだろうか?)
胸の奥で疑問が静かに渦を巻く。
彼女は生まれた瞬間から、「兵器」として設計され、「道具」として扱われる運命だった。
それでも、目の前で静かに眠る少女は、確かに息をしている。
その時、タカバ少尉の言葉が、頭の奥で鮮やかに蘇った。
『……彼女たちは、人間なんだ!死んだ後も……物扱いしたくなかった!だから、俺は……『人』として、弔いたかったんです!』
ゴップの口元に、優しい、しかしどこか寂しげな微笑みが浮かぶ。
彼は、ゆっくりと頷いた。
「……確かに。物扱いはしたくないな。」
少女の頬を、ガラス越しにそっと見つめる。
「出自がどうあれ、この子は今、私の目の前で生きている。クラウディア、イーサン、ジョージを失い、尊かった命を亡くしてしまった、この痛みを知る私だから……彼の発言の重さが、分かるよ。」
ゴップは、静かに続ける。
「ああ、例え造られた命だとしても、生み出された者に、意味のある祝福を与えなければならないな。」
記憶が再び蘇る。
クラウディアがイーサンを出産した日のこと。
産声が響き、ジョージが涙を浮かべて抱き上げ、クラウディアが疲れた笑顔で、「見て、兄さん……可愛いでしょう?」と言った。
ゴップは、その小さな命を腕に抱いた瞬間、溢れんばかりの感謝と祝福の言葉を、自然に口にした。
「……おめでとう、クラウディア。ジョージ。この子は、きっと……君たちのように、誰かを守れる優しい人になるだろう。」
あの時の温かさが、今も胸に残っている。
ゴップは、ゆっくりと立ち上がった。
カプセルの表面を、そっと撫でる。
冷たいガラス越しに少女の体温を感じるように。
「これから、連邦軍内部でのニュータイプ研究は加速していくだろう。この子も、貴重なサンプルとして、研究対象にされる恐れがある。だから……目覚めさせるのは、もっと先だ。イングリッド……。」
彼は、再びソウヤの言葉を思い出す。
『……後悔はない。軍人としては間違っていたかもしれない。でも、人としては……間違っていないはずです。人を殺すばかりじゃあ、軍人じゃない。人を生かすことも……軍人である。それは、隊長——イーサンの背中から、学びました。』
ゴップの瞳が、わずかに揺れる。
「……私も、人として、最低限のことは間違いたくない。こんな幼い命を贄にしてまで、自分の基盤を守ろうとは思っていない。私も……彼のように、人を殺すばかりの軍人でなく、人を生かすための軍人だと、大きな声で言えるくらいの人間になれるのだろうか?」
ゴップは、ふっと苦笑した。
「……タカバ少尉には、失礼なことを言ってしまったな。生体ユニットにされた者たちのことを、私は『重要物品』と言ってしまった。どうも、私はそこらへんがデリカシーがない。ジャブローで、ミライ・ヤシマ嬢に『婿さんを世話しようか』と、デリカシーのない発言をしてしまった。昔から、クラウディアによく怒られたものだ……。」
記憶の中で、妹の叱る声が響く。
『兄さん! そんな言い方、失礼よ!』
ゴップは目を閉じて、小さく息を吐いた。
「……すまない、クラウディア。今も昔も、私は変わらないようだ。」
カプセルの中の少女は、静かに眠り続けている。
ゴップは、もう一度、ガラスに指を添えた。
「……もう、誰も失いたくないな。」
ゴップ大将は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
カプセルの青白い光が部屋の隅に残る影を淡く照らす中、彼は脇に抱えていた『シーサムライ』を、しっかりと抱え直した。
もう一度、少女の寝顔に視線を落とし、そして、背を向けた。
重たい鋼鉄のドアが、低い駆動音を立ててスライドする。
ゴップは、静かに部屋を出る。
扉が閉まる音が、背後で響いた。
外では、尉官が緊張した面持ちで待機していた。
ゴップが姿を現すと、即座に敬礼する。
「閣下。」
ゴップは、軽く頷き、低い声で指示を出した。
「あのコールドスリープ装置は、内密に私の館に移送しろ。誰にも知られるな。手配は慎重に。」
尉官は姿勢を正したまま、短く答える。
「……了解いたしました。直ちに手配いたします。」
ゴップは、それ以上言葉をかけず、背後の兵士たちを連れて歩き出す。
足音が最深部の冷たい廊下に整然と響く。
照明が抑えられた通路を静かに進む。
誰も口を開かない。
ただ、制服の布擦れと靴音だけが、空気を震わせていた。
執務室に戻ったゴップは、ゆっくりとデスクの椅子に腰を下ろした。
彼は、胸ポケットからフラナガン機関のデータディスクを取り出す。
そして脇に抱えていた『シーサムライ』を、デスクの上に置いた。
二つの物を、じっと見つめる。
ゴップは、引き出しから電子ロック付きのジュラルミンケースを取り出した。
ケースを開け、データディスクと本を丁寧に収める。
ロック音が、カチリと小さく響く。
彼はケースを閉じ、さらに奥の金庫にしまう。
金庫の扉が閉まる音が、重く響いた。
再び椅子に深く腰を沈め、目を閉じる。
静寂が部屋を満たす。
ドアが、急いでいるような間隔でノックされた。
コンコンコンコン——
短く、連続的に、普段の丁寧さとは違う、切迫したリズム。
ゴップ大将は、わずかに眉を寄せ、静かに答えた。
「……入れ。」
ドアが勢いよく開き、ナガト中尉がすごい剣幕で飛び込んできた。
制服の襟が乱れ、息が荒い。
いつも冷静な整備班長の顔が、今は明らかに動揺している。
ゴップは椅子から少し身を起こし、驚いた顔で尋ねた。
「……ナガト中尉。どうした、何があった?」
ナガトは、慌てて一歩前に出て、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、閣下!急ぎすぎて……失礼いたしました!」
彼は急ぎ足でデスクに近づき、手に持っていたファイルをゴップの前に置いた。
ファイルの表紙には[星一号作戦 撃破数報告(推定)]と赤字で記されている。
ナガトは、息を整えながら、真剣な目でゴップを見据えた。
「……閣下。タカバ少尉からの撃破数報告書は、もうお受け取りになりましたか?」
ゴップは、ナガトの表情の異様さに気づき、
即座に真剣になる。
彼は椅子を引いてパソコンを立ち上げ、キーボードを叩きながらデータを漁り始めた。
「……待て。今確認する。」
画面にフォルダが開き、ソウヤからの報告書類が次々と表示される。
ゴップはスクロールしながら、低い声で答えた。
「……ア・バオア・クーの偵察任務までの分しか来ていない。星一号作戦の撃破数は……まだ届いていないようだ。」
ナガトは、深く息を吐き、ファイルを指差した。
「……だからこそ、すぐに上層部に上げるのは控えてください。お願いいたします。」
ゴップの指が、キーボードの上で止まる。
彼はナガトをまっすぐ見つめた。
「……理由を話せ。」
ナガトは、声を低く抑えながら、一つ一つ説明を始めた。
「タカバ少尉は、オデッサ作戦でザク3機、ドム1機、
フラナガン機関のグフを撃破しています。この時点で既に5機。連邦軍の規定で、ソウヤはエースの資格を得ており。新兵で初陣の活躍を着目した広報が『オデッサの新星』という二つ名を付け、広報アピールに利用しました。」
ゴップの表情が、少し硬くなる。
「続けて。」
「ジャブローではガウ攻撃空母を2隻、ドップ戦闘機を7機撃破。グアイマスでズゴックを2機。キャリフォルニア・ベース奪還作戦では、モビルスーツを6機撃破しています。」
ゴップは、静かに頷く。
だが、ナガトの声はまだ続く。
「宇宙に入ってからは、サイド6での戦闘でムサイ1隻とゲルググ1機。ア・バオア・クーの偵察任務では、ドム1機とゲルググ2機。」
ナガトは、息を吸って、最後の数字を告げた。
「……この時点で、モビルスーツ撃破数は17機。巡洋艦及び空母3隻、戦闘機7機です。」
ゴップの瞳が見開かれる。
彼は、ナガトが置いたファイルを手に取り、表紙を開いた。
ファイルの最初のページに赤字で大きく書かれている。
[星一号作戦 撃破数推定(最低値)]
・モビルスーツ:40機以上
・巡洋艦:6隻
・ドロス級超大型空母:共同撃破確認
ゴップの顔から、血の気が引いた。
指先がファイルの端を強く握り、顔面が蒼白になる。
「……これは……本当か?」
声が、わずかに震えていた。
ナガトは、静かに頷く。
「……はい。ソウヤ本人の報告ではありません。整備班の方で代わりに撃破数の確認していたら、発覚しました。戦闘ログ、目撃証言、複数の部隊からのクロスチェックで、最低でもこの数字です。……もしかしたら、もっと多い可能性もあります。」
ゴップは、ファイルを閉じ、デスクに置いた。
部屋に重い沈黙が落ちる。
彼は、ゆっくりと息を吐き、目を閉じた。
「……まずい……この戦果は、まずいぞ……。」
青白いモニターの光が、ゴップの蒼白い顔を照らす。
静寂の中で、ファイルの端を指で小さく叩き続けた。
ナガトは、ゴップ大将を見据えながら発言する。
声に、わずかな緊張が混じる。
「……閣下。ソウヤとヤザンをオリオン小隊に配属する時、私とイーサンに、こう言われました。『この二人はニュータイプの可能性があるかもしれない。フラナガン機関の生体ユニット搭載のモビルスーツから、生存した。その可能性が高いはずだ』と。」
ゴップは静かに頷いた。
視線をファイルから外さず、低い声で認める。
「……ああ、私が言った。生体ユニット搭載のモビルスーツに対抗するには、どうしても高い戦闘能力を持ったパイロットが必要だった。当時、ホワイトベースのアムロ・レイが活躍していた。私もそれに倣って、イーサンの元にタカバ少尉とヤザン曹長を配属させた。」
ゴップは、ゆっくりとナガトに視線を移す。
「……君の所感はどうなんだ?二人は、どう見える?」
ナガトは、暫く目を伏せ、考え込むように間を置いた。
やがて、静かに口を開く。
「……ソウヤは、初めて乗ったマスケッティアに、すぐに順応しました。高い宇宙空間戦闘能力を、瞬時に開花させました。そして……時より見せる勘の良さ……ニュータイプの可能性は、非常に高いと思います。」
ゴップは、わずかに頷き、さらに尋ねた。
「……ヤザンは?」
ナガトは苦笑を浮かべる。
「……ヤザンは確かに戦闘能力は高い。ニュータイプと思われるかもしれない。ですが、私の所感では……彼は近しい境地に辿り着いた、戦闘センスの極めて高い人間です。ニュータイプというより、純粋な『人間の極限』に近いでしょう。」
ゴップは、静かに息を吐いた。
そして、ゆっくりと言った。
「……タカバ少尉は、生体ユニットを入手していた。だが、それを故意に手放していたようだ。」
ナガトの瞳が、大きく見開かれる。
驚愕が顔に広がり、一瞬、言葉を失う。
やがて、慌てて頭を下げた。
「……申し訳ありません、閣下!そんな重要物品を確保もせずに手放すとは……私の監督不行き届きで……!」
ゴップは、静かに手を上げて制した。
声に、わずかな苦味が混じる。
「……『重要物品』という言い方は、やめたまえ。私もそう言って、タカバ少尉に怒られた。」
ナガトは、呆然とする。
額から冷や汗が一筋、伝う。
ゴップは話を続ける。
「……その時、タカバ少尉は言った。要塞から脱出する時に、生体ユニットにされた女性に導かれた、と。『物』扱いされることを嫌悪していることを、知っていた。……喋る手段がない生体ユニットと、どうやってコミュニケーションをしたか、分かるか?」
ナガトの顔から、血の気が引く。
額の汗が、止まらない。
彼は喉を鳴らし、小さく首を振った。
「……分かりません、閣下……。」
ゴップは目を閉じ、静かに息を吐く。
「……私にも、分からん。だが、タカバ少尉は、それを『人』として感じ取った。……私たちは、それを『重要物品』としか見ていなかったがね。」
部屋に、重い沈黙が落ちる。
ナガトは俯いたまま、拳を握りしめる。
ゴップは、ゆっくりと目を開き、ファイルを指で軽く叩いた。
「……この数字は、まだ誰にも上げるな。タカバ少尉を、守らなければならない。」
ゴップ大将はファイルを閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
静寂の中で、低い声が響く。
「……連邦軍内部でも、アムロ・レイの活躍を見て、ニュータイプ研究を本格化させようとする動きが、確実に広がっている。」
ゴップは、指先でデスクを軽く叩きながら続ける。
「その派閥は、何が何でもニュータイプのサンプルを欲しがるはずだ。ホワイトベースのアムロ・レイは、ガンダムを開発した技術士官、テム・レイ大尉のご子息だ。彼の活躍もあって、アムロ・レイは英雄視されており、流石に連中も手を出さないだろう。逆に彼の力を畏怖して、監視下に置くだろうな。」
視線をナガトに移す。
「だが、タカバ少尉は違う。私の部隊、オリオン小隊で秘匿性の高い任務をしていた。アムロ・レイほどに英雄視はされない。……だからこそ、ニュータイプ研究のサンプルにされる可能性が高い。」
ゴップの声が、わずかに低くなる。
「これからは、連邦内部でも、非人道的なニュータイプ研究が加速していくだろう。私は……タカバ少尉を、そのサンプルにされることは避けたい。」
ナガトは静かに息を飲み、ゴップを見つめた。
「……では、どうされますか?」
ゴップは暫く目を閉じ、考え込む。
やがて、ゆっくりとパソコンに手を伸ばし、キーボードを叩き始めた。
画面に、ある人物のファイルが表示される。
ゴップは、静かにその名前を口にした。
「……テネス・A・ユング少佐だ。」
ナガトの瞳が、わずかに揺れる。
ゴップはファイルを指で軽く叩き、淡々と続ける。
「タカバ少尉の戦果の一部と、ドロス撃破の功績を、彼の物にしよう。ユング少佐は、タカバ少尉と共にドロスを共同撃破したとになっている。星一号作戦の成果を、彼の功績として処理すれば、タカバ少尉の名前は表に出ない。そして、少尉は生体ユニットの責任を取らせる形で、地上に左遷させる。……少なくとも、ニュータイプ研究派閥の目に留まることは避けられる。それに軍上層部でも、アムロ・レイを撃破数1位にすることを難色を示している連中がいるから、今がチャンスだ。」
ナガトは静かに口を開いた。
「……閣下。それでは、タカバ少尉に……恨まれませんか?」
ゴップは、椅子に深く腰を沈めたまま、視線を窓のない壁に向けた。
「恨まれても構わない。タカバ少尉を守れるのなら、それで良い。それに……私は『ジャブローのモグラ』と陰口を叩かれているんだぞ?今更、一人の士官に恨まれたところで、何も変わらないだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、ナガトの肩が小さく震えた。
そして、堪えきれずに、くすっと笑いが漏れる。
すぐに口元を押さえたが、目尻には笑みの皺が残った。
「……そうですね。流石は閣下です。」
ゴップは、ふっと鼻で笑った。
いつもの冷たい笑みではなく、どこか疲れた、優しい響きが混じっていた。
「……残されたタカバ少尉とヤザン曹長は、亡くなったイーサンの忘れ形見だと思っている。だから、出来る範囲で目の届く範囲で……守りたい。」
短く息を吐き、ゴップは視線をナガトに戻した。
声は低く、しかしはっきりとした命令調になる。
「至急、手配してくれ。戦果の処理はユング少佐名義で。タカバ少尉の名前は、一切表に出さないように。」
ナガトは、姿勢を正した。
ファイルを持った手が、わずかに震えていた。
「……了解いたしました。」
深く敬礼をすると、踵を返して急ぎ足で部屋に向かう。
ドアが勢いよく開き、閉まる音が響いた。
廊下にナガトの足音が遠ざかっていく。
やがて、完全に消えた。執務室に、再び静寂が戻る。
ゴップは椅子をくるっと半回転させ、背もたれに体を預けた。
大きく、深く息を吐く。
彼は目を閉じ、動かなくなった。
デスクの上のケース、金庫の奥にしまったデータディスクと『シーサムライ』。
そして、遠くルナツーの最深部に隠されたカプセルに眠る少女、イングリッド。
すべてが、今、この瞬間に重くのしかかっている。
静かな部屋に、ただ、ゴップの呼吸音だけが小さく響いていた。
3週間後
宇宙世紀0080年2月5日
地球連邦軍宇宙要塞ルナツー・スペースゲート通路
通路の長い窓ガラス越しに、宇宙船ドックの景色が広がっている。
数隻のサラミス級巡洋艦が静かに停泊していた。
艦体は戦いの傷跡をまだ色濃く残し、ところどころに焦げた装甲板が剥き出しになっている。
艦橋の灯りは控えめで、整備中の作業灯だけが点々と瞬いている。
何機かの、小型シャトルがボーディングブリッジと搭乗口と連結しており、乗客の搭乗を待っていた。
通路の床は冷たく、無機質な金属音が足音に響く。
窓際を、ゆっくりと二つの影が歩いていた。 ヤザン・ゲーブルは松葉杖を両脇に突き、右足を引きずるように進む。
ギプスはまだ外れていないが、顔色は少し良くなっていた。
いつもの獰猛な目は、どこか遠くを見ているようだ。
隣を歩くソウヤ・タカバは、制服の襟を正しながら並んでいた。
肩章の階級章が、少尉から中尉に変わっている。
二人は窓の前に立ち止まった。
宇宙の静けさが、ガラス越しに重くのしかかる。
ヤザンが松葉杖を床に軽く叩きながら、ぽつりと口を開いた。
「……中尉、か。随分と早い昇進だな、ソウヤ。」
ソウヤは視線を窓の外に固定したまま、苦笑を浮かべる。
「まあ、色々とあって……。」
ソウヤは、窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
視線が宇宙の闇に溶けていく。
2週間前の記憶が、静かに胸の奥から浮かび上がってきた。
……あの執務室。
ゴップ大将に啖呵を切ってから、一週間後のことだった。
再び呼び出され、処罰を言い渡された日のこと。
ゴップ大将は、デスクの向こうで姿勢を正し、厳正な態度で口を開いた。
いつもの穏やかさは影を潜め、声は低く、重く響いた。
「……タカバ中尉。フラナガン機関の生体ユニットを意図的に手放した件は、許し難い。連邦軍の規律として、到底看過できるものではない。」
ソウヤは背筋を伸ばしたまま、視線を落とさず聞き続けた。
拳を膝の上で軽く握りしめ、表情を崩さないように呼吸を整える。
ゴップは、わずかに間を置いて続ける。
声に、わずかな苦味が混じる。
「しかし……星一号作戦、ア・バオア・クーでの君の活躍、データディスクの入手に免じて、戦果の一部とドロス級超大型空母撃破の功績を無効とし、加えて、地上への左遷をもって、生体ユニットの意図的な投棄を不問とする。これ以上、追及はしない。」
ソウヤの瞳が、わずかに揺れた。
予想外の軽い処分に、心臓が一瞬強く鳴った。
だが、すぐに平静を装い、静かに息を吐く。
表情は変えず、ただ視線をゴップ大将に固定したままだった。
ゴップは、デスクの上のファイルを軽く叩きながら、言葉を続けた。
今度は、声にわずかな温かみが戻る。
「……オデッサ作戦から、ア・バオア・クー偵察任務までの功績は…認めている。左遷先の地上部隊では、モビルスーツ隊の隊長職が待っている。それを配慮して、君を中尉に昇進させる。これで、君の階級は中尉だ。」
ソウヤは、喉を鳴らした。
胸の奥で、何かがざわつく。
昇進と左遷が同時に告げられるという、奇妙な優しさ。
ゴップ大将の意図が、ぼんやりとしか読み取れなかった。
そして、最後にゴップは左遷先を告げた。
その地名を聞いた瞬間、ソウヤの瞳が見開かれた。
予想だにしなかった場所。
あまりにも意外で、思わず息を飲んだことを、今も鮮やかに思い出す。
……あの時、ゴップ大将は静かに微笑んだ。
いつもの冷たい笑みではなく、どこか疲れた、優しい笑みだった。
ソウヤは、窓ガラスから視線を外し、隣のヤザンに目を向けた。
記憶が胸に沈み、再び現実の通路に戻る。
宇宙の静けさが、二人の間に重く横たわっていた。
通路の静けさの中で、ヤザンが松葉杖を軽く床に突きながら、ぽつりと口を開いた。
声はいつもより低く、どこか寂しげに響く。
「……オルグレン隊長が戦死したことで、オリオン小隊は解散だ。フラナガン機関の情報を手に入れて、当初の目的は果たしたんだからな。お前は地上に異動、整備班の連中もそれぞれ散り散りになる。……寂しいもんだな。」
ソウヤは視線を窓の外に固定したまま、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に、鈍い痛みが広がる。
「……そうだな。」
短い言葉が、通路の冷たい空気に溶けていく。
二人の間に、重い沈黙が落ちた。
ヤザンが、松葉杖を握り直しながら、ソウヤの横顔をじっと見つめた。
いつもの獰猛な目が、わずかに柔らかくなる。
「…なあ……俺達、2ヶ月間一緒に戦ったよな…。2ヶ月なんて、短い期間かもしれない。だけど……俺の中じゃ、一番濃い時間を過ごしたと思ってる。お前はどうだ?」
ソウヤは、ゆっくりと視線をヤザンに向けた。
瞳に、静かな光が宿る。
「……ああ。確かに、2ヶ月という短い時間だった。でも、その2ヶ月は……本当に俺を変えた。濃密で、掛け替えのない時間だった。オリオン小隊で過ごした日々、記憶……今の俺を作り出した、大切なアイディンティティだ。」
ヤザンは、ふっと口元を緩めた。
目尻に、嬉しそうな皺が寄る。
「……お前もそうか。よかった。」
短く息を吐き、ヤザンは再び言葉を続けた。
声は低く、しかしはっきりと。
「お前は俺とは全く違う。なのに……お前が後ろにいると、安心して目の前の敵に集中できた。お前が違うタイプだからこそ、学ぶことも多かった。そして……俺はお前のことを、誰よりも信頼してる。唯一無二の相棒だと思ってる。」
ソウヤは、喉を鳴らした。
胸の奥で、何かが熱くなる。
視線をヤザンに固定したまま、静かに返す。
「……俺もだ。ヤザンが前にいると、安心して射撃に集中できた。お前の前向きな姿勢が、俺に前を見続けさせてくれた。俺も……ヤザンのことを、唯一無二の相棒だと思ってる。」
二人は、しばらく無言で顔を見合わせた。
ヤザンが、ゆっくりと右拳を突き出す。
松葉杖を片手で支えながら、いつもの荒々しい笑みを浮かべる。
「じゃあな、相棒。また、どこかで会おうぜ。」
ソウヤも、静かに拳を突き出した。
声は低く、しかし確かだった。
「ああ。またどこかで会おう。相棒。」
二つの拳が、静かにぶつかり合う。
金属の松葉杖が小さく音を立て、拳同士の衝撃がわずかに伝わる。
それは、言葉以上の約束だった。ソウヤは拳を下ろし、ゆっくりと踵を返した。
搭乗口の方へ、一歩一歩歩き出す。
背後にヤザンの視線を感じながら。
通路の照明が、ソウヤの影を長く伸ばす。
ソウヤはゆっくりと搭乗口の方へ歩みを進めた。
通路の照明が足元を淡く照らし、背後のヤザンの視線がまだ残っている気がした。
搭乗口のゲートが近づいたところで、後ろから声が響いた。
「タカバ少尉!」
女性の声。
少し高めで、息を切らしたような響き。
ソウヤは足を止め、ゆっくりと振り返った。
小柄な体躯の女性が駆け寄ってくる。
黒いおかっぱ髪が揺れ、童顔に連邦軍の制服が少し大きめにかかっている。
肩が上下に激しく動いていた。
ソウヤの瞳が、わずかに見開かれる。
「……カタギリ中尉!」
シイコ・カタギリは、ソウヤの前に辿り着くと、膝に手をついて大きく息を吸った。
大急ぎで駆けつけた様子が、乱れた髪と荒い呼吸に表れている。
「……はあ……はあ……本当ですか?地上に異動って……本当ですか、タカバ少尉?」
ソウヤは、静かに頷いた。
視線を少し落として、落ち着いた声で返す。
「……本当です。」
シイコは顔を上げ、目を大きく見開いた。
息がまだ整わないまま、言葉を続ける。
「ア・バオア・クーであんなに活躍したタカバ少尉が、地上に左遷なんて……おかしいですよ!そんなの、絶対おかしいです!」
ソウヤは、ふっと苦笑を浮かべた。
肩章の階級章を指で軽く触りながら、静かに突っ込む。
「……今は中尉ですよ、カタギリ中尉。」
シイコは一瞬固まり、慌てて手を振った。
「あっ……! そ、そうでした!タカバ……中尉!ごめんなさい!」
ソウヤは、シイコの慌てぶりを見て、思わず小さく笑ってしまった。
口元が緩み、肩が軽く揺れる。シイコはそれを見て、頰をぷくっと膨らませた。
プリプリと怒ったように、ソウヤを睨む。
「……笑わないでください!せっかく心配して駆けつけたのに……!」
ソウヤはすぐに表情を戻し、頭を軽く下げた。
「……すみません。つい。」
シイコはまだ少し頰を膨らませたまま、ソウヤをじっと見つめる。
やがて、ふっと息を吐いて、口元を緩めた。
「……笑った罰です。同じ階級になったんですから、もう『カタギリ中尉』じゃなくて……シイコって……呼んでください……。」
ソウヤは、わずかに目を伏せた。
頰が少し熱くなるのを感じながら、恥ずかしげに口を開く。
「……シイコ、さん。」
シイコの顔がぱっと明るくなった。
満足げに頷き、胸を張る。
「はい!じゃあ、私も同じ階級になったので……ソウヤ、って呼びますね……。」
ソウヤは、照れくさそうに視線を逸らした。
だが、口元には小さな笑みが残っている。
二人は、しばらく無言で立ち尽くした。
シイコは、ソウヤの顔をじっと見つめながら、言葉を続けた。
声は少し震えていたが、必死に抑え込んでいる。
「……私たちで、ア・バオア・クーでの活躍を上層部に訴えるのはどうですか?……地上への異動、取り下げてもらえるはずです。あなたの戦績なら、宇宙にいるべきです。」
ソウヤは、静かに首を横に振った。
視線を落とし、ゆっくりと息を吐く。
「……私は罪を犯しました。取り返しのつかない罪を。」
シイコの瞳が、わずかに揺れる。
彼女は喉を鳴らし、静かに尋ねた。
「……どんな罪ですか?」
ソウヤは視線を上げた。
蒼い瞳が、シイコをまっすぐに見つめる。
声は低く、しかし確かだった。
「……俺は知らなかったとはいえ、罪のない女の子の命を奪ってしまった。だから……その罪を償うために、地上に降りるんです。」
シイコは、息を飲んだ。
すぐに言葉を返す。
「……それなら、宇宙でも償えるんじゃないですか?
地上じゃなくても……。」
ソウヤは、再び首を振った。
瞳に、静かな決意が宿る。
「……地上には、まだ多くのジオン残党兵がいる。俺はそこに降りて、残っている連中を宇宙に帰そうと思っているんです。」
シイコの表情が曇った。
声が、少し大きくなった。
「……それは途方もないことですよ。そんなの、地上の部隊の誰かがやればいいじゃないですか。あなたが一人で背負う必要なんて……!」
ソウヤは、静かに息を吐いた。
視線を逸らさず、シイコの瞳をまっすぐ見つめ返す。
「……罪を犯した自分だからこそ、しなくちゃいけない。罪という名の痛みを知っているから……それを見ない振りをするのは、嫌なんです。」
蒼い瞳が、真っ直ぐにシイコを貫く。
その視線に、言葉以上の重みが宿っていた。
シイコは言葉を失った。
ソウヤの瞳を見つめ返し、胸の奥で何かが疼くのを感じる。
やがて、ゆっくりと息を吐き、諦めたように頷いた。
「……分かりました。地上でやるべきことがあるなら……それは仕方のないことですね……。」
その瞬間、搭乗口のスピーカーからアナウンスが流れた。
無機質な女性の声が通路に響く。
「シャトル発進まで、あと5分です。ご搭乗の隊員は、速やかにゲートをお通りください。」
シイコは慌てて視線を上げた。
声が、わずかに震える。
「……無事でいてください。絶対に……無茶なことはしないでください……。」
ソウヤは静かに頷いた。
口元に、優しい笑みが浮かぶ。
「……ありがとうございます、シイコさん。」
彼はゆっくりと踵を返し、ゲートに向かって歩き出す。
背中が、少しずつ遠ざかる。
シイコは、思わず声を上げた。
「……ソウヤ!!どこに異動するんですか?」
ソウヤは振り返り、しかしはっきり響く声で答えた。
「……東南アジア方面極東方面軍、コジマ大隊です!」
そう言い残すと、ソウヤはゲートを潜り、搭乗口へと消えていった。
シイコは、その背中を見送ったまま、動けなかった。
やがて、頰を一筋の涙が伝う。
彼女は、そっと目を閉じた。
(……私は、ソウヤ・タカバに一目惚れしていた。あの真っ直ぐな、蒼い瞳が……大好きだった。)
胸の奥で、何かが静かに砕ける音がした。
(もし、私が無理にでも引き留めてしまったら……あの瞳を、濁らせてしまう。私が好きなのは、真っ直ぐな瞳のソウヤだから。)
シイコは、ゆっくりと息を吐いた。
涙を拭うこともなく、ただ静かに呟いた。
「……ああ……失恋しちゃったな……。」
搭乗口のゲートが、静かに閉まる音が響いた。
宇宙の静けさが、再び彼女を包み込んだ。
ソウヤが乗ったシャトルは、ルナツーのスペースゲートからゆっくりと離れ始めた。
搭乗口のゲートが完全に閉まり、ボーディングブリッジが切り離される音が、低く響く。
シャトルのハッチが密閉され、内部の空気が静かに安定する。
エンジンの点火音が、機体全体に微かな振動を伝えた。
シャトルは、ゆっくりと回転しながら、ゲートの外へ滑り出る。
ルナツーの巨大な岩塊が、視界から徐々に遠ざかっていく。
ソウヤは、窓際のシートに座ったまま、静かに地球を見つめていた。
蒼い惑星が、ゆっくりと近づいてくる。
雲の渦が白く渦巻き、大陸の輪郭がぼんやりと浮かび上がる。
シャトルは大気圏に突入する。
機体がわずかに揺れ、外側でプラズマのオレンジ色の光が瞬く。
耐熱シールドが赤く輝き、窓ガラスが熱で歪むように揺らぐ。
だが、ソウヤの瞳は揺るがなかった。
ただ、静かに地球の青を見つめ続けている。
シャトルは軌道を調整し、東南アジア方面へと向かう。
青い海と緑の大地が、ゆっくりと近づいてくる。
胸の奥に静かな決意が沈む。
地球の青が、窓いっぱいに広がった。
シャトルは、ゆっくりと大気圏を降下し、ソウヤを新たな戦地に送り届ける。
一年戦争編【完】
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます!!
これにて、【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】の一年戦争編、完結です!!
本当にありがとうございました(泣)
今回の話しは、【ジョニー・ライデンの帰還】のゴップが、なぜ、強化人間のイングリッド0を保護したかを、独自解釈で話を作ってみました。
私の世界線のゴップには、妹のクラウディアがおり、妹と甥のイーサンを亡くし、ソウヤがエイルのことを人間であると発言したから、ゴップはイングリッド0を保護した流れにしています。
第10話 亡魂と死の黄雲 の時にクラウディアが言っていた、公園とは。
【ジョニー・ライデンの帰還】で登場する、ゴップ自然公園のことです。
また、テネス・A・ユング少佐のアムロ・レイよりも撃破数が多い件も、独自解釈で書いてみました~♪
さてさて、次からはまさかの08小隊の舞台だった、東南アジア方面の話になります。
一年戦争後のコジマ大隊を自分なりの解釈で書いていくので、お楽しみに。
まさかの原作キャラクターが登場するので♪
そして、ヤザンはここで一旦フェードアウトしますので、よろしくお願いいたします。
また、今まで書いた話の修正と一年戦争後のストーリー構成の整合性の確認などをするので、次の話を書いたら、一週間くらい、お休みします!
ではでは、これからもよろしくお願いいたします。
原作キャラクター紹介
イングリッド0
原作 ジョニー・ライデンの帰還
冷凍睡眠装置に眠っていた強化人間の少女。
今回の話では、ゴップとイングリッド0が初めて出会う話をイメージして、作ってみました。
数年後、ゴップの養女になります。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン