機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第52話 寄せ集め達の第一歩

艦橋の空気はいつもより重く、金属の匂いと緊張が混じり合っていた。

私は艦長席の前に立ち、必死に言葉を絞り出す。

声が震えてしまうのを、どうしても抑えられない。

 

「艦長! 敵の真上から降下させるなんて、自殺行為です! 事前にモビルスーツを地表に着地させてから、部隊を展開すべきです! 艦長、お願いします……!」

 

艦長は艦長席に深く腰を沈め、不機嫌そうに眉を寄せた。

視線は私を避けるように正面の艦橋窓に向けられている。

 

「准尉、ここは中立地帯だ。ここで問題を起こせば、後々の休戦条約で我が連邦軍が不利になるリスクがあるかもしれない。前にジオンが侵入した時は、住民の車両がMSに踏みつぶされたり、住宅街に撃破されたジムが倒れこんだり、家屋やガスタンクに流れ弾が直撃し、大きな被害を出している。それは理解しているね?」

 

「それは……理解しています。でも、私たちの本来の任務は新型モビルスーツを受領し、送り届けることです。この船に乗っているパイロットたちは優秀ですが、私と同じ、士官学校を卒業したばかりで、実戦は今回が初めてなんです! こんな夜間に地上に潜伏している敵を目視で捕捉するのは困難です。練度の低い……私たちには、無理です!」

 

言葉の最後が掠れてしまった。

艦長の目が、ようやく私に向けられる。

そこにあったのは苛立ちと軽蔑だった。

 

「特例で繰り上げ卒業した新兵が意見するんじゃない!現場は政治的要素やその場の状況を臨機応変に対応しなければならない…。論文が優秀だったからと、調子に乗るな、下士官風情が!」

 

その一言で、世界が凍りついた。

唇を強く噛み、拳を握りしめる。爪が掌に食い込んで痛いのに、それさえ遠く感じる。

涙が込み上げてくるのを必死に堪える。

泣いてはいけない。

ここで泣いたら、もっと軽く見られるだけだ。

艦長はため息をつき、通信手に視線を移した。

 

「モビルスーツ部隊、全機発進!出撃だ!」

 

通信手の声が艦橋に響く。

 

「スカーレット隊、発進!」

 

 

 

 

――その瞬間、すべてが暗転した。

 

……はっ。

目が覚めた。

私はトラックの屋根付きの荷台に設けられた簡易的な座席に座っていた。

埃っぽい空気と、エンジンの低い振動。

窓の外は荒れた大地が広がり、遠くにコジマ大隊の基地のシルエットがぼんやりと見える。

額に浮かんだ汗を袖で拭う。

長い金髪が頰に張りつき、肩が震えていた。

左目の下の泣き黒子が涙の跡で少し湿っている。

また、あの夢を見た。

艦橋で艦長に叫んだ、あの夜。

 

私の進言が通っていれば……いや、もっと強く主張していれば……。

 

「私の理論が正しいはずなのに……」

 

小さな呟きが唇から零れた。

誰も聞いていない。

聞こえていない。

私はただ、座席の端を握りしめ、肩を縮こまらせる。

戦場の喧騒の中で、私は今も、壊れやすい水晶のように、静かに存在しているだけだ。

 

……ここが私の新しい配属先…コジマ大隊だ。

 

もう二度と、あんな失敗は繰り返さない。

そう思っているのに胸の奥が、まだ疼いている。

 

 

 

 

 

第4小隊の格納庫は、いつものように油と金属の匂いが充満していた。

照明の白い光が埃っぽい空気を切り裂くように照らし、2機の陸戦型ガンダムが整備ピットに鎮座している。

整備兵たちのグリスガンと溶接機の音が、断続的に響き渡る中、格納庫の隅に置かれた薄汚れたソファーへ、ソウヤは体を投げ出すように寝転がっていた。

顔は死ぬほどくたびれていた。

目元に濃い隈ができ、頰はこけ、口元はだらしなく開いている。

まるで戦場で三日三晩不眠不休で戦い抜いた後のような、魂が抜け落ちた表情だ。

 

「……あんだけ書かされると思ってもみなかった。書類仕事は当分したくない……」

 

ソウヤの呟きは誰に言うでもなく、ただ虚空に溶けた。

すると、格納庫の入り口からサンダース軍曹が現れた。

両手に金属製のマグカップを一つずつ持ち、湯気が立ち上っている。

紅茶とコーヒーの香りが、わずかに油臭さを和らげた。

 

「お疲れ様です、中尉。ようやく終わったようですね。」

 

サンダースは紅茶が入ったマグをソウヤの胸元に差し出し、コーヒーが入った方を自分の手で持ちながら、ソファーの端に腰を下ろした。

軍曹の声はいつも通り穏やかだが、どこか労わるような響きがあった。

ソウヤは体を起こし、マグを受け取って一口啜る。

熱い液体が喉を通る感触に少しだけ表情が緩んだ。

 

「……この前のマフィアの件の書類提出が、やっと終わったんですよ。一週間……まるまる一週間、書かされっぱなしでした…。」

 

ソウヤはため息をつき、指を折りながら愚痴を吐き出した。

声は低く、疲労が染みついている。

 

「初回の偵察報告書。スクランブル時の戦闘経過報告書。ビームライフルとマシンガンを使った武器使用許可申請と使用報告書。捕まえたマフィアたちの被疑者引渡し報告書と、捕虜にしたパイロットの処理報告書。保護したザクのパイロットの……対応報告書。村人とマフィアの民間人関連事案報告書。ケシ畑を焼いた損害被害状況報告書。それに、ビームライフルをケシ畑に使用したせいで、ルール・オブ・エンゲージメント遵守の証明のための内部調査と倫理審査関連書類……」

 

ソウヤは途中で言葉を切って、頭を抱えた。

 

「全部、俺一人で書いたんですよ。コジマ中佐が『現場の詳細は中尉が一番よく知っている』って。知ってるけど……知ってるからこそ、こんなに細かく書けって言われると、頭がおかしくなりそうでしたよ!特に倫理審査関連書類なんて、5回もリテイクされたんですから!」

 

サンダースは黙ってコーヒーを啜り、静かに頷いた。

 

「よく耐えました。普通なら途中で投げ出してる奴もいますよ。」

 

「投げ出したかったですよ……本当に…。」

 

ソウヤはマグを握りしめ、視線を格納庫の天井に向けた。

今は亡き、オルグレン隊長はジャブロー、キャリフォルニア・ベース、サイド6などの戦いの合間に、こんな書類仕事をしていたのかと戦慄した。

よく、あんな連戦激闘の2ヶ月の合間にこんな大量の書類をしていたものだと思い。

改めて、オルグレン隊長の凄さが身に沁みて、分かった。

 

 

「……オルグレン隊長みたいに、俺も要領良くなりたいな……。」

 

小さく呟いた瞬間、帰投した時の記憶が蘇った。

コジマ中佐に報告を終え、敬礼したところで、中佐が眼鏡を外して額を擦った。

 

「……お前達、よくやった。マフィアのボスとジオン残党兵2人を確保、ケシ畑の焼却で資金源も断った。

地域の治安に貢献したのは事実だ。上層部もこれだけ結果が出れば、大目に見る……いや、むしろ褒めるだろうな。『辺境の小隊が残党2名を確保、麻薬ルートを一掃した』と報告書が回れば、表彰ものだし、広報もイメージアップのために大々的に報じてくれるだろう。」

 

中佐の声は一瞬明るかったが、すぐに低くなった。

まるで、誰かに聞かれないよう抑えるように。

 

「だがな、タカバ中尉。ビームライフルで民間作物に撃ち込んだ件は、報告書で『村人達を巻き込む可能性を回避するための最小限の非殺傷措置』と、きっちり理由を書くんだぞ。ケシ畑が『麻薬原料』とはいえ、表向きは『民間農地』だからな。上から『連邦軍が農民の生活を破壊した』って騒がれたら、面倒が増える。お前が『人命優先で判断した』と明確に残しておけば、私が上に説明する時、楽だからな。つまり……現場の詳細は中尉が一番よく知っている。一週間以内に書類を提出するように。」

 

その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷えた。

中佐の目は、責めているわけじゃなかった。

上層部の目、世論の目、すべてを計算しながら、部下を守ろうとしている目だった。

 

「……了解しました」

 

俺はそう答えたきり、何も言えなかった。

――回想が終わり、現実に引き戻される。

ソウヤは深く溜め息をつき、げんなりした顔でソファーに沈み込んだ。

 

「お陰様で、一週間も書類と睨み合いですよ。紙に書いた文字がゲシュタルト崩壊して、自分でも何を書いてるか、分からなくなりました。」

 

 

それを聞いたサンダース軍曹は口に手を抑えながら、笑っていた。

巨漢の肩が小さく震え、普段は落ち着き払った表情が珍しく崩れている。

ドレッドヘアーの先が揺れ、くぐもった笑い声が指の隙間から漏れ出た。

 

「……ぷっ……はは……」

 

サンダースは慌てて咳払いをして、笑いを誤魔化そうとしたが、

目尻に涙が浮かんでいるのが丸わかりだった。ソウヤは、ソファーから体を起こし、怪訝な顔で軍曹を見た。

 

「……何がおかしいんですか?」

 

サンダースはようやく手を口から離し、

マグカップを置いて、深く息を吐いた。

それでも、口元は緩んだままだった。

 

「……いや、すみません、隊長。ただ……『徹夜覚悟で頼む』って中佐に言われて、本当に徹夜で書類書いてる隊長を見てたら……意外とそう言うことは苦手なんだなと思って。」

 

軍曹は、再びくすくすと笑いを漏らした。

 

ソウヤは、少し照れたように視線を逸らした。

 

「……笑いものですか?」

 

「いえ。笑ったのは、隊長も人間なんだなと思って。隊長はア・バオア・クーから生還され、モビルスーツの操縦技術も私よりも高いです。完璧超人だと思っていました。でも、書類仕事が苦手とか、人を守ろうとする姿を見ると、私が尊敬した人に似ていて、親近感が湧くんです。それが、俺には……とても心強いです。」

 

サンダースはマグカップを手に取り、ゆっくりと一口飲んだ。

湯気が格納庫の薄暗い照明に溶けていく。

 

「……隊長。書類はもう終わったんですよね?だったら、少し休んでください。今日はホバートラックに配属される隊員が到着するはずです。」

 

ソウヤは、静かに頷いた。

 

「……ありがとう、軍曹。……少し、眠ります。」

 

ソウヤはマグカップの紅茶を一気に飲み干し、ソファーに体を預け、目を閉じた。

サンダースはソウヤが眠ったことを確認すると、格納庫から出て、通信施設の方に歩いていった。

 

 

 

 

一台の軍用トラックが、格納庫エリアの入り口にゆっくりと停まった。

埃っぽい赤土の道が、タイヤの跡を残して静かに揺れる。

エンジンの音が止まり、荷台の後ろの扉が開く音が響いた。

荷物を抱えた女性が、静かに荷台から降りた。

長い金髪が密林の風に軽く揺れ、エメラルドグリーンの瞳が周囲をそっと見回す。

彼女は荷物を胸に抱え、深く息を吸ってから、

運転席の兵士に向き直った。

 

「……送っていただいて…ありがとうございました。

格納庫エリアまで……送ってくださって……」

 

声は小さく、震えていた。

兵士はヘルメットを軽く持ち上げ、

ニヤリと笑って手を振った。

 

「いいって、いいって。それよりさ、あんたみたいなべっぴんさんが、こんな辺境の基地に来るなんて……何をやらかしたんだい?」

 

女性の瞳が、ぱっと伏せられた。

唇を強く噛み、肩が小さく縮こまる。

胸の奥で、あの夜の記憶が一瞬だけ疼いた。

艦橋の冷たい空気、艦長の軽蔑の目、「下士官風情が」と吐き捨てられた言葉。

指先が震え、荷物の取っ手を強く握りしめる。

涙が込み上げそうになるのを、必死に堪えた。兵士は彼女の沈黙を見て、すぐに察した。

表情を少し緩め、申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「……悪い、余計なこと聞いたな。じゃあな、気をつけて。」

 

トラックはエンジンを再び唸らせ、

赤土を巻き上げながら去っていった。

埃がゆっくりと舞い上がり、足元に落ちる。

彼女は深く息を吐き、荷物を抱え直して、格納庫エリアを見渡した。

プレハブの建物が並び、遠くで整備兵の工具音が断続的に響く。

視線を上げると、格納庫の出入口の壁に大きく「04」と書かれた表示が見えた。

 

(……ここが、第4小隊の格納庫……)

 

女性は静かに頷き、荷物を抱えたまま、ゆっくりと格納庫に向かって歩き始めた。

足音が赤土に小さく響くたび、胸の鼓動が少しずつ速くなる。

 

新しい場所。

 

新しい環境。

 

新しい関係。

 

もう二度と、あの失敗は繰り返さない——そう自分に言い聞かせながら。

 

でも、心のどこかで「また失敗したら……」という恐怖が冷たい針のように刺さっていた。

格納庫の入り口に近づくと、中から油と金属の匂いが濃く漂ってきた。

お昼時で食事を取るためなのか、整備兵の姿はなかった。

照明の白い光が埃っぽい空気を切り裂き、2機の陸戦型ガンダムが片膝をついて待機している姿が静かに現れた。

 

「……ガンダム……」

 

思わず呟き、足を止めた。

エメラルドグリーンの瞳が2機の巨体を見上げる。

オーガスタ基地の資料室で、夜遅くまでガンダムのスペックデータを読み漁った日々。

ホワイトベースから回収された貴重な戦闘記録を、何度も何度も再生し、オデッサ戦までの戦績をシミュレーションした。

あの時、画面越しに見たガンダムの白い機体が、今、目の前に鎮座していた。

胸が熱くなり、喉が詰まる。

瞳の奥に涙がじわりと滲んだ。

 

(……こんなに近くで、見られるなんて……)

 

感慨深く、静かに見上げた。

2機のガンダムは傷だらけで、錆びついた部分もある。

それでも、威厳を失っていない。

連邦の希望を静かに背負っているように見えた。

ふと、気づく。

2機の頭部が、それぞれ違う。

片方は標準的なV型アンテナと控えめな排熱ダクト。

もう片方は大型の排熱ダクトと、こめかみに2門のバルカン砲。

メインカメラの色も、紫と緑で異なる。

 

(……なんで、頭部が違うんだろう……?)

 

首を傾げ、もう少し近づこうとしたその時——

 

「……うぅ……ん……」

 

誰かのうなり声が、格納庫の隅から聞こえた。

女性はびくりと肩を震わせ、声のした方を向いた。

格納庫の隅、薄汚れたソファーに、誰かが横たわっている。

 

(……人……?)

 

 

 

金髪の女性は恐る恐る、ソファーへ近づいた。

ソファーには、黒髪の男性が寝ていた。

目元に濃い隈ができ、頰はこけ、口元が少し開いて、深い眠りに落ちている。

疲労が全身から滲み出ているのに、寝顔はどこか穏やかで優しげだった。

エミリアは息を詰めて立ち止まった。

 

(……この人……優しそうな顔をしているな……)

 

彼女の胸が、なぜか温かくなった。

長い前髪が軽く揺れ、左目の下の泣き黒子が朝光に小さく光る。

そして、ふと、目の前で眠っている人物をどこかで、見たような気がした。

 

(どこかで……見たことがあるような……?)

 

戦意高揚向けの軍新聞に載っていた記事。

オデッサ作戦の直後、「オデッサの期待の新星」と文面に喧伝され、初の実戦で、ザクⅡ3機とドム1機にグフ1機を撃破したと記事に記載されていた。

あの時、彼女は新聞を握りしめ、「こんな人がいるなら……私も、戦えるかもしれない」と、小さな希望を抱いたのを覚えている。

 

「……まさか……」

 

小さな呟きが唇から零れた。

その瞬間、ソウヤのまぶたがわずかに動いた。

エミリアの視線に気付いたのか、ゆっくりと目を開ける。

眠気と疲労でぼんやりした視界に、金髪の女性が映る。

 

「……ん……?」

 

ソウヤは体を起こし、慌てて姿勢を正した。

隈の濃い目で自分を見ていた女性を見上げ、

すぐに状況を理解する。

 

「……君が、エミリア・ドットナー准尉か?」

 

エミリアは慌てて頭を下げた。

 

「……は、はい!エミリア・ドットナーです!今日から第4小隊に配属になりました……!」

 

彼女の声は震えていたが、瞳には、どこか強い光が宿っていた。

ソウヤは、ソファーから立ち上がり、

軽く頭を掻きながら苦笑した。

 

「……悪いな、こんなだらしない姿で迎えて。俺は第4小隊、隊長の——」

 

ソウヤが言い終わる前に、荒々しい怒声が格納庫内に響き渡った。

 

「はぁ? ふざけんなよ!ここが第4小隊?MS乗りたかった俺に、ホバートラック運転手をさせやがって!しかも、ガンダムが2機も、あるじゃねえか!最悪の配属だぜ! くそが!」

 

声は低く、野太く、格納庫の鉄骨に反響して空気を震わせた。

ソウヤとエミリアが同時に声のした方を振り向く。

格納庫の出入口近くで、鮮やかな赤髪の青年が足を踏み鳴らしていた。

両手を腰に当て、2機の陸戦型ガンダムを見上げながら、怒りを爆発させるように肩を怒らせている。

表情は不機嫌極まりなく、口をへの字に強く引き結び、

顎を少し突き出すような挑発的な顔つき。

鋭く光る鮮やかなブルーの瞳は、ガンダムを睨みつけ、

その視線はまるで「俺のものだったはずだ」と呪うように熱を帯びていた。

エミリアは急な怒声にびくりと肩を震わせ、荷物を抱えた腕を胸の前で固く締め、小さく後ずさった。

エメラルドグリーンの瞳が怯えで揺れる。

彼女の呼吸が浅く速くなり、過去の艦橋での叱責が一瞬だけフラッシュバックした。

 

(……また、怒鳴られる……?)

 

ソウヤは静かに息を吐き、ソファーから完全に立ち上がった。

疲労の残る目で赤髪の青年を見つめ、穏やかだが確かな声で呼びかけた。

 

「……ノア・ヴェルナー伍長か?」

 

ノアは「ああん!?」と不機嫌そうに顔を振り、ブルーの青い瞳が鋭く、ソウヤを睨みつけた。

 

 

「何だよ、てめぇ!隊長か?MS小隊のホバートラック運転手とかふざけんな!俺を飼い殺しさせるつもりか!?」

 

ソウヤは頬をかきながら、困惑したような苦笑を浮かべてノアを見た。

 

「……まずは、座れ。ペットボトルの水でも飲んで、落ち着こう。話はそれからだ。」

 

ノアは舌打ちしながらも、ソウヤの静かな視線に押され、渋々ソファーの端に腰を下ろした。

エミリアは緊張したまま、荷物を抱えて立ち尽くしていた。

ちょうどその時、格納庫の入り口から重い足音が近づいてきた。

 

「隊長、戻りました。……お、新しく配属される人も来たんですね。」

 

サンダース軍曹が巨体を揺らしながら戻ってきた。

穏やかな目で、ソウヤと新メンバー二人を交互に見る。

ソウヤはサンダースの姿を確認し、軽く頷いて言った。

 

「……軍曹、悪いが。パイロット待機室に常備してるペットボトルの水、何本か持ってきてくれ。」

 

サンダースは「了解です」と短く答え、すぐに待機室の方へ歩き出した。

巨漢の背中が格納庫の奥に消える。

ソウヤは眠っていたソファーを指さし、エミリアに促した。

 

「……ドットナー准尉も、座ってくれ。少し休んでから、改めて話そう。」

 

エミリアは緊張したまま小さく頷き、ソファーの端にそっと腰を下ろした。

エミリアは怒声をあげたノアが怖くて、自然と体を少し離し、荷物を膝の上に固く抱え込んだ。

長い金髪が肩から滑り落ち、エメラルドグリーンの瞳が不安げに揺れる。

ソウヤは二人と対面するように立ち、疲れた笑みを浮かべた。

サンダースが4本のペットボトルを両腕に抱えて、格納庫に戻ってきた。

巨漢の軍曹は静かに歩を進め、ソウヤの前に立つと、

無言で2本を差し出した。

ソウヤは受け取り、エミリアとノアの方へ向かって歩み寄る。

エミリアに1本、ノアに1本を差し出した。

ノアは「チッ……」と舌打ちしながら、ふんだくるようにボトルを奪い取り、蓋を乱暴に捻って一気に半分飲み干した。

水が喉を伝い、赤髪の先から滴が落ちる。

エミリアは恐る恐る手を伸ばし、小さな指でボトルを受け取った。

冷たい感触に少し肩の力が抜け、そっと蓋を開けて一口飲む。

喉を通る水が震えをわずかに和らげた。

サンダースはペットボトル1本をソウヤに差し出し、ソウヤは静かに受け取って、全員を見渡した。

 

「ようこそ、第4小隊へ。」

 

ソウヤの声は低く、疲労が滲んでいるが、確かな温かみを帯びていた。

 

「俺が隊長のソウヤ・タカバ中尉だ。……新米隊長で、ここに赴任してから、まだ1ヶ月も経っていない。だから、俺もまだ不慣れなところが多い。だが、ここにいる以上、みんなが生き残れるように努力する。よろしく頼む!」

 

ノアはボトルを握りしめたまま、興味なさげに「ふん」と鼻を鳴らした。

ブルーの瞳がソウヤを一瞥し、すぐに視線を逸らす。

その瞬間、サンダースの眉がピクリと動いた。

巨漢の軍曹は静かにノアを見つめ、穏やかな表情の奥に、わずかな鋭さを宿した。

エミリアは、ソウヤの名前を聞いた瞬間、

目を丸くした。

 

「……えっ……」

 

小さな驚きの声が漏れる。

彼女のエメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれ、荷物を抱えた手がわずかに震えた。

ソウヤ、サンダース、ノアが一斉にエミリアに視線を向ける。

エミリアは慌てて両手を振った。

 

「……な、なんでもないです……!すみません……」

 

顔を赤らめ、肩を縮こまらせて視線を落とす。

 

(……ソウヤ・タカバ……本当に、あの……)

 

胸の奥で、軍新聞の記事が蘇る。

あの新聞に載っていた人物が、目の前に立っている。

混乱と驚きで頭が一杯になった。

ソウヤは静かに話を続けた。

 

「……次に、隣に立ってるのがサンダース軍曹だ。」

 

サンダースは、穏やかに一歩前に出た。

 

「テリー・サンダースです。以前にも、このコジマ大隊基地に所属していて。土地勘があるので、基地のことなら、何でも聞いてください。」

 

巨漢の軍曹は静かに微笑み、新メンバー二人に視線を向けた。

その目は優しく、しかし確かな信頼を湛えていた。

格納庫の空気が少しだけ、落ち着きを取り戻した。

 

 

ソウヤは受け取ったペットボトルの水を一口飲んだ。

冷たい水が喉を通り、疲れた体に少しだけ染み渡る。

軽く息を吐き、

エミリアとノアを見渡した。

 

「……改めて、自己紹介してくれ。まずはノア・ヴェルナー伍長から。」

 

ノアは片足を組み、ソファーの背もたれに体を預けながら、ぶっきらぼうに口を開いた。

 

「……ノア・ヴェルナー伍長であります。元々は北米大陸所属で、有線通信手をしていた。MS乗りになりたかったが、適性試験で落ちて。それで、元の部隊で喧嘩したり、意図的に機器ぶっ壊したり、上官に反抗的な態度取ったりして、厄介払いでホバートラック運転手に回された。そこでも喧嘩したり命令無視したりして、結局ここに飛ばされた。……以上終わり。」

 

言葉は投げやりで、最後は「ふん」と鼻を鳴らして視線を逸らした。

サンダースの眉がピクリと動き、巨漢の体がわずかに前傾した。

失礼な態度に詰め寄ろうとする気配が漂うが、ソウヤは静かに片手を上げて制した。

 

「……次は、エミリア・ドットナー准尉。」

 

エミリアは膝の上の荷物を床に置き、おどおどしながら立ち上がった。

 

エメラルドグリーンの瞳が不安げに揺れる。

 

「……エ、エミリア・ドットナーです。階級は准尉です。元々は宇宙の方に所属していて……訳あって、こっちに異動になりました。私の役割は、オペレーターと戦術アドバイザーです。……役に立たないかもしれないですけど……よろしくお願いいたします……。」

 

声は小さく震え、最後の言葉はほとんど囁きに近かった。

彼女はすぐに頭を下げ、肩を落として座り直した。

ノアは鼻で笑い、皮肉っぽく吐き捨てた。

 

「……自分で『役に立たないかもしれない』とか言うかよ。マジで使えねえかもな。」

 

エミリアの肩がびくりと震え、顔を伏せてさらに縮こまった。

瞳の端に、涙がじわりと滲む。

ソウヤの目が静かに鋭くなった。

 

「……ノア・ヴェルナー伍長…」

 

声は低く、しかし重い。

ノアが「なんだよ」と顔を上げた瞬間、ソウヤは一歩踏み出し、ノアの視線を真正面から受け止めた。

 

「俺たちは小隊のメンバーだ。互いに信頼し、助け合わないといけない。終戦したとはいえ、ジオン残党は東南アジア圏内にまだ多数潜伏している。戦いは終わっていない。助け合わなければ、生き抜けない。」

 

ノアのブルーの瞳がわずかに揺れた。

ソウヤは静かに続ける。

 

「……助け合いを拒んで、死ぬつもりなら好きにすればいい。だが、そうなったら……君にモビルスーツは必要ないな。モビルスーツにも、限りがある。あれは君の為の鉄の棺桶では…ないんだから…。」

 

言葉は冷たく、しかしどこか悲しげだった。

ノアの顔が一瞬で真っ赤になった。

拳が震え、ソウヤを殴ろうと腕を上げかけた。

だが、その瞬間——サンダースの巨体が、静かにノアの前に立った。

穏やかな表情の奥に、鋭い光が宿る。

軍曹の視線が、ノアを貫く。ノアの拳が、ゆっくりと下がった。

 

「……チッ……」

 

舌打ちだけが、格納庫に響いた。

エミリアは肩を震わせながら、ソウヤの横顔を見つめていた。

涙が一滴、頰を伝う。

ソウヤは静かに全員を見渡し、新しく入った二人に向けて、言った。

 

「……これから、よろしく頼む。俺たちは、チームだ。」

 

ソウヤはペットボトルの水をもう一口飲んでから、

口を開く。

 

「……何か質問はあるか?基地のこと、任務のこと、何でもいい。今のうちに聞いておいてくれ。」

 

ノアはボトルを膝に置き、腕を組んで背もたれに体を預けたまま、

ぶっきらぼうに答えた。

 

「……何もねぇよ。どうせ、運転手なんだろ?知るかよ。」

 

声は投げやりで、視線は格納庫の天井に向けられたままだった。

ソウヤは小さく頷き、視線をエミリアに移した。

エミリアは膝の上で手を固く握りしめ、肩が小さく震わせながら、ゆっくりと恐る恐る手を挙げる。

ソウヤは優しく微笑んだ。

 

 

「……ドットナー准尉、何かな?」

 

エミリアは一度息を吸い、小さな声で、しかしはっきりと尋ねた。

 

「……タカバ中尉は……その…『オデッサの新星』……なんですか?」

 

その瞬間、格納庫の空気が凍りついた。 

ノアの体がピクリと硬直し、

ブルーの瞳が大きく見開かれる。

 

「……えっ?」

 

短い驚きの声が漏れた。

彼の視線がソウヤに釘付けになる。

サンダースの口が、わずかに開いた。

 

ソウヤは「あー……」と低い声で呟き、額をかいた。

疲れた目元が、さらにげんなりと曇る。

 

(……その忌々しい二つ名を聞いたのは、2ヶ月ぶりだな……)

 

胸の奥で、嫌な記憶が蘇る。

戦意高揚のために連邦軍の広報が勝手につけた二つ名——「オデッサの新星」。

グアイマスでマスコミに追い回され、相棒のヤザンと一時期不仲になった原因でもあり、外道クソ野郎のレナートに目を付けられた、忌々しい二つ名。

 

本当に、久しぶりに聞いたな……。

 

ソウヤは小さく息を吐き、苦笑を浮かべてエミリアを見た。

 

「……ああ、そうだ。そう呼ばれてた。でも、今はただの第4小隊の隊長だ。その呼び名は……本当に…あまり好きじゃないんだ…。」

 

 

エミリアの瞳が、さらに大きく見開かれた。

彼女は慌てて頭を下げ、ソウヤに謝罪する。

 

「……す、すみません!私、軍新聞で読んで……『オデッサの新星』って……すごいって思ってて……まさか、本物に会えるなんて……。」

 

声が震え、頰が赤く染まる。

ソウヤは軽く手を振った。

 

「……気にしないでくれ。あれはただの偶然の産物だ。

今は、そんな肩書きより、ここで生き残ることの方が大事だ。」

 

ノアはまだ硬直したまま、ソウヤを睨みつけていた。

ブルーの瞳に驚きと苛立ちが混じっている。

 

「……マジかよ……『オデッサの新星』だと?二つ名持ちが、隊長……?ふざけんなよ……どんだけ、神様は俺を惨めにさせるんだよ……」

 

サンダースは静かにノアを見下ろし、確かな声で言った。

 

「……ノア伍長。隊長の過去は、隊長のものだ。今は、この小隊で何をするか、だ。」

 

ノアはボトルを握りしめて視線を逸らした。

エミリアはソウヤの言葉を聞いて、小さく頷いた。

瞳の奥に憧れと、少しの決意が宿る。

 

 

「よし……顔合わせも終わったし、二人は荷物を宿舎に置いてくるといい。今日はもう休んでくれ。明日から本格的に動き出すからな。よろしく頼む。」

 

ソウヤは二人に荷物を宿舎に置いて、休むように催促した。

 

 

ノアは小さく舌打ちし、ソファーから不機嫌そうに立ち上がった。

ボトルを握りしめたまま、肩を怒らせて格納庫の出入口に向かう。

足音は重く、背中から苛立ちが伝わってきた。

エミリアは慌てて立ち上がり、ソウヤとサンダースに向かって小さく敬礼した。

 

「……あ、ありがとうございました……荷物、置いてきます……ね。」

 

彼女は荷物を抱え直し、ノアの後を追うように静かに格納庫を出ていった。

ソウヤとサンダースは二人の背中を見送った。

やがて、足音が遠ざかり、格納庫に再び静けさが戻る。

ソウヤは小さく息を吐き、サンダースの方を向いた。

 

「……このメンバーで、やっていけるかな?」

 

声は低く、不安が滲んでいる。

疲れた目元が、さらに影を落とした。

サンダースは静かにソウヤを見つめ返した。

巨漢の軍曹は穏やかだが、確かな声で答える。

 

「……それは、タカバ隊長の力量次第ですね。」

 

言葉はシンプルだった。

しかし、そこに込められた信頼は重く、ソウヤの胸にずしりと響いた。

ソウヤは天井を見上げ、これからの気苦労の多さを思うと、ため息が漏れる。

 

 

(……ノアの反抗的な態度、エミリアの過剰な反応……俺はちゃんとまとめられるのだろうか……?)

 

2機のガンダムが片膝をついたまま、静かにソウヤとサンダースを見守っている。

新しい第4小隊は、まだぎこちなく、不安定なままだった。

だが、その不安定さの中に小さな可能性の芽が、確かに息づき始めていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
オリジナルキャラクターの新キャラが二人登場です!
一人はガンダム史上有名な出落ちネタの部隊関係のオリジナルキャラクターです!
いやー、本当に瞬殺されて、活躍も1分以内ですもんねー。
発進→全滅の流れが本当にウォータースライダー並みです…。

そして、もう一人はミリタリー関係でも、かなりマニアックなポジションから、キャラクターを作ってみました!
この職種がどんな役割かは、YouTubeで「自衛隊 有線通信」で検索すると、分かりやすいと思います(汗)
あと、ソウヤの二つ名の「オデッサの新星」は、「彗星」、「巨星」、「連星」などがあるのに、「新星」がなかったので作ってみたのと。
自分の二つ名が嫌いなキャラクターを作ってみたかったので、ソウヤに「オデッサの新星」の二つ名を与えてみました。
実はソウヤはもう一つ、名前の関係のコンプレックスがあるのですが、それは後々の話で紹介しますね。
でも、第50話で伏線はありますので、興味ある人は読み直してみてください!

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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