コジマ大隊基地の格納庫は、昼の陽光がプレハブの屋根の隙間から差し込み、埃の粒子を金色に浮かび上がらせていた。
外の陽射しがコンクリートの床に長い影を落とし、整備員たちの作業音が遠くに響く。
格納庫の外に停められたホバートラックは、着地したまま静かに待機状態に入っていた。
エンジンは止まり、車体はわずかに沈んで地面に根を下ろしている。
後部ハッチが開いたままの車内で、ソウヤとエミリアは折りたたみ式の簡易シートに並んで座っていた。
エミリアの膝の上に置かれたノートパソコンが、青白い光を放っている。
画面はホバートラックの車載コンピューターと有線接続され、演算能力を最大限に引き出していた。
先日のグフとの戦闘から、ちょうど2日が経過していた。
機体の修理はまだ完了していないが、データだけはすぐに解析できた。
二人は無言で画面を見つめ、仮想戦闘シミュレーションの結果を眺めている。
タイトルはシンプルに表示されていた。
【仮想戦闘シミュレーション:対グフ戦】
エミリアがマウスを軽くクリックすると、結論が赤い文字で浮かび上がる。
【結論:相手のグフが勝つ確率が高い(65〜75%)】
[勝つ可能性はゼロではないが、かなり厳しい]
詳細データがスクロールされる。
機動性、射撃戦、近接戦、装甲……それぞれの項目が、冷徹に数字とグラフで示され。
戦いの流れのシミュレーションのテキストが、淡々と流れる。
ソウヤは画面をじっと見つめたまま、深く溜め息を吐いた。
エミリアも隣で肩を落とし、指を軽く握りしめる。
「……やっぱり、か。」
ソウヤの声は静かだった。
エミリアがノートパソコンをそっと閉じる。
「密林地帯じゃ……射撃戦に持ち込める地形も少ないですし、逆に待ち伏せや奇襲で格闘戦に持ち込まれやすいので、仕方ないと思います……。」
彼女の声は小さく震えていた。ソウヤは視線を格納庫の天井へ移す。
屋根の隙間から差し込む陽光が、埃を金色に舞わせている。
「……あのグフのパイロット、俺の射撃を完全に読んでた。バルカン3門の弾幕さえ、見切ってたんだ。」
エミリアは小さく頷く。
「シミュレーションのデータでも……あの接近速度と予測精度は、並みのパイロットじゃないです。隊長が不利になるのは、数字の上でも明らかです。それに隊長の戦闘スタイルは射撃で、相手は格闘戦主体。地形の利もあって、相性が最悪ですね…。」
ソウヤは拳を軽く握り、膝の上に置いた。
「だが……こいつを倒さないと、基地の補給ルートが…」
その言葉に、エミリアの目が少し潤む。
彼女は小さく息を吸い、ソウヤの顔を見上げた。
「……そうですね。打開策を見つけて、補給ルートの安全を確保しないといけないですね。」
ソウヤはゆっくりと頷いた。
「ああ。次は……勝つ。」
その時、背後から穏やかな声が響いた。
「調子はどうかな、二人とも?」
ソウヤとエミリアは同時に振り返る。
そこには、うちわを軽く振ったコジマ中佐が立っていた。
「ぴゃいいーー!」
エミリアが奇声を上げ、肩を震わせる。
ソウヤもビクッと体を硬直させ、思わずシートから腰を浮かせた。
コジマ中佐は苦笑いを浮かべてうちわを止める。
「すまんすまん。脅かすつもりはなかったんだが……。」
ソウヤはすぐに立ち上がり、座っていたシートを中佐に勧める。
「中佐、お座りください。」
コジマ中佐は軽く手を振ってから、勧められるままにシートに腰を下ろした。
うちわを膝の上に置き、改めて二人を見上げる。
「で、シミュレーションの調子はどうだ?」
ソウヤはエミリアに視線を移す。
「ドットナー准尉、説明を頼む。」
エミリアは少し緊張しながらも、ノートパソコンを再び開き、画面を中佐に見えるように傾けた。
「はい……先日の戦闘は、相手に待ち伏せされた状態から始まりました。2対3の数の不利を受け、サンダース軍曹が2機のザクに足止めされて、隊長の援護が出来なかったんです。その結果、隊長が敵のエースであるグフと一対一の状態で戦闘に入ってしまいました。」
コジマ中佐は頷く。
「それは報告書にも書かれていたな。」
エミリアは続ける。
「この時点で、グフに距離を詰められており、グフの得意な接近戦を許してしまったんです。隊長は盾で凌ぎながら、バルカンでの牽制射しか出来ない状態になってしまいました。」
コジマ中佐は顎に手を当て、静かに聞く。
エミリアは声を少し低くして説明を続けた。
「グフのパイロットの腕は並みの腕ではなく、コックピットのモニターの枠の死角を巧みに使い、隊長の視線を切ろうとしたんです。それに……相手がこちらのビームサーベルを内蔵している位置を正確に把握している疑惑があります。」
コジマ中佐の目がわずかに細まる。
「なぜそう思う?」
エミリアは画面の戦闘ログを指差す。
「連邦軍のコックピットとレイアウトの機密情報を、普通のジオン兵なら把握していません。それに、ビームサーベルを抜刀しようと思ったら、正確に内蔵している箇所に、瞬時に射撃など……出来ないはずです。相手は迷わずに、ビームサーベルを内蔵していた右脹ら脛部分を攻撃しています。それが根拠です。」
コジマ中佐はゆっくりと息を吐き、神妙な面持ちになる。
「なるほど、つまり……。」
エミリアは躊躇いながら、声を小さくして続けた。
「相手のグフのパイロットは……元連邦軍のパイロットかもしれない、と思ってます。」
コジマ中佐は、こめかみに手を押し当てながら、深いため息を吐いた。
「痛い話だな。元連邦兵がジオン残党に与するなど……。」
エミリアは小さく頷き、言葉を返す。
「ごもっともです、大隊長。」
コジマ中佐は視線をソウヤに移し、静かに言った。
「だが、まだ納得がいかん。ア・バオア・クー帰りのタカバ中尉が、ジオン残党に与した元連邦兵に負けることが信じられん。仮に相手が凄腕でも、今、この大隊で一番の腕利きのパイロットはタカバ中尉なんだぞ……。」
エミリアは目を丸くし、驚きの表情でソウヤを見た。
「……ア・バオア・クー……帰り……?」
ソウヤは二人の視線を感じ、わずかに目をそらす。
表情に嫌悪の色が浮かぶ。
エミリアはそれに気づき、慌てて言葉を繋いだ。
「大隊長……あの、今回負けた原因を、もう少し詳しく説明しますね。」
彼女はノートパソコンを再び開き、シミュレーションのデータをスクロールしながら続ける。
「隊長のタカバ中尉の戦闘スタイルは射撃がメインです。開けた場所や見通しの良い場所なら、十全に高い射撃能力を発揮できます。しかし、今回は見通しの悪い密林地帯。待ち伏せや奇襲で距離を詰められやすく、隊長の得意な射撃戦闘が出来なかったんです。」
コジマ中佐は顎に手を当て、静かに聞いている。エミリアは声を少し落として続ける。
「そして、一番の敗北原因は……ビームサーベルの位置と格納方法です。」
コジマ中佐がわずかに眉を上げる。
「なぜだ?ビームサーベルの位置で、勝敗が分かれる?」
エミリアは画面の損傷データを指差す。
「陸戦型ガンダムは、連邦軍のモビルスーツの中でかなり珍しい内蔵式のビームサーベル携行方法をしています。他の機体はバックパックや腰のラックなどに携行しますが、陸戦型フレームだけ、脚部に内蔵されているんです。そのせいで、すぐに抜刀が出来ません。最低でも2、3秒掛かります。その数秒の隙は……あのグフ相手では致命的になります。」
コジマ中佐はゆっくりと息を吐き、納得したように頷いた。
「……なるほど。内蔵式が、こんな時に裏目に出るとは…。」
中佐はソウヤを見上げ、静かに言った。
「タカバ中尉……君が負けたのは、機体の特性と地形の相性、そして相手の腕前……すべてが重なった結果だな。」
ソウヤは目を伏せたまま、短く答えた。
「……はい、申し訳ありません。」
コジマ中佐はソウヤの言葉を聞き、軽く首を振ってフォローした。
「いや、タカバ中尉。君がグフを足止めしたおかげで、第3小隊のパイロットは全員無事。死者ゼロ、ジムの胸部回収も成功……十分儲けものだ。」
エミリアはそれを聞き、胸に手を当てて小さく息を吐く。
肩の力が少し抜け、表情がわずかに和らぐ。
「……そうですよね。生きて帰れただけでも……。」
だが、コジマ中佐はすぐに顔を上げ、厳しい視線を二人に向けた。
「だがな、あのグフの脅威はまだ排除できていない。補給ルートの安全確保は最優先事項だ。あのグフに対抗できるのは、今、この大隊では第4小隊しかいない。」
断言する言葉に、ソウヤとエミリアは同時に顔を上げる。
「……善処します。」
二人はほぼ同時に答え、背筋を伸ばした。
コジマ中佐は軽く頷き、ソウヤに視線を固定する。
「タカバ中尉。あのグフに対抗できるように機体を全面改修してもいい。許可する。」
ソウヤは目を丸くした。
「……中佐、それは……。」
コジマ中佐はポケットから一枚のデータディスクを取り出し、エミリアに差し出す。
「これを見ろ。データを再生してくれ。」
エミリアは緊張しながらディスクを受け取り、ノートパソコンのスロットに挿入する。
画面が切り替わり、3Dモデルがゆっくり回転しながら表示される。
機体名:EXTRA-ZERO EIGHT
略称:Ez8
ソウヤとエミリアはすぐに理解した。
これは陸戦型ガンダムの現地改修機だ。
データが詳細に展開される。
【・頭部V型アンテナは密林で破損しやすいため、ロッドアンテナに変更】
【・頭部装甲は機材不足のため、前頭部と顎周りに独自の最終装甲を施行】
【・左胸の胸部バルカン砲と胸部マルチランチャーは、目標への狙いづらさとコックピット真横に火薬が装備される危険性を理由に廃止】
【・胸部装甲板には、撃破したザクIIのシールド2枚を繋ぎ合わせたものを利用】
コジマ中佐は静かに説明を加える。
「以前、所属していた陸戦型ガンダムが中破した時に、この基地で現地改修した機体のデータだ。参考にしてくれ。使い終わったら返却するんだぞ。」
ソウヤはディスクを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとうございます、中佐。」
エミリアも深く頭を下げる。
「大切に扱います。」
コジマ中佐は軽く手を挙げ、立ち上がる。
「頼んだぞ、タカバ中尉。ドットナー准尉もな。」
中佐はうちわを軽く振ってから、ホバートラックを降り、司令部へと歩いていった。
コジマ中佐の足音が遠ざかった後も、二人はEz8の3Dモデルがゆっくり回転させながら、思案していた。
ソウヤは画面を凝視し、静かに呟く。
「……堅牢だな。バックパックの推力も強化されてる。
これなら、ある程度の攻撃は耐えられるが…。」
エミリアもデータをスクロールしながら頷く。
「はい……でも……。」
彼女は先ほどのシミュレーション画面を並べ、Ez8のデータを戦闘シミュレートさせるが、赤い警告が点滅する。
「これでも、あのグフを倒すには……ほど遠いと思います。」
ソウヤは拳を軽く握り、画面を交互に見比べる。
「……ああ。Ez8は防御寄りだ。耐えて、生き残るための改修。だが、俺たちは生き残るだけじゃ足りない。あのグフを……確実に倒さないと、補給ルートは守れない。」
エミリアは唇を噛み、声を低くする。
「隊長の射撃スタイルを活かしつつ、グフの接近を許さない……。それが理想ですけど……。」
ソウヤは頭を搔きながら、考えを整理するようにゆっくりと口を開いた。
「射撃にこだわりたいが……この地域は密林地帯が多い。思うように射撃が出来ないはずだ。それに、相手がいつ待ち伏せし、いつ奇襲をかけてくるか、分からないからな…。」
エミリアは頷き、ノートにメモを取りながら応じる。
「確かに、その通りです。この地域は視界が悪く、射撃の有効射程が短くなることが多いです。ならば、相手と同じ近接戦闘に持ち込む方が良いかもしれませんが……。」
彼女は言葉を少し止めて、ソウヤの顔を見る。
「ですが、格闘戦は相手の方が上手です。同じ土俵に上がるのは……愚の骨頂だと思います。」
ソウヤは苦笑いを浮かべながら、言う。
「射撃を伸ばそうとしても、予備弾倉を増やしたり、頭部バルカンを追加したりすると、整備面や重量が増えて悪手になるな。機動性が落ちれば、グフの接近を許すだけだしな。」
エミリアは少し考えてから、提案する。
「なら……相手よりもリーチの長い近接武装を使うのはどうでしょう?」
ソウヤの目がわずかに光る。
「……リーチか。」
エミリアはノートパソコンを操作し、連邦軍の武装リストを呼び出す。
「連邦軍の近接武装に『ビーム・ジャベリン』というものがあります。先端に球状に三叉のついた槍状のビームを形成する、柄が長い近接武器です。リーチはマチェットより長く、有効な武装のはずです。」
ソウヤは画面に映ったジャベリンのモデルを凝視し、頷く。
「……それは良いアイデアだ。リーチが長ければ、マチェットを牽制できるし、一方的に攻撃できるかもしれない。」
だが、エミリアは、ハッと何かに気づき、顔を曇らせる。
何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。
ソウヤはそれに気づき、尋ねる。
「どうした? 何か気になることでもあるのか?」
エミリアは少し躊躇いながら、口を開く。
「……確かにリーチは長いのですが、ビームが発生するのがジャベリンの先端だけで……柄を攻撃されると容易に両断されるんです。あのグフ相手だと、ヒート・マチェットで簡単に切断されてしまうのではないかと……思ってしまいました。」
ソウヤは一瞬、黙り込む。
「……ビーム・ジャベリンも駄目か……。」
その時、ソウヤの記憶の片隅にあった、何かが閃いた。
急に立ち上がり、声を上げる。
「あれがあった!」
エミリアは突然のソウヤの動きに驚き、シートから飛び上がる。
「ひゃっ!? 隊長!?」
ソウヤは慌てて手を振る。
「すまん、驚かせた。……武器に心当たりがあるんだ。
通信施設に行ってくる。」
エミリアは目を丸くするが、すぐに頷く。
「わかりました……私はここで、待機しておりますね。」
「ああ、頼む。じゃあ、行ってくるよ。」
ソウヤはホバートラックから飛び出し、足早で通信施設へと駆けていた。
通信施設の通信装置がある机の椅子に座って、ソウヤは静かに待っていた。交換手に交信先と連絡相手を伝え、相手を待つ間、ソウヤは窓から差し込む昼の陽光をぼんやりと眺めていた。
やがて、通信機から受信音が鳴り、モニターが点灯する。画面に映ったのは、がっしりした体型の男性。
短めでやや無造作な黒髪、顎や頬には無精ヒゲが少し伸び、少し油汚れの跡がある整備服姿のナガト中尉だった。
「お久しぶりです、ケンさん。」
ナガト中尉は、画面越しに少し目を細めて、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、ソウヤ。元気にやってるか?」
ソウヤは小さく頷く。
「ええ、お陰様で、なんとかやってます。」
ナガトは軽く肩をすくめ、からかうように言う。
「アジアに異動した、お前から連絡があるって聞いた時は驚いたぜ。で、用件はなんだ? ルナツーの俺に、わざわざ連絡したんだからな。」
ソウヤは少し間を置いて、核心を切り出す。
「ロング・ビーム・ジャベリン、残ってませんか?」
ナガトは一瞬、目を丸くした。
意外な発言に少し間を置いてから、ソウヤの問いに答えた。
「……ああ、残ってるぞ。ほとんどの武装は他部隊が持って行ったが、あれは不人気だったからな。宇宙空間で、槍を使う奴なんて、いねえしな。バイアリータークの武器庫に、まだ残ってるぜ。」
ソウヤの表情がわずかに緩む。
「……それは助かります。もし可能なら、こちらに輸送してもらえませんか?今、必要なんです。」
ナガトは画面越しにソウヤの顔をじっと見つめ、軽く息を吐く。
「必要、か……。お前がそんな真剣な顔で言うってことは、よっぽどのことだ。何が、あった?」
ソウヤは少し間を置いて、静かに話し始めた。
「……先日、残党のグフに負けました。」
画面越しのナガト中尉は、一瞬表情を固くした。
無精ヒゲの影がわずかに動き、ゆっくりと口を開く。
「……グフに負けたのか。」
ソウヤは頷き、言葉を続ける。
「相手は腕利きで。射撃で距離を取ろうとしたんですが……、接近を許してしまい。負けてしまいました。」
ナガトは画面越しにソウヤの顔をじっと見つめ、苦笑いを浮かべる。
「確かに、お前は射撃センスは抜群だが……格闘戦はヤザンに劣っていたからな。前衛はいつもヤザンが担当で、お前は射撃で援護に回るパターンが多かった。お前が近接で勝ったケースなんて、相手が『射撃機体は近接戦闘をしない』と思い込んで、油断した時しかなかったしな。」
ソウヤは目を伏せ、静かに認める。
「……その通りです。今までは不意討ちで、何とかなりました。でも、今は違う。この地域では、自分が前衛もしないといけない。相手も強敵で、今まで通りに不意討ちが通用するとは思えません。」
ナガトはゆっくりと頷き、画面越しに真剣な視線を送る。
「……わかった。状況は厳しいんだな。武器庫にある、全てのロング・ビーム・ジャベリンを必ず送り届けてやる。あと、倉庫の在庫処理ついでに、使えそうなパーツを幾つか送ってやるよ。補給船のスケジュール調整とかは俺がやるから、待ってろ。」
ソウヤは画面越しに深く頭を下げ、静かに言葉を返す。
「……ありがとうございます、本当に……助かります。」
ナガトは軽く手を振って、照れくさそうに笑う。
「礼はいいって。オリオン小隊の仲間で、イーサンの部下のお前の頼みだからな。放っておけるかよ。」
ソウヤは少し間を置いて、視線を落とす。
「……実は、急に東南アジアのコジマ基地に異動になったので、解散した後のオリオン小隊のメンバーの行方を、全く知りませんでした。ケンさんがバイアリータークのMS整備班長になったことも、今日初めて聞きました。」
ナガトは苦笑いを浮かべ、油汚れの袖を軽く叩く。
「ああ……ハーツクライ少佐に頼み込まれてな。
『あなた程の腕利きのメカニックが、どうしても欲しい』って、うるさくてよ。イーサンと共に駆け抜けた、あの艦に愛着が出来ちまって、つい引き受けちまったんだ。」
ソウヤは小さく微笑む。
「……ケンさんらしいですね。」
ナガトは少し遠い目をして、ゆっくりと話し始める。
「他の連中も、いろいろだ。ヤザンは他のモビルスーツ部隊に編入されて、宇宙で活躍している。時折、あいつの活躍を耳にするよ。相変わらず無茶な戦い方してるらしい……。まぁ、生きてるだけ重畳だ。」
「そうですか。ヤザンは宇宙で活躍してるんですね。」
ナガトは小さく頷き、話を続けた。
「ミサキ上等兵は軍を辞めて、アナハイム・エレクトロニクスに就職。ヤザンの陸戦型ジム改を組み立てたことが、モビルスーツ開発を志す切っ掛けになったんだろう。連邦もMSの開発はアナハイムに委託するらしいからな。」
ソウヤは少し驚いた顔で、画面越しに尋ねる。
「ミサキさんが、アナハイム・エレクトロニクスに……?」
ナガトは軽く肩をすくめ、説明を続ける。
「ああ。アナハイム・エレクトロニクスは今、ザクを開発したジオンのジオニック社の関連技術者や研究施設を次々に吸収。連邦側のハービック社、ボウワ社、ブラッシュ社なんかも、合併と買収で色々と取り込んでるんだ。今後のモビルスーツ開発と製造はアナハイム主体になる……っと予測して、ミサキは軍を辞めてそっちに行ったんだろうな。」
「……ミサキさんらしい選択ですね。イヤン軍曹は……どうしてるんですか?」
ナガトは画面越しに、軽く首を傾げてから、ゆっくりと答える。
「ああ、イヤンか……。フォン・ブラウンの大手センサー会社、EQS社からスカウトが来て。軍を辞めて、そっちに行ったよ。お前が居なくなって、あいつもやる気を失くしてたからな。仕方がない……。」
ソウヤの表情が僅かに曇り、
胸の奥で疼くように痛む。
「……イヤン軍曹がEQS社に……。」
通信機の向こうで、ナガトは軽く肩をすくめる。
「まあ、軍に残るよりマシだろ。お前も、そんな辺境で死ぬなよ。生きて帰ってこい。それが、生き残っちまった者の努めだ。」
ソウヤはゆっくりと頷き、画面に視線を戻す。
「……わかりました。必ず、生きて帰ります。」
ナガトは満足げに笑い、通信を切る合図をする。
「じゃあな、ソウヤ。死ぬなよ。」
画面が暗くなりかけたその瞬間、ナガトが急に思い出したように声を上げる。
「あ、待て待て。槍だけあっても意味ねえぞ。ロング・ビーム・ジャベリンのモーションデータはどうする?ジャベリンのモーションなんて、なかなか無いぞ?」
ソウヤは一瞬、目を細める。
だが、次の瞬間、口元に静かな笑みが浮かべ、確信に満ちた声色で言う。
「心当たりがあります。以前、出会った"彼女"に力を貸して貰おうと思ってます。」
ソウヤの言葉を聞いて一瞬、首を傾げる。
心当たりがない様子で眉を軽く上げたが、ソウヤの確信に満ちた表情と静かな笑みを見て、すぐに納得したように息を吐く。
「……ふむ。俺には心当たりがないが、お前がそんな顔で言うなら……大丈夫だろう。」
ナガトは軽く頷き、笑みを深める。
その笑みには、昔からの信頼と、少しの好奇心が混じっていた。
「なら安心だな。じゃあ、俺は艦長にジャベリンの件を話しに行く。……死ぬなよ、ソウヤ。」
画面が暗くなり、受信音が静かに消える。
ソウヤは椅子に深く座り直し、ゆっくりと息を吐いた。
窓から差し込む陽光が埃を金色に舞わせる中、彼の瞳には、オリオン小隊の仲間たちの影と、生き残った者の責務が宿っていた。
ソウヤはふと視線を落とし、通信施設の壁に掛かった簡易時計を見る。
針が次の予定時間を少し過ぎていることに気づき、慌てて通信機の操作パネルに手を伸ばした。
「しまった……。」
急いで次の交信先のコードを入力し、接続ボタンを押す。
通信機が低く唸り、画面が点灯する。
数秒のノイズの後、映像がクリアになり、額に大きな傷跡が走る女性の顔が映し出された。
薄紫色の髪を後ろでざっと一つにまとめ、不機嫌そうな表情を浮かべている。
女性は画面越しに、冷ややかな視線をソウヤに向けていた。
「レディーとの待ち合わせに遅れるなんて、どういう事かしら?」
ソウヤはすぐに頭を下げ、素直に謝る。
「すみません、前の部隊の仲間と話が盛り上がってしまって……遅れてしまいました。本当に申し訳ありません。」
画面の女性はソウヤをジーと睨む。
その視線は鋭く、傷跡がより強調されるように見えた。
ソウヤは両手を合わせて、慌てて反省のポーズを取る。
「本当に、すみませんでした……。」
エイデン少尉はしばらく無言で睨み続けていたが、やがて、口元にクスッと笑みが浮かぶ。
「……ふん。仕方ないわね。今回だけは許してあげる。」
ソウヤはホッと息を吐き、軽く笑みを返す。
「ありがとうございます。久しぶりですね、リリス・エイデン少尉。」
エイデン少尉は髪を軽くかき上げ、からかうように言う。
「昇進おめでとう、タカバ中尉。私より昇進が早いのが妬けるわ。」
ソウヤは一瞬、目を丸くする。
以前のエイデン少尉は、こんな冗談を言うタイプではなかった。
どこか迷いと緊張を抱え、言葉を慎重に選ぶ女性だったのに。
「……エイデン少尉、冗談を言うようになりましたね。」
ソウヤは自然と笑みがこぼれる。
エイデン少尉は肩をすくめ、軽く目を細める。
「ええ。あの後、色々とあってね。迷いが晴れたわ。」
ソウヤは彼女の表情をじっと見つめ、心の中で思う。
(以前のエイデン少尉は、どこか迷っていた雰囲気があった。でも、今は……迷いが晴れて、生き生きとしている。これが、本来の彼女なんだろう。)
ソウヤは静かに微笑み、画面越しに言う。
「よかったです。エイデン少尉が、元気そうで。」
エイデン少尉は少し照れくさそうに視線を逸らし、髪を指でいじる。
「……ふん。余計なお世話よ。それより、用件は?わざわざ私に連絡してきたんでしょ?」
ソウヤは頷き、表情を引き締める。
ソウヤは通信機の画面をじっと見つめ、静かに切り出した。
「……エイデン少尉。実は、俺の機体にロング・ビーム・ジャベリンを装備したいんです。でも、ジャベリンを扱うためのモーションデータが……自分の手元に無くて…。」
リリスは画面越しに、わずかに目を細める。
額の傷跡が光に照らされ、薄紫の髪が軽く揺れる。
「ビーム・ジャベリン……?あなたがあんな武装を装備するなんて、余程のことね。」
ソウヤは深く息を吸い、言葉を続ける。
「それで、思い出したんです。以前、エイデン少尉のピクシーがツイン・ビーム・スピアを装備していたことを。あのスピアのモーションデータのコピーを譲ってもらえませんか?ジャベリンの柄の長さと取り回しが似てるはずです。あれをベースに調整すれば……。」
リリスは一瞬、無言になった。
画面越しにソウヤの顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。
「……あなたが、私に助けを求めるなんて……かなりの強敵なのね。」
ソウヤは静かに頷く。
「……はい。今までとは違う、強い相手です。仲間を守るために……どうしても。」
リリスは軽く息を吐き、視線を逸らさない。
「……わかったわ。データのコピーを譲ってもいい。でも、条件がある。」
ソウヤは身を乗り出す。
「条件……ですか?何でしょうか。」
リリスは画面越しに、額の傷跡を指で軽く撫でるようにしながら、静かに言う。
「覚えてる?12月のキャリフォルニア・ベースで、私とあなた、エイガー少尉、カジマ中尉で話し合ったこと。
それぞれが『追っているもの』について……。あなたは『責任』を持って、追い掛けると言った。」
ソウヤの表情が、わずかに沈む。
胸の奥で、ア・バオア・クーの戦いの記憶とエイル達を襲った悲劇が、重く疼く。
「……ええ、覚えています。」
リリスは視線を鋭くする。
「あなたは……その『責任』を、果たせたの?それを果たせたか……教えて。」
ソウヤは目を伏せ、沈痛な面持ちになる。
だが、すぐに顔を上げ、はっきりと答えた。
「……詳しくは言えませんが……。俺は、自分が追っていたものに辿り着きました。そして、その『責任』を……果たすことが出来ました。」
彼の声は静かだが、揺るぎない。
「今も、その『責任』を胸に抱いて……戦っています。」
リリスはソウヤの顔をじっと見つめる。
悲痛だが、自信に満ちたその表情に、彼女はゆっくりと息を吐いた。
「……そう。あなたらしいわね。」
リリスは小さく頷き、口元に薄い笑みを浮かべる。
ソウヤは画面越しに、リリスの表情をじっと見つめ、静かに尋ねた。
「……エイデン少尉も、追っているものがあったはずですが……どうなったんですか?」
リリスは一瞬、肩をすくめる。
額の傷跡が光に照らされ、薄紫の髪が軽く揺れる。
だが、次の瞬間、彼女は胸を張り、迷いのない視線をソウヤに向けた。
「……私も、色々あったわ。追っていた"魔女"に勝負を挑んで、そして負けた。彼女の方が強くて、私は戦いでは最後まで、彼女に勝てなかった。でも、私は最終的に彼女に辿り着いて、彼女のことを『理解』出来たと思っている。」
彼女の声は静かだが、確かな力強さを帯びていた。
リリスは小さく息を吐き、口元に薄い笑みを浮かべる。
「だから、私も貴方と同じように、辿り着いたと思ってる。」
ソウヤはリリスの言葉を聞き、ゆっくりと頷く。
胸の奥で、追っていた者同士の共感が静かに響いた。
キャリフォルニア・ベースで、エイデン少尉の赤いピクシーに助けられた記憶が、ふとよみがえる。
「……そうですか。エイデン少尉が……『理解』できたなら、それでいいです。」
リリスは軽く目を細め、からかうように言う。
「感傷的ね。でも……ありがとう。あなたが生きてて、こうして話せて……良かった。」
ソウヤは小さく微笑み、画面に視線を戻す。
リリスは軽く髪をかき上げ、話題を変えるように言う。
「そう言えば、先月、エイガー少尉と出会ったのよ。」
ソウヤの目がわずかに輝く。
興味を隠さず、すぐに尋ねる。
「……エイガー少尉は、どうだったんでした?」
リリスは画面越しに、遠くを見るような視線を浮かべる。
「アフリカの方に行ってたみたい。アフリカからキャリフォルニア・ベースに戻ってきたタイミングで、たまたま遭遇したの。……彼も、私たちと同じように、追っていたものに辿り着いたみたいよ。」
ソウヤは静かに息を吐き、確認するように尋ねる。
「……エイガー少尉も、エイデン少尉のように……『理解』できたんですか?」
リリスは小さく頷き、口元に薄い笑みを浮かべる。
「全部は無理だったけど……大半は『理解』してもらえたみたい。だから、満足していたわ。前より少し……穏やかになってた。」
ソウヤはそれを聞き、胸の奥で温かいものが広がるのを感じた。
ゆっくりと頷き、静かに続ける。
「……よかった。俺も、宇宙でカジマ中尉に出会いました。」
リリスは興味深げに目を細める。
「カジマ中尉?どこで?」
ソウヤは視線を落とし、ア・バオア・クーの記憶を辿るように言う。
「……ア・バオア・クーの戦場で。戦闘の後、宇宙を漂流していたところを、カジマ中尉のモビルスーツに拾ってもらって……命拾いしました。」
リリスは一瞬、目を大きく見開く。
額の傷跡が光に照らされ、驚きの色が濃くなる。
「……ア・バオア・クーに、あなたも……?それで、無事に生還したのね……。カジマ中尉も……生きていて、良かった。」
彼女の声には、驚きと喜びが混じっていた。
リリスは画面越しに、軽く息を吐き、笑みを浮かべる。
「良かった……本当に。」
「……ありがとうございます。カジマ中尉も『責任』を果たせたようです。」
リリスは軽く頷き、額の傷跡を指先でなぞるようにしながら、確かな声で答える。
「そう、カジマ中尉も…。データの事は任せて。上官のバリー・アボット大尉に許可を取ってから、必ず送るわ。」
ソウヤは小さく息を吐き、口元に穏やかな笑みを浮かべる。
「……久しぶりに話せて、良かったです。エイデン少尉。」
リリスは一瞬、目を細め、照れを隠すように髪を軽くかき上げる。
「……私もよ。あなたが生きてて、こうして、あの時の結末を報告出来て、本当に良かった。」
二人は互いに視線を交わし、静かな沈黙が流れる。
陽光が通信機の画面を淡く照らし、埃の粒子が瞬きを繰り返す。
「……それじゃあね、タカバ中尉。負けないでね。」
リリスが小さく手を振る。
画面がゆっくりと暗くなり、最後に彼女の薄紫の髪が一瞬だけ光を反射して、受信音が静かに消えた。
通信施設の静寂が戻る。
ソウヤは椅子に深く身をゆだね、ゆっくりと目を閉じた。
全ての手配が終わり、胸の奥から力が抜けていく。
肩が重く、瞼が落ちそうになるほど、ぐったりと疲れが押し寄せてくる。
だが、ソウヤはゆっくりと息を吸い、吐き出すと立ち上がる。
窓から差し込む陽光が埃を金色の渦に変え、ソウヤの影を長く伸ばす。
その影は、過去の戦場を背負いながらも、未来へ向かって伸びていく一本の道のようだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はソウヤの陸戦型ガンダムの改修に関する話でした。
オリオン小隊のメンバーのその後や、第20話「追う者たち」の後日譚として、描きました。
さらに、陸戦型ガンダムの改修機でコジマ大隊基地出身のEz8もデータですが、出演していただきました!
Ez8のデータ、ロング・ビーム・ジャベリン、リリス・エイデン少尉のデータで、どんな機体になるか、お楽しみに!
ではでは、次の話もよろしくお願いいたします。
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