機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第58話 密林の狩人

コジマ大隊基地 

 

司令部 コジマ中佐の大型テント内

 

テント内は扇風機の低い唸りと、書類をめくる音だけが響いていた。

コジマ中佐の机の上は報告書や地図、補給リストの紙束が山積みになり、ノートパソコンが一台、空いたスペースに置かれている。

 

扇風機の風が、埃っぽい紙の端をわずかに揺らしていた。

中佐は椅子に深く腰を下ろし、目の前に立つ第4小隊のメンバー——ソウヤ、サンダース、エミリア、ノア——を見回した。

 

 

「前回の定期補給便がジオン残党に襲われ、物資の半分以上が失われた。」

 

中佐の声は低く、しかし重かった。

机の上の補給リストを指で叩く。

 

「基地の薬品、食料、燃料……残りが限界に近づいている。もう一週間もすれば、負傷者の治療も満足にできなくなる。食料も底をつきかけたら、士気も落ちる」

 

ソウヤは静かに頷いた。

 

「空路で補給すれば、いいんじゃないですか?」

 

ノア伍長が腕を組んだまま口を挟んだ。

中佐は小さく鼻を鳴らした。

 

「空路か。確かにミデアやシャトルを使えば一瞬だ。だがな、今は軍縮の動きが強まっている。宇宙からの輸送はコストがかかりすぎる。何度もできる状況じゃない。」

 

 

中佐はノートパソコンのエンターキーを軽く叩き、地図を表示させた。

密林ルートが赤い線で示されている。

 

「だから、なんとしても陸路の補給ルートを復活させないといけない。前回と別ルートで少し遠回りになるが、港に到着した物資を基地まで運び込まないといけない。」

 

サンダース軍曹が、低く呟いた。

 

「別ルートですか。」

 

「ああ、そうだ。だが、ジオン残党はもう一度、補給物資を狙うだろう。第3小隊は機体が大破して修理中で出動出来ない。第1小隊はパトロール範囲を狭めて基地周辺を固めている。第2小隊は基地警備に回さざるを得ない。」

 

中佐はゆっくりと立ち上がり、四人を見据えた。

 

「今、補給部隊を警護できるのは……お前達、第4小隊しかいない。本来なら、3機編成が望ましいが時間がない。」

 

静寂がテント内に落ちた。

扇風機の風が、紙の端をまた揺らす。エミリアがノートパソコンを胸に抱きしめ、静かに言った。

 

「……私たちの機体は、基地に備蓄してあった貴重なパーツを使い、グフ対策のための改修を行いました。」

 

 

中佐は頷いた。

 

「そうだ。だからこそ、成果を出せ。あの改修が無駄じゃなかったことを、証明しろ。」

 

ソウヤは一歩前に出た。

隊長として、静かに口を開く。

 

「了解しました、中佐。補給部隊を、必ず基地まで護衛します。」

 

 

中佐は満足げに頷き、机の上の地図を指差した。

 

「出撃は夜明け前。霧が濃い時間帯にルートに入れ。護衛対象は補給トラック7台。……失敗は許さんぞ。」

 

四人は一斉に敬礼し、ソウヤが代表して言う。

 

「了解しました。」

 

テントの外へ出る四人の背中を、扇風機の風が静かに見送った。

 

 

 

 

 

 

月明かりすら届かない木々の隙間を、補給トラック7台のヘッドライトが細く切り裂く。

エンジンの低い唸りと、タイヤが湿った土を噛む音だけが静寂を破っていた。

霧が濃く、視界は20メートル先もぼやけている。

緑の装甲が、周囲の木々と溶け込み、ほとんど影のように見えた。

密林の奥、木陰に隠れたグフのモノアイが赤く光る。

ボルクはコックピット内で、ゆっくりと息を吐いた。

HUDに映る補給隊列を、じっと見据える。

 

「……緑の瞳の陸戦型が1機だけか…。」

 

僚機のザクⅡのパイロットが、無線で声をかけてきた。

声は軽く、油断が混じっている。

 

「やはり、前回の奇襲でルートを変えたようですね。護衛は角付きが1機だけ……前の攻撃で、かなりの損害を与えましたからね。」

 

ボルクは即座に嗜めた。

声は低く、鋭い。

 

「油断するな。輸送部隊にモビルスーツ1機だけの護衛……怪しい。」

 

ザクのパイロットが慌てて黙る。

ボルクは再びモノアイを隊列に向けた。

霧の中で、陸戦型ガンダムがゆっくりと進む。

他のモビルスーツの影は、見えない。

 

「……本当に、1機だけか?」

 

ボルクは思案する。

前回の戦いで、ジム3機を戦闘不能にし、紫の瞳のガンダムは膝を突かせた。

だが、流石に日数が経っているので、あの陸戦型ガンダムも修理が終わっているはずだ。

 

その時、鹵獲したホバートラックから通信が入った。

司令のカルロス・ボドリゲス少佐の声だ。

 

「先生、罠かもしれないが、目の前の輸送隊を見逃すと敵の懐が潤ってしまう。こちらから仕掛け、相手の出方を伺おう。なに、こっちには先生がいる。」

 

ボルクは小さく舌打ちした。

 

「……先生、はやめてくれ。何度も言ってるだろ。」

 

カルロスは笑い声を混ぜて返す。

 

「日本では、強い用心棒を『先生』と呼び、敬う伝統があるんだ。

だから、ボルクのことを先生と呼んで、敬意を示しているだけさ。」

 

ボルクは呆れたようにため息をつき、無線を切った。

 

「……好きにしろ。」

 

彼はグフの操縦桿を握り直し、静かに指示を出す。

 

「俺が先に仕掛ける。その後、ザク5機を前進させろ。霧を活かせ。接近戦に持ち込むぞ。」

 

グフがゆっくりと動き出した。

木々の影を縫い、忍び寄るように補給隊列へ近づく。

ボルクの呼吸が少しだけ速くなった。

一方、鹵獲ホバートラック内部。

カルロス・ボドリゲス少佐は簡易椅子に深く腰を下ろしていた。

手持ち無沙汰そうに腰の刀を立て、鞘の先で金属の床を叩く。

 

コツ、コツ、コツ……。

 

規則正しい音が狭い車内に響く。

彼は窓の外——霧に覆われた密林——を眺めながら、口元に薄い笑みを浮かべた。

 

「……さて、先生。今回もよろしくお願いしますよ。」

 

霧の向こうで、グフの足音が静かに近づいていた。

ボルクはコックピット内で、ゆっくりと息を整える。

両腰に装着したヒート・マチェットを両手に抜き取った。

護衛しているのは陸戦型ガンダム、1機だけ。

他のモビルスーツの影も気配もない。

ボルクは霧の中を機体がゆっくりと進ませ、距離を慎重に詰めていく。

木々の影を縫い、足音を殺して、忍び寄る。輸送隊との距離が、5キロまで狭まった瞬間——

 

突然、補給トラック隊が一気に加速した。

エンジンの唸りが霧を切り裂き、ヘッドライトが前方を照らす。

隊列が、まるで逃げるように速度を上げる。

同時に護衛の陸戦型ガンダムが機体をこちらに向けた。

正確に——ボルクが潜伏している位置に、銃口を向ける。

 

「……気付かれたか!」

 

ボルクは即座に察知した。

スラスターを短く噴射し、グフの巨体を横に滑らせる。

機体が木々の間をすり抜け、位置を変える。

霧がグフのシルエットをぼやけさせ、陸戦型ガンダムのセンサーを欺く。

 

「先生! どうします!?」

 

ザクのパイロットの声が無線から飛び込んできた。

ボルクは舌打ちし、応じる。

 

「仕掛けるぞ!俺が先に距離を詰める!お前達は援護射撃をしながら、前進!数はこっちが上だ!」

 

グフが再び動き出した。

霧を切り裂き、輸送隊に向かって加速する。

ヒート・マチェットの刃を赤熱化させ、橙色の軌跡を引く。

 

 

霧が濃く立ち込める中、白い装甲が影のように動いた。

陸戦型は右手に100mmマシンガンを構え、トリガーを引く。

銃口から連続した閃光が霧を切り裂き、弾丸がグフに向かって降り注ぐ。

ボルクは即座に反応した。

HUDに映る弾道を読み、グフの巨体をジグザグにステップさせる。

左へ、右へ、足元を滑らせるようにしながら、前進を続ける。

弾丸が装甲をかすめ、火花を散らすが、致命傷には至らない。

距離を縮めようとする——ボルクの得意な間合いへ。後方から、ザク5機が援護射撃を放った。

ザク・マシンガンの120mm弾が連続で飛ぶ。

陸戦型ガンダムの装甲に命中し、ルナチタニウム合金が鈍い音を立てて弾く。

弾丸は跳ね返り、火花が霧の中で散った。

しかし、連続した衝撃が機体の姿勢をわずかに乱す。

狙いが甘くなる——わずかに、だが。ボルクはその隙を見逃さなかった。

グフのスラスターを噴射し、一気に距離を詰める。

霧の中を切り裂くように、1kmまで接近。

 

「……この距離なら、俺の勝ちだ!」

 

ボルクは勝利を確信した。

その時、無線からカルロスの声が飛び込んできた。

 

「先生! 戻ってくれ! ザクがやられた!」

 

ボルクの動きが一瞬止まる。

急いで接近を中断し、スラスターを逆噴射。

グフの巨体が後退し、距離を取る。

慌てて後方を振り返った。霧の端の方に、配置していたザクの1機が立っていた。

両腕が熔断され、断面がオレンジ色に光っている。

切断面から煙が上がり、機体が力なく膝をつく。

 

そして、その近くに——連邦軍のモビルスーツの角ばったシルエットが浮かび上がった。

 

ビーム兵器の赤白い閃光の逆光で、ぼんやりと輪郭が見える。

霧の中で、静かに佇む影。

それは、ジムではなかった。

ボルクは息を飲んだ。

 

「……なんだ、あれは?」

 

カルロスが無線で叫ぶ。

 

「残りの4機、密集隊形に集まれ!散らばるな!」

 

ザク4機が慌てて動き、互いに距離を詰める。

霧の中、赤いモノアイが不安げに揺れる。

ボルクはグフを急旋回させ、味方の方へ急行した。

ヒート・マチェットを構え直し、霧を切り裂くように前進する。

ザクⅡの4機は慌てて密集隊形を取り、銃口を——仲間を倒した連邦の機体に向ける。

 

急に現れた連邦モビルスーツは持っている槍状の武器を、足払いのように両腕を熔断したザクの足元へ薙ぎ払った。

三叉のビーム刃が赤白く閃き、ザクⅡの両足を溶かす。

装甲が赤熱し、溶けた金属が地面に滴り落ちる。

ザクはバランスを崩し、仰向けに転倒した。

 

ジオン残党側には、その機体が何の機体か分からなかった。

ただ、角ばったボディーと赤白く光る槍状の武器を持ったシルエットだけが、ぼんやりと見える。

ザクを倒した瞬間、赤白く光っていたビーム刃を消失させ。

機体は再び密林の闇に溶け込み、姿を消す。

ザクⅡの4機は慌てて四方を警戒した。

モノアイが左右に揺れ、センサーをフル稼働させる。

だが、霧と木々の影に敵の気配は掴めない。

ホバートラック内部のカルロス・ボドリゲス少佐は簡易椅子から身を乗り出し、部下に指示を出す。

 

「アンダーグラウンド・ソナー、起動しろ!敵の位置を掴め!」

 

部下のジオン兵が慌ててコンソールに手を伸ばす。

右側後部に装備されたアンダーグラウンド・ソナーのスイッチを入れる。

杭状のソナー・ポッドが火薬で地面に打ち込まれ、低い爆音が響いた。

地中を伝わる振動波で敵の足音を探る。

ジオン兵はヘッドホンに耳を澄ませ、息を潜めた。

規則正しい、重い足音が聞こえる。 

 

距離、方向、速度——すべてを読み取る。

 

「敵、接近中!右側面、約300メートル!」

 

カルロスは即座に叫んだ。

 

「右側面だ! 全機、右を向け!」

 

ザク4機が一斉に旋回し、銃口を右側面に向ける。

しかし、霧の奥に敵の姿は見えない。

モノアイが必死に探すが、緑の機影は密林に溶け込んでいた。

その時、密林の闇から青白い発光が木々の隙間から浮かび上がった。

ホバートラックの部下が叫ぶ。

 

「敵モビルスーツ、スラスター噴射!側面に回り込みました!」

 

次の瞬間、ザクⅡ4機の側面から鮮烈な赤い閃光が放たれた。

ロング・ビーム・ジャベリンの5つのビーム刃が赤白く光輝き、矛先を構えながら突っ込んでくる。

霧を切り裂く青白い軌跡が、ザクのパイロットたちに戦慄を与えた。

 

「なんだ、あれは——!?」

 

ザクのパイロットたちの叫びが重なる。

急に現れた連邦のモビルスーツに、誰も反応できない。

五叉のビーム刃が、1機のザクの右腕を狙って突き刺そうとする。

だが、間一髪——グフが飛び込んできた。

ボルクは両手に持ったヒート・マチェットを交差させ、ジャベリンの攻撃を弾いた。

金属とビームが激しくぶつかり、火花と閃光が霧の中で爆ぜる。

衝撃でグフの装甲が軋み、ボルクのコックピットが揺れた。

 

「……やっぱり、もう1機いたか!」

 

ボルクは歯を食いしばり、相手の矛先を押し返す。

ジャベリンの5つの穂が、マチェットの刃に絡みつく。

両者の機体が霧の中で睨み合う。

スライフレイルの二つの眼光が鋭く輝く。

霧が濃く立ち込める中、ボルクは目の前の機体を、じっと凝視する。

密林に溶け込むような深い緑の装甲。

左右対称になった胴体と、非対称に強化された両肩。

右手に握られた、5つの穂を持つ槍状の武器。

五叉の矛先が、霧の中で赤白くぼんやりと光っている。

 

だが、その機体の紫色のデュアルセンサーに、見覚えがあった。

 

「…あの…デュアルセンサーの色は…。」

 

ボルクの喉から、低い呻きが漏れた。

前の戦闘で、膝を突かせた陸戦型ガンダムと同じ紫の光。

 

「……改修したのか!」

 

ボルクは歯を食いしばった。

緑の塗装——密林で先に気づかれないための隠密性。

左右対称の胴体と肩の強化——接近を許さないための防御。

そして、ヒート・マチェットに対抗するための、長いリーチの槍。

前回の戦いの弱点を克服し、徹底的に自分を潰すために施された改修だと、ボルクは瞬時に理解した。

 

「……くそっ!」

 

悪態がコックピットに響く。

ボルクは操縦桿を強く握りしめ、グフのモノアイを赤く光らせた。

 

「緑に塗りたくって、隠れんぼかよ……。マチェットが届かないように、得物まで変えやがって……」

 

声に悔しさと苛立ちが混じる。

前回の勝利は、接近戦に持ち込んだからこそだった。

なのに、今度はそれを許さない機体に、生まれ変わっていた。

 

「……だが、まだだ!」

 

ボルクは唇を歪め、ヒート・マチェットを構え直した。

赤熱した刃が、霧の中で橙色の軌跡を引く。

 

「俺の間合いに入れば……勝機はある!」

 

グフのスラスターが低く唸り、機体が前傾する。

霧を切り裂き、再び距離を詰めようとする。

対するスライフレイルは静かに立っていた。

紫のデュアルセンサーが、グフを捉える。

ロング・ビーム・ジャベリンの矛先が持ち上げられる。

霧の奥で、二機の巨体が——再び向き合った。

 

 

 

 

 

先に動いたのはスライフレイルの方だった。

スライフレイルは一歩踏み込み、ジャベリンを突き出す。

5つの穂が霧を切り裂き、鋭い赤い軌跡を引いてグフの胸を狙う。

 

長いリーチが、グフの間合いを外側から制圧する。

ボルクは即座に見切った。

グフの巨体をわずかに傾け、右手のヒート・マチェットを振り上げてジャベリンをいなす。

金属とビームが激しくぶつかり、火花が霧の中で散った。

衝撃でグフの腕が震えるが、ボルクは歯を食いしばり、左手マチェットを構え直す。

 

「……この緑色!」

 

ボルクは悪態をつきながら、距離を詰めようとスラスターを噴射した。

マチェットの赤熱した刃が、橙色の軌跡を描いてスライフレイルの胴体を狙う。

得意の間合い——接近戦の距離まで肉薄すれば、勝負は決まる。

しかし、相手はそれを悟っていた。

スライフレイルの背部スラスターが短く噴射し、後ろに飛ぶ。

機体が後退し、グフのマチェットが空を切る。

距離が再び開き、マチェットの刃が届かない。

 

「……ちっ!」

 

ボルクが舌打ちする。

この間合いは、ジャベリンのリーチが最大限に活きる間合いだ。

スライフレイルは即座に反撃に移る。

ジャベリンを横に薙ぎ払い、五叉の光刃が弧を描いてグフの左肩を狙う。

ボルクはマチェットを交差させて防ぐが、衝撃で機体が後ろに押し込まれる。

続けて、ジャベリンが上段から振り下ろされる。

ボルクは慌ててマチェットを上げて受け止めるが、ビームの熱が装甲を焦がし、火花が飛び散る。

それは、まるで斬撃の壁だった。

スライフレイルは一歩も引かず、圧倒的なリーチを活かして攻め続ける。

突き、薙ぎ払い、振り下ろし——穂先が次々と軌道を変え、グフを寄せ付けない。

 

ボルクは両手に持ったヒート・マチェットで必死に凌ぐ。

マチェットの刃がジャベリンの穂を弾き、火花が霧の中で爆ぜる。

だが、どれだけ防いでも、相手の刃は届かない。

逆に、自分の刃は相手の装甲に掠ることすらできない。

 

「くそっ……!」

 

ボルクは歯を食いしばりながら、機体を横に滑らせる。

木々の間をすり抜け、位置を変えようとする。

スライフレイルも即座に追従。

背部の4基スラスターが低く唸り、機体が霧の中を滑るように移動する。

緑の装甲が木々の影に溶け込み、一瞬姿を消す。

次の瞬間、別の角度からジャベリンが突き出される。

ボルクは慌ててマチェットを振り上げて受け止めるが、衝撃でグフの膝がわずかに沈む。

密林を動き回りながら、二機は激戦を繰り広げた。

グフが右へステップを踏めば、スライフレイルは左へ回り込む。

木の幹を盾にしようとすれば、ジャベリンが幹を薙ぎ払い、火の粉が霧の中を舞う。

ボルクは必死に距離を詰めようとするが、毎回スラスターの逆噴射で逃げられる。

ジャベリンの穂先が、グフの装甲をかすめて火花を散らす。

肩の装甲板が焦げ、熱で変形し始める。

 

「この距離じゃ、届かねえ!」

 

ボルクの呼吸が乱れる。

前回の戦いでは、接近さえすれば——膝をつかせられたはずだった。

なのに、今は違う。

緑の機体は、まるで『近づかせない』ことを前提に立ち回っている。

リーチの壁、機動性の壁、隠密性の壁——すべてが、ボルクの得意な間合いを封じ込めている。

ジャベリンが再び振り上げられる。

五叉の光刃が赤白く輝きながら——グフの頭を狙って振り下ろされた。

ボルクは両手のマチェットを交差させ、必死に受け止める。

金属の軋む音が霧の中に響き、グフの膝が僅かに沈む。

 

「まだだ!」

 

ボルクは叫び、グフのスラスターを最大出力で噴射した。

機体が霧を切り裂き、強引に距離を詰めようとする。

だが、スライフレイルはすでに次の動きに入っていた。

ジャベリンを引き、機体を横に滑らせる。

緑の装甲が密林に溶け、再び姿を消す。

密林の闇の中で、二機の激戦は続いた。

木々が折れ、地面が抉られ、火花と閃光が霧を照らす。

ボルクは必死に勝機を模索するが、相手の壁は厚く、鋭い。

その時、ボルクの通信機からカルロスの声が飛び込んできた。

 

「先生! パイロットを回収した!これ以上の戦闘は不利益しかない。撤退だ!」

 

ボルクは一瞬、動きを止めた。

グフの両手に握ったヒート・マチェットが橙色の光を放ちながら震える。

目の前の緑の機体——改修された陸戦型ガンダムはジャベリンの構えを崩さず、こちらに対峙していた。

ボルクは歯を食いしばった。

 

「……くそが!」

 

攻めきれない。

距離を詰めても、スラスターの噴射で逃げられる。

マチェットの刃は届かず、相手の槍は一方的に圧をかけてくる。

一矢報いたい——前回の勝利のように、膝をつかせたい。

だが、攻め手がなかった。

 

 

「分かった。撤退する!」

 

声は苦々しかった。

ボルクはグフの操縦桿を強く握りしめ、ゆっくりと後退を始めた。

残ったザク4機が、一斉にスライフレイルに向かって銃口を向けた。

ザク・マシンガンの120mm弾が連続で放たれ、霧を切り裂く。

弾幕が緑の装甲に向かって降り注ぐ。スライフレイルは動いた。

背部の4基スラスターが低く唸り、機体が霧の中を滑るように横へ移動。

弾丸が木々の幹を抉り、地面を削るが、緑の機体は軽々と回避する。

その隙に、ボルクはグフのスラスターを最大噴射させた。

機体が霧を切り裂き、味方のザク4機へ急行。

グフがザクの間に滑り込み、密集隊形を完成させる。

 

「全機、後退!俺が殿を務める!」

 

ボルクの指示が響く。

ザク4機が一斉にスラスターを噴射し、密林の奥へ後退を始めた。

グフが最後に残り、ヒート・マチェットを構えながら睨みつける。

スライフレイルはその場を動かず、ジャベリンを構えたまま、グフを睨み返した。

グフの巨体が密林に消え、足音が遠ざかっていく。

スライフレイルはグフの姿が消えたことを確認すると、ジャベリンをゆっくりと下ろした。

緑の装甲が霧に濡れて鈍く光る。

 

 

 

 

霧がゆっくりと薄れ、夜明けの淡い光が木々の隙間から差し込み始めた。

スライフレイルは静かに立っていた。

グフの足音が遠ざかったことを確認すると、ソウヤは大きく息を吐いた。

 

 

「……撤退したか。」

 

安堵の吐息が、コックピットに小さく響く。

強敵を無事に退かせられた——それだけで、胸の奥が熱くなった。

前回の戦いで膝をついた記憶が、ようやく薄れていくような気がした。

ソウヤは操縦桿を緩めると、ジャベリンの五叉の穂先のビーム刃が、静かに消える。

刃が消えたジャベリンを2つに分解し、柄を折りたたむと、腰のマウントラックに収納した。

カチリ、という軽い音が、コックピットに響く。

サンダースの陸戦型ガンダムが、ゆっくりと近づいてきた。

白い装甲が霧に濡れて鈍く光る。

サンダースの声が、無線越しに届いた。

 

「タカバ隊長、やりましたね。」

 

ソウヤは小さく笑った。

肩の力が抜け、声が自然と柔らかくなる。

 

「ああ、敵が撤退してくれたようだ。良かった……良かった。」

 

二人は無事に生き残ったことに、静かに笑い始めた。

 

 

その時、ホバートラックからエミリアの通信が入った。

声は少し高く、抑えきれない喜びが混じっている。

 

「隊長! サンダース軍曹!輸送隊のトラック7台、無事に安全圏内に入りました!護衛任務、達成です!」

 

エミリアの声が嬉しそうに弾む。

ソウヤは小さく頷き、無線に答えた。

 

「……ありがとう、エミリア。よくやってくれた。」

 

サンダースが、ゆっくりと息を吐いた。

陸戦型ガンダムを軽く動かし、機体をスライフレイルの横に並べる。

 

「隊長、スライフレイルの性能……本当に凄かったです。あのグフを全然寄せ付けなかった。」

 

ソウヤは静かに首を振った。

視線を自分の機体に落とし、穏やかに言う。

 

「確かに、スライフレイルの性能は凄い。だが、これは整備班の皆が一生懸命に組み上げ。そして、エミリアがモーションプログラムとOSを最適化してくれた、お陰だ。」

 

エミリアの声が、無線越しに慌てて返ってきた。

少し照れくさそうに謙遜する。

 

「そんな……私なんて、ただデータを調整しただけで…」

 

ソウヤは優しく遮った。

声に、静かな確信が込められている。

 

「いや、エミリア。あのグフと渡り合えたのは、君が作ってくれたモーションプログラムのお陰だ。一方的に相手を攻められたのも、リーチを活かせたのも……全部、君のお陰だよ。」

 

サンダースも、短く同意した。

 

「ああ。俺も同意だ。あのジャベリンの動きは見事だった。ドットナー准尉、流石です。」

 

 

エミリアの声が、無線越しにわずかに震えた。

嬉しさと照れが混じり、声が小さくなる。

 

「……ありがとうございます、隊長……サンダース軍曹……」

 

霧がさらに薄れ、朝日が木々の隙間から差し込む。

スライフレイルの緑の装甲が、淡い光を浴びて静かに輝いた。

ソウヤは通信機に向かって叫んだ。

 

「全機! 任務完了!第4小隊は輸送隊の護衛をしながら、基地に帰投する!帰るぞ、みんな!」

 

無線越しに、サンダースの笑いを含んだ声が返ってきた。

 

「了解しました、タカバ隊長。ようやく終わりましたね。」

 

エミリアは嬉しそうに、少し震えながら言う。

 

「……はい……隊長。……お役に立てて、本当に……嬉しいです。」

 

ノア伍長が、明るく叫んだ。

 

「よっしゃあ! 帰って飯食おうぜ!」

 

霧が完全に晴れ、朝の光が木々の葉を優しく照らし始めた。

第4小隊の隊列はゆっくりと基地へ向かうのだった。




最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
スライフレイル初戦闘はどうでしたか?
出来る限り、バトオペやUCエンゲージのスライフレイルの戦闘のイメージを崩さないように描いてみました。
あと、かなりスライフレイルのジャベリンの戦闘は盛っていこうと思ってます(笑)
あんな、合体分離ができるカッコいい武器はなかなかと無いので、「オリオンの軌跡」のオリジナルの描写も書いていきたいです。
ではでは、次のお話もおたのしみに~♪


オリジナル機体紹介

ボルク専用・グフ
ボルク用に調整されたグフ。
ヴィッシュ・ドナヒュー専用のグフと同じように、左手をマニピュレーターに換装し、グフカスタムのワイヤー式ヒートロッドと3連装35mmガトリング砲を装備している。
ただし、近接武器がグフのヒート・サーベルよりも小型のヒート・マチェットを2本装備している。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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